国東聖杯戦争   作:歩弥丸

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椚泰雪に聖杯戦争への参戦を勧誘された藤谷水面は、己の魔術に対する魔術世界の世評、『封印指定に値するものだ』という評価に不満を覚えながらも、しかしそれを帳消しにしうる手段でもある聖杯戦争への参戦もまた、決めかねていた。
そんな感じの亜種聖杯戦争の物語です。


序 第四節『藤谷水面の決意』

 藤谷(ふじたに)家は、元を(ただ)せば国学者であったらしい。水面(みなも)はそう聞いていた。

『神世の、発するだけで世界を変えていた「言霊(ことだま)」とは如何なるものであったか?』

 古典研究や神学論争を踏み越えて、『言霊それ自体の実践』を研究するうちに、藤谷の家学は次第に和・漢・洋を折衷するものに変容した。やがて術理の上では西洋魔術としての性質が強くなり、国学者たちからは異端として排撃され、魔術師の家に数えられるようになった。

『神世の力ある言葉、或いはその復元の研究』――西洋魔術ではそれを『神言魔術』と呼んだ。(もっと)も、藤谷の一族は学祖に倣って『言霊』と呼ぶ方を好んだが。

水面の代に至って、その研究はある意味では高みに至った。神世の言霊の働き、少なくともその一端を実証したのだ。

 しかし、『神言の復元』とは即ち『人理確立以前の魔術の復元』に他ならず、真に『達成』すれば当然に封印指定の対象となりうるものである。その意味では、藤谷の家学そのものが袋小路に行き着く宿命にあったと言うほかない。

 

  ※ ※ ※

 

 そして今、藤谷水面は、その家の本拠からはかなり離れた地、国東(くにさき)の山中で、小聖杯とその接続するべき霊脈の調整にあたっていた。

 

聖杯よ、聖杯よ(いとさやけき、いといつき、さかづきや)

 

 その作業は(くぬぎ) 泰雪(たいせつ)から、『参戦の決意がつかないまでも手伝って欲しい』と懇請されて手掛けているものである。即ち、言霊を用いて、小聖杯の魔力の流れを変えること。

 

その接する霊脈を(ふるるところのながれを)大聖杯として受け入れよ(さやとなし、はことせよ)

 

 それは本来であれば『魔法を再現する構造を組み込まれた、より上位の聖杯』――仮に『大聖杯』とする――に対して魔力を送り込むようにできているであろう小聖杯に、『接している国東の霊脈そのものが大聖杯である』と『言い聞かせる』魔術儀式であった。なるほど、椚の魔術でも別の手段で・時間をもっとかければ不可能ではないだろうが、水面の言霊を用いる方が効率的ではある。その間に椚和尚には別にするべき工作もあるのだろう。

 水面の言霊は、神世のそれの一端を示すとは自負するものの、実のところ神話伝説の言霊ほど強力でもなければ、即効性があるわけでもない。ただ、少しずつ(テンカウント単位で)、万物にその語る(騙る)ところを『言い聞かせる』ことで語った(騙った)方向に変えることができるだけであり、汎用性を抜きにすれば、[[rb:齎> もたら]]される結果自体は他の魔術でも再現可能なものが殆どだ。藤谷の家が求める『言霊の復元』までの道程は未だ長く遠い。

 

根を張れ( はににねをうへ)繋ぎ留めよ( いはおにとまれ)

 

 しかし、幻覚を研究する魔術師たちは、これを封印指定すべきだと強硬に主張した。

人理世界の表層(テクスチャ)そのものを改変する大魔術である。希少であり、また人理を危うくするものだ。野放しにして散逸させるわけにはいかない』

というのである。

 

満たせ(みちよ)廻せ(めぐれ)注げ(すすげ)

 

 冗談ではない、と水面は思う。確かにこれは藤谷家の成果の最大のものではあるが、しかし未だ通過点に過ぎない。人理云々は分からないではないが、そもそも、発展の余地のあるものは『封印指定』の対象にはならないはずではなかったのか?

 

 若干の雑念を交えつつも、水面が言霊を『言い聞かせ』終えると、魔力の流れる『音』の向きが変わるのを感じた。経路(パス)が小聖杯から霊脈の方向に向けても通ったのだ。

「これで――良し」

 これで、召喚までは通常通り・今まで通りに小聖杯が霊脈から魔力を吸い上げるが、聖杯戦争が実際に始まれば逆に霊脈が小聖杯から魔力を――敗退したサーヴァントの魂をそそぎ込まれるようになる。

 無論主たる霊脈自体には手は加えられていない。ただ、国東の主たる霊脈は、主峰たる両子(ふたご)山を囲むように円形に位置した、閉鎖性の高いものだ。更に、予め椚和尚が霊脈の「支流」を塞ぐ工作を施しているという。そこにサーヴァントの霊基を注ぎ込み続ければ、やがて出口を喪った魔力が霊脈の中を加速し、『根源』への大穴を開けるであろう。それが椚和尚が水面に説明した計画の概要である。

 確かに、それに足りるだけのサーヴァントさえ召喚できれば、理論上は可能だ。だが、仮に抑止力すら退けてそれを為したとしても、それは魔術で『根源』に至ったと言えるのだろうか?

「――?」

 水面の左手に鈍い痛みがあった。その手を確かめると、赤い三筆の紋様が浮かんでいる。令呪、即ち聖杯戦争の参加権である。

「和尚、さてはこうなるまで僕を引き留めるつもりで?」

 水面は未だ迷っている。

 国東の霊脈に触れるにつれ、椚和尚の計画――霊脈の規模に物をいわせて六騎、あわよくば七騎のサーヴァントを召喚し、無理矢理根源への孔を開けること――の実現性にはある程度納得するようになった。確かにそれだけの、六騎の英霊を喚べる規模の霊脈なのだ。

 願いも無いわけではない。封印指定に向けた馬鹿げた動きを撤回させることも、或いは魔術協会の目を逃れることも、『根源』への孔を開けることに比べれば容易い願いだろう。実のところ、彼自身、召喚に備えた触媒すらも持参しているのだ。

 だが、魔術師として、どうしても受け入れがたいのは、『他人の用意した手段で「根源」を目指す』ことであった。そもそも小聖杯はアインツベルンら三家の発明品であるし、それを以て無理矢理『根源』をこじ開けようというのも椚和尚の発案である。

 言霊を窮めた先、神世の言霊の先に『根源』を見出すのでなければ、藤谷の家が魔法に到達したとは言えない。それは自分の代で為せなくとも、必ず為せるはずのことである。

 そう考えればこそ、聖杯戦争による短絡化すら迷うのだ。

持ってきた水筒を開ける。水の中に魔術回路を賦活させる目的で薬草の成分を含ませた……世間一般に言うところの薬草茶(ハーブティー)である。

 一息ついて改めて見回すと、水面が普段暮らす本州とは、景色が余りに違うことに気付かされる。

 小聖杯は小さな堂の中に据えられている。そこは両子山の山中深くに位置しており、木々の緑が深い。暦の上では秋になろうというのに、蝉の声すらする。空気の匂い、土の臭い、全てが本州の山々とはまた違う。

 この山に、国東の霊脈は養われているのだ。

 鳥の声、虫の羽音、木々の葉が揺れる音、……それらに混ざって人の足音がする。近づいてくる。

 万が一、妨害者であったら厄介だ。

 そう考えると水面は、魔術回路を起こし、足音に意識を向ける。言霊を家伝とする藤谷家の魔術師は、魔術感覚を『音』として捉える。足音の主の、小源の流れを、音として聞く。

 魔力を帯びた、爆ぜるような音。ここ数日の間に、聞き覚えのある魔力だった。椚泰雪の娘――いや、養女。(くぬぎ) 紅葉(くれは)だった。

「おじさーん! 藤谷おじさーん!」

 やがて、実際の声も聞こえた。若々しく、甲高い声だ。

「……おじさんは止めてくれ。僕まだ二十代なんですけど?」

「じゃあ『おいさん』な!」

 眼前に現れて、即答。かなりの距離の山道を走ってきたのだろうに、息を切らす様子もない。この娘が如何に山に慣れているか、ということでもある。

「言ってる意味はよく分からないがそれも駄目だ!」

「はいはい、藤谷さん。……爺ちゃんから伝言があるけん」

 この娘は、師でもある義父のことを『爺ちゃん』と呼ぶ。まだ十代の紅葉と、六十代になる泰雪では、その方が自然なのだろう、と水面は思う。

「『召喚を執り行うから付き合え』ってさ」

 まるでこちらが召喚に加わると決めてかかっているかのようだ。確かにここまで請われるままに手伝いをしてきたが、それは自分の魔術技能を発揮できる場だと割り切ればこそだ。

「……紅葉ちゃんも、その、聖杯戦争を?」

「するよ」

 即答である。しかし、それに続く言葉は水面の予想外であった。

「そうせんと、爺ちゃんを止めきらんやん」

「止める? 和尚を?」

 泰雪の狙いは(手段はともかく)椚家に根源をもたらすことのはずだ。それはこの紅葉にとっても同じ事ではないのか、と水面は思う。

「止めるよ。だって、爺ちゃんのやりたい事って、結局私じゃ『根源』には届かないって事やん?」

「いや、でもそれは」

 苗字こそ同じだが、紅葉は養女で、椚の魔術刻印は受け継いでいない。仮に今後彼女が『根源』に辿り着いたとしても、椚家が『根源』を得たことにはなり得ない。魔術師として育ったからにはその程度のことは承知しているはずだ。

「だからさ、私が願いをかけるんよ」

「何と」

「『私の身に椚の魔術刻印を適合させろ』って。それなら爺ちゃんの願いも無駄にはならんやん?」

 成程、そもそも椚の魔術刻印を継続できるなら、力ずくで直ちに『根源』を掘り当てる必要はないのだ。

「……その手があったか」

 泰雪の手段が無謀だというのなら、聖杯戦争に勝ってしまえばいいのだ。願望を叶えてしまえば小聖杯の魔力は概ね空になり、『根源』をこじ開けるほどの魔力は喪われるのだから。

 そして、聖杯戦争を勝ち抜くうえでは、椚親子との共闘は有益だ。むやみに対立することはない。陣営としてまとまっていれば他の個々のマスターより優位にたてるし、椚親子を排除するとしても他マスターを倒した後でよいのだ。

「で? 来るんでしょ。召喚に。それとも聖杯戦争から降りるん?」

 差し出された紅葉の手を取った。

「そうだな。僕も準備はしてあるし、行くよ」

 紅葉の笑顔が木漏れ日に映えた。この娘は、これから魔術戦に、それも命のやりとりをするような戦いに身を投じるというのに、なんでこうも笑っていられるのだろうか、と水面は不思議に思った。それとも、その深刻さに思いがいたっていないだけであろうか?

「で、召喚は寺じゃなくて、都甲(とごう)でやるっち話」

「都甲って……豊後高田市!? 何でまた?」

 両子山の峰を挟んだ反対側の地名である。しかも、この娘、運転免許を持っていないという。

「大丈夫大丈夫、今から歩けば夜までにはつくよ!」

「徒歩かよ!」

 無論、水面も国東まで車を持ってきているわけではないし、そこまで国東の地理に詳しいわけでもない。この健脚の娘について歩くほかないのだ。さりとて、戦いの前から肉体能力付与(フィジカル・エンチャントメント)を無駄撃ちするわけにもいかない。

 当面の前途の長さを思って、水面は溜息をついた。

 




キャラクター便概

藤谷水面(ふじたに・みなも):
 その祖が国学研究から転じて西洋魔術師となったことが説明された。恐らく藤谷家の『言霊』観が本居・平田派からすれば異端だったのだろう。(ということで『神言魔術≒言霊』という作中の位置付けと国学上の『言霊』とのズレを説明したことにする)
 二十代の若さにして『封印指定』を検討されている。その『言霊』は古代言語の働きで世界の表層それ自体を操作するものであり、原理や動作自体は(某ゴドーワード師のように)強力なものであるが、如何せん(某ゴドーワード師ほどには)即効性がなく、また『やれること自体は魔術の域=技術で再現可能な範囲に留まる』ものであり、水面自身は封印指定されるほど『凄い』魔術とは考えていない。
 二十代なのだが、十代の紅葉と視点がさほど変わらない程度の低身長。

新キャラクター便概
椚紅葉(くぬぎ・くれは):
 椚和尚の養女。国東の産まれ育ちであり、やや『なまり』が強い。
 十代。高卒。山育ちと言えばいえる。恐らく運転免許は持ってない。

このシリーズは、
pawoo上で順次掲載→pixivに纏めて掲出→加筆してハーメルンに投稿/pixivでも加筆
の順で投稿しております。pawoo上では『国東聖杯戦争』のタグを検索すれば色々出てくるかと。
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