そんな感じの亜種聖杯戦争の物語です。
聖杯戦争を捨て、冬木を捨て、開祖を失った間桐一族が、なお捨てられなかったものの名残が、この広大な穴蔵である。
間桐の魔術は、
しかし今、そこには空間の広さに比べれば僅かな蟲しか居ない。ひび割れや苔も目立つ。それはそのまま、間桐の衰退を表すものであろうか。
「終わりにしないとな」
間桐鶴野が物心ついたとき、その家は既に冬木を去っていた。それでも他に霊地を持っていたから、曲がりなりにも魔術師の体裁は保てていたと言える。
鶴野の父も、鶴野自身も、魔術の才能には恵まれていなかった。魔術回路の数が生来少ないのである。それ自体魔術師の家としての衰えの顕れであったが、それでもなお、間桐臓硯老人は、子孫たちに蟲魔術の修練を辞めさせなかった。逆らおうにも、魔術の奥義によってか数世紀に渡り生き続ける臓硯老人に、鶴野とその父ごときの魔術では勝ち目はなかっただろう。
曲がりなりにも家伝の魔術を修めた頃、異変が生じた。間桐の祖でありその家最強の魔術師であった臓硯老人が、忽然と姿を消したのである。
その直後、俗世間ではバブル時代が到来した。日本中のありとあらゆる土地に投機価値が見出された。それは霊地であろうと例外にはならなかった。
間桐累代の霊地は或いは騙し取られ、或いは脅し取られ、瞬く間に喪われた。それだけならまだしも金が手元に残ったろうが、いかんせん泡沫は呆気なく弾けた。地価は暴落し、世間のありとあらゆる金回りが滞った。霊地売却の代価が入る間もなく、買収者たちは姿を消した。こうして霊地は喪われ、借金だけが残り、間桐は俗世間においても没落したのである。
それを傍観した父と兄を軽蔑してか、はたまた魔術に嫌気をさしてか、鶴野の弟もまた間桐を出奔して戻らなかった。そして、父も心労が祟って亡くなった。鶴野も子を持ったが、その子には魔術回路が無かった。
間桐には、もはやこの鶴野と、幾ばくかの蟲と魔術書しか残されていない。
家が絶えようとする時に、縁のある他家から養子を迎え魔術刻印を引き継がせる試みも魔術師の世界では珍しくない。だが、零落した間桐にはそのような伝手もなく、また、鶴野にも最早そのつもりはなかった。
せめて、息子――慎二の代にまで、魔術世界の因縁を残さないようにしなければならない。当代で片付け、慎二は普通に俗世間で生きられるようにしなければならない。
そうなれば、少なくとも借財を帳消しに出来るだけの金が必要だ。また、『今の間桐』に出来ることが限られていると知れば、フラウフェルの様な輩も慎二の代にはもはや寄って来ないだろう。
鶴野の、即ち間桐の『弱小ぶり』を見せながらも、充分な金を得る。一見して矛盾する目的だが、成程、聖杯戦争ならその両方を一度に得る機会はある。フラウフェルには聖杯で願いを叶えるつもりはないのだから、ギリギリまで彼女の補助に徹して、時にはその背に隠れるように立ち回り、最後に聖杯に富を願えばよいのだ。
「……やってみるか」
鶴野は、伝令用の蟲を手に取った。
※ ※ ※
大分空港は、国東半島の東端、当時の安岐町と武蔵町の境に造られた埋立地にある。どちらの町の中心部からも外れた、空港がなければ辺鄙な土地である。
その空港に鶴野は降りたった。
「ご苦労だったナ、間桐」
旧式の回転式フラップの音がするロビーに、白髪の女が待ちかまえていた。眼はサングラスで隠しているが、肌と髪の人形のような白さは隠しようもない。フラウフェル・イン=アインツベルンである。
「全くだ。乗り継ぎは要るわ、飛行機は狭いわ。そちらは冬木の城から陸路だろうから、まだマシだろうけどな」
「そうでもなイ。何だあの、ホバークラフトとかいう乗り物ハ。宙に浮いているハズなのに、やたらと揺れるではないカ」
「大分市から海路か」
「ああ、流石に一般人の乗り物に便乗しておれば、神秘隠匿のために何も仕掛けられまいと考えてナ」
大分空港自体、国東の中では椚の監視が及びにくい土地だと考えられ、それ故に合流点として選ばれた。衆人の目があるうえ、人工の土地故に霊脈が通っておらず、従って遠隔地からの霊脈を経由した魔術行使が困難になるのだ。もっともそれは外界からの魔力――
現に(多少の暗示をかけているのだろうが)、通行人たちはフラウフェルの異貌を気にかけもしない。鶴野の体内に潜む蟲の感覚器を使って密かに走査してみても、使い魔の気配もしない。
そのとき、鶴野の手に鈍い痛みと軽い熱が走った。
「……令呪か」
「聖杯に近づいたことで『優先権』が発動したようだナ。もう降りられんゾ?」
「降りたくなったら監督役にでも保護して貰うさ」
軽口を叩きながら、鶴野は手の甲を見た。それまでは何の痣もなかったそこには、三筋の赤い紋様が刻まれていた。
令呪とは、『万能の願望器』に釣られて召喚に応じたサーヴァントに対して、現界のための契約と引き換えに三度の絶対服従を強いる秘術である。それは、魔術師にとってはサーヴァントを召喚する権利、即ち聖杯戦争への参戦資格を得た証でもある。
「勿論、私にももう出ておるゾ。聖杯戦争の開幕は近イ。それにな、逃げようにも監督役は保護はせんゾ?」
「どういう意味だ?」
「聖堂教会に働きかけてナ、冬木に縁のある者を寄越して貰う話になっていル」
アインツベルン一族は基本的には西欧を本拠地とするが、かつての聖杯戦争の便宜のために冬木にも『冬の城』と呼ばれる根拠地を持っている。恐らく、その関係で面識のある聖職者を『教会からの監督役』として来させて、裏で抱き込んで八百長をする考えなのだろう。鶴野はそう捉えた。
逆に言えば、イン=アインツベルン一族が回した手は、間桐や教会だけでなく、もっと広いのだろう。そうなれば、鶴野の立場としては勝ち目も広がるというものである。
「こっちだって願いがあるからここまで来たんだ。やれるだけはやるさ」
「ならいイ。別に信用などしておらぬが、戦う気すらないのでは困るからナ」
「ところで、拠点はどうするんだ。まさか『ここ』じゃないだろうな? あっちの霊脈がないのはいいとして、ここじゃろくに大源を採れないぞ」
「心配するナ。椚の霊脈が及ばないが、『地理的な国東半島』とは言い張れる位置……『日出町』に拠点を確保してあル」
「それは結構」
「すぐ行くゾ。ホーバーフェリーの臨時便が別府まで出ていル。そこから陸路ダ」
「ホーバーじゃないと駄目なのかよ」
「奴らの霊脈を避ける為ダと言っておろウ」
こうして鶴野もホーバーフェリーに乗る羽目になった。揺れに苦しんだのは言うまでもない。
別府国際観光港から車に乗り換えた。運転手も銀髪の女で、どことなくフラウフェルに似た顔立ちをしている。
「……同系統か?」
軽い気持ちで鶴野は疑問を口にしたが、即座に遮られた。
「そこまで答える必要があるカ?」
「いや、いい」
日出町は別府市の北東に位置し、国東半島の南の『付け根』に当たる。国東の主峰である両子山が半島の中央に聳えるから、日出町には南面した斜面が多い。
30分もせずに、一行がたどり着いた古民家も、そのように南面した、日当たりの良い屋敷であった。
魔術師には似つかわしくないかもしれない、と鶴野は思う。そもそも間桐家は蟲を使う都合上、あまり日当たりの良すぎる場所は拠点にしないのだ。
「お待ちしていました」
そこにいたのは黒髪の、筋骨隆々とした若い男。フラウフェルや運転手とは似ても似つかない、何より『作り物めいた』部分の一つもない肉体を持つ男であった。
「……何者だ? こいつは」
鶴野が眉を顰めるより・魔力を通すよりも早く、男もまた『構え』を取った。空手、いや中国拳法の構えだろうか。つまり、男は鶴野を不審者と見定めて即座に反応したのだ。
「二人ともやめロ。我々は『同盟』して今度の亜種聖杯戦争に当たるのだゾ」
フラウフェルと運転手が間に割って入る。
「間桐よ、先ほど話したはずだゾ。聖堂教会に話を通してある、ト」
そうするとこの男が教会から派遣された監督役か。しかし鶴野の目には、ただの神父には見えなかった。
そもそも聖堂教会は、『教会』の中にある秘密機関だ。教義の中では存在を許されない、或いは教義に害を為す存在、例えば悪魔や吸血鬼、度を越した魔術などを或いは狩り、或いは封印し、或いは『厳重に管理』し、敬虔な教徒の眼には触れないようにするのだ。
無論、聖堂教会にも管理事務や儀礼を担うために、一般の神父も居る。未熟な、見習いに過ぎぬ者もいる。しかし、前線で『異端』『異形』と戦う戦士も居る。神の意志を代行するという意味で、選ばれた戦士は『代行者』と呼ばれる。
男の鍛え抜かれた肉体と反応の早さ、何より刃のような視線は、鶴野にそのような存在を連想させた。
「代行者か?」
「今は違う」
即答だった。今は、というからには以前は『代行者』だったのだろう。
「『第三次聖杯戦争』の監督者であった、言峰神父は知っておるナ?」
フラウフェルが口を挟んだ。
「聞いたことはある。だけどな、『第三次』の言峰璃正師なら、幾ら何でもこんな歳じゃないだろう」
「その息子殿ダ」
第三次聖杯戦争といえば戦中のこと、しかし眼前の男は鶴野よりも歳下にも見える。璃正の息子としても随分歳の離れた子ではある。
璃正師は冬木の教会に『表向き』赴任していたと、鶴野は父から聞かされていた。この息子も冬木に住まっていた時期があるのだろう。フラウフェルの言う『冬木に縁のある者』というわけだ。
「しかし幾ら
「心配ない」言峰の息子は即座に、しかし落ち着いた口調で反論した。
「少なくとも私が此処を訪れるまで、使い魔を含めて追跡は受けていない。この屋敷の人払いの結界も破られた形跡はない」
その言葉は、この元代行者が魔術の心得をも有することを示している。教会は基本的には魔術を異端の業としているが、代行者となればその『異端』と渡り合う都合から、魔術師や魔術協会と連絡を取り合うこともあり、中には若干の魔術を使う者も居るという。
「いや、探知されてるかどうかというか、馴れ合ってると知られたら拙いんじゃないのか? 万が一……」
「いや、間桐ヨ。この言峰には今宵此処に居て貰わねばならぬ理由があるのダ」フラウフェルが言葉を引き取った。
「此奴も
言峰は黙って手の甲を見せた。鶴野のものとは異なる形状だが、三の角に読める紅い線――令呪が、確かにそこにあった。
「我々とて、本当は監督役を抱き込むことが出来ればそれで足りたのダ。此奴が聖杯に選ばれたことだけは偶然なのだが、放置も出来ヌ。それで此方で用意した聖遺物で召喚させようと考えてナ?」
「『上』もそれで良いということなので、甘えることにした次第だ」
そういうものなのだろうか、と鶴野は思う。第三次までの聖杯戦争では、御三家以外の魔術師は概ね何かしらの強い『願い』をもって参加したものだと聞かされて育った。願望器としての機能は間桐の家にとっては撒き餌に過ぎなかったが、他の魔術師にとっては切実なものであったのだろう。亜種聖杯ともなれば、『上に言われて』来た程度の動機でも参戦者に選ぶものなのだろうか。それとも。
「……ちょっと待て。『願い』は俺の報酬になるという話じゃなかったか? こいつも『願い』があるから令呪が出たということになるんじゃないのか」
「私には、そんな大それた『願い』などないよ。聖堂教会から与えられた、聖杯の名を騙るものを見極める任務がある。それだけのことだ」
そう言われて額面通り受け取れるものではない。そもそも『報酬目当てだろう』と言われて『はいその通りです』などと答える魔術師など、駆け出しであろうが居ようはずもない。
そうなれば言峰の答えに隠された意図を知るべきなのだろうが、その息遣いにも、体内の魔力――
「もう良いだろウ、間桐、言峰。これから我等は儀式の支度をすル。お前達は暫く休メ」
フラウフェルが告げた。それとともに運転手が蔵に向かう。
考えてみれば、『大聖杯の探索が目的』『願望は呉れてやる』というこのホムンクルスの言い分すらも、どこまでが真実なのか分かったものではないのだ。
しかも、自分の力量自体は、このホムンクルスには遠く及ばないであろう。身体能力を含めれば、代行者崩れにも劣るだろう。鶴野にも、争わずして力量差を知ってしまう程度の実力は備わっているのだ。
(……俺は、踏み込むべきではなかったのだろうか?)
そう考えたところでもう遅いという自覚はあるから、鶴野は、その考えを頭の隅に追いやった。
キャラクター便概
間桐鶴野:
間桐家没落の過程が説明された。
聖杯戦争参戦の動機は、息子『間桐慎二』の代まで借財を残しておけない、という点にある。生育歴や口調などを原典(/Zeroにおける僅かな出番)から弄りながら『間桐鶴野』というキャラである必然性は、偏にこの点による。
フラウフェル・イン=アインツベルン:
キャラクター性に関する特段の動きは無い。
FGOにおける『冬木』アイコンの位置から、冬木は九州に位置するものと推測できる(らしいよ?)。そうすると、冬木から大分まで陸路を取ること、日出町における根拠地をイン=アインツベルン側で手配することは、それほど不自然なことでもないだろう。
新キャラクター便概
言峰璃正の息子:
鍛え抜かれた肉体と鋭い目つきを持つ偉丈夫。
皆さんご想像通りのアイツ。少なくとも『言峰四郎』ではない。
拳法使いであること、元・代行者であることは原典準拠。ただし、当然璃正から預託令呪を受け継いでいたりはしないので、原典/Zeroほど無体な戦闘力は無い。はず。
アインツベルンの運転手:
恐らくフラウフェルと同型のホムンクルス。文字通りの意味で名前はまだない。
このシリーズは、
pawoo上で順次掲載→pixivに纏めて掲出→加筆してハーメルンに投稿/pixivでも加筆
の順で投稿しております。pawoo上では『国東聖杯戦争』のタグを検索すれば色々出てくるかと。