東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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春雪異変 編
11話 変化と甘味屋と白髪の少女


 博麗大結界の内側にて、賢者が黄昏ていた。

 

「手筈は整ったわ。あとは……刻が経つのを待つだけ」

「上手くいくでしょうか。正直、紫様らしからぬ危険な手段だと言わざるを得ません」

 

 九の尾を兼ね備える式神は、恐れ多くも発言した。

 

「それは否めないわね。けど今までのケースと違って今回はもう事が起こってしまっている。故に私もリスキーな動きをせざるを得ないのよ」

「……失言を撤回させてください。私の考えが至りませんでした故に」

「気にしなくていいわ。それよりも貴方には一緒に動いてもらうからね」

「勿論です、紫様」

 

 並々ならぬ気配を漂わせる二人。そのうちの一人、紫と呼ばれる少女は呟いた。

 

 

「上手くいかなければ終わるだけ。この儚き世界と共にね」

「……はい」

 

 その呟きに、従者は思考する。果たしてうまく行くのか? 本当にあの男が幻想入りして良かったのか? ……わからない。

 けれど、やるしかないのだ。

 

「中々に早計だな、賢者ともあろうものが。もう少し余裕を持って事を成した方が良いんじゃないか?」

「──!」

 

 賢者、と呼ばれた金髪の少女は声の主人の元へ顔を向けた。

 

「短慮という訳ではあるまい、熟慮深慮を重ねた結果なのは良く分かる。だがそれでいてその結論に陥るのは同じ賢者のよしみとしては頂けんな」

 

 ニヤリ、擬音を挟むなら正にそれだろう、と言えるほどに口角を吊り上げて、彼女は続けた。

 

「お前は昔からそうだ。自他共に過小評価した目線からしか評価することが出来ない。ククッ、だから今回も厄介ごとが生まれる前から芽を摘もうとしているわけだな? ……それは御立派な事だ」

 

 陰で隠れて顔の見えない何かの言葉に、紫と呼ばれる少女の従者は苛立った。

 

「貴様、紫様を侮辱したな……」

 

 一触即発、次に眼前の賢者が主人に対しての侮蔑の言葉を吐いた瞬間に切り刻んでやる。九尾の気配からそれは容易に伝わった。

 

「まぁ待て、私は別に今ここで争うつもりはないさ。それに私がここに来た理由も別にある」

「理由?」

「ああ、お前に質問しに来たんだ」

 

 金髪の少女は、紫と呼ばれる少女に問う。

 

「お前は何を恐れてるんだ? また一人、誰かが幻想に混じっただけだろう? ……まぁかなり奇特な例だが」

「その副事物。ひいてはそれが起こす災いについて恐れているのよ」

「はははは!! あれに対しての評価にしては慎重過ぎるだろう! ……正気か?」

 

 口を大きく開き、笑う。紫は目を閉じて、その笑いを静かに受け止めた。

 

「お前の苦労は分からんでもない。だが私は反対だ。あの少年とその仲間の可能性を知りたい。まだ芽を潰すのは早いと私は思う」

「貴女、案外楽観的なのね」

「そこは余裕があると言ってくれ。そもそも私はお前の策が上手くいくとは全く思わんがな。お前らしいミスで致命的な状況に陥りそうな図が目に浮かぶよ」

 

 両手を腰に当てて、賢者は紫に語りかけた。

 

「もし奴を上手く殺めたとて、周りの人間が黙っていないだろう。計画的でより緻密な犯行であればあるほど巫女は十中八九お前を疑うだろうし、最悪祓われるぞ」

 

 少女は先程の皮肉めいた笑いとはかけ離れた程の声の穏やかさで、論理を展開した。

 

「それでも、やるしかないのよ。これは幻想郷を守る為の博打なの」

「お前の案も上手く行く確証のない不安定な物だし、何しろ事はもう起きている。お前が考えるべきは奴をどうこうするよりも、これからの来るべき災いにどう向き合うべきかを考えた方が良いと思うが?」

 

「……それも考えるわ」

「やるならば最悪でも奴がすり抜けてきた瞬間に殺害してその一部の空間のみ取り払うべきだったな」

 

 どこから持ってきたのか、賢者が指を鳴らすと、高級そうな椅子が現れ倒れ込みながら、語り続けた。

 

「敢えて言うぞ。私は能力を奴に使う事も吝かではないとも思っている」

 

 その言葉を言い切った時、彼女の周りに幾重もの巨大な眼が浮かび上がる。

 

「そこから先は慎重に言葉を選びなさい」

 

 既にその全てのスキマの奥には妖力が満ち満ちており、一言でも言葉を誤れば即座に殺す。限りなく威圧の高い殺意が空間に浸った。

 

「──!」

「あ……あ」

 

 式神は味方だと分かっていても本能が警鐘を鳴らし、身体を震わせ、賢者は一瞬動揺を引き出された。今の警告が、冗談ではないと悟ったからだ。

 

「貴方だから特別言葉を聞き入ってやったけど、先の発言はあり得ない。ひいては賢者全てを敵に回す事と同義よ」

 

 恐らく、紫は邪な考えは辞めろ、という慈悲であり警告のつもりで発言したのだろう。だが、その賢者は。

 

「──結構だ。それで済むならそうしようじゃないか」

「……は……?」

 

 むしろ、紫を焚き付け始めた。

 

「……自分が何を言っているか、分かっているの?」

「当然だろ? 私が今この場で嘘をつくタイプじゃないのはお前が一番分かっている筈だ」

「……」

 

 歯軋りする紫を見て、追って賢者は畳み掛けた。

 

「私は今回の騒動の犯人である少年を護りつつ、刺客を潰せばいいのだろう?」

「そんな事が本気で出来ると思っているの……!?」

「試してみなければ分からないからな。やってみようと思い切っただけだよ」

 

 賢者は両目を閉じ、隙だらけな様子であっけらかんと述べる。

 

「お前はいつまで経っても優等生だな。ま、大事な事ではあるけど」

「貴方ね……今回の騒動はこれからの幻想郷の未来にまで影響が及ぶのよ!?」

「そうだな、それが?」

「……は?」

 

 何の問題がある? 賢者は本気でそう思ってか、シンプルな尋ね方をした。

 

「ワラキア公国の吸血鬼の末裔。人間のまま魔法を扱える魔法使い。指一つで死を司る少女の亡霊。それから、全てから囚われざる自由の浮雲。そして……錬金術師の不可逆超技術の結晶(オーバーテクノロジー)を己が力に落とし込み操る少年。それらを含む全ての生きとし生ける全ての者たちが今この瞬間に幻想郷を生きている」

 

 どういう絡繰か、紫の執行を無視してその賢者はスキマを閉じた。

 

「──!?」

「この程度で私を脅していたつもりになっていたらしいな。ふっ、やはりお前は優等生らしい。例外を常に意識しておけよ」

 

 紫は歯軋りしながらも賢者の言葉に耳を傾ける。

 

「私もお前も目標は同じさ、ただ幻想郷をより良いものにしたいだけだ。そのために幻想郷そのものをギリギリまで危険に晒したとしても、仕方あるまい」

「なにをバカなことを。それのどこが私と同じだっていうのよ……!!」

「それに幻想郷の未来に影響を及ぼすのは、何も少年一人に限った話しではあるまい?」

 

 賢者が指を鳴らす、紫が知覚するよりも前に、紫の周囲を賢者の弾幕が覆った。

 

「100%悪影響を及ぼす事が目に見えている、それが問題だと言っているの!!」

「だからそれはお前にとっては、な……この件何度目だ? 相変わらず幻想郷に過保護だな」

「あの子を生かしておくのは、不都合でしか無いというのに……分からずや」

 

 賢者は鼻を鳴らすように笑う。

 

「今回それぞれの手段においてお前にとっての不都合は、私にとっての好都合だった。ただそれだけだ」

「私にとっての……ですって……?」

「お前はどうも勘違いしているようだから言ってやる」

 

 賢者は腕を組みながら紫に言い放った。

 

「幻想郷の管理者、八雲紫。お前と対等である私だからこそ分かるものもある。お前の役目はあくまで幻想郷のバランスを保つことにある。それはつまり、あらゆるものを受け入れなければならないということだ」

「そんなこと出来ない……! 私には、幻想郷に爆弾を置いたまま過ごすなんてことは……」

「そう、そんなことだからこそ、今回の騒動を引き起こした犯人である少年を、この幻想郷から追放しなくてはならない。そうしなければ幻想郷自体が危ういのだ。そう言いたいのだろうが」

「……貴方はそれを良しとしないのでしょう」

「ああ、当たりだ。なんだ、私のことよく分かって──」

 

 その言葉は、紫を行動に起こさせるには充分すぎた。

 

「自分が賢者としての思考から外れていることは分かっている筈なのに、彼の肩を持つなんてこと有り得ない、あってはいけない」

「おっと、本気か? ここら一体が崩壊するぞ? この私ですら脅しの弾幕しか展開しなかったのに」

「賢者としての責任感を微塵も感じないその振る舞い。一度叩き直した方がいいわね」

「──誰に、何するって?」

 

 空間を覆う強固な結界。中級クラスの妖怪では認識すら困難な程の精密な結界。賢者は一瞬の感情の振れ幅で、それらに亀裂を入れた。

 

「流石に今の発言は聞きづてならないな……どうする?」

「……謝るから、辞めましょう。これ以上は不毛だわ」

「全くだ」

 

 はぁ、と紫は大きくため息をついて、項垂れる。

 

「まぁ、私なんかよりよっぽど賢者やってるよ、お前は。ただ私は自分の欲と賢者の責任感を天秤に掛けて欲を優先させただけだ」

「そんな事……!」

 

 賢者は待て、と右手を前に出して、私の言葉を遮るな。という意思を表示する。

 

「お前の常識じゃ、『賢者ならば何を秤にかけても賢者としての責任を果たすべき力と役目がある』って言いたいんだろう? それは正しいよ、この場合非常識なのは私だ」

 

 ふっ、と賢者は笑って。

 

「だがな、生憎私はモラリストでもバランサーでもない。別に幻想郷が滅んで欲しいとかいう頭キチガイな破滅願望もないが。ドンパチやってる周りに水ぶっかけて空気蔑ろにする様なKYでもないんだよ」

「……私に言ってる?」

「ノーコメント。心当たりがあるなら反省しとけ。ともかく、今回の意見の違いはそっくりそのまま価値観の違いってやつさ」

 

 幻想郷の未来の指針を、二人の生物の価値観の差異で決めてしまうかもしれない。そんな事は、賢者には絶対に許されない。

 

「……とか、思ってんだろ? 昔からそういうやつだしな」

「うぐ」

 

 図星だった。

 

「幻想郷に対して過剰なほどに過保護なお前。片や幻想郷に対して異常なほど試練を与える私。お互いすれ違ってばかりだな。だがそれこそが幻想郷の存在の本質でもある、だろ?」

 

 幻想郷は全てを受け入れる。そう、その通りだ。

 

「それは、まぁ、そうだけど」

「私は今回のこの私たちの意地の張り合いが巡り巡って幻想郷を守る事に繋がると信じている。だからお前も本気で試練を与えてやるがいいさ、そうでなきゃ意味がないんだからな」

「な……なんなのよ、結局」

 

 紫の落胆具合に軽いため息と苦笑いを浮かべ、賢者は述べた。

 

「ま、いいやそれじゃ頑張りなよ、賢者の仕事とかいうやつを。私はどうなるか楽しみにして観ておくさ」

「……? ちょっと待ってよ、あれだけ言っておいてまさか、何もしないの?」

「私が何かしてもしなくても、お前がしばらくは何もしない事は分かってるからな」

 

 賢者は右手をヒラヒラと振るい、まるで紫を煽る様に言った。

 

「今の貴方になんでそんな……」

「そもそも、今回の様な件をほんとに対処したかったんなら少なくとも博麗大結界レベルの防衛網をあと二、三枚貼って用心しておくんだったな」

「今更そんな、たらればならどーとでも言えるでしょう!」

「じゃあ聞くが、私が先にそれを言ってたとして実行してたか?」

「……」

 

 ほらな、と言って、賢者は紫の額を人差し指で突く。

 

「この世の中。自分の思い通りに事が行く事なんてそうそうない。私達ですら全てが上手く行くことなんてないんだからきっと皆んなそうなんだ。だったら私はより面白く、そして私からみて可能性のある未来を選ぶ。それが私の価値観なんだよ。まぁ、安寧、平穏とは割と対極にあるかもしれないけどな」

 

 完全に紫の背後を向くと、賢者は割れたスキマに右手を突っ込み、空間を割いた。

 

「……あ、さっきたらればとか言ってたからな。先に言っておくよ」

 

 割れた空間に入る直前、思い出したかの様に首だけ紫に向けて。

 

「この時期、西行妖が唸りを挙げる時期だ。彼に共振すれば、あのデクの妖怪は一層春を奪っていくだろう」

「……!」

 

 賢者は、目を一層開く紫に笑いかけた。

 

「あとは自分で考えなよ、賢者だろ?」

 

 その発言は、敵対勢力になるとも呼べる紫に対しての助言であり、賢者が味方をすると言っていた人間達を不利にさせる発言でもあった。

 

 つまり、彼女は自ら状況を不利にしたのだ。

 

「……ほんと、貴方は狂ってるわ、可能性を自分から削っていくなんて」

「かもな。けどこれでもしお前の試練を人間達が乗り越えてもみろ? とんでもない逸材だろ? きっと」

 

 賢者は笑ってその場を去っていった。

 

 

 ♢

 

 

 新たな異変が始まる少し前の出来事。

 

「ここが……噂の」

 

 

 もう人里での生活も随分と長くなり、柊はある程度幻想郷での過ごし方を把握していた。

 

 『ある有名処の甘味屋があるんだが、あそこには人として生まれたのなら一度は行かないと損するぞ!』

 

 慧音にそう言われては行くしかあるまい。と柊は意気込んだ。

 

「いらっしゃーせぇ」

 

 店内に入ると、甘い匂いが鼻腔を刺激し、脳が刺激される。

 

「何名様ですか?」

 

「えっと、1人で」

「こちらにどうぞ〜! メニューこちらになりますが、すでにお決まりでしょうか?」

「えっと、オススメ下さい」

「はい! 少々お待ちを」

 

 なんとなくでオススメを頼み、少し雰囲気を感じていると。

 

「すいません、今席が空いてなくて……」

「そうですか……」

 

 残念そうな顔でお店を後にしようとする少女。柊は不憫に思ったか、咄嗟に声をかけた。

 

「あの、俺のところでよければ、俺は相席でも大丈夫ですよ」

「いいん……ですか?」

「はい、全然」

「ありがとうございます!」

 

 会釈し、椅子に寄りかかる白髪の少女を見つめながら、柊は疑問を思い切って聞いた。

 

「? あのその綿菓子みたいなのは? なんですか?」

「綿菓子? ああっ……隠すの忘れてた……」

 

 そんな事を呟いているが、見た目が異質すぎる。白髪の少女の周りを、ふよふよと変な物体が動いている。

 

「え、えっっと……」

 

 白髪の少女は綿菓子を撫でながらたじろぐ。

 

「これは……その」

「言いたくない事情があるならいいや。俺も聞かれたくないこととかあるし。変なこと聞いて、ごめんね」

「い、いえ! そういう訳じゃ……」

「ん? そうなの? まあでも本当に気にしないで、単に気になっただけだから」

「そ、そうなんですか……あの」

 

 少女は一呼吸置いて柊に問う。

 

「あの……お名前なんて言うんですか?」

「俺? 俺は夢知月です。夢知月 柊。よろしく」

「よろしくお願いします、私は魂魄 妖夢っていいます」

 

 この時、相席した時点で、彼は異変と関わる運命だったのだろう。

 春雪異変と言う名の新たな異変と。そして、柊は巻き込まれる。魂願者の願いに巻き込まれ、そして幻想郷の管理者である八雲紫の試練を受けることになる。

 

「……」

 

 妖夢と名乗った少女は、黙々と甘味を口に運んでいく。

 

「なぁ、君ってさ」

「はい?」

 

 唐突な柊からの質問に、上擦った声で返答する妖夢。

 

「なんか変わった服装してるけど、外来人だよね?」

「えっと……いや、外来人ではないです」

「あ、そうなんだ?」

「なんでそんな質問を?」

「人里ではあんま見ない珍しい服だったから」

 

 そう、妖夢の服は霊夢や魔理沙のように個性的な服で、袴やら落ち着いた服を着ている人里の人間たちとは少し雰囲気も違ったのだ。

 

「ふぇ!? こ、この服変ですかね?」

「ううん、全然。普通だと思うよ。でも、ここら辺では珍しいなって思って」

「は、はい。実はですね、私、半人半霊なんですよ!」

「へ?」」

「……あっ!?」

 

 妖夢はわかりやすく焦り出した。

 

「ち、ちち、違います! 噛みました!」

「なんて言おうとしたの?」

「えーっとえーっと……」

 

 少し迷った末に妖夢は高らかと言った。

 

「そ、そう! 半人前で、半分の人なんです!」

「あぁ、そういう意味ね」

「はい!」

「ちなみに俺がよくお世話になってる慧音さんって人は半人半妖だから、別に半人半霊でも驚かないよ」

「あ、そうなんですね! 良かった〜……ええっ!?」

 

 妖夢は驚いていた。

 

「ん? どうしたの?」

「いえ、その、あの、えっと……」

 

 妖夢は何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「まあいいか。ところで、なんで人里に来たの?」

「えっと、食材を買いに来ただけです。ここに寄ったのは単純な興味で」

「へぇ〜」

「あ、あともう一つあるんですが」

 

 妖夢は自分の胸に手を当てて言った。

 

「多分次来る時は寒くなっているので、ポカポカなうちに甘味を……」

「? どゆこと?」

「……あ」

「?」

「私また失言を……えっと、違うんです、その」

 

 妖夢が何かを言いかけたその時。

 

『キャァアアー!』

 

 と、叫び声が上がった。

 

「なんだ?」

「あっちの方から聞こえてきましたよ!」

 

 妖夢が指差したのは、窓の外。女性の手を男性が掴んでいた。

 

「魂魄ちゃんはここに居て」

「えっ?」

 

 柊は走り出す。するとそこには人だかりが出来ていて、その中には慧音の姿もあった。

 

「先生!」

「おお、柊。ちょうどいいところに来てくれた。あれを見てくれ」

 

 

 ♢

 

 

 人だかりの中心には二人の男女がいた。女性は男性の手を振り払おうとしている。しかし男性は離さない。

 

「お前にも手伝って欲しい」

「あ、はい!」

 

 そう言って慧音は二人に近づく。

 

「おい、その女性を放してやれ嫌がってるじゃないか」

「うるせぇ! 俺の女の問題に手を出すんじゃねぇ!」

 

 男は叫ぶ。

 

「私は貴方の女じゃないわ!」

 

 女性が言う。しかし男はそれを聞かずに怒りを向けた。

 

「てめえ! そうやってふざけたこと言ってっと……!」

「! やめろ!」

 

 男が殴りかかろうとした時、柊が割って入り慧音が抑えた。

 

 そして男の拳を受け止めるとそのまま捻り上げる。

 

「いてぇ!」

「まったく、何をしているんだ。こんな往来で喧嘩などしたら他の人に迷惑だろう」

「くそぉ……オラっ!」

「あっ……!」

 

 男は咄嗟に足を出して女性を蹴ろうとするが。

 

「女性にそんなことしないで下さい」

 

 妖夢がサラリと受け止めた。

 

「なっ!?」

「えっ……」

 

 驚く男と戸惑う柊。

 そのまま、妖夢は野蛮な男に対して言った。

 

「まだやるんですか」

「チッ……! もう良いよ!」

 

 そう言い捨てると、男は人混みの中へと消えていった。

 

「ふう、一件落着ですね」

 

「ありがとうございます。助かりました」

「いやいや、当然のことをしたまでですよ」

 

 そう言って女性も人混みへと消える。

 

「魂魄ちゃん怪我はない!? 大丈夫だった!?」

「はい、この通り。なんともありませんよ」

「そっか……良かったぁ……」

「……クスッ」

「……?」

 

 突然笑う妖夢に疑問符を浮かべる。

 

「あ、いえごめんなさい。良い人なんだなって」

「そうかな? まあそう言われて悪い気はしないけどさ」

「ふふっ」

「ハハッ!」

 

 二人は笑い合った。

 

「あ、そうだ! 今度一緒にお茶しませんか?」

「うん? ああ、もちろん。そっちの都合が良い時にね」

「はい!」

 

 妖夢の笑顔を見て、柊はどこか嬉しく感じていた。

 一方その頃、とある場所では。

 

「なんだよあいつら……邪魔しやがって……」

 

 先程の女性と男性が座っていた。

 

「……ふふ、もう下手な演技もしなくていいわよ、藍」

「あ、はい……って下手でしたか!? 私!」

「表向きの偽りは完璧だったけど、私クラスの人物なら一瞬で姿を変えてると分かる変装だったわ。妖力が揺らいでたもの」

「ええっ!? そ、そんな筈は……」

 

 藍と呼ばれる人物は男の変装を解除し、9本の尾を持った狐の姿に戻る。

 

「ほんの微々たる揺らめきだけどね。人間なら霊夢クラスじゃないと違和感すら感じないでしょうけど。精進なさい」

「うぅ……頑張ります」

「でもあの二人は無事に接触させれたし、目的は達成したから何の問題もないわ」

「はい、流石の手際の良さでした」

「じゃあそろそろ行きましょうか」

「はいっ」

 

 紫が手を振ると、スキマが現れ二人はその中に吸い込まれるように入っていった。

 

 

 ♢

 

 

「本当にありがとうございました……何から何まで」

「気にしないで、困った時はお互い様だよ」

 

 甘味屋で腹を満たしたはいいが、お金が足りなかったらしい。ついでだし、と柊が奢ると、妖夢は謝辞を述べた。

 

「また会えるか分かりませんし、屋敷へ連れて行く訳にもいかないので……今、何か困っている事があれば手伝います」

「いやいや! 気にしないで良いよ、俺もお金使わないから別に気にしてないしさ……」

「そういう問題ではありません。それに貴方には借りがあるんですから」

「あー、まぁ、確かに?」

「だから遠慮せずに言ってください。私が出来ることであれば何でもします!」

「う〜む、そうは言っても困ってることなんてないしなぁ」

 

 少し考え込む。そして思い出す。

 

「そう言わずに、家事でもなんでも、お時間に限りはありますけど、手伝いますよ!」

「う〜ん……じゃあ今度また会うまでには考えておくよ」

「そう、ですか」

 

 明らかに落ち込んだ様子の妖夢。すると、突然妖夢は口を開く。

 

「……その」

「ん?」

「随分と鍛えているみたいで。……もしよければ相手になりますが」

「──!」

 ラインが見える服を着てる訳でもない。その上で妖夢は柊が鍛えていることに気づいた。

 

「そういうの分かるんだ。すっごいブカブカな服なんだけど」

 

 なんせ江戸っ子のような浴衣に近い服装だ。柊の普段着は特段柊が服のリクエストをしなかったので人里での一般的な服を慧音が仕立てた。

 

 

「歩く時の重心で分かります」

「……相手になるって空手?」

「私は剣道の方が性に合ってるんですが、拳と竹刀の手合わせなんてフェアじゃありませんもんね」

「いや、それでやろう。お願いしてもいいかな?」

「勿論です」

 

 そう言ってから二人は慧音の家に行き、竹刀を用意した。

 

「準備がいいんですね」

「普段からここは使ってるから何がどこにあるかはよく分かるんだ」

「……それでは始めましょうか」

「うん、よろしくお願いします」

 

 妖夢の構えは基本中の基本といったところ。ただ、足捌き、目線、体幹、どれをとっても隙がない。

 

「……」

 

 妖夢は、柊が攻撃に移る前に間合いを取り、ジリジリと詰め寄ってくる。

 

「はぁ!」

 

 声の合図とともに接近した妖夢が、上段を振り抜く。

 

「ぐ!」

 

 視界には収めていたので、ギリギリ身体を反らせた。柊もその勢いで拳を振るが剣で往なされる。

 

「あいたっ!」

「いいですね!」

「……危なかったぁ」

「次行きますよ!」

 

 妖夢は柊の懐に入り込み、横薙ぎを繰り出す。

 

「くぅ!」

 

 柊はしゃがみ、妖夢が振り抜いた後の体勢を利用して立ち上がり、下から突き上げるように蹴りを放つ。

 

「ふッ!」

 

 どうにかこうにかやり過ごす。柊はギリギリの戦いを繰り広げていた。

 しばらくの間、柊の防戦一方の展開が続く。妖夢は想像の5倍は手練れで、全く懐に入る余裕がない。無理に入ればやられるのは自分だと、未熟ながらに伝わるほどの剣術。

 

(これはちょっと、かじってるとかそういうレベルじゃないぞ……)

 

「よっと!」

 

 ただの真っ向勝負で勝てないと判断した柊はあらゆる手段を使い集中を削ぐ判断にでた、そして足払いを仕掛ける。当然のように妖夢は避けて、そのまま上段の構えを取る。

 柊は狙い通り、妖夢の上段からの一撃を避けられるように注意深く観ていたのだが。

 

「なに!?」

 

 妖夢は踏み込んだ足を軸として、その場でくるりと回り、下段から切り上げてきた。

 

「はぁ!」

「うわっ!」

 

 なんとか避けることが出来たが、それでもバランスは崩れた。

 いきなりだ、上段から縦に振るという一振りから型を変えた。全く想定していない柊はガードする暇もなく、竹刀が柊の顎にぶつかる。

 

「ごあっ!?」

「あっ……! すみません! 大丈夫ですか!?」

「ま、参りました……」

 

「あ、はい……すみませんでした……」

 

 

 ♢

 

 

「大丈夫でしたか?」

「ああ、ありがとう。問題ないよ」

「本当に申し訳ありませんでした……!」

「ううん大丈夫。それよりどうだった?」

 

 そう聞くと、妖夢は少し困った顔をして、答えた。

 

「……剣相手に懐を突くのは正解だと思います。基本それが剣相手の素手での必勝法ですから」

「うん。けど、やっぱ今の俺じゃあ少し厳しいな。実際さっきのが実践だったら死んでるし」

 

 悔し交じりに拳を握り締めている。その柊の姿に少しだが、妖夢は好感が持てた。

 

「あの、一つ聞きたいことがあるんですが」

「ん?」

「どうして武器を持たずに闘ったんです?」

「んー普段から武器を持ち歩くつもりもないし……」

 

 変身する時に返って邪魔になる、とは言わずに心の中に留めておいた。妖夢に言ってもしょうがないからだ。

 

「なるほど、それなら徒手で闘うことになりますもんね」

「それに、やっぱり俺はこっちの方が性に合ってるんだよなぁ」

「分かりますよその感覚、自分に合ってるもので闘うのが一番です。私も剣道の方が得意ですから。剣を持つと魂が震えるんです!」

 

目を輝かせ、興奮気味に話す妖夢。

 

「す、すごいね、俺なんてまだまだだな」

「いいえ、夢知月くんならきっとどうにかなりますよ」

「え? な、なんで?」

「悔しがれる人は成長出来ますから」

 

 柊はキョトンとしている、妖夢はあまりに呆然としている姿を見て思わず笑ってしまった。

 

「それではこれで。また顔を見かけたら呼んでください、今度は私に奢らせてください」

「あはは、じゃあお言葉に甘えて、また会おうね」

「ええ、お元気で」

 

 そう言い残し白髪の剣士はその場を去った。

 

「妖夢ちゃん。本気だったのは最後の一撃だけだったみたいだな」

 

 柊はそんなことを考えながらトボトボ歩く。

 

「もっと頑張らないとな……よし!」

 

 思い立ったら即行動。柊は人里を走り出した。

 

 

 ♢

 

 

「……ご馳走様、今日も美味しかったわ〜妖夢」

「お粗末様です。……あ、そういえば」

「?」

「今日面白い人に出会ったんですよ、夢知月さんって言うんですけどね──」

 

 

 ♢

 

 

 そうしてあっという間に、秋、冬と時期が過ぎていった。

 

 妖夢と手合わせしてはや数ヶ月。

 

 柊はある問題に対面していた。

 

「どうだ?」

「はい……一向になれる気配がありません」

「……そうか」

 

 柊は、オーズに変身できなくなるという、いわば本末転倒の問題に直面していた。

 

「変身できないんじゃせいぜい俺は人里の力自慢くらいにしかなれません」

「うむ……なぜなんだろうな」

 

 ある日突然、力が消えたと柊が慧音に告げた。彼は言葉通り、能力も霊力もまるっきり失っていたのだ。

 慧音には原因は分からなかった。

 

 しかし、

 

「まあ今は事実を受け止めるしかないな。後で霊夢のところに行って体を見てもらおう」

「うーん……」

 

 悩み込み、思わず下をむく柊だったが、白い粒がさんさんと降り出していることに気づき、頭を上げた。

 

「雪ですか、綺麗ですね」

「ああ、だがもう本来なら皐月だぞ……なのに雪が降るなんて」

「……やっぱ変ですよね」

 

 ここまでの異質な変化。柊も異変だと思ったようだ。

 

「まぁ良い。この異常気象もそのうち霊夢が何とかしてくれるさ、あまり放置されては農家たちは商売上がったりだろうが」

「クシュン!」

「ん、そろそろ家に帰ろう。風邪を引いてしまうぞ」

「そうですね」

 

 そしてその日は何事もなく進み、寺子屋での仕事も終える。

 

「よーし! 今日はこれで終わり。帰ろう帰ろう」

「「はーい!」」

 

 生徒達が次々と外に出て行く。

 

「慧音さん、書類片付けといていいですよ。今日はおれが子供達送っていきます」

「め、面目無い……ちょっと今日はお言葉に甘えさせて貰おうかな」

「はい、見守り終えたらまた戻ってきます」

「せんせーぇ! 寒いね!」

 

 子供たちの鼻先が真っ赤になってる。そりゃそうだよな。

 

「ごめんな、マフラーとか持ってくりゃよかったな。俺の服で身体だけでも厚着してくれ」

 

 服って言っても上着だけど。

 

「先生寒くないの?」

「寒くないよ」

 

 途端、体に一条の痺れが起こる。

 

「っくしゅん!」

「やっぱり寒いんじゃん!」

「大丈夫だってほら……」

 

 目の前に、見慣れた子がいる。

 

「……ん?」

「お、妖夢ちゃん。お久しぶり」

「お、お久しぶりです……寒くないんですか?」

「寒くないよ?」

「うそだよ! せんせいね、さっきくしゃみしてたから!」

「……誰にでも世話焼きなんですね」

 

 世話焼いてる気はないんだけどね。と後頭部をかきながらいう。

 

「これも付けておいて下さい、暖かいですよ」

「ありがと、おねーちゃん!」

 

 妖夢は、どこか儚げな顔でマフラーを巻いていた。

 

「じゃーねー!」

「ああ、また明日な」

 

「……教師をやってたんですね」

「いや、俺はあくまで慧音さんの手助けしてるだけだよ。居候だからね。働かないと食うべからずだし」

「働かないと……ね」

 

 なにかを思い出すかのようにため息をつく妖夢ちゃん。

 

「大丈夫?」

「……まぁ、気長に生きていきますよ」

「妖夢ちゃん屋敷に住んでるって言ってたもんね。この時期だと大変でしょ」

「え?」

「だって広い家なんだから、雪を掃除するのも一苦労でしょ? しかもこんなに寒いと手もかじかむだろうし。早く春になってほしいよね」

「……そう、ですか。……そうですよね」

 

 少し下を向いてから、尋ねてきた。

 

「やっぱり迷惑ですか?」

「? 何が?」

「! ……いっいや何でもないです……」

 

 柊は妖夢がさっきから様子がおかしいことに気づく。

 

「暖取ってく? もうすぐ着くけど……」

「あ……」

「ほらほら、来なよ寒かったじゃん」

「……はい」

 

妖夢の手を取る。

 

「つめたっ!? 冷えすぎだろ!!」

「えっ!? そんなことないですよ!」

「嘘つけ!! はやく帰るぞ!」

「わ、わかりましたってばぁ!」

 

 手を思いっきり握られた妖夢は思わず声を漏らした。

 

「あっ……」

「ん? あっ」

 

柊が慌てて手を離す。

 

「ご、ごめん……」

「あ……いえ、別に構いませんよ」

「そっか……ん?」

 

妖夢の手が震えている。よく見ると頬も赤い。熱でもあるのか。

 

「本当に大丈夫?」

「ひゃっ!?」

 

柊は妖夢のおでこに手を当ててみる。すると、案外体温が高いことがわかった。

 

「妖夢ちゃん、おでこめちゃくちゃ熱いんだけど……手は冷たいのに何で?」

 

 柊の問いに妖夢は答えない。

 

(この人、優しいなぁ……)

 

 妖夢は自分の胸を押さえた。

 

(なんかドキドキする……)

 

 妖夢は顔を真っ赤にしてうつむいている。柊がそれに気づいたときだった。

 

「あ、あれ?」

 

 心配していた妖夢をよそに、柊が膝を地面につける。

 

「え、だ、大丈夫ですか!?」

「あ、う、うん何ともないっていうか何も感じないから異常はないと思うんだけど……」

 

 妖夢が首を傾げる。そして何か思いついたように言う。

 

「そうだ! 柊さんの体調が悪いなら私の身体で温めれば良いんですよ!」

「……はい?」

「失礼します!」

 

 いうと、妖夢は柊の背中に抱きついた。

 

「はっ!? ちょ、女の子が気軽にそんなことしちゃダメだよ!」

「ふぇ?」

「は、離れて!」

「は、はい……」

 

妖夢は素直に離れた。

 

「びっくりした…」

「す、すみませんでした……」

「いや謝らなくていいよ、心配させた俺も悪いし。でももう平気だから心配しないで」

「は、はい!」

 

 元気に返事をする妖夢。しかし、少し間を空けてから、妖夢が話し始めた。

 

「この雪、やっぱり迷惑ですよね」

「え? う〜んまぁ俺はそんなに気にしてないけど里の人たちに被害が出ちゃってるからね」

「……うん、分かりました。私も何とかしてみます! では!」

「え!? ちょ、妖夢ちゃん!」

 

 妖夢はあっという間に帰っていく。その後ろ姿を見た時ふと、初めて会った日の言葉を思い返していた。

 

『多分次来る時は寒くなっているので、ポカポカなうちに甘味を……』

 

 柊は我に返った。

 

「妖夢ちゃんは……この異変が起こるって知ってたのか?」

 

「さぁどうでしょうねぇ」

「──!?」

 

 妖艶な声が至近距離で聞こえ、咄嗟に振り向いた、が。そこには誰もいない。

 

「……なん、だ……?」

 

 不穏な影が、着実に柊の元へと迫っていた。

 

 

 ♢

 

 

「幽々子様、辞めて欲しいって言ったら止めてくれるのかな……」

 

 苦笑いで言った。

 

「ん?」

 

 どうやら屋敷の中に居る気配が一つではない。紫様だろうか。

 

「そう、幽々子にはそう言っておいて」

「はい、紫様」

 

 やはりそうだ。挨拶しなければ。

 

「オーズは危険よ、絶対に今回の件で仕留めるわ」

 

(おうず……?)

 

 何やら重要そうな話を、盗み聞きしているのがバレたら不味そうなので気配を消す。

 

「やはり、奴はすでに外堀を……」

「ええ、今日あの子に接近した事で確信したわ。奴は何食わぬ顔で自分を守らせる味方を増やしている」

 

 誰のことだろう。いつもの雰囲気に似合わずピリピリした空気が少し怖い。

 

「では、実行に移しましょう」

「ええ、奴は必ず来る。そして射つわよ……()()() ()()を」

 

「……え?」

 

 

 ♢

 

 

「そろそろ帰るか……」

 

 特にやる事もなかったので、人里を粗方見て回った。まぁいつも通り何もなかったけど。

 

「ただいまです」

「あ、お帰り! ご飯できてるぞ!」

 

 割烹着姿が似合っている慧音が、柊の体についた雪を落とす。

 

「お前も寒かったろう? ほら温まってくれ」

 

(……あれ? そういえば何で寒くなかったんだろう。雪が肩に積もるくらい外は豪雪で温度もきっと相当低かったはずなのに)

 

「は、はい……」

 

 寒すぎて感覚が痺れてたんだろう。そう思い込み柊は違和感を流す。

 

「いただきます」

「ああ、召し上がれ」

「……?」

「どうした?」

「あ、いや……」

 

 お椀の感触というか、手触りがない。それはよしんば、味噌汁なのに熱くない。

 

「……あの、いつもより少し薄めてますか?」

「味が薄いか? いつも通りのつもりだが……」

 

(……多分低温のままいすぎて身体が不調なんだろう。)

 

 柊は最後まで体の違和感を受け止めずにいた。

 その身体の異常について、かつて同じ症状の人を知っていた筈なのに。

 

 

 ♢

 

 

「……え?」

 

(今なんて言った? 柊さんを撃つ? 知り合いなの?)

 

「ゆ、紫様、何を言っているんですか、その……夢知月さんを?」

「妖夢、おかえりなさい」

「あ、はいただ今戻りました……えと、紫様」

「……事態が事態だし、しょうがないわね」

 

 紫、と呼ばれる少女は妖夢に語りかける。

 

「あなたにも話しておきましょう、オーズの業を」

「……紫、様?」

 紫は妖夢の手を優しく握った。まるで親が子に言い聞かせるように。

 

「これは幻想郷に関わる問題、そして柊君にも関わること。だからお願い、私を信じて聞いてちょうだい」

「わ、わかりました……」

「ありがとう、妖夢。それじゃ話すけど、実はね……」

 

 紫は全て妖夢に話した。オーズのこと、柊の能力のことを全て。

 

「そんなことが……。なるほど、能力を持って幻想入りした人だったのですね」

「ええ、本人からは説明されなかった?」

「はい。鍛えていることはわかっていたので組み手はしたのですが…その時は能力を使ってはいませんでしたね」

「……まぁ、貴方のことを考えたら下手に力を使うわけにはいかないと思ったのでしょうね」

「え?」

 

 紫は扇子を口元に当て、考え込むような仕草をした。

 

「あの子は他でもない、幽々子を狙ってるのよ。西行妖を利用するために」

「…西行妖ってあの木の妖怪、ですよね」

「そう。あれのこと。あの妖怪桜を利用する為に幽々子を騙し通している」

 

妖夢は不思議そうに見つめていた。紫はその視線に気付き、ふっと笑みを浮かべた。

 

「勿論、幽々子は気づいていないわ。ただ、あの妖怪桜を満開にさせれば誰かが蘇ると知らされただけ。それが誰かが知りたくて貴方にも花を咲かせる手伝いをさせているだけ」

 

 しかしすぐに真剣な表情に戻り、こう続けた。

 

「だけど、実際に起こるのはそんな生易しいものではない。数ヶ月集めた自然の力、時間にして1500時間を超えて力を溜め込んだ妖怪よ? 誰かの封印が解ける、それだけで終わるものですか」

 

「あくまでそれは手段の一部、目的は封印の解除ではない、その更に先の何かの為の準備、儀式の前段階として封印の解除が必要なだけ。そして幽々子はその一部だけの情報を伝えられたんだわ」

 

 それは、紫の予想を超えた出来事だ。だからこそ、ここで止めなくてはならない。紫は立ち上がり、妖夢に手を差し伸べた。

 

「来なさい」

 

 妖夢は紫の手を握り、立ち上がる。紫はスキマを開き、二人は白玉楼の庭へと出た。

 

 

「紫さま…なぜここに」

「どういう手段を使ったのかは私には分からない。ただ気づいた時には幽々子を、あの西行妖の行いを止められない場面まで来てしまったという事だけ」

 

 階段を上がり、西行妖と呼ばれる妖怪桜の元まで歩いた。

 

「妖夢には悪いけど、私は許せない。この妖怪に細工をし、幽々子を誑かした彼を」

 

 紫は妖怪桜に触れて、妖夢に言う。

 

「この妖怪に含まれる力を知覚してみなさい、分かるはずよ」

「……なる、ほど」

「実際に証拠がなければ聡い貴方は信じないでしょう。だから、これが証拠」

 

 妖夢の視界が一瞬で真っ暗になった。瞳を閉じ、そして感知する為の感覚を鋭利にさせる。どれだけ未熟な自分でも、誰が何のために行使しているかまでは分からなくとも、術式を感知すれば誰が力を使っているか位は、分かる。

 

 ただ、正直な話わかりたくはなかった。あの善人の笑顔を覚えているからだ。あの人が悪意を持って、しかも自分の主人に危害を加えるような人だとは思えなかったからだ。だからこそ、今彼の潔白をこの手で証明──。

 

「──」

 

 妖夢はすぐに目を開けた。

 

「──そん、な」

 

 間違いなく、彼の霊力を使った後の痕跡が、その術式には残っていた。

 

「嘘だと思うのなら合点が行くまで確かめてみなさい、それは正真正銘彼の霊力の傍証、彼がここで何かをしていたことを示唆する物よ」

 

 妖夢はゆっくりと膝から崩れ落ち、涙をこぼした。

 

「嘘だ……あの人が、そんな」

 

 そんな妖夢を見て、紫は優しく声をかける。妖夢は嗚咽を漏らしながら、泣き続ける。

 

 その様子を見た紫は悲しそうな顔をしながら、妖夢に告げた。

 

「貴方は何もしなくていい、私が全部解決するわ。幽々子も彼も全て私がどうにかしてみせるから信じてちょうだい」

「ぅぅ……幽々子さまには、どうして、幽々子さまにこのことを告げていないのですか?」

「あの子は既に知ってるからよ、幽々子も危険は承知の上でやっているの。あの子は封印を解くことの意味を知ってていて尚、興味の為に動いてるのよ。私が言っても意味がなかったの」

「そんな……」

「ごめんなさい妖夢、…私は貴方に謝罪しか、してあげられない」

 

 妖夢はすぐに目をゴシゴシと擦り、つぶやいた。

 

「いえ、紫様が悪いわけでは。……彼が、もし幽々子様に害を及ぼすのであれば私は黙ってはいません。その時は私の手で止めます、私は主人を止めることは出来ませんが、あの人に害する者は命を賭して止める覚悟です」

「分かったわ、そこまで言うのであれば、彼のことは貴方に任せるわね」

 

 強い意志で、妖夢は頷く。

 

「多分彼が表立ってここに来るのはそう遠くない話よ。もしそれまでに彼に会う機会があるのだったら、一つ、アドバイスをしておくわね」

 

 紫は真剣な眼差しで、妖夢に語りかける。

 

 妖夢もそれに答えるように、姿勢をただし、耳を傾ける。そして、彼女は言った。

 

「彼は貴方に力がバレることを恐れてる。今のところ計画が破綻する唯一の可能性だからね。だから、まだ私のことが信じられないのであれば、本人にこう聞いてみるといい、『貴方は──』」

 

 

 

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