「だれ・・・かぁ・・・・・・」
終わりの見えない暗闇を一人彷徨う。
どれだけ歩いても降り払えない、いくら求めても光りなんか見えない、孤独の闇。
怖い。寂しい。そんな感情のままに四肢を動かし、必死に独りぼっちから逃れる救いの手を求めた。
「っ・・・! 陸ちゃん!」
どのくらい走ったのか。その感覚すらも覚束ない中で遂に差し込んだ希望。
ぽう、と明るくなった場所で一人佇む少年の姿を見つけ、走る速度を上げては彼へと近づく。
「陸ちゃ――――――」
抱きつくように伸ばした腕が彼の身体に触れ―――一瞬の内にその温もりが消える。
「・・・え?」
確かにそこにいたはずなのに。彼に触れたその手が空を握った事を理解したその時にはその存在を想起させるものは何一つ残っていなかった。
「りく・・・・・・ちゃん・・・・・・?」
「・・・・・・」
急速に冴えていく意識のままに身体を起き上がらせ、最悪な気分のまま手に収めた白い短剣を見つめる。
ぼんやりとした光を点滅させるエボルトラスター。夢の中でこれを手にした日からずっとこの調子だ。
一体彼は―――ウルトラマンネクサスは自分に何を伝えようとしているのか。
「あ、やっと起きたかお前」
自身もねぼすけな事を棚に上げ、開いたドアの向こうがらから呆れ顔を覗かせてくる陸。
そうだ。家族までにも忘れられて拠り所のない千歌に彼が自宅の空いている部屋を貸してくれたため、今は陸と同居・・・という状態になっているのだった。
「陸ちゃん・・・? どうしたのなんかそわそわして」
「お前がずっと寝てるからだろ。いいからぱっぱと飯食ってくれ。行くところあるから」
千歌にもついてきて欲しい、ていうかついて来い。続けて陸はそう言う。
昨日妙にすっきりした表情で嫌いなはずのみかんを買って帰ってきた事と何か関係があるのだろうか。
「・・・何かあるの?」
「まぁ、な」
問い返してみれば、ここ最近すっと険しいままだった彼の表情が、言うなれば不敵に笑って見せていた。
「今のお前にとっちゃこれ以上ない吉報だよ」
「・・・・・・なるほど」
ひっそりと佇む廃アパート。メトロン星人ルイズの根城であるその建物で顔を突き合わせるのは、スライの催眠の影響を受けていない四人の地球人と宇宙人。
月の事、そして彼女の特殊な立ち位置故に僅かながらも千歌の事を覚えていた事、そしてそこから導き出した打開法。それらを全て話した。
「つまり、陸君には普段あれだけ可愛い女の子達に囲まれていきながらまだそんな特殊ポジションの隠しヒロインがいたと・・・、君ギャルゲーの主人公か何かなの?」
「そう言う話をしてるんじゃねーよアホ」
「じょーだん、冗談だよ。要するに記憶の特性を利用しようって事だろ?」
「構成要素の欠如か・・・確かにソレならどこかで綻びが出るね」
「・・・・・・全然分かんない・・・」
ルイズが感心したように首を振る中、ただ一人小難しい顔で目をぐるぐるさせている千歌。彼女にとっては容量オーバーの話だったらしい。
実際、陸も自分で気が付いたのではなく他者に説明されたた同じ事になっていただろうが。
「えっとまあ、千歌ちゃんにも分かりやすく説明するとね、記憶っていうのは必ずしも特定の事象同士が一対一で対応してる訳じゃないんだよ。何かの出来事が何かの出来事と、そしてそれもまた別の何かと繋がって出来ている。だからそのうちのいくつかを消しても必ずどこかで綻びが出るんだよ」
スライの性格上綻びが生じるのは好まないと思っていたが、オウガの言葉の通り実際にはそんな事は不可能。
だから奴がした事は綻びを全て消すことではなく、把握できる範囲で目立つ綻びを潰していっただけ。
スライとて全てを知り得ている訳ではない。月がそうであったように、必ずどこかで記憶の空白が生じているはずなのだ。
「・・・・・・まだよく分かんない・・・」
「う~ん・・・そうだなぁ・・・。まあ早い話、前にボクが君から曜ちゃんに関する記憶を奪った時みたいなことが起きてる訳。千歌ちゃんあの時、曜ちゃんの事は覚えてないはずなのに何故か違和感を感じたろ?」
「・・・つまり、記憶を変えられる前は当然だったことが急に当然じゃなくなると変な感じがするって事?」
「そ。その現象が今、他の皆に起きているかもって事。それでその歪みを大きくすることが出来れば皆の記憶を元に戻せるかも・・・って話、アンダスタン?」
オウガの説明でようやく話を理解したか、納得したように首を振り、ぱあぁとその表情を明るいものに染め上げていく千歌。
「・・・じゃあ、皆元に戻るかもしれないんだよね! また皆とAqoursでいられるんだよね!」
およそ数日ぶりに見せた彼女らしい明るい笑みに釣られ、陸とルイズが口元を綻ばせる。
こんな状況になった責任の一端は陸にもある。どうにかならないかと模索した甲斐があったか、笑顔は戻ったし、解決の糸口も―――、
「あー・・・それなんだけどね・・・」
少なからず全員が抱いていた緊張が緩み、前向きな空気が舞い降りる。
そんな空気に、会話には入ってこそいたものの、決して光明を見るような表情はしていなかったオウガが水を差した。
「・・・ボクもノリノリで解説しといてなんだけど、・・・・・・そう簡単にはいかないと思うよ」
「・・・・・・え?」
三人同時に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をオウガに向け、その言葉の真意を視線で問う
「あ、えっとね、勘違いしないで欲しいのは、陸君が見つけたその方法自体は有効ではあるんだ。・・・・・・ただ、かなりその場面が限られる」
『どういう事だ? ラッキョウ野郎が皆から千歌の存在や、俺や陸との記憶を抹消してるなら、必ず渡辺月のようにどこかで空白が生じる・・・・・・お前が言った事じゃねーか』
自ら陸の攻略法を解説した行動と矛盾する今の言葉にゼロも疑問を覚えたか、ウルティメイトブレスレットを介して声を発する。
そんなゼロに、オウガは苦々しい顔で返した。
「・・・・・・まあ、とにかく見てみれば分かると思うよ」
「――――――――なっ・・・・・・?」
オウガに連れられた先は、Aqoursの集会場所の一つでもあった松月。
道路脇から眺める店内で談笑するのは、曜、梨子、そして、˝どことなく千歌を思わせる、見知らぬ少女˝の三人だった。
「・・・・・・見ての通り、千歌ちゃんの記憶が消えた事で生じた穴は埋められてる・・・・・・アイツがスライの用意した千歌ちゃんの代わりなんだ」
「代わり・・・?」
「そ。多分スライには、その内君達があの打開策に辿り着く事は想定の範囲内だったんだと思う。だからこうして手を打っていた」
厳しいこと言っちゃうと、記憶の穴を利用するなんて一番最初に思いつく事だしね。と付け足しつつオウガは続ける。
「・・・ダークネスファイブには、彼等に使える五人の宇宙人部隊があったんだ。それがダークネスファイブ特戦隊。君達側に寝返ったカド―星人のボクに、メトロン星人のルイズ。君達が倒したゼットン星人、マグマ星人。そしてアイツが最後の一人―――ババルウ星人ゲルツ」
『ババルウ・・・・・・あの時のか・・・!』
まだ陸とゼロの関係が皆にバレる前の夏の日。ネクサスの光が目的か、スライが宇宙人を使役して千歌を狙った事があった。
その時送り込まれたうちの一体がババルウ星人。以前ゼロから聞いた話によれば、自由自在に姿を変えたり、その能力をコピーする力があるのだとか。
つまり奴は今その能力を利用して人間に化け、記憶が塗り替えられる前の千歌の立ち位置を演じているという事。
「繰り返すけど、決して陸君の見つけた方法が悪い訳じゃないんだ。ちゃんとこの状況でも通用する方法ではある。・・・・・・・・・けどゲルツがいる限り、千歌ちゃんとの記憶を利用して突破口をこじ開けるのは・・・・・・厳しいと思う」
重苦しいオウガの声に続き、松月の中から明るい笑い声が発生した。
曜の、梨子の、そしてゲルツとか言うババルウ星人が化けたニセモノの、本来は千歌であったはずの笑い声が。
「・・・・・・」
彼女につかの間の笑顔を与えた希望は、瞬く間に消えた。
横に視線を流せば、呆然と虚空を見つめる千歌の顔が、虚しく映った。
幾度となく見上げ、見慣れた自室の天井が遠く感じる。
『・・・あー・・・・・・なんつーかその、気にすんな。何もお前一人が悪い訳じゃねぇ』
陸を気遣うゼロの声もいつになく空虚な感じがする。彼だって今その言葉が意味を成さない事は理解しているのだろう。
・・・・・・迂闊だった。
もっと慎重に行動していれば気が付けたはずなのに。
現状を何とかしたい。あの日以降暗い顔ばかりの千歌の気を少しでも楽にしてあげたい。
その想いが焦りを生み、結果として更に千歌を傷付ける事となってしまった。
「・・・何やってんだ俺・・・」
千歌は気にしていないような素振りを見せていたがそんな訳ないのは分かるし、その後に一転して無口になったのを見れば相当なショックを受けていたのは明らかだった。
「・・・・・・」
寝そべったベッドの上で深く息をつく。
オウガの言った通り、あのババルウ星人がいる限り月のようなケースは期待できない。
千歌以外でAqoursメンバーと関りがあり、尚且つスライの催眠やババルウの存在の影響を受けないやり取りを交わした可能性があるのは陸とルイズだが、両者とも警戒されてしまっている以上期待は出来ない。
「・・・・・・どうすりゃ―――」
「・・・陸ちゃん・・・・・・」
不意に掛かった声でいつの間にか部屋の入口に千歌が経っていた事に気が付き、慌てて彼女の前では口に出さないようにしていたマイナスな言葉を押し脅す。
「・・・どうした?」
「・・・ちょっと怖い夢見ちゃって・・・・・・今日はこっちいていい?」
もう寝ていたのかと思い時計見やってを確認すると、もう既に針は天辺をゆうに過ぎていた。自覚はなかったが随分と惚けていたようだ。
「・・・別に、構いはしないけど」
「・・・・・・ありがと」
承諾すると、陸の横たわっているベッドに腰を下ろして身を寄せてくる千歌。何を思ったか同じ布団で眠る気らしい。
「・・・・・・」
小さい頃は曜や果南も加えて一緒に昼寝する事はあったものの、流石に高校生にもなってこれは如何なるものなのか。
そう思い自分は別の布団を引っ張り出して床で寝ようと身体を起き上がらせようとした刹那、引っ張られるような感覚にそれは阻まれた。
「・・・千歌?」
千歌が寝間着の裾をつまんでいるのが原因なのはすぐに分かり、怪訝と共に流した視線が彼女と重なる。
離れないで。
寂しそうに揺れる瞳が、そう訴えていた。
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
その中に隠しきれていない不安や哀愁を感じ取り、小さな溜息と共に隣で寝る事、所謂˝添い寝˝を黙認する。
「・・・・・・ゴメンな」
「・・・・・・え?」
再度身体を横にし、天井を見上げたまま謝罪の言葉を口にする。
「・・・・・・期待裏切った上に・・・あんな胸くそ悪いモンまで見せつけて・・・」
どうして千歌がこの行動を思い立ったのかは分からないままだ。けれど、少なからず昼間にあった一件に関係があるのは確かだろう。
「・・・気にしないで・・・陸ちゃんが悪い訳じゃないよ・・・」
か細い声が震える。
慰めでも気休めでもなんでもない。本心でそういってるからこそ、その言葉は余計に突き刺さった。
「・・・・・・こっちこそゴメンね。なんか無理させちゃって・・・・・・」
違う。今の彼女がこんな気遣いをする必要はない。
「全部陸ちゃん達に任せっぱなしだし、それなのに都合のいい結果ばっかり期待してちゃダメだよね・・・・・・」
続いたのは、それこそ本当に千歌が気にするような事じゃない事に対する自責。
何も出来ていない無力感と、度重なる精神的疲労が彼女を押し潰してゆく。
「ホントは私が自分で何とかしないといけないのに、千歌なんにも出来ないから・・・・・・陸ちゃんに甘えちゃって・・・・・・」
千歌が一人称で自分の名前を使う時は、誰かに甘える時、そして誰かの寄り添いを求める時だという事を陸は知っている。
「だから、これくらい・・・だいじょう・・・ぶ・・・っ・・・・・・だから・・・・・・・・・!」
顔を陸の胸元に押し付け、抑えきれない感情を涙と声に乗せて漏らす千歌。
シャツがじんわりと温かい湿り気を帯びる中、あまりにも弱々しい彼女の姿に堪え切れない程に胸が痛む。
涙で濡れたシャツはそのうち乾くだろう。
だが、今こうして泣き続ける千歌の心の涙が止め、乾かすことはできるのだろうか。
「・・・ごめん・・・・・・ごめんな・・・・・・」
結局、千歌が泣き疲れて眠りに落ちるまでの数十分間、ずっと。
抱きつかれたままの陸は、己の無力さを痛感しながらみかん色の柔らかな髪を撫で続けていた。
「・・・んぁ・・・?」
耳朶に触れた喧しい音に瞼を開く。いつの間にか陸も寝ていたらしい。
「・・・何だよこんな時間に・・・」
音の正体はとある事情で陸の家に置いてある衛星電話の鳴らした着信音。
時計を見ればまだ四時半。こんな時間に電話をかけてくるなど迷惑もいいところだろう。
まだ半分寝惚けている身体を渋々起き上げ、まだ安らかに寝息を立てている千歌を起こさぬようそっと電話を取っては部屋を出る。
そしてわざわざ衛星電話で連絡を寄越してくる時点で殆ど相手が誰であるのか分かる事も失念したままスピーカーを耳に押し当て、そこから聞こえてきた声に目を見開いた。
「・・・・・・・・・親父・・・・・・?」
お久しぶりでーす。三ヶ月ぶりの更新が溜め回ゆえに突飛かつつまらん話でごめんなさい。急遽今後の展開のシナリオを変更したせいでこんな事に…
とりあえず大抵の人が忘れてたであろうババルウ星人君が約八十話ぶりの再登場となります。
予めスライが使わせたババルウ君が千歌のニセモノになる事で空いた千歌の立ち位置を埋めて前回陸が発見した突破口対策をしていた訳ですが……じゃあ月ちゃんのくだりなんだったんだってお思いの方、ちゃんと考えた上での行動だったので今のところご安心を。
そして陸パパが…?
それではまた次回。例によって遅れると思われますがご了承を