東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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19話 会話と帰りと悩み中

「これはまた大きな怪我をして……」

「治せる?」

「努力はしてみる」

「分かったわ。お願いね」

 

 

 永遠亭にて。

 

「柊はとりあえず医者に任せる。というかそれしかないし、それより問題はアンタよね」

「……」

「スキマで逃げようなんて考えるんじゃないわよ。そんなことしたら今度こそ退治してやるわ」

「分かってるわよ」

 

 ムスッとした顔で霊夢を睨む紫。

 

「それより咲夜はどうなの? レミリア」

「別に気を失ってるだけ。すぐに起きるそうよ」

「そ。魔理沙と一緒ね」

 

「……人間って弱いわねぇ」

 

 ケラケラと笑うレミリア。

 その笑いには侮蔑も嘲笑もなく、霊夢の眼にはただただレミリアの自虐の笑みとしか映らなかった。

 

「気にしなくていいからねレミリア。あいつはきっと帰ってくる。約束したんでしょ」

「……うん」

「咲夜も倒れて焦る気持ちは分かるけど。今はグッと堪えなさい」

「そうね」

 

 ようやく苦しそうな笑みを払ったレミリアを見て、安堵する霊夢。

 

「それじゃあ私はもう行くわね、美鈴たちにも伝えないと。きっと心配してるから、ありがと霊夢」

「ん、それじゃあね」

 

 パタン、とドアを閉めて出て行くレミリア。

 きっと彼女も寂しいのだろう。

 その1分後くらいに、お医者さんがいらした。

 

「とりあえず、生命を繋ぎ止めることには成功したわ」

「 そうですか! やっぱり後遺症とかは?」

「ええ、大変だったけど何とかなったわ。後に残る障害はない。まぁ、傷跡だけは残っちゃうけど」

 

 医者帽を掛けて、椅子に腰掛ける。

 

「けどいつ目を覚ますかは分からないから気長に待ってあげて」

「はい、ありがとうございました」

 

 

「私は一旦休むから、何かあったらウドンゲ……あー、兎耳が付いてる紫髪の子に聞いて」

「何から何までありがとうございます」

 

 窓越しに、月を見上げる。

 何も変わらない月。というよりも普段マジマジとは見ない月。

 そんな物をまじまじと見つめてしまうくらいには焦っている。

 

 ──なーに私までちょっと心配してるんだか。

 

 彼ならきっとまた起き上がる。

 

「紫。私も一旦神社に戻るわ、そいつの事頼むわね」

「あ……」

 

 有無を言わせず窓から飛び出て行く霊夢。

 

「……」

 

 徐々に手を柊に近づける紫。しかしその右手は、止められた。

 

 

 

「……幽々子、どういうつもり?」

「どういうって?」

「なんで、私の手を握るの」

「だって貴女何をやらかすか分からないじゃない」

「もう手は出さないわ。誓う……それに」

 

 西行妖がただの木に戻った今、彼を殺しても意味はない。むしろ状況は悪化するだけだ。

 

「……ごめん幽々子」

「ようやく、いつもの紫に戻ってくれたみたいね」

 

 幽々子が沢山の医療器具に繋がれたまま寝ている柊の頭を撫でる。

 

「私は西行妖に身体を奪われている時も意識があった。だから分かるの。この子は優しい子よ。決して幻想郷を危ない目には合わせないわ。こんな子が異変なんて起こしそうもないしね」

 

 クスッと笑う幽々子。あんな異変が起こったすぐにここまで冷静さを戻しているのは友としても尊敬する。

 

「私は人を裏切った貴女より、命をかけて助けてくれたこの子を信用する」

「……っ」

 

 核心を突かれた。

 でも当然だ。裏切った奴よりも、助けてくれた人を信じるのは。

 

「ごめんなさい幽々子。許されない事をしたのは分かってる。けど、私は幻想郷を滅ぼしたくなかった」

「……もう怒ってないからいいわよ。あ、でも今度ご飯奢ってよね。そもそも、この子の何がダメなのよ」

 

 

 博麗大結界に携わった霊夢でも気づかなかった事実。けれど紫は突き止めていた。

 

「本来の神隠しや幻想入りを、柊はしていない」

「……?」

「彼は異世界から来たのではなく、異次元から来たの」

「異次元から……?」

 

 そう、紫は同意した。

 

「彼は自分の最期を迎える前にとんでもない欲望の力を生み出した。その力のお陰でこの幻想郷に偶然すり抜けてしまった」

「博麗大結界は? 受け入れられない性質のものを受け流す為の結界でしょ?」

 

 

「博麗大結界は異世界からの認識を阻害させる為のもの。異次元の為の結界なんて作る事は出来ない」

 

 ── 思えば、本当にとんでもない偶然が重なったものだわ。

 

「別次元から、この幻想郷に自分の力だけで紛れ込んだのよ、彼は」

「それってとんでもない力を使うんじゃないの?」

「その通り。結界を緩めたにしたって通り抜けるには相当な力がいる。けれど彼はそのノルマを達成した。とんでもない欲望を抱えてね。そしてその力はそのまま彼の欲望を叶えて、ベルトとメダルを構築した」

 

 成る程。と頷く幽々子。

 

「別次元って……今流行りの恋愛少女漫画の女の子が現実に出てきた。みたいな感じ? 違うけど同じ世界、的な?」

「ええ、そうだけど……貴女そんなの観てるの」

「妖夢が観てたから私も借りたんだけどこれが割と面白いのよね」

 

 幽々子は相変わらず可愛い性格をしている。

 幽霊になっても乙女は変わらず、ね。

 

「あら? でもそれって逆を言えば……」

「ええ、もしかしたら私達も彼にとっては少女漫画のキャラだったりするのかもね」

「なーんか、恥ずかしいわねぇ、ウフフ」

 

 なんか変な話にドンドンズレていっちゃってる気がする。

 

「それで? 柊くんが次元を超えると何か問題があるの?」

「彼自体には問題はないのだけれど……」

「けど?」

「異世界、つまり幻想郷と地繋ぎの地球から来た人間に対策するための結界はある。でも異次元から来た人間の認識を阻害する結界は張ってないから」

 

 ハテナマークを浮かべる幽々子。

 

「幻想郷を覆う結界は主に二つ。現世との認識を阻害する結界。そして、忘れられたものと知られているものの調整を下す結界」

 

 でも。

 

「異次元の人間をこの次元の地球から守る為の結界はない」

「具体的にはどうなるの?」

「彼の認識に沿って言うなら、仮面ライダー達が実在する地球の人間達からはここを探知する事が出来てしまうようになった、という話よ。あと彼がいた地球からもね。まぁそっちから来ることはおおよそ不可能でしょうけど。私たちだって一切の干渉ができないからね」

 

 あぁ〜と手を叩く幽々子。

 

「それって問題あるの?」

 

 ズコッ。と思わず古典的な滑りをしてしまった。

 

「……幸い彼の世界の月には何も居なかったからそれは良かったのだけれど……この世界の月の民と、地球の悪い奴等が柊を見つけてしまう恐れがある」

 

 それは同時に幻想郷も見つけてしまうという事だ。

 

「そうなれば、幻想郷に地球からの侵略者が攻めてくるわ。ここは数多の、現代では忘れられてしまった神秘や未知の技術がいくつも残っているからね」

「……見つかる可能性ってあるの?」

「彼の世界の技術では無理だろうけれど私達の世界の地球の技術を舐めてはいけない。月の民にしたってそう。今まで隠蔽出来ていた事が出来なくなってしまう……それに」

 

 一番怖い事は、知らない事。誰だって分からないものに飛び込むのは怖いのだ。

 

「彼が来た事で何が起こるのか、それは私でも分かりきってない。未だに未知数なのが怖いのよ」

 

 初めての事象だった。こんな事予測出来る訳がない。

 

「だから事態が手遅れになる前に、西行妖ごと彼の全てを無かったことにしよう……と思ってた」

「例えこの子に罪はなくても、ね」

 

「ええ、それが幻想郷の為だった」

「幻想郷は全てを受け入れるんじゃないの?」

「来る者は、ね。彼は望んで来たわけじゃないわ」

 

 異次元からの使者はまた別だ。

 

「彼を元の次元に返してあげる事は出来ないの?」

「無理だった。彼は元の次元では乗り物に撥ねられて死にかけなの。けどあの子はここにすり抜けてきたと同時にこの次元の柊と調和する事でここに擦り込んで入ってきた……混ざってしまった以上、それを戻さないと元には帰れないけれど、そうなれば必然的に彼は死んでしまう」

 

 だから霊夢も元の世界には返してやれなかったのだ。だって同じ次元の人間ではないのだから。

 弾かれるのも当然だ。

 

「彼はこの次元と元の次元の狭間に生きている存在。どちらの世界とも混じってしまっている柊にはもう帰すという概念が成立しないの」

 

 完全に積みだ。

 

「あの子を保護する結界は?」

「別次元とこの次元から同時に守る結界なんてどうやっても作れないわ。矛盾が発生するだけ」

 

 ああ、また考え過ぎた。クラっと揺れる。

 

「全員で何とかしましょう。他の方法がないかどうか」

「そんな方法、あるわけ無い。私だって一生懸命探したわよ、誰よりも。それでも他に方法はなかったわ」

 

 泣く私の頭を撫でる幽々子。

 

「分からないわ、まだ。最後の最後まで諦めちゃダメよ」

「……そうね」

 

「幻想郷の賢者さんなんだから、私だって手伝ってみるから」

「幽々子……ごめんなさい、今日は、帰るわね」

 

「ええ、さようなら」

 

 

 

「……貴女もどうしていいか解らないんでしょう紫」

 

 

「……」

 

 その話を、ドア越しに聞いていた永琳は、静かに場を離れた。

 

 

 ♢

 

 

「とんだ助平なんだねぇ、見かけによらず」

「全くです! まさか、閻魔の胸を人間が触るなんて……」

 

 閻魔界隈ではとんでもない事をしでかしたらしいと聞いた柊。

 冷汗だらだらだった。

 

「いや全く意図してなかったんですけどね、ごめんなさい」

 

 胸を掴んでしまい、しばかれたのを小町に運悪く見られていた。

 いつから居たのかは知らんけど。

 

「私も貴方を子供だと侮っていました」

「立派な獣だったみたいですねぇ、怖い怖い」

 

 小町が胸を両手で抑える。

 

 ── くそぅ、悪ノリが過ぎるぞぅ! 

 

「それで? どうだった? 柊」

「ちょっと!? 小町うるさいです!」

 

 ──ごめん映姫さん。

 

「柔らかかったです」

「貴方も反省していませんね!?」 

「しております、ええ、存分に」

 

 

「……というか、なぜ小町はさらっとここにいるのです!?」

「え? あ〜なんか今日は霊の気配がしなかったんでブラブラと」

 

 小町は相変わらずのようだ。

 

「よく上司にそんな堂々とサボり宣言ができますね。私はこれから裁きに行くのよ?」

 

 ちなみに俺はそれまでの付き添いである。俺は家事以外は基本暇なのだ。

 

「貴女もついでに裁きましょうか?」

「仮にも可愛い部下ですよっ!?」

「可愛い子にも旅をさせよというあれです。地獄の底へだけどね」

 

 ニコニコと悔悟の棒と呼ばれる鈍器をブンブン振り回す。

 

「こわ〜い、四季様、……あ、もしかして」

「?」

「四季様ってば、羨ましいんですか? この胸が〜♪」

「「なっ!!?」」

 

 四季様と、なぜか柊まで、顔を真っ赤にする。

 

「思い出しちゃったか、悪いね」

 

「小町ぃ……! なぜそうなるのですか!」

「あわわわわ……」

 

 手に残る感触をフラッシュバックする柊と、本気で怒る映姫。

 

「冗談でーすよっ、四季様ぁ。冗談冗談」

「も、もういい加減になさい」

 

 最近楽しそうな顔が増えていたので、ついつい意地悪してしまった。と後に付け加えていう小町。

 

「柊も! そ、即刻忘れるように!!」

「あ、は、はい!」

 

 恥を感じている姿があまりにも愛いらしく、思わず柊も動じてしまう。

 

「ゴホン! それでは私は仕事に行きますので! 小町は仕事に戻るように! 帰ったら2人とも説教ですからね」

 

 どこかわざとらしい咳払いだったが、まぁいいだろう。

 

「は〜い、面倒ですけど仕方ないですかねえ」

「今日もお仕事頑張ってください、映姫さん」

 

「勿論です!」

 

 トコトコ階段を上っていく。

 

「よし、そんじゃまぁ、来なよ柊。どうせ暇なんだろ?」

「ん? ああいいよ」

 

 戻って、三途の川近くの小舟がある場所まで移動した。

 

「よっと」

 

 近くの岩場に座る。

 

「ん〜今日は人魂が少ないなぁ」

「いい事じゃんか」

「そうだねぇ、まぁ一応確認しに行こうか」

 

 

 ♢

 

 

「なーんもいませんね」

「本当にな。後から来るのかな」

「……ん」

 

 おかしな気配を感じる。しかも俺だけが感じてるようだ。

 

「なんだろ……」

「ん? どうかしたのかい?」

「なんか胸の辺りがモヤっとする……ッ!」

 

 小町の頭を無理やり下に押し込む。

 

「わっ!? 何なに!?」

「あれだ!」

 

 今俺たちの頭を掠った。今対処してなかったらきっと頭をあれと打ち付けていただろう。

 

「なんかいかにもな幽霊ですけど」

 

 ふわふわと白いマシュマロみたいな浮遊物それに雑に貼り付けたような骸骨マスク。

 

「……わぁ、初めて見た」

「あ、やっぱりあれ怨霊? 随分とデフォルメされてるけど」

 

 西行妖とやり合ってた時の怨霊はもっと人の苦悶の顔だったりが浮いてたんだけど、随分と可愛らしくなっている。

 

「ありゃ地獄の怨霊だね」

「地獄にいる怨霊の方が可愛いのかよ。異変の時はもっとおっかなかったぞ」

「ハハ、見た目はね」

 

 小町の方を見やる。だが目付きは普段のそれではない。

 

「だが絶対お前は近づくな。下手したら精神が壊れる。最悪ここで何もかもおじゃんだ。お前の中にも同じのがいるんだから、共鳴でもされたらだるい」

「……あ、ああ」

 

 これが職場モードの小町だろうか。こちらに敵意がないのはわかっていても怖い。

 

「さぁさ。なんでここに迷い込んだかは知らんがお前にはまた地獄に戻って貰う……よっ!」

 

 鎌を大振りする。

 

「──! なにぃぃっ!?」

 

 ヒュルンと避けて俺の方へ飛び込んできた。

 

「柊! 避けっ」

 

 思いっきり身体を横に傾けて、なんとか避ける。

 だが次は。

 

「えいっ!!」

 

 一瞬で俺の横に飛んだ小町が怨霊を横払いする。

 

「!? はやっ……」

「能力を使った、はぁ……あんま乱用しちゃいけないんだが。まぁいいや無事か?」

「ああ、うん……何ともないよありがとう」

「どういたしまして。それじゃ運びに行くかね」

 

 

「なぁ……小町?」

「ん〜?」

「なんか考え込んでない?」

 

 舟漕ぎしながら小難しい顔をする小町。

 

 

「あ〜、さっきの話しな、怨霊ってのはさ、普通近くの奴を狙いに行くんだけど。明らかに柊を狙ってただろ? それが不思議でさ。意図的な乗っ取りなんて基本ないんだがな」

「ああ、俺も変な感じしたんだよ、映姫さんが言うには俺の今の身体は怨霊達の力で構築してあるらしいしそれに惹かれたのかもな」

 

 そんなもんかねぇ。と溜息を吐く小町。

 どうやらさっきの様に息を詰めて闘ったりするのは好きじゃないらしい。

 

「当たり前だろ、ヒヤヒヤする人生なんて御免だね」

「お前らに追い回される側はもっと気が気じゃないだろうけどな」

 

 死神が何言ってる。思わず笑っちゃっただろ。

 

「ていうか小町は怨霊観たことなかったのか? 死んだ幽霊にも怨霊だっているだろ?」

「あ〜あれは地獄のって話し。まぁ怨霊そのものも珍しいっちゃ珍しいけど」

「そっか、調査でもする?」

「偶には四季様の肩を担ぐのも悪くはないかもねぇ」

「んじゃ、調査隊出動だ」 

「……そのサングラスどうやって出した?」

「肉体を作れるならサングラスも創れるかなって。そしたら作れた」

「……スゴイネー」

 

 

 ♢

 

 

「調査って言ってもさ何をすればいいんだ?」

「おん? まさか言い出しっぺが何も考えてなかったのかい!?」

「いやぁノリで言っただけだしなぁ」

 

(俺はあくまで地上には行けないし)

 

「映姫さんに聞くのが一番手っ取り早い気するなぁ」

「……」

「……小町?」

 

(柊にはいい気分転換になるかもな、単純だけど)

 

「おーい? 聴こえてる〜?」

「分かってないなぁ」

「え?」

 

 急に漕ぐ速度が上がる。どうしたんだ。

 

「何でもかんでも四季様に聞いて解決してたら面白くないだろ? それに私達で心労を和らげてやろうじゃないか」

「お? 何かいい案が?」

「とりあえずここにさっき来たばかりの霊がいるはずだからそいつと話そうかねぇ」

「やっぱりその場の勢いかよ!」

 

 

 

 

「お、いたいた」

「今度は普通の幽霊っぽいな……」

 

 いや自分で言ったが普通の幽霊ってなんだ。

 

「ほら、案内してやるから付いて来な」

 

「ハハ、やっぱ思ったよりフランクなんだよなぁ……」

 

 もっと死者の世界は殺伐としてるもんだと思ってたんだけどなあ。

 

「へぇ。そいつは残念だったねぇ。次の世では気をつけるんだよ」

「何言ってるか分かるのか?」

「うん。こいつは家の建築をしてる所を屋根から落っこちて死んじまったらしい」

「あちゃ〜、それはまた……」

「所で聞きたいことがあるんだが〜」

 

 とりあえずは情報収集からという事だろうが、幽霊から手掛かりになる事が聞けるのか? 

 

「なるほどなるほど、ありがとな。あとはゆっくり休め」

 

 ふわり、と舞い彼岸の奥へと向かう霊。

 

「ん〜……」

「なんか分かったのか?」

「どう思うか尋ねたんだけど、偶々じゃない? だそうだ」

「偶々……ねぇ」

「まぁ今の今まで現世にいた奴が事情なんて知ってるわけないわな」

「それもそっか」

「さぁ〜てどうすっかなぁ〜。直接行っちゃう?」

「行くって?」

「地獄」

 

 舌を出して、一つ目妖怪のように手を前に出す小町。だが柊は無視をする。

 

「映姫さんに怒られないの〜?」

「私がちゃんと見張ってるから大丈夫だよ、今度は怨霊から守ってやるって」

「ほんと、今は小町が頼りだからな」

「わーってるって。でもさっきみたいな怨霊と会うことなんて早々ないよ?」

 

 そりゃそうだ。

 

「……うーん、そうそう丁度あんな感じ……ん?」

「……」

 

 小町が無言で回を漕ぐ速度を上げて行く。

 

「なー、小町。あれって」

「うん、怨霊だね」

 

 ウヨウヨいる。不幸中の幸いと言うべきか、まだ気づかれてはいないのかのらりくらりと漂っているだけだ。

 

「──ヘックショイ! …… あ」

「あ」

 

 全霊がこちらを向く。当然だよなぁ。

 

「小町ィィイイ!!」

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 舟を降りて小町が逃げて行く。

 

「え!? おい、小町、俺は水の中に入ったらダメなんだろ!? 小町が舟降りたら俺は泳ぐしかないんだが!」

「はっ! そうだった!!」

 

 

 まただ。瞬間的に柊に近づき手を握って飛行する。

 

「ってうわぁ! 小町前! 前!」

「え? ……なっ!?」

 

 前方からも怨霊が近づいてくる。不味い、挟み撃ちだ。

 

「……ちっ!」

 

 鎌を振り回しながら回転する事で、怨霊達を退ける。

 

「いいぞ!」

「へっ! 死神なんだこれぐらい……!」

 

 三十回転程した後だろうか、徐々に勢いが消えて行く小町。

 

「? お、おいどうした? 小町」

「ほえぁ……ひぇゃ……」

 

 目が回転している。……おい。

 

「何自爆してんだコラー!!」

「おろろ……」

 

「ちっ……鎌、借りるぞ!」

 

 地面に転んで頭に星を回している小町は流石に頼れない。

 というか近くにいたら巻き添えを食らわすかもしれん。

 

「俺を追って来たんだろ! ……ッタァ!」

 

 鎌を一振り。しかし怨霊は鎌をすり抜ける。

 

「!? なっ、死神じゃなきゃ効果ないって事かぁ!?」

「に、逃げ……ろぅ……し、しぇう……」

 

 呂律も上手く回ってないじゃないか。このまま放置は出来ないな。

 って言ってもどうしよう。

 

「う、うしろ……! おろろろ……!」

「! しまっ」

 

 気づくのが遅れた。

 

「──!?」

 

 終わった。と思っていたが、怨霊は弾かれた。

 

「あ、あれ……?」

 

 周囲の怨霊達もビビってか距離を取り始めた。

 

「小町、はい! 背中乗って!」

「うぅ……いいから……四季様の所……」

「お前置いていけないだろ! 何かあってからじゃ……!」

 

「──全くです!!」

 

 聞き馴染みのある声が、背後から柊に語りかけてくる。

 

「えっ、映姫さん!!」

「下がっていなさい、柊」

「は、はい……」

 

 悔悟の棒を振りかざすと同時に、呟く。

 

「貴方達が生者に手を翳そうとは、やはり問答無用で地獄行きね」

 

 一斉に怨霊達が映姫さんに飛びかかる。

 

「黒です!」

 

 

 ♢

 

 

「うわーん!! 四季様〜!!」

「はぁ……全く」

「仕事終わりですか?」

「はい、帰ろうとした矢先、なぜか貴方達の声がしたのでここに」

 

 小町が泣きじゃくる手前、怒鳴れずにいるのだろうか。

 けれど物凄く心配して急いで来たのだというのはかいている汗の量で察しがつく。

 

「でも一応保険を持たせておいて本当に良かった……」

「え? ……あ!」

 

 さっき怨霊から俺を守ってくれたのは。

 

「御守りだったのか……!」

「それのおかげですぐに貴方を感知出来ました……まぁオイタをしていたようですが」

「ああいや、今回提案したのは俺で、小町は悪くなくてだから」

 

 出来れば小町は怒らないであげて欲しい。

 

「とりあえず落ち着くまで私の家に居なさい小町も」

「うぅ……しきさまぁぁあ!!」

「ちょっと鼻水……!」

 

 

 ♢

 

 

「──なるほど。事情は分かりました……」

 

 どうやら二人揃って器用には事を進められない性格らしい。

 

「私の事を慮ってくれた事は嬉しい。ですが心を鬼にして発言させてもらいます。行為と好意は分けて考えさせてもらいます」

 

 ドン! と大きな音を立てて机を叩く。

 

「貴方達は何をしようとしたのか分かっていますか?」

「「いいえ……」」

「ならば申し開きの余地はありません。一から説明しますよくお聞きなさい」

 

 いつもとは違い説教が少し感情的になってる気がしなくもない。

 

「今の貴方は肉体から魂が解脱した状態にあります。ですが怨霊のエネルギーを持って肉体を再構築した貴方は今確かに肉体を得ている。それは現実世界での貴方とも少なからずリンクしているのです。抜けた魂を縁にしてね」

 

 それはどういう事を意味するか。

 

「貴方がここで死ねばもう二度と元には戻れない。……それはまぁ肉体がなくてもそう。魂が消えてしまえば肉体は死んだも同然です……が」

 

 ──どうやら俺が肉体を得た事でよろしくない事情があったらしい。

 

「今の貴方自身が怨霊達に身体を乗っ取られればその瞬間に現実世界で意識を失っている貴方も共に生者にして地獄に堕ちることになるのですよ」

「……!」

 

 身体の中から何かが落下するような、寒気がする。

 

「地獄からの使者が貴方の肉体を奪いに行くでしょう。そしてそのまま地獄で苦しみを味わい続けることになる。永遠とね」

 

「そうなっては何もかもが終わり。貴方の努力も水泡に帰っするんです」

 

 もし俺が映姫さんから御守りを貰っていなかったら、事実そうなっていた。

 

「昨今怨霊達が炙れ出していた。小町! 貴女にも私は警告した筈よね!?」

「はっはい……御免なさい……!」

 

 無念の顔を浮かべる映姫。

 出来ればその類の心配事は柊に負わせたくなかったのだ。

 より心労を増してしまうだろうから。けれどそれが逆に仇となった。

 小町と共にいることで地獄の恐ろしさというものを軽んじていた。

 

「だから、私は送り迎えは家を出るまでで良いと言っていたんです」

「……ごめんなさい」

 

 柊は深く頭を下げて、小町は目尻に涙を溜めている。二人が猛省している事は映姫にも充分伝わった。

 

「……もう良いです。頭をお上げなさい。近づくな、と言うだけで、事細かに説明していなかった私にも非はあります」

 

(性格上、教えた方が状況が悪化すると思っていたが、逆効果だったわね)

 

「…… グスン御免なさい四季様ぁ……」

「小町、貴女が私と柊を気遣って行動した事は本当に嬉しいの。でもだからこそ、これからはよく考えて行動をする様に」

「ぅ……四季……様……」

 

 よしよし、と頭を撫でながら宥める映姫。

 

「今日はここで寝ていきなさい。もう説教はしないから……」

 

 

 ♢

 

 

「はぁ……」

 

 もう夜はここで木々を観るのが日課になってるな。

 元の生活に戻っても同じことをしそうだ。

 

「……小町にも映姫さんにも悪いことしたなぁ」

 

「そう思うなら、少しでも善行を重ねなさい」

「映姫さん」

 

 怒られたばっかな手前、少し顔を見るのも気まずい。

 

「今回は貴方達の善意と配慮が空回ってしまいましたね。小町も泣かせてしまいました」

 

 まだ全ての面の映姫を見た事はないと思うけれど、落ち込んでいる映姫を見るのは稀だと柊は思う。

 

「私が不甲斐ないばかりに部下を危険にさらして貴方に取り返しのつかないことをさせてしまう所でした、私はつくづくダメですね」

「怒られた俺が言うのも変な話かもしれないですけど……」

 

「……色んな人が色んな考え方してるのに、自分の思い通りにいくことなんてそうそうないと思います」

 

 今回だってそうだ。そしてきっとこれからもそう。

 

「意見の食い違いだったり、思いやりのすれ違いとか。きっと俺達は友達と仲良くする事だって簡単な事じゃない」

 

 ── ここに来て分かった事がある。それは俺が一人で生きてる訳じゃないって事。

 

「自分が正しいと決めつけたら友達と喧嘩したりもするだろうし、戦争だって思い込んだ正義が起こしてしまうのかもしれない……」

 

 柊は目を伏せる。

 

「もしかしたら自分が間違ってたのかなって思ってしまうかもしれない。けど」

 

 美鈴やレミリア達は言っていた。

 

『……絶対見捨てませんから!!』

『苦しかったのね……貴方も』

 

「相手が自分を思い遣ってくれたのを知ってるから、きっと仲直り出来るんだと思います。手を伸ばすって、多分そういうことなんですよね? 映姫さん」

「……」

 

 きっと映姫の思いやりも間違ってない、小町の配慮だって正しかった筈なんだ。ならまたすぐにいつも通りの関係に戻れる。

 互いが互いを慮った故のすれ違いなら、再び歩み寄ればいい。

 

 

「小町はきっと映姫さんに感謝してますよ。勿論俺もです」

「……ふふ、どうやら今回は貴方が教える立場のようですね」

「あ、いや生意気言ってすいません……! あくまで自論なんで別に……!」

「分かってます。そうやって謝らなくてもよろしい」

 

 ──そりゃ閻魔なのだから俺の言うことなんて当然分かってるよな。しまったぁ、カッコつけて言ったのが余計に恥ずかしい! 

 

「ありがとう。貴方……というより人間の感情には時折学ばされる事がある。もう、以前の苦しみに対して、漠然とでも答えを見つけられそうですね」

「……いろいろ考えてみました……正直なところ、まだ前向きにはいられません。俺がみんなといていいのか、生きるに値するのか、いない方が皆幸せなんじゃないかって。不安になる気持ちがなくもない……でも、小町や映姫さんから教えてもらいましたから。それは逃げだって。やってみてもいない内から決め付けるのも、良くないなって」

 

 映姫は黙って柊を見る。

 

「だから、俺から先に、二人に謝りに行こうと思います。それで許してもらえなければ、その時はその時で。……不貞腐れた訳じゃなくて、仕方ないって、思えるから。怖いけど、ちゃんと向き合おうと思います、自分のやったことと、周りの人たちが想ってくれたことを」

「フフ、それがいいと思います。安心なさい、きっと、貴方の不安に思うような事にはなりませんから」

 

 その言葉を聞いて、柊は告げる。

 

「まだ、心のもやが晴れたわけじゃないけど。みんなを傷つけた事、西行妖を殺した事。ちゃんと背負って生きていきます」

 

 

「……それじゃ、俺はもう大丈夫ですから、映姫さんは?」

「私ももう大丈夫です。戻りましょうか」

 

 

 それからというもの、特に事件に当たる事も起こらないまま一ヶ月経過した。

 

 

 

 




殺伐な現界と平和な地獄、的な
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