五巻に関してなのですが、ここは飛ばしてもいいかな、と思っています。
というのも日木はそもそも
・あまり積極的に外に行くタイプではない
・家から追い出すような妹がいない
のに加えてここがバイトやらレッスンやらに追われているためほとんど描写がなくなるからです。
ですので、六巻に行ってしまって話のなかで五巻についてちょっと語る程度を予定しています。
それでは、どうぞ。
だからこそ、僕はチャンスを与える。
師匠が恨んでいるであろう〝みんな〟を武器に。
「下手な芝居はもうやめにしてくださいよ。そいつらが一致団結? こんな方法じゃ無理ですって。ってか見る人が見たらわかりますから、仕込みだって」
空虚な空気を切り裂くように響いたのは、僕の声だった。肩にいつも通り巾着をかけてはいるので親しい人ならすぐわかるだろうが、オペラとかで使われるような目だけの仮面をつけているため、一度や二度ボランティアで見かけた、くらいの小学生達からすれば誰かわからないだろう。
存在が不確かな相手は、余計に恐ろしくなる。
更に、それまで怖かった葉山先輩達も皆、一様に動揺している。これにより、少女達に僅かな安堵を与えるからこそ、恐ろしいのだ。
「……なんだよ」
「なんだよ、じゃないですよ先輩。
葉山先輩が真意を探ろうとしてくる。でも、探らせない。そのための仮面なのだ。格上のとの勝負だ、と分かっているからこそ汚い手段を平気で使う。
「ちょ、日木クン? なにやっちゃってんの」
「うっせぇなぁッ!」
刹那、極限まで音を抑えた砲撃がなされる。エアガンだ。省木がそういうのが好き、という話を聞いてから、バイトができるようになってすぐに買った、お守りみたいな銃だった。
性能は悪い。でも、これを撃って心を落ち着かせる時があったから、割かしうまく撃てる。まあ、あいつとは比べられないけど。でも、この場においては武器は何より恐怖を掻きたてる。
「は? マジなわけ? あんた、あたまおかしいんじゃないの?」
三浦先輩が本気で動揺する。状況を理解できておらず、師匠達がいる方や葉山先輩の方を見る。
それがまた、少女達の恐怖を掻きたてる。
さっきまで怖かったのは仕込みだった。よかった。でも、今度はマジな方の人がきた。しかも、その人は全員を殺す、と言ってる。
状況は最悪だ。少女達の恐怖はもはや、最高値に達する。
これこそが強者のやり方を利用して反逆する弱者のやり方だ。
鶴見は首から下げたデジカメをぎゅっとお守りのように握っていた。……ほーん、なるほどね。それはさせねぇよ。
咄嗟に鶴見の元まで走り、手早く巾着で鶴見の手をはたいて、デジカメを没収する。これのフラッシュで助かる作戦だったのだろうが、そうはさせない。チャンスを与えてやるんだ。まずはそこまで待て。
「悪いけど、逃がさない。先輩達相手だとしても、止まらないですし。それに、さっき知り合いに頼んだんでそこの小学生達の情報はいつでも拡散できるようになってます。先輩達が下手に動けば即、拡散です」
もちろん嘘八百だ。そんなことやったら確実に罪だしな。ここがいる以上、刑務所に入るわけにはいかない。
しかしこの状況。僕の言葉が確実に嘘だと言えない状況では誰も動けない。僕が本気で殺さない限り。口もとを高く吊り上げ、僕は小学生達に問う。
「死にたく、ないよな? 人生棒に振りたくないよな?」
「は、はい……」
誰かが掠れた声で言う。もう、涙さえ出ないほどに彼女らは怯えている。そりゃそうだ。エアガンだとしても当たれば痛い。高校生相手となれば、エアガンや得体の知れない巾着を持ってる時点で死を感じるのが普通だ。
「そうかそうか。でも、俺はお前らを殺したい。俺は嘘が大嫌いなんだ。だからな、一つゲームをしよう。今から、俺がいいって言うまで、お前らの中の誰かに言いたい本音を言え。お前らの中でなら、誰に対して言ってもいい。もちろん、全員に対してでも可だ。あ、言っとくけどありがちなことを言ったって無駄だからな。俺は嘘を見抜くのは得意なんだわ」
ぐるん、ぐるんと巾着を回すとがちゃがちゃと音がする。金属音。それが凶器でも入っているのだと思わせる。
実際は、巾着を血で汚すなんてありえないからしないけどな。
だが、これで空気はコントロールできた。
自分達の保身の為なら『犠牲を作ってもしょうがない』という空気を作った彼女らだ。保身のために『本音を言ってもしょうがない』という空気を作れないはずはない。
すると、誰からともなくぽつり、ぽつりと本音を言い始めた。
最初は普段の生活への小さな不満。けれどそれで僕が納得しないのを見ると彼女らはついに、それ以上の深い本音を言い始めた。
言い始めれば止まらない。本音を言う空気が出来たその状態では、もう、誰一人として嘘を吐かなくなっていた。
しばらく経ち、全員が本音を満足の行く限り言った。鶴見が文句を言ったことで口喧嘩やばりばりの殴りあいも起きたが、僕がそれを止めようとする先輩達を制した。これでいいのだ、と目で語ったのだ。
「ふっ、最後だ。そこの黒髪ロング。お前だけ一つ、言ってないことがあるだろ?」
鶴見に対して言う。すると、全員、彼女に注目した。
喧嘩したせいで少しだけ赤くなった頬。ぼさぼさな髪。汚れた服。泣きじゃくった顔。それは美しいとは決して言えないけれども、しかし僕はそれを嫌いにはなれない。むしろ人間臭くてウェルカムだ。
「えと……」
嗚咽を漏らしながら、戸惑う鶴見。
それでいい。しっかり選べ。これがチャンスだ。
このチャンスを棒に振るならお前に未来はない。ここで潰す。そのためなら、法だって犯せる。何故ならそうしないと、きっと後悔してここに迷惑をかけるからだ。
でもきっと、彼女なら違えない気がした。これだけ人間臭くなれる彼女なら違えるはずはない、と信じていた。そして――
「えと、その……みんなと友達になりたい。私がしてきたこと、他の子にも謝って全部やり直したい」
――彼女はチャンスを掴んだ。
「なにそれ。こんなにいじめたのに友達になりたいの?」
「留美ちゃんっておかしー」
「だよね! でも、許してくれるんだ……」
「許してくれるなら私達も友達なりたいよ!」
綺麗事にも聞こえる言葉。でも、本音を言う空気の中で、現代っ子にはそぐわない汚れた服を着ながら笑いあう彼女らを偽物だと罵ることは僕にはできない。
「ふぅ、合格だ。やっと分かり合えたじゃん、お前ら。威力弱いエアガンまで使って、ドッキリした甲斐があったわ」
最後までネタばらしをする気がなかった僕だが、ついネタばらしをしてしまった。突然の告白に、驚く小学生達。なんだかその顔もさっきより幼くて人間らしい。子供が大人ぶってる、という感じがなくて自然だ。
「お兄さんも仕込みなんですか?」
「そーいうことだわな。一応、先生にも報告してあるから、今から帰っても特にお咎めはねぇだろうからな。ほら、帰り道はあっちだから気をつけて帰れよ。新しい友達五人で、な」
にしし、と悪戯っ子のように笑うと小学生達は満面の笑みになりながらぺこりとお辞儀をして「ありがとうございました」と間延びした声でお礼をしてきた。ふむ、結果的には三浦先輩が言ったように礼儀も教えることができたみたいだ。
「ほれ、このカメラな。帰り道とか明日とか、残ってる時間でたくさん思い出作れよ」
鶴見の頭を撫でながら僕はデジカメを返した。なんか僕には似合わないキャラだなぁ、この感じ。ま、今日だけってことでいっか。
「じゃーなぁ」
大きく手を振って五人を見送る。その間、そこにいた中高校生は完全にフリーズしていた。今回に関しちゃここにも言ってなかったからな。どう転ぶかイマイチわからなかったし。
「……お前、どうやったんだよ」
近づいてきた師匠が開口一番、不思議そうに言う。そこに悔しそう、という感じはない。ただ理解なさっていないという感じのようだ。なんだか師匠に勝ったみたいで心地いい。それ以上に、鶴見が無事、僕みたいに変われたことへの嬉しさでいっぱいだ。
そのせいで答える声が少し大きくなってしまった。
「簡単です。鶴見が変わったんですよ」
「変わった、ねぇ。変わってよかったのか? 変わって何かを失っちまうことだってあるんじゃないのか? そんなの偽物だろ」
今度は納得いかなそうな顔で師匠が仰る。
でも、その質問に対する答えは最初から用意していた。変わること。それが大切なものを失ってしまうことなら、それは偽物だし欺瞞だ。
だが僕は思う。変わった程度で失ってしまうものは大切なんかじゃないのだ、と。
「何度変わっても、それでも変わらないもの。それが本物なんじゃ、ないですかね。少なくとも僕の中での本物ってそうなんですよ」
「なるほど、なぁ」
師匠はどこかぼんやりとした表情で虚空を見つめた。おそらく、師匠が望む結末ではなかったのだろう。
もしかしたら他の人が望む結末ではなかったのかもしれない。そう思って僕は振り返った。
ここは暗さに怯えながらもサムズアップしてくれた。よく頑張ったね、という声が今にも聞こえそうだ。
一色は何が面白かったのか一生懸命笑いを堪えていた。こいつ、僕にはほんと遠慮ないんだなぁ。
戸部先輩も三浦先輩も別段不快そうではない。「ぱねー」とか「戸部うるさい」とか言ってるのはいつも通りな光景なのだと思う。
雪ノ下先輩はどこか切なそうな顔をしている。それは過去を惜しむような、そんな顔だった。同じ経験をしている僕であるけれど、彼女が何を考えているのかは僕には計り知れない。
由比ヶ浜先輩と葉山先輩はどこか嬉しそうだった。理由は分かっている。本当は。鶴見達が仲がよかったからだ。ある意味、葉山先輩の賭けは間違いじゃなかったわけだ。
見ていると、これでよかったような気もしてくる。
間違っていたのかもしれない。でも、今はほんわかした気持ちがポジティブにさせてくれた。
× × × ×
あまりに眠たくて、今日は休んでいいと言われたこともあり、僕は早急に眠ることにした。布団を用意して、眠る準備をする。
でも、そうすると逆に眠れなくて落ち着かなかった。外で行われているキャンプファイアーの音がここまで聞こえてくる。昔は忌み嫌ったキャンプファイアー。それも、きっとこことなら楽しかったのだろう、と僕はぼんやり思う。
ここや省木がいてくれたおかげで僕の人生は大きく変わった。
僕自身も変わった。ここや省木と関わるために色んなものを捨てて、色んなものを得た。それでも変わらない本物。それは一体なんなのだろう、と僕は思った。
僕の核は過去だ。でも過去は過去、事実でしかないのだからそりゃ変わるはずはない。本物というのは変わるのに変わらなかったものだ。
そう考えた時に僕の中で変わっていないものは誰かの救世主になりたい、という気持ちなのだと気づいた。
ここの救世主に。省木の救世主に。
そんな中で今回のことがあったのだ。けれど、今回の場合、僕は鶴見の救世主になりたかったわけではないのだ。
僕は本気で鶴見はダメだと思っていた。鶴見はいじめられて当然。これからもずっとそうしているべきだ、とさえ思っていた。それは変わらない。けれど、僕は何かを救いたかった。それは感覚的に残っていた。
僕は一体何を救いたかったのか。
わざわざあそこまで嫌われるように仕向け、小学校の先生に時間を見て頼み込んで。そこまでして少女達の時間を貰って、僕は何を救いたかったのか。
『ありがとね。おやすみ』
スマホが振動し、そんなここからのメールを表示した。と、同時に気づく。
無意識すぎて気づかなかったけれど、どうやら僕は鶴見とここを重ねていたようだ。
小学生の頃、孤立していたというここ。そんなここと鶴見が酷く僕の中で重なっていたのだ。
「ははっ」
つい、笑みがこぼれた。
結局、男の子っていうのは変わらないんだと思った。
好きな子のためにならなんでもできちゃう。そんな自分が僕はまた一つ大好きになった。