いつものように部室では師匠と雪ノ下先輩が本を読んでいた。
遅れたことをわびるため僕は師匠の前で深々と挨拶をすると、僕は師匠の近くの場所に椅子を持ってきて、そこに荷物だけ置く。まずは、師匠の茶を用意しなければ。
今や奉仕部は完全にリラックスルームと化していた。不本意ではあるが雪ノ下先輩セレクトの茶葉は香りがよく、淹れているだけで穏やかな気持ちになる。
「遅くなりましたが。どうぞ」
「おう、悪いな」
「ありがとう」
好きなわけでもない雪ノ下先輩だが、微笑まれて感謝をされると少し好感を持ってしまう。師匠も本気で嫌っているわけではなさそうだし、きっと悪い人ではないのだろう。
だが、敵は敵だ。
先日、師匠と雪ノ下先輩が勝負をしていると聞いた。どちらが人に奉仕できるかの勝負とのこと。勝利するのは師匠に決まっているが、ここは僕も弟子として何かしなければならない。
そのためにも今日来るお客様には全力で愛想を振りまかなければ。
そんなことを考えながら、僕はいつも通りパソコンを起動させ、活動記録もとい師匠観察記録を作成し始めた。
来訪者の弱々しいノックはそんな中、唐突になった。
「どうぞ」
雪ノ下師匠はページをめくる手を止めて丁寧に栞を挟みこむと、扉に向かって声をかけた。
「し、失礼しまーす」
緊張している、とすぐに分かる声だった。
からちと戸が引かれて、僅かに隙間が開いた。そこから身を滑り込ませるようにしてお客様は入ってきた。まるで誰かに発見されるのを嫌うかのような動きである。
肩までの茶髪に緩くウェーブを当てて、歩くたびにそれが揺れる。探るようにして動く視線は落ち着かず、師匠と目が合うと、ひっと小さく悲鳴を上げた。
……なんか、失礼だなぁこの人。
「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」
「……いや、俺ここの部員だし」
っていうか、ヒッキーって師匠の事? お客様だから愛想を振りまこうと思いはするが流石にこの人失礼すぎる。
彼女はまさに今時のジョシコウセイって感じの女子だった。この手の女子はよく見かける。青春を謳歌している派手めな女子。短めのスカートに、ボタンが三つほど開けられたブラウス、覗いた胸元に光るネックレス、ハートのチャーム、明るめに脱色された茶髪、そのどれもが校則を完全に無視した出で立ちで、THE・リア充という感じだ。
僕は彼女と交流があるわけではないが、しかし彼女のことは知っていた。
だが、師匠は彼女のことを知らない風だ。当然と言えば当然である。ここは師匠に教えて差し上げるべきなのかもしれないが「師匠、あの人は~です」とは言えない雰囲気だった。
と、そこで師匠の視線が胸元に行った。おそらくリボンが赤なのに気付いたのだろう。この学校は三学年、それぞれに割り当てられたリボンがあり、それで学年の区別がつくようになっている。赤、というのは師匠と同じで二年生であることを意味する。だが、師匠は同じ学年であることに気付いたからといって名前を思い出せはしないだろう。
だって、そもそもご存知じゃないだろうし。
「まぁ、とにかく座って」
師匠はさりげなく椅子を引いて、彼女に席を勧めた。その紳士的な姿、痺れるほどにかっこいいぜ。
師匠ってば超紳士。僕も見習いたいものだ。
「あ、ありがと……」
彼女は戸惑った様子ながらも、師匠に勧められるままに椅子にちょこんと座った。僕はそれを見て、彼女の分の茶を用意した。
「由比ヶ浜 結衣(ゆいがはまゆい)先輩ですよね?」
「え? あ、あたしのこと知ってるの?」
彼女は意外そうな顔をして僕を見る。いや、そりゃ知っているに決まってる。なにせ彼女、由比ヶ浜先輩は師匠が好きだから。あ、ライクじゃなくてラブな意味で。
「ふ、普通は知っているわよ。知らないのは比企谷くんくらいじゃないかしら」
「なっ、いや、そんなことないぞ。俺だって別に知らなかったとは言ってないだろ」
「そうかしら? じゃあ、由比ヶ浜さんが何組か分かる?」
「…………」
師匠は、あからさまに視線を逸らした。ああ、やっぱりご存知ないようだ。当然と言えば当然。なにせ、師匠はクラスのリア充なんかに興味をお持ちになる方ではないのだから。とはいえ、ここで師匠が恥をかくのは僕の本意でもない。
僕は師匠にだけ聞こえる声で、Fと呟く。
「え、F組だろ。分かってるっての」
「はあぁ……日木くん?」
「なぁんですか♪ ゆ・き・の・し・た・せ・ん・ぱ・い!」
「っ……何でもないわ」
きりっと睨んだって怖くないんですよ雪ノ下先輩。いい加減に学んでください……まあ笑顔で返せば大抵折れてくれるあたり、チョロくて(都合が)いい人かもしれん。
雪ノ下先輩は咳払いをしてから、肩にかかった髪を払った。
「なんか……楽しそうな部活だね」
由比ヶ浜先輩がなんかきらきらした目で僕達三人のことを見ている。あ、もちろんその視線の中心は師匠である。……それにしてもあれだな。この人、僕と同じ匂いがする。
「別にゆかいではないけれど……。むしろその勘違いがひどく不愉」
「もちろん、楽しいですよ! なにせ師匠がいらっしゃいますから」
雪ノ下先輩の冷ややかな視線と言葉を遮るように、僕は身を乗り出して答えた。実際、師匠のおかげで毎日パラダイスだし。あ、ちなみにこの辺の会話も全部ブラインドタッチで記録している。
「ししょう?」
「八幡様のことです!」
「えっ……ヒッキー、後輩にそんな風に呼ばせてるの?」
「違うっ、断じて違う。そいつが勝手に言ってるだけだ」
「勝手に? 土下座までしてい」
「ああ、分かったからそれ以上言うな。誰かも知らない相手に変な情報流したら炎上だからやめろ」
テンポのよい会話だなぁ、とぼんやり思っていると、由比ヶ浜先輩は感心したような声を漏らした。
「ヒッキー、クラスにいるときと全然違うね。ちゃんと喋るんだー」
「いや、喋るよそりゃ……だからしみじみ言うんじゃねぇ。余計辛いだろ」
由比ヶ浜先輩の言う事は、僕も何となく分かる気がした。
師匠は基本的にはお話なさらない。。奉仕部も静かだし。けれど、いざというときには驚くほどにお話なさるのだ。饒舌になる、というのだろうか。パロディーをぶっこんできたり、ツッコんだり色々と。
「流石、由比ヶ浜先輩! 師匠のこと、よく見てますね!」
「え? いやいやむしろ見てないから。視界から抹消してたから! なんであたしがヒッキーなんかのことよく見てると思ったのかむしろ疑問なぐらいだし」
「ひでぇ……」
ノリであおっただけなのだが随分と分かりやすいものだ。僕が気付くわけだし、師匠もお気づきになってそうなものだが……と思い視線を師匠に向けると、師匠は苦い顔をしていた。これは、気付いてらっしゃらないパターンですか。まあ、しょうがないのかもしれない。
「っていうか、別に僕は変な意味で言ったわけじゃないですよ? ただ、由比ヶ浜先輩って〝リア充〟じゃないですか。だからクラスのこと見てるなぁと思っただけですよ」
僕が付け足すと、なんだか師匠の目がいつも以上に腐った。由比ヶ浜先輩は自分の勘違いで顔真っ赤にしてるし、雪ノ下先輩は僕と由比ヶ浜先輩のノリに疲労し始めてる。
だからだろう。師匠の目のその腐り具合がこれまで見た事がないほどになっていることに僕しか気付かなかったのは。
「……このビッチめ」
師匠は小声で毒づく。
「はぁ? ビッチって何よっ! あたしはまだ処――う、うわわ! な、なんでもないっ!」
由比ヶ浜先輩は、ばさばさと手を動かして今しがた口にしかけた言葉を掻き消そうとする。なるほど。どうやら由比ヶ浜先輩はアホの子らしい。その慌てぶりを助けるつもりなのだろう。雪ノ下先輩が口を挟む。もう、話が逸れまくる予感しかしない。
「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ――」
「わーわーわー! ちょっと何言ってんの!? 高二でまだとか恥ずかしいよ! 雪ノ下さん、女子力足んないんじゃないの!?」
「…………くだらない価値観ね」
おぉ、なんか分からないけど雪ノ下先輩の冷たさがぐっと増した。あれか? 地雷踏んじゃったのか?
「にしても女子力って単語がもうビッチくさいよな」
「同感です! 師匠、流石ですよ! 本当に女子力ある人は女子力とか気にしませんからね。ソースは僕の彼女ですっ!」
「うぅ……二人して酷い。ヒッキーに味方がいるなんて」
由比ヶ浜先輩は悔しそうを通り越して心底ショックそうに吐き捨てた。いや、僕は味方じゃなくて弟子なんだけど……まあ言わないでおくか。
彼女のことを詮索されてもあれだし、由比ヶ浜先輩がビッチかどうかを判定して時間が終わってもあれなので、僕は強引に話を進めることにした。
「由比ヶ浜先輩の下半身事情はちょっと本当にどうでもいいのでご用件をお願いします。さもないとうっかり」
「え、あ! う、わ、分かったからやめて!」
どうやら僕が最後まで言わなくても僕が脅迫していることは分かったようだ。うんうんやっぱり流石はリア充。恋愛脳は伊達じゃないということか。
でもまあ、マジな話をするなら由比ヶ浜先輩は師匠が抱いているような憎むべきリア充ではない。だからこそ、師匠を好いているわけだし。
「……あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願い叶えてくれるんだよね?」
かすかな沈黙の後、由比ヶ浜先輩はそう切り出した。
「そうなのか?」
師匠は驚いた顔をしながら言う。
雪ノ下先輩は師匠の質問は一切無視して由比ヶ浜先輩の質問に答える。まあ、由比ヶ浜先輩の質問も師匠の質問も同じだが。
「少し違うかしら。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第」
その言葉はいささか冷たく突き放したようだ。
「どう違うの?」
怪訝な表情で由比ヶ浜が問う。それはどうやら師匠の疑問でもあるらしい。なので、ここは僕が答えることにした。
「簡単に言うと、百点のテストをあげるんじゃなくて、テストで百点が取れるように教えるということです。ボランティアっていうのはそもそもそういう方法論を与えるものですからね」
まあ、平塚先生としてはそんなことまで考えていないのだろう。ただ単に生徒の悩みを解決するための部活、くらいにしか考えて無さそうだ。だが、うちには凝り固まった倫理観の塊、雪ノ下嬢がいるからこういう大義名分が必要なのだ。
「なるほど」
「なんかすごい!」
師匠にご理解いただけたようで何よりである。雪ノ下先輩にはまたしても不満足げな視線を向けられるが。
それにしても由比ヶ浜先輩、すっごい納得した表情しすぎてむしろ将来が不安になりますよ……。
何の科学的根拠もない話だが、巨乳の子は往々にして……という仮説も世の中には存在する。その一例に加えてもよさそうだ。うちの彼女は、そんなふるいにはかけられない。だってあの子、エンジェルだし。
かたや、塗り壁みたいな胸をした知性明晰にして怜悧極まる雪ノ下先輩は、不機嫌に口を開いた。
「必ずしもあなたのお願いが叶うわけでは無いけれど、できる限りの手助けはするわ」
その言葉で本題を思い出したのか、由比ヶ浜先輩はあっと声をあげる。
「あのあの、あのね、クッキーを……」
言いかけて師匠の顔をちらっと見る。
ほほぅ。由比ヶ浜先輩の依頼がまるっと分かってしまった。ってか、もしかして雪ノ下先輩も分かっていないのだろうか? いや、多分表面的なことは理解しているが、内層的なことを理解していないパターンか。
「比企谷くん」
雪ノ下先輩はくいっと顎で廊下のほうを指し示した。師匠に対してそんな失礼に、しかも指図するとかいい度胸だ。せめて「目障りだから席を外してもらえるかしら、二度と戻ってこないでくれると嬉しいのだけれど」って優しく言えばいいのに。いや、よくないな。どっちにしても許さん。
まあ、それとは別に、なんかここでわざわざ師匠に席を外して頂いてまで女子二人で(僕は師匠についていくに決まっている)話させるのはちょっと効率が悪いような感じがする。師匠の活躍を早くみたい僕は、時短することにした。
「……ちょっと『スボル」
「その必要はないですよ、師匠。わざわざ退出しなくてもご用件は分かりましたので。由比ヶ浜先輩、ちょっと」
確実ではあるが、一応確認しておかないと偏屈部長を動かせないので、僕は由比ヶ浜先輩を手招きする。すると、由比ヶ浜先輩は身を乗り出してきた。いやいや、それじゃ聞こえちゃうし目のやり場に困りますから……。
どうやら由比ヶ浜先輩に配慮を期待した僕が馬鹿だったらしい。今度は僕が、由比ヶ浜先輩の方に行き、二人と距離を置いてから由比ヶ浜先輩に囁いた。
「師匠にクッキー渡したいんですよね? でも料理が苦手で、師匠にただクッキーを渡すだけじゃ周囲の目が気になるからここにきたんですよね?」
由比ヶ浜先輩が料理が下手であることは先日、鶴見先生がぼやいていたので知っている。どうやら危険なレベルらしい。あとは簡単な推測だ。
図星だったらしく、由比ヶ浜先輩は分かりやすく顔を赤らめて頷く。
「でしたら家庭科室にいきましょう。雪ノ下先輩、どうせ料理上手いでしょうし。なんなら僕も教えられます。試食とかこつければ師匠に食べて頂けますし、後日、お礼と言って渡せますよ。その後、奉仕部に入部すれば事故のお礼もいつかできますよ」
師匠の事を誰よりも知っている僕だからこそ提示できた案。僕が優れているとかじゃなく、僕の師匠への敬愛が優れているのだ。
事故、と言った瞬間由比ヶ浜先輩の顔が驚きの色で満たされる。当然だ。普通は知らないような情報。こんなの、師匠への敬愛云々でどうにかなるものじゃない。
それを知っている理由は師匠への敬愛とはまったく別のことなのだが、別に僕のことなんてどうでもいいだろう。
「う、うん。すごいね。えっと……」
「日木 宗八と申します」
「じゃあ、ハチね! よろしく、ハチ!」
「はい」
由比ヶ浜先輩は、無邪気な笑顔を浮かべた。それを見ていると、弟子の僕まで誇らしくなってくる。
流石師匠。うちの彼女には劣りますが、由比ヶ浜先輩は魅力的な女の子ですよ。
思いながら、二人の方を向き直り、にっこりと笑う。
「話は終わったかしら」
「ええ。あなたがいないおかげでスムーズに話が進みましたよ、雪ノ下先輩♪ 師匠。師匠抜きで話をしてしまったご無礼をどうかお許し下さい」
「ああ、いや別にいいから。で、何するんだ?」
「家庭科室に行きます! もちろん、師匠も」
「家庭科室?」
そう、家庭科室である。好きな人たちでグループを作って調理実習とかいう実地から遠い実習(笑)を行う教室だ。
「何すんの?」
「クッキー……。クッキー焼くの」
「はぁ、クッキーを」
師匠はワケが分からなそうな顔をしている、くっ、弟子としてはぜひ説明して差し上げたいのだが……クッキーを焼く以外の説明ってなると由比ヶ浜先輩が師匠の事を好きってことが入ってくるし、それを僕の口から言えばきっと師匠は由比ヶ浜先輩との距離を測りかねてしまう。それで距離を取る、なんてことになれば師匠の活躍が見れない! それは嫌なので黙る。
「なんで俺たちがそんなこと……。それこそ友達に頼めよ」
「う……、そ、それはその……、こういうマジっぽい雰囲気、友達とは合わない、から」
由比ヶ浜先輩は視線を泳がしながら答えた。
ふぅ、と師匠が小さくため息をついた。
そりゃそうだろう。師匠は、おそらく人の恋路に興味を持たれるタイプではない。もちろん僕も、師匠以外ならどうでもいいと思うタイプだ。そんな師匠は、誰が誰を好きかなんて知るくらいなら英単語の一つでも覚えていたほうがよっぽど有意義だ、とか思ってらっしゃるのだと思う。
リアルな話すると、師匠、当事者なんだけどね。
「はっ」
そんなことを知らない師匠は鼻で笑った。
「あ、あう……」
由比ヶ浜は言葉を失って俯いた。スカートの裾をきゅっっと握り締めて、少し唇を震わせている。
「あ、あははー、へ、変だよねー。あたしみたいのが手作りクッキーとかなに乙女ってんだよって感じだよね。……ごめん、やっぱいいや」
「あなたがそう言うのなら私は別に構わないのだけれど……。――ああ、この男のことは気にしなくてもいい話。人権はないから強」
「強制的ではないですし、師匠は人権ありますから!」
雪ノ下先輩が師匠に失礼なことを言おうとしたので邪魔する。
「いやーいいのいいの! だって、あたしに似合わないし、おかしいよ……。優美子とか姫菜とかにも聞いたんだけどさ、そんなの流行んないっていうし」
そう言って由比ヶ浜はちらりと師匠を見た。そのしゅんと萎れた姿に追い打ちをかけるようにして雪ノ下が口を開いた。
「……そうね。確かにあなたのような派手に見えるような女の子がやりそうなことではないわね」
「だ、だよねー。変だよね!」
たはは、と人の顔色を窺うようににして由比ヶ浜先輩は笑った。
その姿はかつての僕に重なった。
周囲の目を気にするが故にいじめをいじりだ、とのたまい笑った頃の自分。
微妙、な生き方をし、中途半端な苦しみを叫びもせず、ただ目を背けた自分。
そんな僕に由比ヶ浜先輩が重なったとき、僕は師匠に目を向けた。
師匠なら救ってくれるのではないか、という懇願。由比ヶ浜先生を救ってくれればきっと過去の僕も救ってくれる気がしたのだ。
「……いや別に変とかキャラじゃないとか似合わないとか柄でもないとかそういうことが言いたいんじゃなくてだな、純粋に興味がねぇんだ」
「もっとひどいよ!」
師匠の適当なジョークに由比ヶ浜先輩は笑顔を取り戻す。
答えはくれない。でも笑わせてくれる師匠を、心底かっこいいと思った。
バンッと机を叩いて由比ヶ浜先輩が憤慨する。
「ヒッキー、マジありえない。あー、腹立ってきた。あたし、やればできる子なんだからねっ!」
「それは自分で言うことじゃねぇぞ。母ちゃんとかがしみじみ潤んだ目でこっちを見ながら言うもんだ。『あんたもやればできるこだと思ってたんだけどねぇ……』みたいな感じで」
「あんたのママ、もう諦めちゃってるじゃん!」
「妥当な判断ね」
「大丈夫ですよっ! 師匠、やらなくてもできるすばらしい方ですからっ!」
由比ヶ浜先輩がぶわっと目に溜め、雪ノ下先輩がうんうんと頷く。雪ノ下先輩ひどいなぁ。でもその場がどこか和やかな空気になった。
それは紛れもなく師匠の力だ。
師匠は本当にすごい。孤独な世界にいながら、人を笑顔にできるだなんて。
昔の僕も、きっと師匠になら本当の笑顔を見せられたんだと思う。
「じゃあ、行きましょうか」
師匠、ありがとうございますっ! と、言葉にはせず、けれどしっかりと心の中で感謝をして、僕は奉仕部の扉を開けた。