【死んだと思ったら】ブラックに来てしまった【刀剣男士?!】 作:午後ティー好き
傷は癒えたのに。
おい、俺がこんなに近づいているんだぞ。いいのか。それどころか触れてしまうぞ。
……なあ、お前は起きるのか。
いつまで待ったら、お前のうつくしい青を見れるんだ。
お前の、柔らかなようでいて案外小気味いい言葉を奏でる声を聞きたい。
ああ、現世で覚えたという歌もいい。
また聞かせてくれると言ったじゃないか。
なんて、な。
本当はお前がこうしてここに存在するだけでも奇跡だと思うべきなのだろう。
元主の悪行が明るみに出たあの演練での一件。
雪守次家は確実に一度折れた。
平野を庇い、蹴られ、術を使われ。
左目は潰され、左足は落とされ、右腕は焼かれた。
それでも左腕で刀を振るい、元主の右腕とともに俺たち全員にかけられていた術と契約を断ち切った。
そして俺たちが解放されたのを見て……安心したように微笑みながら折れたのだ。
いつからか張り付いたままの笑みではなく本当にほっとしたような優しい顔だった。
左目は潰れて、蹴られたから泥と血まみれで。
とても綺麗とは言えない筈なのに、俺にはその笑顔がとても美しく思えた。
だから俺は誰になんと言われようと。
あの時の行動が正しかったのかが未だわからずにいる。
そう、まだ元主がまともだった頃に渡されたまま未練がましく持ち続けていたお守り極を雪守に投げつけた。
咄嗟のことで俺自身何を思って投げたのかもわからん。
ただ雪守を失いたくないと思っていたことだけが確かで。
結果としてお守りは役目を果たし、完全に回復することこそなかったものの、雪守は一命を取り留めた。
その後は政府の役人たちが雪守を刀剣男士用の医療機関に搬送したりだとか、元主を拘束したりだとか、俺自身も仲間と引き離されて事情を聞かれたりしたから人伝にしか知らない。
お守り極でも回復しなかった潰れた左目や刻まれていた術で落とされた左足、呪符で焼かれた右腕と、茎から大きく罅が入り、焼けたように煤けた本体は通常の手入れでは治らず、試行錯誤と特殊な術式を使用した手入れでようやく治ったらしいのだが、意識が戻ってみないとどうにも言えないのだという。
形だけは綺麗に治ったように見えるが、後遺症が残る可能性も十分ありえる、と。
特に酷かったのが左目で損傷が激しかった上に呪具を埋め込まれていたために一度摘出しなければならず、その後外科的な処理やらなにやらをして眼窩に戻し、穢れを払い特殊な手入れを施したそうだ。
その上、埋め込まれた呪具を介して術をかけられ続けてきたのに重ねて夜伽を強いられていたせいで穢れを溜め込まされており、ひどく衰弱して上手く霊力を取り込めず神気も弱まっているから少しずつ外から与えて回復を促しながら浄化していくしかないのだ。と術者が言っていた。
あらかた事情聴取もおわり、雪守の容態も落ち着いた頃。
渋る政府関係者をこの件の担当職員と雪守を診た術者、医者が説き伏せてくれ、俺たちは本丸に帰ってこられた。
あれほど澱んでいた本丸は元々審神者だったという担当職員が管理をし、放置されていたものたちの手入れをして、御神刀たちに協力を仰いで祈祷やお祓いをするとみるみるうちに改善された。
今は療養期間だからと任務も課されておらず、皆で内番や家事をしつつゆるりと過ごしている。
政府お抱えの術者や医師に言われた通りに雪守に手を触れて少しずつ神気を分け与え、細々とした世話をして、話しかける。
俺たちがこいつにしてやれることはこのくらいしかない。
担当職員の提案で交代制で世話をしているが、今日はまるまる俺の担当だ。
自身のものよりもやや華奢だが、それでも刀を持って戦う者の手を握ったまま指でそっと擦る。
双方手袋をしていないからか、少し低めの体温やすべすべしている感触やらが伝わってくる。
今でも考えてしまう。これで良かったのかと。
本当はあのまま楽にしてやるべきだったのかもしれないと。
政府は秘密裏にお試し分霊として降ろされていた雪守を辛うじて失わずに済んだ事を幸いだと思っているようだが、始原とも言うべき分霊をこんな風に扱われたとなれば雪守の本霊も黙ってはいないだろうし、協力を得られないことを覚悟しておく方がいいのではないかと思う。
俺は、俺たちは、雪守が折れなくてよかったと思っているし、話し合いの末に担当職員を新しく主として迎えるにしても刀解を選ぶにしても雪守が目覚めるまで待つことにした。
なあ、雪守。お前は何を望むんだ?
お前の言葉で聞きたい。
契約が切れた元主こと、あの人間の判決が決まったらしい。
異例づくしの裁判で戦時下における特例措置によって軍法会議はより早急に判決・刑があれば執行されるとはいえ、本当に異例なくらい早く終わったのだと知らせに来た政府の職員が言った。
元主は黒派閥と繋がっていて罪に問うのが難しいかもしれないと聞いていたが、共謀していたらしい担当役人共々有罪判決が出た。
その他上層部の膿も少し掃除されたらしい。
元主はかなり重い罪に問われ、審神者に復帰することはおろか担当役人共々おおよそ人間らしい生活は望めない場所に送られることになったそうだ。
その辺はもはやどうでもよかったが、俺たちに二度と関わることがないという点についてのみ良い結果であったと思う。
決め手となったのは演練場で雪守が対戦相手の膝丸に託したという情報媒体。
元主の悪行から黒派閥とのやり取り、レア刀剣の不正取引の記録、うすら暗い顧客リスト、刀剣に対する呪術実験の記録、本丸の裏帳簿、禁呪の入手経路、それから。
刀剣への暴行虐待や故意による刀剣破壊の証拠として写真、音声、動画。
それらはいっそ無機質な程に毅然と整理され、大まかに日時や状況、被害刀名が淡々と添えられていたという。
おびただしいほどの記録。
暴行の類の被害刀の記録は本当に様々であったが、性的な暴行や呪術実験のものはそのほとんどが雪守次家であった。
その中には審神者が記録として撮影したらしい一連を全て収めた動画もあったという。
特に長いものは左目に呪具を埋め込まれた時のものと本体の茎に呪詛を刻まれた時のものでそれらの悲惨さは証拠の確認のために見ていた職員を何人も医務室送りにしたらしい。
それらを収集して記録媒体に落とし。
演練相手に託した雪守。
諦めてしまった俺たちとは違い、その身を呪詛に侵されながらも。
彼は、確かに勝ち取ったのだ。
戦場に出されなくなっても。
本体である刀を取り上げられても。
けして諦めずに。
抵抗もだんだんとしなくなり審神者に従順になって媚びて見せることさえあった雪守。
俺は遂に彼が壊れてしまったのだと思っていた。全てを諦めてしまったのだと。
そんなわけはなかった。
彼は機を待っていたのだ。
動かぬ証拠を抑え、地獄を終わらせるために。
それから、審神者の注意を引き付け被害を減らすために。
俺がそれに気づいたのは彼が密かに可愛がっていた何振り目かの山姥切国広と五虎退、同派で親しくしていたにっかり青江が折れた時。
雪守は微笑みで固定されてしまった表情のまま一振で持ち帰られた彼等の破片を抱きしめて泣いていた。
自身がどれほど痛め付けられようが嬲られようが諾々と従いうっすらと微笑んで見せる雪守の、感情を引き出したいらしい審神者が彼の目の前でほかの刀剣を痛め付ける時くらいしか抵抗の意志を見せることは無く。
泣くのもその時くらいだった雪守。
彼はそれを酷く気に病み、どうにかこうにか審神者の気をそらそうと必死だった。
そんな彼に気を良くした審神者は雪守に交換条件として様々な無理難題を押し付けた。
それは成功することもあれば失敗することもあった。
失敗する度に雪守は酷く傷ついて自分のせいだと取り乱しその様を審神者が愉快と笑う。
審神者がいなくなると傷だらけ枷だらけの不自由な体で頭を床に擦り付け自身のせいだと詫びる雪守。
誰も責めるものはおらず、彼にはそれがより堪えるようだったが、俺たちにもどうにもならかった。
お互いに理性では分かっていたのだ。
雪守は誰が痛めつけられようと折られようといつものように微笑みを浮かべてどうでもいいと言っていれば審神者はそのうち興味を失うだろうと。
俺たちはお前のせいで折れたのだと嘘でも責めてやれば雪守は少しでも楽になるだろうと。
お互い分かっていてどうしても出来なかったのだ。
やがて審神者が悪趣味なことを始めてから数日もしないうちに雪守は他の刀剣に関わるのをやめ、審神者に酷く媚びる様になり、審神者も飽きたのか雪守だけを執拗に痛めつけ嬲り、術の実験を繰り返すようになった頃で。
だから俺は驚いて、何も言えなかった。
何も感じないようにしていただけだった。
彼は壊れてなどいなかった。
俺たちを守るために全てに蓋をしただけだったのだから。
まともに泣くことも出来ずに微笑んだまま息を殺してほろほろと涙を流し続ける姿は酷く歪で痛々しかった。
俺にはそっと雪守に寄り添う小夜左文字と共に震える小さな背中を撫でてやることしか出来なかった。
それから審神者が寝静まった深夜に、ひっそりと話をすることが増えて、案外小気味いい話方をする刀なのだと知った。
審神者が現世やら政府に赴いて確実に帰ってこない留守の時は刀時代に人の子が歌っていて覚えたという現代の歌を歌うこともあった。
戦闘で折られる以外ではとんと折られる刀が減った本丸の夜は偽りの穏やかさに満ちていた。
雪守は負けなかった。
無意味に傷つけられて手入れされてまた傷つけられを繰り返しても心を折ることはなく、出陣にすら出されなくなってからは傷だらけ枷だらけのまま放置されて立つことすら出来なくなっても這いつくばって事を進め、自力で難しいことは他の刀に協力を仰ぎながら証拠を集め、演練に審神者を言いくるめて引きずり出し。
まさか雪守も他の目がある演練場で暴行を始めるとは思ってはいなかっただろうが、雪守は証拠を他の審神者の刀剣に託し、見事俺たちにかけられていた術と契約をも断ち切った。
それは、雪守が刀剣男士として降ろされてから半年。
俺が顕現してから五年目の春だった。
顕現してからずっと心休まる時もなく孤独に戦い続けた雪守。
限界が訪れて気絶するように眠っても少しの物音や気配で起きてしまっていた雪守。
だからこんこんと眠り続ける姿を見て、眠らせておいてやりたいとも思う。
あんなにも頑張ったのだから。
でも穢れもなくなり美しさを取り戻した本丸でぎこちなくても笑い合う仲間たちを見ると、同じように笑う彼がみたいと思ってしまう。
だから俺は今日もそっと新雪のような白銀の髪を撫でて声をかける。
今日もいい天気だぞ、と。
ひらり、とどこからか桜の花弁が落ちてきた気がした。
かなり時間が経っているので矛盾してたら本当にすみません!!!