「柊、今良いですか?」
コンコン、とノックの音がする。それに柊が答えた。
「どうぞ」
「失礼します。いきなりですが、帰れるようになりました」
「え? それは、本当にいきなりですね」
ヒラヒラと、映姫が札を見せる。
「これを貴方の頭に張れば貴方に害は一切ないまま怨霊が貴方の霊魂から離れていき、貴方の魂だけを保護できます。あとは冥界の女主人の手を借りれば良いので貴方を現世に返すのは容易です」
仕事しながらも、しっかり問題を解決してくれた映姫には喜びを感じずにはいられなかった。
「早いですね!」
「ええ、ですがもう少し待っていただきたいのです」
「?」
映姫が少し言い淀む。
「怨霊が抜けるまでは良いのですが。その後貴方の魂がここに漂流するのは少々危険なので。冥界の主人を先に呼んでおいて、万全の状態で行いたいのです」
「なるほど」
「なので、それまではゆっくりしていて下さい。準備が出来たらまた呼びます」
「あ……」
という事はここでの生活ももう終わりを迎えるという事だ。
「あの、俺も今日はついて行って良いですか?」
「?」
以前地獄を小町と探検していた時説教をされた事は記憶に新しい。怨霊に触れてしまうリスクも分かっている。
だがここでの暮らしもおそらく最後なのだ。
「最後くらい、一緒にいたいです」
「ええ、分かりました良いでしょう。傍聴、護衛程度なら許されます」
柊と映姫が仕事場に着くなり、護衛用という事で映姫の隣に着くことを許可された。
「裁判を開始します!」
淀みや緊張、緩慢怠惰など一室に蔓延る全ての空気を薙ぎ払い、ドアから霊を呼び込む。この部屋に入るなり霊が身体を持ち始める。
これが裁判の形式らしい。
「ははぁ! 閻魔様!! 私目は必死に生きておりました!! 地獄など行くはずもないですよね!?」
映姫は浄玻璃の鏡を見て、霊の過去を見る。
「──クロです。それと私の言葉なしに勝手な発言は慎むように」
「なっ……納得いかねぇ! なんでだ!!」
「必死に生きている、と言っていましたね。それは嘘ではないでしょうね。貴方は確かに必死だった、そして今も」
「でしょう!? ならなんで 俺が地獄行きなんだ!?」
映姫は淡々と述べる。
「自分が生きる為に他人を蹴落としているからです。そして貴方に弁明は許されない」
心当たりがあるようで、顔を顰める霊。
「森で迷う人々を何度も騙しては殺して持ち物を奪うことで生きていたようですね。そして死因は崖からの落下死。悪しきよるべに唆されたわけでもない、貴方は最初から自らの意思で悪事を行い続けた、紛れも無い黒……私の判決が覆ることはない。諦めなさい」
歯軋りをして、椅子から立ち上がる霊。
「あ、あぁぁぁぁ!!!!」
「さようなら。地獄で罪を見つめ直し、少しでも償うように」
『ぁぁあ!』 と叫びながらその霊は二つあるうちのドアの赤黒く禍々しい色の方の扉に吸い込まれる様に流されて行った。
「次の方を通して下さい!」
ヒョロヒョロ……とゆっくり来る霊。具現化すると、ご老体であった。
「……」
次いで浄玻璃の鏡を見る。
「シロです。清き生き方をしましたね。これからは平穏の地でゆっくりなさい」
「……ああ、閻魔様……ありがたやありがたや……」
水色で綺麗な色をした扉に手を出して指示していく。
その繰り返しでかれこれ数時間が経った。
「今日はこれで最後ですね……ではどうぞ」
実体化したのは、小さな少女。
その少女を見て何かが、変わった。ただの、気まぐれな勘。というか、何かが変というか。違和感を感じた。
「……なん、だ?」
柊は言語化出来ない妙な感覚に襲われる。一度繋がったことがあるというか、妙な心持ちだった。
「どうかしましたか? 柊」
「あ、いえすいません……」
少女が一歩足を進めた瞬間、少女と柊の距離が近づいた瞬間に、体に電気が走る。
──間違いない。この子と俺はどこかで会っている。
「ゴホン……では貴女のこれまでの生き方を拝謁させてもらいます」
浄玻璃の鏡を見ると、映姫が少し固まった。
「貴女は……」
「閻魔様……少しいいですか?」
「ええ、通りなさい……と言いたいところですが、許可します。時間は長くは取れませんが」
「ありがとうございます」
そういって少女は、柊の元に来た。
「? ど、どうしたの……?」
「ありがとうございました」
「……ん?」
ペコリ、とお辞儀する少女。しかしこちらには何が何だかだ。
「私が説明しましょう」
話によると、少女の死因は親に殺害されたとのことだった。
そして自分に関係があるのはここからだが。
「この子はその時に殺された嘆きで怨霊へと昇華してしまったようなのです」
「怨霊……?」
「珍しいことではありません。幼子でも悪霊として目覚めてしまうのは」
世界は常に理想を歩いてはいない。理不尽な事も、少女が怨霊になる事もあるだろう。
「でも怨霊って一度怨霊になったらずっとそのままで、死ぬも生きるも関係ないって」
「そう──その筈だった」
映姫は一呼吸おいて。
「彼女は、西行妖に取り込まれた霊です」
「……な」
「西行妖の取り込んだ霊はあまりにも多かった。そして、半人半妖の少女の手で成仏された霊も。今まで少しずつ少しずつ裁判をしていってようやく終わりが見えていたのですが、彼女はその中でも最後尾だったようですね」
少女はこくりと頷いた。
「詳しいことは省きますが、西行妖の中にいた悪霊は彼女で最後だったのでしょうね」
「この子が最後だって……分かるんですか?」
「少女の記憶を辿って、最後の一人だということが分かりました」
「……」
「彼女の最後に見た景色が、西行妖という器を失った幽霊達が全て浄化している記憶だったので。他に残っていなければ、必然、彼女が最後です」
「──」
合点がいった。同時に後ろめたさも湧き出てきた。
「……俺の、所為」
「違います。貴方の責任ではない。手を下したのは貴方ではないし、貴方が仕組んだことでもない」
映姫の言葉に柊は返す。
「……あの異変がなければそもそもこの子が死ぬことは」
「そういうことではありません。第一、貴方も分かっていたから助けようとしたのではないですか?」
そう、その通りだ。柊は、ふと我に帰り異変の時を思い返す。あの時の怨霊たちは皆、助けを乞うていたことを思い出した。
「この子はずっと苦しんでいた。いっそ浄化されたかった」
そうだ。それが可哀想だったから、動かずにはいられなかったのだ。
「形はどうあれこの子は貴方に助けられたのです」
コクンと、固い意志で頷く少女。
「お兄さんの顔は、一度見たから、一度ごめんなさいって言いたくて……」
「……ああ、思い出した」
西行妖と戦っている時、一度西行妖の中の霊を引きづり出そうとした時に、怨霊たちの顔を見たことがあった。コロス、コロス。と嘆いてる怨霊たちの中に、たしかにこの子の顔を見たことがあった。
「ずっと、痛かったの、怖かったの。けどね、お兄さんとお姉ちゃんが助けてくれて、お姉さんがここまで送り届けてくれた」
「おそらく、お姉さんとは西行寺 幽々子の事でしょう」
「それと、傷つけて御免なさい。私もあんな事したくなかったけど、身体が勝手に動いて、ずっと、ずっと、許せないって……」
「……」
こんな形でお礼を言われるとは思わなかった。
それに、こういう形で助けていた人がいたことも。
「……よかった、こっちこそ、ありがとう」
「……はい!」
「もう、良いですか?」
「グスン……ありがとうございました!」
席を立ち、少女の頭を撫でる。
「浄化されたとはいえ貴女は怨霊です……貴女は」
「地獄行きです」
「……え……?」
「弁明は許されません。さぁ、あちらの扉を進みなさい」
「はい、ありがとうございました」
「ちょ、ちょっと……!」
クルリ、と回って再びお礼を告げる。
「本当にありがとうございました、お兄さん」
「いや、そうじゃなくて……!」
トテトテと歩く少女の後ろ姿を見送った。
「……あ」
「お疲れ様でした、帰りましょう。今日はこれで私の仕事は終わりですので」
「映姫さん……」
「……皆まで言う必要はない。貴方が聞きたがっている事は分かっています」
映姫は、きちんと話す。と言ってから切り出した。
「そもそも地獄のシステムとは小町等死神が彼岸へと霊を伝い運んで、私達の元まで流れ着いた霊を私達閻魔が地獄か天国かを見定めるシステムとなっています。地獄の裁判には再審も抗告もない。全てが閻魔の一任です。弁明の余地すらそこにはない、彼ら彼女らの言葉で何かが変わることもない」
どんな霊であっても其の物が地獄行き、天国行きかは閻魔が決めるというものだ。
「こと今回の少女に当たってはレアケースでした。彼女は生前若くして死んでいる。つまりその時点では白でも黒でもなかった。まだ純真無垢な幼女そのもの、まあ裁くとするなら白でしょう。……ですが怨霊へと変わってからは数人を地獄へと誘っている、生きた人間を、です」
怨霊とは、そもそも何なのだろう。怨霊の性質そのものは小町に聞いたが、何を為す者なのか、あまり分かっていないというのが実の所だ。
「多少は小町に聞いているでしょうが、怨霊は人間に害を為す。取り憑かれた人間は死後地獄へ行くことになる。そして地獄に落ちた人間もまた怨霊へと変わる、怨霊とは負のサイクルを繰り返すことしか出来ない霊なのです」
「……それで、彼女がしたくもないことをして、地獄に行かされるっていうんですか」
今だに少女が地獄に落ちたことに納得はいかない。なぜ怨霊に取り憑かれた人間が地獄に行かなければならないのか。
「怨霊は疾く、地獄へと変遷しなければならない。そして己の罪の重さに気づく必要がある」
「何も悪い事はしてないのに……」
「……問題は怨霊になってしまった。という事。怨霊は妖怪としてカテゴライズされます。──人間が妖怪になることそのものが禁忌なのです。博麗の巫女に教わりましたね?」
確かに、以前霊夢とどこかで会った時に、そういう会話もあった気がする。
「それそのものも罪ですが、怨霊になってからの悪事もやはり見逃していいものではありません。認めるべきは肉体の所業ではなく、魂の方ですから」
「……でも」
彼女は柊に向けて謝罪した。とても地獄に陥る器じゃなかったのに。それでも地獄に落ちなければならなかったのだろうか。
「……そう悲しい眼をしないで。大丈夫です。あの子なら」
「……?」
「彼女ならきっと己の罪を受け入れ、地獄に渦巻く輪廻の輪から外れる。
「それは、よく分からないけど、救われるかもしれない……って事ですか?」
「はい。本当の極悪人とは自分の罪に気づいてすらいない者の事。自分を善人だと信じて疑わない者。今日貴方も見た筈です」
最初の霊の事だ。己の罪に気づかぬ人。最もタチの悪いのはそういう人間だと、映姫は断言した。
「ええ、かのような者達は鬼に厳しい罰を与えられ自分の罪に気づくまで痛い目に合う必要がある。ですが、彼女はすでに十分すぎるほど理解している」
映姫はわずかに悲しそうな顔つきで。
「心配せずとも大丈夫ですよ」
「……そっか」
「……それと、補足ではないですがね」
「?」
まだ、何かあるらしい。
「彼女は貴方と魂魄妖夢に本当に感謝していました。それはお忘れなきよう」
「はい、妖夢ちゃんにも会えたら、言っときます」
「ええ、そうしなさい。それでも、やはり少し気にしていますか?」
「まぁ……いざ事件の被害者と面合わせちゃうとそりゃ……気にします」
一瞬、口籠もってしまう。
「でももう大丈夫。……独りよがりで気にしたりしません。あの子にだって、確かに感謝されたのに落ち込むなんて、失礼だし間違ってると思うから」
見返りを求めているわけではない。けれど、ありがとうと言われると嬉しいし。
戦ったのは間違いじゃなかったと思える。
「ええ、貴方のした事は、間違いではなかった。それは彼女が保証しています」
「はい……凄いいい子でしたねあの子。助けられるなら、助けたかった」
「……ええ」
──そう思える貴方こそ。
「外の世界の人間とは思えませんね」
「……?」
「いえ、何でもありません」
「うふふ、これまた閻魔様は随分人間とイチャイチャして、レアな組み合わせですこと」
「あら、いたのですか、西行寺 幽々子。わざわざ申し訳ありません」
映姫と柊が後ろを振り向くと。
「気軽に幽々子、幽々子ちゃんとでも呼んでもらって良いですわ」
ふわり、と上空から降りてくる幽々子。
「こうして話すのは、初めてね。けど西行妖に憑かれてた時もずっと視界は共有してたのよ? ありがとね、助けてくれて。よろしく、柊くん」
「初めまして、じゃないか。よろしく幽々子さん。俺が殴ったり蹴ったりした怪我はもう大丈夫ですか?」
「ええ、完治したわ」
うふふ、と扇子で口元を隠しながら笑う。顔が笑っているかは分からないけれど。
「最後の霊を観ましたが、一応確認しておきます。もう、霊は全て還したのですね?」
「ええ、可哀想だけれどあんな事があった後だから、また霊に何かあっても大変ですし」
西行妖に吸い取られた霊達は全て、浄化してしまった。
「それも今日で終わりよ、また一からやり直しましょう」
「それでは、これで地獄生活もお終いですね。今までお疲れ様でした、柊」
「……ああ、そっか」
もう、これでここでの暮らしも終わりなのか。あまりの濃密な暮らしで、名残惜しさすら感じる。
「おーい!!」
「……ん?」
「あら、閻魔様の部下ですか?」
「ええ。全く遅いわよ、小町。仕事が終わったら裁判所に来るよう言ったのに。あなたサボってたでしょ」
「ご、ごめんなさい。もう帰るとは思ってなかったから……!」
バタバタと走って汗をかいている小町。折角能力あるんだから使えばいいのに。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か? 最後までドタバタだったな、はは」
「お、覚えてるかい? 前言った事」
「うん、覚えてるよ」
ニッコリ白い歯を見せて笑う小町。
「だったらあたいから言う事はねぇや! またな!」
「うん、またな。また、またな? そうだな、またなだな?」
(次会う時って死ぬ時じゃないのか? ま、まあ良いけど)
互いにハイタッチを済ませて、柊は映姫を見る。
「! そ、そうですね。次は私ですか」
「あー、いやないなら別に……」
柊はシクシク泣くフリをして言う。
「ち、違います! 一旦整理してから言おうと」
「あははは、分かってますよ。待ってます」
「む! そ、そういう悪戯は感心しませんからね」
赤面した映姫が数秒して、口を開き始めた。
「現世に帰っても変わらずここに居たように善行を積む事。貴方はそう……少し自身への過小評価が過ぎる。もっと自信をもって〜」
「うわぁ、貴方もいつもこうやって怒られてるの?」
「あーうん、あちゃあ」
まさかの説教。三時間ルートか? 小町と幽々子が頭を抑えている。
「〜〜だからもう少しくらい……」
「四季様! ちょ、ちょっと……」
「む。私の話の途中ですよ!」
「いいからいいから……!」
映姫は仕方ありませんね……と言って小町の方へ振り向く。
「なんです?」
「もう会えないかもしれないのになんで説教しようとしてるんですか! 最後くらい友達感覚で送って行ってあげましょうよ!」
「言っていることは最もですが、会えないかもしれないから大切なことを最後に伝えようと……って友達感覚ですか?」
小町は珍しく熱心な顔で映姫に語る。
「最後に締めっぽい話で終わったら多分あいつも記憶から消しちゃいますよ!? 最後はもっとポジティブに終わらせましょうよ!」
「まぁ、小町ちゃんの言う事も一理あると思いますわ。今回は閻魔様としてでなく四季映姫様として話してみるのもいいと思いますわ」
「わ、私として、いや、閻魔として私は彼に善性と悪性の是非を語る必要性が……」
「二度と会えない人とのお別れが説教だなんて、私だったら憤慨ものだけれど」
腕を組んでうーんうーんと悩む映姫。
「(そんな悩むことかしら? 貴方の上司って見聞通りすごくお堅いわね)」
「(とことん真っ直ぐなんだよ四季様は)」
「は、ははは……」
「……ふむ」
映姫はぎこちない動きで柊に近づく。何を言うか決まったのだろう。
「続けます。貴方は他人を評価するのに、自分を天秤におかないキライがある、それではいけません」
((えっ))
続けるのか、と小町と幽々子がギョッとした後。
「貴方は── お人好しすぎます。憧れをそのままに、自らも、と動けるような人間は、そういない。その大切にしているものを、しっかり握りしめておきなさい。そういう者にこそ、星が渡っていくものです」
3人が、一瞬硬直した後。
「はい」
柊は、穏やかな顔つきでその言葉を受け入れた。
「そして私個人の話ですが、貴方がいた間は退屈なく新鮮な気持ちで過ごせました。とても有意義で、ええ、ええ」
「……?」
「(クスッ……頑固で有名な閻魔が口籠るなんて面白いもの見せてくれたわねぇ。部下との別れもあんな感じなのかしら)」
「(四季様はああみえて人より人間臭い所があるんだよ)」
「(そ。確かに貴方を部下にした所を見ると納得だわ)」
四季の違和感にちょっと気づいた柊と、理由も察した幽々子はニコニコしている。
「そ、その、本来は閻魔が個人にこういう事を言うのは褒められた行為ではないのですが。長く共にいた者がいないのはどこか寂しいなんて、思ったりもします。ええ」
少し頰を赤らめている。こんな恥じらい方をする映姫を柊は見た事がなかった。
「普段説教ばかりでまともに話したことがあるのは小町や職場仲間くらいなものだったので、新鮮な気持ちでいられました、ありがとう。また、会えるならその時は出来れば笑顔で会えると、嬉しいです……元気になさい」
柊は笑顔でこくりと頷いた。
「ああそれと柊、貴方は私に対して尊敬の念を持っていましたね?」
「え、ええ」
ちょっと真面目ムードで、会話を切り出す映姫。それを自分でいうのか、と一瞬柊は戸惑ったが、真実は真実として受け止める映姫ゆえの発言だろう。
「私の仕事は沢山の人々を公平に裁くこと。だから私は決して人々を救えません。普段は空いた時間で現世の者達の罪を軽くしようとは思っていますがやはりそう効果はない。善の言葉を聞いて意思を傾けられる者は善を行えるものだからです。私はやっぱり導く事が主な仕事柄なんです。だから……」
一瞬口ごもって。
「私の願いを叶えられるだけの力を持っているかもしれない、貴方だからこそ、私の望みを告白しましょう」
柊は頷く。
「貴方は、ただの人間だからこそ、弱い苦しみを知っている。悪しき物にも理解がある。そして本気で仲間を笑顔にしたいと思っている事も分かっています。だから、私も貴方を信じてみます」
小声で、心の底からの声が出る。
「今の時点でも、貴方は自己を過小評価してしまっているけれど、これから先、沢山貴方の自己に対する信頼が揺れる事がきっとある。善悪に関わる物事に関われば尚、です。そういう時は仲間を頼りなさい。幸い、幻想郷の住民は心が清い人間も多い。間違えた時はきっと誰かが教えてくれるだろうから」
閻魔と言われなければ分からないような、屈託のない表情で。
「多くの人を幸せにしなさい、応援しているから。それは私でもできないことよ」
「……はい」
いいムードで終わる、かと思いきや。
柊の肩にチョンチョン、と幽々子が手を当てる。
「柊くん、ちょっとこっちにおいでなさい」
「……?」
なんだろう、と思いながら、2人がコソコソ話しをしているのを見ると、急に柊の頭が噴火しました。
「ちょっ……幽々子さんそれは流石に! ……」
「いいじゃない、今までのお礼とでも思って、ね?」
「う、く……」
「お? お? 何かするつもりかい?」
なんでしょう? 私の目の前に来て、ずっと黙りこくっている。
「その、映姫さん、が前に俺に言った通り……えっと……俺もすごい嬉しいです」
「? 何が言いたいか、容量を得ませんね……ハッキリ言ってみては?」
「ああ、もうはい!!」
その時、身体がぎゅむっと縛られた。
「「わーお!」」
「今まで凄く助けられましたっ! きっと貴方に裁かれた多くの霊もそう思ってるだろうから、そのお礼も兼ねて…… あ、ありがとう!」
よくよく状況を整理すると、私に柊が抱きついている。
「ん? ……んなあっ!!?」
四季映姫にとって、今何が起こっているのか、理解ができない。
「そ、それじゃあ、お札をお願いします!」
「!? ど、どうぞ……? な、なぜ今のは?」
頭が回らない、何があったかわからないままサッと渡してしまった。
「あーっはっはっは! 二人とも良い顔が見れたよ!!」
「うふふ、ウブねぇ、閻魔様。それじゃあまた良き日にお会いしましょう?」
ペタッ。と柊の頭に札をラフに貼って、怨霊を吹き飛ばす。
「うわっ身体透けとる!? そ、それじゃあ映姫さん! 小町も! また今度!」
「え、ええ! また今度! 」
「じゃあな〜偶に会えたら会いに行くよ!」
ガッツポーズを残して。
一瞬で移動し一目散に消えた2人。
そして、映姫はそのまま、立ち往生していた。
「さぁてと、こっからは私の番ね〜! 張り切っちゃうわよ〜!」
「お願いしますね、幽々子さん」
「うん! ……けど良かったの? 小町ちゃんとはあれだけで?」
「良いんだ、小町とは先に話したから」
「そう? ならよかったわ」
帰った当日からほんの少しだけ前のこと。
「もう少しで帰れるそうだよ。あと数日じゃないかなぁ」
「ん? ああ、俺? そっか、なぁんかここも名残惜しいなぁ」
「ははは、生者がそんな事言ってんじゃないよ。なぁ、ここでの生活は楽しかったかい?」
まだ一ヶ月程の時間しか過ごしていないけれど、それでも十分過ぎるほど価値のある時間だった。
「暇な時間は多少あったけど、小町も映姫さんとも沢山話せたし楽しかったよ! 探検だったり出来たし」
おかげで地獄の怖さを思い知らされたけどな。
「あははっ! あれは本当にごめんなぁ、私も悪かったよ」
「ううん、今となっちゃ良い思い出だよ。うんほんとに」
「……そっか」
小町はまーた小難しい顔をしている。普段そんな考え事なんてしてないだろうに。
「どうしたんだよ? 何かあったのか?」
「もう帰れるかい? 大丈夫か?」
「ああなるほど……」
あの苦しみを引っ張っていたのは俺だけじゃなかったらしい。
まだ小町も心配してくれてたんだ。
「はっ、心配してくれてたとはね。小町らしくないよな」
「そ、そりゃするよ! だって、あれから一向に話さないじゃないか」
「もう大丈夫だよ。お前さ、俺が映姫さんに宥められてた時見てただろ」
──お茶吹きやがった。おい。映姫さんのだぞ。
「き、気づいてたのかい!?」
「いや、適当に言った。なんとなく知ってそうだったからな、お前」
「に、人間に騙されるなんて……」
ショック……と肩を落とす小町。
「前にさ、映姫さんの仕事を軽くする為に俺達で怨霊の調査をしてそれが裏目で怒られた日あったろ」
「あ、うわ、思い出したくないなぁ」
「まぁ聞いてよ。その時にさ俺分かったんだよ。俺の周りの人達は皆んな良い人たちだけど、それでもたまに、思いがすれ違っちゃうことだってあるんだなって」
溢したお茶を雑巾で拭いて小町に向き直す。
「小町も映姫さんの為に、そして映姫さんも俺と小町の事思って行動した結果のズレだった。……それでいうと、春の異変の時も、紅魔の時もそうだったんだ、だからもしかしたらあの時もそうだったのかなって」
多分、俺が罪から目を背けずに面と向かって二人に会えたなら。
「そう考えたらさ、俺は今まで自分本位だったと思って。だから今度こそ会ってちゃんと謝ろうと思うんだ」
「そっか、ならもう大丈夫さね」
「うん、ありがとな。小町にもらしくない事させちゃってさ」
いいよいいよ、と笑う小町。
「だからもう帰れるよ、そう思えたのは2人のおかげだけど」
「私はここ最近が一番楽しかった。近くにすぐ喋れる相手がいて、一緒に四季様から叱りを受けてくれる奴がいて。暇なことばかりだからさ、退屈しなかったよ、お前さんは」
なんか、小町に真面目に評価されるとムズムズするな。
「う、うん。なんか照れるけど、ありがとな」
「ここに残る気はない?」
「ああ、残るね……ああ、うん」
……ん? 残る?
「うえっ!? ここに!?」
小町は依然こちらを不敵な笑みで見たままだ。
「でも、俺生きてるらしいし、映姫さんも俺の為に頑張ってくれてるし」
「四季様には言えば中止にしてくれるだろうし、ここで生活させてくれると思うけどねぇ。それこそ私みたいに死神として働いたりしてさ」
「俺は今居候みたいなもんだし……」
「四季様も善行を重ねようとするやつを邪険にはしないと思うよ。あ、いや……うーんどうかな……まぁ多分大丈夫……?」
「んー。魅力的なお誘いではあるんだけどなぁ」
「四季様も心なしか最近機嫌いいしさ。私は一緒に働くのも悪くないなぁと思ってる」
「ん〜……楽しそうだけど……やっぱり」
悩ましい誘いだけど。
「まずは皆に会いたいよ。それに、生きてるんなら、きっと俺の居場所はあっちだと思う。ごめんな」
「そか、ごめん意地悪な事言って」
「いやいや! 意地悪な事ないよ、すっごい嬉しかったし……」
すると、小町が意地悪そうに笑いながら柊を見る。
「な、なんだよ?」
「うんにゃ、あんたの価値観が変わってなくて良かったと思って。もしあんたが残る事に同意してたら」
「してたら?」
「お灸を添えてやる所だった」
「……ぇぇぇええええ!!?」
二ヒヒ、と笑う小町。
──いや、洒落になってないよ!
「当たり前だろ? ただなろうとしてなれるほど簡単な物じゃない。地獄に住む者たちの役職というのはな」
どこか遠くを見ながら、小町は言った。
「怨霊の中にもたまーにずる賢い奴がいる。別に柊を疑ったわけじゃないんだけども、知らずのうちに精神汚染されて、地獄に対して帰属意識を持っていたら大変なことだからね。寂しいのは本当だけど、断ってくれて良かったよ。ありがとな」
それでもどこか寂しそうな小町を見ると気が引ける。
「……小町! ん!」
「? 何?」
「指切りだよ指切り! 必ずまた来るから!」
「……プッ、あははは!!」
──なんだよ、こちとら一生懸命励ます方法考えてんのに。
「何さ?」
「いやぁ悪い悪い。あまりにも子供らしくてつい、な。悪気があったわけじゃないよほら」
小町も小指を組んでくれた。
「「ゆーびきーりげーんまん嘘つーいたら針千本のーます」」
腕を子供のようにブンブン振りながら。約束を交わす。
「「ゆーび切った!!」」
「死神と約束するなんてとんだ命知らずだよ、お前さん」
「え?」
「約束破っちまったらどうなっても知らないからな? その時は舌、出させるからね」
無邪気な笑みで舌を出す小町。
「……わ、分かってら」
「ホントにぃ? プフッ」
川の流れに沿うように、嫌な気持ちも流れていくような気がした。
「……な、柊」
「んー?」
「さっき言った皆んなの中には……」
「もちろん入ってるよ、映姫さんもお前も。だから絶対また来るよ」
「! そ、そっか……!」
♢
「大丈夫です、きっとまた会えますから」
「そ! なら冥界ぶらり旅、ささ楽しみましょう〜!!」
「え? ちょっ……うわぁぁぁぁあああ!!!!」
そして、冥界に彼は戻ってきた。
「どう? 楽しかった?」
「汗だくだくで気持ち悪い!」
「一刻も早く帰りたいだろうと思っての行動よ〜?」
「それは、まぁ嬉しいですけどさぁ!」
妖夢と一緒でイジリ甲斐あるわぁと言う幽々子。
「それじゃあまたね〜」
「ま、マイペースな人だなぁ……ありがとうございました!」