東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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紅霧異変 編
4話 初異変と魔障の霧と変身可能!


 空が紅色に染まっていく。これは明らかに──。

 

「異常事態、だよな」

 

 幻想郷にきてからかなり日が経った。

 柊も柊でまだ異界の地に慣れ切ってはいなかったが、常識をある程度は覚えつつある。

 それでも。

 

 ──こんなこと、生まれて初めてだ。

 

「慧音さん! これは? 幻想郷ってこういうのもあるんですか!?」

「──異変だ。急いで子供達を呼び戻すぞ」

「はい」

 

 そう言いながら外に出て、行動し始める慧音。

 マニュアルでもあるかのように、迅速にテキパキと対応する慧音には流石としか言いようがない。

 

「異変……これが異変ね。文字通りって感じだな」

 

 

 ♢

 

 

「異変?」

「ああ、この幻想郷には異変と呼ばれる現象、いや……妖怪が目的を持って行動を起こす騒動とでも言うべきか、それが時折起こる」

「はぁ……」

 

 そう言われても何が何だか、といった所だ。

 

「知っておくだけでいざ出会した時の対応が大違いだろうからな、0と1の差は馬鹿にならんだろうと思って今回は伝えた」

 

 慧音は腕を組み。

 

「とにかく、異変が起きた時は妖怪が何かしらの明確な目的を持って動いている、ということだ」

 

 

 ♢

 

 

 この1ヶ月で慧音に沢山の知識を与えられた柊は、その知識を活用するべく寺子屋の外に出て、霧を睨む。

 

「確かに分かりやすく異常な変化、ですよね」

「ああ、こんな時に不謹慎ではあるが、お手本のような異変だな」

 

 瞬間、慧音の身体に緊張が走る。

 

「……これは……嫌な感じがする! 柊、お前も子供達と教室にいなさい」

「慧音さん、子供達を保護する魔法みたいなの使えないですか?」

「魔法はわたしには使えないが、寺子屋には防符の札が貼ってある」

「……その言い方だと寺子屋以外は危ない、と受け取りますが」

 

 慧音は首を縦に振った。

 

「この霧がずっと蔓延し続けたら……恐らくは今までに類を見ない程の規模の被害が出る」

「どうすればいいですか?」

「霧を生み出してる奴を倒すのが一番早いが私は人里を守らなければならない……つまりどうしようもないって事だ」

 

 こういう異変解決の為に博麗の巫女、つまり霊夢がいるらしい。

 だが、待っている時間などないはずだ。霊夢一人に任せていては被害が増える。時間がかかる。

 

 更にいえば慧音は出向けない、それは当然、人里の安全を守る為。

 

 ──でも。

 

 ──自分はそうではない。

 

 

 そう理解した瞬間に、彼は道を駆け出していた。

 

「何を……あ、おい柊!!? ダメだ! 特訓じゃないんだぞ! この規模の異変はお前には危険だ!」

「でも、早く霧を払わなきゃ皆が危ないから!」

 

 ──心配してくれてありがとう。この異変っていうのが危なくないなんて思ってない。でも、人を救う力がある奴が、今力を使わなくていつ使う?

 

 以前もこのように迷って後悔した。自分は既に同じ失敗を自分は起こしているのだと、歯痒い記憶にもどかしさを患いつつ、彼は自らの肉体を奮わせる。

 もう2度と、あの時みたいに、周りを気にして躊躇なんてしない。

 

 ──だから、来い来い、来い! 

 

 

「……ふぅ……」

 

 一瞬の深呼吸とともに目を閉じた。

 カシャン。と無機質な音を立ててベルトは柊の腰にいつしか巻かれていた。

 

 力は、信じる者に現れると、体現するかのように。

 

「……」

 

 ゆっくりと目を開く。彼の視界が捉える世界はいつもとは違った。

 見慣れたはずの人里の風景に違和感を覚える程、空は赤黒く染め上げられている。空気は重く湿っており、歪だ。

 

「……変身!!」

 

 

 ──タカ! ──トラ! ──バッタ! 

 

 ──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!! 

 

 

「よし!……よっしゃ……!」

 

 身体が震える。思わず鳥肌立つほどに。その理由は、もうあの時とは違う、正真正銘己の力でベルトを引き出した事からだろう。

 偶然ではなく今、ベルトは意図的に巻かれた。

 

 運命の歯車が一つ、今ここで動き始めたのだ。

 

「皆んなをお願いします! 慧音さん」 

 

 そう言い残し、彼はまるでバッタのようにタン、と跳躍した。

 

「柊! おい!」

 

 バタバタと慧音が寺子屋のドアを開けたとき、すでにその場には慧音以外には誰もいなかった。

 

「何処に行ったんだ!!」

 

 外に出ていた人たちがみるみる倒れていく。慧音は、拳を握りしめて、倒れて行く人々の介護に回った。

 

「……くそっ!」

 

 

 ♢

 

 

「わぁぁぁああああ──!!」

 

 ──自分で跳んでおいてなんだけど、すっごい事してるよな!? 今!! 

 

 みるみるうちに空を駆けて行く。

 とうに人里を抜けて、今は森の中に突入した。木の枝から枝へ、とてつもない速度で移動し、脚のクッションで衝撃を抑え、また跳ぶ。

 

 当たり前のように動いているが、視界はぼやけ、身体中に振動が響き渡る。とても慣れそうにない。

 

「けど……だめだだめだ……! しっかりしないと……!」

 

 異変の発生地はとても分かり易い。

 なんせ雲の色がより濃くなっている場所を進めばいいのだから。

 

「……バッタで跳んでるけど……まだまだ時間が掛かりそうだ……」

 

 今のところ障害という障害はない。けれど柊には不安があった。

 拭えない不安は二つ。

 

 一つは自分の変身可能時間。既に五分近く経ったにも関わらず身体に異常が起きてないことから、森で彷徨ってた時よりはかなり丈夫になったなと思う。

 初めて変身した時は2分くらいでダウンしたのに。

 ただ、この問題は考え過ぎても仕方がない、なんせここに来た以上は変身を維持するしかないからだ。

 自分はなるべく消耗を抑えて無理し過ぎないようにする。それしかケアはできない。

 

 二つ目の疑問。異変を起こしてる対象だ。

 

 慧音の発言は覚えている柊であったが、どうにも妖怪の意図が分からない。こういう時の対処法がさっぱりわからないのだ。

 

 例えばこの異変を起こしたやつは、人間を襲いたいが為に異変を起こしているのか。それとも、何かしらの目的があって異変を起こしたとして、その後何をしようとしているのか。

 

 考えても答えの出ない問い。だが、既にここまでの被害が出てしまっている。少なくとももっと情報が必要だ。

 

「……兎に角やるしかない!」

 

 その不安は杞憂に終わる。相手の実力を伺うなどという無駄な行為は無意味に終わる。

 何故ならこの世界は、この異界は今を生きる世界で唯一神秘の残っている世界だからだ。

 彼の想像もしない程の力を持つ者が大勢いる世界。

 その片鱗を彼は今日、味わう事になる。

 

 

 ♢

 

 

 木の枝を蹴り伝いながら森を駆ける。その道中で、柊は奇妙な二人の影を目にし、脚を止めた。

 

「チルノと……鯛養成!」

「違います大妖精です! 人を養殖の鯛呼ばわりしないでください! というか妖怪? チルノちゃん。この人知ってる?」

 

 大妖精に尋ねられたチルノは頭を数回回し、答えた。

 

「知らない!! てー!!」

 

 出会い頭、チルノと呼ばれる氷の妖精が小さな氷の礫を放つ。

 

「なっ?! く!!」

 

 鍛えられた反射神経と、強化されたオーズの肉体反射で、柊はトラクローを氷塊にぶつけた。

 

 ──何も考えてなくて逆に助かった……反応に全てを意識してなきゃまともに食らってたぞ。

 

「あ、危ないよチルノちゃん!!」

「へへーっ! 後ろに下がってて大ちゃん!」

 

 それを聞いて柊は気づいた。自分の姿が変わっているということに。

 

 ──そっか、この姿は知らないのか。

 

「大妖精、チルノ。俺だ、柊だよ。覚えてないか?」

 

 この一ヶ月。魔理沙に世話してもらった柊は今目の前にいる二人と話した事がある。

 

「えっ!? シュウさん妖怪だったの!?」

「大ちゃんの知り合い?」

「シュウさんだよ! この前会ったじゃん!」

 

 やっぱり忘れられていた。と彼は落胆したが、本来それが普通で知能の低い妖精である筈の大妖精が覚えていた事が例外で凄いのだが。

 

「アタイらと同じ妖怪だったのか」

「いや、妖怪ではないと思う」

 

 もし仮に名付けるとしたら何だろうか。妖怪メダル魔人? 妖怪メダル砕き? いやそれはプトティラの場合か。

 プトティラコンボは使いたくないなぁ。

 そんなどうでもいいことを考えている暇ではない、と彼は頭を振り回し、急いで大妖精に話しかける。

 

「でも声と雰囲気で俺だってなんとなく分かるだろ?」

「ま、まあ」

「お前らは……この霧の中でも何ともないのか?」

 

 ただ、聞いただけなのに、チルノは手を腰に当て、(無い)胸を前に出して、ドヤ顔でいう。

 

「アタイは何ともない!」

「わ、私も何ともないです」

「そ、そうか。この霧の発生源。どこか分かるか?」

「はい! 実際に見ましたから! あっちのおっきな家から出てました!」

 

 原因の居場所が分かったのは幸運だ、と右手を握りしめて彼は大妖精の言う通りの場所へ脚を踏み出しながら。

 

「よしわかった、じゃあ後でな!」

「ご、ご無事で!」

 

 バッタレッグを起動させる。

 

「あった!」

 

 タカヘッドで千里眼のように強力な視力を得る。そして、大妖精の指示した方向に、館が、たしかにある。

 

「良し……行くか!!」

 

 

 目的地まで、バッタレッグで一気に跳躍した。

 

 

 ♢

 

 

「ぁぁぁあああああああっと!!」

 

 柊はバッタレッグで一気に跳躍した。のはいいのだが、肝心の大ジャンプでの受け身の取り方は知るはずもなく、

 受け身すら取らずに、そのまま落下してしまう。

 

「ひえあっ!」

 

 しかし、流石はバッタの脚というべきか、流れるように脚にかかる負担を地面に流した。

 

「……ひゅう、飛ぶだけでこんな感覚味わうなんて、これじゃいくつ心臓があっても足りないな」

 

 そして。

 

「……また、独特な妖怪ですね、悪いですが今はお引き取り願えますか? 今は忙しいんです」

 

 館を守る門番と、邂逅した。

 

「この霧払ってくれたら帰りますよ、ていうか俺妖怪じゃないし」

「その見た目で人間を驕るのは厳しくありません? もしかして天然さんかおバカさんです?」

 

 デジャヴ感がひどい、そう思いながら、嫌々柊はツッコミを入れる。

 

「このくだり二回目なんだよ! もういいから、とにかく人間なの、俺は。分かった?」

「は、はぁ……」

 

(あー……多分信じてないな)

 

 などと言っていると背後から聞き覚えのある風切り音がした。それはまるで、まるで今朝聞いた時のようなこの世界独特な風切り音。

 

「へへっ取り込み中みたいだからな! 土足で失礼するぜ!」

「ま、魔理沙!?」

 

 魔理沙は首を傾げた。当然だろう。柊の変身後の姿など知らないのだから。だから、尋ねるのも当然だ。

 

「──へ? お前誰だ?」

「──!」

 

 一瞬柊に反応した隙を、門番が許さなかった。

 思い切り地面を踏んだ勢いで踵落としを払い魔理沙を落下させる。

 

「ったた! お前ナニモンだ!」

「これは失礼。私は紅 美鈴(ホン メイリン)と言います。以後お見知り置きを!」

「ああそりゃどうも、じゃなくてだな! 聴きたいのはお前の方だ! なんで私の名を知ってる!?」

 

 帽子をはたいてから再び被り直すというどこか律儀な所作の後、魔理沙は尋ねた。

 

「これは失礼。俺は夢知月 柊(ムチヅキ シュウ)と言う者です。以後お見知り置きを」

「ご丁寧に……どうも」

「いえいえ」

 

 お互いに睨みを利かす。バチバチにやり合う前にはこれぐらいのタンカ切っといたがいいだろう。

 

「なっ、し、柊なのか!? お前が!?」

「そうだよ、誰だと思ってたんだ?」

「いやぁちょっとショックだぜ。なんだその姿……変わり過ぎじゃないか? まるっきり妖怪じゃないか」

 

 魔理沙がそういうと、柊はあからさまに腹を立てた。

 

「メチャクチャカッコいいだろう!?」

「そうか? よう分からんぜ」

「……あっそ」

 

 魔理沙が一息ため息をつくと、目が切り替わり。柊は普段よりも真面目に魔理沙に語りかけた。

 

「魔理沙、お前紅さん振り切ってあの館入れ。俺が時間稼ぐ」

「……いいのか? お前これが初異変だろ? いくら慧音に鍛えてもらってても……」

 

 ──勝てない事くらい分かってる。だから時間稼ぎって言ったんだ。

 

 悔やむ思いを殺しつつ、柊は魔理沙に対して再び口を開いた。

 

「お前の言うとおりだよ。俺じゃこの異変解決できないだろ? 俺も直接行って解決したいけど、今俺が一番役に立てるのはお前がさっさと館に入れるようにカバーすること。頼む……早くしないと里の人達が危ない」

「……分かった、お前の気持ち受け取ったぜ! ただ! 無茶だけはすんなよな」

 

 柊は美鈴に向かい直り、挑発にも近い下剋上をした。

 

「あのさ、門番さん。あんたが通してくれるなら何もしない。けど通してもらえないならちょっと痛い目に遭ってもらうことになる。それでも良いかな」

 

 柊がそう言ったのを聞いて、魔理沙は再び箒に跨り加速する。

 それとほぼ同時に美鈴が地面を蹴ったので、柊もバッタレッグで飛んだ。

 

「そらっ!」

 

 魔理沙の加速が、自分では追いつかなくなる前に叩き落とす。その目的で飛び蹴りを入れた美鈴の右脚に向けて。

 

「たっ!」

 

 トラクローで引っ掻き、蹴りを阻害する。

 美鈴が宙から地面に落ち、再びオーズと向き合った。

 そして魔理沙はそのまま館に突っ込んで行く。

 

「よし!」

「……いい足をお持ちで」

「まぁね。ほんとオーズ様様だよ」

 

 美鈴は膝に乗せた手に力を入れて、再び立ち上がる。

 

(トラクローの一撃で無傷か)

 

 考えたくないが、この妖怪にはオーズの力が通用しないのかもしれない。

 

「……ふぅ」

 

 それでも、やるしかない。今やられれば魔理沙にすぐ追いついて妨害されるだけだ。どれだけ非力でも、闘うしかない。

 嵐が去ったように静かさが現れた空間で、美鈴は意識する。

 

 

 ──みすみす侵入者を中に入れてしまった。あとで咲夜さんにナイフ刺されそうだなぁ。痛いのやだなぁ。

 

 美鈴はそんな心の声を頭と一緒に振り払った。

 

「戦闘は初めてなんですか? それにしては随分と落ち着いてらっしゃいますね。怖くないんですか?」

 

 初陣だと言う彼は、どうにも足の運びが素人のそれではなかった。それが気になり美鈴は素直に柊に尋ねてみる事にする。

 

「怖いですよ、でもやるべき事がハッキリしてますからね」

「……もしかして初戦闘って嘘ですか? 普通そんな割り切れます?」

「俺が? ないない。ホントにこれが初めての体験ですよ。紅さんは?」

「私はここに来る前から門番してますし、まぁ数え切れないくらいには闘ってますよ」

「うへぇ。しんどいなぁ」

 

 苦笑いをしながら彼は身構えた。

 構えは確かに初心者のそれだ。

 

「……さっきはああ言ったけど、お手柔らかにお願いします……」

「え? ああ、……ご丁寧にどうも」

 

 ──なんかよく分からない人だなぁ。うっかり雰囲気に飲み込まれてしまいそう。

 

 内心ではそういうものの、美鈴は、一呼吸置くと。

 

「それでは、いざ尋常に……」

 

 完全に意識を戦闘に向けていた。

 

「勝負!」

「!」

 

 美鈴は地面を蹴り上げ、一瞬で柊の眼前へと現れた。

 最低限の対処として柊も直後拳を後ろに引いていたので、腕を前に出しガードをする。──のだが。

 

「甘い!!」

「──は……!?」

 

 美鈴の踏みつけた地面に小さなクレーターが生まれた数秒後、柊は屋内の景色を見た。

 拳の一発で、庭から館まで吹き飛ばされたのである。

 

「ゲホッゲホッ……ってぇ」

 

 ──なんだ今のパワー、嘘だろ? 確かに中に入ってるのは俺だけど、オーズの力だぞ? それなのにガードした腕ごと俺を吹き飛ばしやがった。

 

「遅い!!」

「!」

 

 立ち上がろうとしたその時。上からの声に反応する。

 

「はっ!」

「ぐっ!クソ……!」

 

 空からの蹴り。今度は完全に目で捉えていたのに、なおも吹き飛ばされる。

 

「勝負に、なら、ない……!」

 

 こっちだって力は劣っていない。けど、その力というものは妖怪にとっては標準装備なのだと、今更になって気づいた。

 それに、おそらくまだオーズの力を引き出せていないのだ。

 

「……! 来る……」

 

 少し遠い所から、美鈴が走ってきているのが柊は見えた。このままでは攻撃を受けるだけだ。

 

「今度はこっちから……!」

 

 柊は、慧音に自衛の術は教わっているが、こちらから危害を加える術は教わっていない。つまり、今から自分はまっさらな状態で相手と戦い合う訳だ。 

 今、頭にあるのはオーズの戦闘の記録だけ。

 

 

 柊は足に力を溜めて一気に地面を蹴って美鈴に接近した。

 

「──フッ!」

 

 美鈴が助走をつけた蹴りを打ち込む。

 

 

 付け焼き刃の自衛スキルでは妖怪の力には対抗できない。今目の前で自分の身に降り掛かろうとしている右脚は腕でガードしても受け切れない。

 ならば。

 

「──!」

 

 オーズの力を最大限利用して避けるだけだ。

 柊はバッタレッグの脚の長さを利用することで本来避けれないはずの空中での蹴りを避けた。

 

「この一手に避けを選ぶ、なるほど確かに典型的な人間だ!」

 

 避けた勢いのまま美鈴の背後に回り、トラクローを一撃。

 だが美鈴は片手で難なく受け止めた。

 

「クソッ!」

 

 分かっていたが、分かりたくはなかった。初めの一撃同様。こちらの攻撃自体が美鈴への有効打にならない。

 美鈴のようにガードの上から攻撃を通す荒技も、隙に攻撃をねじこむ技術もない。ただ只管に後手に回らざるを得ない。

 

「どうするんです! このままでは防戦一方ですよ!!」

「なろ……っ!」

 

 絶望的ではあるが、柊は全くもって勝ち目がないとも思わなかった。

 なぜなら、美鈴は攻撃を確かに防御したからだ。

 

 根本的に攻撃が通じないのであれば美鈴はひたすら殴っていればいいのだから既に決着が付いていたっておかしくない。そうでないのであれば、必ず何かしらの理由がある筈だ。

 全く効かないような攻撃を、あえて何らかの手段で防がなければならない理由。 

 

「まぁ、十中八九能力だろうな」

「──!? なんです? いきなり!」

「くっ、……紅さんは俺の攻撃の全部を一度だってまともに受けたことがない。さっきのトラクローも右手を前に出して受けはしてもダメージは一切入ってはいなかった」

 

 バッタレッグで地面を蹴りバク転し距離をとる。

 

「本当にダメージが入らないなら受けの姿勢をとる必要さえない筈なんだ。でも毎回防ぐ姿勢をとっている。ってことは、何らかの手段で俺の攻撃を防いでるんだろ?」

「……そうですね、私は気を集中させて防いでいるんです。でも初心者に気づかれるなんて……貴方の洞察力が凄いのか私が間抜けだったのか……」

 

 美鈴は一瞬、棒立ちになって。

 

「確かめてみることにしましょうか!!」

 

 明らかに一段階ギアを上げ、再び柊に襲いかかった。

 

(速──)

 

 一気に加速して柊との距離を詰め、そして拳を放つ。

 

「──ハァァアアッ!!」

 

 渾身の右手が柊を吹き飛ばす。

 

「がっ……!」

 

 足を踏ん張る、とかガードをしない、とか関係ない。あれは見えずの拳だ。神速の徒手。こちらが何をしていようと遠慮せずただ狙い一点をぶち抜いてくる。

 

 ──冗談じゃない。ここまで看破して一切合切歯が立たなないなんて。

 

 ならば、さっきまでのは相手が手を抜いていたのか。文字通り天と地ほどの差があったのか。

 柊は再び絶望を見せつけられる。

 

「セイッ!!」

 

 受け身も取れずに空を飛ぶ柊の背後に現れ、膝蹴りをくらわす。

 美鈴は膝蹴りにより吹き飛ぶ勢いを殺してから、さらに連撃を繰り出した。

 

「ぐ、く……!」

 

 全く動けない。オーズの体でなければ数え切れないほど死んでいる。それこそお手玉のように今、柊は少女の掌でいいようにされている。

 

「お、らぁあ!!」

 

 後隙のことを考えず、美鈴の攻撃がくるのを承知で拳を振り出す。

 

「ぐっ!」

「がっ……」

 

 美鈴がよろけた。

 

「効いた……!」

 

 おそらく"気"というやつを集中させていなかったからだ。意図していない攻撃ならば美鈴相手でも通用することが今、明確になった。

 

「なら」

 

 この一点の弱点を利用しない手はない。そしてそれを最も有効的に使うには今の自分では一つの戦法だけしかない。

 

「捨て身だ……」

 

 ──防御すんのは止める。ずっとこっちが攻撃して反撃の隙を与えない。

 

 柊は足に目一杯の力を入れて跳躍する。

 

「!」

「そりゃぁあ!!」

 

 そして空中からそのままトラクローを振り上げた。

 

「威勢はいいですけど、その程度でやられるわけ……」

「どりゃあああ!!」

 

 柊はトラクローを抑えた美鈴の右手を両手で掴み屋敷に投げた。

 

「!?」

「ハッ!」

 

 すかさずバッタレッグで跳躍する。

 

 ここからは、空中戦だ。

 

「粋なことを! こちらのカウンターをまるで考慮していない!」

 

 何をしたって相手が自分より一歩先をいっているのならせめて経験の少ないであろう択を押し付けてやる。

 

 美鈴は屋敷の壁に垂直で立ち上がった。

 

「やっぱ飛べるのか……!」

「そりゃあ当然!」

 

 だが、こちらだって便利な脚がある。空中に自由に飛ぶことは出来ずとも、完全に垂直な屋敷の壁の足場にするくらいバッタレッグなら訳ない。

 

「ここまで奇抜な戦い方をする方は珍しいですね! 相手にしていてとても楽しいです!」

「あっそ!! 闘いに楽しさを見出すなんて、タチが悪いね!」

 

 トラクローを振りかざし、壁を蹴った勢いで蹴りを振り、避けた所に拳を打ち込む。だが、その全てを防ぎ、拳を打ち返される。

 

「こんな変な感覚の中でここまで戦い慣れてるとか、ほんっとどうなってんだ……!!」

「ふふふ、そこは創意工夫ですかね……!」

 

 一向に状況は有利にならない。むしろこちらの攻撃を読まれてきているから不利になっていっている気すらする。

 ここはもう最大火力を打ち込むしかない。今は、風も後追いしてくれている。この地形は最大の味方だ。

 

「!……何かするつもりですね」

「ああ、食らって痛い目みる前に降参することをおすすめする」

「すると思います?」

「……思いません」

 

 当然だ。だが、それでも、自らを鼓舞するためにも、口に出してみるのは、いい気付けになった。

 

「行くぜ」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 

 背中に炎の羽が生え、脚は鋭く尖る。その鋭利な脚は壁を踏み抜き、空へ飛ぶ。

 

「ハァァ……」

 

 風に乗って、勢いをつけた。現状最大火力。さらに相手は必ず正面から受けてくる。もうこれ以上の有利は求められないであろうぐらいのアドバンテージ。

 

「セイヤァアァア!!!!」

 

 紅蓮のオーラを纏って、美鈴の眼前へと飛ぶ。

 

「──ハァァッ!!」

 

 美鈴も対抗し、クレーターができるほどの威力で壁を蹴り上げ、その勢いのまま上空の柊へと蹴りを見舞う。

 

「うおぉぉおお!!!!」

 

 互いの蹴りが交差する。そして美鈴はその体をくるりと回転して体勢を立て直す。

 一方の柊は 柊は勢いに流されたまま花壇に激突した。

 

「……が、は……っあ」

「良い指導者に恵まれたようですが型通りの動きです。初心者の典型。……うん、成る程。初心者なのは本当らしい」

 

 ふっ、と意味ありげな美鈴の鼻を鳴らす動作に柊は、姿は見えないまでも、青筋を立てるくらいには腹を立てた。

 

「……ああ、あんたもこれだけ初陣の相手を立ててくれるし、俺の恩人を立ててくれるのは嬉しいよ」

「ええ、武道は礼にはじまり礼に終わると言いますからね。所で弾幕は撃たないのですか? 私は全然構いませんけど……」

「あー、うんなしで。俺今回がはじめての闘いだからさ色々と分からないんだよね。今は拳を振るくらいしか出来ないな」

「はぁ。わかりました」

 

 美鈴はゆっくりと歩みを進める。

 柊は一途に考える。どうすればこの人に一矢報いる事が出来るだろう。と。

 

 ──もし逃げれば……自分が逃げれば必ず彼女は魔理沙の後を追う。だからこの策はなし。だったら同じ土俵で闘うのを止めるか? けどこれは近接戦しか能のない俺には到底無理な話である。

 

「……はぁ、何事も一筋縄じゃいかないんだな」

 

 相手は自分よりも身体能力が高く、これまで数百数千の闘いを切り抜けた、妖怪という人間の天敵なのだ。そんな怪物を、ただの人間が、しかも初の戦闘でまともに相手どれるほど、この世界は有情ではない。

 

「……弱音ですか?」

「いいや、一個乗り越えたらまた一個どデカイ壁で参ってるってだけですよ」

 

 ──でも、勝つ。初めから諦めてちゃダメだ。そんな意思で勝てる闘いなんてこれから先一生ない。

 

 

 自分が取れる戦法は一つ。美鈴に勝る力を引き出す事だけ。

 

 本来のオーズの力、その真髄。確実に、自分には見に余る力を。全力で引き出すだけなのだ。

 

「……何かするつもりですね!」

 

 

 柊はメダルの変化を確かに感じ取ってから、再びスキャンした。

 

「初陣でこれを使うことになるとはな、全く!」

 

 ──サイ! ──ゴリラ! ──ゾウ! 

 ──サゴーゾ…… ──サゴーゾ!! 

 

「うぉぉぉおああああ!!!!」

「……面白い能力をお持ちで!」

 

 ──い、たぃ……! 

 

「ぐっ……! あ、ぁぁああ!!」

「……?」

 

 ただ変化しただけでこの痛み。やはり自分にコンボは早かったらしい。

 あまりにも身に余る負担だ。早く変身を解けと、脳が頭痛によって無理矢理知らせてくる。

 

「……ぐ……」

 

 途方もない痛みと、慣れない身体の変化に身体を大きく動かしながら、どうにか誤魔化して、更に自分の体の不調を遮るように彼は叫んだ。

 

(こ、れ……は、20秒も持たない!)

 

「はぁぁぁ……行くぞっ!!」

 

 柊はノッソリと走り出す。美鈴が避ける素振りはない。当然といえば当然だろう。先程の威力では、避ける意味がないのだから。

 

「うらぁっ!!」

「……は? なっ!?」

 

 受けた右腕が衝撃で後ろに下がった。それを認識するのが、美鈴は一瞬遅かった。

 

「……少々吃驚しました」

 

 しかし、即座に柊の力を再分析する。弱いと思い油断していた反省も踏まえて。

 そして勢いつけた美鈴の蹴り。今の柊に避ける技術はない。だから思いっきり蹴りが当たる箇所に力を入れる。

 

「ふんっ!」

「嘘……! 今直撃しましたよね!?」

 

 驚いた隙に振った柊の拳は避けられたが。美鈴に拳を避けなければならないと思わせる程度にはサゴーゾには力があると証明できた。

 

「──っ!」

 

 身体が再び大きく軋む。そして力が抜けていくのを柊は感じた。

 もう限界のようだ。

 

 やはりコンボはまだ自分には早いのか。と悔やみながら拳を握って。

 

「これで勝てたら……いいんだけどな!」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

「はぁぁぁ……せいやぁ──っ!!」

 

 手に熱が篭る。そしてその熱のエネルギーを運動エネルギーへと変換させて、腕を勢いよく飛ばす。

 

「──!?」

 

 かなりの速度で飛ばした事と驚きが相まってからか、美鈴は避けれず、直撃した。

 

「あ、う、うっ……!」

 

 ただ、柊側にも負担があった。痛みのあまり、地面に寝転ぶ。そして変身も同時に解除された。

 

「痛……ああ、そうそうするもんじゃない、な……! ごはっ……!」

 

 どうだ? ゴリバゴーンは効いたのか? 意識が飛ぶ前にそれだけは、と目を細めてみるが、煙幕の所為で美鈴の姿が捉えられない。

 

「……結構、効きましたよ」

 

 手で煙を払ってから、けろっと喋る。

 

「──まじ、かぁ……」

 

 柊はその光景を見て、驚愕した。

 オーズの切り札を使っても相手はピンピンしている。これが今の自分と相手の実力差だったということだ。

 

「……直撃して、これか、ぁ……」

「……それでは、これで」

 

 手刀を構えている。

 

 ──ああごめん魔理沙。もう会えないかも……。

 

 悔いも痛みも、不安も混ざり合いながら、それでも限界を出せた事に違いはないのだと、前世よりは検討したな、そう踏ん切りつけて目を瞑る。

 

 そして、手刀が振り切る瞬間──。彼女は現れた。

 

 

「そこどいてくれる? 門くぐれないじゃない」

 

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