国東聖杯戦争   作:歩弥丸

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斯くして、国東における聖杯戦争の開始は告げられた。
椚紅葉は、そのサーヴァントである狂戦士・坂田金時と共に、敵の本拠地を求めるべく、言峰神父の足跡を追って東国東郡内を歩く。
そんな感じの亜種聖杯戦争の物語です。

ぶっちゃけると、オリキャラ魔術師とゴールデン氏との関係性掘り下げ回です。


第一章『緒戦』
第一章 第一節『椚紅葉の探索』


 ――金色の野原の夢を見た。

 嶮しい山々に囲まれた、秋の(すすき)の野原を、鳥獣たちが行進する夢だ。

 野犬、猿、狼、雉、鶉、鹿、猪、雀、烏、兎、蛇、蜥蜴。

 本来なら食物連鎖の中で食い合う関係になるであろう生き物も、そのようなことは知ったことではないと言わんばかりに、大人しく行軍に従っている。

 一面の野原に獣の行進。

 その先頭には、一頭の大きな熊。そして、その上にただ一人の人間。それは背丈や手足の付き方としては童子の姿でありながら筋骨隆々、大人の(きこり)が持つような(まさかり)を軽々と担ぐ。

 そう、この行軍の主は、ただ一人の人間の子供。それを人間と呼んで良ければ、の話だが。

「お前たち! 相撲しようぜ!」

 そう叫んで行軍を止めた、この小さな大将の顔を見れば、金髪碧眼の――

 

 ※ ※ ※

 

「って何で 狂戦士(バーサーカー)なーん!?」

 (くぬぎ) 紅葉(くれは)は叫びながら飛び起きた。

「そこは普通金太郎が出てくる所やん!? ……ってまあ、アイツも金太郎やったわ……」

「おぅ何だ嬢ちゃん、朝から騒がしいな」

 ぬっ、と紅葉の視界を覆い尽くすように現界したのは件の狂戦士・坂田金時だ。

「近えちゃ! もう少し退がりよ!」

「悪い悪い。……俺も少しばかり夢見が悪くてな」

「夢見が……悪い?」

 サーヴァントは仮初めの肉体を以て実体化可能であるとはいえ、基本的には霊体だ。生身の人間と同様の意味での睡眠は、必ずしも必要としない。『魔力の消耗を抑え回復させるために、現界を解き機能を休止させる』ことを睡眠相当の事柄と言うことはできるが、それとて人間と同じように レム睡眠に陥る(夢を見る)訳ではない。

 それが夢を見たというのなら、意味する所は一つである。

「……じゃあさっきのは……あんたと精神が同調したん?」

「そういうことなんだろうな、さっきの叫び声からすりゃあ……全く、ガキの頃の事なんざ、余り他人様に見られてぇもんじゃねえのによ」

 狂戦士は、顔を少し赤らめて視線を逸らす。

「いやいや、あんたほど『子供の頃』が知られちょる英雄っち、そげえ居らんで?」

「金時より金太郎の方が有名、ってか?」

 確かにそうだ、と紅葉は思う。足柄山で動物を引き連れ武芸の稽古に勤しむ『金太郎』の物語は、絵本でも、アニメでも、パロディとしての漫画やゲームでまでも繰り返し繰り返し見てきた。しかし、物語の最後に『都の武人・源頼光に見いだされて出世しましたとさ』と、その出世自体を『めでたしめでたし』とした後、成人した坂田金時のことは、今回の召喚に先立つ聖遺物購入交渉までは、紅葉自身も深く考えたことはなかった。

「そう……かも知れんわ」

「別にそれがいけねえって言いたいわけでもねえんだけどな、『獣の中で育った』てえのは、やっぱ『人間として育ってねえ』というのと裏表なんだよな。都に行って『人間』に会うと、どうしても手前がどんだけ『人間』と育って来なかったか意識しちまう。そういう意味じゃあ、まあ、それほど自慢したい生まれ育ちでもねえんだよ」

「ふうん……でも、羨ましいで」

「羨ましい?」

「あげな見事な野原は、国東にも無えっちゃ。それだけでん、羨ましい」

 紅葉は狂戦士の目を見上げた。吸い込まれるような碧眼。

「……そういう見方も、あるのかねえ」

「でも……あの野原、どこなん?」

「アァ!?」

 反射的に語気を強めた狂戦士の反応に、紅葉は思わず仰け反る。

「だってほら、『 足柄(あしがら)山』やないん……」

「……ああ、嬢ちゃん、アンタ本当に関東の地理を知らねえのな」

「悪いなあ」

 そもそも、彼女にとって、関東は高校の修学旅行で形だけ東京旅行をした程度なのだ。

「あのな、『足柄山』って名前の特定の山は無えんだ。 箱根(はこね)の山々のうち、北側の外輪山をまとめて『足柄』ってんだ。ギザギザした感じの山、無かったか?」

「……そういや、 阿蘇(あそ)ん山みたいなのがあった気がするわ」

 だから、九州の地理に置き換えて理解したとしても責めることはできないだろう。

「多分ソイツだよ。で、野原ってえのは、今で言う『[[rb: 仙石 >せんごく]]原』だな。要は、箱根の山の北半分くらいは俺っちの庭だった、ってワケよ」

 いつしか怒気も収まって、狂戦士の顔もどこか穏やかに見える。

「ふうん……あんた、何だかんだ言うてん、『故郷』好きなんやな?」

「そんなんじゃねえよ。俺ァただ、嬢ちゃんが余りに物を知らねえから……」

「じゃあ、御飯食べたら出るけんな。あんたは霊体化しちょき」

「いいや。俺も このまま(実体化して)付いていくぜ」

 即答。予想外の返答であった。霊体として随行しようが実体として随行しようが、サーヴァント側の知覚が働いているには違いないはずなのだ。

「……何でまた」

「そりゃあな、戦場の下見って事なら、五感全部使いてえじゃねえか。霊視だけじゃあ、イマイチ『見た』気がしねえ」

 要は、狂戦士の気分の問題なのだろう、と紅葉は承知した。霊体化させておくより魔力消費は増すが、狂戦士を『納得』させられるなら、引き合う負担だと割り切った。

「……ならいいわ。実体のまま連れて行くけん、何か『服』着ちょくれ」

「ああ、洋服な。何かあるのかよ」

「父ちゃんの昔ので良けりゃ、隣ん押入にあるけん」

 そう聞くや、狂戦士は押入の中をかき回し始めた。ああでもないこうでもない、と服を片っ端から押入の外に放り投げていく。

「ちょっと! 後で片づける身にもなりよ!」

「おう、済まねぇな。なかなかピンと来るのが無くてな……」

 もう十年以上前に亡くなった紅葉の父は、当時としてはかなり大柄な人物だった。『何が白縫の魔術の縁を持っているか分からない』という理由で、椚和尚が極力その遺品を処分させなかったので、今こうやって、金時に服をあてがうことも出来るのであるが。

「このシャツイケてるな! ……後はこのスラックスと……アクセサリも使っていいか?」

「……好きにしよ……」

 サーヴァントは召喚される時点についての適応性を『座』から授かるのだという。よってシャツだのスラックスだのという概念を『知っている』ことはおかしくはないのだが、それにしては、組み合わせが些か古いように、紅葉には思える。勿論九十年代の服は元よりこの押入には無いのだが。

「どうよこれ! イケてるだろう!」

 自信満々に着てきた組み合わせときたら、脚のラインにぴったり合わせた光沢のあるスラックスに、プリーツを強調して袖には余裕を持たせたシャツ。そこにゴールド調のアクセサリ。

「……どこんロカビリー歌手よ……」

 そもそも亡父がこの格好で出歩いてたことになるのだが、その点は紅葉も口には出さない。

 

 ※ ※ ※

 

 椚の寺域は集落からは外れた山腹にある。谷筋沿いに進むとやがて川の本流に出て、そのまま川沿いに東進すると鶴川や田深の町、要するに 国東(くにさき)町の中心部に出る。

 中心部と言ったところで、既に寂れつつある町であり、所々にシャッターが見えるような古い商店街だ。

「ここで良いのか?」

 狂戦士は眉を寄せ、言外に『人居ないじゃねえか』と言いたげな様子である。勿論、町役場もあり、開いた店もあるので、全く誰も居ないということは無いのだが。

「ええんよ。『神父』たちが海沿いに南に向うたんなら、 国東ん町(ここ)を通らんと、どこにも行ききらんはずよ」

 国見の方向から車で南行したのだとしたら、 岐部(きべ)の集落・記念公園から国東町中心部までは、国道でほぼ一本道だ。そこから安岐町中心部方面に向かうにせよ、空港方面に向かうにせよ、はたまた――そのような痕跡は見当たらないのでまず有り得ないが――川沿いに両子山方向に向かうにせよ、一旦は国東町中心部を通っている蓋然性が高いのだ。

 ここである「仕掛け」をして、併せて言峰たちの昨夜の動向を調べ、あわよくば痕跡を追跡する。それが紅葉の狙いである。

「ああ狂戦士、あんたは『眼鏡』しちょきよ」

「おう、そうだったな」

 狂戦士の眼は碧い。その点を紅葉が問い質すと『よく覚えてねェ』とはぐらかされたのだが、それは恐らく、ある種の魔眼か浄眼なのだろう。英霊として読みとれる 能力(ステータス)には特段の記載がないのだが、下手をしたら、常人相手であれば一睨みするだけでも影響のある代物かも知れない。『眼が目立ちすぎるから変装しろ』と言って、父の遺品の魔眼封じのサングラスを持たせたのだ。

 ……目立つ目立たないで言えば逆に目立つような気もしないではない。

「おや、椚さん所ん……紅葉ちゃんじゃねえかえ」

 町の老人が声をかけてきた。

「久しぶり、ばあちゃん。こっちは今、宿坊観光に来ちょる日系アメリカ人の、ゴールデン・サカタさん」

「ヘーイ! ナイステュミーチュー!」

『一般人から声を掛けられたら外国人のふりをしろ』、というのも実体化させる上での条件なのであった。

「こらまた随分派手やなあ。こげな衆も仏さん拝むんやなあ?」

「ザッツライ! アメリカ今ブッディズムブーム!」

 サカタ――狂戦士の演技をさほど気にも止めず、老人は紅葉に話しかけた。

「で? 紅葉ちゃん、最近和尚さん見かけんけど、元気しちょるかえ?」

「お陰様で。ちいと 勤行(ごんぎょう)が詰まっちょるだけで、ピンピンしちょるわ」

「勤行っち、 鬼会(おにえ)ん勤行かえ」

「それウチん祭りやねえよ。加勢はしちょるけどな?」

 取り留めのない世間話が続く。そもそも世間話とはそうしたものだし、老人相手なら尚のことだ。

「オニエ? オーガ・フェスタ?」

 そうは分かっていても暇だったのか、はたまた何か感じるところがあったのか、狂戦士が合いの手を入れた。

「どっちかっち言うと……『スピリッツ・フェスタ』かなあ? 怖え鬼、ち言うより、精霊の類なんよ」

「サカタさん……じゃったかな。国東じゃあ昔から、鬼と一緒に暮らしち来ちょったんよ。今じゃそうそう鬼も出て来んけど、『居る』ように迎えちお祀りするんじゃ」

 紅葉と老人は相次いで言葉を継いだ。国東で言う鬼は退治される存在ではない。それが彼女らの言わんとするところであった。

「オーゥ……ジャパニーズ・ファンタジー……」

 狂戦士は大仰に肩をすくめてみせる。

「――ところで婆ちゃん」

 何気ない会話の中で、密かに魔術回路を起こす。その 心象(イメージ)は術者によって違いがあるが、紅葉は『ゲーム機のカートリッジを差し替える』心象である。常人の精神性のカートリッジを、魔術師としてのそれに差し替えるのだ。

「昨日の夜、このあたりを黒塗りの車が通らんかった?」

 言葉をかけながら、自分の手を弄るように見える。その実、それは手印・サインなどと呼ばれる魔術的動作であり、発語によらず 一小節(シングルアクション)相当の魔術を喚起する手法なのであった。

「さあ。昨日の夜はテレビ見て寝たけん、外ん事は、よう知らんなあ」

「寝たのは何時頃?」

「夜のニュースの後じゃから、十時頃じゃろ」

 この老婆には見えていないだろうが、先程の魔術により、紅葉には精神の精霊が見えている。或いは、精霊に準えた形で老婆の精神が具象化して見える。その精霊も、老婆の発言を態度で肯定した。

「――そう、ありがとう。怪しい車がおるけん、気い付けてな」

 更にサインを一小節、老婆の精霊の精霊に仕込んで、別れを告げた。

 

 ※ ※ ※

 

 そのようなことを数人繰り返して、しかし特段の目撃情報は得られなかった。そのまま国道を南に歩いて、二人は国東の町を、 武蔵(むさし)町や 安岐(あき)町の方向に向かって立ち去る。

「今ので良かったのか?」

 ポケットに手を入れて歩きながら、狂戦士が疑問を示した。上背のある大男がそんな態度を取るので、猫背のようにも見える。

「そもそも昨日の神父がどこに向かったかなんて、その辺の爺さん婆さんに聞いて意味があるのか? 何か魔術を仕込んでたみてえだが……」

「ええんよ。元々、爺さんたちが見ちょったとは思うちょらん。『余所者への警戒心』を呼び起こすのが、目的やけん」

 紅葉は答えた。狂戦士がやや背をかがめていてもなお、その目線の差は大きい。

「警戒心?」

 なので、問い返す狂戦士は、自然と紅葉の顔を覗き込む格好になった。

「明らかに不審な余所者、例えば敵の魔術師を見たときに『警戒心』を引き金にして、あん婆ちゃんたちの精神の精霊が暴れる――狂乱するよう仕込んだんよ」

「なんでまた、そんなことを」

「狂乱は精神の精霊が一番激しく動いちょる状態やけん、『魅了』や『精神操作』をされるリスクが下がるんよ。勿論、『仕込んだ魔術』が発動すれば、あたしにも分かるし、駆けつけることだってしきる」

 狂戦士は、ポケットから手を出し、腕組みをして考え込む。無論、足を止める訳ではない。

「分からねえな」

「何がよ」

 紅葉は横目で狂戦士の目を睨む。

「駆けつける義理が、あるのかね? 嬢ちゃん、アンタだって魔術師だろ? 町の人からすりゃあ、『異物』って事じゃあ、余所の魔術師もアンタも大差ねえんだぜ?」

「出掛ける前、『物を知らん』ち言ったやん? 確かにあたしは、ほとんど こん半島(国東)しか知らん」

 紅葉は言って、足下に目を落とす。

「小学校も中学校も、高校もこん辺り。寺のお勤めも魔術の修行も、せいぜい行って 宇佐(うさ)あたりまで。一番遠くまで行ったんが高校の修学旅行で、次が中学の修学旅行、そん次はアンタを召喚するための『買い物旅行』よ」

「あ、いや、それが悪いって意味じゃなかったんだが……」

「少しでもよそを見れば、こん町に『無い』ものが多いことくらい、わかる。それでん、あたしはこん町が好きなんよ。山と谷と海と、寂れた町しか無くても。爺ちゃんからも余所ん魔術師からも、守りたい」

 武蔵町から安岐町に抜ける国道は、空港整備に伴って比較的新しく作られたバイパスで、安岐の中心街は通らない。その、海沿いで田圃の中を貫く人気のない直線道路を、二人は歩いている。

「和尚からも、ね……その町に叩き出されることになっても、か?」

 狂戦士は険しい表情で言う。紅葉も口を尖らせて問い返す。

「どういう意味よ」

「俺ァな、京に上ってからは『鬼』や『妖怪変化』と戦ってきたが、まあ、人に成りすました『鬼』なんかも中には居たわけよ。そういう奴が正体割れたときの、京人の態度の変わり様といったら物凄いものだった。……そもそも『鬼』が人に害を為すから仕方ねえんだが」

「でも、人を喰らいたくない『鬼』だっておるやろ。国東ん『鬼』は、そんなんばっかりだって聞いちょるけど」

「まあ、そりゃあ居たんだろうけどな……」

 狂戦士は腕組みして、天を仰いだ。

「……それでも、人を害しちゃあお仕舞いなんだよ。そうなる前に、人じゃねえモノは、人から離れた方がいい」

 何か、遠くを見ているような視線だった。

「それは、経験談なん?」

 紅葉は反射的に尋ねた。

「そんな所だ。まあ、これ以上はナシだ。まだ探すモノがあるんだろ?」

 目線を地面に下ろして、狂戦士は答えた。紅葉は同じ様に地を見ながら、言葉を継ぐ。

「魔術の痕跡を探す。っち言うても、神父がそげな物残しちょるとも思えん。探すんは、爺ちゃんの使い魔が神父にやられた痕跡よ」

 日が、[[rb: 両子 >ふたご]]山の方向に傾き始めている。

「なんでやられたと断言できるんだ?」

「爺ちゃんなら絶対、神父の車をそのまま使い魔に追わせる。それで神父の本拠地を見つけたんなら、爺ちゃんは必ず私らも動員して、今夜の内にも攻め込もうとするはずよ。でも、爺ちゃんから、あたし達に今日今まで声は掛かっちょらん。つまり、本拠地を見つける前に使い魔は始末された、っち事や。国東ん街中には使い魔が消えた痕跡も、戦闘んための『人払いの結界が掛けられた』痕跡も無かった。街ん()が『昨夜の事を覚えちょる』のが証拠や」

「成程。で、どうするんだい」

「このまま国道沿いに南を調べるんよ。安岐町や杵築ん方向に行けば、国道沿いでん人家の少ねえ所があるけんな」

 言い終えると、紅葉は走り出した。山岳の修行で鍛えた脚力と魔術による身体強化は、並外れた速度と持久力をもたらす。

「っておいおい、それはそれで目立ちすぎるんじゃねぇのか?」

 狂戦士は慌ててその速さに合わせた。サーヴァントの身には特に苦になる走りではないが、常人から見れば並外れた光景には違いあるまい。

「だったらアンタだけ霊体化すれば? ゴールデンさん」

 結局、狂戦士は霊体化しないままそれに付き従った。

 

 ※ ※ ※

 

 空港を横目に安岐町を通り抜け、旧道との交差点や空港道路との交差点を過ぎ、杵築市側に入る頃には、日は暮れて薄暗くなっていた。

 人家の途切れる界隈で、紅葉は痕跡に気付いた。

「見つけた」

 辺りに羽根が散乱している。それを狂戦士は一枚拾い上げた。

「っていうか……鳩の羽根……だよな?」

 魔術の痕跡を捜そうとして見なければ、単に鳥が車に跳ねられて死んだようにしか見えないだろう。

「爺ちゃんの使い魔、のパーツや。 爺ちゃんの家(椚家)は使い魔に鳩を加工して使うっち聞いちょる。魔術の痕跡もある」

「ふうん……しかしタイヤ痕もねえぜ? 鳥を跳ねる要領で、車で跳ね壊して逃げただけか?」

「仮にも使い魔よ? そこまでトロくねえっちゃ。でも、爺ちゃんの魔術痕はあるけど、他の魔術痕が無え。恐らく、……あの神父が、車を止めずに飛び降りた。そんで、黒鍵も使わずに体術で使い魔を仕留めた」

 黒鍵も魔術礼装であるから、発動させれば魔術痕は残るものなのだ。

「それはそれで無理がねえか?」

「あの神父は手強えっち、自分で言うたやん?」

「だからそういう『手強さ』の話はしてねえって。しっかし、憶測だけじゃ偵察の成果も無えって事になるな……。事情聴取と洒落込むか」

 狂戦士は指笛を鳴らした。すると数匹の蝙蝠が現れた。

「なあお前ら、昨日の夜中に、ここで車から飛び降りるヤツを見なかったか?」

 そして蝙蝠に話しかける。その内の二匹ほどが反応した。

 動物と意志疎通を可能にする、【動物会話】。かつて幼い日の狂戦士――金太郎が箱根の動物たちを統べたことに由来する(スキル)である。

「聞くにしても、なんで蝙蝠なん?」

 紅葉の口にした疑問に狂戦士は邪険に応える。

「夜行性で夜目の利くヤツじゃねえと見てるわけねえだろ」

 そして蝙蝠の方に向き直る。

「車は止まらなかったんだな? 降りたのはソイツ一人か?」

 蝙蝠が頷いた――ように見えた。動物と意志疎通ができると言っても、動物の側が人語を発するようになるわけでも、狂戦士と 念話(テレパシー)を行うわけでもない。動物に合わせて、その動物が意志表示できるような尋ね方をしなければならない。

「降りたヤツは、鳩に黒鍵――ああ、分からねえな? 鋭い刃先のある物で斬りつけたのか?」

 蝙蝠は頷かない。否定したように見える。

「鉄砲……こう、弾が飛び出す道具を使ったのか?」

 否定。

「魔術……火の玉とか風の弾とかは使ったか?」

 否定。

「鳩を捕まえたのか?」

 否定。

「じゃあ、鳩に殴ったり蹴ったりしてたのか?」

 肯定。

「飛んでる鳩を殴ってバラバラにしたのか」

 肯定。

「ほら、あたしの言う通りやったやろ?」

 紅葉が口を挟む。

「まあ結果としちゃあそうなんだが、……確かにこの神父、凄腕だぜ」

「どういう事よ?」

「いいか、地面に立ってる人間の頬を思いっきり殴りゃあ、嬢ちゃんの力でも青タンぐらい出来るよな?」

「そげなん、青タンと言わさずぶっ飛ばすわ」

「ブッ飛ばすかどうかは置いといてだな。天井からぶら下がってるサンドバックを同じ力でブン殴ったとして、サンドバックの皮が一発で痛んだり破けたりするか?」

「……しきらんなあ……」

「それさ。地に着いてねえ相手は、『吹き飛ぶ』だけで簡単に力を逃がせるから、殴る蹴るじゃなかなかダメージ行かねえんだ。それを、飛んでる鳩を拳でバラバラにするってんだ。何かの技なのか、単純に拳速が凄まじいのか、どっちにしたって達人の域だぞ」

「拳だけで使い魔を排除しきる達人……」

「魔術を使うまでもねえのか、それとも魔術は不得手なのかは分からねえけどな。どっちにしても、嬢ちゃん達(魔術師)の考える『魔術戦』の常識が通じねえ相手には違いねえ」

 紅葉と狂戦士が言い合う間、所在なげに蝙蝠が木の枝に留まっている。

「おうそうだ。もう一つ肝心なことを聞かねえとな。その神父……鳩を壊した男はどっちに行った?」

 蝙蝠は反応しない。

「国道沿いに東に行ったのか?」

 反応しない。

「西北に戻ったのか?」

 反応しない。

「それとも、そっちの藪の中に突っ込んで行ったのか?」

 やはり反応しない。

「……見てねえのか」

 肯定。

「動きを止められたのか?」

 反応しない。

「怖かったのか?」

 肯定。

「要は、特に『戦いを見ているつもりでもなかった』蝙蝠でも怯えるほどの殺気、か」

「まあ、……言峰神父がヤベえ相手だ、っち事は分かった、か。出来れば爺ちゃんを出し抜けるくらいの情報が欲しかったんやけどなあ」

「相手の遣り口が分かっただけでも、偵察としちゃあ上々だろうよ」

 確かに、相手の戦術を垣間見ることが出来ただけでも成果ではある。いずれ言峰神父と一戦する際には幾らか有効だろう。しかし。

「……でも、これだけなら結局、爺ちゃんは知ってることなんよな……」

 鳩の使い魔を使役していた椚和尚は、当然言峰の拳に使い魔が破壊されるまでの過程を押さえているはずなのだ。

「だよなあ? まあ、『和尚が喋ってねえハズの事を知ってる』ってだけでも意味無えわけでもねえけどよ。……どうする? ダメもとでこの先に行くか?」

 暫くの沈黙。日の暮れた国道だが、集落から外れていて街灯は少ない。空港から別府方面に向かう車は 大分空港道路(高速)を通るので、車通りも少ない。(ふくろう)の声もする。

「……なあ、梟の方が蝙蝠よりは遠くに飛ぶよな? あの梟、呼びきる?」

 紅葉が先に口を開いた。

「そりゃあ呼べるけどよ、ただ呼んでも飛ばして戻らせてから今みてえに『話を訊く』格好になるぜ」

「いいけん、やりよ。考えがある」

 狂戦士が再び指笛を鳴らすと、蝙蝠は逃げ去り、やがて梟が枝に止まった。

「で、どうするんだ」

「あたしの視界をこん梟に乗せる」

「使い魔にするのか?」

「そこまで魔術儀式に時間取れんし。あたしは本当に『視界を乗せる』だけ。あとはあんたが【動物会話】で言うこと聞かせて、飛んで貰うってわけ」

 続けて、紅葉が数小節の呪文を唱えた。すると、糸のようなものが紅葉と梟の間に結ばれた。

「つっても、魔術でヒトの視界を乗せるのなら結局『人払いの結界』には引っかかりそうなもんだけどな」

「だから、『魔術ですらない』んよ。肉体的な視界を『糸』を通して共有しちょるだけ。多分人払いにもすぐには引っかからんはずよ。呪術に近い、っち言うたらピンと来る?」

「俺っちが生きてた頃の、陰陽師の術だの狐の化かしだの、そういう類のヤツか」

「厳密にはちょっと違うんやけど、まあ、追々ね」

 そうやって、梟を飛ばす。藪に向かわせるか国道に沿わせるかは一悶着あったのだが、結局国道沿いを飛ばすことに落ち着いた。

 

 安岐町から杵築市に向かう国道は、概ね海沿いを走っている。梟は、概ねその上を飛んだ。紅葉と狂戦士は、その進路の後を、国道をゆっくり歩いている。

「なかなか、目立ったもんはねえなあ……。杵築ん中心まで飛ばしたら、山側から引き上げさせるかなあ」

 そう独り言など言っていると、異変があった。

「ん? 女の子が出歩いちょる。中学生……くらいかな……?」

「そりゃ夜遊びに行くヤツくらい居るんじゃねえの?」

「杵築の街っち言うても、こんな時間に子供の遊ぶ場所なんかねえちゃ。塾帰りにしちゃ鞄も無えし……」

「で? そりゃ危ねえだろうけど、聖杯戦争と何か関係あると思うか?」

「分からんけど、梟の視界なのにはっきり見えんのと、他に人気がしねえのが気になる。……もう一人女が出てきた? もう少し近づけて見らんと……」

 唐突に、視界が切れた。

「結界や!」

 西洋魔術と違う原理で動かすため『人払いの結界』の影響を受けにくいと言っても、いつまでも影響を受けないわけではない。そして、そのことの意味することは一つ。

「敵だな?」

「うん。急ぐで」

 二人は足を早め、杵築に向かった。




登場人物便概
椚紅葉:
精神の精霊を使って町の老人たちの精神を操作し、また梟に何やら怪しげな感覚共有の術を使用した。型月世界観の精霊魔術の体系に「精神の精霊」というのが含まれるかどうかは怪しいのだが、まあ、そこは『国東の魔術は戦国時代に渡来した西洋魔術が「隠れ」たことで変化したもの』ということでお茶を濁しておきたい。

椚紅葉の父:
金時の洋装がこのひとの服の趣味であることが(この世界観においては)明らかになった……あ、あくまでもこの二次創作の世界観においては、なんだからね!
何らかの魔眼持ちであったようだが、この話には直接関係しない。

椚泰雪:
直接は登場していないが、前回追跡に出した使い魔がすでに破壊されていることが明らかになった。恐らく、今回紅葉と狂戦士が推察したような言峰の戦闘過程は、泰雪も『見て』いるはずである。
なお、泰雪が使役したのはあくまでも『鳩のパーツを用いて作成した鳩を模した使い魔』であり、鳩そのものを直接使い魔にしているわけではない。

言峰綺礼:
直接は登場していないが、前回の最後でつけられていた使い魔を、肉体言語で破壊したことが明らかになった。多分ワンインチパンチとか勁力とかそういう奴。

登場サーヴァント便概
狂戦士・坂田金時:
ここでFGO絵でお馴染みの格好になる。平安の英霊がいきなり洋装というのもどうかなあと思い、こういうワンクッションを挟んだ次第。
【動物会話】を、この作品では「動物と意志疎通が可能だが、動物の側が念話や人語を扱う訳ではない。動物から話を訊こうとするなら、ある程度動物の知性で応答可能な範囲で尋ねなければならない」ものとして解釈している。

===
次回は多分『杵築で吸血対象を物色している』陣営の物語。その後が戦闘になろうかと構想しています。

この作品は、pawooで随時連載→pixivに加筆掲載した後に転載しているものです。
続きが気になる方はpawoo上で『国東聖杯戦争』タグを検索してみてください。
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