東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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12話 稽古と予知と誘惑

 静かな朝焼け。しかして、紅魔館に残る鈍い音がメイド長を眠りから引き起こした。

 

「……ん」

 

 カーテンを開けて、庭を見つめると。

 

「もうすっかりあれが目覚ましのタイマーになっちゃったわ」

 

 二人の少年少女が互いの拳を爆ぜていた。

 

「ふふっ甘いですよ!!」

「あてっ!?」

 

 紅霧異変後、柊は紅魔館の面々と仲良くなってからというもの紅 美鈴と稽古をつける事になった。

 

「……ま、参りました」

 

 稽古を初めてはや数十回。柊は一度も美鈴に勝てていない。原因はハッキリしている。圧倒的に経験不足故。なのでとにかく組手を交わしてもらうのだ。

 

「はい、お疲れ様でした!」

「はぁ……俺はいつになったら闘える様になるんですかね」

 

 正直、強くなってる感覚がしない。ちゃんと身体作りもしているはずなのだが。

 

「別にオーズの力を使って貰ってもいいですが」

「いや、それはいいです。生身の肉体を鍛えた方が伸びるのは分かってて。うん、ただ勝てなさ過ぎて拗ねてただけなんで」

「あはは……なんかごめんなさい」

 

 然程申し訳ないとは内心思ってないまでも、謝辞を述べていた。

 

「何かあったらいつでも呼んでくださいね。私だったら大体暇ですから」

「それはそれでどうなんですかね」

「朝御飯の支度が出来たわ、二人とも」

「わっ!?」

 

 突如咲夜が姿を表し二人は驚く。

 

「いつまで驚いているのよもう。何回も見たでしょ?」

「いやいや、なれる様なものじゃないですよ。それじゃ、俺そろそろ帰りますね」

「何言ってるのよ貴方の分も作ってるわ。食べていくわよね」

「いや俺は……お言葉に甘えて」

 

 さしもの彼もナイフを首筋に当てられたは頷くしかない。何も食べてなかったし。

 

 

 ♢

 

 

「それで? 美鈴に勝てる日は来るのかしら?」

「今の所は正直勝てる見込みはないですね」

「ま、当然ね。私の門番だし」

 

 えへへ〜と身体をくねらせる美鈴さん。

 

「まぁ私は貴方達の闘いを観てるのが最近朝の日課になってるし、良いのだけれど。寒すぎないかしら? もう春よね?」

 

 そう。幻想郷は既に季節は春。というのに朝の特訓中も普通に雪が降っていた。幻想郷でも普通の事ではないらしい。

 

「私にはそこまで支障はありませんが柊さんや咲夜さんは困りますよね」

「そうねぇ、私の分まで働いてくれたら助かるのだけれどね? 美鈴」

「いやいや! 二日で死んじゃいますよ私!」

 

 春が訪れないこの現象は十中八九異変なんだという。

 

「霊夢は何をチンタラやってるのかしらね」

 

 柊も同じ事を思っていた。こう異常事態にこそ霊夢の仕事というやつじゃないのだろうか。

 

「あまり積極的に動いてはいない様です。最近になってようやく重い腰を上げたとか」

「全く、寒さに根を上げるなんて人間は弱いねぇ」

 

 やっぱり妖怪にとっては屁でもないのか、となると割と羨ましくも感じる。

 

「──!」

「? ……柊。どうかした?」

 

 ──()()()()()

 

 近頃、柊の身にも凶兆が見えた。

 

「いや、何にも。ただちょっと最近調子悪くってですね」

 

 少ししたら治るのだが。ここのとこほぼ毎日不定期でこの現象が起こっている。

 

 頭に身に覚えのない景色と、大きな大樹が映る。他の誰も似た様な事は起きていない事から今の異変とは関係のない事なのだろう。

 

 だが。この問題をいつまでも放る訳にもいかない。なんせ、この現象が生じている間は、理由は分からないが、変身する事ができなくなるからだ。

 

 

「貴方まで参ってるわけ? しっかりしてよね、もう」

「善処します」

 

 早い所原因を見つけた方が良さそうだ。

 

「あ、そうだ。いいこと思いついた」

「……?」

「貴方が異変解決して来なさいよ」

「えぇ? 今の俺にそんな力ないですよ」

「じゃあヒントはあげるからさ」

 

 今は深刻な異変が自分の身に起こっていると言うのに、異変(そんなこと)に意識を割く余裕は柊にはなかった。

 

()()()()よ」

 

 

     ♢

 

 

「気をつけてお帰り下さい! まぁ、柊さんに限って万が一はないと思いますが!」

「はい、美鈴さんも、それじゃあ」

 

 そして、紅魔館を後にした少し後。紅魔館近くの湖にて。

 

「……なんだ、この……気配」

 

 彼に悪意が差し向けられた。

 

 

     ♢

 

 

「だからって何で私まで……」

「まぁまぁピクニックだと思って」

 

 気まぐれなレミリアの提案で急遽咲夜も異変解決に出向く事になった。

 

「それでは、彼を支援しに行って参ります」

「あ、ちょいちょい咲夜」

「……? はい」

 

 レミリアが焦って咲夜に伝える。

 

「実はあの子を異変解決に向かわせたのには理由があってさ。実は今回の異変そのものは毛ほども興味ないのよ私」

「……はぁ」

 

 はぁ? ではない。納得の、返事だった。レミリアは基本チャランポランでふざけた主人だが、根っこはとても真面目で、仲間には誰よりも紳士的な配慮を持っている。それを分かっている咲夜にはレミリアが自分をふざけて送り出しているわけではないのを、理解している。

 

「あの子を見張ってやって欲しいの。それには貴女が適任みたいでね」

「見張る……? どういう事ですか?」

「実はあの子が近い未来死に掛けてる姿が見えたの」

「……!」

 

 窓から、柊の姿を目視しながらレミリアは呟く。

 

「貴女が付いて行ってあげるのが一番守れる可能性が高いから。お願いね」

「分かりました」

 

 咲夜は要件を理解してすぐにその場を後にした。

 

「……行ったか」

 

 柊が死にかけてた理由、レミリア自身は能力で大体理解していた。

 

「一応咲夜を連れて行ったけど」

 

 レミリアが見た景色には咲夜はいなかった。だからその運命を変えるための抑止力として咲夜に行かせたけれど。それが通用しないなら話は変わって来る。

 

「もしかすると、貴方の所為でややこしくなったのかもね、今回の異変」

 

 ──前言撤回興味が湧いてきたわ。

 

「私も見に行きたいねぇ。準備が終わったら、だけど」

 

 

 

     ♢

 

 

「待たせたわね」

「いえいえ、全然大丈夫です」

「それじゃ早いとこ行きましょう」

「……行くって何処に?」

「……」

 

 柊は知っている。咲夜は実はクールに見えて凄く優しくて、偶に天然を発揮するタイプだということを。

 

 

「……空飛んで怪しそうな所虱潰しに回っていくわよ」

「あの〜俺飛べないですけど」

 

 完全に流れを咲夜が回している。柊は、その合間をなんとか縫って、申し訳なさそうに呟いた。

 

「あらそうなの? なら運んであげるわ……けどその前に」

 

 ワッと森から妖精達が現れる。

 

「オラオラ人間だべッ!」「イタズラすべッ!!」「逃スナァ!! 徹底的に泣かすゾッ!!!!」

 

「悪戯好きなこいつらを懲らしめてからね!」

 

 

     ♢

 

 

「「グワァァァ!!!!」」

 

 妖精達は意気込み虚しくも咲夜の華麗なナイフ捌きで即撃破された。

 

「この程度の相手……魔法陣を使う必要すらないわね。ナイフだけで充分」

 

 道中、幾度も妖精と出会ったが悉く咲夜が撃退した。

 

「咲夜さんメチャクチャ強いんですね……本当、助けてくれてありがとうございます」

 

 この人が敵だったらと思うとゾッとする。というか霊夢はこの人を倒したんだよな。

 

「気にしないで良いわよ、どっちかというと貴方を運ぶ方がキツいくらいだから」

 

 苦い顔で柊の服を掴んで飛空している。しかも柊の身を気遣ってか速度は遅い。

 

「頑張って痩せます……」

「そうして頂戴」

 

 そろそろ紅魔館を出発して10分。咲夜が仕切ってくれてるおかげで迷わずに済んでいる、が。

 ずーっと上空へと向かって行っている。柊は首を傾げた。

 

「どこ目指してるんです?」

「濃い妖気を、感じる場所よ、多分冥界ね」

「冥界?」

 

 冥界という聞き慣れない単語に柊は疑問を抱く。

 

「もしかして意識他界系ですか?」

「何言ってるの? いいから私の手を掴みなさい」

 

 柊は差し出された咲夜の手を掴む。すると咲夜は宙へ浮く。

 

 

「咲夜さん!? 何するつもりです!?」

「ここからじゃ見えないの。だから上空へ行くのよ」

「み、見えない?」

 

 

 咲夜はスーッと上へ上へと上昇する。柊は雪が目に入ってロクに目も開けられない。むしろ咲夜はどうして平気で空を登れるのだろうか。

 

 

「大丈夫?」

「大丈夫です。影響ありませんから」

「そう、なら大丈夫ね」

「え?」

 

 すると、咲夜は目をカッと見開き一気に上昇する。

 

「飛ばすわ……よッ!」

 

 抱えられていた柊は口を閉じてひたすら掛かる重さを耐える。

 

「ぐ、くく……」

「……へえ」

 

 ──霊力を使うでもなく、これにふつうに耐えれてる辺り、あれから相当鍛えたのね。

 

「!」

 

 咲夜が何かに気づき急停止する。

 

「ぐえっ! さ、咲夜さん何を」

 

 柊は首を回して上を見上げた、すると違和感はすぐに目視でき、そこに青紫髪の女の子が待ち伏せしている。

 

「こんな高い所から……景色見えるの?」

「別に地上を眺めていた訳じゃないのだけれど」

「そう? 確かに、あまり外に出ていなさそうな顔色してるものね」

 

 咲夜がパチン、と指を鳴らす音と共に現れるナイフ群。ふわふわと浮いている少女はそれの意味を理解しかねていた。

 

「……へ?」

 

 ナイフが少女を襲い、煙幕を生じる。

 

「あんな奴、相手にすらならないわ」

「……すご」

 

 こんな簡単に倒すなんて、柊がそう考えているうちに、周りの雪の勢いが弱まる。

 

「……む」

 

 煙幕が晴れると。少女が。

 

「酷いわ。貴方。やっぱり冬を望まない者は総じて悪趣味ね」

「私達が冬を望まないと、知ってるのは何故?」

 

 空中に浮く雪を依代として、弾幕を作りナイフを相殺させていた。

 

 

「……だって貴方上空を目指していたじゃない」

「やっぱりお嬢様の言ってた通りね。異変の原因はこの上の冥界にある」

 

 柊を左腕で抱き上げながら、右手にナイフを構える。

 

「冬の妖怪だものね。春になって欲しくないんだわ」

「……そうでもないのよ? だって季節は変わりゆくものだもの。だからこそ冬が巡ってきた時一層嬉しいのだし」

「だったら何で邪魔するんですか?」

「私は単純に楽しみたいだけ。これだけ冬が強まっているのに、楽しまなきゃ損でしょ?」

 

 そう言って、少女は両手を広げて弾幕を放つ。

 

「レティ・ホワイトロック。冬の短い間だけど、よろしくね?」

「はい!」

「この流れで闘うの私なの?」

 

 咲夜は思わずツッコむが、レティは気にせず弾幕を二人に向けた。

 

「冬の力を実感して!! あと出来たら尊敬して欲しいわ!!」

「私寒がりだから……ごめんなさい」

 

 ナイフは、無常にも雪の弾幕を壊しながら、レティを攻撃した。

 

「そんなぁ〜〜!!」

 

 泣きながら、落下して行った。

 

 

「えぇ……」

「呆気なかったわね……あれで本場の強さなんだからもう手の施しようもないわ……」

 

 二人は同情しながら、しかし上空を更に進む。

 

「……でも、なんだかおかしかった気もするわね……」

「え?」

「……手を抜いていた気もするし……なにより私達と闘う事を避けていた様な……」

 

 

 

 

「いたたた〜……」

 

 レティ。其の人は地面の雪に落下し、目を回していた。

 

「……はぁ、そりゃやる気も出ないわよねぇ」

 

 先程居た場所を思い返しながら、レティは独り言を言った。

 

「春を無理くり冬に変えて、しかもそれを止めようとする人間を殺せなんて……あんまりだわ」

「そう」

 

 決して人の立ち入る様な場所ではない。だが、確かにそこには、誰かが居た。否、今現れた。

 

「……貴方、わざわざこの私が直々に力を渡したのに、その力を全く使わなかったわね?」

「ズルして勝つのを好む様な妖怪に見える? そういうのはもっと行動力のある子にしてあげなさい。……私なんて冬しか元気じゃないのに」

「貴方の本領の冬だから頼ったんですけど……ま、良いわ」

 

 その少女は、空間に歪な眼を開き。再び気配を消そうとしていた。

 

「何企んでるか分からないけれど……こんな野良妖を異変に利用しない方がいいと思うわよ」

「……ごめんなさい。改めて謝罪に来るわ」

「頑張って」

「ありがとう」

 

 

 

 

「この先は何があるかわからないわ、気をつけて進みましょ」

「そうですね」

 

 適当に返す柊を睨む咲夜。

 

「ぽけーっとしてたら死ぬわよ? お嬢様にも言われたじゃない」

「……だって俺が気をつけてもしょうがないですし……」

「んもう、仕方ないんだから」

 

 そんな話をしていると。

 

「……あれ、見なさい」

 

 咲夜が指を指した場所は、柊には雪が邪魔をして良く見えなかった。

 

「……あの、何も見えないです」

「それはそうでしょうね」

「?」

 

「もう少し待ってなさい」

 

 柊がじーっと見つめると、徐々に徐々に、白い雪が消えて行く。

 

「あ」

「ほら見えた」

 

 雪が徐々に消えて、雲の奥に見えるのは、どす黒い色をした、ブラックホールの様な歪んだ空間が視界に入る。

 

「あれ、は」

「冥界の入り口よ、さぁ、真犯人の元へ生きましょうか」

 

 咲夜は空を駆けて一気にブラックホールを潜り抜ける。

 

「ちょっと! やっぱり死ぬんじゃん! 咲夜さんは兎も角! 俺が入っても何ともない!?」

「大丈夫死なないから!」

 

 柊は無様だと自分でも分かっているが、それでも恥を捨てて、暴れた。だが咲夜は無視。

 

「ぁぁああ嫌ぁぁぁああ!!」

 

 

     ♢

 

 

 その中は、不思議だった。周りには幾千もの白い何かが浮いていて、奥には屋敷の様な物がある。加えて、空間が煌めいていた。匂いも、音もなく、ただ光と闇が混ざり合いながら。

奥に潜む一つの木をただただ称える為にある様な、そんな空間だった。

 

「これは……幽霊?」

「そんな感じですよね」

 

 ふわふわ〜と、白いモヤの様な物が辺りをうろついている。

 

「う〜ん、幽霊なのかしら?……私の思ってた幽霊はもっとこ……」

 

 地面に降りて、説明をしようとする咲夜。けれど何故か説明を止める。

 

「咲夜さん? ……!」

 

 振り返ると、後ろには()()()()()()見慣れた少女が、いた。

 

 

「……」

 

 魂魄妖夢の姿。しかし、柊は動揺する。妖夢は、既に柊に対して臨戦態勢を敷いていたからだ。

 

「……妖夢ちゃん……? なのか?」

「何? 知り合い?」

「です、けど……ここにいるなんて」

「……」

「里の人間じゃなかったのか……てっきりお嬢様かと」

 

 柊の口は続いて動くことはなく。妖夢の一振り、威嚇のような動作に止められた。

 

「口を閉じろ、業を負う愚者め。お前の目論見はバレているぞ」

「目論見って、俺は何も企んでないよ。そもそもここには──」

「黙っていろ、お前の言葉は聞かない」

「な、なんで!?」

 

困惑する柊を見つめながら妖夢は冷たく吐いた。

 

「この屋敷に仇なす人間だからだ」

「俺、が?」

「現にこの場に現れていることが証明のようなものだろう。紫様は間違っていなかった」

 

 ──痛い。以前多少なりとも仲良くしてた人から嫌われるのは胸が痛い。

 

「随分なご挨拶じゃない、良かったわね柊」

「なぁ、これ……妖夢ちゃんがやってるのか? 妖夢ちゃんが犯人だったのか!?」

 

 あの日の嫌な予感が的中した。

 あの日、最後に別れた時とは別人のような目で妖夢は柊に刀を向ける。

 

「そこの銀髪。貴女は何しにきたんですか?」

 

 妖夢にとうとう質問すら無視される始末。咲夜は苦笑いした後、代わりに質問した。

 

「早く春を返して欲しいんですが、さっさと戻しては頂けないのかしら」

「無理な質問ですね」

 

 柊は、踏み切れずにいたが、心では既に分かってしまっている。これはどうみても手を抜く気がない、前手合わせした時とは丸っ切り構えも、雰囲気も違う。

 

「貴方に情けは掛けない。そっちがその気なら私だって貴方を許さない」

「その気……って、俺に君と闘う気はないよ、なんでこんな急に!」

「あくまで正体を隠す気か、そうやって欺いて」

「……妖夢ちゃん」

「その口で私の名を呼ぶな、汚れる……ッ!」

 

 突然妖夢に突出されたナイフ。だが妖夢はすかさず反応し、剣で弾いた。

 

「とんだ嫌われ者みたいね、柊」

「結界を破ったのは貴女の方か。貴女はお呼びじゃない、退けば見逃すが」

「そう、それより冥界に人が普通に入れちゃダメでしょ。ここの主人は何をしているの?」

 

 眉をピクッと薄める妖夢。

 

「貴女が勝手に破ってきたんでしょうが……!」

「あらそうだったかしら? それにしても良く喋る幽霊だこと。さっさと祓いましょうか」

「貴方達は……余程私の剣の錆になりたいと見える」

 

 妖夢は再び剣を構え、次はこちらからと言わんばかりに足を前に出す。

 

 

「剣の錆? 面白い冗談ね」

「何?」

「貴方には攻撃する暇すら与えてやらないですわ」

 

 どこから出したのか、両手にビッシリと挟み込んだナイフを妖夢に向ける。

 

「似た者同士、楽しくやり合いましょうか」

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!」

 

 咲夜が指を鳴らした刹那、開戦の合図は鳴った。

 

 

 指を鳴らすと共に、何処からともなく湯水の様に湧いて出るナイフ。しかし妖夢は異常な反射速度で刀を振り回して、360度全ての角度から来るナイフを、叩き落とす。

 

「今の手合いでも分かるくらい、相当な剣士ね、貴女」

「今更後悔しても、もう遅い!」

「後悔? とんでもない、これは余裕の現れというものよ」

 

 一歩、二歩、二つのステップで間合いを調節、抜刀の構えを取る。

 

「くっ……」

 

 

 咲夜にとって近距離戦は分が悪い。自らの能力もあり、やられる事はまずもってないが、攻めに転じる事も剣士の前では容易ではない。咲夜はすかさず時を止め、距離を取ろうとするが。

妖夢の目線の先にいるのが、自分ではなく柊だと気づいた途端、動きを止めてしまった。

 

「……柊!」

 

 だが、それこそ妖夢の狙い。本命は、柊ではなく咲夜。咲夜が妖夢のフェイクを気づいたのは流石だが、そこに気付かせるまでの二重フェイクが妖夢の狙いであった。

 

 そして動かない獲物を切る事など、妖夢にとっては。

 

「造作もない!」

 

 突き一閃。咲夜の心臓目掛けて刀を放つ。

 

 

 血が鮮やかに散る。

 

 だが。その刃に付着したものは。咲夜の血ではなく。

 

「……!?」

「なっ……無理矢理……!!」

 

 柊が咲夜の前に出て、自ら動き、刀を手に突き刺した。

 

「ぐ……うっ」

 

 柊は刀で刺された左手を押し込んだ。それを見て慄いている妖夢に容赦なく拳を当てる。

 

「がっ……」

 

 妖夢の顔面に拳をクリーンヒットするが、少しよろけた程度で核心には至らない。どころか、刀を引き抜かれて、更に鮮血が吹き散る。

 

「あぎ……っ!!」

「む、無謀なことを!! く、狂ってる……!」

「人殺そうとしたやつが言うかよ……っ」

 

 痛みで硬直した柊。すかさず上段の構えを取る妖夢。柊は避け切れる体制ではない。

 

「柊! ……くっ!!」

 

 時を止めて、柊の袖を引っ張る。

 そのまま続け様にナイフを投げて、時を再び動かす。

 

「!? はっ!」

 

 

 妖夢はまたも異常な反射でナイフを弾き飛ばす。初手の攻撃からして、もう妖夢には単体のナイフでの奇襲は通用しない。

 

「やるわね、あいつ」

「すいません、咲夜さん」

「気にしないで。それより傷、見せなさい」

 

 誰が見ても、酷いと言うだろう。完全に傷が開いてしまっている。時を止め応急処置は済ませたが、だからといってすぐに機能はしない。

 そして、柊を庇うように前に出る咲夜には、怒りが見えた。

 

「咲夜さん……?」

「……3秒で終わらせてあげる」

 

 あまりの迫力に味方の筈の柊ですら寒気を覚える程ほどの。

 

「小賢しい行動ばかり、一度痛い目に合わないと分からないようね?」

 

 殺意。柊にとっては既視感のある殺意だった。この殺意は、紅魔館で初めて対峙した時と同等の殺意。

 

「次の呼吸を最後にしてあげる」

 

 時を止め。そのまま何百も投げ続ける。やっている事は至極単純な行動だが、一瞬にして数百のナイフを展開するのは、容易ではない。そして。

 

「時は動き出す」

 

 数百のナイフは妖夢に一直線に向かっていく。

 

 

「──くぅっ!!」

 

 妖夢が剣を振るい続ける。咲夜もこれには疲れを期待できるかと思ったが、妖夢は特段疲労の様子を見せることもなく全てのナイフをはたき落した。そして一転攻勢。妖夢が攻めに躍り出た。

 

「修羅剣『現世妄執』!!」

 

 横に一振りした斬撃が、実体化し飛ぶ。

 再び時を止めて柊を遠くに飛ばし、自分も飛び上がり斬撃を避ける体制にて時を戻したが。

 

「──!?」

 

 斬撃は途中で()()()。横凪から縦凪へ。咲夜をちょうど縦に引き裂く様な鋭い一撃。

 

──しくじったわね。

 

 

「咲夜さん!!」

 

 咲夜が時を止めるより一瞬早く、それは当たるだろう。そして、咲夜は眼を閉じた。

 

 だが、咲夜自身に一つの斬撃が被弾する事はなかった。

 

 

「──な!?」

「……」

 

 咲夜は、その場に初めからいなかったかのように姿を消した。

 

 その場に残った柊と妖夢は、ほぼ同時に驚愕の顔を見せたが、二人には咲夜の消えたことの道理は終ぞ見つかることはなかった。

 

 

     ♢

 

 

「……?」

 

 眼をゆっくりと、開きながら、咲夜は周りを見た。

 

 ──柊が守ってくれた訳でも……なさそうね。

 

「うふふ、ようこそ」

「……!」

 

背後の屋敷から、足音とともにその少女は姿を見せた。

 

 

「私は西行寺 幽々子。ここ白玉楼の管理者よ」

「そ「そう、ならもう挨拶は終わりね」……霊夢!」

 

 

 屋敷の方は顔を向けた直後に、また新しく背後から声が聞こえた。

 

「よっ咲夜私もいるぜ! タイミングバッチリだな!」

 

 いきなり上空から現れた霊夢、そして魔理沙。

 

「あらあら今日はまた大勢で。桜を観に来たのかしら?」

「ええ、私の神社でね」

「あら? なら春を返さないといけなくなっちゃうわ……」

「そうそう、だから退治させてもらうわ」

 

 二人とも道中空を飛んで来たのだろう。自分と同じ方法で、となると。一つ疑問が残る。

 

「……どうやら飛ばされたみたいね、ワープの類かしら」

「ん?」

 

 咲夜は顔をしかめて、言う。

 

「……ごめん二人共ここは任せるわ。柊を置いてきた」

「はぁ? あいつまた異変にきてるの?……まぁ、来るかあいつなら」

 

 

「その心配はないわよ」

 

 理屈は分からないが、自身だけが転移した事に気づいた咲夜は、すぐに柊の元へと戻ろうとするが、横から現れた更なる少女が口を出し、魔理沙が反応した。

 

「なっ……!? スキマ妖怪!?  なんだってここにいるんだよ!」

「……紫、なんで貴女がここに?」

 

 理解できない、というような顔の霊夢。それは幽々子と名乗る少女も同じようで、不思議がっている。

 

「まさかもう集まり切ったの?」

「そんな訳ないでしょう。まだまだ貯めないと……ね。でもその前にきっとあいつらに阻止されてしまう」

「……なるほどね。でも私一人で良かったんじゃない?」

「いや〜相手は霊夢だからね。貴方も舐めてると殺されちゃうわよ」

 

 紫はそう言って、幽々子の背後にある巨大で怪しげな樹に触れて呟く。

 

「今回は、私も本腰入れなきゃね」

 

 

     ♢

 

 

紫が幽々子と合流する数分前。

 

 

「咲夜さん……?」

「消えた。不思議な力を……」

 

 しかしこの現状は、妖夢が有利であった。

 

「今、ここで切り刻む……!!」

「妖夢ちゃん……! 何で、こんな事……意味がわからない……!」

「たわけ! 自らの心に聞いてみろ!!」

「なにがあったんだよ……!」

 

 ギリっ、と歯軋りしながら、悔しそうに妖夢は叫ぶ。

 

「お前が私を利用して、悪事を働こうとしたのは知っている……!」

「……!?」

 

 柊は、理解を示さなかった。当然だろう。その罪は、柊にとって見に覚えのないことだったのだから。

 

「その為に私に近づいた事も……幽々子様を誑かした事も!!」

 

 言い切ると同時、地を蹴り、剣を振る妖夢。柊は即座にタトバコンボに変身しトラクローで応戦する。

 

「姿を現したな……悪鬼め……!」

「妖夢ちゃん……話を聞いてくれ……!」

 

 上段の振りを即座に控え、流れる様に回転斬りを浴びせた。

 

「があっ!!」

「悪鬼の話しなど聞くものか!! 問答無用で斬るのみ!!」

「……くそ……」

 

 聞く耳を持たず、柊の抵抗しない素振りにも無視して、ひたすら刃を叩き込む。

 

「……タカ、ウナギ、チーター……」

 

 亜種コンボへと姿を変えて、妖夢の沈静化を図る。

 

「らっ!」

「ふっ!!」

 

 ムチを振るうが、横一振りで切り離す。

 

──このレベルの相手を食い止めるのは無理があるな。

 

 捕虜にするには、基本自分が相手より強い事が前提条件である。今回の相手、つまり妖夢は剣の達人だ。とても自分の方が力量が上だとは思えない。それでも。

 

「……悪いが、その戦意だけは折らせてもらうよ……!」

「御託はいい! 正々堂々掛かってこい!!」

 

 妖夢はほんの一瞬。眼を潤す為に瞬きをした。柊はそのタイミングを狙いバッタで跳躍し、トラクローを振りかざす。

 

「……くぅッ!!」

 

 刀で柊の撃ちはなった蹴りの力を散らしながら、妖夢はむしろ刀を押し返し柊を後ろに引かせた。

 

「……やっぱり簡単じゃないな」

「……!」

 

 再び柊が跳躍し妖夢に接近する。

 

 互いに会話する事はなく。柊のトラクローとバッタレッグ、そして妖夢の二刀。それらが打ちつけ合い。金属音を生み出しながら、数十もの攻防を繰り広げた。両者共に鈍い痛みを請け負いながら。

 

 そして、その戦いは第三者の到来により終わりを迎える。

 

 

 

 

 

「──そこ!!」

「……うっ!」

 

 左脇のほんの僅かな隙を、柊は鋭く貫いた。

 

「……くそ……」

「……?」

 

 違和感。それを柊は感じた。

 

──なんで、俺の攻撃が通用したんだ?

 

 相手は自分とは比べものにならないほどに研鑽、鍛錬を積み重ねている。にも関わらず、自分より先に相手が隙を作る、しかも罠でも何でもない、本当の隙を作ってしまったという事は。

 

「……なぁ、何があったんだよ?」

「……!」

 

 其の人は普段通りの状態ではないという事だ。

 

「妖夢ちゃんが俺の攻撃をまともに受けるなんて……絶対におかしい。頼むよ、話してくれ」

「……やめろ! これ以上私を……かき乱すな……私たちを……!」

「……ここに来た時から妖夢ちゃんの言ってる事、俺にはさっぱり分からない」

 

 明らかに精神が揺らいでいる妖夢。柊はこれがラストチャンスと判断してから、対話という選択肢を取ろうとした。

 

「俺はもう絶対に妖夢ちゃんと闘ったりしない。だから、何があったのか話してくれ」

 

 ベルトを取り、変身を解除した。その行為が、変身のシステムを知らない妖夢でも、闘う意思はないと告げているのだと理解できた。

 

「……ぅ」

 

 そして、今、同時に、もう一つ。心に生まれてしまう疑念。

 

 彼は、敵ではなかった、と。

 

「……じゃあ……誰が……幽々子様を」

「……妖夢ちゃん、まずは屋敷に戻ろう。俺の知り合いと妖夢ちゃんの主人の争いを一旦止めるんだ。乗ってくれるか?」

 

 妖夢は気持ちが昂り、流れ出ようとする涙を抑えて、柊の顔をむいて頷く。

 

「──残念」

「……え?」

 

 柊が喉を震わせた時には既に、女の腕が妖夢の元へと振り下ろされていた。そして。

 

「貴方まで参戦されると面倒だからね」

 

 振り下ろされた腕が妖夢に襲いかかる前に、柊は妖夢の前に割って入った。

 

 

「……が、はっ」

「しゅ、柊……く、ん?」

「……あら?」

 

 血を噴き出す柊の元へ、慌てて駆ける妖夢。

 

「か、彼は敵では有りませんでした……紫様……! な、なんで……なんであんな嘘を言ったんですか……?」

「何言ってるの? 貴方の主人を焚き付けて西行妖に力を与えたのは、他でもない彼よ。実際に、感じ取ったでしょう? 彼の力と、西行妖を強化させた力。それが同質の力であったことを」

 

 倒れ伏す柊を抱き上げながら、妖夢は戸惑う。

 

「……で、でも、この人は……悪意のある人だとは思えないんです。どれだけ斬りつけても、私を説得させる事一心の様で……いや……いや、そんな事よりも……!」

 

 ──なぜ。

 

「妖夢ちゃんを狙った……!」

「!」

「狙いは貴方だったわよ? 妖夢に手を出せば必ず受けてくれるだろうと思っただけ」

「そ、そんな何で……!」

 

 柊は自らの肩の血を、千切った布で抑えながら、妖夢は紫を睨みつけた。

 

「……はぁ。まぁいいか」

「……え?」

 

 妖夢の顔の前に、手が現れた。

 

「お休みなさい」

 

 そう認識した時には既に、紫は手を下していたのだ。

 

「妖夢ちゃん!!……くそっやりやがった……な」

 

 柊も、なすすべなく意識を失った。

 

「……始めましょうか」

 

 意識を失って倒れている柊の地面にスキマを作り、柊をスキマに連れ込んだ。

 

「……安心なさい、妖夢。次起きた時には何もかも元通りよ」

 

 暫くの沈黙の後、紫は独り呟く。

 

 

「……ごめんなさいね」

 

 そして、紫もスキマに入り込む。

 

 だが、紫は気づいていなかった。妖夢が意図的に前に倒れ伏した事を。そして、気づかなかった。妖夢の口元には、鮮血な血が、ちょうど今流れ始めた事を。

     

 

 

 

「咲夜!!」

「チェックメイトよ!!」

 

 右腕を振り、数本のナイフを紫に飛ばす。

 

「惜しい」

 

 紫は指を鳴らし目の前の空間を歪ませて、スキマを創りだした。ナイフはスキマに入り、姿を消す。

 

「私じゃなければ通用する程にキレのあるナイフだった、凄いわね、やはり生かしておいて正解ね。貴方は優秀な人材だわ」

「戯言を……!」

 

「咲夜、さっきの話だけど」

「!」

 

 一旦距離を取り、霊夢と咲夜が顔を合わせた。

 

「ここを任せたって……柊が危ないって事よね?」

「そうよ」

「……はぁ、しょうがないか」

 

 霊夢は持ち前の勘が悪い方向に進んでいるように感じていた。

 

「なーんかヤバい事になる気がするのよね。……あいつがここに来てる理由もなんとなく私の所為な気がするし」

 

 霊夢が咲夜と魔理沙の前に立つ。

 

「お前の? なんでだ?」

「……困った人たちがいるならあいつは解決しようとするでしょ?…… 多分あいつも私が動くと思って我慢してはいてくれたんだろうけど……流石に異変を放置し過ぎたわ」

 

「……ふふ、そうね、そうだと思うわ」

「まぁ、今日同じタイミングでここに来るなんてすごい偶然だけどね。異変なんてそんなもんか」

 

 異変には、ある程度の作為性が生じる事がある。黒幕が自らの目的の為に動くのだからある種当然の話なのだが。

 

 狂気の家族を外に出す為、外世界の刺客から身を隠す為、そして──特定の人物を殺す為。

 

「いいえ、必然よ。この異変においてはね」

 

 こと今回の異変は、用意周到に策が張り巡らされていた。

 

「……?」

「確かに異変には幾らかの奇跡と呼ぶに値するような偶然が起こることがあるわ」

 

 かの吸血鬼異変のように、あの悪魔の姉妹が手を結ぶことが出来たことのように。

 

「だけれど本当に今日この時間ピッタリに貴方達が合流出来たと思っているの?」

 

 霊夢の顔つきが、変わる。

 

「咲夜。貴方がここに入った時、最初にどこに着いた?」

「……? えと……結界を抜けてから、何段もある階段を登って……いやその前ね」

 

 咲夜が記憶を思い起こす。

 

「とても長く続いてる階段の一段目……とでも言えばいいかしら。結界の穴を潜ったすぐにある、石畳の道路を、柊と歩いてたわ」

 

「……!」

 

 その言葉に、霊夢魔理沙が驚く。

 

「……?それがどうしたの?」

「……」

 

 霊夢は、一瞬躊躇してから話した。

 

「私達は……冥界の結界を入ってすぐ、この屋敷に出たの」

「──!」

「そしたら咲夜の姿が見えたから、私と霊夢で割って入ったんだぜ」

 

 それはつまり。

 

「私達の方が早く着いていたのに、後に入ったあなた達の方が早くあいつらと対峙していた」

 

 同じ結界を越えたのに抜けた場所が違うのだ。それは意図的に合流を促された、という事になる。

 

「そうなるわね。あいつのスキマの能力の所為に違いないだろうけど」

「私たちの方が先にあのピンク髪の奴と鉢合わせなければならない理由が紫にはあったってことか」

 

 魔理沙の言い分に霊夢は頷く。

 

「その理由までは紫に聞くしかないわね」

 

「……んもう」

 

 紫はため息をついた。作戦が台無しになったからではない。

 

「呆れた。そこまで分かってて気づかないなんてね」

 

 霊夢達の鈍さに落胆したからである。

 

「貴方達だけを集めてるんだから、狙いは一つでしょ」

「……!」

 

 その言葉で3人全員が、ようやく気づく。

 

「とっくに柊は潰した後よ、今は後処理の準備中」

 

 と言い残し、紫は姿を消した。つまり、紫は後処理を完了させに行った。柊を完全に抹消しに赴いたのだ。

 

 

「咲夜! 急いで行け! あのピンク髪は私達で足止めする!!」

「ええ!!」

 

「……紫もいつになく本気ね」

「ふふ。どうかしらね」

「っかぁ〜っ! 他人事みたいな反応しやがって!」

「魔理沙、一気に潰す。出し惜しみなしよ!」

「おう!」

 

 

 霊夢と魔理沙が本気になったのを肌で感じ、幽々子は微笑んだ。

 

 

     ♢

 

 

「はぁ……はぁ。おい霊夢、こいつ……私たちの力に合わせて戦ってるぞ」

「ええ、一筋縄じゃいかないわね。咲夜一人で紫と戦わせる訳にもいかないしはやく助けに行かないと」

「ああ、咲夜だけじゃスキマ妖怪とやりあうのはきついな」

 

 霊夢と魔理沙の共闘を踏まえて尚、幽々子を押し切る事が出来ずにいる。

 

「そんな私の事を除け者にしないで頂戴よ〜。もっと愉しみましょう?」

「相手があんただけだったらね。でも今回は紫がいるから。ごめんなさい」

「まぁ、確かにあの子もかなり……あら?」

 

 独特な音ともに、何もない空間からスキマを経て紫が現れる。

 

「お帰り〜」

「……」

「紫? どうしたのよそんなに黙って」

 

 紫は、黙々と幽々子に近づく。

 

「幽々子。ようやく準備は整ったわ」

「あら」

 

「!?」

「でも咲夜が向かったハズだぜ!?」

「あの子なら今頃結界術の中で動き回ってるわ。私が出向くんだからあの子じゃなくて霊夢が直接来るべきだったわね」

「……ちっ」

 

 紫が西行妖へ手を向けると、突如、樹の蔦が蠢きだす。

 

「紫……西行妖は満開になったのね?」

「いいえ、ただ準備は整ったわ」

 

 幽々子は顔付きを変え、真剣な目で紫を睨む。

 

「どういう事? 説明しなさい紫」

「全て終わらせてから話すわ、待ってて頂戴」

 

 

「──貰った!」

 

 急接近する霊夢。

 紫に向けて、お祓い棒を、一振り払った。

 

「そんな攻撃が当たると思っているの?」

「くっ!」

 

 霊夢も、事情を飲み込めてはいなかった。

 だから例え目の前の樹が危険な代物と分かっていながら直ぐに破壊には至らず、先に紫を退治するしかない。

 

「この木は何なの! 貴女達は何をやってるのよ!?」

「これは西行妖。そして今の異変の根源よ。これが春を吸っていた正体。そしてこれを咲かせる為に春を集めていたの」

「違う! 私が聞きたいのは理由の方よ!!」

 

 霊夢が一歩ずつ、足を運ぶ。紫の元へ。

 

「西行妖を利用する必要がある」

「……何の為に」

 

 紫は途中で口を開くのを止め、幽々子の方を向く。

 

「紫?」

「……お休みなさい」

 

 幽々子が急にぼーっとしたかと思えば、いきなり地べたに倒れる。

 

「なっ……殺したのか!?」

「落ち着きなさい、気を失ってるだけみたい。多分元からあの女の脳に術式を掛けてたんだわ。それより魔理沙。動じたらやられるわよ」

 

 紫の表情が変わる。先よりも重い笑みに、冷酷な目に変わる。

 そして閉じた唇を再び開き言う。

 

「ここまで来たからには貴女たち如きに邪魔されたくない。ここで計画を止める訳にはいかないの」

「……は?」

「計画? ああ、そういう事ね、紫」

 

 眼を一瞬閉じキリッ、と紫を睨みつける霊夢。

 

「どういう事だ? 分かるように説明しろよ」

 

 それを聴くと、霊夢は一旦足を止める。

 

「紫、貴女はそこの幽霊の異変を利用したんでしょう。柊を殺す為に」

「そうよ。……持ち前の勘かしら? 彼の事になると鋭くなるのね」

 

 霊夢が、思わず歯軋りをした。

 

(やっぱり、紅魔の宴会の時の違和感というか、視線は紫だったのね)

 

 

     ♢

 

 

「……くそっ」

 

 咲夜は今急に折り返し、再び霊夢と魔理沙の元へ向かっていた。

 

 今冥界は二つの空間へと分離されている。柊と咲夜がいた場所と、魔理沙と霊夢がいた場所だ。紫の結界術式により、それらは球の形を成しそれぞれが別の場所へと変容している。

 

咲夜が霊夢達の元へ向かおうと円を抜けて霊夢達の円の結界に侵入しようとすれば咲夜の円の端に再び引き戻される、つまり術式に対抗する力がなければ、永遠に同じ場所をループする事になるのだ。

 

 

「結界術の対処なんて知らないわよ……もう!」

 

 

     ♢

 

 

「紫、この西行妖は……ただ春を集めてる訳じゃないわね」

 

 霊夢は、西行妖の異質な力に己の勘ひとつで気づきかけていた。

 

「春の陽気を妖気に変えてる。でもそれを加味しても異常な程の妖気の増量化の原因は……」

「柊の力……いえ、正確にいうならオーズの欲望の力よ」

 

 紫は拍手をしながらクスクスと笑う。

 

「オーズの変身者である彼はね、欲望を増幅させる性質を持っていた。だから彼自身の持つ力の波を西行妖とリンクさせた。そうすることで『春にしたい』と願う大自然の欲望そのものを妖気に変えて爆発的に増やすことができる」

「……冬の時期からずっと?」

「ええ、彼は自分が変身出来ないと悩んでいたみたいだけど、それもそのはずだわ能力は私が使ってたからね」

 

 紫が常に監視していた事にすら気づけなかった、と霊夢は後悔しながら、続けざま、疑問を口にした。

 

「いくらあんたでもずっと他人の能力を操作し続けるなんて不可能のはずなのに、どうやって?」

「西行妖の樹体中にはね、数多の怨念が渦巻いているの。だからその怨念達に能力を引き継いで貰っていたわ」

 

 後ろの西行妖から、妖気が満ち溢れていく。

 

「確かに私がズーっと操作をし続けていれば脳が焼き切れてしまう。けれど怨念達ならば関係ない。彼ら彼女らはそれこそ星の数ほどいるのだから。私の肩代わりをしてくれる者はいくらでもいる」

 

 後ろの西行妖の中に漂う思念を霊夢は感じ取り、少し震えた。

 

「だから私はただの緩衝材として役割を徹したわ。実際に欲望を増幅させて、柊の能力を使っていたのはあの樹体の中の怨念達よ」

 

「私はただ最初に彼らに柊の力と信号を送っただけ『強く願え』ってね」

 

 紫は扇子で空を切り、霊夢達を指す。

 

「さ、質問はおしまいかしら?」

「なんですぐあいつを殺さなかったの? いつでも殺せた筈なのに。こんな周りくどいやり方をする意味が分からないわ」

「あの子を直接私が殺せばあの子の魂、その残滓は幻想郷に残る。あの子の魂、そして存在がこの世界に残ったままでは幻想郷そのものが危ないの。だから魂を吸収する西行妖の力が必要だった」

 

 西行妖は妖気を発している、つまり組成的には妖怪に分類される。そして。

 

「……妖怪は祓われたら消滅する」

「その通り」

「どうやるかは知らねえけど、柊の魂を西行妖にぶち込んでから祓えばいいって寸法か。最低だな、お前」

「他に良い方法がなかったからね。もっと簡単に魂ごと消滅できるならやってるわ」

 

 西行妖から伸びる蔦は霊夢、魔理沙に向かって槍の様に飛ぶ。

 二人はそれぞれ武器を活用して防御する。

 

「 魔理沙! 私達でやるわよ。幸い、紫でも対処にこまねいてるのは幸いだった。こうなったら柊が殺される前に、あの後ろのでかい木も、紫もまとめてぶっ飛ばす!」

「言われずとも分かってるぜ! 」

 

 ちょっと待ってよ、と手を出す紫。

 

「別に 貴女達が邪魔しないって言うんなら、貴女達に危害は加えないわよ」

 

 二人の、そして西行妖の動きが止まる。

 

「私は柊を殺せば、幽々子の記憶も消して、全てを元に戻すつもりよ?」

 

 蔦は地面を這って、動きを停止した。

 

「だから、貴女達ももう関わらなければ、この異変は勝手に終わるものなの。どうかしらここは穏便に済まさない? 互いの為にも」

 

 巨大な空間を作り、そこへ進もうとする紫。

 

「だから大人しくしていてくれないかしら?」

 

 答えは。

 

「「嫌(だぜ・よ)」」

 

 二人の一致した拒否に紫は笑みを消した。

 

「……だと思ったけどね、はぁ。一応聞きましょう、理由は?」

「私達はな、あいつに何かあった時は助け舟を出してやろうって決めてんだ。っていうかそんなの無しにもうアイツは私の仲間だからな、悪いけど見殺しには出来ないぜ」

「霊夢、貴方は?」

 

 真意を計るように紫は霊夢に尋ねる。

 

「……私は」

 

 ビシッと紫に指をさして霊夢は宣言した。

 

「異変解決の専門家。今異変を起こそうとしてる貴女を退治せずして、何が出来ようか」

「そう、愚かね。彼を生かしておくのはリスクでしかないのに」

「リスクとか幻想郷が危ないとかそういう話じゃないでしょ」

「……?」

 

 霊夢の一言に紫は首をかしげた。

 

「妖怪が異変を起こして、人間を殺そうとしてる。私が介入する理由なんてそれで十分」

「ああ、そうだ、よく言ったな霊夢。私たちにはあいつを止める義務があるぜ」

「ええ、今回ばかりはアンタの言う通りよ」

 

 霊夢は、地面を思い切り踏みしめて、紫に告げる。

 

「紫、アンタはね生粋の妖怪退治専門家を敵に回したのよ、覚悟なさい」

 

 霊夢にその気は無いかもしれないが、その顔を見た紫は、思わず萎縮する。

 

「人情というやつね下らない。けど望むところよ、ええ、でないと、世界が壊れてしまうもの。平時ならまだしも、これだけは譲れないの」

 

 はー、と霊夢はため息をついた。

 

「ちょっとばかり骨が折れそうだけど、魔理沙、いくわよ」

「ああこっちはいつでも準備できてるぜ」

 

 二人は地を蹴り空高く飛んだ。

 

「いきなりで悪いな、容赦なしだ!!」

 

 ミニ八卦炉は、自爆するんじゃないかと思うほど光を放ちながら、なお力が集まっていく。

 

「全力……マスター……ス、パーク!!!!」

 

 あまりの威力に腕が後ろに引かれるほどの反動のついた極大レーザー。

 それは西行妖へ直撃した。

 

「うし!」

 

 喜ぶ魔理沙、けれどすぐに異変に気付いた霊夢は声色を変える。

 

「!……魔理沙! 前見て!」

「……なっ!?」

 

 

 無自覚に、霊夢は冷や汗が背中に流れていた事に気づく。自分があのマスタースパークをモロに食らえばただでは済まないというに。あの木は、せいぜい焦げ付くくらいで済んでいる。

 

「あら、正直無傷で済むと思っていたわ。ずっと溜めてただけの事はあるわね」

「っそ……だろ!」

「さぁ、やられなさい」

「ん……?」

 

 

 霊夢が何かに気付く。

 

「霊夢? 弱点でも見つけたかし「紫」

 

 汗を一筋流しながら、霊夢は紫に尋ねた。

 

「さっきまであの妖から感じていた貴方の妖力を感じないわ……貴方、今どうやって操作してるの?」

 

 驚くより見るが早い、西行妖の前方にいる紫の様子が豹変していっている。

 

「え? ……バカな……!」

 

 予期せぬ計画の綻び。その数秒の隙で西行妖は異変を起こした。

 

 蔦はぶくぶくと何倍にも膨れ上がり、確実に紫の指揮外の行動を取り始める。

 

「柊の能力の使用は止めるよう指示したハズよ、なぜいまだに妖力を増幅させて……」

 

 そして、西行妖はあたり一面無差別に破壊し始めた。

 

「霊夢一旦引くぞ!」

「ええ!!」

 

 

 

「どうして……」

 

 そして終いには主従者である紫すらも。蔦で襲いかかった。

 

「!! くっ」

 

 紫は攻撃を避けるが、蔦はさらに後方へと伸びていく。

 

「……? どこに攻撃して……」

 

 西行妖のそれは攻撃ではなく、蔦は結界の端に接触し。

 

 ガラスの裂けるような音とともに結界が裂けた。

 

「そんなはずは……結界を破壊した……!」

 

 

 そして、西行妖はどこか遠方へと蔦を伸ばし、引き戻す。その蔦に絡まっていたのは。

 

「!? 柊……!」

「ああ、間違いなさそうだ!!」

 

 霊夢と魔理沙の視点から蔦に絡まっている柊が目視出来た。だが。

 

「……こりゃめんどくさそうだな」

 

 柊を締め付ける蔦は西行妖の本体、樹体の奥にある。それまでに蠢く幾重もの蔦をくぐり抜けなければならないのだが、柊を傷つけずにそれを行うのは、至難の技だろう。

 

「……っ、早く助けないと。あの木が柊を取り込む前に止めないと、取り込まれたら消滅なんでしょ?」

「マスタースパークで周りの蔦ぶっ壊す、か?」

「そんな事したら柊も間違いなく巻き込まれるわよ、却下」

「だよな……ちぇ。悪いが私には正面突破しか思いつかんぜ」

「そうね、私が囮になるわ、その間にどうにかして柊を回収しなさい」

 

 霊夢が、傷を負う事覚悟で針に霊力を込めた時。柊の姿を見失う。

 

「「!?」」

 

 消えた瞬間に新たな気配を察知した二人が後ろを見やった。

 

「ヘマした分、これぐらいは活躍しないとね」

 

 咲夜が時を止め、柊を蔦から救出していたのだ。

 

「咲夜! お前って奴は!」

「ナイスよ! みんな急いでここから離脱しなさい! 今は柊とあいつを離す!」

 

 三人は攻撃範囲外に離れ、安全圏まで離れた上で柊を地面に優しく降ろした。

 

「よし、ひとまずはこれでよし。咲夜、ほんとに良くやったわ。あとはあれぶっ壊せばお終いね!」

「ごめんね、柊。こんなにボロボロに……」

「咲夜、反省は後だ。今はあれぶっ壊すことだけ考えてくれ。私の攻撃も全然効かないんだぜ」

「ったく、紫もまた面倒なことしてくれたわ」

 

 武者震いではなく、恐怖による震えか。魔理沙の両手が震え始める。

 

「はぁ、勘弁して欲しいな、あんまり大きすぎる妖力に身体がびびってやがる」

「それでもやるしかないわ。私たちの中じゃ一番パワーあるんだから、頼りにさせてもらうわよ」

「霊夢に頼られるなんてな、嫌な予感しかしないのは私だけか?」

「どういう意味よ!?」

「この場で喧嘩しないで頂戴二人とも!!」

 

 

     ♢

 

 

「あの〜パチュリー様〜?」

「……どうかしたの、コア」

「はい! えっとですねぇ、今日は紅魔館がやけに静かだなと……。大キッチンにも誰もいませんでしたし、妖精メイドさん達も今日は皆、血眼になって門の前で戦闘態勢に入ってましたよ?」

 

「ああ、気にしなくて良いわ。きっとレミィが脅したのね」

 

「へ? レミリア様がですか?」

「ええ、『私達が戻って来るまでに、絶対誰も屋敷に入れるな』ってね」




「パチュリー様はお荷物だったんですかね?」
「……燃やすわよ」
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