やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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五巻分
予期せず、葉山隼人は報せる。


 夏休み。

 それは、長く、そして短い。

 長いのは当然のことで、こと学生の夏休みは一年の十二分の一を占める。予備校なんかが「夏休みに友達の差をつけよう!」みたいに謳うことから考えて、その長さは凄まじいものだ。もし社会人になった、一か月ほどの休みをもらおうとすれば、たとえ育児や介護みたいな理由でも、職場にいづらくなって、やめることになると聞く。そんなブラックな現状に思いを馳せれば馳せるほど、その長さは異様とも言える気がした。

 一方で、短い。それはもう、驚くべき程に短い。

 そも、僕たち学生にとって休みというのはいくらあっても飽きることはないし、いくらでも必要だ。自分磨きするにしても、人脈を広げるにしても、ほぼ確実に休日を消費する。先日も、趣味でコツコツ練習していた簿記の試験があったせいで、休みを半日潰してしまった。お金だって効率よく稼げないから、必然的にバイトで安い時給を貰うしかなくなる。時間を消費し続ける俺たちにとって、夏休み一か月とは短すぎる。

 だから、そんな短い夏休みのとある一日の朝、初めて目にしたものが『それ』であったとき、俺のテンションは下がった。

 『それ』は、一通のメッセージだった。いつもの奉仕部グループラインであれば、きっと俺のテンションは朝から最高だった。師匠と話すことができれば尚のことだろう。

 ――けれど、師匠とはあの日以来、会えていない。

 そもそも師匠とは、休みの日に会うような関係ではなかった。

 いや、よく考えれば僕は、師匠の弟子になんてなれていなかったのかもしれない。今になって思うのだ。

 比企谷八幡。

 彼のことを、僕は本当によく見ていたのだろうか。

 そんなことを考えていたせいからなのか、それともそうでなく僕の元々の顔のせいなのかは分からないが、父親が怪訝な目で僕を見つめていた。

「どうした?」

「あ、ああいや。何でもない。変な顔をしていたからな」

 尋ねるほどのことではなかった、か。冴えない顔をしながら父親はたばこに火をつけた。僕はその仕草に自然とムッとしてしまう。

 たばこは嫌いだ。特にそこには理由がなくて、科学的根拠とかそういうクソ真面目な理由で嫌っているわけではない。とにかく嫌いで、脊髄反射的にムッとしてしまう。そんな風に、理由も根拠もなく好きになったり、嫌いになったり。そういうことが、僕の人生にはありふれていたように思えた。

 そういう意味では、このメッセージの差出人もそうなのかもしれない。

 葉山隼人。二年F組、サッカー部。リア充。トップカースト。

 そういう表面的な、ステータス的なことだけは知っている。けれど、その根底にある『彼』については、まだ分からずにいる。小学校の頃も、彼との関わりはあった。なんなら中学も、彼とは同じだった。家族ぐるみでの付き合い、というほどの付き合いではないにしても、それなりに昔から関わってきた。過去のことを思えば、僕は彼が嫌いだし、恨んでいる。

 一方で、きっと僕と彼は似ているようにも思える。

 僕は、あるいは彼は。共にお姉さまに――雪ノ下陽乃の興味の対象になれない側の人間だ。言ってみれば『つまらない人間』で、そんなことを彼女は普段は口にしないけれど、僕も彼もそのことを理解しているのだ。

 僕は本物を持っている。こことの関係、それは本物と言えるはずだ。しかし、そのことを彼女は認めていない。彼女のお眼鏡にかなうほどの本物を、僕はまだ手にできていない。本物が何たるかという定義に於いて、僕は彼女と大きな相違を抱えている。

 彼の場合は、きっと本物など目指してはいないのだろう。偽物を貫いて、貫きづつけて。いつかそれが本物と変わる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。そんなことは関係なく、彼は偽物であり続ける。

 結局のところ、僕も彼もいつまでも偽物なのだ。

 そう考えると、やはり僕は彼と似ている。お姉さまによって人生が揺さぶられたことも含めて、大きな共通点をている。

 だからだろう。そのメッセージに即答できない。

 

『いつでもいい。夏休みの間に会わないか?』

 

 何故彼がこんなことを言ってきているのか、分からない。葉山先輩らしくない行動すぎると思うのだ。

 過去のことについて、僕も雪ノ下先輩も葉山先輩も、もう触れてはならないと決めている。この前の合宿ではその暗黙の了解を破ってしまったけれど、それは同じことを繰り返そうとした葉山先輩のせいだし、それ以外では触れてはならないという暗黙の了解は確かなものだった。

 これまで、過去のことについて触れたことはなかったはずだ。常に前を向く、なんて言うと聞こえがいいけれどもそうではなく、純粋にあの過去は誰にとっても不幸なものだから忌避しているだけではある。でも、忌避してきたのなら、今更、改めて突き付けることなんてないはずなのだ。

 なのに、葉山先輩は送ってきた。

 葉山隼人としてのメッセージでは決してないと思う。だって、俺と葉山先輩との繋がりは対外的には先日の合宿だけ。それなのに貴重な夏休みのひとときを俺に費やすなんて、おかしいと不自然だ。

 

『どうしてですか』

 

 もう、考えるのも面倒だった。

 そもそも、葉山先輩に思考リソースを割いてやるというのがなんだか気に食わない。相手が何を考えていようと、僕は分かってないフリをしてニコニコと笑って対応すればいい。ぼっちではあるけれど、そういうスキルは分かっているし、容易くこなせる。

 しばらくして、またスマートフォンが震えた。

 画面を見ると、それはメッセージの受信ではなく、着信を伝えていた。おそらく葉山先輩だ。確かにメッセージでのやり取りは時間がかかるし、相手への意思伝達を確実にできるわけじゃないから面倒臭い。だからって、いきなり電話かけてくるかね、普通。

 舌打ちして、僕は電話に出た。

「えー、お掛けになった電話番号は現在使われておりません」

『これ、ラインだから』

「ちっ」

 さりげなく、そつのない笑みを交えたツッコミにイライラが募る。

 たばこをわけもなく嫌いになったり、飴をかみ砕くときの音を意味もなく好きになったりするみたいに、言葉にしにい苛立ちだった。

「で、なんですか」

『口で伝えた方が早いと思ってさ』

「いや、それは分かってますよ。そうじゃなくて、理由です。どうして僕を誘うんですか」

『いきなり本題を聞くあたり、君らしいな』

 すかした声は、まぁ別に嫌いじゃない。そういう風な声を出していたところで、それが百パーセント悪いと思うほど子供ではない。

 僕はなんとなく、ベッドの下にある中学の時の卒業文集を手に取った。

 その、僕が書いたページを開きながら会話を続ける。

「僕は過去のことを振り返りたいとは思いません。未来、あなたと関わりたいという思いもありません。今、あなたを認知していることが嫌です。葉山隼人が嫌いなだけじゃない、僕はあなたが嫌いだ」

『……随分と嫌われているんだな』

「それはあなたも、でしょう。あなただって僕のことは嫌いなはずです」

『いやそうでもないさ。君も僕も同類だろう』

 そういうことを言うのは、本当にらしくなかった。葉山先輩がそんなことを喋っていると思うと、そのことが僕にとっては浅ましいことに思えた。それ以上喋るな、と言いそうになる。

『それに今日電話したのは君に関わることでも、俺に関わることでもない』

「はぁ、じゃあなんの話ですか」

 雑に言い返して、刹那、後悔する。

 これは予感だ。それを聞けば、たちまち僕の中の何かが崩れる予感だ。

『彼らのことだよ』

 そして、案の定、止めることすら叶わず、葉山先輩は口にした。

 僕の中の何かが、崩れた。

 

 きーんという耳鳴りがする。

 もわもわと、せり上がってくる体温が本当の夏の始まりを報せていた。

 


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