1話 終わりと始まりと転生
「かっこいいなぁ……!」
テレビに熱中している少年の名は柊。
彼が見ているのは少し古い特撮の映像で、名を仮面ライダーオーズという。
「ほんと、カッコいいなぁ、俺もこうなりたいや……」
映像でだけ、架空の世界でだけ活きるキャラクター達。自分もこうなりたいと何度も願っていた。
しかし実際の所はこの物語に出てくる化け物も、オーズも存在しない。
現実はそういう世界なんだから仕方がない。
だからこそ彼にとってはオーズが憧れとなり、
「っと……そろそろ学校に行く時間だ……」
♢
「今日もつまんねぇ授業だったな」
何があるでもない授業を全て聴き終え、帰りを共にしていた友達がそう呟く。別にどうとも思わなかったので自分も肯定した。
「ああ。いつも通りだな」
「はぁ〜あ。超可愛い子でも空から降ってこないかねぇ」
「なんだそれ……じゃ、俺自転車だから。また明日な」
「おう、柊も。また明日」
そして誰に何か言われるでもなく。黙々と自転車に乗り、ペダルを漕ぎ始める。
ギコギコとペダルを漕いていると、信号が赤になったのでブレーキを掛けた。
「ねぇねぇ! ほらすっごい跳ねるよ! あははは!!」
「うん、上手ね」
信号を跨いだ奥の歩道で、小さい女の子とその母親らしき人が、ボールを地面に突きながら喋っている。
「ぽんぽ……あっ!」
「あっ……」
いつの間にか二人の動きに自然に見入っていて、思わず声を漏らした。そして手から弾かれたボールは道路へと転がって行く。
「あらら……」
ボールは転がるが、信号は赤だ。しかも奥からは普通に車が来ている。もしかしたら車と当たって破裂するかもしれないが、それでも状況的にはそれが最善だろう。
「待って!」
ただ、小さい子供にはそこまでの思考はなく。少女h道路へ駆けた。
「危ないわ出ちゃダメ!」
そう言って母親も急いで道路へ走る。
「……やばい、かも」
「えへへ!」
転がるボールを拾い上げた少女。その側面から車が直進し続けている。どう見ても止まる気配は、ない。
(なんで運転手はブレーキかけねぇんだよ!)
「こら!! ダメでしょ!!」
母親が素早く女の子を抱いて歩道へと戻った。
「!……良かった」
少しヒヤッとはしたが母親がしっかり保護したようだ。
そんな楽観的な思考をしていると、まるで二人を狙うかのように直進していた自動車が歩道に曲がった。
「……は」
運転している老齢の人間は、ぐったりと身体を横にしていた。
「────間に合」
──現実で、こんな夢見たいな事、あるのか。
あまりの非日常な光景を目撃した彼は一瞬硬直する。
「キャアアア!!!!!」
母親は腰を抜かし、少女も呆然と立ち尽くしたまま車を見ている。車の運転手は、現状に気づいていない。
この場面に直面しているのは自分含めてこの場の4人だけだ。
無理だ。親子は車を避けられない。
その非常で非情な現実を、多分親子よりも早く理解してしまった。そして理解すると同時に、変に冷静な己の思考に後悔する。
この状況で、きっと自分の憧れの人は脚を動かしてしまうだろうから。自分もそうでなければならないと──。
「──こンの馬鹿!」
人間の本質は咄嗟の行動に現れる。
彼は、
右脚を前に出し、続けて左脚も出す。それを繰り返して、助走をつける。
──終わってる終わってる終わってる終わってる! 馬鹿か馬鹿か俺!!)
後悔した瞬間には、脚を運んでいた。すでに助走をつけている。であればもう止まれない。
(なんで助けようと思ったんだ!? 出来ないって!)
ここは特別な撮影じゃなくて、現実なのに。
柊の突っ込んでくる様子を見て、母親であろう人は咄嗟に一歩後ろに下がった。
(! あの子を逃がせば……!)
母親はそのまま後一歩下がって右か左か、どちらかに避ければ回避できる。なら今危ないのは少女だけだ。
こんな時でも、冷静な思考に再度嫌になりながらも、どこかラッキーだとも思った。
「届……」
残念ながら、間に合うことはなかった。
「──あれ?」
当然である、現実で車に引かれそうになっている人間を助けるにはそれなりの前準備が必要だ。
そもそも、柊は助けに入れる距離でもなければ、人を抱えたままトラックを躱せる身体能力も持ち合わせていない。彼はただ、今回の事故の被害者を増やしただけだ。
(あ、死ぬ……なら……せめて)
もう車は避けられない。女の子を投げ飛ばす時間もない。抱きかかえて衝撃を抑える他なかった。
(いやだ、怖い!!)
そしてそのまま、車は柊と衝突した。
衝突した彼は抱きかかえていた少女共々2メートル程吹っ飛んで倒れ、意識を失う。
♢
──あれ? そういえばさっきの事故はどうなったんだろうか。
体は動かない。だが痛みもない。アドレナリンで痛覚を麻痺させていた。音を頼りに状況を判断するしかないが、よりによって一番聞きたくない言葉が鮮明に耳に届く。
「あ、ぁあ……! ねぇ! なんでそっち、そっちに!!」
(女の子はどう……なっ……た……?)
声を出して確認することもできない。
ただこの悲劇を音で聴き取ることしか柊には出来ない。
「嘘……嘘よ……ねぇ!! まだ4歳よ!!? なんで……なんで……」
「──」
助けられなかった、クッションにすらならなかった。少女はこれで人生を閉じて、自分の道化のような喜劇の幕ももうじき息絶える。
そんな中で一瞬、ほんの僅かに醜い感情が脳の端で浮かんでしまった。
──助けなければ、良かった。
一瞬、されど一度でもそんな事を本気で思ってしまった自分が愚かで、どうしようもなく情けない。最後の最後で、自分の全てを台無しにした。
結局、自分も我が身可愛さで生きている、そんな平凡な人間の一人だったというわけだ。それに気づいた以上、もう本気でどうでも良い。
──……結局、なんの為の人生だったんだろう。
こうして死に直面してなお、自分には何も誇れるものなんてない。憧れていた者からは程遠く、何もなし得ないまま死ぬ。
──まぁ……だらだら長生きして気づくより、早めに無駄な人生だったって気づけただけ、マシか。
そう心の落とし所を決めてから。眼を閉じた。
──悔しい……悔しい。悔しい悔しい。あの一歩をもっと早くに踏み出していれば、なんの躊躇いもなく助けに入れたなら俺は届いた筈だ。あの子を救えた。
おおよそ英雄気質ではなかった。星の輝きを持つような人ではない。ただの凡人。それでも、自分で卑下するほど、腐っている人間ではなかった。──と、言えるような人間でいたかった。
「……あ」
何の意図もなく、右手を上に掲げる。
「……」
──どうせなら、やっぱり一回ぐらいオーズになってみたかったな。
天にかかげた手は地に落ち、彼は再び意識を絶った。