やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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 本当に誤字修正を毎回してくださる対艦ヘリ骸龍さんには感謝感激です。
 極力減らしていきますのでよろしくお願いします。

 ではどうぞ。


最後に鶴見留美は自分の道を勝ち取る。前編

 肝試しも佳境だ。

 ルートを見回ってからスタート地点に戻ると、残っているのはあとニ、三グループという状態になっていた。

 小町とここが指名をして、また新たなグループが出発する。

 それを確認して、葉山先輩達が動きだした。

「じゃあ、比企谷くん。俺たち行くから、あとよろしく」

「了解」

 極めて簡素な業務連絡をなさった師匠は、葉山先輩達を見送り鶴見の番になるのを待つ。僕は師匠の付き人のような感覚で存在感を消している。ここのコスプレ(メイド服)が見たいからではなく、師匠の下にいれば作戦の情報が手に入るからだ。……ちなみにここのメイド服は可愛い。昼間、写真を撮らせてもらった。

 じりじりと篝火が燃え、灰が風に舞う。

 遠く、森の中からは小学生達の悲鳴とも歓声ともつかない絶叫が響いてきた。

 僕もそうだったな、と思う。

 いじめられていて、自分が被害者だと思っていて、けれど普通に肝試しを楽しんでいた。今の鶴見と同じように、立場が変われば確実に僕は加害者になっていた。いじめられていることを鼻にかけていたのだから。不幸な主人公、みたいな自分に酔っていた頃の自分。それは本当に今の鶴見に似ていて、だからこそ僕は彼女が変わる術も教えられる。

 互いに気遣って距離を置く。そんな鶴見と周りの人間との関わりを見ていると少し胸に靄がかかる。

 ここがポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。小町と頷きあい、二人で合わせて言う。

「……はい! じゃあ、次はこっちのグループ!」

 残された二組のうち一組がわぁと騒ぐ。最後の一組は落胆とも安堵ともつかないため息を吐いた。

 小町とここ、戸塚に促され最後から二番目のグループが出発する。

 僕と師匠は彼らが出発したのを見てから、ひっそりとその場を離れた。

 目指すは山道の分岐点。カラーコーンで片方の道を塞いである場所だ。

 さっき見回ったのと同じ要領で、小学生達と鉢合わせしないよう、木立の間を抜けていく。夜露に濡れた葉が冷たい。暗くなれば暗くなるほど、夏だとは言え寒くなっているのを感じる。

 由比ヶ浜先輩のいる場所を素早く通り過ぎ、雪ノ下先輩の担当箇所もするっとすり抜ける。本来ならこんなことしてればお前は持ち場にいろ、といわれそうだが僕は師匠の補佐という役目を貰ったおかげで師匠について回れるのだ。

 最後の祠にほど近い、森を一周するコースと山道を登るコースとに分かれるポイントまでやってきた。

 軽く走ったせいで息が少し上がっている。それは師匠も同じようだ。呼吸を落ち着けて、潜む為に手近な木の下闇に身を隠す。

 最後から二番目の集団が通り過ぎた。騒がしい声が遠くへ消えていく。それを確認して僕はカラーコーンを移動させた。これは純粋に師匠に休んで頂くためだ。祠へと続く道を封鎖し、ゴールへと続いていない道を開け放った。

 山へと至る道には今回の作戦の鍵を握る葉山先輩達四人がたむろしている。そちらには師匠が行ってくださった。効率重視だ。彼らに出番だと伝えに行ったのだ。

 師匠が戻ってきたのを見て、僕は再び隠れる。

 一分、二分と時間を計りながら鶴見達のグループが来るのを待つ。そろそろ出発していい頃合いだ。

 夜が深まるたびに、森の闇は暗くなっていく。きっとここは今すぐ帰りたいと思っていることだろう。そう思いながら、そっと目を閉じ、耳を澄ます。ほーほーと梟の鳴き声が聞こえ、枝の揺れる音がする。

 その時、耳がピクリと反応した。

 複数人の声が聞こえてきた。弾むような声が近づいてくる。その中に鶴見の声はない。だが、彼女達が視認出来る距離までくると、鶴見の姿は確かにある。その集団の中で彼女だけが口を真一文字に引き結んでいた。

 それを今夜で終わらせたいなら、チャンスを逃すなよ。胸中で呟く。

 グループの先頭が分岐に差し掛かる。カラーコーンで塞がれた道を興味深そうに一瞥したが、足は道なりに進んでいく。グループの人間は疑うことなく後に続いた。

 僕達が充分な距離をとってから、気配を殺してついて行こうとしたとき、小声で師匠のお名前が呼ばれた。

「比企谷くん。状況は?」

 振り返ると雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩がいた。更にここや一色までも揃っている。鶴見達が最後のグループなので彼女達の仕事は終わったのだ。

「今、葉山たちのほうへ向っている。俺は見に行くけどお前らどうする?」

「当然行くわ」

「あたしも、行く」

「私達も、いきます」

「ですです」

 誰もが頷く。師匠はそれに頷き返し、ゆっくりと静かに移動を開始した。

 鶴見達のグループは暗闇の恐怖を追い払うように殊更大きな声で会話をする。終始お喋りに興じながら進んでいくと、誰かが「あ」と声を上げた。

 グループの前方に人影がある。

「あ、お兄さんたちだ」

 葉山先輩達を発見すると、小学生達は駆け寄っていった。

「超普通の格好してるー!」

「ださー!」

「この肝試し全然怖くないしー!」

「高校生なのに頭わるーい!」

 見知った顔が普段の姿でいることで緊張感が一気にとれたのだろう。これまでよりも尚一層くだけた感じで小学生は葉山先輩達に絡んでいく。それが罠だとも知らずに。

 近づいてくる小学生達を戸部先輩は乱暴に振り払った。そして、低く攻撃的な声で吠える。

「あ? お前、何タメグチ聞いてんだよ?」

「ちょっと、あんたらチョーシのってんじゃないの? 別にあーしら、あんたたちの友達じゃないんだけど?」

 刹那、小学生達の動きが停止する。

「え……」

 何を言われてるか理解するために、必死で考えを巡らせる。だが、その間さえ与えずにボス猿は続けた。

「つーかさー、なんかさっき超バカにした奴いるよねー? あれ言ったの誰?」

 問うたところで誰も答えられない。ただお互いの顔を見合わせるだけだ。やべぇな、ボス猿、マジぱない。……三浦先輩って呼んでやってもいいかもな。自分のためじゃないのにここまでやってくれるなら。ちょい見直したわ。

 少女らの様子に苛立ったように三浦先輩が舌打ちをする。そんな三浦先輩の舌打ちに突き動かされるかのように速水が言う。

「誰が言ったかって聞いてるんだよ。答えた方が身のためだぞ? 悪いけど、俺、先輩の言う事ならお前らのことどうとでもするからな」

「ごめんなさい……」

 グループの誰かが弱々しい声で謝った。

 だが、三浦先輩はそれでも尚、不機嫌そうな顔をする。速水はわざとなのだろう。ため息を吐いて、困ったように一言告げる。

「聞こえないんだよ。謝るなら、もっと大声で言えよ、まったく」

「舐めてんのか? あ? おい」

 戸部先輩と速水が睨み付けると小学生達は後ずさる。だが、その背後には三浦先輩がいる。

「戸部、速水。やっちゃえ! ここで礼儀を教えとくのもあーしらの仕事でしょ」

 逃げることも許されず、小学生達はじりじりと追い詰められていく。気づけば、葉山先輩、三浦先輩、戸部先輩、速水先輩の四角形に囲まれていた。

 直接的な粗暴さを醸し出す戸部先輩。

 理性的ながらも先輩の命令には確実に従うのだろうという雰囲気を出す速水。

 言葉の一つ一つに鋭利な棘を仕込み追い込んでいく三浦先輩。

 そして、黙って冷たい視線を投げかけ続ける得体の知れない怖さを出す葉山先輩。

 さっきまではしゃいでいたからこそこの落差はきつい。これは僕だってちょっと怖い。はしゃいでいた過去の自分の愚かさを思い知り、ぶん殴ってやりたい気分だろう。今彼女らはどん底にいるのだ。

 こきこきっと戸部先輩が派手に指を鳴らしてから拳を握った。速水も嫌そうながら、首を回す。

「葉山さん、こいつやっちゃっていいっすか? ボコっていいっすか?」

 名前を呼ばれて、小学生達も一斉に葉山先輩を見る。一番優しかったこの人ならば助けてくれるんじゃないか、柔らかい笑顔でとりなしてくれるのではないか。そんな期待がうっすらと湧き上がってくる。

 だが、葉山先輩は皮肉げに口の端を吊り上げ、打ち合わせ通りの台詞を口にした。

「こうしよう。半分は見逃してやる。あとの半分はここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」

 残酷なまでの冷たい響きを声に乗せて、そう言った。

 水を打ったような静けさの中で、小学生達は互いに顔を見合わせる。無言の内にどうするか目配せだけで窺っていた。

「……すいませんでした」

 今度はさっきよりもなおしおらしく、ほどんど涙声で誰かが言った。

 だが、それでも葉山先輩は手を緩めない。

「謝ってほしいんじゃない。半分残れって言ったんだ。……選べよ」

 冷たい言葉が響く度、びくっと肩を震わせる。

「ねぇ、聞こえなかったの? それとも聞こえてて無視してんの?」

「早くしてくれよ。そうしないと全員残ることになるぞ? できれば、少ない方が良いんだけどな」

 三浦先輩が追い詰めれば、陰鬱そうな声で速水がぼやく。別のベクトルの恐怖を生じさせる速水のことも、少し見直す。……普通に怖い。

「……鶴見、あんた残りなさいよ……」

「……そう、そうだよ」

「…………」

 小声で囁き合い、生贄を決める。鶴見は無言のまま是とも否とも言わない。彼女自身半ば予想していたのだろう。師匠もこれは想定内だ。

 計画通りになっているのなら、こちらも計画通りに動くだけだ。

「これなら大丈夫そうですね。もう、帰ります」

「ここまで来て帰るの?」

「まぁ。ちょっともう眠いっす」

「そう。ならいいけれど」

 怪しむような雪ノ下先輩の視線を潜り抜けて、僕は静かに静かに帰る――フリをする。

 鶴見が押し出されるようにして前に出ると、葉山先輩は一瞬、苦々しい表情になったが、すぐに冷たい仮面を被り直した。

「一人決まったか。さぁ、あと二人だ。早くしろ」

 まだあと二人。一人選んでもまだ一人選ばなくてはならない。誰が悪いのか、罪咎を負うべきは誰なのか、魔女裁判が始まる。

 ああ、本当に醜い。

 葉山先輩の三〇秒のカウント。その間に彼女達は葛藤し、そして、いつの間にか〝みんな〟が登場する。

 僕は〝みんな〟が嫌いだ。どんな人間も僕より優れている、意思をもった人間であるはずなのに個人であることを放棄して〝みんな〟なんて有象無象の衆になる。そのことが許せない。

 〝みんな〟の暴力によって由香という少女が二人目の犠牲になった。

 本当に恐ろしい。〝みんな〟という化物は誰にでも食らいつく。

 かつては彼も、彼女も僕もその被害者だった。

 でも僕は恨む事はできない。

 有象無象の衆を一人一人解剖して見てみると素敵な人ばっかりだから。僕より優れている人ばかりだから。

 だから、嫌いだしもったいないとは思うけれど〝みんな〟を恨めない。

 そして、ある日ふと思ったのだ。

 ――〝みんな〟自体は悪くないのだ、と。

 悪いのは〝みんな〟が化物になることなのだ。〝みんな〟を救世主にできないことなのだ。

 だからこそ、僕はチャンスを与える。

 師匠が恨んでいるであろう〝みんな〟を武器に。

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