やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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 遅れてすみません。
 今日明日で四巻が終わるように調整しているのでしばしお待ちを。

 それではどうぞ。


葉山隼人はどこまでいってもいい人である。

 完璧な結論だった。だが、雪ノ下先輩はこめかみをそっと押さえる。

「この男、何から何まで仮定だけで証明をでっち上げたわ……。数学への冒涜ね……」

「それが間違ってるのは小学生の私にもわかる……」

「なるほ……え、あ、そ、そうだよ! おかしいよ!」

 一瞬由比ヶ浜先輩が納得しかけていたのが惜しい。師匠は数学が得意ではないので、仕方ないだろう。それに師匠の目的は数学教室をすることじゃない。

「数値はどうでもいいんですよ。師匠が仰りたいのは要するに考え方の問題だってことです」

「その通りだ」

「さっきの証明はまるで出鱈目だけれど、その結論だけは正解に見えるのよね……。不可解だわ……」

 まあ、そこが師匠の素晴らしいところだからな。

「んー……。あたしはあんまり賛成しないけど。でも一%でいいって考えると少しは気が楽かもね。みんなと仲良くってやっぱりしんどいときもあるし」

 どこか実感のこもった由比ヶ浜先輩の声。その言葉に、きっと一色やここは賛同できるのだと思う。

 由比ヶ浜先輩は鶴見に向き直り、励ますように微笑んだ。

「だから、留美ちゃんもそう考えれば……」

 鶴見はデジカメを握りながら力なく微笑み返す。

「うん……。でも、お母さんは納得しない。いつも友達と仲良くしてるかって聞いてくるし、林間学校もたくさん写真撮って来なさいって、デジカメ……」

 ありがちなパターンだ。普通の感覚でなにもかも推し量って、子供の意思なんかそっちのけで気合を入れる。ここと似たような感じだ。

「そうなんだ……。いいお母さんだね。留美ちゃんのこと心配してくれてるんだし」

 由比ヶ浜先輩は安心したように言った。あぁ、由比ヶ浜先輩は幸せなんだな。

「そうっすか? まあ、心配はしてるかもですけど、そういう恩着せがましいのって心配してるいい親な自分に酔ってるだけですよ。鶴見が自分と同じものさしでものを見てると思って、押し付けて支配する。優しさを装った暴力ですよね、そういうのって」

 薄氷の如く、不安を掻き立てるような言葉を並べる。でも、これは譲れない。鶴見の親をいい親だなんて、僕は決して言いたくない。

 由比ヶ浜先輩は頬を打たれたような驚きを隠さない。

「え……? そ、そんなことないよ! それに、……その言い方はちょっと」

「そうかしら? 私も不本意ながら日木くんに同意なのだけれど」

「ん、まあ家の事情は色々あるだろ。あ、じゃあ撮っとくか? 俺の写真。スーパーレアだぞ。普通なら課金対象だぞ」

「いらない」

「……そうですか」

 師匠が話を逸らさなければ絶対、暗い方に進んでいたので感謝だ。それにしても、雪ノ下先輩と、本当に今回、意見が合うなぁ。

 師匠に真顔で即答した鶴見だったが、その真顔が不意に綻んだ。

「私の状況も今の嫌な感じも高校生くらいになれば変わるのかな……」

「少なくとも、今のままでいるつもりなら絶対に変われないわね」

 同意だった。

「けど、周りが変わることも充分あるからな。それまで無理して付き合う必要もないだろ」

 中学の時、カウンセラーの先生に言われたのにそっくりな文句だった。

「でも、留美ちゃんは今が辛いんだからそれをどうにかしないと……」

 由比ヶ浜先輩は気遣わしげに鶴見を見やる。すると鶴見はちょっと困ったような表情になる。お前にそんな顔する資格ないだろ、と思うが口にはしない。

「辛いっていうか……。ちょっと嫌だな。惨めっぽい。シカトされると自分が一番下なんだって感じる」

 鶴見の言葉に僕は確信する。

「そうか」

「嫌だけどさ。でも、もうどうしようもないし」

「なぜ?」

 雪ノ下先輩に問われ、鶴見はいくらか話しにくそうにするが、それでもきちんと言葉を紡ぐ。

「私、……見捨てちゃったし。もう仲良くできない。仲良くしてても、またいつこうな るかわかんないし。同じことになるなら、このままでいいかなって。惨めなのは、嫌だけど……」

 ――ああ、やっぱりだ。こいつはもう見限ったのだ。自分と世界を。

 自分が変われば世界が変わる。これは真理だ。が、そんなに容易いことではない。

 既にできあがってしまった自分への評価も既存の人間関係も容易くプラスには転じない。

 人が人を評価するのは加点方式でも減点方式でもない。

 固定概念と印象でしかものを見ない。

 人は現実がありのままに見えるわけではない。見たいと欲した現実しか見ようとはしない。けれども、小学生や中学生の中にだって。真実を、現実をありのまま見たいと願う人間はいるのだ。

 そりゃ、カーストの低い気持ち悪い奴が何か頑張ったところで「あいつ何頑張っちゃってんの? ぷーくすくす」と言われて終わるのがオチかもしれない。でも、そうじゃない可能性だってある。世界がそういう腐った奴らだけだったら、僕は生きていない。

 多少の変革じゃ、そりゃ変わらないかもしれない。だが、本気で変わろうとする者は絶対に報われる。

 その変革は義務じゃない。その変革をしなかった者を責める気はない。自分を持ち続ける、というのもある意味では正しい行為だ。

 でも、世界が変わらないから自分も変わらない。変わらない世界はクソだ。変わるなんていうのはそのクソみたいな世界に従うことでしかない。

 そんな風に思うのを僕は許せない。

 僕は酷い仕打ちにあってきた。そして、自分を変えてきた。その度に世界は変わって、クソだと思ってきた世界だけど最高だ、と思えるようになってきた。だが、どんなに変わっても僕の核は決して変わらない。

 だからこそ、変わることもなくこの最高な世界を見限って、自分が苦しんでいることを自分だったりこの最高な世界だったり、そういうもののせいにしてしまうのが許せない。変わり方を知らないだけで、上手に変わればどんな人でもこの世界は楽しめるし、全人類がしっかりと変われば、最弱は僕なのだ。っていうか、最弱の座はやすやすと渡さない。僕より優れてるくせに自分を見限るなんて、そんなのは僕への冒涜だ。

 世界が悪いんだから自分は変わらない。そんなのは強い言葉で武装して、自分の可能性すら潰す欺瞞にすぎない。

 ――それにさ、鶴見。お前だって、本当は世界が嫌いじゃないんだろ?

 そんな言葉と共に、ふつふつと胸の奥から湧き上がってくる怒りにも似た思い。

「惨めなのは嫌か」

 師匠が問う。それは、静かな、けれど師匠の大海のような深い怒りを感じられる声だった。

「……うん」

 ぐっと嗚咽を堪えるようにして鶴見は頷く。悔しいのか、それとも悲しいのか、今にも涙が零れ落ちそうだ。

「……肝試し、楽しいといいな」

 師匠はそう告げて立ち上がる。

 ああ、師匠の腹は既に決まっているらしい。

 けれど、結論は僕とは真逆のものだ。

 由比ヶ浜先輩が、去っていく師匠に声をかける。雪ノ下先輩は師匠の背中をただ、見つめるだけだった。

 僕も師匠の背中を見つめて――その上で、すぐに鶴見に視線を戻す。

 今回は師匠には従わない。

 弟子として、師匠の意思と争おう。

 将棋の世界では、弟子が師匠に勝つことを恩返しというらしい。

 なら、それに則って、僕が師匠に勝つことで恩返ししよう。

 僕は決意を固めその場を去った。

 けれど、行く先は師匠とは真逆だった。

 辛いものだ。前に省木と対立したときに似ている。

 あの時は、省木にまったく敵わなかったけれど、今の僕なら師匠に少しは敵うかもしれない。

 そうであってほしいと願いながら、僕は一歩を踏み出す。

 

  ×  ×  ×  ×

 

 師匠や省木のように論理的な作戦は立てられない。でも、弱者だからこそできる作戦を考えるのは得意だ。

 僕は、肝試しの準備をしながら師匠の考えた作戦を聞いていた。参加はしないが、だからと言って出て行くのも面倒だしな。

「う、うわー……」

 師匠が全てを話し終えると、由比ヶ浜先輩がドン引きしていた。由比ヶ浜先輩、あなたが恋したのは今あなたがドン引きしてる相手っすよ。雪ノ下先輩は極限まで細めた、ほとんど薄め状態で師匠を睨む。

「比企谷くん、性格悪いな……」

 決して人を悪く言わないであろう葉山先輩でさえこうだ。けれどもまぁ、そういう性格の悪さに慣れているここや一色はそこまで嫌な顔をしていなかった。ま、中学の時、ここまでじゃなくても性格悪いこと省木や僕がしてたからな。

 気になるとすれば、一色の師匠への目がどこか見定めるような視線に変わっていたところだ。

 戸塚先輩は感心したようにうんうんと頷いた。あぁ、なんかこの合宿で戸塚先輩と関わった記憶が少ないから忘れるところだった。

「八幡はよくいろんなこと思いつくね」

 雪ノ下先輩とかが言ったら確実に嫌味にしか聞こえないのだが、戸塚先輩が言うと完全に素にしか聞こえない。

「他に何か考えがあるわけでなし。……この際、しょうがないわね」

 雪ノ下先輩はしばらく悩んでいたようだが、消去法の末、決断したようだ。僕としてはその方法は最悪な方法すぎてやってほしくないのだが……。

 葉山先輩は浮かない顔をしている。

「……それだと、問題は解決しないんじゃないのか?」

 葉山先輩の指摘は師匠も分かっていたようだ。正解じゃない。間違いなんて重々承知。その上で師匠はこの作戦を提示したのだろう。だってこれは――

「でも、問題の解消はできる」

 ――問題の解消さえできればいい、と端から妥協している人が考える作戦だから。

 間違いじゃない。間違ってるかもしれないけれど、これはこれである意味正しいとも言えるのだ。

 人間関係に悩みを抱えるなら、それ自体を壊してしまえば悩む事はなくなる。負の連鎖ならもとから断ち切る。そういう考え方もあるにはある。逃げがダメだ、というつもりはない。

 でも、少なくとも鶴見は逃げちゃだめだ。

 鶴見留美という人間は今、いじめられているだけで立場が変われば確実に人を苦しめるタイプだ。

 雰囲気や誰かのせいにしていじめていた自分を庇い、シカトされることを惨めだと思う。自分が一番下だ、と考えて自戒することもない。簡単に世界を、自分を見限る。いや、簡単じゃなかったのかもしれない。でも同じだ。自分を見限れる人間は、仲間だってすぐ見限れる。

 結局のところ、鶴見留美は強者なのだ。いじめる立場にいれば、仲間を見限り、見下す。そのくせ気高さがない。ボス猿とまではいかなくとも、そういう側の人間になる。

 そんな人間は、ここで思い知るべきだ。苦しみ続けて。

 どんな理由であってもいじめからは逃げていい、だなんてことを他の奴が否定しないなら僕が否定しよう。

 そんな僕の考えはそっちのけで葉山先輩は師匠を見ていた。だが、ふっと破顔する。

「そういう考え方か……。彼女が、君を気にかける理由が少しわかったよ」

 彼女という言葉が誰を指しているのか、聞こうと思ったが葉山先輩はすぐに切り返してきた。

「OK。それで行こう。……ただし、俺はみんなが一致団結して対処する可能性に賭けて、だ。本性というのなら俺はそっちの本性を信じたい。根は良い子たちだと思うんだよ」

 葉山先輩の爽やかすぎる笑顔を前にして師匠は言葉を失ってしまう。同じ行動でも師匠と葉山先輩ではこうも違うのだ、と思う。

 でも、それと同時に思うのだ。

 何故鶴見が変わるという選択肢がないのだろう、と。

 新しい世界に行ったり、世界が変わることを願ったり。そんなのおかしいと思うのだ。鶴見が変わるという選択肢だってあっていいと思うのだ。

 今の彼女は立場が変われば加害者になる可能性も十二分にある少女だ。そんな奴に逃げる資格なんてないし、鶴見が変わらないまま、世界が変わるなんてそんなの鶴見が得をするだけだ。

 もし、それでも今の状況から変わりたいなら彼女自身が変わるしかない。そして、人が変わるには普通、何度も傷ついて、何度も苦しんで、自戒することで学ぶしかない。

 ――けれど、彼女は運が良かった。

 彼女は彼女の境遇とものすごく近しい人間と、今出会えた。変わるチャンスを得たのだ。

 それは即ち僕と出会ったこと。

 彼女は惨めなのは嫌だ、と言った。きっちり助けを求めたのだ。昨日今日出会っただけの他人の前で涙さえ流しながら。

 もう今の彼女は我が物顔で助けを待つ傲慢な人間じゃない。ならまだ変われる。彼女は不幸なんかじゃないのだから。魔法少女になる必要なんてないのだから。あとは、それに気づけばいい。もっと不幸な人間がいるのだ、ということに気づけばいいのだ。

 そのチャンスから逃げるのであれば。新しい世界に移住することを選ぶのであれば。

 その時、僕は鶴見を苦しめるために尽力しよう。苦しんでも、チャンスを与えてもらえない奴だってこの世にはたくさんいるのだ。その中で逃げる資格も、変革を待つ資格もないような鶴見がチャンスをもらえるのだ。その代償がいる。

 葉山先輩が皆が一致団結する未来に賭けるんだとしたら、僕は鶴見が変わる未来に賭ける。

「えー? あーし、超損じゃん」

「だべー。俺もきちーわー」

「葉山先輩、僕はやらせてもらいますよ! お二人も、やりましょうよ。葉山先輩も仰ってるんですし」

 ぶーぶー文句を言うボス猿と戸部先輩をまぁまぁと速水が宥めている間に、葉山先輩が師匠に言う。

「比企谷くんのアイデアに乗るよ。ディレクション頼む」

「……ああ」

 葉山先輩が嫌な役回りを応じたことに驚いたのだろう。師匠は少しだけ停止した。すぐに反応できるあたりは流石だ。

 僕はまだ、何もしない。

 ちょっと心が痛むが、これが弱者のやり方だ。

 僕は肝試しの衣装と称したコスプレの中から、作戦にちょうどいい物を選んだ。

 

 エンターティナーの本領、見せてやるよ。

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