東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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38話 小さな幸せと自分勝手と意地っ張り

「相手は無敵の弓兵。攻めるにはどうしたらいいと思う?」

「片方を囮にして片方が隙を突くのがセオリーだろうけど、今回は俺が囮の方が良い、かな」

「いいわね、それでいきましょう」

 

 永琳は、先に落とせる確率の高い相手、つまり柊を優先的に狙い定めた。

 彼女の持つ矢は柊が捉えきれない高速の矢。弦を引く様子に柊は内心で焦るが。

 

「──!?」

 

 柊はまっすぐ、永琳の元へと駆ける。

 

 ──何故!? 諦めたの……!?

 

 惑わされる思想を振り切って、永琳は矢を放ったが。

 

 しかし、紫のスキマによって狙いをズラされる。

 

「ねぇ便利すぎるわよ? それ!」

「ふふ、月の頭脳がよく言うわ。おあいこ様でしょ」

 

 柊の動きに合わせてスキマを展開するので柊が脚を止める必要もない。

 オーズはタジャドルコンボによる高速飛行と火球を駆使して永琳を穿つ。

 

「紫を先に沈めるしかないわね!」

 

 先の戦いで使った戦法である矢を放った後に軌道を変える技術を再び使う。

 その動きは紫も柊も既に知っている。柊に向かうと見せかけて紫の元へ飛ぶ矢は、スキマによって無効化される。

 

 ──こんな物でどうにか出来るなんて思ってない筈。何か別の狙いがあるわね。

 

 紫は矢を受けたスキマから即座に離れる。その数秒後にスキマから爆風が飛び出した。

 

「成る程……受けていたら負けてたわね」

 

 しかしながら、それは的外れな作戦の筈だろう。紫が矢を直接手でキャッチする事などそうない。どちらかといえばスキマで解決する方法を取る方が安全面においても妥当。それがわからない永琳ではない。

 

 

 紫は右手を円状に回し、屋敷上にスキマを作り、電車を呼び寄せた。

 

「!」

 

 いち早く察知した永琳は矢を壁に埋め込み綺麗に穴を開けて外へ飛び出る。

 

 

「流石の対応力ね。完全に決まったと思ったんだけど」

「一応……人の家ですけど」

 

 

 発想がぶっ飛んでいるという他ない。スキマで武器を用意するのなら柊も頷ける。だが。

 電車を人の屋敷に打ち付けるなんて普通の思考では思いつきもしないだろう。

 

 

 永遠亭の屋敷の上という永琳の死角から電車を垂直に突き落とすという中々にイカれた行動を突起した。しかも自分と柊はスキマで上に逃すという安全性っぷり。

 

「あれを避けるんだから永琳も大したものよね。月の賢者というのも頷けるわ」

「? そういえば八意さんは?」

「上じゃない?」

 

 上? と柊がオウム返しを交わして上を見上げる。

 

「!! ッ…勘が……良すぎるわよ!!」

 

 紫の鋭過ぎる察知能力に永琳は僅かな苛立ちを見せた。

 

「そもそもこの私に不意打ちなんて土台無理な話ね」

 

 すると、永琳は速やかに弦を抑えていた力を弱めて、右ポケットから瓶を取り出した。

 

「あらあら危ない物はメッ、よ」

 

 腕ごとスキマに誘って、腕から強引に瓶を奪い取った紫。

 

「あっ!!」

 

 さらに永琳の背後から出したスキマから蹴りを入れる。そして落下する場所を計算して柊は火球を撃ち放ち、見事に炸裂した。

 

「良い火力ねぇ」

「いや、咄嗟に矢で相殺されてます。もしかしなくても相手超強いですよ」

 

 そもそも、紫のスキマがなければ永琳の穿つ弓矢の最高速度には対応できない柊はどうやっても勝てないのだ。

 

「ウサインボルトに五歳児が100mで追い越すくらい無理な話ですよ」

「う、ウサイ……? 今度調べておくわ」

 

 コツコツ、と足音を立てながら、ボロボロの屋敷から永琳がやってくる。

 

「紫がそこまで出っ張るなんて、厄介な事この上ないわ」

「あら? そうとも言うわね。でも貴女何か仕込んだんでしょう? まだまだ負けたって顔してないわよ」

 

 身体についた埃を払い除けて、永琳は言う。

 

「──次スキマを使った時が貴女の終わりよ」

 

「来るわよ、気を抜かないでね」

「抜けませんよこんな相手!」

 

 両者共に油断は一切していなかった。だが、それでも。永琳の稲妻のように素早い動きに二人は度肝を抜かれてしまう。

 

 

 いつの間にか二人の背後に回って弓を引いていた。紫が間一髪弾幕を放ち軌道を逸らす。

 

「式神『八雲 藍』」

 

 爆風と共に式神の藍が現れた。

 

「紫様、如何様に」

「常に弾幕を放ちながらあいつに近づきなさい」

「御意」

「藍さん!」

 

 柊の声を聞き、一瞬笑って、藍は紫の指令通りに動き始めた。

 

「……うーん」

 

 ──ブラフでスキマを使わせないようにした?

 

 紫は先の発言を振り返る。次スキマを使えば、とはどういう場合においてだろうか。

 

 逃げる為に使った時? 攻撃の為に使った時? それとも、スキマを使ったらその時点で終わる何かを仕組んだのか?

 

 頭の中で疑問符が乱舞する。

 

 

 だが少なくとも、スキマを使わせない為に言ったブラフではない。

 

 それは分かっている。永琳は聡明だが嘘をつくのが下手である。あの自慢げな顔で言った以上スキマに何かを仕組んだ可能性が高い。

 

「全く。貴女との弾幕ごっこは戦争みたいに忙しいわね」

 

 

     ♢

 

 

 永琳の放った数本の矢は藍の尻尾で弾かれる。

 

「随分と従順な狐だこと!!」

 

 霊力で形どった矢は、以前放っていたそれとは比べ物にならない火力を誇った。それこそ藍を一撃で葬る程の。

 

「ぎゃぁつ!? ごめんなさい紫さまぁぁあ!!」

 

 コミカルな爆発音とともに藍が消える。

 

「力技……今やられるともっとも嫌なやり方よねぇ。こっちは無闇にスキマを使えないのだし」

 

 スキマを使えない今柊を弓矢から守るには弾幕で弾くか、柊自身が弾くしかない。

 幸い、あの高速矢の発射には溜めがいる。常に永琳を動かし溜めの時間を与えなければ柊でも弾ける矢しか飛んでこないのだが。

 

──永琳相手にスキマなしでそれをやるのは無理か。

 

 柊の火球弾幕は永琳に避けられ続けてはいるものの牽制にはなっている。しかし逆を言えば牽制のみ。決定打がない。スキマを使えるのならば話は変わるが。

 

 互いの弾幕打ち合いとなれば勝負を分けるのは物量差。二体一なら普通は二人いる方が優位に立つ筈。けれどこの永琳という女の使う俊敏かつ強大な矢は、紫達を押し込んでいる。

 

「ほんっと化け物……!」

「スキマに頼りすぎてたんじゃないの?」

 

 

 柊の放つ数火球を一矢で相殺していくその姿は、化け物そのもの。

 

 このままではジリ貧になるばかりと踏んだ紫は、スキマを使う事を決心した。

 

「出して見なさいよ! 仕掛けがあるならね!!」

 

 柊が火球を放ち距離を詰めようかとする瞬間、それより速く距離を詰めた紫。

 

「!」

「誰が頼りすぎてたって?」

 

 超至近距離からの弾幕を放つフリをして、永琳に防御の態勢を取らせた瞬間。全方位にスキマを展開する。

 

「最悪でもこれなら道連れよ…!」

 

 柊の火力、スキマのオールレンジ攻撃。両方を捌く術は永琳にはない。

 

 そう思っていた矢先、紫の背中に異物が直撃した。

 

「!? かはっ……あ、が!」

 

 それは、永琳から強奪したとも言える、瓶だった。

 

「ふふっ、その中に詰まっているものは薬だけじゃなくてね。持ち主の元へ勝手に戻ってくる強力なマグネットのような物。そして」

「うわっ!?」

 

 柊の身体が紫に、いや正確に言うならば紫の背中にめり込んでいるマグネットの元へと身体が誘われる。

 

(柊の身体にも同じ物を付着させてたのね…!!)

 

 二人共一直線に並んだ所を、霊力で形どった高威力の弓矢で穿つ、という腹だろう。

 

 

「紫。貴方ならギリギリ耐えられる威力よ。安心なさい」

 

 しかしそうは問屋が卸さない。そういう様に、紫が柊を蹴り飛ばした。

 

「! へぇ、そっちを取るのね」

 

「なっ!!」

「信じてるわよ」

 

 ならば、と確実に落とせる紫が堕とされたのは必然だった。

 

 

「紫さっ」

 

 ん。と言い切る前に、柊もスキマに運ばれていく。

 

「……あら? 逃げたのかしら」

 

 

 

     ♢

 

 

 

「けほっけほっ……」

「すいません……! 紫さん…」

 

 スキマの中だ、と確信するなり謝罪を切り込む。

 

「俺の所為で……」

「… 言いたいことは沢山あるけど……短く言うわね」

 

 柊の肩につく埃を払って笑う。

 

「私がスキマを使える時間は残りほんの少ししかない。さっきの薬の効力でしょうけど、ドンドン力が抜けていってるわ。私はもう闘えないみたい」

「え……」

「そんな顔しないの。私は貴方なら勝てると信じてるから助けたの。きっと私だけじゃ今回は負けてしまっていたわ。けど今回は違う。まだ貴方がいる」

「そんな……俺なんかじゃ…」

「……仕方ないわねぇ。勝ってからのサプライズのつもりだったんだけど」

 

 紫はどこからともなく、携帯を取り出した。

 

「わっ! スマホ……外から取ってきたんですか?」

「そうそう。ほら、見てよこれ」

「!」 

 

 カシャ、と。

 そこに映されたのは、たった今撮られた自分。

 

「焦りすぎよ。折角そんなカッコいい姿なのに、台無しじゃない」

 

 オロオロと、どこか頼りなさそうなタジャドルコンボのオーズだ。こんなんじゃダメだと分かっているが、何故か力が出てこない。シャキッとできない。

 

「……っ」

「そう落ち込まないで。前を向きましょう。無理だったら横でも良いわよ、私がいるから」

「……!」

 

 それは以前、柊自ら放った言葉だった。

 

「少しは冷静になれた? 今の逃げてる姿勢を止めれば、すぐにでも貴方は勝つ方法が思い付くはずよ」

「……逃げてる…」

「無意識のうちに、ね」

 

 重かった肩の荷物が、少しは軽くなったようだ。

 

──まぁ気休め程度にしかならないでしょうけどね。

 

 ただ、今永琳に勝つ為にはその気休めが必要なのだ。紫は能力で柊の意識を離散させる。具体的に言うと、柊の感覚や意識を夢の中の感覚と近づけた。そうする事で、誰しも陽気な気分になれる。いわばケセランパサランのような物。やり過ぎれば気怠さだけが残るが、落ち込んでいる人間を励ますにはやむ無しといったところか。

 

 

「早苗を救った時から、貴方には期待しかしてないんだから。カッコ良い所見せてよね、柊!」

「……ありがとう、紫さん!」

 

 うんうん、と頷いて、札を渡す。

 

「これは?」

「貴方が力を入れれば一発だけ弾幕が出せるようになるお札よ。一応もっていなさい」

「…ほんっとうに、ありがとう。何から何まで」

 

 紫が頭を撫でる。といってもオーズなのだが。

 

「……自分は強いんだって、教えてやりなさいな。私もちゃんと見てるから」

「うん! 行ってくる!!」

 

 そして、二人はスキマから再び永遠亭へと戻る。

 

「そろそろスキマも使えなくなると思うけどどう? 紫」

「……そうね。私に出来ることはもう信じる事しかない」

「……へぇ、貴方変わったわね」

 

 ──あの臆病者が信じる、か。

 

「……貴方はこの世とのお別れは済んだかしら」

「そんなの必要ないよ。俺はただ背中を押してもらってただけだ」

 

 そう言って、柊は真下に火球を放つ。

 

「! 目眩しのつもり……」

 

 だが、その時間に渾身の霊力を込めた矢を作る。永琳は次の一撃で勝負を決するつもりだ。

 

 

 ── クワガタ! ── カマキリ! ── バッタ!

 ガ〜タガタガタ・キリッバ・ガタキリバッ!

 

「「「「うぉぉぉぉぉおおお!!!!」」」」

 

 50人のオーズが、煙幕を払い飛び出てくる。

 

「はっ!?」

 

 一瞬見た永琳はまず考えた。どれが本物か、と。普通であれば分身を生み出した先頭のオーズが本物である。

 

 

 だがガタキリバは全てが本物だ。誰に当たっても柊は被弾することになる。

 

 永琳は先頭のオーズを狙うが、それこそが柊の賭け。永琳の一般的な常識に少し疎いことや天然さゆえに先頭のオーズを狙わない可能性もあったが、その時は大人しく改造されよう、それでいいや。と紫の能力により異常にポジティブになったからこその行動であった。

 

 そして避けることの出来ない矢ならば。永琳が弦を離すと思われるタイミングで矢が当たる筈の先頭のオーズを分身として消す。

 

「残念! 引っかかったな!」

「だからどうということはないわ……!」

 

そして続けて48人のオーズを消して残った一人の本体であるオーズは、再び変身する。

 

 

 ──ライオン! ──トラ! ──チーター!

 

 ──ラタ! ──ラタ! ──ラトラータ!

 

 

「はぁああっ!!」

 

 チーターレッグの速度に永琳は目を見開いた。すかさずバックステップし細かい矢を放ち続けるが、高速で避け続けていく。

 

──速い…けど当てさえすれば!

 

 ついに、一発勝負の超火力弓矢を接近されるギリギリで生み出した。柊には反応できない速度の矢だ。当たれば勝ち、避けられれば隙が出来て負ける。

 

 しかし永琳の有利に変わりはない。柊よりも矢の方が速いのだ。近づかれた瞬間に放てば必ず当たる筈だ、と。そして。

 

「私の勝ち!!」

 

 矢をつがい、弦を引き放つ瞬間。

 

 ──ベルトを戻して変身を解く。

 

 弦を離し放たれた矢は、柊の頭上を高速で駆けた。

 

「……えっ……!?」

 

 なぜ避けれたのか?

 柊はオーズの身長が自分の頭一つ分大きい事を知っている。オーズから自分の身体に戻る事で、約頭一つ分身体が縮まることを利用したのだ。

 

 そして──。

 

「はぁぁぁぁ…」

 

 右手に握りしめた札は、光り輝き力を生み出した。永琳はもう矢を放つ時間も、後退する時間もない。

 

「せいやぁぁぁぁあ!!!!」

 

 拳に溜まる力は白いオーラとなり、一つの弾幕へと変化して永琳の身体へぶつかり、吹き飛んだ。

 

「きゃあああ!!!!」

 

 数メートル吹き飛び、竹林に突っ込む永琳。そして、膝から体を崩れ落とす柊。

 こうして弾幕ごっこは終わりを迎えた。

 

「や、……やった?」

「ええ、よくやったわね柊。カッコよかったわよ」

 

 指を鳴らして柊にかけていた暗示を解く。

 

 

「……ぅ」

「永琳さん! 大丈夫ですか」

 

 すぐさま永琳に駆け寄って手を出す。

 

「はぁ、負けたわ」

「永琳。貴女が何を考えてたかなんて言うまでもないけれど、この子の身体を弄っても何も得られないわよ」

「……ええ、悪かったわ。ごめんなさい。無知な私がバカなことしたわね」

 

 両者握手を交わし、弾幕ごっこは終わった。

 

「そもそもなんで俺の身体を解剖したら解決できるなんて思ってたんですか? そんな事したって俺の大腸の長さが分かるくらいでしょうに」

「柊。もういいでしょ? ほら、終わったことじゃない」

「……なんでですか? 永琳さん」

 

 横で汗をハンカチで拭っている紫の姿を見て、柊は訝しむ。

 

「紫が貴方の中を弄ればどうにかなるかもって」

「紫さん」

「違うの。あれは冗談のつもりだったのよ。ほら、だから私も自ら赴いたじゃない……ね?」

 

 柊は黙って紫の右腕を握りしめた。スキマで有耶無耶にさせまいとする柊の意識が、そこにはありありと見えた。

 

「俺、勘違いで人体を弄られそうになったんですか?」

「はい、あの時私は永琳に聞こえる様にわざと大きな声で話してました」

「誰が悪い?」

「私です」

「永琳さん」

「はい」

「何が言いたいか分かりますね?」

 

 即座にスキマを開いて逃げ出した紫だが、紫は既に永琳の術中に嵌っていた。

 

「うふふふ!お──ほっほっほ!! 危ない危ない…仕方ないわねまたの機会に……ん?」

 

 お尻に痛みを感じる、とお尻を触る紫。次第に痛みが増してくる。

 

「あら? あらあら? ……いった──い!!?」

 

 

 

     ♢

 

 

 

「分かるかしら柊。この人体模型はね、狙いの人の血を付着させると感覚共有させる事が出来る。そして……」

 

 永琳は馬鹿でかい注射器をその人体模型の肛門に容赦なく挿し込んだ。

 

 

「ら、藍〜! 助けて頂だ……いったぁ!!!!? ほ、本当に痛い!!」

 

 紫は即座に永遠亭に戻る。

 

「もう逃げようとしないかしら?」

「はい……すいませんでした」

「全然反省してないわね」

「ひぎっぁ!?」

「……うわぁ」

 

 お尻に二本の矢が突き刺さったまま、顔を地面に伏せる紫。

 

「ごめんなさい、柊。私も勘違いだっとしても、行き過ぎた真似をしたわ」

「いや、もう大丈夫です。それよりも紫さん死んじゃいますよ?」

「気にしなくていいわよ。これぐらいしないと反省しないんだから」

 

 永琳は紫に唆されていなければ、拉致などする訳もなかっただろう。というか永琳の行動に気づいた紫が面倒くさがらずにきちんと話をつけていれば今さらだが闘うまでもなかった話なのだ。しかしまぁ、弾幕ごっこをしようと思ったのは、双方が納得のいく終わりを迎えられるだろうという配慮と普段の己に溜まっている鬱憤を晴らす為にという意図があったのだが。紫は敢えて言うこともなく、異変は終わった。

 

 その為に死にかける思いをした柊は溜まったものではないが。

 

「貴方も一発くらい殴れば? どうせすぐ調子乗るんだから」

「いや……遠慮しておきます」

 

 尻に矢が刺さっている女をぶん殴る趣味などない。手を出して断った。

 

 

「あいたたた……えいっ!!」

 

 お尻に刺さった注射器二本を思い切り引き抜いた。そして、血が宙へと舞う。

 

「えっ? ……痛くないんですか?」

「ちゃちゃーん! お尻の穴の前をスキマと繋げてました〜、今飛び散ったのはスキマの先に置いていたトマトジュースです!」

「どこから持ってきたのかしら」

「紅魔館に置いてあったのよね、美味しかったから何個か拝借してきたのよ」

 

 スキマから矢が刺さったトマトジュースを取り出した。

 

「ほらね、こいつ反省なんてしないのよ。次はちゃんと直にぶち込めるようにしとくわ」

「あはは、そうですね。それじゃ俺はそろそろ」

「──沙耶の所に行こーっと、……て所かしら」

「──は」

 

 あまりに突然の言葉で、その瞬間だけ時が止まったみたいだった。

 

「沙耶って、さっき貴方が言ってた待ってるって子?」

「……ダメなんですか?」

 

 明らかに威圧感を持って話す紫には悪意がある。自分が何をするかなんて勝手だろう、他人の踏み込んでいい領域ではない。

 

「貴方が好きでやってるなら別にダメじゃないけれど、あの時の負い目で世話焼いてるんならあの子にとってはただの押し付け、自己満に過ぎない。迷惑もいいところよ」

「……」

 

 負い目を負ってるんだろうか、でもきっと全部が全部責任感でやっていた訳じゃない。

 けど、この世界の沙耶を笑顔にする事でどこか許しを請うていたのかもしれない。

 

 だからって、はいそうですとは口が裂けても言えるわけがない。

 

「俺は……朝昼相手がいないのは寂しそうだから相手になろうと……」

「子供なんだから子供同士遊ばせた方が後々にも良い方向へ向かうと思うけどね」

「……まだ寺子屋に行ってないんです」

「何のための寺子屋よ。それに貴方にお節介を焼く教師も居るじゃない。どうとでもなるでしょうに」

 

 図星だ。別に相手は自分でなくていい、何なら自分でない方がいいとまで言える。多感な時期に歳近い子供と一緒に遊ぶというのはなによりも希少な物だ。

 

「ハッキリ言うけど、貴方まだ気にしてるでしょ。それどころかドンドン背負っちゃってる、私は仕方がない事だったと思ってる。それに、人里の人間がどうだとか知った事ではないわ。貴方が今宝石の様に可愛がっている沙耶とかいう子も、死のうが死ぬまいが」

 

 それより先の言葉を言わせることは、許せなかった。

 

「仕方がないで吐き捨てられるほど粗末なもんか!命ですよ!?」

「冗談よ……いや冗談というより、それが現実ってやつかしらね」

「何が言いたいんですか」

「出来る事なら誰にも死んで欲しくないなんて当たり前よ。さっきはああ言ったけど、死なないで済むならそれに越した事はないと思ってる。用は貴方の考え方が甘いって事よ」

 

 何が甘い、だろうか。

 

「あの時の人間爆弾にされた人間達の顔は全員覚えているし、申し訳ない気持ちもある……けど、それを悼んでいる暇なんてなかった。仮にあの場にいるのが皆今の貴方みたいな腑抜けだったら早苗を助けられなかったのよ。いっそのこと沙耶とかいう子も死んでたらマシだったかもね」

 

 自分の事だけなら、ただ捨て吐いて無視でも何でもしただろう。だが一人の少女への侮蔑を聞いた時頭の中の線、怒りと冷静を分かつ線が綺麗に千切れた。

 

「そんなに俺が気に入らないならなんで助けた!! 見殺しにすれば良かったろうが!!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 紫の首元を掴み顔を近づける。横から止めにかかる永琳に二人は視線すら向けない。

 

「今の貴方が気に入らないからよ……!」

「俺の、気持ちは変わってない……今までと何ら変わってない……!」

「いいや、逃げてるわよ、あの時からずっと苛まれてる。自虐して逃避してるもの……違くて?」

「ふざけ……んな」

 

 あの時の事は、柊太郎の助言もあり、とっくに脱却している。すでに克服したんだ、逃げてるなんて言われる筋合いも、バカにされる筋合いもない。

 

「見てられないのですわ。今の貴方の姿は。さっきだってそうじゃない、自分に自信が無くて私に謝って負けを認めて、そんなんで何かを守れるとでも思ってるのかしら?」

「あの時よりも強くなってる! さっきだって負けを認めた訳じゃない! ただ、あんたが負ける程の相手だったから俺じゃ分が悪いと思っただけだ」

 

 その言葉が既に、消極的であることに気づく。

 

「人間の物理的な力なんて博麗の巫女でもない限りたかが知れてる。どうやらオーズの力を持て余して傲慢になってる様ね。以前持ち合わせてた強かさの欠片も見えないわよ、今の貴方には」

「ねえ、ちょっとなんで喧嘩してるのよ貴方達……」

 

「でも、小さな幸せを守る為に頑張ってたんだ、それが悪いって言いたいのかよ」

「今の貴方がやってる事は幸せを守っていることなどでは断じてない。苦しい目に遭いたく無くて周りに責任を押しつけて逃げてるだけの臆病者、底辺妖怪と一緒ですわ」

「そんなこと……!「だったら」

 

 柊の反論を紫は遮り、言った。

 

「永琳に頼まれて、何で断らなかったのよ」

「……っ」

 

 扇子を柊に鋭く差し向ける。

 

「自分の目の前で親を失ってしまった少女が、今は幸せだと思い込む為に、名前が同じだけの赤の他人に姿を重ねて自分の前では無理やり笑顔にさせて納得しようとしている。そんなのただのエゴでしかないでしょうに」

 

 紫が攻めているのは、自分がこうすれば相手も幸せになる筈という押し付けをして逃げていることに他ならない。

 

「相手にだって小さな幸せがある事を貴方は忘れてはならない。貴方がそういう(正義の)生き方をしていくのであれば」

「──!」

 

 それは核心をついた言葉であった。その言葉がどういう事か、そして自分のしていた事に心当たりがあったからだ。

 ここ最近紅魔館に逃げる様に泊まりついているのも、逃避の一つなのかもしれない。

 

「貴方の幸せを守る為に相手に行動を押し付ける事はそこら辺にいる脳のない妖怪が己の空腹を満たす為に人を喰らうのと一緒。自分の欲望を勝手に押し付けて強引に押さえ込む。相手が逆らわない事をいい事にね」

 

 その通りだ、何も言い返せなかった。沙耶という少女が本当にこの先幸せになる為に己がするべき事はただ時間を無意味につぶさせる事では断じてない。紫の言う通り、寺子屋なりの協力を得て、少女が勇気を出して友達を作る事や、親子を手伝うのを見守って、困っているときに手を差し伸べることだろう。

 

 それを聞いて冷静になった途端、自分は一人の姿を思い浮かべていた。

 

「貴方は自分の恩師の小さな幸せすら踏みにじってるじゃない」

「……慧音さん」

 

 今まで何度も泣かせてきた。慧音の優しさに甘えて思いを軽んじていた。

 

「今日私がここに間に合ったのも、彼女の協力あっての事よ」

「……え?」

「そもそも貴方が永遠亭に赴いた事に気付けたのは彼女の行動あっての事だもの。知ってる? 貴方が訳も話さず消えた時の彼女の慌てっぷり」

 

 そんな事、考えたこともなかった。自分が帰ってくるなり最高の笑顔で迎えてくれる慧音には、そんな行動をしていた事など微塵も感じさせなかった。

 

「貴方が煩わしく思わないように普段隠してるんでしょうけど、人間の事が大好きな彼女が貴方を気にかけないわけがない」

 

 トラウマから逃げてしまうのは、仕方がないことではあるがそれを言い訳に出来るほど幻想郷は温厚な場所ではない。

 

「トラウマがたった一回の激励で綺麗さっぱり解消出来るなんて誰も思ってないわよ。だから貴方が誰に相談するかずっと観てたのに、誰にも話せずに今日まで尾を引いてた」

 

 人間と妖怪の倫理観や死生観は差がある。おいそれと相入れる程やわなものではない。だが、長年生きてきた中で人間の気持ちが、心の隙間が分からない紫ではなかった。

 

「貴方が強い人間なんかじゃないことなんてちゃんと知ってる。……いい? 誰も頼らない事は強さじゃないのよ」

 

 気づけば拳に力が入っていた。『頼らない事は強いことではない』そんな単純で何度も聞き返して聞き慣れた言葉、他の誰よりも理解があった筈なのに。いつのまにか深い沼に嵌っていた。

 

 

「……」

 

 

 身体が震え汗が流れる。だが、自分のしてきた愚行を思い返せばどれだけ後悔しても涙は絶対に流してはいけない。それは、自分が傷つけた人達が流すものだ。今自分が流すのは、愚かで筋違いにも程がある。どの立場で泣いてるんだ、という話になるだろう。

 

「トラウマが怖いなんてこと、当たり前ですもの。だからこそ溜まっていたものを吐き出すべきだったのに、立場ゆえに吐き出せなかったのね」

 

 自分は守る側の人間であり耐えるのは当然の義務であると無意識に思い込んでいた。

 

「叱りつけたのはごめんなさい。でも……そのままの気持ちでこれを見せたくはなかったの」

 

 再びスマホを取り出して、画面を見てから微笑んだ。

 

「今の貴方なら本当の意味で受け入れられるだろうから」

 

 そう言って見せたのは。

 

 

 柊太郎、フィリップ、照井、亜樹子、そして早苗に叶の娘である恵と…沙耶の集合写真だった。

 

「これ……」

「私から頼んだわけではないわよ。皆んながどうしても貴方に見せたいからって言って撮った写真なの。よく撮れてるでしょ〜? 今日はこれを見せたくて」

 

 全員、いい顔で笑っていた。これからの未来に期待するように。その眼には希望が、これからの光が宿っていた。

 

「……ぅ……」   

 

 どうしても、心から来るものがあった。だが、今の自分は心から涙を流してもいい立場ではない。今の今まで彼女の思いを汲めなかった人間なんだ。

 

「いいじゃない、泣いても別に」

「今の今まで勝手に温情を押し付けてた自分勝手なバカに……泣く権利なんてないでしょ」

 

 ムッ、とした顔でデコピンをかます。それも、力をそれなりに入れて。

 

「いだっ!?…つぅぅ……」

「自分勝手でいるくらいがね、貴方みたいな人の精神の安定には丁度いいのよ。ただ忘れて欲しくないのは幸せの押し付けと幸せを守る事は違うって事、もう分かったでしょ?」

「う、……はい。すいませんでした…」

 

 自分の幸せを守る為に周りを動かすならそれはただの傲慢だ。周りの人の幸せを守ること、それこそが自分にとっての喜びだと、思い知る事になった。

 

『ありがとうございました!』

「……ん?」

 

 スマホから流れる音声。思わず耳を傾けていた。

 

『えっと……覚えてますか?』

 

 叶 恵。忘れることは出来ない。覚えていないわけもない、かの闘いにおいて彼女の為に叶という男と闘ったこと、そして彼女の想いは記憶に新しい。

 

『実は探偵の皆さんと、早苗ちゃんのおかげで……私もようやく前に進めそうなんです!』

「え? て事は……」

『病気を治せるかもしれないんです!』

 

 なんという朗報だろうか、これ以上の喜びはない。

 

「そっか……」

『完治するのは相当難しいそうですけど、リハビリを続ければきっとまた外に出られる日が来るって……私それを聞いてどうしても貴方にお礼が言いたかったんです!』

 

 元々陽気な子だったが輪にかけて明るい顔をしている。

 

『ありがとうございました! 本当に感謝してもしきれません! 今度また会えたら嬉しいです!』

 

 勢いよく頭を下げて礼を言う少女、その顔は希望に満ち溢れていた。例えこれから先何があってもその顔が歪む事はなさそうだ。

 

「強い子よ、今までどれだけ苦しんできたかも分からない。これからどうなるかも分からない中で必死に前を向いて生きようとしてる」

 

 もう一つのファイルを開いて、音声が流れる。

 

『ご、ごめんなさい! いっぱいやりなおして』

『大丈夫よ、話せる?』

『は、はい! ……えっと、えっと……ありがとうお兄さん!』

 

 その少女を見た途端心の臓が跳ね上がった。心拍数が激増する。ダメだ、泣くな。

 

『わたしもうすぐ病院からぬけます!』

 

 退院、ということだろう。少ない語彙から頑張って絞り出す健気さは、必死で押さえ込んでいた自分の心を震え上がらせるのには十分だった。

 

『えっと……わたしもいっぱいいやだったけど、もうすぐお外に出たらがんばるから、はい!』

 

 バッと、両手で握っていた厚紙を見せる。

 

『がんばってかいたの! だからお兄さんもげんきだして!』

 

 ばいばーい! と、言って最後に何か思い出したように言った。

 

『わたしもがんばるからね!』

 

 そこで映像は途切れる。そして、紫がスキマから取り出したのは。先程の厚紙だった。

 

「見てご覧なさい」

 

 クレヨンで描かれた絵はおよそ上手と言えるものではなかったが、それでも何が描かれてるかは分かった。

 

 いつかの、集合写真。先程撮られていた皆んなの写真に自分と、彼女の母親を含めた絵だ。

 彼女の絵では、みんなが笑っていた。

 

 

「あ……」

 

 涙を抑えられなかった。彼女達はいずれも前に進もうとしていた。蹲ってたのはただ一人、自分だけだったのだ。

 

「貴方が苦しんでいると思っていた子達は皆んな前を向いてるわ。それで?貴方はどうするの?」

 

 袖で必死に目を擦る。ここで自分を責めていてはまた自己の意識に苛まれて負の連鎖を繰り返すだけ。いつまで経っても前に進めない。そう、この世界では時には何かを振り切って思い切り前を見据えることが大切なことである。

 

(個を重んじるこの世界では尚更、ですわ)

 

 再びこんな苦しみを味あわないように、この経験を噛み締めよう。前を向き続けよう、時には愚痴を零したっていい。

 最後に笑顔でいられる事が、成長の秘訣だ。

 

「まだやり直せるわよ」

「はい……!」

 

 指を鳴らすと同時に後ろから、気配が現れる。

 

「あれ!? ここは……」

「上白沢女史。件の彼はここにいますわ」

「慧音さん……!」

 

 凝視しなくともわかるほど、腕に擦り傷がついている。そして紫の話からも分かった、こんな時間になっても自分を探していたんだ、と。

 

 柊は何かを考える前に抱きついていた。

 

「わっ!? なっど、どうしたんだ!?」

「今まで迷惑をかけてごめんなさい。貴女の思いを無碍にしてごめんなさい……!」

 

 ようやく解決できたか、と紫が肩を落とす。

 

「よく分からないけど……無事みたいで何よりだ」

 

 心配していただろうに。その一文で締めようとする慧音に、返って申し訳なさでいっぱいになる。

 

「今まで沢山心配かけてごめんなさい、あれだけ気にかけてくれてたのに、無視して、蔑ろにしてごめんなさい……!」

「いいんだ、無事に帰ってきてくれるならそれでいい」

 

 紫は意地悪な笑みを浮かべて後ろから、慧音に向かってNGアピールをする、本心を言って構わない、という意味だろう。

 

「……うん、そりゃ心配もするし、静止して欲しかった時もある……春が来なかった異変の時なんて最もだよ」

 

 春雪異変に関しては胃が痛くて仕方がないと紫が内心焦っているがそれはまたのお話。

 

「けどお前は力もあるし仲間もいるから……私が手を出すのも烏滸がましいかなって、思ってたんだ」

「……そんな事、思ってません」

「ああ、今分かったよ。ごめんな」

 

 なるだけ楽になるように、と柊の背中を摩りながら微笑む。

 

「……これからはなるべく私を頼ってくれると、嬉しい……私にはお前の知っている者たちほど力はないが」

「今までは本当にごめんなさい……」

「もういいんだ、ほら」

 

 慧音が柊の後頭部を寄せて。コツン、と額を互いに当てる。

 

「帰ろう、もう大丈夫だからな?」

「はい……」

 

 あ、ちょっと、と紫は二人を引き止めた。

 

「ごめん、ありがとう、紫さん」

「ええ……いいのよその代わり」

 

 

「今回の件で今までの分全部チャラね?」

 

「「台無しだよ!!」」

 

 あくまで紫は紫だった。

 

 

     ♢

 

 

「貴女本当悪趣味よね、あの雰囲気に水刺せるのは貴女くらいなものよ」

「だって恨まれたままなのは嫌じゃない。それにあの子に借りを作っておいた方がこの先得ですわ」

「貴女分かってたけど……最低ねドン引きなんだけど」

 

 だが、その為にわざわざ外の世界の写真を見せたり弾幕ごっこをしたのにはさしもの永琳も驚いた。

 

「借りを作るためだけってわけでもないでしょ。正直、貴女が個人の為にここまで動くとは思わなかったわ」

「早苗きっての頼みだったし、動画も写真も本当にあっちの世界の人達からのリクエストだったからね」

「そうじゃなくて、わざわざ柊に叱咤した事よ」

「ああ〜そっち?」

 

 紫は扇子をはためかせて、どこか遠くを見つめる。

 

「恩も借りもあったから返すにはいい機会だと思ってね」

「現金ね」

「効率的と言うべきですわ」

 

 しかし、今回の件を考えてみれば果たして効率的といえるのだろうか。

 

「わざわざあの子の顔を立てるなんて……やっぱりどう考えても可笑しいわ。私に負ける可能性だってあったじゃない。もし私が勝ってたらどうする気だったのよ?」

「そしたら……まぁ死んでたかもね」

「……な」

「でも実際そうはならなかったじゃない?」

「まさかほんとうに彼が勝つと信じてたの?」

 

 信じられない。策に策を重ねて徹底的に勝率をあげるのがスキマ妖怪の闘い方の筈。少なくとも博麗の巫女以外の人間と永琳を闘わせて勝とうとするなんてかつての紫からは考えられなかった。

 

「今回の問題はあの子が自分の手で解決する必要がある。いくら私の助けがあるとはいえ、最後にはあの子自身に闘ってもらいたかったの」

「確かに予想は裏切られたけどねぇ」

 

 まさかオーズと自分の身長差を活かして攻撃を仕掛けてくるなどと予想できるわけがない。

 

「まぁ貴女が一発勝負を狙わなきゃ使えない作戦だったんだけどね」

「まさかそれも誘導させた?」

「うん、まんまと引っかかってくれたわね」

 

 クスクス、と鼻を鳴らす。

 

「あの子の能力も多彩だったわ。もっと地力があったら一対一でも負けてたかも」

「……そこよねぇ」

 

 唯一今回の件で不穏な事はそれだ。

 

「明らかに強さが一段……いや二段階近く上がってるのよね。以前とは考えられないタフさだったわ」

 

 コンボになるだけでも相当な負担を抱えていた彼が今ではほぼ全てのコンボの負担を負ってなお平然と立っていた。

 

「なーんか府に落ちなくてね、それも私が出っ張った要因の一つよ。結局直接彼をその見ても理由は分からなかったけど」

「成長したんじゃないの? 彼も真っ盛りの時期でしょ?」

 

 その可能性は否定できない。だがあまりにもその次元の強さに到達するのが速すぎる。

 

「貴女も何か気づいた事があったらすぐに教えて頂戴」

「ねぇ、貴女がそこまで気にかけるには何か理由があるの?」

「あるわよ」

 

 たった一つのシンプルな理由だ。

 

「友達だもん。悩んでたら助けなきゃ」

「友達って……相手は人間よ?それを妖怪の貴女が助けなきゃなんて…」

 

 

 およそ紫という妖怪は並の妖怪と同じカテゴリーに部類してはいけない類の妖怪だ。全ての人間と妖怪が真に手を取り合える日は来ない、けれど例外の一つである紫ならばあるいは。

 

 以前愛した今は亡き儚い少女のように、夢知月 柊という人間とも手を合わせる事ができる。

 

「友情が人間と妖怪の間に生まれた事がある、と自信を持って言うことは私には出来ないわ。けれどね? 永琳。妖怪と人間が愛し合う事は絶対に出来るのよ。それは断言できるの」

 

 この世界でもその光景を観た、そして己もその体験をしている。それが如何に苦難な事であるかはさておき。

 

 

「皆まで言わずとも分かってる。けどね、あの子と私は本当に相性がいいのよ? だって」

 

 本当に幻想郷を愛しているから。

 

「そこには人種の差も何の垣根もない。あの子は今人間としての人格を形成している大切な時期だから、尚更挫けてたら助け舟を出してやるべきなのよ。放っておいても百害あって一利なしよ」

 

「貴女をそこまでさせる何かがあるのね?」

「元々は殺そうとまでしてたのに、今じゃ助け合って闘える、そんな奇跡を見せてくれたんだもの」

 

 紫は、脳内に少年を思い浮かべた。

 

「普段はオロオロしてて頼りないけど私の命を、幻想郷を救ってくれた事は……確かだから」

 

 助ける価値も、助けたい気持ちもあるのだ。

 

「ふ〜ん……でも妙な所あるわよね、彼」

「それは貴女もだけどね?」

 

 貴女の天然っぷりには驚かされるばかりだわ、と半ば呆れる。

 

「今人格を形成してるのはそうだろうけど、どこか常識と合わないのよ」

 

 例えば、病院に行った事がないと言っていた。あり得るだろうか? そんな事が。見た所異常に元気で身体が異常に頑丈という訳でもないだろうに。

 

「それだけじゃないわ。よくよく考えてみれば実験に乗り気なのもおかしかった話よねぇ?」

「……半分は自暴自棄だったこともあるんでしょうけど、確かに気になるわね。大方彼の人生経験が影響してるんでしょうけど」

 

 以前聞いた時は普通の生活をしていたと言って追い払われたのだ。

 

「調べてみるのもいいかもね。彼の中」

 

 あ、それと。思い出しかのように永琳に語る。

 

「もうすぐ外の世界の子がここに来るだろうけど、温かく受け入れてあげてね。敵じゃないから」

「あ、さっきの写真の子の誰か?」

「ピンポーン、見る? 見る? 私に似て可愛いわよ」

 

 そして、同時に楽しみで仕方がない。早苗が来たとあれば霊夢も黙ってないだろうし、柊の件もある。

 

「次の……いや次の次くらいかしら。その異変は面白くなりそうね」

「まぁ〜た何か企んでる?」

「違うわよ。ふふ、今まで無意識とはいえ溜めに溜めこんでいた物が解放されたのよ、それはかつてない程の爆発力を生み出すでしょう」

 

 妖怪達の眼を丸くさせる人間達の姿が目に浮かぶ事浮かぶ事。まぁその姿を見る前に一度別の異変が起こりそうだけれど。

 

「貴女がそこまでいうのなら私も彼の行方を見守ろうかしら」

「きっと退屈はさせないわよ。霊夢に似て純粋だから一度に二度可愛いが観られるし……その前にそろそろあれだけどね」

「あれ?」

「60周目なのよ、今年は」

 

 ああ、と頷く。

 

 そうやって二人で時間を過ごしていると、屋敷から出てきた者がいる。

 

「はぁ……はぁ……! おい、柊はどこだ!?」

「待ちなさいよ!? まだ終わってないでしょうが!!」

 

 身体、服共にボロボロな妹紅と輝夜。

 

「……おっそ」

「すっかり忘れてたわね、あの二人」

 

 そして、異変とも呼べない事件は終わりを迎えたのだった。

 




事情で一年近く投稿できなくなります。一年後にまた、忘れてなければ会いましょう
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