東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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ある少女の──独白。


14話 瓦礫と塵と仮面ライダー

「全く紫め、やはり致命的なミスを犯して敗れたな」

 

 賢者は遥か遠方の地でその激闘を見ていた。

 

「だから言ったんだ、お前は過小評価をし過ぎだと……()()()()()な」

 

 その賢者は一人でに呟き続ける。

 

「お前は見落としていた、西行妖というデクの棒にも小さな意思が宿っていること、意思には強い力があること、そして、生物の成長には理屈などないことを。全く妖怪らしくもありお前らしくもあるミスをしてからに。まぁ、私もオーズの欲望を加速させる力には驚かされたが」

 

 そして、腰をあげ、こう言った。

 

「さてと、ここまでの事態に陥った以上何か救済の目をくれてやらんとな、さぁどうするか」

 

 数秒の思考の末、賢者は笑った。

 

「いや、そもそもまだ負けが確定した試合になったわけじゃない。まだ……しっかりとこの闘いに勝ちの目は残されている。ならば私も懸けてみようじゃないか──人間の成長とやらを」

 

 

 

 

「う……ぁ」

 柊は微かに意識を取り戻した。そして考える。

 

 ──なんで俺はまだ生きているのだろう。

 

「……ぁ……」

 

 前方にベルトと三つのメダルが見える。

 

 ──変身した時のエネルギーサークルで咄嗟に防いだのか……?

 

 思考はできるが、すでに身体は動かない。

 

「痛い……だ、だれか……」

 

 無常にものしかかる瓦礫は、徐々に柊の体を圧死の道へと歩ませる。

 

「うっ……うぅ……!! だれかぁ……だれか、ぁ。頼む……抜けな、い、よ……」

 

 腹に大きな蔓が刺さっている。それは大人の背丈程の長さで、一人で抜く事は出来ない。

 

「たす、たすけ……て……」

 

 腹から力が抜けていく所為でろくにこの状況を解決出来ない。このまま数分経てば自分は死ぬ。

 

「ぅ…………うぁぁぁぃ……ぃたぃ……」

 

 何を願えば助けてくれるんだろう。

 

「はぁ……は……ぁ……もう、無理だから……頼、む。咲、や……霊……ま、……さ」

 

 ミシミシ、ミシミシと身体に圧がかかり、呼吸も大袈裟に大きくになる。

 

 徐々に力が弱まっていく無情さ、現実の非情さを噛み締めながら。

 柊はこれまでの生活を、幻想郷に来てからの日々を走馬灯の様に頭に流していた。

 

 

 紅魔館でのフランとの闘いの事。

 

『悪いな、俺は最後まで足掻くよ!!』

 

 あの死が迫り来る中、必死で鼓舞していた自分。

 

『だったら、貴方は貴方の好きに生きればいいじゃない』

 

 今度は霊夢だ。励ましてくれてる。よく覚えてる。

 

 そして再び思い出したのは。ただの、鮮明な──。

 

『諦めるな』

 

「…………はぁ……はぁ…………」

 

 

 大きく息を吸い込んで。

 

 

 ──慧音さん。霊夢、魔理沙。咲夜さん、美鈴さん、フラン、妹紅さん、レミリアさん、パチュリーさん、小悪魔、チルノ、大妖精。人里の皆んな、紅魔館のメイド妖精、それだけじゃない。

 

 

 柊がこの世界に来てから今日まで、繋がりのある人達。柊は皆んなの笑顔を頭によぎらせる。

 

 そして、生前の最後に見た少女を思い出して。鞭打つように心に言い聞かせた。

 

「……あの子を死なせてお、いて……諦め、て、死ぬ……わけに、いかねぇ……だ、ろ!!」

 

 涙が流れて、嗚咽する。

 きっと今の自分の顔は、誰にも見せられないほど酷いだろう。けど。

 

 ギシギシと、挟み込まれた柱が音を立てる。

 

 しゃがれた声で、震えながら。瓦礫を持ち上げる。

 

「あぁ……立て……仮面ライダー……!!」

 

 穴の空いた腹から空気が流れていく、と同時に力も抜けていく。

 しかし、手の力はそれ以上に増幅させてやる。

 

 今まで、生身で鍛え続けたからこそ、今。瓦礫を傾けられる。

 

「ぅぅ、ううう!!」

 

 ほんの少しでも、と蔓を引き出すが、やはり人間にも限界はある。

 

「く……っそ! ……コフッ」

 

 あと少しが、遠い。

 限界があっても、それを決めてる自分を破らなきゃ、と再び深呼吸。

 

 プルプルと、震える腕に力を入れて。

 

「はぁ……はぁ……っぅ……」

 

 溢れ出る水を我慢もせず力を入れ続ける。

 

「俺は……諦め、ない……」

 

 突然。肩に違和感が生じた。まるで、重さを感じない──と。

 

「よく耐えたわね、やるじゃない」

「…………!?」

 

 聞き覚えの声に、柊は首を振り向けた。

 

「助けに来た──ってやつよ」

 

 

     ♢

 

 

『先程殺したと思ったが、大した生命力だな』

「っ…………はぁ……あ」

 

 血を大量に地面に流しながら、横たわる紫。

 ほかに立ち向かえる者は今ここには居ない。身体をズタズタにされても、闘わなければ。

 

「ま、だよ……それにしても存外、貴方って馬鹿なのね。その身体と違って」

『何?』

 

 今の西行妖の投げかけた疑問は、紫の発言に対しての問いではない。自らの異変について、だった。

 

『これは……少しずつ……』

「そう、少しずつだけど、貴方の力は霧散していっている』

 

 立てない代わりに、口を動かして、気を引く。望みとしては本当に僅かでしかないが、このまま弱っていった後の西行妖を誰かが倒してくれると信じて。

 

『なぜだ……!?』

 

(きっと幽々子の能力だわ。あの子が内側で闘ってくれているのね)

 

 外側の皆が大きなキッカケを与えればきっと祓える。 

 

 ──けど天敵であるこいつには私では勝てないから、他の皆んなが楽に戦えるように……少しでも。

 

「あなたが天敵でさえなければ私一人で倒せたのにね。残念」

『罪深いな、まさかこの状況でまだ勝てると思っているのか』

 

 西行幽々子の右手から発される剣型のオーラが、紫の胸を貫く。

 

「かはっ……!」

 

 強烈な痛みを伴うはずだが紫は、笑う。

 

『薄気味悪い、何を笑っている』

 

 ふん、と紫は皮肉そうに鼻を鳴らす。

 

「人間の身体を借りてる癖によくもまぁそんなに……威張れるものだと思ってね……カハッ」

『……』

 

 西行妖は、さらに紫の身体を切り刻む。

 

「ぐっ、ぁ……いぎゃっ……!!」

『借りるというよりも、正しくは余が奪ったという方が正しい。身体の主導権は、お互いが綱引きのような形で奪い合うのだ余が負ければこの身体の主人は身体を取り戻せる』

「……卑怯者め。どうせ綱引きだなんだと言っておいて、この冥界の他の亡霊達の力も自分の力としているのでしょう。いくら幽々子でもそれには太刀打ち出来ない」

 

 西行妖は、幽々子の身体を操り、邪悪な笑みを浮かべる。

 

『……大正解だ!! ふはははは!!』

「……」

 

 紫は黙り込む。

 

『一応言っておくぞ、余は全ての人間を殺したらこの肉体も屠る』

 

 身体に溢れんばかりの西行妖の妖力は更に増幅していく。その力は今の紫では到底──。

 

「あれだけ妖力を削ってまだそんなに余力が……」

『全員殺してやるぞ。叶うなら全員が恐怖に怯え余を憎み、そして失禁し痙攣しながら錯乱状態の中で自死してくれると最高だ』

「私は、そうならない」

『知っているさ。貴様は狡猾だからな』

 

 西行妖の右手を覆うオーラ、そこから放たれるであろう物はきっと、ただの弾幕なのであろうが。

 放たれる前から分かる。きっと自分は耐えられない。それこそ、まともに食らえば絶命する程の物だろう。

 

 奇跡に期待しながら、半ば諦めていた。けれど。

 

『!?』

 

 西行妖の首に衝撃が篭る。背後には。

 

 

「いい一撃よ、霊夢」

『貴様か、博麗』

「ええ、効いたかしら? ざまぁないわね。……魔理沙!!」

 

「ああ分かってるぜ。これが私の……」

 

 

 ミニ八卦炉は光を瞬かせながら、虹色に光る。

 

「全力だ!!」

 

 マスタースパークが、西行妖を吹き飛ばす。

 

「ったく、いきなりスキマが出てきたからびっくりしたわ。そういうのはちゃんと説明しなさい」

 

 

 お腹を苦しそうに抑えながら、紫は言う。

 

「ごめんなさ、いね……グフ……殺されそうだったから」

「ていうか私のミニ八卦炉勝手に持ってっただろ!?」

「それも重ねて謝るわね……」

「あ、おう」

 

 素直に謝罪する姿に慣れなさを隠せない魔理沙。

 

「紫あんたには悪いけどあの幽霊ごと封印させて貰うわ、友達は諦めて頂戴」

『……ふっ、この体ではなければ貴様を倒す事は不可能だったろうな』

「……はぁ?」

 

 

 西行寺 幽々子の口、声で発生するその声は、邪気に包まれている。それは紫にとっては無念でしかなく、そして、どうしようもなく。

 

『だが、今の余は貴様に縛られる器ではない!』

 

 絶望だった。

 

 

     ♢

 

 

「! 全員やられるわ!」

「じゃあ作戦通りに!!」

 

 レミリアに運ばれながら、作戦を聞いた柊。

 これが決まるかどうかは、最初の行動いかんで決まる。

 

「けど、もし決まらなかったらその時は……」

「大丈夫よ、私を信じなさい。だから貴方をここに連れてきたんだから」

「……はい!!」

 

 柊の怪我のほとんどは癒え、腹の穴も塞がっている。

 

「せっかく貸し作れたのに、今度はでかい借り作っちゃいましたね」

「ま、一年間貴方をコキ使ってあげようかしらね」

「ぐぬぬ……まぁ、後先のこと考えたってなぁ」

 

 柊は己の手を胸に置きもう一度、心に問いかける。今の自分は闘えるだろうか。

 

「もう大丈夫かしら?」

「……はい!」

「それじゃみんなを、助けるわよ!!」

 

 言って、柊を鷲掴んで。ぶんぶんと振り勢いづける。そして──。

 

「飛びなさい!!」

 

 西行妖へと投げた。

 生身の状態だが、今の柊ならば。

 

 

 遠く彼方から光る何かを捉えた西行妖。

 

『……?』

 

 それが柊だと気付くのに、時間は掛からなかった。

 

『! ……ははぁっ! まさかあれで生きていようとは!』

「はぁあああ!!」

 

 勢いのついたこの身体。

 振らずとも、ただ拳を前にすれば、強烈なパンチになる。

 

 それに合わせて西行妖は拳を前に繰り出した。

 

「がっ!」

 

 柊の拳から血が噴いた。

 

『当然だ、生身の身体で歯向かおうなどと!!』

 

 柊は痛みを歯で食い縛り。

 

「──かかったな!!」

 

 西行妖の拳を握りしめた。

 

『──!!』

 

 

     ♢

 

 

 柊とレミリアが着くほんの少し前の事

 

「助けにきたわ」

「…れ……ア……サん」

 

 目元に現れたクマ、肌の青白さ、そもそもの様子から柊が残り少ない生命活動だと、レミリアは悟る。

 

「全く、あの時以上に無茶してからに。貴方このままじゃ死ぬわよ、数分以内に」

「……はぃ」

「……チッ、この杭を抜いても出血多量ですぐ死ぬか。ごめん、私では助けてあげられない」

 

 悔しそうに唇を噛み、一瞥してからレミリアは柊に顔を合わせた。

 

「まぁでも、せめて最後まで見届けるから、気を楽にしなさい」

「……俺を、吸血鬼にし、て下さ……い」

「──は、正気?」

 

 柊は無言で頷く。

 

 レミリアは、それを踏まえてすぐにうん、分かった。とは言えなかった。それは分かりやすい禁忌だ。人間が妖怪に自らの意思で変容する。

 

 とても気楽に行える事ではない、のだが──。

 

「……っ。四の五のいってられないか。分かったわ」

 

 レミリアは、それでも一秒も惜しむべく柊を抱き上げて。

 

「──あむっ」

 

 柊の首に被りつく。

 

「……んっ……んっ……ぷはぁ」

 

 少し苦痛の顔を浮かべて、柊が立ち上がる。

 

「どう?」

 

 みるみるうちに腹部の穴や、身体中の傷が治っていく。

 

「自分が自分じゃないみたいです。さっきまでの痛みがうそみたいだ」

「あまり自由に弁明も出来なかったのだろうから仕方ないけど、呆れるわ吸血鬼の眷属になろうなんてね」

「いやーまぁあのままだと死んでましたし」

「お前、眷属になる事がどういうことかキッチリ勉強なさいね」

 

 けろっと言い放つ柊にレミリアは呆れる。呆れるしかない。

 

「……何か問題が?」

「んぁぁ……もうっ! 大アリよ! このバカ!!」

 

 レミリアはそっぽを向いて、ボソッと呟いた。

 

「……眷属になっちゃったならもう、これからは一緒だからね……」

「え? なんで? どういう?」

「!? あ、あ〜あ〜黙れ!!」

 

 レミリアは顔を真っ赤にして柊の頭に手刀を振り下ろした。

 

「いった!!?」

「この際複雑な説明は省くから、状態だけ言うわ。今のお前はあくまで吸血鬼になりたて。それも少量しか私の血を受けていないから」

 

 トントン、と柊の腹部を指で叩く。

 

「次は治らない。言ってしまえば今のお前はただの強化人間みたいなものだし」

「了解です。それじゃ続きは行きながら……」

 

 そして、レミリアに運ばれながら、今までの事情を柊は説明した。

 

「事情は把握してるけど、かなりやるわね、西行妖」

「ええ、正直言ってレミリアさんが来ても勝敗は……」

 

 苦い顔になった柊の頭を、レミリアは翼でペチペチと叩いた。

 

「分かってるわよ、けどね。来たのは私だけじゃなくて他にも来てるの」

「そうだったんですか?」

 

 柊の間抜け顔を見て、一瞬だけ笑う。

 

「ええ、きっとあっちも喜ぶわ。けど少し事情があってここに来るまでもうすこしかかるの」

「そうか……」

 

 レミリアは思い切って話を出した。

 

「ねぇ、お前は自分が妖怪になっても良いわけ?」

「え? いや今実際に吸血鬼に……」

「今ならまだ頑張れば引き返せるのよ。傷は少し開くだろうけど死にはしない程度にできる、けど私が視るに西行妖をどうにかするには柊が頑張って闘るしかない。そしてそれをしたらきっともう戻れなくなる」

 

「んー、別に今更我儘言う気持ちも起きないしなぁ。やれって言ったのは俺だし……」

 

 元々、最後に自分の身体を突き動かしていた根底にあったものは、一人の少女の残滓だけだ。

 

「それで俺がどうなろうと皆んなが助けられるならそれでいい」

 

 皆を助けたその先で死んでしまったのなら、その時はきっと、生前見殺しにした少女も許してくれるだろう。それだけが、今の自分を突き動かしている。

 

「……そう」

 

 レミリアは、決して柊には悟られまいと、しかし重苦しく、柊の覚悟の冷たさに同情してしまう。

 

「それはそうと……さっきの話はどうやって?」

「お前の話の通りに、あれが欲望を妖力に変えているなら、こっちがそれを奪えばいいのよ」

 

 なんだか、ピンと来ていない柊に押しをかける。

 

「西行妖が使ってるのは元々お前の力でしょ?」

「?」

「同じ力を分散させていたのなら、回収だって出来るわ」

「なるほど……力を奪えってことか……」

 

 アンク同士で力の綱引きをしていたように、柊と西行妖もまた同じことができるだろう、と。

 

「まぁ一か八かの賭けなんだけどね。あくまであんたに話を聞いて、私なりの勘で閃いただけ。仮にあいつとお前の力が別物だったとしたらもう無理ね。諦めましょう」

「わーほんとピンチじゃないですか……」

「茶化さない。私の能力で、ほぼできるのは確定してるから安心なさい」

 

 翼で頭をペチペチと叩かれる。

 

「ただ西行妖の力を取り入れるという事は妖怪としての力を増幅させることと同義。お前の意思が弱ければすぐに暴走してしまうよ」

「……まぁ、そうなったらそうなったで良いです。こうなってなきゃどっちにしろ死んでましたしね……それに」

「それに?」

 

 柊は、すでに何かに気付いていた。レミリアでは分からない、当事者本人の勘で。

 

「俺はこの世界で生きちゃダメらしいので。事情を聞いて納得出来たら俺はどっちみち死ぬつもりなんで」

「──なっ」

 

 柊は、初めからその意思があった。納得出来る事情があるならば、この世界からいなくなっても良いと。

 今回抵抗したのは事情もなく殺されることが嫌だっただけだ。自分が関与している異変で皆を傷つけたくなかっただけだ。だが、柊の目には紫には何か事情があるように見えた。柊はただその理由を知りたいだけだった。

 

 だが。

 

「……ふざけやがって」

「え?」

 

 レミリアにとってはそうではなかった。

 

「自分に不都合な存在だからって言葉で傷つけて、なまじ理不尽に殺してもいい理由なんてあってたまるか。あのスキマ妖怪絶対殺すわ。咲夜にも手出したんでしょあの糞婆」

 

「え〜……」

「あ、そろそろ見えてきたわね」

 

(そんな切り替え方ある? この人ちょっと怖いかも……)

 

 そうして、今に。

 

 

     ♢

 

 

「!!」

 

 柊と西行妖の拳がぶつかる。

 

「俺の力返せぇぇえー!!」

『……!?』

 

 狙い通り、柊は西行妖から、力を奪う事に成功した。

 

『なんだ……!? これは!!』

「うぉぉっ!? しゃあっ!!」

 

 力を吸い取られていく西行妖は慌てふためく。

 

「お前の力……元々俺の能力だろうが! 返せよ!!」

『ぉぉああああ!!!!』

 

 悲鳴か、鼓舞か。

 荒れ狂う叫びと共に、確実に妖力が西行妖から減っていくのを、レミリア、霊夢、紫は肌で感じていた。

 

「どういう事? それになんでレミリアがここに……」

「話は後。紫、貴女は柊の欲望とあいつの欲望の境界を無くしてより吸収しやすくさせて。皆んなは私と一緒に柊の手伝いよ」

 

「!……うん!」

「そのように」

「おう!」

 

 レミリアの言葉を聞き、霊夢は即座に頷く、だが、紫は。

 

「……その……私の能力は……正直、ほとんど効果がないと思うわ」

「うっさい黙れ。貴様の大好きでたまらない幻想郷の為なんだから死んでもやれ。失敗は許さないよ」

 

 レミリアの言葉に少し面を食らうが、帰って納得したのか即座に紫はスキマで移動する。霊夢はレミリアと共に飛んで柊の元まで行く。

 

「俺の怒りは……これじゃ済まないぞ!! ちゃんと、全部返してもらう!!」

『ぎゃぁぁあああああああ!!!!』

 

 

 柊からしてみれば、幽々子の身体で叫ばれると、心が痛むが、このままほっとく事の方が何倍も痛むことになる。心の中で必死に弁明しながら力を奪う。

 

──ごめんなさい! 幽々子さん!! 今だけは……我慢してください!!

 

──『いいわよ、このままどんどんやっちゃって〜』

 

「……え?」

 

 柊と西行妖、いや──幽々子の繋がりが、力の綱引きによって結ばれた。

 

──『今の私ではこの悪い妖怪さんを少しずつ弱らせることしかできないわ。だから、貴方が思いっきりやっちゃってくれるかしら〜』

 

──ゆ、幽々子さん……!? 無事なんですか!?

 

──『ええ、無理矢理自我を押し込まれてるだけ、私はこの通り無事よ、だから気にせずやってくれていいからね〜』

 

 

「……はい!!」

 

 確実にハマっていた。西行妖が、優位に立っていたことによる油断。それにより容易に柊の拳を受けた事。

 これが上手くいけば、妖力を完全に奪い取れる。

 

「いけ……る!!」

『く、ぐ!!』

 

 しかし。外的要因によっては、綻びが生じる。

 

『グゥゥォォ……』

 

 今まで死んだかの様に止まっていた西行妖、木本体が動き出した。

 そして蔓が伸びて、こちらにしなる。

 

「──! くそっ同時操作できるのかよ!」

 

 

     ♢

 

 

「まずいっ! 間に合わないわ!!」

「否。ベストタイミングよ」

 

 遠くで視認したレミリアだけが、気づく。

 

「──美鈴」

 

 

 

 蔓が柊の身体を叩き潰す手前、一人の女がそれを止めてみせた。

 

「! ……美鈴さんっ!!」

「遅れましたが、もしかして私今グッドアシストでしたっ!?」

 

 美鈴は持ち前の体術で、柊へと向かう蔓を全て破る。

 

「美鈴さんまでここに……!」

「エヘヘ、私も力になりたくてつい馳せ参じてしまいました!」

 

 無数の蔓が鋭く尖り、今まさに向かわんと、妖力を漲らせる。

 

「私はただの闘いでは皆さんよりも弱いかもしれませんが、守る為の闘いなら絶対に負けません!!」

「!……うん! 頼んだ!!」

 

 迫る蔓を前に美鈴は仁王立ちで立ち、柊の顔を一瞬見つめて、笑う。

 

「だから! 柊さんは思う存分懲らしめてやってください!」

『はぁぁあなせぇええ!!』

 

 

 次に、西行妖が仕掛けて来たものは。いや、もしかすると意図的にではないかもしれないが、柊の身に試練となって立ちはだかったものは。

 精神的要因。

 

 西行妖が奪っていった力は、春の陽気という純粋な自然エネルギーの域に留まらず、冥界の人魂すらも吸い取っていた。

 それを今度は、柊が受け皿となって吸収する。それ即ち。

 

 

『(───)』

 

 ──!? ……なんっだ……これは……!?

 

 沢山の声が集ってノイズと化している。がそれでも尚嫌でも耳に入る、頭に直接入り込むノイズ。

 

 

 苦しい、嫌だ、辛い、きつい、死にたい、痛い、殺す、殺す、コロスコロスコロスコロス。

 

 

 負の感情が柊の頭を駆け巡る。

 

 ──すっげぇ、キツイ、なんなら手の力が緩まってしまいそうで。でも同じ苦しみを、幽々子さんも味わっているんだ。俺が先に根を上げてはいられない! 

 

「あ……が……!?」

『助けて痛いよ……』

「──!!」

 

 ──耐え、ろ!!

 

『もうこの苦しみから解放してくれ……死にたい……』

「……」

 

『痛い、痛い、殺す!! 殺してやる! コロスコロスコロスコロス!!』

 

 その次に、ノイズとは違う、幽々子の声が聞こえた。

 

『これは、全て貴様が余から力を奪う所為で起きた悲劇、貴様が手を離せばこいつらは苦しまずに済むぞ、なぁ? 極悪人!』

「……」

 

 その時、少しだけ右手の力が弱まった。

 

『くくく、良いぞ、緩まってき……』

 

 言い切る前に、柊はなんの躊躇いもなく、幽々子の首に左手をかけ、思い切り締め付けた。

 

『!!? が……ぅ……!』

 

 握りしめる手は徐々に力を増す。

 

「元々は……お前が……この人たちを取込む所為で……!」

 

 左手の力は増していく。本来なら、話せる筈がない、幽々子の身体で、喉のダメージを無視して話す。

 

『……何百もの魂達が苦しんでいる。お前に無理やり犯されているのが我慢ならない様だ』

 

 柊はそれを聞いてプツン、と脳の何かが切れた。

 

「 魂を苦しめてるのはお前だろ!」

 

 精神的攻撃は、柊にとっては初の攻撃。故に対処は知らない。

 

『(ククク……怨霊達を無防備に吸収したからだバカが!)』

 

「俺はお前を絶対に許さない!!」

 

 悪霊とは、様々な苦しみや憎しみ、恨みからなる願いを持つ魂の塊。

 

 故に西行妖が吸収出来るのは怨霊のみ。なぜならただの霊達には欲望がない。

 しかし怨霊は多くの欲望、穢れを孕んでいる。だから吸収できるのだ。

 

 ゆえに怨霊は人間に害を成す。怨霊は人間の精神を蝕む。

 

 柊が西行妖から吸収した霊達は全て怨霊。

 何百もの怨霊達を取り込んでしまった柊に多大な影響が及ぶのは突然だった。

 

 

「お前のその腐った性根……! 絶対に許さない! 俺が根絶やしにする!」

『下らん……やってみ、ろ!』

「殺して……っ!」

 

 

 ──違う違う! しっかりしろ! 俺はこいつから力を奪い返さなきゃいけないんだった!

 ──『そうよ、落ち着いて。大丈夫』

 ──はい!

 

 

「お前はここで、吸い尽くす!!」

『(そう容易く口車には乗せられないか)』

『別に構わんぞ? ただし、余の魂を完全に引き抜くにはこの身体は死ぬ事必死であるがな』

「なっ……」

 

 西行妖の発言に青筋が経つ。

 

 

 ──幽々子さん……?

 ──『……大丈夫だから、お願いできないかしら』

 ──……っ。

 

 

 だが、実際どうなるか予想できない以上柊には実行出来ない。西行幽々子の身体から、強引に力を引き抜くなど、とても出来ることではない。

 

『気付いてるか? 怨霊達が貴様を蝕んでいることに』

「……何?」

 

 一瞬硬直してしまう。

 

『怨霊を取り込んだ人間がどうなるか知ってるか? 徐々に精神を蝕まれていずれ人で無くなる』

 

 これに関しては揺さぶりでもあり、事実でもあるのだろう。

 

──たしかに身体が怨霊と一体化していくのが自分でも分かる。このまんまじゃ俺が俺でいられなくなるだろう。今だって悪い感情が脳に囁かれ続けてる。

 

「……けどお前みたいな沢山の人の苦しみを利用する……そんな冒涜許せない!」

 

 柊は呪いをかける怨霊達の声の中である一筋の声を、聞いてしまった。

 

「お前が吸収した霊達の中の誰かが!! 助けてって言った! だから俺は助けるだけだ!」

 

 真剣な眼差しでそう言う柊を見て西行妖は思わず。

 嘲笑した。

 

『ぷっ……あははははは! 面白い! 面白いな!!』

「…………」

 

『怨霊が助けを請うただと? そんなことがある訳なかろう! どれだけ独り善がりなのだ貴様はぁっ!』

「しまっ……!」

 

 一瞬の隙に生まれた時間。その細い時間で西行妖は出せるだけの妖力を体外に溢す、という形で放出した。そして柊は一気に溢れ出た妖気に吹き飛ばされた。

 

『そもそも死んだ人間に想いを抱くなどと、馬鹿らしい! 死ねばそれまでよ! いや、むしろ死人の為に貴様が死ねば尚更阿保だなははっ』

「そんな事ない! 現に俺は死ん──」

 

 言い終わる前に、西行妖が柊を風圧で吹き飛ばす。

 

「!!」

『甘いと言ったろ? 隙を見せたな』

 

 西行妖の拳は、空に散る。

 

『チッ邪魔が入ったか』

 

「咲夜さん!」

「間一髪って感じね、あいつの攻撃まともに受けたらいくら貴方でもすぐにやられるわよ」

「はい、助かりました!」

 

 すぐにムクリと立ち上がって怒りの矛先を再び西行妖へと向ける。

 

「お前が苦しめた人全ての痛みを、恐怖をお前にも味あわせてやる」

 

 頭の中で負の気持ちが響く。

 死ね、殺す、消えろ。

 

「……柊?」

「幽々子さんから死ね……ぐぅ、消え、ろ……!」

『クックック難航しているようだな』

「んな訳── あるかよっ!!」

 

 

     ♢

 

 

「! ……レミリア、なんで柊が妖怪の力を発しているの? しかも貴女の性質と近い。どういう事?」

 

 遠い場所からでも伝わる妖気。霊夢にとっては違和感だった。性質的には柊の霊力に近いはずなのにレミリアの妖気も感じる。

 

「私の持つ吸血鬼の力を使って西行妖の妖気を吸い取ってるのよ」

「なっ!? そんなことしたら柊は……!」

「ええ、徐々に妖怪と化すでしょうね」

 

 すかさず霊夢はレミリアの首元を掴んだ。

 

「馬鹿ッ!! 何してるのよ!!」

「ちょっ霊夢!?」

「魔理沙、止めなくていいわ話すから」

 

 このままでは柊の身に何が起こるかも分からない。

 

「あの子が望んだからそうしたまで。殺すべきだと思ったんならこの異変を片付けてから、私共々迷わず殺しなさい」

「!そっ、そんなの」

「……はぁ」

 

 レミリアは重々しいため息をついてから、言う。

 

「今のあいつは、そもそも妖怪よ」

「……え?」

 

 

 妖怪になるということは具体的に言うと、霊力の性質が妖力に変わったり、肉体の形状変化などがある。

 そして、今柊はその変化の狭間にある。

 

 

     ♢

 

 

「掴んだぞ……!」

『な、ぜ人間の分際で……そこまで動けるのだ……!』

 

 再び柊は西行妖、そして幽々子の手を握る事に成功していた。

 

『腹の傷すらも完治しおって……まさか人間でないのか貴様……!』

「ぐぬぬ……!」

 

 妖怪である西行妖の力を抑えつけて、柊は力を吸収する。

 

『何故……なぜ妖怪化せずに怨霊達を取り込める……!?』

 

 ニッと笑う柊。その口には異変が。

 

『……歯?』

 

 巨大な妖力を、柊は人魂ごと体に取り込んだ。

 

「ぉ、ぉおおおお……あっちちちち!! ……はぁ……はぁ」

『き、貴様まさか……まさかまさか……』

 

 そう、今の柊の体はただの人間のままではなく。

 

「吸血鬼なんだよ、今の俺」

 

 鋭い八重歯を見て、西行妖は少なからず柊に恐れを抱いた。

 

『なんという無茶を……!』

「腹が治ったし良いんだよ!」

 

 先ほど、生身の柊が数メートル吹き飛ばされてすぐ立ち上がったのも、西行妖の力を上回り拘束していたのも、吸血鬼の身体だったからだ。

 

「今の俺は、お前より強い!!」

 

 しかしこの状態での心残りがある。

 

 一つは、これでオーズになった時のこと。全く予想がつかないのだ。吸血鬼になった今でも変身は可能か。

 もうひとつは、暴走しないか。軽い状態とはいえ妖怪である以上、本能の部分が増している、もしかすると西行妖だけでなく周りにも被害を与えそうだ。

 

 

「だが、暴走してでもお前は止める!」

 

 今の状態が続けば自分は精神を汚染されて負ける。

 オーズになれば、毒を浄化できると踏んで彼は変身する。

 

 

 この時、怨霊達の精神汚濁を受け脳は既に暴走していたが、気付かないまま。──柊は、腰に現れた変身ベルトをスキャンした。

 

 

「変…………身!!」

 

 

 そのオーズは。

 

 

『……?』

「……ゥゥゥ……!」

 

 ──パープルアイに変化していた。

 

 

 

 

『目が紫色に……?』

「がぁ……ぁ……ぅう!」

『ふん! まさか、自我を失うとはな。やはり人間は愚かだ!!』

 

 この異変に、遠くからいち早く気づいたのは、レミリアだった。

 

「ちぇ。暴走しちゃったみたいね。ま、流石に人間一人で背負える重さじゃないか。このままじゃ近くにいる咲夜と美鈴も危ないわ」

「どっどうするの!? 」

「と、兎に角行くぜ!!」

 

 こうしてられない、と一気にギアを上げ飛ばす霊夢と魔理沙。

 

「まち、……ああ、もう!」

 

 本来自分よりも速度が上である霊夢と魔理沙に、羽根をオーバーフローさせて追いつく。

 

「霊夢! 落ち着かなきゃ勝てる闘いも勝てないわよ!?」

「っ……分かってるわよ、そんな事……でも! 柊が危ないんでしょ!?」

 

 霊夢が焦る気持ちも分かる、だからこそレミリアは尚更冷静でなければならないのだ。

 自分が、清涼剤として機能しなければ──と。

 

「もしかすると、負けかもね……!」

 

 

 

 

『ぬぅぅおおお!!!』

「ぅぅ……アァアアア!!!」

 

 互いに一撃一撃に殺意を込めて。顔面を撃ち抜く。

 そしてそれを皮切りに、闘いはヒートしていく。

 

「流石にこの規模の戦いに入る余地はなさそう……かしら」

 

 咲夜は機会を伺い、二人の戦いを見守る。

 

 オーズの顔面に蹴りが、西行妖の腹に拳が。

 攻撃を食らい、攻撃を下す度に、オーズの息が上がる。

 

 

「オ、ォォオオ!!」

『は、もう周りを見る事すら出来なくなったか!』

 

 オーズの目線の先には、大樹の西行妖と闘っている美鈴がいた。

 

「!! 柊さん!? どうしたんで──」

「美鈴! 避けて!!」

「がぁぁああ!!」

「ぐふっ!?」

 

 仲間から攻撃を受けるとは思わなかったのか、ガードもせずに腹に一撃攻撃を受けて吹き飛ぶ美鈴。

 

『ハッハッハ、いいぞいいぞ!』

 

「ァ、ァアァ……あ、!」

「柊さん……! この卑怯者ッ!!」

『何とでも言ってもらって構わんが、後ろも気を配れよ?』

 

 背後から鋭い蔦が迫る。察知した美鈴は柊を抱きしめて自分の脚を犠牲に蔦を防いだ。

 

「痛ッ……ど、どうしちゃったんですか柊さん!」

 

 美鈴の問いかけには、答えない。

 

「オァァァア!」

「ど、どうしよう……!」

「とりあえずそれは切る!!」

「あっ! ありがとうございます咲夜さん!」

 

 ナイフで鮮やかに美鈴を攻撃する蔦を捌く。

 

「私じゃ絶対押さえられないから、美鈴! 貴方が押さえておいて!」

「は、はい! うぅぐっぐ! 力、強いなぁ!!」

 

 力の限り暴れる柊。無理に戦い鎮静化を図れば返って危うい事態に陥る。今はただ、抑えるしかないのだ。

 

「でも、絶対見捨てたりなんてしませんから!!」

「ぅぅ、う……!」

「くそ、これじゃいいようにやられるばかりね」

 

 状況が悪化することもないが、好転することもない。

 

「咲夜さん、あいつのところに行ってください」

「美鈴?」

 

 美鈴は決して楽ではなさそうだ。それでもオーズを、柊を羽交い締めしながら、笑って。

 

「ぐっく! この人を守ること、それぐら、いは私一人でも出来ます! お願いします」

「……ええ、任せたわ」

「はい、任され……まし、た!」

 

 咲夜はその場から消える。

 

 それを狙ったかのように柊の抵抗、蔦の鋭い突きは激しさを増す。だがそれらが何回美鈴の身体を傷つけようと、美鈴は倒れなかった。

 

「ぐく……! 」

 

 美鈴は、必死に柊の身体を押さえ込む。ただ祈るように。

 

「ようやく……ようやく家族(みんな)で笑えるようになったのに、恩人をみすみす死なせはしません!!」

「よく言ったわ美鈴!」

「お、お嬢様ッ!?」

 

 容赦なく柊の顔面に蹴りを入れるお嬢様。もといレミリア。

 

「貴女は引き続きこの蔦の妨害をどうにかしなさい。アイツは私が助けるから」

「はいっ! で、ですが咲夜さん一人にあの化け物を押し付けてしまいましたよ!?」

「霊夢に任せてる。あっちは信じましょう」

 

 

     ♢

 

 

「ぅぅうぁぁあ……!」

 

 ──死ね、お前も、誰も彼も。

 

「全く。お前もまだまだだね。そんなに余裕がなかったか」

 

 ──殺す、兎に角殺す。もっと殺す。

 

「魔理沙と咲夜もそろそろ起きるだろうし、みんなで協力してあいつの退治するのが先じゃない? ほら、早く戻って来なさいよ」

 

 女が槍を携えて接近してくる。構わずオーズはトラクローを持って胴を狙って振りかざす。

 

「──! 無駄よッ!」

 

 上半身と下半身が裂けて蝙蝠に変化する。そのまま女は槍を振り回す。

 

「がぁぁっ!」

「私が避けれるって知ってるでしょ? お前。そんな事も分からない程熱くなってるのか?」

「ぅぁぁあ……」

「……そう、分かったわ」

 

 再び、地面を辿々しく走り出し、トラクローを突き刺す。

 

「──苦しかったのね、貴方も」

 

 レミリアの心臓にトラクローが突き刺さる。

 

「……ぁ」

 

 一瞬我に帰る。そして、現状を理解して()()を失った。

 

「ぅ、が、ああ、あああああ!!!!」

 

 まだ内で暴れる怨霊たちに揺さぶられレミリアをぶん殴った。

 

 だがレミリアは何も伝えず首に齧り付き、血を吸い込む。

 

「ガァぁぁ!!」

「……んっ……ん」

 

 少しして、鎮静化した柊は座り込む。

 

「……あ、ぇ……?」

 

 直後、記憶が溢れ返る。

 

「す、すみません……お、おれ……!」

 

 レミリアの心臓を貫いた感覚、その瞬間に柊は一瞬正気を取り戻し、事実に気づいた時には変身が解けてしまっていた。不安定な精神状態では変身を維持できないというデメリットが、功を制したのだ。

 

「ゴホッ……、き、気にしなくていい。反省は後でしなさい。それと……ゥ……謝るなら……め、美鈴と咲夜に謝りなさい。あの子が貴方を庇ったんだから」

 

 なんて情けないことか。まさかオーズになった途端理性が効かなくなるなんて。

 

「浸透しきってしまった血以外は全て吸い取ったのだけど……今は大丈夫?」

「この状態ならなんとか……多分オーズになると俺の中にいる怨霊達の欲望まで強くなるから押さえ込めなくて歯止めが効かないんだと思います……」

 

 ──怨霊を浄化することも俺じゃ出来ない。……どうしよう。この状態であいつと闘うのはもう無理だ。

 

「ま、また俺に血を分けてくれませんか? もっと俺に力があれば……」

「ダメよ、これ以上与えたら怨霊云々の前に貴方の肉体がもたない」

「そんな……」

「先に行くわね。それと、危ないかどうか。自分がどうするかは自分で判断しなさい。それで来なくたって貴方を軽蔑したりはしない。たとえ何が起こっても私は貴方を助ける。クソ婆からも守れるだけ守ってみせるわ」

 

 無常にもレミリアは、それだけ言い残してパタパタと羽を広げて行ってしまった。

 

「レミリア……さん」

 

 過剰出血、怨霊の精神汚染、欲望の肥大化。

 そして、身体の操作不能感。全てが不安を駆り立てる。

 

「どう……しよう」

 

 柊はこの最終局面にして、気の迷いを起こしていた。

 

 

     ♢

 

 

「あんた、絶対に許さないからね。悪いけど祓わせてもらう」

「……左に同じく」

「左に同じだぜ」

 

『人間三人か、ふん』

 

 西行妖の妖力が冥界そのものを包み込んだ。

 

「ははっとんでもねえな!!」

「……! 柊が力奪ってもまだこんなに……」

 

 

『これでも妖怪の賢者に随分減らされた、そしてあの小僧も、絶対に殺してやる』

「だからさせないって……言ってんでしょうが!!」

 

 封魔針が西行妖の身体を撃ち抜く。

 

「っお、霊夢無茶苦茶だな、あれ人間だろ!?」

「そんなの気にしてたら即殺されるわよ!! 手加減の余地はないっての!!」

 

『──ああ、よく分かっているな』

 

 空間一体を、西行妖の弾幕が覆う。

 

「んだよこれ! 一気にこんだけ撃ちやがって!!」

 

 魔理沙のレーザー弾幕で相殺する。

 

「これだけの規模の弾幕を撃っておいてなんともなさそうね。私のナイフなんて微塵も効かなそう」

「あいつに攻撃を当てたいならあの御神木の方を狙いなさい。あっちが本体だから」

 

『──!!』

 

「紫!」

「今は質問は後、とにかく魔理沙の火力であの木を削り続けなさい、本当にやばそうだったら私が助ける」

「お、おう!!」

「それでも危なかったら私の能力も使うわ」

 

 この場において紫と咲夜の能力は頼もしい。確実に有効である。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 魔理沙は守りを捨てひたすら冥界の奥に見える巨大な樹に弾幕を放ち続ける。

 

『邪魔だ』

 

 腕を組み、地に根差す樹体から弾幕を展開し魔理沙の元へと放つ。

 

「させない」

 

 紫のスキマが弾幕を彼方へと飛ばす。

 

「さっきまでならフェイントを入れてきたでしょうに、焦ってるのかしら」

 

『戯言を……』

 

 西行妖は地を蹴り接近する。

 

「させない!!」

 

 霊夢もそれに応じ戦闘を開始する。

 

「ぐっ!!」

 

 一撃一撃が致命傷となりうる西行妖。対して攻撃事態の影響が薄い霊夢は明らかに部が悪い。

 

「あっ!」

 

 腕を弾かれ一瞬の隙が出来る。

 

『貰った……チッ』

 

 スキマによる援護を含めても必殺の一撃だった筈だが。攻撃がズレてしまう。

 

「助かった! 咲夜!」

「私のスキマも通じないから、貴方の力は本当に助かるわ」

「気にしないで。先は遠いけどこのまま続けていけばなんとかなりそうよ」

 

『下らん憶測で物を測ってからに……』

 

 だが現状では確実に西行妖に不利な場面となっている。このまま現状を維持し続けられるならば祓えるその瞬間は来るだろう。

 

 

『……一筋縄ではいかん。という訳か。いいだろう』

 

「……?」

 

 幽々子の身体が、突然。機能を失った様に地べたへと墜落した。

 

「!?」

『──フ』

 

 その声は。自分を包む空気から、気体から、妖力から、響いた。

 

『……いいかげん、余所の身体で生きるのは窮屈であった。なので──』

 

 次に聞こえた声は、後ろの西行妖の亡骸から。

 

『余も、全力を出せる身体を作ろう』

 

 ただの木が

 姿形を変え、人型に具現化し、──顕現する。

 

 

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