東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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35話 未来を据えてと相討ちと肩透かし

「ちょっと!?」

 

 こともあろうに、この女は、戦闘中にもかかわらずべルトからメダルを取りあげた。

 

「何するんですか!! っていうか、本当に何してんの!?」

「ほら、さっさと戻りなさい」

「戻るって………はぁ、分かりましたよ。なんなんですか…」

 

 レミリアが巫山戯て言っているのではなく、本気で言っているのだと雰囲気理解したからいう通りにはしたものの、何故こんなことを。

 

「そろそろ良い機会だと思ってたのよ、ほら」

 

 レミリアが右手を柊に出す。柊もそれを握れという意図として捉え、とりあえず握り返した。

 

「行くわよ」

「え?」

 

 レミリアが浮遊する。当然柊も空に上がった。

 

「何する気なんですか」

「そろそろ次のステップに上がらないとね?」

 

 柊の質問には頑なに答えない。だんまりを決め込むまま、柊を背中から抱きかかえた。

 

「よっ…と!」

「!」

 

 雑に、生えていた木を引きちぎり、ぶん投げる萃香。

 

「やばっ──」

 

 咄嗟の攻撃に反射で目を閉じてしまう。

 

「何目閉じてるの、開けときなさいよ。変身中は出来てることでしょ」

「え、ぁ……!」

 

 身体が大きく揺れたと思い目を開けたら、さらに上空へと上がっている。

 

 レミリアが上手く旋回したようだ。木はどこか彼方へ消えて行った。

 

「どう? さっきの攻撃は」

「なんか視界が暗くなったのは分かりました……そのあとは反射で閉じちゃったけど……」

「……まぁはじめての生身での実戦で知覚出来てるだけマシなのかな。やっぱり普段から鍛えてるおかげかしらっ…!」

 

 柊を片手で抱きかかえて、右手から弾幕を放つ。萃香はひょいひょいと軽やかに避けながらも接近する。

 

 かなりの数の弾幕が放たれたが、しかし依然として柊には目でハッキリとは追えない。気づいたら地面が砂埃に塗れてるのを確認出来るだけだ。

 

 

 ──…霊夢と魔理沙はこれが見えてるのか。

 

 

「スピード上げるわよ!」

「…え? これがほんきじゃっ!!?」

 

 身体に大きな力がかかったと同時に視野が狭まるほどの速さで空を駆けていた。

 

「貴方ね! ぼけっとしてたら舌を噛むわよ!!」

「こ、こんな無茶……!」

「身体中の力を意識して! 霊力はあるんだから耐えられる筈!」

 

 風圧で痛みを感じるぐらいには速度が出ている。頭が重くてガンガンする。

 

「ッ──」

 

 下にいる萃香は腕に着いた鎖をこちらに振り回している。けれどレミリアも余裕のある姿勢で避けながら弾幕を撃ち続けている。

 

 状況としていうならば、それだけ。ただし、今までとは違う点がある。

 

 こうして生身で見なければ気づけなかった筈のことだ。なんせ、普段は変化していて見え方が違う。

 

「弾幕ってこんな綺麗だったのか……!」

 

 鮮やかな紫色の弾幕が、萃香の攻撃で爆ぜる。ただ弾幕が飛び交う景色ですら輝かしいが、互いの攻撃が炸裂し宙に舞うその絵は、初めて生身で見た彼には刺激が強かった。

 

「……フフ」

 

 柊の発言に無言で笑うレミリア。そして、その声に答えるように彼女は右手を上に掲げた。

 

 

「神罰『幼きデーモンロード』」

 

 レミリアがスペルカードの宣言をした。

 すると萃香を囲うように魔法陣が展開されリング状の弾幕が飛び交う。

 

 

「おい吸血鬼、お前の攻撃はこの程度か?」

「よく吠える。そこまで言うならそっちも魅せてみたらどうなのよ!」

「ああ、そうする。本当の鬼の力。見せてやるよ」

 

 萃香がそういうと、みるみるうちに身体が巨大に、いや巨大では言い表せない。いっそ山程の大きさに変化した。

 

「鬼符『ミッシングパワー』」

 

 岩石よりも大きな手が上から平手打ちにかかる。

 

「無茶苦茶ね、ほんと…何より美しくないわ。力でのゴリ押しなんて美しさもへったくれもない」

「ははは、お前もやりゃいいじゃんか。出来ないわけじゃないだろ? そらっ!!」

 

 柊を抱えながらというハンデもあってか、回避には成功するものの、巨大な拳が翼を掠る。

 

「チッ」

「お前さぁなんでそんな足手纏いを庇ってるんだ? そいつ、どうってことない人間だろ」

 

 柊はその言葉に納得はしても怒りはしなかった。なぜなら、事実だ。現時点で自分が足手纏いになっていることは否定のしようがない。

 だが、レミリアは。

 

「こいつを舐めているといつか痛い目を見るよ」

「ほう? 随分勝ってるんだな。全然強いと思わなかったけど」

「どうかな。絶賛急成長中なんだよ、こいつ。今はまだお前には及ばないまでもな」

 

 ブンブンと繰り出される拳を全てかわしながら、なおも話す。

 

「それに、今のコイツがお前より勝っている部分があることを、私は知っている」

「む、それは?」

ここ()だよ」

 

 レミリアは空いた手の方で心臓あたりをトントン、と指さした。

 

「ほ〜う? とてもそうは見えないけど、そこまで言うなら見せてもらおうか、勿論。お眼鏡に敵わなかったら、死んでもらう」

 

 レミリアは拳が降りる場所の直前で急停止しバックする事で回避した。

 そして一旦地上へ降り直して右手に妖気を溜めながら、再びスペルカードを叫ぶ。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 

 雷のような音を立てて、その槍は萃香の心臓目掛け飛ぶ。

 

「たっ!」

「お前は用済みだよ」

 

 神槍は萃香の拳に掻き消され、そのままレミリアを打つ。

 

「ぎっ!」

「わっ!!」

 

 拳に対し背中を向けることで柊への攻撃を防いだが、勢いづいたまま地面に突っ込んでしまう。

 

「……っ。レミリアさん、大丈夫ですか!?」

「ほんっとに、規格外ね。私のお気に入りだったのに……」

「安心していい。お前も強いよ、ビックリしたさ」

 

 萃香が元のサイズになって姿を戻し、互いに睨み合う。

 

「私が今知りたいのはお前の方だよ人間。かかってこい」

「……」

 

 どう動けばいいか、柊があぐねていると。

 

「……はぁ、ふ抜けめ。なんだよ、異変を解決してやろうって気概もないのかね最近の人間はさ」

「……なぁ、一つ聞いていいか?」

「ん、どうぞ」

 

 萃香も柊も一旦のこう着状態に入った為、柊は興味本位で質問をした。

 

「なんで異変を起こしたんだ? 俺は正直何をされたかも分からんし」

「ああ、理由がないと闘えないクチか? 単純だよ、ちょっと前に春が奪われるとかどーとかの異変があっただろ?」

「──!」

 

 春雪異変の事だろう、柊は萃香の言葉に一瞬固まってしまう。もしかしたら、今回の異変が起きた理由も自分が原因なのか、と。

 

「あれの所為で春全然宴会しなかったからさ、折角ならもっと一杯宴会しようと思ってな。あとまぁ本命は仲間がこれを機に戻って来られるようにってとこかな。まぁ可能性は低いだろうけど」

「……そうか」

 

 つまるところ、今回の異変には間接的に自分が関わっていたという事だ。だが、それで変に気を負うことはない。

 

「柊、自分の所為だとか思わなくていいわよ。あれだって紫が……」

「……あの異変が俺の所為かどうかは別にしたって、宴会の数が減ったのには少なからず俺にも責任がありますから」

「……ん? なに、お前紫と関わりあるのか?」

 

 柊は軽く頷いて。

 

「春が奪われた時の異変で闘った。今はもう友達だけど。そもそもここに来れたのも紫さんのスキマを借りたからだ」

「ふーん、お前も奇妙な縁を持ってるな。それにしても……お前に責任があるってのは本当かい?」

「ああ、俺がやらかした所為で本来できたはずの宴会が中止になった、というのもあるだろうな」

 

 そんなことはない。とレミリアは告げようとするが、口には出さなかった。あの異変に対して彼がどう思ったのか、そしてどう受け止めるかは彼自身が決めることだ。彼なりに折り合いをつけたのならば、もう何も言及はしない。

 

「そっか、んじゃ責任は取ってもらおうかな」

「……それは、闘えってことだよな」

 

 萃香はこの少ないやり取りで柊の人となりをそれなりに把握していた。今更過去の異変を蒸し返す気なんてさらさらなかったが、戦う口実になるのならば話は別だ。この真面目そうな男ならば、責任の話をすれば受けて立つだろうと、事実。彼は受けて立った。それが責任を果たすためかは分からないが。

 

「ああ、察しがよくて助かる、よ!」

 

 萃香が飛び込んでくる直前に、タトバコンボへ変身した。

 

「柊!」

「手出しはさせないよ!」

「な…」

 

 何もない所から萃香が複数になってレミリアを襲う。

 

「何でもありね……!」

「レミリアさん、大丈夫。そっちは任せた」

「……!」

「へぇ、言うじゃないか一人でどうにかなるってか!」

 

 巨大な右の拳を振るわれる。

 

「そりゃ!!」

「フッ!!」

 

 柊は両手で押さえ込んだ。

 

「ちょっとは、やる、ね!!」

 

 次いでの左拳。受け止めた巨大な右手を足場にして跳躍することで上空へ上がり攻撃を躱す。

 そのまま落下しつつトラクローを頭部へ一撃直撃させるが、多少皮膚の表面が掠れているくらいでダメージにもなっていなかった。 

 

「!」

「その程度じゃ私の相手にはなれないよ」

 

 地面の礫を萃め棘として柊を襲う。吹き飛ばされた柊は脚を変形させ無理矢理受け身をとり体勢を整えるが、立ち上がった時には更に棘となった礫が襲いかかる。

 トラクローで全て破壊するが、その数秒は鬼が人間に接近し切るには十分過ぎるほどの猶予だ。

 ほぼ反射だけで身体が動き拳を振るうが萃香は煙のように全身を霧散させる。そしてそう認識した次の瞬間には上空からスタンプが打ち込まれる。

 

「ンッハハハ!!、惜しかったね。反応しただけでも凄いよ。目が良いのかな」

「厄介な能力持ちだな」

 

 

 高速でメダルを入れ替え、3枚の新たなメダルをスキャンする。

 

 

 ──タカ! ──クジャク! ──コンドル! 

 

 ──タ〜ジャ〜ドル〜!! 

 

 

「あっちち!!」

「姿が捉えられないなら纏めて焼くまでだ」

 

 その対応は正しい。萃香の『密と疎を操る程度の能力』は萃香を極限まで薄くすることは出来ても、透明には出来ない。

 点ではなく面の攻撃を行えばそれなりに有効打にはなるだろう。萃香が何も動かないことを前提とするのであれば、の話だが。

 

「ま、そもそも私に対しての火力としては到底通用しないんだけど」

 

 柊の放った火球を右手に萃め、己の妖力を込めて投げ返す。

 

「くそ!」

「う〜ん、やっぱ元の威力がいまいちだったな」

 

 サラッと棘を含む言葉を述べるが、決して萃香には悪意はない。ただ純粋無垢、天衣無縫が故に思ったことをそのまま述べているだけなのだ。そんな萃香の言葉に反応することもなく柊は連続で火球を放ち続ける。

 

「あのさぁ勝つ気あるの? こんなのが通用すると本気で思ってる?」

「思ってないのに撃つほど考えなしじゃない」

 

 ──タカ! ──ゴリラ! ──バッタ!

 

 腕に繋がれた分銅を振り回し、全ての火球を薙ぎ払った萃香に、亜種コンボへ変化して飛びかかる。

 

「ああ、牽制で使ったって訳か。んなもんしなくたって逃げないよ。お前達じゃないんだから」

 

 萃香の位置をよく見て、ゴリラの拳を発射する。流石に予想していなかったのか、腹部に直撃する。

 

「……惜しい、というか残念だよ。あんたにもっと力があればこの手だって通用してたのに」

「……!」

 

 直撃した拳はほんの少し退けぞらせた程度で、これまた大した手応えは感じなかった。

 これが鬼だ。素の身体能力が他の種族よりずば抜けている。

 鬼にとってはただの拳の一振りですら、他種族には致命傷。上手くかいくぐって当てた渾身の一撃すらも、鬼の頑丈すぎる肉体には致命傷とはならない。

 鬼の首魁にダメージを与えることが出来ていたならそれだけで賞賛されても良いほどには、種としての生命力が優れている。

 

「やっぱり人間は非力だね。そりゃあ卑怯な手も辞さないようにもなる。罠を使ったり人の気持ちを利用したりさ、本当、嫌いだよ」

 

 あからさまに敵意を含んでいる声色ではあるが、それが柊自身に向けられた敵意、怒りではなく、向けられているのは。

 

「……昔、騙されたのか?」

「ああ、そうだよ。騙されに騙された。それが嫌で私たちは人間を見捨てて地底に行ったのさ」

 

 

 チテイ、というのは良く分からないが鬼という存在が昔に存在していたことくらいは知っている。そしてその歴史もある程度は。ただまぁ人里には鬼についての情報は聞かなかったから、もしかしたら現代人の自分とは隔たりがある箇所なのかもしれない。

 

 現代人であったらば、桃太郎の話を知らない者はいないと言っても差し支えはないだろうに。現実に近しい話をするのであれば、あまり詳しい詳細には知らないが酒呑童子と神便鬼毒酒の話などは有名どころだろう。

 ただ、今はそんなことどうでも良い。

 

 

「だったら今更なんで……こんな異変を起こしたんだ」

 

 鬼だなんだと言うのだから、もっと悪質な異変を起こしてもおかしくないと思っていた。それがどうだ、ご丁寧にルールに則って闘い、しかも異変を挙げた理由は宴会の為だという。

 まっこと意味が分からない。

 

 

「さっき言っただろう。これでまた鬼が戻ってくるならそれで良しなんだよ。なんだったら今度こそ人間に報復でもしてやるさ。百鬼夜行の再来だ」

「──いいや違うな。少なくとも、俺の目にはそうは映ってない」

 

 先ほどの発言からも薄々分かってきたが、この萃香という鬼はかなり人懐っこいのではないだろうか。裏切られた話をした時もそうだ、あの鬼の少女の目には怒りがあったことも間違いではないが、そこには怒りだけでなく──。

 

「お前は、もう一回昔みたいに人間とはしゃぎたいんだろ。お前は人間をもう一度信じてみようと思ったから異変を起こしたんじゃないのか?」

 

 密かな羨望と期待の気持ちがこもっていたと、確信を持って言える。なぜなら、自分が同じ目をしていたことがあるからだ。

 絶望していても心のどこかで希望に縋っている。あれはそういう目だ。まだ本当に諦めたわけじゃない、だからこそ異変を起こしているのだろう。

 

「宴会だって、人間なしじゃ始まらないしな」

「……知った口を聞く。お前が私の何を知ってるんだ」

「お前の名前は初めて聞いたけど、鬼の存在なら知ってるよ。……実際に見たのは今日が初めてだけど」

 

 正直こんな可憐な少女が鬼だと言われてもあまり実感が湧かなかったのも事実だ。

 

「何が言いたいんだ? お前」

「いやなんだろうな、その、良かったなと思って」

「……は?」

 

 巫山戯た回答に、思わず聞き返してしまう萃香。

 

「確かに人間は他人を騙したりもする生き物だよ。人の足を引っ張って生きていこうとする奴がいることも否定しない。それを見て、実際に騙されたお前が嫌になるのも無理はないと思う。嘘とか、謀る事とか嫌そうだもんな。大江山のあの有名な鬼も『鬼に横道はない』とか言ってたらしいし」

「!」

「けど、本当に尊いとされる人間が世の中にいることも事実だ。人の為に力を使える人が、人を騙すことなく、誰とも平等に接することができる人間がいるのだって事実だ。お前だってそれは知ってるだろ」

 

 一瞬萃香の目が細ばる。それは、記憶の美しい物を思い出したからか、真実は分からない。だが、確かに萃香の心の中にも評価に値する人間が残っているのだろう。

 

「幻想郷には、そんな綺麗な人たちがいる。妖怪でも一緒に呑んで、宴会をする、そんな好き物がいるんだよ。俺だってそうだ。別にお前らが鬼だからってどうしようとも思わない」

 

 萃香は記憶を振り払い、今、喋っている男の目を見た。

 

「だからさ、お前の異変は実質成功したって事だろ。だから良かったなと思ったんだ。本当にそれだけだ。仲間集めと宴会、どっちがお前にとっての本当の目的か俺には分からないけどな」

 

 よっ、と柊は地面についた膝を勢いよく上げて、立ち上がる。 

 

「俺の責任云々はもうこの辺でいいだろ。きっとこれから先幾らだって宴会もできるさ」

 

 レミリアと萃香の分身たちはまだ闘っているが、これで納得してくれるのであれば異変は──。

 

「……いいや、まだだね」

 

 柊のような新参者の身でも感じ取れるほど、ひりついた妖気が萃香の全身から放たれる。

 

「──!」

「それが嘘だという保証もないだろ。それに、さっきまでの無様な姿でペラペラと喋られても、生き延びるためのでまかせにしか聞こえないねぇ」

 

 ヘラヘラと、萃香は冗談のように告げる。

 

「はは、なるほどな。一理ある」

 

 もう、お互いにこれが意地の張り合いだということは理解できた。

 確かに膝を地面に付きながらの語らいでは負け惜しみのように感じられても仕様がない。と、萃香が理由を適当につけたというのは柊でも分かった。

 これは一種の通過儀礼なのだ。萃夢想異変の(種族の垣根を越えた上での)闘いであると今、わかりやすく萃香が述べた。

 

「さぁ来い、お互い納得行くまでやろうじゃないか」

「これだから妖怪は……話し合いで解決しようとか思わないのか?」

 

 苦笑いで萃香の煽りを返す。だが、萃香はその言葉を甘んじて受け、また返した。

 

「話し合いっていやぁ(コレ)が分かりやすいだろ?」

「ま、それなら俺も気兼ねなくやれるしな」

 

 サイ、ゴリラ、ゾウのメダルを装填しスキャンする。

 

「喧嘩ふっかけた私がいうのも何だけどさ、お前さんも苦労人だな。勝てないって分かってただろうに。責任感じて闘いに応じるなんて」

「何か勘違いしてるみたいだけど、俺は初めっからお前に負い目を感じて闘ってたわけじゃない」

「ん? そうなのか?」

 

 もう、自棄になっていたころとは違う。四季映姫に教えられ、風都で学び、どうするかは自分で決めたのだ。

 彼は細々と言う。

 

「俺がお前と闘ったのはただ、過去の清算をしたかったってだけだ。俺が原因で起きた異変で被害を被った人たちが一人でも減るように。それもさっきまでの戦いでもう済んだだろ」

 

 そう、自分の過去との清算はコレで終わりだ。なんせ萃香の異変の目的はもう叶ったようなものだから。自分たちが自分たちのやりたいように生きていればそれで萃香の目的は達成される。

 仲間集めの方は関与しないが。 

 本来ならもう自分は闘わなくても良いのだが。

 

「あとはもう、気持ちの闘いだろ。どっちが負けを認めるかっつーな」

 

 彼女自身の心の清算は済んでいない。まだ彼女が自分を信じきれていないというのなら、それが拳のぶつけ合いで解決するというのであれば、乗ってやらないこともない、というだけの話。

 

「──いいねぇ、あんた気に入った。……柊、だったよな。さっきの発言は撤回する。あんたの(ここ)は確かに強かった。私には負けるけどな」

「さてどうだろうな」

 

 お互いに一歩ずつ近づく。そして、お互いにあと一歩も進めない距離まで到達したところで。

 

 互いの右腕が胴を打った。

 

「がっ!」

「うぃ、さっきのよりも断然効くじゃないか! なぁ!? 柊!!」

 

 サゴーゾコンボによる渾身の一撃は、いかな鬼といえど無傷とはいかなかった。

 能力を用いて、という前提ではあるが、人間が再び自らの土俵に上がった事実を認識し、萃香は笑う。

 

「うりゃ!!」

 

 両の手、ゴリバゴーンを発射。先程の記憶を思い出し、萃香はまともに受けようとするが。

 

「かっ……!」

 

 亜種コンボとコンボでは文字通り天と地ほどの差がある。それは火力出力においても同義だ。

 先程よりも一回り以上の威力の拳、それを二つも直撃したのだ。コレには流石の萃香も身体を退けぞった。

 

「っ!」

 

 後ろに逸れた身体を戻し前方に視線を向けた先には。両足を融合させたズオースタンプが目前に迫っていた。

 

「おりゃぁ!!」

「う!」

 

 飛び蹴りをモロに受けながら、萃香は謎の既視感について思考していた。

 この攻撃には覚えがある。そうだ、先程こちらがした攻撃だ。礫を萃めて棘状にした攻撃。それを受け体勢を整えていたところに

踏みつけ。たまたまか? それとも、人間にも力があると誇示しているのか?

 

「──どっちでもいい。人間と真っ向からやりあえるこの感動に比べたら全てがどうでもいい。なぁ? 何年ぶりだよ! この歓喜に比べたら、他の全てが道の小石以下だ!!」

「そりゃ良かったな。真っ向勝負で初めて負けるのが俺でさ!」

 

 ゴリバゴーンの強烈な右拳が萃香の頬を打つ。しかし負けじと後ろ蹴りを柊の首へと食らわせる。

 

「そら、受けてみろ!!」

 

 そう言って瓢箪の中に入っている酒を口に含むと、炎となって口から吐き出される。

 

「ぐうぅ!!」

 

 両手を頭の前に広げ、炎の中を突進する。その走った勢いのまま、頭部の角を萃香に向ける。

 

「いいね、そぉっら!!」

 

 互いの角で頭突き合う。金属同士がぶつかり合ったような、生物同士が当たったとは思えないような金切り音を立てながら、両者ともに額を手で押さえた。

 

「いったぁ……」

「いちちち……! や、やるじゃないか、鬼の私に勝るとも劣らない角だ……!」

 

 超強力なパワー。至極シンプルで正当な力。サゴーゾコンボはそれだけに留まらない。

 

「なにっ……!?」

 

 重力操作。不意の超能力に萃香は出遅れる。

 

「せいっ!」

 

 更に、それを可能にするサイヘッドの一本角、グラビドホーンを胸に突き刺す。

 

「ぐぇっ!」

 

 強烈な衝撃を受け吹き飛ぶ萃香に、更に腕を飛ばし追撃を仕掛けた。 

 

「はっ……はっ」

「お前と闘ってると昔に戻ったようだよ」

「そう言うってえと……俺ぐらい力持ちの人が他にもいたのか?」

「ああ、お前みたいに姿が変わったりする訳じゃなかったけどな」

 

 萃香は懐古したような目で、遠くを見つめている。どれほど昔のことだったか。もうその時の闘いの感覚すら朧げだ。

 そしてこんな戦いを、幾星霜待ち侘びたか。

 

「なんかこう、身体から力を練り出してたんだよ」

「へぇ……是非とも話を聞いてみたかったな」

 

 そう言う柊の力も残り少ない。そもそもコンボに変化した時点で勝ち筋を見極めていなければいけなかった。勝算もないのに萃香に乗った柊もまた、甘かったが、それこそが彼の本質でもあった。

 

「……ぐっ…!」

「! おい、大丈夫か?」

「人間の心配をしてくれるなんざ、随分優しい鬼だな……泣いた青鬼さんか?」

「誰だよそいつ……いや、別に心配した訳じゃないよ、ただこんな所で死なれたら処理に困るだけだ」

 

  

 

 

 

「くくっ、博麗の巫女ならともかくただの人間のそいつを連れて来たのはやっぱり失敗だったんじゃないのか?」

「良いんだ。こいつは必ず私達にとって将来の財産になる、必ずな」

「……私達?」

 

 おっと。と俺の口を抑えるレミリアさん。

 

「そろそろ決着つけましょうか」

「望むところだよ! 全力できな!」

 

 右手をクイクイと手前にやる。

 

「喜びなさい柊、弾幕ごっこ新米の貴方がこれを目に収める事が出来る事に!」

 

 

 身体を縮こませる。そして少しの静寂の後、レミリアが宙へ上がる。

 

「神術! ……」

 

 

 両手を上げて、高らかに詠唱した。

 

 

「『吸血鬼 幻想』」

 

 

 

 レミリアの背後に浮かぶ巨大な魔方陣。

 徐々に徐々に上へと上がり、魔方陣が回転を始めると一気に巨大な弾幕が拡散するスペルカード。

 

 上空から軌道上に動く大玉。

 それが五つこちらの目を惑わせながら向かって行く。

 

「シンプルにうざいな!」

 

 殴って壊し、弾幕で相殺し、避けれるものは避けていく。

 

 

「す、すげぇ…」

 

 俺には弾幕に埋め尽くされてるようにしか見えない。あんなののどこに避ける空間があるんだろうか。

 

「……私の勝ちッ!」

 

 大玉の奥から聞こえる声。

 そして大玉の合間を縫ってレミリアの元へ飛来する鎖。

 

「自分で自分の視野を狭めるなんて…墓穴を掘ったね!だって……」

 

 締め付けるようにチェーンはレミリアを囲む。

 

「喋りすぎだよ、鬼」

 

 しかし完全に締め付けられる前に蝙蝠化し萃香の背後に迫った。

 

「あっ!」

「隙だらけよ」

 

 実体を取り戻し、槍を振る。

 

「…うわ〜!……なんちゃって!」

 

 萃香は霧に消え、槍は鎖に絡まってしまう。

 

「なっ!」

「かかったね!」

 

 一瞬の隙に槍ごと腕を鎖に巻き付けられた。

 そのまま鎖を引っ張り大玉へとレミリアを投げ飛ばす。

 

 ─────────

 

 

(やばい…!)

 

 あの大玉は一見遅くて鈍いだけの玉に見えるが違う。ずっと地面を抉る鈍い音が聞こえてきていた。

 あれは地面をえぐる音が聞こえる程に回転しているということだ。高水圧カッターと原理は同じ事。

 

 当たれば大怪我は免れない、俺がどうにかしなきゃだけどメダルはレミリアさんが持ってる…!

 

「……ああ、くそ…なるようになってくれ!」

 

 ──────────

 

 

「そおっ…ら!!」

 

 一度後ろに助走をつけて、大玉にこいつを打ち込む。

 やっぱり吸血鬼って言っても大したことは……。

 

「おりゃあ!!」

「うぇ?」

 

 コツン、と右手に何かが当たった感触があった。

 見てみれば、人間が私の右腕に蹴りを入れていたようだ。

 

「……何してんだ?」

「やっぱダメかぁ…!」

「…アハハハ! やっぱ面白いなお前! 分かっててやったのか!」

 

 でも残念だったな、全然邪魔になってないよ。

 

「大健闘ね、よくやったわ」

「あ」

 

 気を取られた一瞬で、レミリアに鎖を引っ張られる。今度は私が宙に浮く番だ。

 

「やっちゃったあぁぁぁああ!」

「天誅!」

 

 レミリアは鎖を叩きつけて、私を弾幕へ突っ込んだ。

 

「あぁぁぁあああ!!」

「お終いね!」

「……ん〜」

 

 どうすっかな。まぁ今回は人間の肩を持ってやるか。頑張ったみたいだし。

 だがこのまま負けるのも癪なので、せめて道連れにしてやるか。

 

「ちょっ…!」

 

 被弾覚悟で鎖を後ろに思いっきり引いた。

 レミリアはその勢いを殺しきれず──。

 

 ─────────────

 

 

 激しい炸裂音が鳴った。

 

 急な音で驚いて目を閉じたが、すぐに開け直す。

 

「れっレミリアさん!!」

 

 姿が見えない。もしかして。

 

「しっ…し、しし、…死んだ…?」

 

 どうしよう、っていうか俺も咲夜さんに殺される!

 

「やったわね、大金星よ…まぁ勝ちではないけど」

「わっ!れ、レミリアさん!」

 

 後ろから声が聞こえた。まさしくレミリアさんの声だ!

 ボロボロになった服で、ケホッと少し咳き込んでいる。

 

「大丈夫ですか?」

「私よ? 大丈夫に決まってるじゃない。そもそも直撃は避けたし。あいつと違って」

「流石ですね…」

 

 レミリアさんの指の先では、萃香が気絶していた。

 

「当然ね、私のマックスパワーだもの。直撃すれば気絶もするわ」

「いたたた…負けたかぁ」

 

「…起きてません?」

「……」

 

 萃香が後頭部を擦りながらスッと立ち上がった。

 

「ちょっと、そんなすぐ立ち上がらないでよ、私が大した事ないように見えるでしょ」

「あーあ、負けちゃったかぁ。やるなぁ」

「これからは慢心しない事ね。私ならあそこで負け筋は作らなかったわ。例え非力な人間だったとしても近寄らせない」

 

 それに、と続けるレミリアさん。

 

「さっきの大きくなるやつ使えばまだ闘えたでしょ? 何故私に投げられてすぐ使わなかったの?」

「結局被弾するのに変わりはないでしょ。それに私はそんな横暴でも見栄張りでもないよ、そんなズルしても楽しくないし」

「それもそうね。けどやせ我慢で痛くない振りするのは見栄っ張りとは違うのかしら?」

「はいはい、強かったって。謝るよ」

 

 その言葉に満足したようだ。笑顔でウンウンと頷いている。

 

「それじゃ、私達はここで去るわね。せいぜい霊夢にこっ酷くやられるがいいわ」

「はーい」

「…レミリアさんの方が見栄っ張りに見えちゃいますよ」

 

 どうやら勝てなかったのが多少尾を引いてるらしい。

 

「…そういえば聞いてなかったけどさ、なんの目的があってこんなことしてんの?」

「んー?」

 

 数秒右上を見ていると思えば、こちらを向き直した。

 

「私はただ皆んなで宴会したかっただけだよ? 出来れば毎日大勢で」

「は? それだけ?」

「うん! それだけ」

 

 こんなに強いんだからてっきりもっと悪いこと企んでるんだと思ってたが。なんともまぁ肩透かしだ。

 

「…ふふ、柊からしたら少し面食らったかしら? 異変なんて大抵こんなもんよ」

「……こんなに大変だったのになぁ」

「アハハハ! それじゃあねー!」

 

 プツン、と意識が一瞬消えて気づくと、博麗神社に戻っていた。

 多分紫さんが連れ戻してくれたのだろう。

 

「あら…お帰り、柊」

「どうも」

「…紫さん霊夢は?」

「今行かせたわ」

「…そうですか」

 

 レミリアさんが横にいた。

 

「…ん」

「何か騒がしいわね?」

 

 ザワザワと音がする博麗神社の方を見やる。

 

「おーい早く来いよお前ら〜!! お前らも準備手伝えよな〜!」

 

 魔理沙が両手に酒を持って手を振っている。ああ、今日が宴会だったな。

 

「完全にそっちのけだったわね…正直言って宴会よりお風呂先に入りたいわ…」

「俺もです…ていうか寝たい」

 

 体は痛いわ頭はぼーっとするわで早く寝たいなぁ。

 

「もしかして昨日からずっと寝てないの?」

「貴女を探してたんですよ…咲夜さんに言われて」

「そういえば言ってたわね…全く。今日はゆっくり寝なさい」

「それじゃボチボチ行きましょうか」

 

 神社へ足を運んでいると。肩を叩かれた。

 

「…?」

「はいコレ、返すの忘れてたわ」

 

 胴のメダルだ。そういえばそうだったな。

 

「どうもありがとうございます」

「それはこっちもよ、あいつの気持ちの問題だろうけど、貴方がいなかったら相討ちには持っていけなかった。誇っていいわよ」

「はいはい」

 

 いつもの饒舌を軽く流しながら聞く。

 レミリアさんもこういう扱いに慣れてるのかちょっと困った笑みを浮かべているだけだ。いつもだったらこれでおしまいなのだが。

 

「ほんとにありがとね。いつも感謝してるわよ」

 

 身体を右に曲げて満面の笑みでこちらにお礼を言う。それは友達に向けて言うようで、少し照れくさかった。

 

「う…じゃあ、今度弾幕ごっこ教えてくださいね」

「ええ、いいわって…なに目逸らしてるのよ、照れてるの?」

「……ちょっとビックリしただけです」

「ふふ、なら偶にはこうやって対応してあげようかしら」

「勘弁してください」

 

 ─────────────────────

 

 数刻後に泣いている萃香の首元を引っ張りながら神社へと戻った霊夢を見て、異変は終わりを告げたのだった。

 

 

 

「異変の主犯になったぐらいだからもっと暴れると思っていたのだけれど」

「いや〜私もそこまで乱暴する様な奴じゃないよ」

「それでどう? 強かったかしら?」

 

 紫が笑って尋ねる。

 

「霊夢? だったら言うまでもないだろ?」

「違うわよ。吸血鬼とともに来た方の子のこと」

「さぁな。正直そんな強いとは思わなかったけど……」

「?」

「中身はあんな吸血鬼が推すほどの素質は感じなかった。が……」

 

 紫が謀ったような瞳で萃香を見つめている。

 

「……まぁ、妖怪になってる時のあいつは確かに面白かったな。私と握力で引けを取らない種族が鬼以外でいるとは思ってなかった。ま、弾幕ごっこのセンスはあんましなさそうだったけどな」

 

 痛めた右手をブラブラと振る萃香。

 

「妖怪じゃなくてオーズよ」

「どっちでもいいだろ。それにさ」

「?」

「私が手を出したら止めてただろ〜紫」

「さぁ、どうかしらね」

 

 知ってるんだよ、という目で訴えかける萃香。

 

「それより、異変も大団円で終わったんだし飲まないの〜?」

「飲む飲む〜。私達も霊夢の所行きましょうか」

 

 こうして、殆どの者は異変に気づかぬまま、異変は幕を閉じたのだった。

 

 

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