東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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18話 フラストレーションと自己嫌悪と枕

「行ってきます」

「はーい! 行ってらっしゃい!」

「……」

 

 柊は映姫が見えなくなるまで手を振り続ける。

 ここからはずーっと自由時間だ。

 

(やることが無い。比喩でなくマジで何もない)

 

 映姫は相当しっかり者で(閻魔だから当然といえば当然かもしれないが)部屋には埃一つないし、服は綺麗に畳んで整理してある、家には他に何もないからやることもない。

 

 これはあれだな。

 

「暇だな──!!」

 

 やることなんてこれっぽちもないわ。

 一応念を込めて雑巾掛けくらいはしたけどやり過ぎも逆効果だしなぁ。

 

「散歩でも……するか」

 

 

 

 

 柄にもないが、偶にはこういうのも悪くないと感じる。というか幻想郷にはこういう風情を楽しんだりする昔ながらの文化の傾向があるのだから、楽しまないと損だろう。

 

「……は!?」

 

 少し歩いた先に、小町が寝ているのが見える。柊は興味本位で近づいた。

 

「ん〜……ん? お、柊!」

「おはよう、小町さん」

「小町でいいって〜!」

「あ、ああ」

 

 会うなり肩を寄せられる。随分と社交的な死神だ。しかしあれだ、でかい脂肪が当たっている。

 

「は、恥ずかしいから離してくださいよ!」

「ハッハッハまだまだだな若人!」

「小町さn……小町も若いだろ」

 

 呼び捨てなのに敬語というのも変な話だから辞めてみたがやっぱり暫く違和感が取れない。

 

「嬉しいこと言ってくれるね、けど私はあんたの何倍も歳上だよ?」

「まぁそりゃそうでしょうね。死神だっていうなら」

 

 死神も閻魔も、人間より相当ご長寿なのは想像に難くない。

 

「それなのにほぼ毎日説教食らってそんななりの小町はもしかするととんでもない逸材なのか?」

「アハハハハ!! 確かに! でももう慣れたよ。昨日早速味わったかい?」

「うん、すっごい面食らった」

 

 またも大声で笑う小町。どうやら自分の顔で場面を察せたらしい。

 

「説教食らった仲間同士今日はここで一緒に寝ないかい? 気持ちいいよ」

「いや仕事には行けよ」

 

 ごもっとも。と笑いつつ再び寝に入る小町。こいつ筋金入りだな。

 

「よっ、と」

「お、文句言いながら付き合ってくれるのかい?」

「俺も暇だし、ただ幽霊がいたらちゃんと働いてくれよ?」

「わーってるよ、というかノルマはとっくに越えてるの」

 

 地獄の死神の仕事にノルマねぇ。どの世界でも行き着く場所はそう変わらないって事かな。

 

「……なぁ、何に悩んでるんだ?」

 

 のほほんとしている人かと思っていたら。

 ふいに核心を突かれた。

 

「なにがー?」

「隠しても無駄だよ、怨霊に流されたとて、あんな場所にぽっと湧くのにはそれなりに理由があるからね。四季様も気付いてる。けど折角だからさ私が解決してやろうと思って」

「あ〜、凄い鋭いな。けど悪い。あんま突き詰めてなかったから。ただの愚痴みたいになっちゃうけど?」

 

 偶には愚痴を吐くのも悪くない。そう思えるのはこの人の性格ゆえだろうか。

 

「悩みっていうか、もうわからないんだ自分の正しい生き方が」

「正しい生き方って、また随分と難しい話だなぁ」

「気楽に考えてくれて良いよ、どうせどれだけ重くても最後に納得しなきゃいけないのは俺だし」

 

 ああ、また──あの時の事を思い返してしまう。

 

「俺の招いた種で俺の大切な友達二人を傷付けちゃったんだ。俺自身の手で」

 

 ギリギリの所で踏みとどまれた人達とは違う。

 俺は実際に手を掛けてる。もし彼女らが人間だったらと思うと今でもゾッとする。

 もし仮に助けに来ていたのが霊夢だったら。

 

 俺は霊夢を殺していたと思うと、胸が熱くなる。

 

 

「正直言って、あんな事になるならもう闘いたくない。というか帰りたくない」

「だからここに来た時はどうでもよくなったとか言ってたのか、ん〜」

 

 難しい話だな、と呟く小町。

 

「自分ではどうすれば良いと思ってる?」

「さっき言った通りだ。もう闘わないし、皆んなと会わない。そうすれば少なくとも俺が原因で怪我したりする事はなくなる」

「おいおいそりゃ逃げだろ。まぁ否定はせんけどさ、寂しいと思うよ」

「……逃げ、か」

 

 否定は出来ない。けどまたああならないとは限らない。それだったら…皆んなが傷付くくらいなら俺は。

 

「なるほどね、その境目で迷ってるわけか……んじゃ」

 

 ピョン。っと跳ね起きて、鎌を担ぐ小町。

 

「? もう行くのか?」

「仕事が来た。付いて来なよ」

 

 

 

 

「な、なぁ人間を担いでても良いものなのか?」

「大丈夫大丈夫。間違えて彼岸に行っても今の当番は四季様だから裁かれることはないよ」

 

 勘が鋭い。柊は今の様に些細な事にも気がきく人間だ。

 それはもう充分に伝わった。

 

(けど、なーんか違和感あるんだよなぁ)

 

 原因はそこじゃない気がする。積もり積もって病んじまった、そんな感じがした。

 

(ん〜出来るだけ傷付けずに解決してやる方法はないかねぇ)

 

 つい後ろ髪を乱暴に掻いてしまう。いかんいかん。

 

「最初に結果だけ言っちまうけどさぁ。今のあんたがすべき事はそうやってずーっと悩み続ける事だと思うよ、やっぱ」

「……え?」

「お前さんここに来た時から様子がおかしかっただろ。んで色々と観察してたんだ」

 

 小町は、鎌を背に直す。

 

「自分の手で仲間を傷付けちまう、そりゃ悲しいし気まずいだろうさ。帰ってなんて言ったら良いかも分からんだろうよ。でも諦めたら終わりだ。お前が何もしなくなっちまったら相手もどうすりゃいいか分からなくなっちまう。だから考え続けなよ。まだ死んでなけりゃやり直せるんだからさ」

 

 ふと振り返って様子を見る。柊は依然落ち込んだままだ。

 

 ──ま、当然だな。

 

「私には仲間を傷付けた経験なんてないし、それが怖くて闘いたくないなんて気分を味わったこともまだ無い」

 

 だから長い長い日々の経験から話すしかないのは申し訳ないなぁと思わなくもない。

 

「けどやっぱ、傷付けちまってそのまま、ていうのは一番人生で尾を引いてくものなんじゃない? 仮に私が同じ選択を迫られたとしたら、私は生きてく上で気持ち悪くならない方を選ぶ、かなぁ」

「……」

「ま、そこら辺をどうするか、悩んで悩んで一番納得のいく答えを見つける。その上でまた傷つくこととか後悔することもたくさんあって、また良い方法を探す。満たされるものを探し続ける。それを繰り返すのが人間の性なんじゃないか?」

 

 そんな事言ったって心中納得なんて言ってないだろうけど、柊は落ち着いた素振りで振る舞っている。

 

「私だって嫌な時はある。人様に望まれるような仕事じゃないし。けどそうなったらどうやって解決するか悩むしサボる時だって沢山ある。要は抱え込んじゃうとドツボにハマっちゃうってことさ」

 

 考えすぎるのも良くないからね。と付け加えた。

 

「こんな軽い奴の言葉で悪いけどね」

「……ははっ」

 

 ようやく笑う柊の笑みに釣られて、小町も笑った。

 

「そうやってぎごちなくても笑顔振りまいてた方が周りは幸せだよ」

「ありがとう小町、ちょっと楽になった」

「ん。苦しくなったら私に相談しなよ。それくらいなら私でもしてやれる」

 

 最後に頭をクシャッと撫でられたのは恥ずかしかったけれど。小町は優しい死神だと思った。

 

「まぁ優しい死神ってのもどーかと思うけどな」

 

 少なくとも昨日よりは幾分楽になった。昨日途中で考えるのを辞めて寝たのも、悪くはなかったのかもしれないな。

 

「……」

 

 今頃、映姫さんはどうしてるだろうか。

 

 

 

 

「──くしゅん!」

「? 風邪?」

「いえ、小町辺りが私の愚痴でも呟いているのでしょう」

 

 変わらないわね、と呟くもう一人のヤマザナドゥ。

 

「そろそろ交代の時間よ」

「はい、それでは失礼します」

 

「? 最近元気いいわよね? なんか良いことでも?」

 

「ええ、最近物分かりの良い子がうちに来まして、とても話しを真面目に聞くのでつい。どこかのおサボりと違って何も言わずとも働きますし」

 

 事情を察するヤマザナドゥ。

 

(あ〜、大変そうな子だなぁ。かわいそうに)

 

「ほどほどに、よ。四季さん」

 

「? ええ、了解しました?」

 

「それでは、お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様〜」

 

 

 彼とここで生活を共にして数日経ちましたが。

 何もしなくても良いと言っても部屋の掃除だったり、迷える霊の案内を善意で行なっている。本来は小町の仕事だけど。

 

 彼はそういう行動を本心でやりたいと言っていたくらいには優しい子だ。

 けれど、そんな良い子だからこそ、私は少し疑問だ。

 

「ここに居ましたか、柊」

 

 奇遇だ。木々を眺めている彼に会えた。

 

「ん? ああ、仕事終わりですか、映姫さんお帰りなさい」

「ええ、ただいま。家に帰りましょう」

 

「はい」

 

 無言で帰り道を進んでいると、映姫が発言する。

 

「やはり、不安ですか?」

「え?」

「昨日は私が寝た後外に出て悩んでいたでしょう」

「あ〜……気づいてたんですね」

 

 柊は頰をかきながら、困った顔をする。

 

「まぁ、うん不安です」

 

 それはそうでしょう。当然です、未だ帰れる可能性が見つからなければ、不安になるのは必然。

 

「貴方が不安なのも分かりますが、もう少し待っていてください」

「はい、待ってます。小町にも励まされたし」

 

 笑顔で言う彼には、悩みが解消されたようには見えなかった。

 

 

 夜、柊が再び戸を開けたのが分かった。

 

「……」

 

 遠くからでもわかる。柊が葛藤し苦難しているのが。

 説法では助けになれないのだろうか。彼は、自分には話しづらい何かを抱えているのだろうか。

 きっとそれが疑問を解き明かす答えと繋がっている。

 

 彼が何故八雲 紫に襲われたのか。できるならば、あやふやなまま終わらせたくなかった。

 

「折角小町が励ましてくれたのに」

 

 夜が嫌いになってきた。夜になると必ずあの時のことを思い出してしまう。

 

 『満たされるものを探し続ける。それを繰り返すのが人間の性なんじゃないか?』

 

「……はぁ、どうすればよかったんだろ」

 

 また気持ちが沈む。気づけば手で頭を抑えていた。

 すっごいムシャクシャする。

 

 きっと不安が整理しきれてないんだ。

 そもそも、異変が起こる前に変身できなかったこととか、まだ解決してないこともある。

 それに加えてもっと抱え込んでしまった。

 

「隣、いいですか?」

「……映、姫さん」

 

 体育座りで、柊の横に座り込んだ。

 

「貴方の様子が気になっていたのです」

「ああ、いや、帰れないのが不安で」

「もう、相手の眼を観て話す事すら出来ないのですね」

「え?……っ!??」

 

 ふと眼を上にやると、鼻が当たりそうな距離で映姫さんが睨みを利かせていた。

 さっきのムシャクシャが吹き飛ぶくらいの心臓の高鳴りを手で抑える。

 

「ちょっっ……何してるんです!?」

「悩みを抱える目をしているのを確認しただけです。全く、ずーっと黙っているんだから」

 

 もうとっくにバレていたみたいだ。小町が言った通りだった。流石は閻魔様だ。

 

「今の時点でどう考えていますか、今までのこと。これからどう生きていくのか」

「正直、合わせる顔がない。今回の異変は誰がなんと言おうと俺が生きてた所為で起こった異変だから」

 

 映姫は頷く。

 

「それだけじゃない。俺はそんな立場の癖に大切な物を、大切な人達を傷つけた。自分が絶対に傷ついてほしくなかった人達に自分で傷をつけた」

「はい、それも見ました」

 

 柊は虚な眼をして話している。いや、正確にはずっと前から。

 

「紫さんは俺の存在そのものが幻想郷を危険に晒すと言っていた。あくまで聞き伝えられただけだけど、嘘じゃないと、思う。」

 

 だって納得がいく。わざわざ異変を起こしたことも、なぜあの場で闘わなければならなかったのかも。

 

「だったら、もう俺がこの世にいる価値は、ないと思う。とっくに死んでた筈の命だ。生き返ってすら人に迷惑をかけるしか出来ないなら、いない方がいいと、思う」

 

 きっと、それが正しい選択だ。自分はそうやって、正しいと思う路を歩かなければならない。そうでなければ、あの少女が報われない。

 

「俺は、死ななきゃいけない。出来るだけ罪を償ってから、あの女の子の為にも。俺は、生きてちゃ、駄目だ──」

 

 どれだけ嫌でも、心が締め付けられても、そうやって生きていかなければならないのだと──。

 

「思ってもいない事を言うのはやめなさい」

「……え?」

 

 映姫は、明確に怒りを持って言い放った。

 

「今の貴方は見ていてとても見苦しい。他人を不快にすらさせる行為よそれは。自分すら騙せない嘘などついて、何になるというの」

「……嘘じゃないですよ」

 

 それが、最適な行動だと。本気で思って──。

 

「ならば、涙なんて流すな。このたわけ」

「……」

 

 目尻に手を当て確かめる。確かに、自分は泣いていた。でも。これらは自分の本心で。

 

「何が、死ななきゃいけない、ですか。何が生きてちゃ駄目ですか。そんな人間存在するものか。死で罪を清算できる人間なんてこの世のどこにもいない。人間は、より良きものにするために、今を生きるのです」

 

 じゃあ、何か。

 

「のうのうと生きて、俺の所為で死んだ女の子の事も、傷つけた人たちも、全部忘れて笑ってれば、それで満足かよ」

「そうではない、貴方には、罪があるからこそ、生きて善行を積まなければならない。罪があるからこそ、それと向き合っていかなければいけないの」

 

 映姫は何もブレずに、ただ真っ直ぐ柊の眼を見つめる。今の柊には、それが少し、煩わしかった。

 

「確かに、罪はある。でももう、返せない。生きてるだけで罪が増えていくんだから、もう無理だ。俺はきっと良い事をしようとすればするほど周りが不幸になるんだ」

「馬鹿め。貴方が罪から逃げて使命(人生)を放棄しても、他の誰かが背負って生きていくことになるだけだというのに。貴方はそれを良しとするの?」

 

 答えは、当然否だ。でも、もうそんな感情論で済ませられる話じゃない。

 

「こんな事になるんだったら、大人しくあの時に全部を終わらせておけば──」

 

 良かった、のに。

 

「──」

 

 パン。と決して大きくはないが、それでも脳内に響く振動を受けた。

 

「……あ」

 

 それがビンタだと気づく事にすら遅れた。

 

「それで何が良かったの。立ち直りもせず不貞腐れて、誰が笑顔になれたというの。楽になりたいが為に、他人を理由に自責するのはいますぐに辞めなさい」

「……」

「貴方は罪と向き合っていかなければならないの。人間の誰もがそうやって生きていくのよ。でも、相手の気持ちを勝手に決めつけて、自棄になるのだけは、違う。そんなことで罪は消えない。むしろ驕りとなっていく、罪は却って大きくなる」

 

 四季映姫は、少年に言う。

 

「罪を償うとは、犯した過ちを善行で正すということ。何が間違っていたかを正しく理解し、認め、同じことを繰り返さず、また他人にも繰り返させない。次に繋げていく事、罪を償うということは、これを繰り返して生きていく事なの」

「過ち……」

「貴方の胸の奥底で、今も憎悪に満ちた顔をしている少女は、貴方が殺したの? 違うでしょう。貴方は抱える必要のない物を、必要以上の重荷にして抱え込んでいる。それは、むしろあの少女を穢している。他でもない、よりにもよって貴方自身が」

 

 

 

 殺したのは俺じゃない。それは、確かにそうだ。でも、助けられなかったのは、自分が関わってしまったのは、事実だ。直接殺してはいなくとも、間接的に殺している。

 例え誰に諭されても、そう簡単に納得なんてできない。それはそうだと流すことなんて、到底出来ない。

 

 

「人はそれぞれ性能が異なっている。貴方は、確かにあの少女を救えるに足る能力を持ち合わせていなかった。貴方には人を救える力はなかった、非力だった。ただ、それだけなのです。そこに良いも悪いもない。精進するのは立派だけれど、罪悪感に駆られるのは、間違っている」

「でも、だからこそ、正しいと思う選択肢を取ろうとしてるんじゃないか!!」

 

 他の人に迷惑をかけない道を。善行より悪行が上回ってしまうのならどちらもこれ以上積み重ねないよう。例えそれが寂しい物だとしても。

 

「貴方の言う、正しい正しくないの尺度は間違っている。というよりも、量り方すら間違えている。だって、その尺度には貴方が含まれていないのだから」

「──」

 

 その発言が、あまりに無遠慮だったから、カッとなってしまった。

 

「そりゃあ……俺だって生きたいよ! もっと皆んなと笑ってたいし、前の異変の時みたいに色んな人と出会って、もっと、これからもっと色んな人とも喋りたい!!俺だってもっと生きていたい!!」

 

 どうでもいい事を喋って、何やってんだろって漠然と思ったり。異変を解決して、あの美しい物をまた見るために奔放したり。そんな幸せが、心に残って、思い出に残って、それだけでいい。それが出来たら、どれだけ幸せか分からない。だって今まで生きてきた中で、間違いなく、幻想郷にいた時間が楽しかった。人生と比べると、本当にちょっとの時間だったけど、楽しかった。幸せだったんだ。

 

 でも、あくまでそれは、一度目の生だから許されることだ。

 

「俺は、二回目の生を許された。なんでかなんて分かんない。けど、だからこそ、あの時助けられなかったあの子に許される為の生き方をしなきゃいけないんだ!」

「許すも許さないもない、貴方が助けられなかった少女が誰にどう思っていたかなんて、もう誰にも知ることは出来ないの」

「じゃあ、尚更」

「だから!」

 

 映姫さんが声を荒げた。柊はそれに驚いて、狼狽してしまった。

 

「だからこそより楽しんで生きていかなきゃいけないんじゃないの!? あの子が生きれなかった分まで! 力がなくても、命を捨てるような無茶しなくてもできる償い! そういうものを、少しで多く探すの!」

 

 確かに、2度目の生を受けれる人間なんてそういない。だからこそ、1度目で助けられなかった人達の事は忘れてはいけない。

 だからこそ、より笑って生きろと、この人は、そう言ったのだ。

 

 映姫さんはわざとらしくコホン、と咳をして。

 

「……文字通りの2度目の人生を歩める人間は貴方ぐらいなものよ、けど、それは断じて縛られていいものではないの。だって貴方の人生なんだもの」

 

 ── 俺の、人生。 

 

「勝手なんかじゃない。私が死んだのに貴方だけのうのうと楽しんで、なんて誰も思っていない。だってそう言う人はもういない。いたのかも分からない。第一、そう思っていたかも分からない。だから、せめて貴方自身は貴方を誇れるように、貴方が貴方でいて良かったと、心から思えるような、そんな人生を送らなければならないでしょう。それを認めることは今の貴方には辛いかもしれません、でも、それが、貴方にできることなんですから」

 

 ──俺が俺でいて良かったと、自分が好きになれるように。生きていけって言うのか。

 

「……あ」

 

 心が、熱い何かでいっぱいになっている。今度は、泣いていることに気づいた。いや違う、本当はずっと、泣いてたんだ。

 

「俺は……もっと、いたい」

 

 ──あの俺にとっての幻想郷(居心地の良い場所)で、もっと生きていたかったんだ。

 

 ただ、そうありたかった。辛い時は誰かが助けてくれて、誰かが辛い時は支えて。ただそれだけで。

 

「大丈夫、貴方なら必ずやり直せるわ。私が言うんだから、絶対よ」

 

 

 ♢

 

 

 二人して、しばらく無言の時間を過ごしていたら、映姫が先に口を開いた。

 

「貴方は、自分の価値があやふやなようですね。どうやら」

 

 なぜ柊が、幻想郷の賢者の排除対象となっていたか、疑問だった。

 勿論事情は把握しているけど、あまりにも横暴な手段ではないか、という話だ。

 

「けれど今分かりました。貴方自身が価値を見誤っていては、賢者も見誤るというもの」

 

「……え?」

「先程の説法で貴方自身の胸のわだかまりは解けましたか?」

「あ、はい……少なくとも、生きていこう、とは……思います」

 

 映姫は一度頷いて。

 

「それでも貴方は心の奥では未だ自責の念から抜け出せずにいる。まぁ、少女の死(あの出来事)が、貴方の精神の中枢まで影響を与えているようですから私の一度の説法で解決するとは思っていませんが……貴方を悩ませているそれは、いずれあなた自身が向き合って、越えなければなりませんね」

 

 幻想郷に帰れないと寂しいと思う癖に。自分の所為で周りを危険に晒したくないからと言って帰るのを拒んでもいる。少女の気持ちも考えず、自分の本音に目も暮れず自暴自棄になって。

 

「貴方はそもそも自分を過小評価、いえ放棄しすぎるきらいがある。もっと自分を大切にしても良いはずなのに。ここに来てからだってそうです。貴方は本質的に、自分に価値を感じていない」

 

 その証拠が小町にはなった一言だ。

 

『もうどうでもよくなった』

 

 彼は嘘をついた、彼は本当は幻想郷にいたいと思っている。けれど、やはり自分の意思をなんの抵抗もなく貫く、ということは出来ずにいる。どこか少し、後ろめたく思ってしまっているのだ。

 

 だが、それだけが今回の彼の胸を詰まらせる原因ではない。彼自身気づかぬ所で受けている傷がある。

 

(だが……それは私を持ってしても見えなかった。確実にその要素があった筈なのに)

 

 己の自己肯定感を打ち砕くに値する何かが。

 自分が見た記憶、幻想郷に来てからすぐの吸血鬼の異変、そして今回の異変。そのどちらもそれではない。 

 柊は外来人だ、つまり外の世界で彼自身の心が砕かれたままの何かがある。だが、自分はそれを知り得ない。見ることはできなかった。

 

 ならば、もう自分では手の施しようがない。なにがあったのかも分からないのに解決してあげることはできない。

 

「けれど貴方は私が家にいない間、家事をこなしてくれました、小町がサボっている間、幽霊の道案内をしてくれました。それは私が帰ってくるからじゃない、私に褒められる為ではない。貴方がやろうと思って進んでしたものでしょう? 私達を少しでも楽に、幸せにしようとしたから」

 

 

 私と彼ではまだ真に信頼を置ける関係ではない。私から何を言っても彼にはきっと届かない。けれど彼自身なら彼を救ってあげられる。

 今私にできることは彼の自信を少しでも回復してあげることだろう。過去の懊悩に向き合えるだけの精神を安らげることだ。

 

 

「確かに世の中には絶対に許されてはならない業を犯す者がいるのは事実ですが。貴方という人間はその類には位置していません。必ず貴方に頼る人間もいる。貴方はそういう人間がいることを認知しなければなりません、それが自分を大切にするということです。いいですか? 自分を大切にするという事は、周りを大切にすることと同意なのですよ?」

 

「……」

「自分を大切に出来ないものが仲間を大切にすることなんてどうやったって不可能。だって大切にする事の意味を見誤ってるんですから」

「でも……」

 

 柊は、ボソリと呟いた。

 

「身体には感覚が染み付いてる。あの時の感覚が……」

 

 

 俺の腕が人体を滑らかに抉り取っていく感覚。手は血で染まってた。あの時はレミリアさんも身体が震えてたんだ。

 思い出すだけで頭も胸も締め付けられる。

 

 

「こんな思い、二度としたくない、する可能性があるなら……俺は誰とも関われない。その人たちの前で、正しく振る舞える自信がないんだ」

 

 最悪だ、どんどんどんどん思いが拗れていく。もう取り返しがつかない。

 皆んなの顔を思い浮かべるだけで息するのもキツくなっていく。確かに、心の在り方はそれなりに見えてきた。けど現実の問題はまた別だ。俺は、確かにみんなを傷つけたんだ。小町は逃げるな、と言ったが。こんなの逃げた方が楽に決まってる。

 

「もう死んだほうがいいとは思わない、けど……自分でも帰った時にどんな顔をすればいいか、分からない。なんて話せばいいか、どういう心で会えばいいか」

 

 また、皆んなと笑いたい。話したい。いや会いたい。ただ、それだけでいいのに。

 

 壊したのは、自分だ。

 

「……きっと皆んなに嫌われ──」

 

 瞬間、目の前で影が動いた。

 

「……え?」

 

 柊はビックリして眼を見開く。いや大抵の人間ならビックリするだろう。

 気づいたら、映姫が柊の口を押さえていた。

 

「それだけは言ってはダメ」

「……あ」

「貴方の大切な者達の輪の中に、貴方が居なくてどうするんですか、この馬鹿者」

 

 

 選択肢に自分を含めない。周りを幸せにすることに自分の幸せを考慮しない。そんなの、可笑しい。

 

 

「いいですか? 本当に単純な質問をします。心のままに答えなさい」

 

 

 彼はまだ、本当に単純で、当たり前で、とっくに分かっているというのに、気づいていることにすら気づいていないのだ。

 

 

「貴方にとって一番幸せな時は、いつですか?」

「──」

 

 きょとん、とした眼をしてすぐに、彼は言った。

 

()が、笑ってる時」

「……皆が皆、一番かどうかは分かりません。けど」

 

 花のように、可憐な月のように笑って。

 

「誰だって、そうなのです」

「そう、か」

 

 涙目になる柊を見て溜息、そして。

 

「貴方は、もう少し自分に救われても良い人間ですね……」

 

 そのまま、背伸びをした映姫に頭を撫でられる。

 しかし、その時には恥ずかしいとか、そういう感情ではなく。

 

 ただ、驚いて固まったままの、涙が零れ落ちた。

 

 

 もう泣かないと思っていたのに。さっきまで散々泣いて、もう晴れたと思ったのに、まだ泣いていた。

 

 

「あれ? ……なんで…」

「西行寺の一件から、ずっと心に鞭を打ち続けていた分のツケでしょう。大丈夫、好きなだけ泣くと良いです。恥ずかしい事ではありません」

 

 映姫は背中を優しく摩りながら、家に上げていった。

 

 

「……甘々じゃないすか、四季様」

 

 心配になって様子を見に来たのであろう小町は遠くから、呟いた。

 

 

 

 

「もう大丈夫です、映姫さん……落ち着き、ました……から」

「そうですか、それなら良かった…」

 

 柊の涙で掠れた視界に入る映姫はさながら、天使のようだった。

 

「まぁ、ああは言いましたが……本当に貴方の意思で幻想郷を抜けるというならば、うちに来るのも一つの手、でしょう」

「……あはは、死んだらお願いしようかな」

「そうですか、仕事仲間が増えるので小町も喜びますね」

 

 グズっと鼻水を啜る。

 

「もう貴方の自由時間でいいですよ」

「はい……」

 

 スンスン、と嗚咽しながら頷く。

 

「……落ち着くまで、寝なさい。…しかし布団はまだ乾いてないので……特別に私の膝で寝るのも…許します。どうしても布団が良いならば余所に行って用意しますが…」

 

 いつもなら、断っていたかもしれないけれど、今の弱気な彼はすんなり受け入れた。

 

「すいません少しこのままで……」

「はい、お休みなさい。……大丈夫、きっと貴方なりの答えは見つかるはずですから」

 

 

 ♢

 

 

「……ん?」

 

 頭に柔らかい感触。上を向き直して。

 

「…おはようございます。まぁ朝ではないですけど」

 

 ──……そうだった。昨日は映姫さんに甘えてしまったのだった。どうしよう。恥ずかしい。

 

「おはようご、ざいま、す…」

 

 ──やばい、ついぎこちなくなる。

 

「どうします? ご飯を食べますか?」

 

 まだ恥ずかしい様子を隠しきれない。

 

「ま、まだいいです……」

「? そうですか、では私はご飯を作るので出来ればそろそろ膝から……」

「あっハイ!!」

 

 そそくさと名残惜しさを我慢して離れる。

 

「う〜ん……映姫さん、俺は先にお暇します。お休みなさい」

 

「まだ早いですが……布団を出しましょうか?」

 

「いえいえ、大丈夫です」

 

「そうですか、必要になったら言ってくれればいつでも用意しますからね、お休みなさい」

 

 客人用の空いている部屋を借りていたのだが、実はあまり活用できていない。

 

(眠らなかったりご飯食べなくても……支障が出ないんだよな……)

 

 勿論、食べれば味を感じるし、寝ようと思えば寝れる。

 けれど寝ても食べなくても、全く身体に影響がない。

 

「やっぱり霊だからだろうなぁ……」

 

 コンコン、とドアを叩く音。どうぞ〜と言って通した。

 

「はい、柊これを。寝る前に渡しておきます」

「……それは? お札?」

 

「ええ、貴方を守る札です何かがあってからでは遅いですから」

 

 わざわざこんな物まで作ってくれるなんて……やっぱり四季映姫という人間は、いや閻魔はとても優しい閻魔だと痛感しながら手を伸ばすが。

 

「あっ」

「え?──」

 

 むにっ。

 足を滑らせ、小指に痛みを痛感しながら、胸の柔さも同時に痛感した。

 

 

「……柊?」

「いや、そのっ」

 

 一睡してしまう前から具体的に言うと映姫さんに怒鳴ってから自分は何か可笑しかったとは思う。多分映姫さんにしか本心を見せたことがないからか。

 映姫さんには警戒を解いてしまっていたのが問題だったのか。

 ダイレクトに胸を触れてしまう。

 

「黒です! この変態ッ!!」

 

 

 そして札は、閻魔のビンタからは守ってくれなかった。

 

 




彼にもたまには平和な日があってもいい筈。
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