国東聖杯戦争   作:歩弥丸

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斯くして、亜種聖杯戦争としては最大規模、六騎のサーヴァントが揃った。言峰綺礼は召喚主達に召集の合図を出し、国東において聖杯戦争を行う上での(味方へ配慮する意図も含めた)ルールを告げる。だが、その場に七騎目のサーヴァントが顕れ、早くもその欺瞞は暴かれる。
そして召喚主は、それぞれの意図を以てその夜を越える。
そんな感じの亜種聖杯戦争の物語です。

これにて序章は完了。いよいよ第一章からは聖杯戦争が始まります。


序 転節『開戦の狼煙』

 十月初旬の夜、前触れ無く、季節外れに数発の花火が上がった。常人にはそうとしか見えなかっただろう。

 だがそれは、実際には、魔術の徒には分かるよう魔力による信号を込めた『信号弾』であった。

『参戦各位へ。翌宵、岐部記念公園へ来られたし。ルールについて確認したき事あり。監督役』

 監督役と言えど、霊基盤で分かるのはサーヴァントの安否・職能、大凡の位置関係程度のものだ。召喚主が何者で何処にあるかまでは、偵察を重ねない限り判別できない。それに、魔術師は通常、科学技術を軽んじ機械を使うことを厭う。仮に何者が何処にあるか判別できていたとしても、召喚主達は近年売り出された携帯電話など勿論使わないし、固定電話すら怪しいものだろう。全召喚主に一斉連絡を図ろうとすれば、このような手段を用いる他ない。

 もっとも、イン=アインツベルンの陣営は、このような信号の出ることは先刻承知のはずではあるが。

 

 ペトロ岐部(きべ)殉教記念公園、という小さな公園が国見(くにみ )町岐部にある。ここで殉教したわけではないが、殉教者の出身地であることを記念して設置されたものである。

 その片隅に教会を模した小さな建物がある。公設の公園であるから無論正規の教会ではなく単なる殉教者記念館でしかないのだが、聖堂教会は今次の亜種聖杯戦争に際して監督役の本拠地とするべく、この建物を借り受けていた。

 戦国時代の往事は岐部氏という船手の豪族が住まったこの地も、今は閑散とした小集落である。夜ともなれば、公園に只人の気配は無い。……いや、人払いの結界を施したのだ。ただ、堂にだけは灯りが煌々と点っている。

 信号弾で告知した刻限に、堂内にあるのは監督役・言峰(ことみね)綺礼(きれい)と三名ほどの教会員、そして五体の使い魔であった。鳩を模したもの、折り鶴を模したもの、蜘蛛を模したもの、針金細工の犬のようなもの、そして羽虫と見えるが細部が虫とは似ても似つかぬもの。いずれもが魔術の産物であり、自然のものではない。

「使い魔五体、召喚主本人の参列は無し。一組足りないようだが、始めさせて貰おう」

 綺礼は淡々と宣言した。無論、足りない一組とは、彼自身のことである。

「聖堂教会から派遣された言峰綺礼だ。一応今回の亜種聖杯戦争について、監督役として事前に曖昧な点を整理しておいた。これから述べる取り決めに異議がある場合は、この場で意思表示するように」

 返答はない。そもそも主の意思を表示する機能のある使い魔が、この中にどれほど含まれているものだろうか。

「まず一点目。戦場の範囲だ。今回の戦争は都市で開催されないため、一都市という区画を採用することができない」

 それまでの聖杯戦争は、亜種聖杯戦争を含めて殆どが都市部を舞台としていたため、『戦闘行為をその都市内で完結させること』という取り決めが為されていた。ところが国東(くにさき)半島は都市とは言い難く、一つの自治体ですらないのでその慣習を採用し難いというのだ。

「しかし、日本行政の区画により東国東郡・西国東郡のみを戦闘範囲とすれば、霊脈の管理者に有利に過ぎる」

『国東の霊脈の管理者・椚家が自らその霊脈に小聖杯を据え付けるらしい』という事柄は、日本の魔術世界では既に噂になっている。そのことを踏まえた発言である。

「そこで、戦争の範囲としては『地理的な国東半島』を指定したい。即ち、東西国東郡だけではなく、杵築市・速見郡・宇佐郡に根拠地を設けることを許容する。戦闘を行っても差し支えない」

 返答はない。そもそも国東の主たる霊脈は両子山を巡るもので概ね東西国東郡に収まるとはいえ、その支系は疎らにこれら『地理的国東半島』全体に及んでいるのだから、椚家陣営から見ても聖杯戦争を行う上では正論なのである。更に、イン=アインツベルン陣営にしてみれば『椚家の霊脈を避けて日出町に本拠地を置く』ことを合法化する措置であり、実の所そのために聖堂教会と計画された発言なのであった。

「次に、『神秘の隠匿』について。人目を避け人家集落での戦闘は深夜に限るべきことは承知している、ということで良いか」

 やはり返答はない。魔術師にとっては常識に属することだからだ。

「今次の亜種聖杯戦争においては、人里離れた森林も多い。しかし、その多くは所謂『里山』であり、人の出入りが想定される。市街地や集落ほど厳密には取り締まらないが、人道・車道からの視線を含め、只人に感知されうる状況での魔術行使は『神秘の隠匿』を冒すおそれがあることに留意されたい」

 裏を返せば、『人目に配慮すれば昼間の山中で戦闘が起きても直ちには規制しない』という宣言である。そもそも国東半島全域において積極的に『神秘の隠匿違反』を取り締まるほどの人員は、聖堂教会から派遣されていないのであり、専ら教会側の都合ではある。これもまた、いずれの陣営にとっても許容できる範囲での『規制緩和』であるから、何の返答もない。

 加えて、実の所、『山中・林中であれば日中奇襲が可能』となれば、優位に立つのはこれまた 弓騎士(アーチャー)を擁するイン=アインツベルン陣営なのだ。

「さて、特に異議がないのならば。霊基盤に拠る限り、参戦するサーヴァントは六騎、これ以上は増加しない。これより国東における亜種聖杯戦争……」

そこまで綺礼が述べた時、突然背後に気配が出現した。

「ちと待ちよ。あんた、参戦側じゃろうが。何、中立ヅラしちょるんじゃ」

結界は破られていない。他の使い魔にも異動はない。しかし、それは突然現れた。

 風采のあがらない中年男がそこにいた。伸ばしてあるとも剃っているとも言い難い無精髭、丁髷というにも半端な長さで束ねられた髪、離れた細い両目、通ってない鼻筋、さほど高くない背丈。にも関わらず、その纏う威圧感だけはその存在が見かけ通りのものでないことを示していた。

 そもそも、結界を『破る』のではなく『発動させていない』時点で、只人どころか単なる魔術師でもないことは明らかなのだ。

「サーヴァントか!」

 綺礼は反射的に飛び退き、距離をとる。

 結界を無視するほどの【気配遮断】を可能にする職能(クラス)暗殺者( アサシン)しかないはずで、それはイン=アインツベルン陣営に在るはずだ。しかし、眼前の男は当然彼の殺人鬼と同一ではありえない。

召喚主(マスター)達よ、このにサーヴァントを遣わした者は誰だ!」

 しかし眼前の男は余裕の表情。

「語るに落つるのお、偽監督役。監督役っちゅうなら、ここは当然『暗殺者のサーヴァント』を疑う所。それを疑わんっちことは……『他に暗殺者のサーヴァントを知っちょる』ち事じゃねえか。参戦者じゃっち何よりの証拠じゃあ」

 先程まで特段動きの無かった使い魔達にも、動きが出始めた。魔力の記録(ログ)を取り始めるもの、牽制のつもりか飛び回り始めるもの、そして『説明しろ! 説明しろ!』と単純な声を発するもの。

「言峰神父、私どもが」

 聖堂教会員たちもまた黒鍵(こっけん)を構える。――それは代行者に使用を許された、刀剣様の戦闘用魔術礼装であり、それを振るう彼ら自身代行者か代行者に匹敵する戦闘要員であることを示す。だが、言峰はそれを制止した。

「無駄だ。我々だけでどうにか出来る相手ではない」

 単なる霊体であればこの場の教会員でも黒鍵と洗礼詠唱で対処出来るだろう。だが、サーヴァントは単なる霊体ではないのだ。

 しかし、最早このサーヴァントを排除する以外この場を収拾する方法はない。そして排除するための方法はただ一つ。

「令呪を以て――」

 自分もサーヴァントを呼び対抗するしかない。参戦者であることは最早暴露されたも同然であるから、躊躇う場合ではない。

 意外な返答があった。

「一画無駄になるぞ! 呼ぶんなら、儂は【真名看破】を使うち、お前んサーヴァントの名を此処に居る全てん使い魔に告ぐる!」

「――【真名看破】だと?」

 それは裁定者(ルーラー)にのみ許された最高特権。監督役にすら許されない、無条件で真名を見破る力である。

「如何にも儂ぁ裁定者じゃ。召喚主は居らん。陣営が真っ二つに分かれちょるけん、真に中立の審判が必要じゃと、聖杯が儂を此処に招いたんじゃ」

 そして、そのように顕れる裁定者は、聖杯にかける願いを持たぬサーヴァントである。

「では、……貴方も聖人なのか」

 綺礼の問いに、裁定者はまんざらでもない様子で答える。

「聖人じゃあねえけどな、殉教者の端くれではあるわな。此処の」

「此処の?」

「裁定者は名乗っても良かろうよ。ペトロ岐部、()活水(かすい)と言う」

 それはこの公園に名を冠された殉教者。この地に生まれ、ゴアからローマまで徒歩で至り、聖職となって後禁教中の日本に潜入し、ついに教えを棄てぬまま死した男である。

「裁定者として、お前が先程決めた規則(ルール)は引き継いじゃる。ただ、お前は参戦者じゃ。霊基盤を置いち、此処を去れ」

 最早、いずれに正統性があるかは明らかだ。使い魔からさえ『去れ! 去れ!』と言うものがある。恐らくは、(くぬぎ)家かそれに与する者の使い魔なのだろう。

「ひとまず退くぞ」

 努めて平静の声色を作るようにして、綺礼は左右の教会員に告げた。

「しかし、上からの命令は」

「そのままでは既に続行不可能だ。伺いを立てることになろうが、可能な範囲だけで続ける他あるまい」

『監督役の中立性』が偽りであると暴かれた以上、例え裁定者を退けて監督役を続けたとしても、「中立を装ってイン=アインツベルン陣営と裏で結託する」という方針は貫徹できないのだ。

「裁定者とて、我らと同じ神を奉じた殉教者だ。裁定に従う分には不公正なことは為されまい」

 綺礼は、懐から霊基盤を取り出し、演壇に置く。

「分かりゃあそれでええ」

 裁定者は余裕の表情でそれを受け取る。聖堂教会、いや綺礼としては、この場の『敗北』は受け止める他ない。

「おうそうじゃ、召喚主以外の聖堂教会員は、『監督役』の補助ん為に来たはずじゃろ? 召喚主以外は此処に留まっち手伝うてくれんかな?」

「それは……」

 教会員たちも言いよどむ。

「任務の範囲外だ。上に聞かねば何とも答えようがない」

 すかさず綺礼は言葉を挟んだ。

立ち去り際、足を止めて綺礼は言った。

「裁定者。次は聖杯の前でお会いしましょう」

 睨みつける視線を、軽くあしらうようにして、裁定者は応えた。

「そん前にルール破りとかが無けりゃあな」

 綺礼と教会員達が部屋を去ると、使い魔達も或いは機能を止め、或いは立ち去って行った。残されたのは、裁定者ただ一騎である。

 

 ※ ※ ※

 

 イン=アインツベルン陣営が本拠とする日出町の古民家で、フラウフェルと間桐(まとう)鶴野は、使い魔の眼を通して事の成り行きを見ていた。

「……これはどういう事だ」

 鶴野は顔をしかめてフラウフェルを見やる。

「そういう事カ。裁定者(ルーラー)が既に出現しているかラ、聖ゲオルギオス(ライダー)は裁定者としては召喚し得なかっタ」

 その表情に動きはない。相変わらず白磁の人形のようだ。

「そうじゃない。お前と聖堂教会が結託していて勝利疑いなし、という話じゃなかったのか」

「結託はするトモ。依然としてナ。ただ、聖堂教会からの裏工作が困難になっただけダ。それとも、間桐は裏工作がなければ戦えないのカ?」

 そう言われれば鶴野としても返す言葉がない。間桐の歴代に比べれば出来が悪いと自認しながら、没落を悟りながらも、そう言われてなお抗議するほど恥知らずでもない。

「どうであれ僕ら(サーヴァント)のやるべきことに変わりはない。戦って聖杯を勝ち取るだけさ。そうだろう、召喚主たち?」

 弓騎士(アーチャー)・ダビデが言う。その表情は晴れやかだ。

「簡単に言ってくれる」

 鶴野は憮然とした表情で応えた。英霊ならざる人の身としては、ましてさほど魔術の達人でもない身としては、出来ることなら安全策を取りたいのだ。その気持ちすら、否定されたように感じる。

「ユダヤの王様の言う通りよ。どうせその内わかることなのだし、寧ろせいせいしたわ」

 暗殺者(アサシン)・エルジェーベトが軽口でそれに応じる。その表情は、仮面で詳らかに出来ない。

「ところで聖人様。貴方、まさかこうなると知ってて黙ってた訳じゃないでしょうね?」

「知りませんよ。分かりようがない」

 騎行者(ライダー)・ゲオルギウスは暗殺者の方を見ずに答えた。少し眉をしかめているように見える。

「ただ、『我が召喚主はこういう事態も想定しておくべきだった』とは思いますがね」

 確かに騎行者は同行を志願していた。同行していれば、或いは裁定者に対処できたかも知れないのだ。

「少し、静かにしてくれ」

 鶴野は周りのサーヴァントたちに告げた。そして霊薬を溶かしたワインを口に含んだ。精神を落ち着けねば、明日からの戦場に立つ気力も削がれるように思えたからだ。

 

 ※ ※ ※

 

「聖堂教会まで抱き込んでるとは。何でもアリだな、冬木の御三家は」

 国東町外れの庵で、藤谷水面(みなも)は呟いた。戦いの前にそれが露呈したのは幸いだが、何とも頭の痛くなる状況だ。

「戦は戦いの前から始まっている。その点では寿永の昔(源平合戦)も今も変わりないものですなあ。寧ろこれでこそ合戦というもの」

 槍騎士(ランサー)・武蔵坊弁慶はその巨体を揺らすようにして、陽気に言った。むしろ陽気に過ぎるようにも聞こえる。

「なあ槍騎士……愉しいか?」

 であるから、水面は咄嗟に聞き返した。

「いいえ? 拙僧とて戦が恐ろしいことくらいあり申す。ただ、震えてばかりでは 弁慶の名(・・・・)が廃りましょうから、努めて笑うようにしておるのですよ」

 そう言うなり、槍騎士は水面の頬を摘まんだ。

「ほれ、召喚主殿も、も少し笑われよ。笑えば勇気も出ましょうぞ」

「って痛い痛い! そんなに引っ張るな!」

「おお、これは失敬」

 槍騎士は咄嗟に手を離す。二人の背丈は親子ほどに差があるので、水面は少しよろめいた。

「ですが、先程よりはいい感じの顔になりましたな」

「そうか?」

「そうですとも。緩みすぎも良くないですが、緊張し過ぎも宜しくない。ここももう、戦場なのですから」

 そう、もう既に聖杯戦争は始まっている。理屈の上では今すぐ奇襲されても異を唱えることは出来ないのだ。

「……そうだな。僕ももう少し礼装の支度をしよう。作業に魔力を回したい。暫く霊体化してくれ」

「承知」

 槍騎士の気配が消える。尤も、実体を消しただけであって、サーヴァントの霊体は変わらずそこにあるはずだ。

「さて……」

 水面は硯に霊水を入れ、墨を摺り始めた。集中を保ち、筆に向かう。それが彼なりの魔術礼装調整作業である。

 

 ※ ※ ※

 

 その頃、水面の居る庵とは別の、椚家の常の庫裏に(くぬぎ) 紅葉(くれは)は居る。

「何なんあの裁定者! どうせならもうちょっと聖堂教会のおっさんに喋らせればええのに!」

「それじゃこっちが有利になり過ぎるからじゃねえの?」

 顔を真っ赤にして苛立ちを露わにする紅葉に比べると、狂戦士(バーサーカー)・坂田金時は冷静だ。

「いいかい嬢ちゃん、そもそもあの裁定者がしゃしゃり出て来なかったら、この戦争のルールは言峰何とかいう『聖堂教会の男』が決めてたんだぜ? アイツがルールブックなら、そりゃあアイツと他の陣営が組んで何かしでかしても『合法』になってただろうさ。どっちかって言やあ、俺たちの方が裁定者に助けられたんだ」

「そりゃそうやろうけど……」

「俺っちの戦は、ああいや熊と相撲する話じゃなくて都での話だが、大体『鬼』が相手でな。そりゃもうルール無用、あっちがこっちを誑かせばこっちもあっちに毒を盛るってえ代物だったわけよ。……それを思えば、目に見える形で戦いのルールがあるだけマシってもんだぜ」

 紅葉が上目遣いで狂戦士の顔を見ると、語り始めよりも少しばつが悪そうに見えた。

「それよりな、言峰とかいう奴、ありゃあ多分強いぜ」

「強い?」

 あからさまな話題転換だ。余程ばつが悪かったのだろう。だが、意外な言葉だった。英霊から見て人間が、強い?

「英霊よりも?」

「そういう意味じゃねえけどな。並大抵の人間なら、いきなり知らない男に乱入されて『お前の仕事はここまでだ、出て行け』と言われちゃあ、後先考えずに抵抗するわな。それをこの男はギリギリの所で避けた。自分の力量と相手の実力を量って、今は敵う手段が無いとみて退いたんだ。こういう切り替えが出来る奴は、きっと強い」

「ふうん……そういうもんかねえ」

 頭に上った血も降りたように紅葉が言う。

「そういうもんさ。大体な、知らねえ奴は強敵だと構えておくぐらいで丁度いいんだぜ」

「まあそういうことなら……今は寝ちょこうえ」

「寝るんかい」

 思わず狂戦士も気の抜けた声を挙げる。

「もう夜更けを過ぎちょる。今から敵を探してん、夜明けまでに見つけきりゃせんわ。あんたも霊体化して、魔力回復しちょき。明日の昼間から『下見』するけん」

 紅葉は言うなり、布団も敷かずに眼を閉じた。魔術的な自己暗示もあるのか、そのまま眠りに落ちたように見える。

 

 ※ ※ ※

 

「……成った!」

 薄暗い寺の本堂。泰雪(たいせつ)の笑い顔が灯に照らされて浮かび上がる。

「何が成ったのです?」

傍らに立つ剣騎士(セイバー)・立花宗茂が問い返す。

「七騎のサーヴァントが揃ったのですぞ、剣騎士」

「それが?」

 大笑する泰雪の姿と対照的に、剣騎士は落ち着いた顔をしている。

「六騎で相争うよりも確実に、『願い』を叶えられるということです。聖杯に宿る魂の数が上がりますからな」

 泰雪としては笑わずには居られない。『亜種聖杯戦争で「裁定者を含む七騎」を顕現させる』、その状況を作るためにこれまでの全てがあったのだから。

 遠坂に聖杯戦争の詳細を訪ねる体で『国東にて大規模な亜種聖杯戦争が起きる』という情報を敢えて流す。遠坂はこのことを『冬の城』や教会に話すであろうから、冬木側三家と聖堂教会で一の陣営が出来る。それを梃子(てこ)に国東(ゆかり)の魔術師三家を束ね、もう一つの陣営とする。斯くして『聖杯戦争が二陣営に割れ、かつ公平な監督役が不在である』状況を設け、裁定者の降臨を誘発したのだ。

「ふむ……つまり召喚主は、あの裁定者をも斬ることを望むと?」

「応よ。剣騎士なら容易いことでありましょう?」

「戦う甲斐のある相手なら良いがな……岐部の一門衆ではあるようだが、切支丹(キリシタン)の坊主でしょう?」

「そう甘く見たものでもありますまい。島原の戦をお忘れか。いざとなればあれだけ死に物狂いになる切支丹が、今や世界に満ちておるのです。それらから信奉を集めれば、例え生身では坊主相応の者でしかなくとも、サーヴァントとしては無類の強さに成りかねません」

 要は、教会の魔術基盤に存在を支えられた裁定者は、知名度補正も強く働くはずだ、と泰雪は言うのである。

「……島原は気に喰わぬ戦いだったが、一理あるな」

 顔をしかめながらも、剣騎士は頷く。

「いずれのサーヴァントと戦うとしても、必ずや剣騎士が力を振るうに足りる相手でありましょうぞ」

「期待していますよ。召喚主が私をどう使うかにも」

 実際の所、泰雪は剣騎士……立花宗茂が苦戦するとは微塵も考えていない。顕れた裁定者もまた国東所縁の者であったのは少し意外ではあったが、こと舞台が国東であり戦いが亜種聖杯戦争である限り、この剣騎士に勝る英霊など居ようはずがないのだ。

(問題は……確かに殿の言う通り、儂が令呪抜きで如何に殿を使いこなせるか、だ)

 願いを叶えるだけならサーヴァント六騎の魂でも充分だ。しかし、それでは泰雪が悲願とする、『根源への孔を穿つ』ことには足りない。根源を得るには七騎の魂、或いはそれに匹敵する魔力が必要であり、そのためにはこの剣騎士にも最後は自害させる他ない。それも、ある程度の抵抗を見越すならば複数画の令呪が必要になろう。

(いや……その程度、成し遂げてみせる)

 いつしか笑い顔も消え、泰雪の口も引き締まる。

 目を閉じると、言峰綺礼らの乗る自動車が視界に入る。あの場に居た泰雪の使い魔は、そのまま綺礼の追跡に移ったのだ。綺礼が冬木側の魔術師と合流するならば、その本拠地を明らかに出来るだろうから。

 戦争である以上、出来ることは全てやる。それが泰雪のこの戦いに対する態度である。

 そう、戦争を始めた以上、勝つ以外の退路はないのだ。




新サーヴァント便概

裁定者・ペトロ岐部活水:
・属性:中立・善/人
・能力値:筋力C/耐久D/敏捷A/魔力B/幸運E/宝具B++
・クラススキル:耐魔力C/真名看破B/神盟裁決B
・個別スキル:聖人E/魔術(水)C/■■■■■B/■■■■B++
・宝具《■■■■■■■■■》C/対自己宝具/レンジ0~40000
・宝具《■■■■■■■》B++/レンジ1~100/対軍(対自己)宝具
・国東のキリシタンを奉じる豪族の家に生まれ、没落した家を出て修道に入り、追放によりゴヤに移りなお修道を続け、そこで西洋人の偏見により司祭叙任の道が絶たれていると知るや……彼は、ローマへの直訴の旅に出た。ゴヤから徒歩で。
・イスラム教圏を突っ切って現れた日本人修道士に、流石に仰天したローマ当局は、特進的に司祭の位を与えた。
・やがて彼は半ば強引に日本に出航し、漂着者になりすまして上陸に成功するや、九州から東北まで巡回し布教に勤しんだ。徒歩で。
・捕らえられ拷問にかけられても決して棄教することなく、絶命のときまで左右の信者を励ましていたという。
『岐部ペイトロは転ばず候』。困難な時代にあって(特段期待されてなかったらしい)彼が棄教せずに殉教したことは、同時代の教会にとっても慰めになったようだ。
・見栄えがよくないのは仕様です。(驚愕すべき履歴の割に教会に期待されてないのは見栄えが良くなかったのでは? と推測されている)

登場人物便概

言峰綺礼:
結果的にサーヴァント相手に単騎で対峙することになり、当初の目的である『表向き裁定役を勤めつつ裏でイン=アインツベルン陣営と結託してその戦闘を優位に導く』任務は頓挫した。いいとこ無しである。
原作キャラがオリ鯖と対峙して『いいとこ無し』ではアレなので、金時の口からフォローはさせたつもり。

名無しの聖堂教会員:
理屈上は、原作にもこういう人が居るはずなんですよね、事態揉み消しとか連絡とかの為に。描写されてないだけで。

間桐鶴野:
ワインを口にさせるノルマクリア(……ノルマ?)。
別に霊薬の基材なので水でも茶でも何でもいいはずなのだが、そこでワインを選ぶ辺りに(生育歴の関係で口調や思考は違っても)根本的には原典世界の鶴野と同じ人物なのだ、という雰囲気を盛り込んでみたつもり。

フラウフェル・イン=アインツベルン:
特に能動的な動きはない。
本来ゲオルギウスをルーラーで召喚するつもりであったことが判明した。

藤谷水面:
開戦を前に笑う槍騎士を見て戸惑いながらも、魔術礼装の調整を始める。
筆と硯で作る魔術礼装って何よ、については追々描写する予定ですが、ぶっちゃけ護符よね。

椚紅葉:
狂戦士と言峰神父について暫く談義した後、寝始めた。
まあ、即座に戦闘する気がないなら魔力の節約も大事よね。

椚泰雪:
六騎ではなく『七騎』集める陰謀が成就したとほくそ笑む。そして言峰の追尾を使い魔に行わせる。
この使い魔がどうなったのかは次の話で描写される予定です。
===
さて、オリジナルサーヴァント一体追加です。『七騎!? 亜種聖杯戦争で七騎ナンデ!?』という辺りはこの物語の構想に深く関わることであり、本話を含めた本編中で解説して参りますので、どうか御一読の上で判断頂ければ。
これにて序章は完了。いよいよ第一章からは聖杯戦争が始まります。多分来週末か再来週末に。

このシリーズはpawooで連載→pixivに掲載→加筆修正のうえハーメルンに掲載の順に展開しております。

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