東方欲望録   作:アンダーソンキャッスル

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40話 酷似と純粋と花鳥風月

「! っぶね」

 

 柊はひらりと、光線をかわす。

 

「へぇ……いい反射速度ね」

「そりゃどう……」

「これならどう?」

 

 次に放たれた光線には、見覚えがあった。見慣れていたお陰で咄嗟に身体が動き直撃を避ける事に成功したのだが。

 超極太レーザー。それが二人を襲った。

 

 

「ゲホッゲホッ……! 今のはま、魔理沙の……!?」

「マスタースパークと酷似してますね! お怪我はないですか?」

「ちょっとだけ掠ったけど支障はないよ! 痛いだけ!」

「ならよしです! あの妖怪と持久戦は相性悪いですから、 今度はこっちから攻め立てますよ!」

「よしきた!」

 

 持久戦を仕掛けることは風見幽香との闘いにおいては得策ではない。妖怪相手に持久戦は基本地雷なのだ。

 しかし現在は空中戦闘、速さで上回っている柊と文には地の利がある。特に文のスピードは眼を見張るものがあった。

 

 だが、幽香が注目したのは。

 

「貴方、何者?」

「え? 俺?」

「他にいないでしょ?」

「うーんと、まぁ人間です」

 

 幽香は訝しんだ。

 

「嘘は良くないわね。ただの人間がそんな力持ってるわけないでしょう」

「そんな事言われてもな〜。まぁそうだな、俺達に勝てたら一から説明するよ、だからそっちも俺が勝ったら教えてくれよ」

「ふふ、言うわね。出任せでない事を期待しとくわ」

 

 風見幽香。彼女もまた好戦的な妖怪であることに違いはないだろう。

 

「せいっ!」

「ふん」

 

 互いの拳が腹に当たる。

 

「うっ……」

「いだっ!?」

 

 柊は思わず蹲まり、そして幽香の力を把握した。

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん。けどめちゃくちゃ力強いよあの人。文さんも気をつけ」

 

 言い切る前に、二人が空を大きく駆ける。

 

 先程宣言したスペルコールにより、空中に花の弾幕が咲いたのだ。

 

 だが二人の高速機動の前では、その花の弾幕はただの置き玉だった。

 しかし幽香としてはそれでいい、幽香の狙いは各個撃破。

 

「せいぜい良い声で鳴きなさい」

 

「げ」

 

 数秒間傘の先端に光が募り、光線が放たれる。

 

 柊は身をよじり避ける。

 その直後、再び小さな光線が飛ぶ。これには掠ってしまった。

 

「あっちちち!! ちょっと……そんな何回も……!」

 

 タメが短い分当然大きさはそれ程でもないが、生身で直撃すれば肉体ごと消滅してしまうだけの威力はある。

 更にはまきびしのような役目を果たす花の弾幕。それらをかわしてカウンターを仕掛けようなどとは到底思えない。

 

「いい眺めね。もっと鳴いて頂戴」

「わおーん! 文さんお助けっ!!」

 

「思ったよりノリがいいじゃない。気に入ったわ未知の妖怪さん」

 

「うげ、気に入られちゃった。それより文さんは?」

「……そういえば、見えないわね」

 

 姿が見えない、何なら弾幕も飛んでいない。

 

 ──あの鴉。何か企んでるわね。

 

 直後、地面から吹き荒れる砂嵐が幽香を包んだ。

 

 文が地上の風を操り鋭い砂塵を巻き起こしたのだ。

 

「!!」

 

 

「おおっ!」

「お待たせしました! あれなら幽香さんは逃げられません! 一気に……」

 

 砂嵐が光線で吹き飛ぶ。

 

「……文さん」

「いや、別に私のせいではないのでは? あの人が規格外なんですよ。多分」

「ちょこまかと、目障りね、貴女」

 

「決闘ってそういうものでは?」

「博麗の巫女は逃げなかったわ」

「私と霊夢さんを一緒にしないでくれませんか!?」

 

 幽香は不敵に笑った。

 

「……? なんです?」

「ふふ、どうすればすばしっこいカラスを捕まえられるか画策していた所なんだけどね、いい案を思いついたの」

 

 文の気付かぬ一瞬で絡みついた蔦が文を向日葵畑に投げ飛ばした。

 

「! すいません、暫く相手を……!」

「文さん!」

「余所見をする余裕があるのかしらね?」

 

 すでに幽香が接近している。

 

「ふっ!!」

「いいわ、続けましょう……!」

 

 右手に炎を灯し振る。幽香は下がらず左手で応戦した。

 

「はっ!?」

 

 左手が焼かれながらも幽香は柊の顔面を右手で打ち抜く。

 

「ごえっ!」

 

 火傷もすぐに再生して、拳を撃ち続ける。

 

 ──くそ、一撃がとんでもない威力だ……! 

 

 一歩下がり火球を放つも、傘で防がれる。

 この数手で柊は気付く。

 

 

 風見幽香は幻想郷において数人しかいないとされる強者たち、所謂、大妖怪である、と。

 

「……だよな。多分」

 

 紅霧異変の時はまだ未熟だった。今ならコンボを使わずとも、美鈴と闘った時の自分には勝てる。それくらいには強くなった。

 だがこの風見幽香との闘いはあの時の戦闘以上の力量差を感じる。

 

「こんなほんわかした異変なのに相手は過去一位を争うレベルなのが恐ろしいよ!」

「そんなに褒めないでくれるかしら、恥ずかしくなってうっかり殺しちゃうかもしれないわ」

「それ腹立ってるだけだろ!」

 

 幽香に弾幕ごっこを仕掛けたことを後悔する。

 

 ──うわぁあ逃げときゃよかったぁ! なんで霊夢は勝てたんだよ……! 

 

 ここまでの力を持ってる相手に人間である霊夢が勝てた理由。それこそが弾幕ごっこの真髄だった。

 たとえ幽香が大妖怪で幻想郷随一の力があったとしても、こと弾幕ごっこにおいてその代名詞は必ずしも強さの証明ではない。

 

 そして、柊は後悔こそすれど、まだ諦めてはいない。

 それは、異変解決においての強者の素質の一つでもある。

 

「ああいい……! いいわ……! 貴方のその眼……自分はまだ折れてないって叫んでるかのように強い眼……完膚なきまでに上から捻り潰して光を奪ってあげるわ!」

「貴方からは俺の眼わかんないでしょ!?」

 

 オーズの複眼は変わらない。だが、幽香は確かに気迫を感じていた。

 

 

「気持ちの問題よ。わざわざ水刺さないの」

「……へへっ言ってろよ! もうこの弾幕は見切った! 次は貴女に痛い目にあってもらうぞ!」

「……へぇ?」

 

 精神の強さ。それこそが人間が妖怪に勝ち得るポテンシャルの一つ。

 

「見せてもら──」

 

 数秒間のタメ。察知した柊は高速で接近する。

 

「!」

 

 タメ切る前に傘を蹴り射線をかわす、その意図を持って近づくが、幽香のそれは。

 

「惜しい」

 

 ただ光線を放つだけならタメは必要がない。

 

「やっぱな!」

「!」

 

 

 風見幽香の放つ弾幕は、花びらから散る弾幕、そして数秒のタメの入る極太レーザーとミニレーザー。

 ではない、あくまで傘に込める妖力に差があるだけで二つそれぞれが別の技というわけでもない。

 なぜそんな莫大なエネルギーを要するものが放てるか。簡単だ。なぜなら彼女は大妖怪であるから。

 

 ここまでが柊の考察。

 

「せいやっ!」

 

 脚を牙に変化させ、レーザーを引き裂く。

 

「! ちっ」

 

 幽香は傘を手放した。それでは当然レーザーは消える。

 

「望む所よ!」

 

 再び接近戦がお望みならば、ご期待通りスクラップにしてやろう。その粋で前進した。

 ──柊は後退していたにも関わらず。

 

「逃げ……」

「ええ、逃げました!」

 

 前のめりになった幽香は火球をモロに受ける。

 

 服がより酷く焦げる。幽香は遂に顔を歪めた。

 

「……レディに対して失礼だとかそういい気遣いってものはないのかしら」

「異変解決したらすぐ詫び持ってきます。具体的には向日葵の種と服代を」

「……なに? もう勝った気?」

「いや全然、でも負ける気で闘うような真似は貴方にも失礼だろ」

「……悪くない。うん、悪くないわね貴方」

 

 なにかに満足したように幽香は頭を縦に振った。

 

「今代は私に本気で勝とうとする人間が少なくとも二人はいる。悪くないわね。話しすらしてみたい気分」

「ならもう終わってゆっくりお話……」

「却下。そんなの楽しくないもの」

 

 いいわ、と幽香は口にした。

 

「私はこのスペルを破られたら負けでいい、ただし貴方は何をしてもいいし、死ぬまで闘っていいわ」

「ん〜? えーっとそれは……」

「安心して、私は人より意地汚くはないわ。素直に負けたと思ったら負けを認める。それがこの世界でのルールだからね」

 

 柊の引っかかる所はそこではない。全ての種族が平等な弾幕ごっこによるハンデ宣言が何を意味するか、柊にはすぐ分かった。

 

 

 幽香が妖怪としての力を前面に押し出す闘い。

 出来る事なら本気で拒否したかったが、不思議と乗ってしまいたい自分がいたことに彼は驚く。

 今まで隠れていた本音。紫や慧音との出会いを境に彼の奥底に隠されていた何かが解放されたのかもしれない。

 

 だが、それでは本気で危ない目に遭う可能性がある。今度こそ慧音を号泣させてしまうかもしれない。ならそれは出来ない。

 

「そうなるとこっちも全身全霊でやらざるを得なくなる」

「ええ、そうね」

 

 しかし先の提案はあくまで弾幕ごっこのルールの範疇にある。そこに変わりはない。

 

 

「……やっぱり俺は飲めません。つい最近この世界のルールに合わせようって思ったばかりなんです。それに貴女が妖怪としての力を本気で使ったら人間では多分……勝てる奴は限りなく少ない。少なくとも俺じゃ勝てません」

 

 それを耳に入れた幽香の目つきは、鋭くなる。

 

「……で? だからなに? 私が貴方の情けを聞き入れる理由がどこにあるの?」

「この世界のルールは──」

「煩い」

 

 大妖怪による本気の殺意を含んだ(まなこ)は、柊の心臓を撃ち抜くが如く、動きを停止させた。

 

「貴方の為にもなるのよ?」

「……え」

 

 次いで聞こえた声でようやく硬直が解けた。

 

「力が欲しくはないの?」

「──」

 

 幽香の目は依然鋭く、だが何かを見据えていた。

 

(強敵)と闘って今何かを掴みかけてる。折角のチャンスを無駄にしてもいいの?」

「……でも、俺は別に力が欲しいわけじゃ」

 

「そ。そんなんじゃ一番動きたい時に動けないまんまでしょうね」

 

 脳裏に沢山の記憶がよぎる。その容量の大部分は、以前の失敗だった。

 

 前世での少女と、今世での女性。

 脳内で置いて去っていた記憶がぶり返す。

 

 以前のように自棄になっているわけでもなく、ただ冷静に思い返す。自分は、また同じ思いをしてもいいのか、と。

 

「強くなれる時に強くならないで、いいの?」

「いいわけ──ない!!」

 

 辺りが暗くなる。それは雨雲でも紅霧でもない。

 一面を覆う何か、幽香の能力による代物だろう。

 

「これは……」

「貴方を最大限まで痛ぶる為のステージよ。精々暴れなさい」

 

 恐らく花を操って何かしたのだろうが。柊には知る由もなかった。

 

「……ふー……」

 

 

 大妖怪には大妖怪たる所以がある。

 幽香で例えるならば、圧倒的な身体能力、そして。

 危険度:極高と評されるその性格そのものが大妖怪たらしめていた。

 

 自由に行動を起こし、自由に振る舞えるだけの力を持ち得てこそ大妖怪なり。その文言を体現するかのように、幽香は柊の前に聳え立つ。

 

「……一応言っときます。貴女が花を愛しているのは知ってる。そんな貴方が、この異変を解決しようとしてる俺を止めるのは無意味だろ」

 

 文の仲間だろうとなんだろうと、柊が花を自ら傷つけるような人間ではない、むしろ保護しようとする類の人間であることは今までの立ち振る舞いから理解している。

 

「今はそんな理由どうだっていいもの。戦う理由はお互い別のところにあるでしょう?」

 

 だがそれは今回の弾幕ごっこには関係のない理由だ。ただ闘いにかこつける為に恨みがましいフリをしていただけ。

 そんなものより何よりも、博麗の巫女と同じ使命を負っているこの少年を試しに嬲っていただけのこと。

 

 博麗の巫女に負けて少し昂っていたことは否定しない。だがそれを差し置いて余りある興味が今の彼にはあった。

 

「さっきも言ったけれど……私は意地汚くなければ、真剣勝負での私有地の被害を気にするほど無粋ではないわ」

 

 ──向日葵畑を全て焦土にされれば流石に傷つくけれど。十日間は布団から出ないけれど、自分から名乗り出た勝負で後からゴチャゴチャ言うほど面倒くさくてダサい生き方はしていない。

 

「貴方は強くなる為に。私はより強い人間を虐める為に」

「勘違いするなよ」

 

 幽香の煽りは、柊を焚きつけるにはまた、充分だった。

 

「ハンデをつけ過ぎてぼろ負けしても泣くなよって言いたかっただけだ」

 

 幽香は思わず笑った。口が裂けるほど。

 

 大妖怪に向けてのそれは自殺行為と同等だろう。

 

「なら見せてみなさい!!」

 

 

 言うと、柊はいきなり高速で後退し、向日葵畑の中へ潜った。

 

「ふん、逃げてどうするの」

 

 今彼女の目に入っているものは、花ではない。戦場だ。そして己の武器だ。

 胸は少し傷むけど、多少の犠牲もなしに勝とうなんてそれこそ嘘だろう。

 

 

「せいやぁ!」

 

 地上から巨大な火球が吹き上がる。

 

「ふん!」

 

 先よりも少しだけ強く力を込めたレーザーで相殺した。

 彼を捕捉したからには次はこちらの番だ。

 

 全速力で接近しながらも、花を操る。

 柊の周りにいた花は食虫動物に似た形に変化して柊に襲い掛かった。

 

 だがその程度では支障はない。

 全ての花を炎で枯らし尽くす。当然のことながら、花にとって炎は弱点なのだ。

 

 それは、幽香にとっても例外ではない。

 

「タトバで殴ってついた傷の再生速度はもっと早かった、アンタ炎が苦手だろ!」

 

 柊は再び花を潜り抜けて、逃げて行く。

 

「っちぃ……」

 

 柊の居場所が見えないのなら花の声を聞けば良い、花の感覚を辿ればいい。自分ならそれが出来る。

 

 感じた敵の位置は。

 

 目の前。

 

「ぐうっ!」

 

 柊にはタカヘッドがある。遠い距離にいたとて、幽香が目を閉じたのならば、高速移動で隙を突くのは当然だ。

 そしてクジャクフェザー。背中に装填される無数の羽は、幽香の身体を幾度も貫通してゆく。

 

 だがそれを物ともせずに突っ走るのは風見幽香。ここまでくれば絶対に逃してなるものかという意思を感じる。

 

 幽香は傘を前に出して全速飛行。もはや隠す気のないその巨大な光は恐らく魔理沙のマスタースパークより数段太いだろう。

 

「上に逃げたのが運の尽きね」

「どうかな?」

 

 つまり畑に沿って逃げれば、撃つことはない。その事実を耳に入れて柊は言う。

 

「王符『昆虫を統べる王』!」

 

 光線の発射に合わせてスキャンする。

 

 ── クワガタ! ── カマキリ! ── バッタ! 

 ガ〜タガタガタ・キリッバ・ガタキリバッ! 

 

「うぉぉお怖ぇぇえ!」

「うざい!」

 

 三枚のメダルエフェクターが柊を守った。

 

「「「「せりゃ!!!!」」」」

 

 50人のオーズによる雷光が幽香を炙してゆく。

 

「ぁ、ぅ……!」

 

 傘に力を込める。そして雷を横払いした。

 

「何ぃ!?」

「フッ!!」

 

 そのまま傘の先端から放たれるレーザーを避ける、が。

 

「甘い!」

 

 傘を片手で振り回して薙いだビームを振り回し始めた。分身をかき消す魂胆か。冗談じゃない。一人一人が本物のオーズなんだ。それこそ、五人分でもあれをまともに受けたら耐えられない。なんてことだ、まさかガタキリバの火力が通用しないのか。

 

「王符『重量を統べる王』!」

 

 空に浮いていたオーズは姿を消し、生身に戻った柊は既に地に足つけていた。

 

「そら!」

 

 ──サイ! ──ゴリラ! ──ゾウ! 

 ──サゴーゾ…… ──サゴーゾ!! 

 

「うぉぉぉおああああ!!!!」

 

「!?」

「ふんっ!!」

 

 拳をミサイルのように射出する。咄嗟の不意打ちに幽香は避けることが出来ず直撃した。

 

「コロコロ姿を変えて……!」

「まだまだ!」

 

 柊は重力を歪ませる。恐らく長年生きた幽香でも重量を操作されるのは初めての感覚だったろう。

 

「いい度胸ね!」

 

 ただ引きつけられただけのこと。むしろそちらから来るのであれば容易い。

 そう、サゴーゾコンボの柊への認識だけが甘かった。

 

「うぉらっ!!」

「ぎっ!」

 

 歯軋り。口内から血が吹き出る。

 

 しかし、そこから先は苦難だった。

 

 一通りの固有能力を見せ切った柊にはもう相手を騙す手札が残っていない。

 

「ほらほらほら!」

「ぐあっ!」

 

 自慢の超怪力も超重力も──。一度見た幽香には通用せず。

 

「それでいいの?」

「──は?」

力勝負(それ)、私の得意分野なんだけど」

 

 柊の拳を、幽香はいとも容易く抑え、片手でぶん投げた。

 

「──なっ!!?」

 

 空中に投げられる。そして最高点に達した時、幽香が両手を握りしめて待ち構えていた。

 

「そう……らっ!!」

「うっ!!」

 

 しっかり腕を前に出しガードをしていても尚、腕は痺れ、痛み、一瞬体が硬直し。その勢いのまま地面に叩きつけられた。

 

「……まじ、か!」

 

 すぐさま身体を起こすが、それよりも驚愕であり、対策しなければならない事に思考を巡らせる。

 

 ──今の俺の最大の力だぞ!? あんなあっさり超えてくんのかよ!!

 

 今までの弾幕は、ただの様子見だったのだ。

 

「もう諦めるのかしら?」

「……んな、わけねえだろ」

 

 コンボに備わる固有能力。それは決して初見殺しで終わる能力ではない。

 そのどれもが切り札相当。対応すれば問題はないなどとは口を裂いても言えない。

 

 初代オーズもそのコンボの真髄によって世を恐怖たらしめたのだ。

 ただ今回は一重に相性が悪かった。

 

 タジャドルの自力勝負では相手が上、ガタキリバでの物量作戦は幽香の光線に不利、シャウタはそもそもここでは真価を発揮できない。

 サゴーゾでは相手の土俵に乗ってしまうだけ。ラトラータは……花を焼き尽くしてしまうので柊は使わなかった。もし使っていたとしても幽香は対処していたに違いない。

 

 これが大妖怪。ただの実力、力だけで相手を上から無理やり封じ込めることができる。

 

 やはり、弾幕ごっこという枷を掛けなければ大妖怪は手に負えないということは、何よりも柊が今一番痛感していた。

 

「途端に動かなくなったわね」

 

 腹部を蹴られ、地に這いつくばる。

 

「ぐ、……っと」

 

 再びタジャドルコンボへ。大きく後退する。

 

 もうすぐ幽香のスペルカードの時間は切れる。タジャドルコンボの速度は幽香より遅くはない。ただ追いかけっこをするならば充分勝機はある。

 

「……そ、好きにしたら?」

 

 幽香は決して彼を追わなかった。

 

 

 ♢

 

 

「はぁ……はぁ」

 

 一輪の向日葵の下に身を隠し、柊は息を整える。

 

「……散々殴られたけど……まだ酷い怪我はない……今のうちに切り上げて……」

 

 大妖怪への認識を、思った以上に甘く見積もっていた自分がいる。それを踏まえて今、どうすることがベストか。簡単だ。

 

「このままやり過ごせば弾幕ごっこは終わり。うん。それでちゃっちゃと……」

 

 ──……終わらせたくないなぁ。

 

 

 ぽつりと呟く我儘。

 

 幽香が無理やり突きつけたルールだ。辞めても幽香以外文句は言わない、この世界すらも。

 

 

 彼が終わらせたくなかった事は、当然意地もある。簡単に負けたくない、このまま終わらせては試合に勝って勝負に負けたようなものだと。

 しかしそれ以上に掻き立てる焦燥感。霊夢が幽香を倒した事実、慧音との約束、それらを踏まえてなお身のうちに宿る焦り。

 

 何か大事なものが、この闘いには詰まっている気がするのだ。

 

 だがそれが何なのかは柊には分からなかった。

 

「……なんなんだ?」

 

 その答えを、幽香は知っているのか。そう思えてならないから、彼は答えを知る為に逃げたくなかった。

 

 だってきっと自分では答えを明かせない。何も手がかりがないから。自分の記憶に()()()()()()()()()

 

「……はぁ」

 

 何度乗り越えても更に大きくなって迫る壁。彼はその圧に潰されようかとしている。

 

 

 ♢

 

 

「……ふん、今の所ただの宝の持ち腐れね……」

 

 現時点のまま終われば期待外れだ。ただただ時間を無駄にしただけ。

 博麗の巫女を相手取った手前、更なる刺客がまた人間で、しかも異様な力を持ち合わせているのであれば期待してしまうのも無理はない。

 

 だがまぁ蓋を開けてみればこの有様で。

 

 

「……そこらの妖怪と変わらないわ」

 

 力をまともにコントロールできずに、ただ振り撒くのならそれは妖怪でもできる。

 幽香が彼に期待していたのは、人間ならではの闘いだったのに。

 

「……このまま逃げるなら、試合を終わらせてからちゃんと殺す、うんそれがいいわね」

 

 彼との勝負に自分は負けた、だが彼を殺せばそれでチャラだ。

 

 

「──!」

 

 だが、そうはならなかった。

 

「はあっ!!」

 

 背後に回った柊からの渾身の火球。

 

 それは、逃げないという合図。落胆していた幽香の戦意に火をつけるには充分な火力だった。

 

「及第点」

 

 もろに火を浴びたが、身体が焼けようと無問題。この程度なら戦闘に支障はない。

 

「なぜ逃げ続けなかったの?」

「……貴女は強すぎる、今の俺じゃ何が起きても100%勝てない」

「どうも。それならば尚更不可解ね」

「強くなりたいからな、自分でも逃げちゃダメだと思った」

「……ふふ」

「! ぐ!」

 

 幽香の拳を腕で止める。その衝撃は後方に風を舞わせた程の威力であった。

 

 さらにもう一発、今度は受け止めきれずに、地面に落ちた。

 

「……及第点止まりね」

「ん?」

 

 速やかに柊は立ち上がる。そしてそれを睨む幽香。幽香は思考していた。

 

 簡単には折れない精神力。そしてなにより姿ごとの能力。それをモノの見事に使い切っている。

 だが。

 

「姿をコロコロと変えて相手を撹乱させる戦法。それは貴方の悪癖ね?」

「──」

 

 ぐうの音も出ない正論。事実その狙いを持ってコンボを変化させていたのだから、何も否定できない。

 

「確かに惑わされる。貴方の力を持ってすれば並みの相手では相手にすらならないでしょうね。……並みの相手なら」

「!」

 

 真っ先に脳裏に西行妖の姿が浮かぶ。

 

「本物の強者には通用しないわ。貴方はそれでもいいの?」

「……いいわけない」

 

 その言葉に、幽香は微笑んだ。

 

「本能で理解なさい、貴方にどんな力が詰まっていようと貴方は貴方、人間なのよ。人間が妖怪の真似をしても妖怪のようにうまくはいかないわ」

 

 煽る様に、幽香は言う。

 

「……でも、俺には他にやり方が思い浮かばない……何か知ってんなら教えてくれ」

「いいじゃない、素直なのは美徳よ。なら教えてあげる。貴方はあなたらしく闘えばいい。ただそれだけよ」

「は……俺らしく?」

「ええ人間らしく小賢しく立ちふるいなさい」

 

 あまりに抽象的なアドバイスだったが。結果として、柊が幽香から学ぶものは多かった。

 

「いつまでも突っ立ってないで来なさいよ」

「!」

 

 風見幽香は自由を好む。孤独が好き、花が好き、人生、いや妖生で培った力は彼女自身の妖怪としての力。

 彼女が一から積み上げたその力によって彼女が振り回されることはない。だが、誰かが振り回されているのは分かる。

 

 幽香の諭しは実に有効だった。

 

「今まで過保護に育てられて来たんでしょうけど私は甘くないわよ。なんせ軟弱な生き物を華のように愛でる趣味はないからね」

「……ありがとうございます、幽香さん」

「お礼は要らないわ。付いて来られなかったら普通に殺して捨てるから」

 

 幽香が接近する。柊はいなして、中距離から火炎を振り払う。

 

「! へぇ」

 

 中距離では幽香がレーザーを撃つには少し隙が生まれる、しかし拳も震えない嫌なポジションであった。幽香は一歩後ろへ後退しレーザーを放つ。

 

 今までなら確実に捉えていた動き、しかし人間は学習する。幽香に諭されて、我に帰った柊はタジャドルコンボの固有能力である高速移動には頼らなかった。

 自身の眼と技量を持ってレーザーを見抜く為に力を使う。それが人間としての自分の力。

 

 ──やはり眼がいいのね。吸収が異常に速い。

 

 中距離からの飛び道具で近遠の選択を相手に取らせる行動は、ついさっきまで自分がやっていた事だった。それを観てすぐにやってのけるにはそれ相応の眼と技術がいる。

 つまりその動きの基礎を既に彼は身につけていると言う事だ。

 

「貴方の師が堅実的だったのかしら?」

 

 事実、高速移動の為に目を鍛えても意味がないように、彼が正しく力を使うにはこれが正解だった。相手の力を身をもって体験し取り込んで学習していく事。それが人間の本領である。

 

 

 知恵を絞り、編み出した手順を踏む為にオーズの力を使う事。

 

 さっきまでの固有能力頼りの闘いとはうってかわり、自分の力を持ってオーズの力を工夫しながら闘うスタイルを選んだのだ。

 

 そして、それを活かすための闘いの経験値。

 

 ──きっと実戦を多くこなしてるのね。それか妖怪に特訓を付けてもらっているのか。

 

 柊の闘い方は対妖怪に特化していると言っても過言ではない。相手の攻撃をとにかくいなしていく。恐らく優秀な指導者がいるのだろうが、それも彼の成長に一役買っている。

 

「いいわね、少し昂ってきたわ」

「物理的にな!」

 

 火炎を起こし、容赦なく幽香の身を焦がす。だが依然として衰えない幽香は柊の火球を受けながら前に進み続ける。

 

「そらっ」

「っと!」

 

 ──もう拳に拳は合わせない。

 

 自分は人間だと強く教えられたことが功を奏したか、柊は人間らしい立ち回り。言うなれば慧音に教わっていた動きの基礎を自分の物にし始めていた。

 幽香の右拳を手の甲で弾き、隙に一撃を加える。

 

「ふふ、良くなったわね」

 

 更に追い討ちでかけてくる蹴りを、飛んで避け、真上から焼く。

 

「追撃の手も悪くない」

 

 そして、再び距離を置く。

 

 幾度も燃やされ、光線はかわされる。だが幽香は怒るどころか確かに笑っていた。

 

「忘れてるわよ、花」

「ん? ──ぎゃっ!?」

 

 幽香を視認しながら後方へ下がった為、全方位から放たれる花の弾幕にきづかなかった。

 

「あいたたたた……」

「ふふっ抜けてるのね貴方」

「は、恥ずかしい所をお見せしました……」

「いいえ」

 

 互いに静止。だが驚きにも先に手と弾幕を止めたのは幽香だった。

 

「貴方が後ろの弾幕に気付けなかったのは私に躍起になり過ぎた結果。一生懸命私に向かった結果でしょう? 貴方、闘うことに意識しすぎで弾幕ごっこであることを忘れてたでしょ」

「返す言葉もないです……」

 

 風見幽香への対処を考えるだけで手一杯だった。だが、幽香は次にそれを肯定する。

 

「なんで謝るのよ、素敵なことじゃない。必死になってもがこうとするのは。良いわよ、そのままドンドン調子を上げて行って頂戴」

「……えぇ?」

「貴方はバカじゃないというのはもう分かったわ。自分の力を正確に理解してるのは見て取れたし、私を食って闘い方を学ぶ精度は目を見張るものがある」

 

 ふぅ。と一息ついてから、幽香は柊に告げた。

 

「けれど惜しいわね。あと少しで殻を破れそうなものなのに……焦っている所為で本質を見誤っている」

「あ、焦り?」

 

 再度立ち上がる意思を見せ、タジャドルコンボの力任せにならずに、自身の力を最大限生かそうとする知恵。柊が人並みには人間としての力を持ち合わせている事は分かった。だからこそもうワンステップ上に追いやってやろう、と。

 

「能力に頼り切っていた時の貴方の評価はマイナスだった。そして今ゼロになった貴方。でもまだ私レベルの妖怪には敵わない」

 

 既に柊は風見幽香にとって虐める相手ではない。特別な力を持った、博麗と同じ興味深いヒト。

 

「今の貴方に足りないものはここよ」

 

 幽香は人差し指で自分の胸をつく。

 

「……え?」

「博麗の巫女にあって貴方にないもの。私にあって貴方にないもの。強者にあって貴方に足りないモノ」

 

 それは口で言ったところで理解に及ばないだろう。柊が本当の意味で答えを見つけなければならないもの、それこそ命をかけて辿り着かなければならないことだ。

 だから、命をかけてもらおう。

 

「きっと多くの妖怪はそれを忘れている。確固としてそれがあるものはそれだけで特別、強いのよ。……でも仕方ないことなのかもしれないわ。だって人間ですらも時にそれを忘れてしまうものね。まして数百年の時を生きる妖怪なんて……ね」

 

 幾多の記憶を連想する幽香。だが幽香の言葉に迷いはない。

 

 

「赤ん坊は生まれたその瞬間から『明日が欲しい』、『生きたい』と泣き、産声を上げる。本音を漏らす事は赤子でも出来るのに」

 

「赤ん坊ですら出来る筈のことが貴方には出来ていないのよ」

 

 自分の意思を貫ける事。それは強者の全てに共通している事だ。

 

 博麗の巫女なら「仕事だから」とでも言うだろうか、その意志が揺らぐことはない。別に何と言うこともない、今の花の異変が続けば自分の信用が消えてゆくゆくはご飯を食べていくことができなくなってしまうから。

 その眼には意志がある。

 

「私は花を咲かせて、花と共に生きる為に今ここにいる……時々周りの奴等を虐めて楽しんだりもするけど」

 

 虐めや弾幕ごっこはその人生についてくるおまけに過ぎない。

 そして今、芽吹きそうな花に水をやる為にここにいる。

 

「今のまま時を過ごしたらきっと貴方には何も残らない。笑う為にここにいる? つまりは博麗や貴方の友達の為にここにいるんでしょ。それの何が楽しいの?」

「困ってるなら……助けたい。一度捨てた命だから……価値のあるものに……」

「それで? 今のまま過ごせばきっと死ぬ間際後悔する」

「なんではっきり言えるんですか?」

「全てを他人任せにしているからよ」

 

 柊の苦言を幽香は見逃していなかった。

 

「自分の行動理由を他人に委ねれば、流されるまま一生納得のいく答えは得られない」

 

「他人任せにしてるつもりは──」

「他人に笑えと強要させることの何が自分本位なの?」

「……いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃ」

「作られた笑顔を見て勝手に自己満足に浸かりたいだけでしょ」

 

 皆んなの笑顔を守りたい、そんなものは傲慢でしかないと幽香は言う。

 

「この世界で、そんなものに引っ張られるなんて勿体ないでしょう? この世界のようにもっと自由に生きなさいな」

「……そんなこと言われても」

「はぁ。……これからは偶には景色を見ることになさい、貴方」

「……?」

 

 呆れた顔で柊に問いかける。

 

「貴方は笑おうと思って笑ってるの? 楽しい時や嬉しい時は自然に笑みが浮かんでいるのではなくて?」

「……え、まぁ確かに」

 

 思い返せば、いつもそうだった。笑おうと思って笑ったことなんて一度もない。

 

「笑顔なんて感情を出力したものに過ぎない。ただ笑顔を守りたい、笑顔を作りたいなんて相当な自己中か勘違いした極悪人よ」

「……」

 

 自由に延び延びと。そんなこと口には出来ない。

 

 思えば自分には過去がない。大切にしたいと思ったものも、誇りにあるものも。

 全ては他の人の持ってるものだ。

 

 慧音や霊夢、幻想郷でであった全ての人達の良き所を守って、その笑顔を守りたい。それは今までも変わったことはない。

 

 ──俺は自分本位な考えを持ち得ていなかったんだ。

 

「……自分の夢を支えてくれる者。それが仲間、友達でしょ。そいつらと一緒に生きてたら笑顔なんていくらでも溢れるわよ。大切なのは周りの仲間が自分もついていきたいと思うようになるような自分になることなんじゃない?」

 

「……すぐには思いつきません」

「どうして?」

「……だって、今までやりたい事なんてなかった…から」

 

 何もなし得てこなかった人生だ。強いて言えば、自分の人生はオーズになりたいがためのものだったと言っても良いかもしれない。一度死んでそれも叶った。

 

 今は何も自分が欲するものはない。周りの人が欲するものを自分も手助けするだけだ。その恩を周りが返してくれる。その関係が心地良かったから幽香の言うところの偽善を続けようと思ったんだ。

 

「……ただの操り人形として生きるなんて勿体ないと思わない? だって幻想郷はあらゆるものを受け入れるのよ?」

 

 そこらへんにいるただ肉が食べたいだけの妖怪よりも、頭を使っている分立派な生き方ではあるが、そんなもの幻想郷には不要だ。

 

「──いいこと? 柊」

 

 華が咲き誇る、その表現にピッタリな、美しい笑顔で。

 

「花も鳥も木々や川、月すらも含めて私達は今、この世界で足を踏みしめて、この瞬間を全身全霊を持って生きてるのよ。そんな素敵なことって他にないわ」

「──」

 

 憧れの人の人生の一部を記録されたデータをテレビを通して永遠と眺めて、憧れて死ぬ。それが、柊の旅だった。

 そして終わる──筈だった。

 

 望んで得たわけではない二度目の旅。ゆえに彼は初めから全てを捨ててきた。

 

 次は誰かの人生の為に生きよう。今度こそ、守れなかった悲劇の少女なんて出さない、自分の手の届く範囲にいる人間の幸せを守ろう、と。

 そんな壊れた聖人君子の生き方を拒む事はなかった。なんせ人生の基準になる人間がいなかったから。

 

 テレビの世界の人間の生き方しか自分は知らなかった。だからそれがおかしい事だとは思わなかった。

 初めからそう生きてきたから何が変かなんて知るわけない。

 

 けど幽香は手を差し伸べる。二度目の生だろうがなんだろうが関係ない、今度こそ貴方の人生をやり直せばいいじゃないか、と。

 

 以前四季映姫の伝えたかった本意を、意図せずして風見幽香が柊へと伝えることになった。

 

「……そっか」

 

 幽香は確信した。今、柊の目の中にあったモヤが消えた、と。

 

「……でも、ごめんなさい幽香さん。俺今何をする為に生きてるかって聞かれたらやっぱり何も答えられない」

「……」

「周りに困ってる人がいたら助けるし、慧音さんたちの笑った顔を見ると、俺の心もじーんと温かくなって、嬉しくなれるんだ」

 

 だが、それでも今さっきまでの自分はもうそこにいない。他人主体だった頃の自分はもう──いない。

 

「けど……本当に大切な何かには、気づけた気がします。俺がここで生きていく理由。使命とかやらなきゃとかじゃなくて、やりたいこと。俺の満たされるものが、何なのか。うっすらとだけど、分かった」

「……ええ」

 

 いつまでも殻にこもったままじゃいられない。変化を怖がってちゃいけない。

 

 ──まずは、知ろう。俺の事を。俺自身が本当に俺を好きになれるように。

 

 今まで怖くって誰にも相談できなかった。そもそも初めに霊夢たちと出会った時から知ることを諦めていた。

 自分がここにいる理由、それをなかったことになんてできない。

 

「……ありがとう、幽香さん。本当にありがとう」

「いいえ、別に。貴方が何をしたいかなんてどうだっていいもの。私は強い貴方と闘ってみたいだけ」

 

 その言葉に柊は笑う。

 

「……そっか。うん、でもやっぱりありがとう。おかげで、今俺の目に映るこの景色がただただ、気持ちいい」

「ようやく作り笑いも消えたわね、今さっきまでずーっと何考えてるか分からない顔でとっても気持ち悪かったわ」

「だから顔は見えないでしょ!? この姿だと!」

「雰囲気で分かるのよ。流されるまま生きてる人間と自分の意思がある人間の違いくらいなら」

 

「……そうですか……」

 

 柊は、タジャドルコンボを解きタトバコンボへと変わる。それが一番今の自分を強くしてくれると、理性ではなく本能が伝えているのだ。

 

「さぁ全力で登って来なさい。強者の高みまで。手は抜かないわよ」

 

 前言撤回などしない。今の彼がさっきまでと変わらぬ実力だったら彼は死ぬ。それだけだ。

 

 ──それにしても、ヒントを与えすぎたわね。

 

 先程のやり取りから、柊の身に少しずつ異変が起こっている。その変わろうとしている何かに今、柊が触れ、得ようとしている。それは彼自身は全く意図したものではないのだが。

 

 ──漏れ出ている。恐らくあの身に纏っている鎧に使っていたのだろうけど、私の攻撃を受けてダメージを負った所為で身体の調子が乱れたのかしら。

 

 今の柊ならば、理解は出来ていなくとも、感覚で気づいている筈だ。その漏れ出ている力の正しい使い方を。

 

「……ふぅ」

 

 柊が深呼吸を一息つける。そして、その身から現れる迫力。幽香はそれを受けてから愉しそうに空を仰いだ。

 

 柊は、全速力で一直線に駆ける。

 

「──!」

 

 傘の先端から発するビームは柊を襲う。だが、彼はそれをバッタの力で地面スレスレを跳躍することで避けた。

 

 そして。幽香との距離──0。柊は右手拳に力を乗せながら、胸から溢れ出る何かも込め、打ち込んだ。

 

 

 

 柊はこの世界の住人ではない、故に幻想郷の人はどこか自分とは違う人間だと隔壁を作り、心の奥でセーブをしていた。

 だが幽香の助言により、自分の心に図々しさと自分の本当の気持ちが存在していることにうっすらとだが、気づくことができた。

 

 

 

 実は、以前一度だけ偶然にもそれを引き出せたことがある。春雪異変の時の事だ。

 後に引けなくなり全身全霊の力を放った時彼は無意識にその力をメダル、そして全身から漏らしていた。

 

 その力が、今確実に彼の意識下の元で胸を通して全身へと吹き上がる。

 

 

 洗礼された人間のみが自由に扱える、唯一人間が妖怪に対応できる力。雲ひとつない心の在り方が生む浮き雲のような純然で純真そのものの力。

 

 

「……かはっ……!!?」

 

 ──"霊力"。

 

「……えっ?」

 

 柊の今の驚きは幽香が数メートル吹き飛んだことにでも、驚くほどスムーズに拳を入れられたことでもない。

 

 身体が別人かのように軽いことだ。

 

 ──これが今の……俺? 

 

 今まで闘っていたのが嘘のように脳に雑念がない。透明感すらある。全てをふっきれ、霊力の存在を知覚した今、彼は完全に、アスリートで言うところのゾーンにはまっていた。

 

 身体から意図的に溢れる霊力とオーズの力の融合。能力と己の力の完全融合が柊の体に核心を与えた。

 

「……ここまでとはね」

 

 元々並みの妖怪に引けを取らない力はあった。ただ余計な思考を除いたスムーズな動きになるだけでも厄介だったのに。

 妖怪にとっての超有効打である霊力まであの拳に重ねて来た。

 

 ──元々少し漏れてたから心の在り方次第ですぐ扱えるようになるとは思ったけど。あんなに綺麗にこめてくるとはね。

 

「……んふっ、本当に面白いわ……んふふふ」 

 

 ふわり、と幽香は浮き上がる。

 

「その力は貴方が元々持っていたものよ。それを今自覚できたことで何か変わった?」

「身体も頭もスッキリしてるんだ。……なんか、自分が自分じゃないみたいだ」

 

 霊力を上手く扱うことが出来る人間とそうでない人間には明確な力の差が存在する。

 身体能力の強化や術の発動など基礎的な面においてですらも霊力を自在に扱えない人間との精度の差は目にみえるようになる。

 

 今までのように無意識下でオーズの力を使う為に自らの霊力を使用していただけでなく、自身の意志で霊力を使えるようになった彼は文字通り1ステージ上の世界で戦えるようになったのだ。

 

「その感覚は離さないことね。きっと貴方を構成する大事なパーツよ」

 

 コクリと頭を下げた柊の顔、マスクで隠れていても笑っていると伝わるほどに彼は朗らかなオーラを纏っていた。

 

「そんな勝った、みたいな顔しないでよ。むしろこれからなんだけど?」

「……はい、続けましょう!」

 

 ──何よそんないきなり自信満々になっちゃって。

 

 そんな幽香もどこか、楽しそうであった。

 

 だが幽香の発動しているスペカの残り時間はもうそれほどない。

 それが切れるまで。

 

「アハハ! もっと踊りましょう!」

「くぅ……!! 流石にそう簡単に勝てやしないか……!」

「あら諦めるの?」

「誰がッ!!」

 

 その1秒1秒を惜しむかのように互いに拳を振るい合う。

 

「……あ!」

「!!」

 

 30秒ほど闘った後だろうか。柊の変身が解け、向日葵畑に落下していく。

 

「……ったく、何やっ──」

 

 ──ここまでね、最後まで締まらなかったわ。

 

 と柊を迎えに行こうとした時。

 一瞬で、何かが幽香の横を遮った、と同時にその音だけが耳に届いた。

 

『数秒待ってください』

 

 

 ♢

 

 

 言う通り数秒待つと、再び柊が上空へ上がってきた。

 タカ、クジャク、チーター。亜種コンボ。

 それはもうすでに柊の体力が無いことを意味する。

 

「あら……邪魔虫が入ったかと思えば案外仕事したのかしらね」

「ハァハァ……もうスペカも時間がないし、俺も体力の限界だ」

「ええ、来なさい」

「ああ、ラストスパートだ!」

 

 クジャクの翼を展開し、飛行する。だが、あまりにも遅い。幽香を欺くことは出来ない。

 

「ふっ!」

 

 幽香の鋭い蹴りももう避けられない。持てる力の限りを使っていなす。

 

「あとは気合って所?」

「気合と……根性ですね!」

 

 残り時間が少ないだろうと互いが理解した。

 この取っ組み合いが最後になる。

 

 その焦りが、無意識に柊の拳の速度を鈍らせた。

 

 柊の拳よりも早い蹴りを土手っ腹に幽香は叩き込む。

 

「かっ!」

 

 左手で背を押さえる。だがかなりのダメージであり、変身は解けた。

 もう亜種コンボすら保てないほどのダメージが蓄積しているということだ。

 

「終わ……」

「──まだだ!」

 

 変身を解き左手に持っていた物を取り出す。

 

「……!?」

「せいやぁ!」

 

 柊は葉団扇を幽香に向けて振るうのではなく、後方に振って自身の勢いを高める為に使った。

 

 そして、その強すぎる強風はただ前に出していただけの柊の拳でも強烈な一撃に変えることができた。

 

「うっ!」

 

 幽香の顔に拳がぶつかると同時。

 

 花びらは散り切った。終わったのだ。

 

「ほっ……ってあ」

 

 生身で落下していく。この後については考えてなかった。

 

「わああぁぁぁぁ!!!!」

「ほら、しっかりしなさい」

 

 右手を幽香が掴む。

 

「あ、ありがとう……! 幽香さん……!」

「やっぱりどっか締まらなかったわね……ふふっ」

 

 ゆっくりと下降して、家の前で柊を降す。

 

「……また今度やりましょ。一対一で」

「今度やるならちゃんと弾幕ごっこじゃなきゃいやです」

「分かってるわよ。今度は完璧にねじ伏せてあげるから」

 

 ケホッケホッ、と咳をしてから幽香は傘についた泥を払う。

 

「おめでとう、貴方の勝ちよ」

「……あの、なんでここまで手伝ってくれたんですか? 幽香さんには俺を強くさせる事も手間をかける事にも利点はないですよね?」

「私強い人間と闘うのが好きなの。だから定期的にやり合いましょうね? 来なかったらこちらから出向かせて貰うわ」

「……えぇ、分かりました」

 

 ただただ強い相手と闘いたい、その為に手を貸した、という。

 少し休憩して、幽香から事情を聞いて柊は帰路についた。

 

 

 ♢

 

 

「……貴女も、いつまで休んでるのよ」

「あら、ばれた?」

「……花が貴方の匂いを嫌がってるからすぐに分かるわ」

「えっ……」

 

 文は微妙な顔をして、服を見てから匂いを数回嗅いだ。

 

「……直接嗅いでるわけじゃないわよ。貴女の周りの妖気やらを察知してるの」

「な、なーんだ! びっくりしちゃった」

「……ここまで全部貴女の掌の上かしら、だとしたら貴女と今からやり合うのもやぶさかではないわね」

「ええっ!? なぜそうなるんですか!?」

「わざわざ武器まで拵えて……あいつを立てるなんて何を企んでるのよ」

「もーそんなんじゃないですって」

 

 あれはですね、と言って文が説明する。

 

 

 ♢

 

 

「あいたたた……ああ、浮かれ過ぎてたな」

「そんな事ありませんよ、充分過ぎるほどによくやっていたと思います」

「どわっ!? あ、文さん……」

 

 すでに存在を忘れていた、とは口が裂けても言えない柊。

 

「忘れられていたのは百も承知ですよ、それよりもこれ! どうぞ!」

「これ……って団扇?」

「はい! それは葉団扇です。ただの葉団扇では彼女にはあまり効果がないかもしれませんが、ないよりましだろうと思って持っきちゃいました! それに……」

「持ってきたってわざわざ……俺の為に?」

 

「ええ、貴方のためにわざわざ持ってきたわ」

「あ、ありがとうございます……今度お礼はしますね」

「あ、お礼は私から頼みに行くから考えなくていいからね」

「……もしかして借りを作るためにこれを……」

「うん、そういうこと」

 

 柊は半笑いになるが、ほかに策もない以上ありがたくこれを使うことにした。

 

「それに……成長を見れそうでしたからね」

「え?」

「いえいえ! ……それより、その葉団扇はただの葉団扇ではない。私特製の団扇です。その一振りは自慢じゃありませんがかなりの風を纏うことができます。流石に彼女に直接浴びせても効果は少ないでしょうけど貴方の不意打ちに使うカードの一枚くらいにはなるかと」

 

 まだ、闘える。まだ異変は終わってないどころか、この闘いすらも終わっていないのだ。

 

「……うし、良い手を思いついた。勝ってくるんで文さんはここで俺の勇姿を撮っててくださいよ。正真正銘こっからが俺の旅の再スタートですから」

「わかりました! 良い写真撮りますから、カッコいい姿お願いしますね!」

 

 互いに親指をたてて、再び変身する。

 

「──変身っ!」

 

 

 ♢

 

 

「……というわけです」

「貴女の狙いが読めないわね。私をただ煽りたいだけ? それとも人間が痛ぶられながら闘ってるのを見るのが好きなのかしら」

 

 天狗は狡猾な生き物だものね。と幽香は鼻で笑う。

 

「違います、あ……いえ半分正解ですけど」

「……クズね」

「言葉の綾ですよ。文だけに、なんつって……っていうか、まぁ、健気な者には手を差し伸べるべきだと思ったまでです」

「隠れながら柊を見守っていたのは知ってるのよ。わざわざ山まで戻って悪趣味な団扇を取りに行ってたのもね」

「あちゃー。やっぱ私隠密は向いてないんですかね」

「なぜ力をひけらかさないの、それだけの力があるのに」

 

 少しばかり本気で文を睨む。文はとくに動じることもなく、一瞬上を向いてから幽香に向き直す。

 

「意味がないので」

「……貴女は何の為にあそこにいたの?」

「彼の闘いを見たかったからです。他意はないですよ」

「……ふぅん?」

 

 無邪気な笑顔が幽香に刺さる。

 

「自分より弱い種族だと分かりきっているのに守り守って……殊勝なことね」

「いやだからそんなんじゃないんですって。本当ですよ? それに多分……想いは貴女と一緒よ?」

「……なに? なんですって?」

「人間が自分に立ち向かう姿が好きだから、人間が頑張る姿が好きだから助言したんでしょう? 磨いてあげたのでしょう? あの原石を」

「……私はただ興味のある石を気まぐれついでに洗っただけよ」

「一緒ですよ」

 

 困り顔で幽香に言った。

 

「私は本当にそんなつもりはない。けれど……驚いたわね生粋の鴉天狗である貴女がそこまで素直になるなんて」

「だって見てて楽しいじゃないですか。短い生で必死に輝こうとする健気さが」

「かなり黒い発言してるの自分で分かってる?」

「貴女の言ってる事、私もよく分かるんですよ。私達は全身全霊でこの地に足をつけて生きている。とても素敵でユニークです」

 

 文は自分では生み出せない儚い光を生み出すものが好きだ。楽園を担う巫女や大賢者。この世界にはそんな光を作る者がゴロゴロいる。

 

「自由に生きようとしてる人間を見ると、つい手を貸してあげたくなってしまうんです。自分がこうですから……霊夢さんや柊くんのような善性の塊のような人なら尚更ね」

「嫉妬かしら」

「昔だったらあったかもしれませんけど、もう……そんな感情を抱くほど未熟じゃありませんよ」

 

 自分はもう、自由に動き回ることは出来ない。いや、写真を撮るという名目で関心のある場所を見て回ったりするぐらいの時間はあるけれど。

 私という個人で動くことが許されるのはごく一部の行動だけだろう。もしかすると今回の人間への援助もあとから処罰を受けるかもしれない。

 

自由(それ)は今の私が失ってしまったものだから……今から掴もうとしてる者の背を押すことくらい許されるでしょう。ここは全て幻想郷(受け入れてくれる)所なんですしね」

「……私から見たら充分自由にしてるように見えるけどねぇ貴女」

「……私でも、これぐらいしか自由に動けない、という事ですよ」

「ふ〜ん」

 

 よいしょ、と文は重い腰を上げる。

 

「あら……もう行くのかしら」

「仕事ですから」

「新聞屋なら異変を解決した者達の姿を見納めておいた方がいいんじゃないかしら」

「必要ありません。今回の異変はきっと人間達だけで解決してしまいますから……それに、今回の異変。……花映塚とでも呼びましょうか。それには犯人……黒幕もいませんからね」

 

 私の介入すべきことはない、と背筋を伸ばして言う。

 

「もう人間の援助はしないという事? さっきと言ってる事が違うじゃない……いや、ああなるほどね」

「そういうことです。私も組織人ですから」

 

「なるほど、貴女とっくに翼をもがれてたのね」

「まぁ、そこら辺はあまり突っついてくれないと助かります」

「そうね。あまりにも礼儀を欠いた発言だったわ。ごめんなさい」

「いえいえ、むしろ謝られると思ってませんでしたよ。幽香さんは優しいんですね」

「個性的な生き物が好きだ、と言っていたけど、同種は尊ばないのかしら。やはり同族嫌悪があって?」

 

 幽香の問いに文は両眼を丸くした。そして、幽香も気づかないくらいの、小さな悲哀を振り払い答えた。

 

「私は嫌っていないんですが、あはは。日頃の立ち振る舞いの所為か、どうやらあまり好ましく思われていないようなのです。後輩も多分私のこと嫌ってますし」

 

「別にいいじゃない貴方強いでしょ。弱い者なんて目を向けなくてもいいのよ」

「そうもいきません。近々私達に関わる大きな異変が起きると予想しているので」

「まさか今回あの人間に手を貸したのって……」

「ふふふ、まぁそういうことです」

 

「その太々しさをあの人間にも見習ってもらいたいものね」

「あははは、確かにそうかもしれません」

 

「……鴉天狗は所詮鴉天狗って訳ね」

「これでもマシな方だと思ってるんですけどね〜」

 

 はっ、と幽香は鼻で笑った。

 

「聡明すぎるのも困り物ね。周りから正しい評価を貰えないのだもの。ご愁傷様」

「おや、今のは貴女は私を認めてくれる、というような言い方ですが」

「さぁどうでしょう」

「あはは」

 

 二ヘラと笑う文に、幽香も自然と苛立ちを覚えることはなかった。

 

 

「一つ私からも聞かせてください」

「何かしら」

 

 幽香も、文の視線に合わせ立ち上がる。

 

「もし私が彼に手を貸さなかったら、きっと彼には他になす術はなかった。いやそれ以前に彼が闘うのを辞めて逃げていたらその時はどうしていたんですか?」

「そんな奴にわざわざ私が手を下すまでもないでしょう。花にやらせるわけもない。どこか適当な場所に放り投げてお終いよ」

 

 ほっ、と文は息を吐く。そして笑った。

 

「そうでしたか。私が言うのも可笑しな話ですが……やはり貴女は優しいお人でしたね」

「……別に、貴女から礼を言われることなんて何一つとしてしていないわ」

「それでも言わせてくださいよ」

 

 もしもはもしもだろう。ただ、彼が諦めることはなかっただろう、という確信が二人にはあった。

 

「花の大妖怪、その矜恃をしかと会い見えました。今日は出会えて良かったです」

「……そう」

「……では!」

 

 神速の如きその身で、一気に上空へと駆けて行った。

 

「……」

 

 彼、そして彼女。二人の人間が自分を打ち負かした。例えルールの範疇であったとしても。

 まして片方とはほぼルールから外れていたのに。

 

 例え自分が手加減していたとしても、人間が確かに自分を満身創痍にさせた。

 それも二人。

 

 そう思えば、無理に花を咲かせる異常事態なこの不愉快な異変も、少しは許せるだろう。

 

 ああ、今度こそは。私が勝つ。だから次会う時はもっと強くなっていなさい。

 

 ──楽しみにしてるから。

 

 独り、空に小言を呟きながら、大妖怪はこの異変を終えた。

 

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