国東聖杯戦争   作:歩弥丸

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国東半島に亜種聖杯を据え付けた魔術師……椚家の望み。それは戦国時代から魔術を追い求めてきた(日本国内の西洋魔術師としては)古い家の執念であった。
そんな感じの亜種聖杯戦争の物語です。


序 第二節『椚家の宿願』

  国東(くにさき )半島は九州の東北端、大分県 にある。その地は、伝承によれば、大分県が『豊の国』『豊後国』などと呼ばれた1500年前には、既に仏教・神道の霊地として拓かれていたという。

 中世には国東半島は山岳仏教の修行地となり、『六郷満山』と総称される仏寺組織が形成され、やがてその実権を吉弘一族なる武家が掌握するようになる。一方、神道の八幡信仰においても、御神体が宇佐宮から国東半島の海岸沿いに巡幸し、最終的に海に流されるという祭礼が行われた。

 ……要するに、西洋魔術の渡来以前から国東は重霊地であったのだ。

 

 戦国時代後期になると、南蛮人と呼ばれた西洋人が九州まで航海するようになる。豊後は、当時の戦国大名・大友氏の施策の中、南蛮交易の中心地の一つになり、国東にも南蛮人の姿が見られるようになった。

 南蛮人達はそれまで日本に存在しなかった様々な技術・物品・概念を持ち込んだ。火薬と鉄砲、眼鏡、西洋医術、一神教、そして西洋魔術。

 西洋魔術はそれまでの神仏の信仰基盤に基づく諸々の呪術とは見かけも体系も異なるものであったから、人々に『伴天連(バテレン)の妖術』と恐れられた。しかし実のところ教会にとっては『異端』に属する技芸であったから、当の伴天連(宣教師)たちにとってはそのような評判は迷惑であっただろう。魔術師たちは、伴天連たちとは別個に、その研究上の興味関心によって、手付かずの霊地を求めて、或いは『表向きの稼業』の都合によって東方を目指したのだ。

 そのような中で、それまで神仏の教えに基づいた『神秘』を探求していた導師たちから、西洋魔術師に教えを請い、その魔術基盤と追い求めるもの――『根源』の存在を学ぶ者が現れた。

 

 やがて、大友家が没落し、吉弘本家も国東を去った。相前後して慶長の大地震があり、神社仏閣は物理的にも被害を受けた。六郷満山の信仰も、神道の信仰も全盛期を過ぎる。

 そうした中で、国東の霊脈を半僧の魔術師が密かに管理するようになった。

 その魔術師の家は、国東における従前の権威が或いは没落し、或いは国東を去り、或いは絶家した江戸初期に、おそらくは甘言を弄して霊脈の管理権を掌握し、その管理者(セカンドオーナー)となったのだ。

 江戸時代には、西洋魔術は教会の教えと一緒くたに『伴天連の邪教』と見なされ、弾圧されていた。それ故に彼らは、教会信徒の嫌疑を被らないよう注意深く、土着の信仰、即ち山岳仏教の一種であるかのように外形を装いながら、己が家の魔術の研究を積み重ねた。管掌する霊脈を訪ね回ればそれは外部からは峰入り行のように見えただろうし、結界術を試みればそれは外部からは注連縄を張り日本的な意味での『結界』を敷いているように見えただろう。呪文を唱えれば真言の一種であるかのように聞こえただろうし(そもそも真言も西洋魔術の呪文もインド=ヨーロッパ語族に属する言語には違いないのだ)、それで実際に病が治癒したり怨敵が呪われたりすれば『なんと霊験のあらたかな御寺か』と評判になっただろう。

 その魔術師一族は、明治に至って『(くぬぎ)』を名字とした。

 日本における西洋魔術の大半は、文明開化後に流入したものだ(遠坂のように江戸期に僅かに侵入した魔術師に師事して家を起こした者ですら、日本では古株と言われるほどだ)。そのような地において、ざっと300年は古くから魔術を修めており、それでいて地元の信を(表向きの『僧侶』の姿として)得ており、しかもその霊地は日本でも屈指の重霊地である。繁栄は約束されていた、かのように思えた。

 ――それは、自らの家門の限界を知ることでもあった。東国に後から現れた魔術師が魔法を……即ち『根源』を掘り当ててしまったのだから。

 

 ※ ※ ※

 

「結局儂の代まで諦められずに、こうしている。そして決定的な凋落が来た。儂の代で、椚の魔術は途絶える」

 法体の老人は言った。古びた草庵で、歳の割には大柄な老人と小柄な青年が向き合っている。

「椚和尚、しかし確か御寺には娘さんが居たはずでは」

「あれはな、遠縁からの貰われ子よ。事故で親をなくしてな、生家の魔術刻印を植えて手ほどきはしておるし、『表稼業(この寺)』を継ぐ分には申し分ないのだが、儂の、椚の魔術刻印には適合しそうもない」

「そう、でしたか。知らぬこととはいえ失礼しました。しかし御家と我が藤谷家は大昔に主が同じだった程度の付き合い、何故今更連絡を?」

 灯が揺れた。

 本堂から離れたこの草庵には、電線すら引かれておらず、夜の明かりは昔ながらの灯心に頼っている。

「今生のうちに『根源』を掘り当て、『第六魔法』を会得したい。御助力頂けないか、『言霊魔術』の藤谷の若当主よ」

「助力? 椚の御家の魔術を窮めて根源に至るのではなく? この若造めに和尚に教授できることなど……」

「いや、研究の助力ではない。『聖杯戦争』だ」

「聖杯戦争……ですって? あの『いかなる願いも叶う』などという胡散臭い?」

 藤谷青年の眉間に皺が寄った。

「如何にもその聖杯戦争だよ。『噂』を聞かずに此処に来たわけでもあるまい?」

「ええ、聞いてはいました。国東の椚家が、よりによって聖杯を自ら重霊地に据え付けるらしい、と。しかし、聖杯戦争で実際に願いが叶ったなどと聞いたこともない。和尚、引き返すべきです。霊地を汚す危険に引き合わない」

 青年が語気を強めて詰め寄る。床が響き、また一際灯が揺れる。しかし、椚老人はあくまで語気を保つ。

「冬木の遠坂は、知っておるだろう。儂はな、今度の企みにあたって、あそこの御当主に会ってきた」

「『第三次』以来聖杯から手を引いて、当代は魔術と武術の併修に熱心だとか」

「そう。その御当主よ。『やめておけ』とは言われたが、しかし、『聖杯は確かに願望器であり、願望が実現しないのは戦争の経過が悪いか、聖杯が完全でないかのいずれかだ』と仰っておった。口振りからすれば恐らく、今流布している『小聖杯の魔術式』だけでは足りんのだ。そもそも、ホムンクルス鋳造の大家たりしアインツベルン、北方にありし時からの蟲使いマキリ、冬木のオーナーたる遠坂が集まって行う儀式が、たかが願望を叶えることが目的であろうか? 願望器鋳造だけでが目的であればわざわざ『英霊召喚式としての小聖杯』と『別付けの魔術式』に魔術式を区分する必要があろうか? その点については遠坂の御当主もはっきりとした返事はなさらなかったが、冬木の聖杯戦争に関する他の記録から推測はできる」

「それは、どのような」

 青年は思わず声を落とした。老人も調子を合わせる。隙間風の音が大きく聞こえる。

「古き魔術の家が困難な儀式を行うからには、それは必ず『根源』を目指す行いだ。儂が思うに……願望器としての機能は英霊召喚の為の『撒き餌』にすぎない。小聖杯は『撒き餌』を提供し、英霊の魂をしばし繋ぎ止めるのみ。別付けの魔術式、恐らくは『魔法使いのごとき魔術回路』を擬似的に再現した何かに蓄積した魂を注ぎ込み、以て、魔法を駆動するというのが本命であろうよ」

 西洋魔術師が追い求める奥義、或いは真理、或いは万物の基となる一。それを仮に『根源』と呼ぶ。『根源』を得た魔術師は知られる範囲では五名しかおらず、その者達を特に『魔法使い』と言い、その行使する決して科学技術で代替されることのない魔術を『魔法』と呼ぶ。即ち、魔術の真央として『根源』を得ることは、『魔法使い』になることとほぼ同義である。

「成程。しかし和尚、それでは例え十全に聖杯が稼働したとしても『アインツベルンなりマキリなりの魔法』が実証されるだけなのではありませんか? 椚が『根源』に至るわけではないのでは?」

「そうではない」

 椚老人は即座に否定した。

「そもそも儂に『魔法駆動式』を再現できる訳ではない。それはどこにも記されておらん事だ。恐らくは、アインツベルンの秘事なのだろう。だから、『英霊七騎分の魔力を小聖杯から受け蓄積する』ところだけを再現し、その魔力をもって根源に向けた『穴』を開ける。後は儂が『穴』を獲れば椚の魔法が、君が獲れば藤谷の魔法が成り立つという寸法よ」

「無謀だ」

 藤谷青年は首を振った。

「亜種聖杯戦争で七騎召喚したなどという記録はない。魔術抜きで根源を得ても『第六魔法』には至り得ない。それに、力尽くでは魔法に至る前に、『抑止力』が来ます」

 椚老人は大笑した。

「なに、亜種聖杯だけでは六騎が限度としても、『抑止力』も倒せば七騎分になろうよ!」

「椚の名を地に落とすおつもりか、泰雪(たいせつ )和尚!」

 青年は声を荒げるが、泰雪と呼ばれた老人は気にも止めず続ける。

「それにな、儂の聞き及ぶところでは、そなたにも後はないはずだぞ、藤谷の若当主」

 老人は顔を寄せた。思わず青年は顔を下げる。

「協会の噂によれば、藤谷の……いや、そなたの、藤谷(ふじたに) 水面(みなも)の魔術に近々『封印指定』がかかるというではないか」

「いや、ですから、それは今回避するよう各方面に運動を……」

 水面と呼ばれた青年の、握りしめた拳に力が入った。

「『封印指定』はな、政治や運動で回避できるものではなかろう」

 封印指定とは、魔術として稀少・再現困難な領域に達した魔術師を、魔術協会が保護しようとする制度である。保護、といえば聞こえがいいが、要はその身と魔術刻印を協会に幽閉してそれ以上の研究継続と家門の存続を禁じてしまうということであり、指定された魔術師自身にとっては『根源』到達への道を絶たれるのと同義である。

 水面は眼を伏せた。

「その時は、隠遁するしかないかと……」

「『聖杯戦争』に賭けてみんか。儂の企みが成功すれば、『根源』を得られる機会もあるし、『願い』で事実を改変すれば封印指定を回避することもできるかも知れん」

 椚泰雪は、藤谷水面の手を取って言う。

「そなたの魔術が必要なのだ」

「……考えさせてください」

 沈黙が庵を覆い、後は隙間風と家鳴りの音がするばかりであった。




新キャラクター便概

椚泰雪(くぬぎ・たいせつ)
オリキャラ魔術師の家『椚家』の当代当主。表向きは山岳系仏教の住職であり、地域には普通に「代々続く仏僧」として受け入れられている。
子が出来ず魔術師としての直系が絶えようとする中、自分の代のうちに『根源』を手にするべく、自らが管掌する国東の霊脈に小聖杯を据え付けるという暴挙に出る。
山歩きの必要性もあってか、歳の割に大柄でマッチョ。

藤谷水面(ふじたに・みなも)
オリキャラ魔術師の家『藤谷家』の当代当主。かつて藤谷家の先祖は椚らと同じ主に仕えたこともあるらしいが、現在の根拠地は本州にあり、水面自身もそれほど泰雪と音信があったわけではない。
家の魔術『言霊魔術』は実の所『神言魔術』の言い換えでしかないのだが、水面の代である意味では到達点に至り、『封印指定』を取り沙汰されるようになった。
二十代の若さにしては小柄。

このシリーズは、
pawoo上で順次掲載→pixivに纏めて掲出→加筆してハーメルンに投稿/pixivでも加筆
の順で投稿しております。pawoo上では『国東聖杯戦争』のタグを検索すれば色々出てくるかと。
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