国東聖杯戦争   作:歩弥丸

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『令呪が現れたからには願いがあるはずだ』
 その言葉に言峰綺礼は過去に思いを巡らせる。自分にとっての『願い』とは何なのか。
 しかし考えが至る前にイン=アインツベルン陣営の召喚の儀式は始まり、綺礼は一人の聖人と出会う。
 そんな感じの亜種聖杯戦争の物語です。


序 第六節『言峰綺礼の任務』

 言峰(ことみね) 綺礼(きれい)が物心ついた頃、父は既にかなりの歳で、母は既にこの世になかった。そしてもう一人、歳の離れた兄がいた。

 父は長年冬木の教会に神父として勤めており、信徒だけでなく冬木の地域社会全体で信頼を集めていた。兄もまた教会に入り、各地で修道や布教に勤めているということだった。二人とも、非の打ち所のない堅信者であった――少なくとも、綺礼にはそう見えていた。

 神の教えは、綺礼にとってごく身近で、自然に『そこにある』ものであった。にも関わらず、日々神に仕える父の姿も、神のために世界を旅し滅多に帰らぬ兄の姿も、どこか遠く感じられた。それらはまるで一枚の絵のようで、自分には触れえないもののように思えたものだった。

 

 綺礼が十代前半の頃のこと、兄が久方ぶりに冬木に戻ってきた。その日、偶々父は教会の用務で余所に赴いていて、一晩兄と二人きりで過ごすこととなった。

 二人で簡単に神に祈りを捧げ、質素な夕食を取った。その間は互いに会話はなかった。何しろ会うこと自体滅多になかったのだ。

 食器を片付け、風呂を準備する間のこと。珍しく兄の方から綺礼に話しかけてきた。

「神の救いは、あると思うか」

 ある、というのが教会の信徒としての模範的回答であろう。ただ、それは今目に見え手に触れられるようなものではない。

「何故私に訊くのだ、兄さん」

 であるから、答えに変えて質問で返した。

「いや、お前なら何というかなと思ってね」

 模範的回答を答えるのは簡単だ。ただ、それをわざわざ兄が、修道を長らく積んでいるはずの兄が訊くからには、そういう回答を望んでいるのではないだろう、と綺礼には思えた。しかしならば、何を悩むというのか。暫く黙ってから、低い声で答えた。

「兄さんの求める答えは、私に分かる筈もない」

「なら、お前の求める答えでいい」

「私の?」

 虚を突かれた。綺礼にとっての神の救い? 人類全体、教会にとって、或いは信徒にとっての、ではなく?

 父の日々の勤めを思い浮かべる。儀式を行い、信徒の告解を聞き、或いは自らの罪を告解する。それは自分にとっても救いに繋がるのだろうか?

 

 ※ ※ ※

 

(結局私は、あのとき何を答えたのだろうか?)

 召喚の魔法陣を前にした言峰綺礼は、そんなことを考えている。

 結局何を答えたのかは、覚えていない。当時の自身にとっては意識しないほど当たり前の答えだったのだろう。ただ、兄の驚いた顔だけが記憶に残っている。

 あれ以来、兄は再び修道の旅――いや、今にして思えば兄もまた聖堂教会の任務を負っているのだろう――に出て滅多に戻らない。任務の中ですら、出会うこともない。兄に『中学校の頃私は何を考えていたのか』と問うのも変な気がして、聞けずにいる。

(私にとっての救いとは何か)

 父の行いに倣えばそれが得られると思っていた。父の背を追って八極拳の套路を学び、修道院にも入った。神の教えを学び、聖堂教会に仕え、代行者の称号を得た。異端や怪異と戦った。そして、『奇跡を扱う資格』……魔術師の言うところの生得の魔術回路を見いだされるや、代行者の籍を表向き外された上で、比較的教会に近い立場の魔術師の下に『研修』に出された。

 そのいずれもある程度の成果は上げたが、にも関わらず、父の背中に追いつけた気も、答えを見いだせた気もしないのだ。

(その答えを得ることが、私の願いなのだろうか?)

 手を見ると、確かに三筆の令呪が刻まれている。聖杯戦争参戦の証であり、掛けた願いの証だ。

 しかし、『私にとっての救いを知りたい』などということが聖杯に掛けるべき願いだとは、綺礼には思えなかった。それでも。

『願いがあるから令呪を得たということではないのか』と、間桐鶴野は言った。間桐の家なら(聖堂教会に仕えるまでは『父が第三次聖杯戦争の監督者だった』ことすら知らなかった)綺礼よりも聖杯戦争に詳しいはずである。恐らく、通常は『願い』のない魔術師に聖杯が応え聖杯戦争に招くことなどないのだろう。

(私の、願い……?)

 ならば、意識すらしていない願いが別にあるというのか。

「時が満ちる。召喚を始めるゾ。『聖遺物』は此方で用意してあル」

 フラウフェルのたどたどしい口調で、綺礼の思考は中断された。

 銀髪白面の従者たちが、魔法陣の中に古びた物品を据え付ける。従者の中には、昼間の運転手も居る。恐らくは、皆イン=アインツベルンの鋳造したホムンクルスなのだろう。

 魔術師は、英霊召喚の触媒たりうる、英雄ゆかりの物品を『聖遺物』と呼ぶことがある。真正(神聖)の聖人の遺物を扱う聖堂教会にとっては、不遜極まる物言いだが。

 だが、綺礼の目の前に置かれた遺物は違った。それは、干からびた指であり、不朽体(ミイラ)であった。

「待て。これは聖人の遺体……真正の聖遺物ではないか」

「流石だナ。分かるカ」

 聖人が教会から聖人と認定されるには『奇跡』を起こす必要がある。その種類は様々であるが、最もありふれたものが『遺体がいつまでも腐らない』ことである。聖人の遺体は腐らないが故に、それ自体が真正の聖遺物として教会に奉られ、また聖堂教会によって管理される。

「分かるとも。聖人がサーヴァントとして現界するはずもないことも」

 しかしながら、教会の教えは『神の子』を例外として、『最後の審判』より以前における人の蘇り・再臨を異端として認めない。それは存在自体が人理を危うくするものであり、もし蘇る者があれば代行者は神に代わってこれを討たねばならない。少なくとも聖堂教会はそう唱える。

 聖人と言われるほどの存在であれば、原則として人の召喚に応じるはずもないのだ。

「それを可能にする術をアインツベルンは編み出していル。既に第三次で実行済みダ。父上から聞かなかったカ?」

「聞いてはいる」

 冬木の第三次聖杯戦争において、アインツベルンは勝利を確実にするべく、『裏技』を駆使した。本来『聖杯戦争で任意に召喚できるクラス』に該当しないはずの、裁定者(ルーラー)のサーヴァントを召喚したのだ。

 裁定者、それは本来は『中立の存在を欠き公正な戦争を行えない』『人理に危機が及ぶ』など、聖杯戦争に問題のあるときに、聖杯自身が『聖杯にかける願いのない英霊』――例えば『聖人』を中立の審判として呼び寄せるためのクラスである。その存在は理論上予測されており、また後年亜種聖杯戦争によって数例観測されているが、出現したのは第三次が初であったという。

 冬木の裁定者は、本来中立であるでき裁定者としての特権を駆使して勝ち残って行ったが、勝利を目前にしてアインツベルンのマスターをドイツ軍に謀殺されて敗退したという。

「……それは聖人への冒涜だと言っているのだ」

 綺礼は、フラウフェルを睨みつける。しかし彼女は事も無げに返答した。

「言峰、そなたの上長が同意の上だと言ってもカ? 聖堂教会の許しがなければ、誰が『真正の聖遺物』なぞ持ち込めよウ」

 言われてみればそうだ。聖人の聖遺物は『奇跡』を媒介するものであり、故にその大半は既に聖堂教会によって回収・秘匿され、または所在を把握した上で表の教会に奉安されている。今時、聖堂教会の目を欺いて真正の聖遺物を入手することは極めて困難だ。それこそ代行者を送り込まれ、戦闘になるだろうから。

「聖遺物を亜種聖杯戦争に持ち込むことと、『亜種聖杯戦争』なる聖遺物の名を騙る行為が延々続くこととどちらがより重い冒涜カ? 少なくとも上長の方々は弁えたゾ」

 畢竟、聖堂教会がイン=アインツベルンとの共闘を決めた理由もそこなのだろう。イン=アインツベルンは喪われた『冬木の大聖杯』を求める。『聖杯』が真正のものでない以上、聖堂教会はいい加減『亜種聖杯戦争』から手を引きたい。そこに利害の一致があるのだろう。

 仮に『冬木の大聖杯』が見つかり本来の聖杯戦争が起こり、イン=アインツベルンの勝利で終結するならば、亜種聖杯戦争は絶えるだろう。亜種の小聖杯とはいえ、大聖杯に一応は紐付けられた魔術式であり、大聖杯が真に獲得され『本来の目的』に使用されるならば、小聖杯はそのままでは稼働不可能になるはずだからだ。

 任務の理由など一々気にも留めていなかった綺礼にも、了解可能な話であった。

「もっとも、この『聖遺物』を言峰に使わせることになったのは、偶然だがナ。一族の誰か(ほかのホムンクルス)に令呪が出るなら、そちらに使わせようと思っていたところダ」

 さほど高くも無い背丈で、このホムンクルスは見上げ睨みつけるように、綺礼の目を見る。

「それとも、『聖遺物』無しで召喚してみるカ? 案外、似合いのサーヴァントが喚ばれるかも知れヌ」

「……承知した。その聖遺物、使わせて貰おう」

「それでイイ」

 次いで、フラウフェルは鶴野の方に目を移した。

「間桐には、『魂喰い』に忌避感を持たぬであろう反英雄の聖遺物を用意しタ」

「おいおい。人を襲えってことかよ」

「願いが欲しいのだろウ? その程度できぬでどうする、と臓硯老なら言うであろうナ」

 確かに、綺礼の目にも、鶴野の魔術回路はさほど整ったものには見受けられない。本数が少ないというより、混線して機能していないものが多い。使える小源 (オド)の魔力も少ないはずだ。戦術としては『魂喰い』を勘定に入れる他あるまい。

 魔術の家が衰えるときはこのようなものなのであろうか。

「……分かった。やろう」

「無論、私も『聖遺物』を使ウ。ラビの家から買い受けたものだ」

 フラウフェルの前に置かれたそれは、古い護符のように見える。いくらか聖性もあるようだ。まことに旧約期のいずれかの王の遺物だとすれば、教会にとっても聖遺物の範疇であろう。

「我々は、椚とかいうこの地の魔術師ほどには、この地を知らヌ。何が『知名度に優れて』おるのかもよく分からヌ。さればこそ、世界どこであっても優れた存在として知られているであろう英霊を招きうる召喚触媒を整えタ。後はお前たちと私の力と縁次第ダ」

 遺物があっても確実に狙ったサーヴァントを召喚できるとは限らない。逆に、遺物がなくても召喚者の心根に惹かれた英霊が顕れるとも言われる。そのあたりは通常の召喚魔術と変わるところはない。遺物は、召喚の『成功』率を引き上げるものではあるが、確実にするものではないのだ。

「分かってるよ。召喚を始めよう」

 うんざりした口調で鶴野が応えた。

 昼間の残暑が嘘のように冷めた日本家屋。その中に据えられた陣に、風とともに魔力が集まり始めた。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 三人の召喚者は、呪文を唱え始める。それは小聖杯が確かに大聖杯に連なるべきものである謂われであり、聖杯が願望器であり英霊の宿願を叶える力を持つことの説明であり、同時に聖杯の機動式でもある。……もっとも、今回、喪われた大聖杯が機動することはあるまいが。

「礎には我が祖師にして雛型、天の杯を為したる大アインツベルン」

 フラウフェルがその祖の名を告げた。

「礎には我が祖師、キエフのゾォルケン」

 鶴野が同様にその祖の名を告げた。それはいずれも、大聖杯に対して特権を有する冬木の御三家、聖杯戦争を創始した家の名乗りである。

 その間、綺礼は沈黙している。遡れば万華鏡の魔法使い(シュバインオーグ)の学統に属するという魔術師に師事し幾らか魔術を齧ったとはいえ、聖杯に対して特権を主張するほどのものには到底なり得ないからだ。

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 大源(マナ)小源(オド)の流出を封鎖し、召喚魔法陣に魔力を充填する。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 充填した魔力を零し、零した魔力をまた集める。そのことにより魔力の流れに指向性を持たせる。やがてそれは、纏まった容を取り始める。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 魔力の容に英霊の姿を映す。サーヴァントは、英霊そのものというわけではない。叶えるべき願いを持つ英霊が、願望器の存在に応えてその似姿を顕現するのである。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 定型の詠唱に、綺礼は一つの追加詠唱を差し挟む。

「是なるは、常世を覆す渦、幽冥を乱す孔。禍根を断たんとするならば、我が剣となり、我を盾とせよ」

 それはかつてアインツベルンが見つけた『裏技』。聖人を召喚するために、聖杯を『世界の危機』と誤認させ、裁定者を招く呪文。

 前後して、鶴野が一つの呪文を差し挟む。

「されど我は敬神の徒に非ず、護教の為に殺すものに非ず。峻山に拠らず夢煙に依らず、ただ人を弑す刃たれ」

 それは、幾たびにも及ぶ亜種聖杯戦争の中で見いだされた『ハサン・サッバーフ以外の暗殺者(アサシン)』を呼び出すための呪文。用意した触媒はある殺人者のものであるが、それだけでは『暗殺者という職能そのもの』が持つハサン・サッバーフたちとの『縁』に勝る触媒とは成り得ない。『暗殺者』と『ハサン』との縁を解除する呪文を必要とした所以である。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 そして三つの魔法陣に、三つの影が顕れる。小柄な美男子の姿、比較的大柄で精悍な男の姿、そして白髪だが若くも見える女の姿。

「ようこそ、人類史に名だたる英雄たちヨ」

 フラウフェルが声を上げた。

「君らが三人、僕らが三騎。これば、君たちは一味だと思っていいのかな?」

 小柄な男が答えた。

「如何にも、イスラエルの王たる英雄ヨ。私が召喚主(マスター)ダ」

「僕はダビデ、弓騎士(アーチャー)だ。召喚主がこうも美人だと張り切るほかないね」

 神の加護を受けて強大な敵を打ち倒し、ユダヤ人の王国を築いた預言者たる王、ダビデ。その小柄な姿は『神の加護』を受けた若き日の似姿なのだろうが、しかし、主の容貌を見て恰好を崩す様は、老境の俗に堕したダビデ王をも思わせる。

「王ヨ。言っておくが、私はホムンクルスだ。貴方が期待するような、そういう機能はないゾ?」

 フラウフェルも珍しく、表情をゆがめた。このホムンクルスでも、気を害するということがあったのか。

「そんなことはどうでもいいんだ。美しい女性が居るというだけで充分、僕はやるよ。……かなりやる」

 ダビデは値踏みするように、主の顔をまじまじと見ている。

 暫くの沈黙。そもそも、フラウフェルは自らを『女性』として見られたことすらなかったのだろう。困惑、羞恥、動揺。様々な思いが表情に次々に現れる。

「……王の戦意を疑うわけではなイ」

 その視線から眼を反らすようにして、フラウフェルは漸く答えを返した。

「それと、『王』はやめてくれないかな。今の僕はもう王でもなければ、預言者でもない。羊すら連れていない。ただのサーヴァントでしかないのだから」

「わかっタ。弓騎士、その、……視線はもう少し配慮してくレ」

 そう言いながらフラウフェルは顔を背ける。なおもダビデはその横顔を追いかける。

「美しいものを美しいものとして見て、何が悪いんだい?」

「聖杯戦争を戦う上で……魔術行使に必要な、集中力が削がれル」

 このホムンクルスはこうもあてすけに自分の意志を語る人物だっただろうか、と綺礼は思う。表情に乏しく、事務的に語るのが常であったこの女がこのように話すのならば、或いはダビデなりにこの女を変えようとしているのかも知れないとすら思える。羊の牧者であったダビデは、人の牧者でもあったのだから。

「実益にならないということだね。そういうことなら、努力はしよう。君も気になるときは、きちんと言うようにしてくれ」

「宜しく頼ム」

「王様、その辺でいいかしら?」

 白髪の、仮面をした女サーヴァントが口を挟んだ。その座する魔法陣は間桐鶴野のもの。その髪の色こそフラウフェルに近しいが、その纏う衣装の気品と、相反する禍々しい魔力は似ても似つかない。

「私はバートリ・エルジェーベト。暗殺者よ」

「なっ……?」

 鶴野は絶句する。『魂喰いを禁忌としない反英雄の触媒』と聞いてはいても、単なる殺人鬼が出現するとは想像していなかったのだろう。

「ピンと来ない? 帝国宮中風に(ドイツ語読みで)エリザベート・バートリーと名乗った方が通りがいいかしら? それとも『カーミラ』とでも?」

「……いや、知らないわけではない。確かに世界中であんたの名は知られているが……」

 バートリ・エルジェーベト、或いはエリザベート・バートリー。ハンガリーの大貴族の令嬢にして、その領内のうら若き娘たちを数百名、残酷に殺したことで知られるシリアルキラー。後世に吸血鬼創作の雛形になったとすら言われ、殺した人数だけなら彼の切り裂きジャックすら大幅に上回るが。

「その……戦えるのか?」

 鶴野の疑念も無理もないことだ。世に知られる範囲では、エルジェーベトの人生において殺した相手は、その権力を以て強いて招き入れた村人が殆どだ。戦闘どころか、騙し討ち・暗殺の経験すらない。

「そうかしら? 召喚主、私の能力を御覧になってそう言うの?」

 ただ、英霊の座にある記録は、必ずしも世に伝える『史実』の通りではない。広く知られざる隠れた事実が記録されることもある。後世の伝承や創作による尾鰭が座に『加筆』されたり、或いは英霊に対する畏れが座に『増幅』されたりもする。そもそも、この世界に在らざる平行世界の英雄すら、理論上は英霊の座に座りうるという。だから、エルジェーベトが殺人鬼の領分を超えた魔人として召喚されることも、また充分有り得ることなのだ。

「……いや、済まない」

 それを能力値の形で示されれば、鶴野も沈黙せざるを得ない。召喚主は、自らのサーヴァントの能力を自在に閲覧できるものなのだ。

「楽しみね。貴方が私をどう楽しませてくれるのか」

 仮面の上からでもわかるほどに、エルジェーベトはほくそ笑む。

 この殺人鬼にとっての楽しみとは、つまり。その意図を察した最後のサーヴァントが口を開いた。

「あまり関心しませんね。戦争とはいえ、個人の『楽しみ』を持ち込むのは」

「あら、そういう貴方だって自分の『願い』があるから喚ばれたのでしょう? 勝った後で『願い』を享受するのと、今楽しむの。何か違いがあって?」

「そういう問題ではない。もしや現世の只人を…… 」

 たちまち剣吞な雰囲気になる。そこにもう一騎のサーヴァント、ダビデが割り込む。

「戦う前から言い争ってどうするんだ。僕たちは今のところは一つの陣営だろう? 取り敢えずこちら側が勝たないことには、願いも何もない」

 これには二騎ともが黙り込んだ。召喚主が連合を組んでいる以上、まずは同盟以外のサーヴァントが主敵であり、同盟内で最後の一騎になるまで互いに争うのはその後のことである。

「それより自己紹介を続けたまえよ、聖人殿」

騎行者(ライダー)・ゲオルギウス。召喚に応じ馳せ参じました」

 聖ゲオルギウス、或いは聖ジョージ、聖ジョルジュ、聖ゲオルグ。その名は欧州各地で、その土地の発音で記憶されている。凡そ教会の普遍たる(カソリック)教圏において、その名を尊崇しない者はない。信徒を護るために龍とも戦い退けた英雄であり、また帝国による弾圧についに屈しなかった殉教者でもある。屈強でありながら優しげなその偉貌は、確かにその名に相応しく思われた。

「騎行者……?」

 しかし綺礼は疑問を口にする。聖人ともなれば死後に残す『願い』もなく、また蘇りを是としない。であればこそ裁定者として召喚する『抜け穴』を使うという話ではなかったのか。

「召喚主は貴方ですね? 疑念を持つのも無理なからぬことです。そもそもサーヴァントの身は英雄そのものではなく、この身もまた『聖ゲオルギウス』そのものではない。似て異なるものと割り切られよ。……そう考えねば、神の教えが成り立たないでしょう?」

「聖ゲオルギウス様」

 恭しく、綺礼は問いかけた。

「敬称はやめてください。そもそも聖杯戦争にあっては無闇に真名を呼ぶものではないのでしょう? ただ、騎行者と」

「……騎行者。何故貴方は裁定者として召喚されなかったのですか」

「それは私にも分かりかねます。強いて言えば、それが聖杯が割り振った役割なのでしょう」

 漠然とした答えが返ってきた。

「言い方を変えよう。貴方にも、願いがあるのか」

 問いかけると、ゲオルギウスは少し首を傾げた。

「……その答えは戦いの中で示すとしましょう。きっとその方が、召喚主にとっても宜しい」

 はぐらかされた、と綺礼は感じた。少しの間。そもそもサーヴァントとて召喚主に全幅の信頼を置くものでもあるまいし、些か聖人に対して失礼な問いではあったかも知れない。

「そういうものでしょうか」

「そういうものですよ、多分ね」

(聖人に憮然として見えただろうか)

 綺礼は努めて平静を装ったが、この騎行者に通用したかは分からない。

「もう良いカ?」

 フラウフェルが会話に割り込んだ。

「かねてからの手筈通り、ここで言峰には『監督役』としての立場に戻って貰ウ」

 そう、そもそも綺礼が国東にいる本来の理由はそこにある。『国東で行われるであろう亜種聖杯戦争の監督役を務めつつ、イン=アインツベルンの陣営に極力便宜を図れ』、それが任務であり、令呪が発現し戦争自体に参戦することとなったことは成り行きでしかないのだ。

(願いなど、どうでもいい)

(今は任務に、頭を切り替えろ)

 自分に暗示をする(言い聞かせる)。そして霊基盤と呼ばれる魔術礼装を取り出す。監督役に与えられた、召喚されたサーヴァントとその安否を把握するための器具だ。

「……召喚されたのは六騎。剣騎士(セイバー)槍騎士(ランサー)、弓騎士、暗殺者、騎行者、そして狂戦士(バーサーカー)魔術師(キャスター)が召喚される予兆はない。六騎で全てのようだ。確かに、開戦を宣言する頃合いだな」

 そして、恐らくは残る三騎は、この地の魔術師、『椚一族』に与するものなのだろう。如何に相手方に気取られずに、自陣有利の状況を作るか。それが任務上の問題である。

「では、頼むゾ」

 フラウフェルの言葉に黙って頷く。建物の外に足を向けてから、綺礼は一つ付け加えた。

「聖……騎行者、あなたはここで待機を。私が参戦していると気取られる要素は減らしておきたい」

 ゲオルギウスが同行しようとしていたのだ。

「しかし、他陣営から奇襲されたらどうします? 霊体化して同行した方がよいのでは」

「サーヴァントを使われない限りは、遅れを取るつもりはない」

「……そうまで仰せなら待機しましょう。万一のときには、令呪を」

「分かっている」

 そうして、綺礼は一人でその場を立ち去った。

(そもそも、監督役に徹する分にはサーヴァントを使う必要すらないのだ。寧ろ邪魔ですらある)

 綺礼は考える。フラウフェルらと共闘するとはいえ、本来求められているのは監督上の、戦闘規則運用上の便宜だ。情報の交換をすることはあっても、戦線を共にすることはあるまい。

(だが……もしも私が聖杯を欲するとすれば……)

 いや、考えまい。暗示を再び強くして、足を早めた。




キャラクター便概

・言峰綺礼
 中学生時代のエピソードが明かされた。恐らく、義兄が綺礼を遠ざけるようになる(この作品世界における)切っ掛けである。
 義兄の存在以外の基本的な経歴は原典と同様、のつもりで描写した。ただし、魔術師としてシュバインオーグ門流の誰かに弟子入りしたとするが、これは遠坂時臣のことではない(礎には我が祖~をやらないことで示したつもり)。また、父から余剰令呪の譲渡を受けたりもしていない。
 言峰についての解釈・設定違いがあれば、「これはApocryphaに近い剪定事象で、Fate/snやFate/Zeroとは生育環境が異なる(具体的には義兄のいる)言峰綺礼です」ということでご容赦願いたく。どうか。切に。
 堅物『に見える』綺礼と実際聖人であるゲオルギウスの組み合わせがどう転ぶか。この先愉悦に目覚めるのか目覚めないのか。いずれにせよ、綺礼が聖杯戦争と出会っている時点で/Apocrypha正史とは別世界線なのである。

・言峰の義兄
 綺礼とは相当に歳の離れた兄。聖堂教会に仕えており、その任務で世界中を渡り歩いており、日本には滅多に戻ってこない。
 本文中明記していないが、実際には義理の兄であり血縁はない。名を言峰四郎という。ということで何者かはお察しください。

・間桐鶴野
 魔術回路が少ない、というよりはグチャグチャに混線している、ということが(綺礼の心霊手術師としての視線で)明らかになった。
 召喚したサーヴァントには(その有り様はともかく)本当に戦力になるのかという点で懐疑的。精神性がカーミラに近い……わけではないのだが、カーミラを召喚できるだけの理由は一応考えてはある。が、それはまだ先の話。

・フラウフェル・イン=アインツベルン
 今回の三つの聖遺物を用意したのはイン=アインツベルンの差し金。綺礼は兎も角、鶴野はそんなにノープランでいいのか、という点については『間桐家にはもう聖遺物を買う金もなかったんだよ!』としておく。
 ダビデの(さすがにFGOのギャグシナリオほどではないが)エロ目線にどぎまぎしている。これが……人の心……? まあ、実際ダビデ美少年だしね、仕方ないね。

サーヴァント便概

・アーチャー・ダビデ
・属性:秩序・中庸/天
・能力:筋力C/耐久D/敏捷B/魔力C/幸運A/宝具B
・クラススキル:対魔力A/単独行動A
・個別スキル:聖人D/神の加護A/カリスマB
・宝具《五つの石(ハメシュ・アヴァニム)》C/対人宝具/レンジ1~99
・宝具《治癒の竪琴》B/対人宝具/レンジ1~2
 外見は基本的には若い頃、ゴリアテを倒した頃のもの(要するに:FGOと同じ)。ただし、(FGOのギャグシナリオみたいにブヒブヒまでは言わないものの)老境の好色・強欲なダビデ王の性質も帯びる。『神の加護を受けるのも、人々を治めるのも、女を愛するのも全部が僕なんだから、仕方ないだろう』とか何とか。
 竪琴の宝具化など若干のステータス変更がある。《燔祭の火焔》《聖櫃》が無いのは仕様です。

・アサシン・バートリ・エルジェーベト
・属性:混沌・悪/人
・能力:筋力D/耐久D/敏捷B/魔力C/幸運D/宝具A
・クラススキル:気配遮断D
・個別スキル:吸血C/拷問技術A/殺戮技巧(拷問具)B
・宝具《幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)》C/対人宝具/レンジ1
・宝具《鮮血■■》A/対■■宝具/レンジ1~■■
 残虐行為をたっぷり行った後の中年エルジェーベトであり、(ExtraシリーズやFGOでお馴染みの)脳天気十代アイドル志願のエリザベートとは同一人物ベースだが別霊基。要するにFGOで言うところの「カーミラ」であり、外見(白髪・仮面含む)やステータスも基本的にはそれに準じる(が、FGOの通常戦闘モーションは考慮しないものとする)。
 アサシンの真名について作中「カーミラ」の呼び名を主としないのは「いやどちらかというとアイドル志願十代の姿のあっちが『エリザベート(リリィ)』で成人後すっかり生き血を啜った後のこっちが『エリザベート』なんじゃねえの?」という筆者の無駄なこだわりであり、実質的にはタグ通り「カーミラ」を描くものと考えていただきたい(ややこしい)。

・ライダー・ゲオルギウス
・属性:秩序・善/人
・能力:筋力D/耐久A+/敏捷C++/魔力D/幸運A+/宝具B
・クラススキル:耐魔力A/騎乗B
・個別スキル:聖人A/守護騎士A+/戦闘続行A/直感C
・宝具《幻想戦馬(ベイヤード)》C/対人宝具/レンジ0
・宝具《力屠る祝福の剣(アスカロン)》B/対人宝具/レンジ1
・宝具《汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)》B/対軍宝具/レンジ1~99
・宝具《竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)》B/対竜宝具/レンジ1~10
 彼が『裁定者』として召喚されなかったことには理由があり、また彼自身の願いもあるといえばあるのだが、それはまた後の話。
 設定上のフルスペックのゲオルギウス先生を描きたくてやった。言峰と組ませたら色々おもしろそうだと思った。今は(幾ら何でも宝具多過ぎだろ……という点で)反省している。
 神性を聖人に置き換える程度のステータス変更はしている。
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