東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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3話 能力と飛行と人里

「気付いたかしら、藍」

「はい。何かが結界の干渉を受けずにこの地に迷い込んだ様です」

 

 藍と呼ばれる少女は問いかけに対して答えた。

 

「結界すら擦り抜けて何かが……混ざったのかしら」

 

 賢者は異変に気付く。しかしそれは、既に事が為された後の事であった。

 

 

 ♢

 

 

「なぁ、もう気にすんなよこいつにも事情があったんだって」

「そんな事言われてもねえ。第一私は見てないもの。こいつとあんたの所為で私の賽銭箱が……」

「そうカッカすんなって、肌に悪いぜ」

「ああん?」

 

 怒りを含んだコンタクトに魔理沙は思わずそっぽ向く。

 

「う……あ」

「お、起きたな。大丈夫か?」

「え、あ、うん……」

「! 貴方っ……じっとしていて」

 

 目覚めと同時に、巫女服の少女が男の頭を押さえつけた。

 

「かっ……!?」

 

「お、おい霊夢! そんな手荒にすんなよ!」

「魔理沙は黙ってて! なんなのよこの人……」

 

 金髪の少女の制止を振り切って

 霊夢と呼ばれる少女は男の頭に札を貼った。

 

「……?」

「これでよし、と。いきなり頭を押さえつけたのは謝るわ、けど今確かに貴方に何かが憑いてたわよ。祓ってあげたんだから感謝してよね」

「あ、ありがとう?」

 

 霊夢は高らかに頭を上げて、誇らしそうにする。

 

「でもいきなり無礼なことされたんだし怒ってるよなあ?」

「魔理沙」

「うそうそ、ごめんごめん」

 

 先程の仕返しとばかりに意地悪を言うが霊夢はいつものように冷たい目で魔理沙を睨む。

 

「それより……ここは、どこですか?」

 

 柊の質問に霊夢と呼ばれていた少女が喋り始める。

 

「ここは博麗神社、まあ私の家ね。それで私の名前は博麗霊夢(はくれいれいむ)。そっちのは霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。貴方を助けたのはそこの魔理沙だから、礼を言うならそいつにしなさい」

 

「助けた?」

「ああ、私がここに来る途中でな、お前が落ちてるのが見えたから急いで助けたんだぜ!」

「落ちてたぁ?」

「ああそうだ、お前雲の上から落ちてきてたんだぜ!? そこを私がスマートに助けたって訳だ!」

「それの所為で私の御賽銭箱は壊れたけどね」

 

 柊は後頭部を掻きながら記憶を思い出そうとしているが、一向に思い出せない。

 

「全く覚えてないんですけど、まぁいいか。それより魔理沙さんね、俺は夢知月 柊(むちづき しょう)ありがとうございます助けてくださって」

 

「おう! 魔理沙で良いぜ、あと敬語も要らん。肩苦しいのは苦手なんだ」

「分かった、ええと、よろしく魔理沙」

「私も魔理沙と同じ要領で構わないわ。まぁそれはおいといて、なんで貴方がここに居るか、自分で分かってる?」

「いや、さっぱり」

「げ。……は〜あ」

 

 わざとらしく霊夢が肩を落とす。

 

「ほ〜らな、わざとじゃなかっただろ?」

「そうね謝るわ。ごめんなさい」

「別にいいんですし、むしろお賽銭箱壊しちゃって申し訳ないんですけど……色々今の状況について教えてもらっていいですか?」

 

 霊夢は頭を縦に振った。

 

「ええ。貴方は幻想入りしたのよ」

「幻想入り?」

 

 柊は何かの専門用語か、と尋ねて首を傾げる。霊夢は首を横に振り言った。

 

「簡単に言えば、忘れ去られたってこと。この幻想郷に常に張ってある大きな結界があるんだけど、それが緩むと外の世界と繋がっちゃうの。それであなたもここに迷い込んだってわけ」

 

 なるほど、とはいかず事態を飲み込めなかった柊は少し戸惑った。

 

「それが違うなら神隠しってやつ、前に迷い込んで来た人にはこれで理解してもらえたんだけど……」

「神隠しはわかるぞ。つまり俺は誰かに誘拐されたんだな?」

「まぁ、そうね。幻想入りしたのでないのなら必然的にそうなるわ。大方スキマ妖怪の仕業でしょうけど」

 

 ボソッと呟いた何かには言及せず、柊は霊夢に更に質問を重ねた。

 

「どこなの? ここ。迷子がしょっちゅう来るようなところか?」

「ここは幻想郷と呼ばれているわ、まぁ外来人が来るのは珍しい事じゃないわね。私ももう慣れたもんよ」

「幻想郷……日本……だよな。となると」

 

 柊は、嫌な予想を立ててしまった、と呟いて。一泊置いて霊夢に問うた。

 

「一応の確認させてくれ、ここは死んだ後の世界じゃないのか?」

「何言ってんの?」

 

 柊は手で口を押さえて思考する。すると、少しして目を光らせた。

 

「じゃ、じゃあ、俺はほんとにオーズになれたのか!!」

「「おーず?」」

 

 二人の問いに気づき、柊は説明する。

 

「えーっと、オーズっていうのはこのベルトを」

「は? ベルト?」

「あれ?」

 

 腰に手を当てるが、柊のズボンにはベルトなどは付いていない。

 

「ベルトがない!? な、なあ魔理沙!」

「なんだ?」

「お前が俺を見つけた時ベルトは付けてなかったか?」

「なんも付けてなかった、私がお前を見たときにはな」

「そ……そん……な……じゃあ、あれは夢だったのか?」

 

 ──なにが夢でなにが現実かの区別がつかない。

 

 膝から崩れ落ちた柊に二人が心配の声をかける。

 

「ちょ、ちょっと? 急に黙り込んでどうしたの?」

「そんなに大事なもんだったのか?」

「……」

 

 ず〜ん、という言葉が似合うくらい顔を下げて肩を落とす。だが数秒たって柊は。

 

「ま、良いや」

 

 何事もなかったかのように立ち直った。

 

「あ!? さっきまでの葛藤は!?」

「多分森での出来事は夢で、空から落ちてきたってのが事実なんだ。ならそれでいいさ。よいしょ」

 

「さっきから、随分と不思議な奴だなぁ」

「相当な変人には違いないわね……」

 

 魔理沙は帽子を脱ぎ数回叩いて、再び被りなおす。

 

「そりゃどうも、しつこく質問して悪いんだけど俺は生きてるんだな?」

「生きてるからここにいるんでしょ、それとも私達を幽霊とでも勘違いしてんの?」

「いやそういう訳じゃないけど……まぁなるなら幽霊かなと」

 

 確実に血に染まっていた体。車に轢かれて体中ボロボロだったのに。ここに来て意識を取り戻してからは傷一つついていない。

 

「それ、怪我? 大丈夫なの?」

「ああ、いや全く傷とかはない、気にしなくてもいいんだ。ありがとう」

 

 そう、事故にあった時についた血は服に今も染み込んでいる。だが、肉体は正常そのものだった。

 

(どこまでが現実だったんだろう)

 

 結局真実は分からずじまいだがしょうがない。だってそれを知ってる人は存在しないんだから。

 

「それで? これからどうするの?」

「え?」

「元の場所には帰らないの? って聞いてんだけど」

「え!? 帰れるのか!?」

「ラッキーだったわね、私なら貴方を返してあげられる。本当に運が良いわ。魔理沙に助けてもらったからこそここまで来れて、私に会えたのよ」

 

 帰る、という一言につっかっかりを覚える。彼は神童ではないまでも、馬鹿でもない。当然、疑問に思うことだ。

 

(俺は、仮に帰れたとしても……無事なのか?)

 

 ──聞くべきだろうか。

 

 ──いや……相談できない。目の前の二人の少女が知っているはずがないのだから。

 

 彼は今、自分が生きている世界が別の世界で、元の世界ではないことを理解している。

 故に、元の世界に戻った時自分はどうなるのかがわからなかった。

 

 再び怪我をした時の自分に戻るのか? それとも今の体の状態で戻れるのか?

 

 答えは、分からない、だ。

 

 彼の顔に出る不安を、霊夢は問うた。

 

「? 何か不安ごとでもあるの?」

「いや別に」

「……」

 

 それに、今更生き返ったとて、何をできるだろう。1人の女の子すらまともに助けられなかったのに。これからもきっと助けられないのに。

 きっと自分はその負い目をずっと負うことになる。

 だったら。

 

 ──……いや。

 

 そこまで思考した時、柊は己に嫌気がさした。

 

(それこそ、勝手なエゴじゃないか……)

 

 そして無意識に両手を握りしめる。

 

(生きていこう。彼女の分まで)

 

「うん、もう大丈夫だ」

「で? どうするの? 戻る? 戻りたくないなら戻らなくてもいいけど」

 

 その選択肢もありだろう。この夢にも似た世界で生きていくのも一つの道かもしれない。

 だが、あの時失った少女の思いを、この地で霧散させたくない。死んでしまうのかもしれないけれど、出来るのなら元の世界であの子の分まで生きたい。そう思ったのだ。

 

「いや帰るよ。頼む帰してくれ」

「お、戻るのか、短い付き合いだったな」

 

 先ほどから縁側で足をぶらぶらさせていただけの魔理沙が飛び上がる。

 

「ああ、でもきっとまた会えるさ、縁があったらな」

「同感だな。私もまた会える気がするんだよ」

「今度見かけたらゆっくり話でもするか」

「おう。気軽に声かけてくれていいぜ」

 

 まぁそんな事もうないだろうが。と魔理沙は囁いた。

 

「そ。どうでもいいから支度して戻る準備しなさい」

「ああ、恩に着るよ」

 

 そうして、霊夢についていき階段を降りていく。

 

「あそこに見える鳥居で結界と同じ歪みを作るわ、貴方はそのまま突っ切って頂戴。それで戻れるから」

「ごめん、何言ってるか全然分からん……」

「歩くだけで良いってことよ、ほら行った行った!」

「ご、ごめん」

 

 不満げに言う霊夢から目を逸らす。

 

「この借りを返せないのは申し訳ない」

「借り?」

「俺、御賽銭箱壊しちゃったんだろ?」

 

 チラッと横を見る。たしかに賽銭箱は粉々だ。記憶にはないが、魔理沙が壊したというのだから、きっとそうなのだろう。

 

「貴方を庇った魔理沙のお尻が壊したのよ、厳密に言えばね。だから魔理沙の責任でもあるわ」

「え!? 無茶苦茶だろ! 私は人助けしたんだぜ!?」

「修理は魔理沙がするから貴方は気にしなくていいわ」

「はーマジか」

 

 箒に寄りかかってため息をついてる。何から何まで申し訳ないな、と柊は口惜しい顔をする。

 

「ごめんな」

「ま、いいから気にすんな、同じ人間同士助け合いだろ?」

「そうだな、またいつか会えるかもしれないしな」

「おう!」

「ははっ」

 

 冗談だと互いに分かっている。にも関わらず笑顔で受け入れてくれた魔理沙につい微笑んだ。

 

 

 ♢

 

 

 博麗神社 鳥居前

 

 

「……はっ!」

 

 鳥居の柱の間の空間が歪む。

 柱間で空気がシャボン玉の膜みたいに歪んでる。柊はただただ目をパチクリと繰り返し瞬きをしていた。

 

「歪むってこういう事か! どういう原理? これ」

「理解したんなら早く行って! これ保つの結構疲れるのよ!」

「そうなの!? ご、ごめん。それじゃあな!」

 

 変な空間を突っ切る前に二人の方を見る。

 

「大人になったら必ずお礼言いに来るから! また会おうな!」

「おう!」

 

 魔理沙は笑顔で答え、霊夢は眉をしかめた。

 

「やっぱちゃんと理解してないみたいね」

「ま、いいだろ別れるなら明るい方がさ」

「それもそう、ね」

 

 そして、柊は思いっきり鳥居を潜り抜ける。

 

「よっと!」

 

 潜り抜けた先は。

 

 

 ──階段だった。

 

「……へ」

 

 数秒空中に浮き、後に階段を転び落ちる。

 

「おろおろおろろろろろ!!!!」

 

 走ったままの勢いで階段を落下していく。

 

 

 

「「……!?」」

 

 二人は信じられないものを見る目をしていた。

 

「お、おい霊夢、ありゃどういう事だ! アイツふつうに通り抜けたぞ! っていやいや無事か──!?」

 

 急いで駆け寄りに行く魔理沙。

 

「……まさか、ね」

 

 霊夢も嫌な予感を感じながら柊の元へと急ぐ。

 

 

 ♢

 

 

「いったぁ……」

 

 

 鳥居を突っ切れと言われたとおりに勢いよく鳥居を突っ切ったのだが、階段を勢いよく落下してしまった柊であった。

 

「だ、大丈夫か!? 柊!!」

「い、たい」

「ああ、そうだよな! 立てるか? 怪我は?」

「あ、あぁ……助かる」

 

 魔理沙が身体を支えて何とか立ち上がる。そして、まあ当然のことかもしれないが、彼は霊夢に懐疑心を抱いた目を向ける。

 

「謀ったな、こ、殺す気か」

 

 我関せず、そう言うように、上から現場を見ていた霊夢は後ろに振り向き神社に戻って行った。

 

「 おい霊夢!」

「だ、大丈夫だから」

「頭がこんなに腫れてるのにか!? とりあえず救急箱取ってくるから、お前はここで座ってろ!」

 

 魔理沙は振り返り、鳥居を駆けて神社から救急箱を取りに戻ろうとしたが、振り変えったのと同タイミングで、胸に救急箱がぶつかった。

 

「ぐえっ!?」

「ほら、使いなさい」

「ゴホッ……ああ、それを取りに行くために戻ってたのか……」

「まぁね。それじゃ軽く処置したら神社で話しましょ」

 

 

 ♢

 

 

「ほんとにごめんなさい。こんな事になるなんて思ってなかったわ。外来人の能力持ちなんて初めてのことだったから想定してなくて」

「ううん……大丈夫、気にしなくていいよ」

 

 身体中痛いけど、なんか意図して無いことが起こったトラブルのようだし、こんなに謝ってくれてるから怒る気にはならない。と柊は納得する。少女にこんな申し訳なさそうな顔をさせていると思うと無論怒りなんて湧いてくるはずもない。

 

「なぁなんで通れなかったんだ? そこんところ霊夢にしか分からんだろ?」

 

 魔理沙は素直な疑問を霊夢に顔を向けて聞くが、霊夢は静かに右手を顎にやり模索していた。

 

「まずないでしょうけど、私と一緒にこの結界を作った奴の仕業か、博麗大結界の不備か、けど今回のはどれも違うわね、なんせ今回は理由がハッキリしてるもの」

 

 ビシッと柊に指を向ける霊夢。そして柊が指に顔を向けてから、霊夢は告げた。

 

「今回予期せぬ事態が起きたのは、貴方が能力を持っていたからだわ」

「能力?」

 

 霊夢が強く頷く。

 

「能力を持ってるとあれは通れずに透けてしまうんだけど、その可能性を考慮してなかったのは私のミス。本当に反省しているわ。申し訳ない」

「いや、失敗は誰でもあるから」

 

 柊が宥めるが、霊夢は硬い意志を持って首を横に振った。

 

「そういう訳にもいかないわ、下手したら死んでたかもしれないもの」

「霊夢は巫女なんだ、人間を巫女が殺したなんて一件があっちゃいけないだろ?」

 

 節々を打ち付けた分、身体をよくほぐしながら、答えた。

 

「あーなら先に言っとくわ。俺に関しての責任は一切を俺が持つ。初めての事例だったんだろ? 大体気付いてなかった俺も悪いし。このことは誰にもバラさない、3人の秘密な?」

 

 オッケー! と口に手を合わせて言う魔理沙。一方で霊夢は困惑した顔で柊を見た。

 

「人生苦労しそうな性格してるわね」

「え?」

「何でもない。うん、それじゃお返しに能力を自覚させてあげる」

 

 目のような、奇妙な絵が描かれた不気味な札を霊夢は、勢いよく、そして手際良く柊の頭に投げ、貼り付けた。

 

「?」

「貴方の能力を調べるための物よ。普通自覚してるものだけど外来人の場合勝手が違うのかもね、ほら、頭の中で貴方の力を思い浮かべてみて」

「俺の……力」

 

 柊は言われるまま、頭から足先に掛けて、身体に眠る潜在意識を呼び起こすイメージを測ってみた。

 

 

 浮かび上がるは三個のメダルと、オーズの姿。

 

「それが貴方の能力よ? 分かったかしら」

「え〜〜っと……うん、まあ」

 

 オーズに変身できること、それが自分の能力だと考察する。だが、柊は疑問を抱く、それは──。

 

 ──ベルトがないのに……どうやって変身するんだ……? 

 

 

 そう。当たり前の気づき。今の彼には肝心のベルトとメダルがない。

 つまりどうあっても変身できない。

 

「いまいちな反応ね、何が見えたの?」

「俺が……変身してる? 姿かな」

「変身? まぁ居るっちゃ居るわね。慧音さんとか」

 

 いるのか。どうなるんだろう、やっぱ仮面ライダーっぽいのだろうか。そんな短絡的な思考を振り解いて、彼は本題に戻ろうと仕切り直した。

 

「さっき魔理沙に尋ねたベルトが必要なんだけど。見当たらないんだよな」

「ああ、能力使用の為の依代だったのか、お前が無くしたベルトって」

「人里辺りに売ってるんじゃない? ベルトくらい」

「そんなわけない! あれは特別なんだ! 俺なんかじゃ持ってるのすら烏滸がましいような」

 

 汗が首筋に垂れる。そのタイミングを計ったように、魔理沙が尋ねてきた。

 

「でもお前の頭じゃそれが浮かんできたんだろ? なら出来るはずだぜ、自覚してる力を発揮できない奴なんていないんだからな」

「出来る?」

「ああ、お前の力でベルトを創れるはずだぜ。イメージ出来るなら必ず出来るって事だからな」

「な、なんだそれ……」

「魔法使いの初歩の初歩だぜ」

 

 人差し指を上に立てて笑いながら言う魔理沙。

 

 初対面ながらに、二人に頼もしさを覚えた柊であった。

 

「例えば私の能力は空を飛ぶ程度の能力なんだけど」

「は? 空を?」

 

 突然のカミングアウト。柊が何言ってんだ、というような目を霊夢に送るのも当然ではある。それは、現代の常識に基づいての話だが。

 

 

「じゃあどうやって貴方を魔理沙が助けたっていうのよ」

「たし、かに……」

「いいわ、実際に見せてあげる」

 

 そう言うと、みるみる内に霊夢の足が地面から離れて、宙に浮いた。

 

「なっ……な、な、え……! え──!?」

「驚いた? でもね、ここじゃ普通なのよ」

「まぁ、幻想郷じゃままある光景だな」

 

 魔理沙も当然のように霊夢を見て、そう言った。

 

「そろそろ降りようかしら」

 

ゆっくりと地面に足を着かせると、霊夢は柊の方へ振り向く、そして。

 

「お、お前超人だったのか」

「多分、意識の問題なんだよ。私や霊夢はこれが当然だと思ってるからな」

「まさか魔理沙も飛べるのか!」

 

「おう、ほら」

 

 宣言通り魔理沙も浮遊する。

 

「まじか、いいなぁ。でもマジシャンの商売上がったりだな」

「ま、知ってても変身できるかどうかっていうのはまた別問題なのかもね。結局のところはセンスじゃないかしら」

「センス……センスねぇ」

「大丈夫、きっと出来る様になるわ。能力も、空を飛ぶ事も」

「な、なんで?」

 

 まるで自分の事の様に霊夢は言うが、その理由が分からない柊は、霊夢に問うた。

 霊夢はそれを聞くなり笑って。まるで分かっている、知っているかのように。

 

「巫女の勘よ」

 

 ただの勘だけで、堂々と言い放ったのだった。

 

「それで霊夢、結局こいつどうすんだ? 元いたとこに返してやれない以上野宿って訳にもいかないだろ」

「魔理沙、人里に連れて行ってあげて。慧音さんに説明してこの人の世話してもらいましょ」

「ん? いきなりはどうかな、対応してくれるか分からんだろ?」

「なんとかなるでしょ。それに事情を話せば保護もしてくれるだろうし」

 

 よく現状が呑めないが、誰かに預けられることになるのだろうということは二人の会話から察知した。

 

「その人ってどこに居るんだ?」

「人間の里で寺子屋を開いてるぜ。一応里を守ったり仕切ったりもしてるな」

「に、人間の里? しかも寺子屋ね、また偉く前時代的呼び方を……まぁ良いやそこに行けば良いんだな? なら二人に手伝って貰わなくても一人で行くよ」

 

 二人は苦い顔で柊を睨む。『なんも変なこと言ってないのに』と、思い当たる節のない柊は首を傾けた。

 

「な、何?」

「お前どうやって行くつもりなんだよ、まさか歩いて行くつもりか?」

「そりゃそうだろ」

「おいおい、死ぬぜ?」

「大丈夫、大丈夫。足腰には自信がある」

 

 何よりも、男の子がこれ以上おんぶに抱っこされるわけにもいかないだろう。そんな痴態を見せるよりかは一人で歩こうという算段を立てた。

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 それを聞いた霊夢は、よく生きてたわね……と苦言を漏らす。

 

「妖怪相手にどう対処すんだ? お前」

 

「妖怪……妖怪!? 妖怪も出るのかここ!!」

「出るよ出る。ただの人間が襲われたら一溜まりもないぜ?」

 

 とどのつまり、この世界は自分の知らない場所。自分のいた日本とは何もかも異なる世界なんだろう、と。柊は今少しだけ異世界にいることを実感した。

 

 

「それじゃ魔理沙送ってやりなさい。話が拗れそうになったら私の名前をある程度利用するのも許可するわ」

「あいあい。ま、そんなんしなくたってあの人なら面倒見てくれるだろうぜ」

「あ、ちょい待って」

「? 何かまだ聞きたいことある?」

 

 焦って口早になる柊。霊夢は冷静に質問を聞く体制を取った。

 

「俺はもう、何があっても元の世界には帰れないのか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、霊夢は申し訳なさそうな顔をした。それも当然だろう。もう柊は2度と帰れないのだ。能力を持っている人間は()()()()()()ならともかく、元の世界にはもう帰れない。その寂しさ、悲しさは言葉で言い表せないほどだろう。

 

 それでも嘘をつくことは出来ない、と口籠ってすぐ、謝罪をした。

 

「……ええ、ごめんなさい。貴方は元の世界に戻してあげられない」

「……」

「もし仮に私にどうにかする力があって……無理矢理貴方を戻したところで貴方のいた世界とは全く違う世界に飛ばされると思う。この幻想郷はね、外の世界で忘れ去られたものが集まる場所なの。だから、貴方が幻想入りでここに来たにせよ、神隠しで来たにせよ、そこには何かしらの意味があるの」

 

 淡々と事実を述べるように言う。しかしそこにはどこか哀しげな雰囲気があった。

 

「……そっか」

「……」

 

 なんと声を掛ければ良いか分からず、二人の間に沈黙が流れる。

 

「……そ、その貴方には本当に悪いと──」 

「それじゃ早速借りを返そうかな」

「──え?」

 

 思いがけない返答に、霊夢は文字通り固まった。

 

「……え?」

 

 柊はせっせと靴を履いて、外に出る。

 

「御賽銭箱、直さなきゃだろ?」

「……あ」

 

 ──もう二度と俺はあの時、あの場所に戻れない。なら、気にしてても仕方がない。うん、そういうことにしよう。

 

「俺は気にしてないから、霊夢ももう気にすんな! それより工具箱工具箱!」

「──」

 

 あまりにも作った声色、無理して元気を出している。それに気づかない霊夢ではないが、かといって柊の提案を拒否することこそが、何よりも柊の気持ちを踏み躙る行為だと思い霊夢はそれ以上何も言い出さなかった。

 

 

 ♢

 

 

「どうやらあの外来人は生粋のお人好しらしいな」

「本当にね……不気味なくらいよ」

 

 縁側にて少女二人、柊の修理作業を眺めている。

 幸いあっちの世界では修理やら機械やらは授業を経験していたようで、柊も手際よく組み立てている。

 

「どうせそんな使わないのにな」

「ああ〜ん? 何か言ったかしら?」

「なんも言ってねぇぜ。空耳じゃないか?」

「本当は?」

「使わねえもん修理させられて柊も可哀想だな〜」

「魔理沙ァ!」

「ヒュ、ヒュ〜」

 

 乾いた口笛を吹き、数秒経つ。そして、それにしてもと魔理沙は続けた。

 

「自分の世界に帰れないってのに随分と気楽だよな。能天気っていうか。何とも思ってねぇのかな?」

「さっきの、聞いてなかったの? なんとも思ってない奴の声じゃなかったでしょ」

 

 ため息を吐く霊夢に魔理沙が慌てて弁明した。

 

「いやいや! あれが痩せ我慢だってのは幾ら私でも分かるぜ!? でも、それにしたって後腐れってのか? なんか、あんま気にしてないように見えるんだよ、分かるだろ?」

 

 ──分かる。あれは、気にしていないといえば嘘になるが、それでも心身にダメージを与えないくらいのショックの程度を受けている人間の声のトーンだった。

 

「そこまで未練もなかったのかもね。変に達観してそうだし」

「私が幻想郷に二度と帰れないって言われたら数日は凹みそうなもんだが」

 

 数日で立ち直れるなら貴女も大概よ。と心の内で霊夢は思う。

 

「いや、帰ろうとしたんだし未練がないわけない、か。……踏ん切り付けれる人なのかしら」

「何にせよだ。こうなったのも何かの縁だし私達で出来る事はしてやろうぜ」

「賽銭箱の修理分くらいは助けてやるわよ」

 

 世話焼きの人形使いほどではないけれど、魔理沙も人並みには優しい人間だ。霊夢も渋々賛成する。

 

「暫くは慣れない生活で困る事もあるだろうしね」

「魔法の森にも普通に入ってきちゃいそうだしな」

 

 苦笑いで言う魔理沙。案外あり得そうなのが困るわね。と口角をあげて笑う霊夢。

 

「ま、賑やかになって悪い事はないし、結果オーライだな!」

 

 柊は直ったよ〜! と大声で言いながらこっちに走って来る。

 

「外来人だからか、危ないことの分別もまだついてなさそうだし、慧音さんにも釘刺しといてね」

「わーってる……よし! ほれ乗れよ、柊! 行こうぜ!」

 

 魔理沙が箒に跨って言う。

 

「え? もう行くのか」

「おう、善は急げだ!」

「柊、補修、ありがとね」

「ん。またなんかあったら言ってくれれば手伝うからな」

「そ、貴方も何かあったら聞きにきなさい」

「ああ、ありがとな」

 

 互いに握手し、見送る。

 

「よーし、ガッシリ私の体を掴んでおくんだぜ!」

「え? あ、あ、あぁ……失礼しまーす」

 

 柊は恥ずかしいのか、気持ち緩めで手を回した。

 

「あーダメダメ、ぎゅっとするぐらいじゃないと落ちるわよ」

「そ、そんなにスピード出すのか?」

「行くぜ!」

 

「あ、おいちょ、ま」

 

「ゴ──!!」

「いやぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 予想以上の風圧に、急いで魔理沙を掴み直す姿にはもはや恥じらいはなかった。ただ、死なないようにしよう、その意思が感じられた。

 

「あっもう見えなくなった……ま、いっか」

 

 

 ♢

 

 

「ちょちょちょ!!!!」

 

 全力で魔理沙を掴む。

 

「あっおい! 服は引っ張るな! 伸びちゃうだろ!」

 

 モゾモゾと身体を抱きしめる。本来ならこんな事自分には怖くて出来ないが、命には変えられない。

 魔理沙のお腹周りを全力で掴む。

 

「よーっし全力スピードだ!! ははーっ!!」

「──────!!」

 

 

 ♢

 

 

「それは災難だったな」

「いやぁ悪かったな、私は用事あるから、あとは任せていいか?」

「ああ、事情は把握した。あとは私に任せてくれ、うちできちんと保護しよう」

「うし、偶に来るからな! それじゃ、また会おうぜあ、あと今度あったら〜〜〜〜!」

 

 最後らへんは何言ってるか聞き取れなかったな。そう思いつつ気分の悪さから声は発さない柊。

 

「おぇぇぇ''!!」

 

 魔理沙が保護した少年。まぁ只人でしかも初飛行があれではきつかっただろう。柊の苦労を想像して、慧音は同情した。

 

 

「大丈夫か? 少年」

「うっぷ…….はい、もう大丈うっ」

「うん、大丈夫じゃないな、話は後で聴く、まずは私の家で休め」

 

 

 ♢

 

 

「もう大丈夫か?」

「は、はい……」

 

 魔理沙との初飛行から数十分後、寝させてもらったというのにまだ気持ちが悪い。

 

「ほんとにすいません」

「謝る事ではないさ、体調が悪いなら休むのが先決だ」

「は、はぁ」

 

 さらっと流しているが、柊が休んでいた時常に慧音が見守っていた。母親のように。

 

「水はいるか? お腹は空いたか? 大変だったろう、何かあったらすぐに言うといい」

 

 柊は完全に子供扱いされていることを自覚した。だが正直気分が悪いのでそれどころではないというのが本音だ。

 

「すいません……わざわざこんな……」

「気にするな、それより本題だが」

 

 何やら真面目そうな話をしそうなので、柊は慧音に対面して座り直す。

 

「君の事情は聞いたよ。改めて、大変だったみたいだな」

「……どうも」

 

 慧音の言葉になんと返したら良いか分からなくて、適当な返事を返してしまう。

 

「君が私の下で働いてくれるなら、うちで保護するつもりなんだが、どうする?」

「お願いしてもいいですか?」

「軽いな、ちゃんと決めなくて大丈夫か?」 

 

 慧音の問いに、柊は快く承諾した。

 

「元々野宿か何かするつもりだったのに働くだけで保護してくれるなんて、断る理由はないですよ」

 

 柊の答えに慧音は笑い、お互いに握手を交わした。

 

「これから宜しく」

「こちらこそ宜しくお願いします」

 

 それじゃ、と慧音は話題を切り替えて、柊に質問した。

 

「能力があるはずなのに使えなくて困ってるらしいな?」

「ええ」

「こうしてあったのも何かの縁だろう、協力するよ。けど一日中は無理だ、私にも仕事があるからな」

「少し手伝ってくれるだけでも助かります。慧音さんはなんの仕事をしてるんです?」

「寺子屋の教師をやってるよ、君に近い歳の子達に勉強を教えているんだ」

「へ〜」

 

 自分への扱いの理由がわかった。この人は自分と同じくらいの齢の人間を世話してきたんだ。

 

「今日も授業がある。授業を終えたら戻って来るから今日はゆっくりしていてくれ。何か必要な物があったらそれも考えておいてくれ」

 

 よいしょ、と立ち上がる慧音を見て、すかさず柊が口を出した。

 

「あの」

「ん?」

「俺も寺子屋行っていいですか? 俺でもできることがあったら手伝いたいんです」

「構わないが、まだ幻想郷に来たばかりだろうしゆっくりしていてもいいが」

「良いんです、それに手伝いとかは得意ですから」

 

 昔は困ってる先生の書類の手伝いとかしてたし。慧音は一回頷くと、感心するように言う。

 

「優しいな。君は。親譲りか?」

「え? ええまあ」

 

 適当な返事で、柊はお茶を濁した。

 

「そうか良し、ならついてきてくれ、ついでに人里も案内するよ」

「ありがとうございます!」

 

 

 ♢

 

 

「そしてあれが寺子屋だ。子供達の教育の場だな」

「……」

「どうだった?」

 

 大雑把ではあるが、人里を見て回ったが、印象としてはチグハグだった。

 

 人は小袖や袴など所謂着物を着て歩いている癖に西洋東洋の文化が入り混じっている。この人里という生活圏がどのような歴史を追ってきたのかまるで想像がつかない。

 

「なんか……よくわからないですね、着物きて歩いてるからてっきり東洋主体かと思ったら洋菓子を取り揃えてる店もあるし……」

「ああ、外来人ゆえの感覚ってやつだな。そこらへんの細かい話は追々するとしよう」

「はぁ……」

 

 寺子屋の裏側に回り、鍵を開けて入る。どうやら先生用の入り口のようだ。

 

「手伝ってくれると言ってはいたが、そうだな。あまり手伝えることもないが」

「そうですね、掃除する必要もないくらいに片付いてますし」

 

 細かく見る必要もない。廊下のフローディングはピカピカに光っているし書類や本もよく纏められている。 

 

「子供たちに授業をさせるのは、流石にないな。となると……」

 

 子供たちが実際に使っているであろう部屋を横目に、奥まで進む。

 

「うん、強いていうならこれなんだが」

「これは書類? ですかね」

 

 書の類いっていうか、これは書だ。

 部屋を覆う紙。地面には全て紙が埋め尽くしている。

 

「いや言い訳にはなるんだがその、どうしても数が多くてな。まとめきれなくてこのザマだ。あまりにも量が多すぎたので休日にでも片付けようかと思っていたんだが」

「まぁ何とかなりますよ」

「本当に任せてもいいのか?」

 

 そりゃあ居候のままでもいられない、初日から手伝えることは手伝いたいのだ。

 

「大丈夫です。どの紙にも書いてあるこの数字の順に並べる感じですか?」

「ああ正しくそうだ。ただ本当にごちゃごちゃだから相当根気がいるぞ? いいのか?」

「余裕です任せてください」

「ありがとう、本当に助かるよ。飽きたら町の散歩にでも行くといい。それじゃあ私は授業に行ってくるな!」

「ええ、頑張ってください」

 

 ──これは本気で頑張らないとな。

 

「紙の柱みたいになってるじゃないか」

 

 これを少しでも片付けることが慧音への恩返しにもなるんだ。と柊は意気込む。

 

 

 ♢

 

 

 慧音が授業に向かって一時間。

 

「全然終わる気配しないんだが」

 

 終わりは一向に見えない。

 最初はちゃんと紙の詳細を見てたけど途中からはもう年代しか見てない。

 

「でも慧音さんは普段からこんな量を処理してるんだもんな」

 

 教え子への授業も並行しながら。

 それだけではない。箒に乗ってる時魔理沙から聞いた話では人間の為に身を粉にして働いている、と聞いた。

 

 彼女が根っからの聖人君子かどうかは分からない。ただ、まだ会ってそれほどの時間は経っていないが善人だというのは朝からの付き合いでも分かる。あの人は信頼に足る人だと。

 

「少しでも負担を減らしてあげたいな」

 

 

 今までの仕事プラス、自分の世話もすると言ってくれているのに、自分が何もしないなんてそれこそおかしい。

 そう考えた柊はより一層事務処理に身が入る。

 

 

 ♢

 

 

「気をつけて帰れよ〜」

 

「先生さよなら〜」

「先生も気をつけろよー!」

 

 慧音の言葉に返答を返す子供達。

 生徒全員が帰る姿を見届けてから、寺子屋に戻る。

 

「む? そういえば柊は?」

 

 あれからはや8時間近く経っている。空も暗くなってきた。

 

 ──流石に帰ったか? 

 

 基本人里を出なければ危険はないだろうから、さほど心配してないがもし帰ろうとして迷子にでもなっていたら。そう思いながら裏方のドアを開ける。

 

「おーい、しゅ──」

 

「ふぅ、やっと終わった」

 

 ようやく全ての書類が終わった時には既に日が落ちかけていた。

 しかしこれだけやってもまだまだやることはある。今日中に終わらせなくても良いとは思うが。それにしてもこの量には驚いた。

 昨日まで一人でやっていたのかと思うと尊敬しかない。

 

「あ、お疲れ様です。もう授業は終わりですか?」

「……」

 

 柊の問いには答えず、汗を描いた頬を摩って慧音は聞く。

 

「お、お前、ずっとここで作業してくれてたのか?」

「んー、でも、あまり片付けられませんでした」

「これであまりと言うか、大物だな、君は」

 

 慧音の予想では柊ぐらいの歳なら少し作業をすれば飽きて辞めると踏んでいたが、柊は続けていた。

 

「楽し、かったのか? どうしてずっと手伝ってくれてたんだ? 飽きたら散歩に行っても良かったんだぞ?」

 

 事実、そう言っておいたはずだ。

 

「まぁ、確かに面白みはない作業です。でも少しでも慧音さんの役に立ちたかったから」

「──」

 

 それを聞いて、慧音は固まった。

 

「少しは子供らしくしなさい。ほら、行こう」

「うわっ!?」

「君……いや、柊、何か食べたいものはあるか?」

 

 この少年は捉え所がない、というか意図が分からない。確かに、人の為に何かをするという人種はいる。寺子屋でも、慧音の為に道の花をあんで冠を作ったり、一度で抱えきれない本を何個か肩代わりしてくれる優しい子が。だが。

 

 ──数時間も無償で出来るか?

 

「え?」

「奢ってやる」

 

 ──8時間だぞ? 何の報酬もないのに。

 

「えーっと…じゃあ。あ、パフェあるし、あれで」

 

 魔理沙から保護を依頼されて受け入れたが、是が非でもこの人間は守ろう、そう胸に誓う。

 

「今日は本当に助かった、ありがとう」

「いえいえ、これからも手伝わせてくださいね」

「これは何が何でもお前の願いを叶えてやらんとな」

「それじゃ、頼りにしても良いですか?」

「勿論、安心しろ絶対使えるようにしてあげるからな」

 

 この恩を無碍にしてはならない。

 

 そして、一日が終わった。

 

 

 ♢

 

 

 慧音宅 庭

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう昨日は眠れたか?」

「寝る環境に左右されないタイプなんで自分」

「それは結構」

 

 朝7時。慧音に起こされて柊は庭へと足を運んだ。

 

「もしかして特訓してくれるんですか?俺が変身できるように」

「そうだ、やるなら朝にやるのがいい。一番霊力が回復している時間帯だからな」

 

 聞きなれない単語を耳にする。

 

 ──そういえば霊夢が言ってたような言ってなかったような……。

 

「霊力って?」

「まぁ言ってしまえば人の持つ力ってやつだな。弾幕を打ったりお前の能力も多分霊力を使うと思う、けど」

「けど?」

 

 慧音はプイっと、申し訳なさそうに柊から視線をズラして述べた。

 

「今のお前からは微塵も感じられない」

「……」

 

 確かに柊には霊力は皆無だった。それはもう見事なほどに。

 

「そもそも霊力を感知する感覚も分からないだろうな。よし、見ていなさい」

 

 そう言うと慧音が目を瞑った。そして集中し始める。すると次第に、彼女の周りから柊でも視認することができる青いオーラのようなものが見えてきた。

 

「これが霊力だ、どう感じる?」

「なんか綺麗ですね」

「そうだろう、ふふふ」

「……」

 

 ずーっとオーラを見続けている柊に動じたのか、慧音は話を急かした。

 

「ゴ、ゴホン。何をするにしたって霊力がないと話にならない。人里でただ生きるだけなら必要はないが。お前の目的を達成させるには一定以上の霊力が、そして肉体が必要不可欠だ。それを踏まえて今一度問おう」

 

 慧音は真剣な眼で、真っ直ぐな声で、聞く。

 

「お前にはたくさんの選択肢がある。今からでも人里で平穏な暮らしを選択するのは遅くないし、能力を開花させなくてもいいんだ、それでも、お前は鍛えたいのか?」

 

 目を閉じて、己の心と向き直す。

 

 初めは、憧れ。実際になれると思っていなかったあの憧れ(オーズ)がいざ現実味を帯びている。今、自分がそれになれるのだと。憧れに近づけるのだ、と。

 目を閉じるといつも、思い出してしまうあの惨劇──。

 

 

 決して忘れることはない。この世界にあの事件を知っている人間はもう俺一人。あの事件で死んだ少女はどう思うだろうか。

 私が死んだのだから、お前も潔く死ね、だろうか。それとも……。

 

 考えても分からない。あの子がどう思っていたかは、あの子本人にしか分からない。だから俺は、俺が後悔しない道を選択しなきゃいけないんだと思う。

 あの時一瞬迷ったように、あの時間に合わなかったように。もう俺はわかっている筈だ。きっとこの世界では、いや、どこでだって、迷ってグズグズしていたらきっと自分にとって取り返しのつかない事になるんだと。

 だからもう迷わない。迷ってはいけない。この道が苦しい道なのは分かっている、地獄に進む事(オーズになること)が正しいことではないかどうかも分からない。

 

 教えてくれる人間はいない。慰めてくれる人間も責めてくれる人間ももう存在しない。

 俺のあの選択が、正しかったのか間違いだったのかももう誰も教えてくれない。きっと、俺はそのモヤモヤと自責を、一生抱えて背負って行かなければならないんだ。

 

 せめて、正しかったのだと思えるように。あの子を救おうとした俺が、正しい在り方だったと証明する為に。

 だから俺に。

 

 

 

「……迷う余地なんてない。俺に力の使い方を教えてください」

「分かった。なら今日から早速始めよう。まず最初に霊力の扱い方を覚えてもらう」

 

 慧音は、薄々彼の心に闇が潜んでいることを見抜いた上で、それでも触れずに彼に向き合った。

 

「はい!」

 

 柊は大きく頷いた。

 

「やり方は簡単だ、霊力は肉体に備わる他の力と同様。つまり走るほど体力がつく、筋肉が傷つくほど回復すればより強固になるのと同じ。使い続ければ増えてく」

 

 理屈は分かった。けれど肝心の霊力の使い方がさっぱりわからない。

 

「どうやって霊力使うんですか?」

「それは後々に教える。とりあえずは護身術代わりに組手をしていこう。肉体に負担が掛かればお前の霊力も負担がかかる。私が妖力を込めて殴るからな。妖力で怪我をした部分は霊力が補う。そして肉体と霊力が回復する時にはより強くなっている筈だ。遠周りなようだが、安全面も踏まえて、それが一番だと思う」

「分かりました!」

「よし、じゃあ手取り足取り教えるからな! 覚悟しろ!」

「よろしくお願いします!!」

 

 

 ♢

 

 

 そして時は流れ、一ヶ月ほどの月日がすぎた。

 

 霊夢は縁側でお茶を飲んでいる。そして目の前には慧音と柊の激しい特訓が繰り広げられていた。

 

「どうした? その程度か!? まだまだ行くぞっ!! そらぁ!!!」

「ぐあっ!」

 

慧音が繰り出すパンチをもろに受け、柊は吹っ飛ばされるが、上手く受け身をとりすかさず体制を整えた。

 

「くぅ……!」

 

「……」

 

(……ふむ。まぁこんなところか。基礎はよくできてきた)

 

「こんな所かな。よし、柊。今日はここまでにしよう。よく頑張った」

「あ、……はい……ハァ…ハァ……ありが、とうございまし……た」

 

「お疲れ様。頑張ってるのね」

「霊夢……うん、ありがとう」

「それで霊夢、お前は何しに来たんだ? ただ私と柊が特訓している様を見に来たわけではあるまい」

「いやそれだけよ? 長いこと姿を見かけなかったから様子を見に来たの。まぁ元気そうで何よりだわ」

「おかげさまでな」

 

 霊夢は嬉しそうに柊を見やり、縁側から立ち上がる。

 

「それじゃ、私もそろそろ行くわ。何かあったら聞きに来るなりしなさい。まぁ慧音さんがいるから心配はしてないけど」

「そっちも大事ないようにな」

「ん」

 

 そして霊夢が立ち去った後、暇つぶしがてら人里を歩いていると。

 

「ん? 魔理沙か、おはよう。久しぶりだな」

「おう、柊もおはようさん」

 

 魔理沙と会うのも一ヶ月ぶりになる。相変わらず元気そうだ。

 

「なんか食いながらでも話すか」

「お、奢ってくれるのか、さっすが〜」

「……おう」

 

 この流れで割り勘だ、とは言えず渋々お金を店員に渡し、魔理沙の分までお金を払う。

 

「ほら」

「ありがとな」

「ん! 美味い!」

「だな」

 

 洋菓子を頬張る魔理沙を見ながら、ふと、思い出す。

 

「なぁ、魔理沙」

「ん?」

「昔っから慧音さんの事知ってんのか?」

 

 魔理沙の脳裏に一瞬昔の記憶が蘇る。

 

「ああ。昔人里にいた頃は慧音先生に物教えられてた事もあったからな」

「そうだったのか……」

「おかげで対面した時に先生って呼ぶ癖が今でも残ってるよ」

「ははは、そうなのか」

 

 今現時点先生呼びをしているが、直接相手を敬う呼び方をする魔理沙は見たことがないので気になる。でも自分が大人になってもそうなるだろうと思う。教わってた先生には何歳になっても先生と付けて呼ぶことになるだろう。

 

 ただ、こと自分にとって彼女は先生という役だけの人間ではないからその例ではないかもしれないが。

 

「それで? 慣れてきたかよ、ここでの生活は?」

「慣れてきたよ、魔理沙が空飛ぶのはまだ慣れないけど」

 

 自分が飛べる姿なんて到底まだ想像もつかない。

 

「そっか、飛べるようになったら教えてくれよ。んで本題の方は?」

「……ひ、み、つ」

 

 数秒視線を上にやってから意味深に魔理沙に言い寄った。すると、魔理沙は素直に食いつく。

 

「お!? お!? いけたのかよ!?」

「それは……ん?」

 

 柊の視界の奥から不穏な空気が流れくる。魔理沙も、異質な気配を感じた瞬間声を上げる。

 

「ゲッ、慧音先生……」

「少ししたら戻ると聞いていたんだが、道草を食っていたようだな?」

「いや、食べてたのは白玉……」

「じゃあ、またな〜!」

 

 箒に柊が手を伸ばす。

 

「お、俺も連れて……!」

「問答無用!」

 

 慧音に首を掴まれる。そして魔理沙は爆走で消えた。

 

「何か言いたい事はあるか?」

「痛くない方でお願いします」

「却下だ!」

「あだっ!?」

 

 慧音の強力な頭突きは柊を一瞬で気絶させてみせた。

 

 

 ♢

 

 

「よっ! 一緒に遊ぼうぜ!」

「ああ、いいよ鬼ごっこな」

 

 この通り、柊も最近では裏方だけでなく表の仕事も引き受けている。年齢が近いからか、はたまた慧音ほど堅苦しさを子供達が感じなかったのか、すぐに接してくれるようになった。

 

 

「おーい、そろそろ帰る時間だぞ」

「えー」

「だそうだ、また今度な」

 

 つまんなそうな顔をする生徒の頭を撫でる。

 

「約束だぞ?」

「分かってる、明日でもいいだろ別に」

「じゃあな!」

 

 子供は元気だ。周りからみると充分子供である柊が呟きながら笑う。

 

「もう完全に私のサポーターが板についてきたな。ふふ、私も嬉しいよ」

「皆んながすぐに受け入れてくれたからですよ、慧音さんが俺の事をみんなに逐一教えてあげたのも大きいでしょうし」

「そうか、それは教師冥利につきるな」

 

 二人が子供達の帰りを見守っていると。

 

「……あ? なんだあれ」

 

 空には、不穏な、紅い雲が漂い始めた。

 

 

 

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