目が覚めると知らない天井。疚しい意味ではないがこれまでにはよくあった事だ。
何者かに力及ばず破れた時はいつもそうで、その度に周りの誰かを心配させ、泣かせてきた。
でも今回は違う。開いた眼に最初に飛び込んだのは最も親しんだ自室の天井。誰かの泣く声も聞こえず、その代わりに耳を打ったのは幼馴染の穏やかな声だった。
「・・・起きた?」
全てを包み込む聖母のような柔らかさをもってして微笑む千歌。
その笑みの裏に映る決意のような色は何なのか。それを考える間もなく千歌は次の句を継いだ。
「いっぱい怪我してたけど大丈夫? 痛くない?」
「・・・痛いっちゃ痛い・・・」
目覚めたばかりだからだろうか、何故だか視界と思考に靄が掛かったような感覚がし、心なしか声を出すのにも辛さがある。
そんな中でもハッキリと浮かぶのは深々と刻み込まれた、敗北の色。
ヴィラニアスに負けた。
敵討ち・・・いや、そんな御大層なものではなく、憎悪に塗れた復讐・・・だったのかもしれない。
その結果、心のどこかで拠り所にしていた月すらもが離れてしまった。
どちらにせ、手も足も出ず完敗を喫したのは事実だ。
「・・・どのくらい寝てた・・・?」
「半日くらいかな・・・? もうそろそろ夕方だし」
「・・・そっか。悪い、早くやる事やらないと――――――・・・」
立ち上がろうと床に足をついた刹那。
全くと言っていいほど踏ん張りの利かない脚が膝を折り、重力が作用するままに床へと崩れ落ちる。
そのまま覚醒したばかりの意識は、再び胡乱の中へと呼び戻されてゆき―――、
「陸ちゃん・・・? 陸ちゃん!!」
突然倒れた陸の正面に回り、ひとまず抱き起そうと触れた手に熱が伝わる。
熱い。それも異様に。とても人体から発せられるような熱量でないそれを彼から感じたのだ。
「ゼロちゃん!? どうなってるのこれ!? 風邪!?」
『・・・流石に限界か・・・。ただでさえ心が弱ってたんだ。そこにあれと来ればな・・・』
陸に何が起きているのかはまだ理解し切れていないが、急を要する事態なのは確かだろう。
とにかくと熱さを堪えてゼロのサポートと共に陸を再度ベッドへと戻し、息を荒げる彼を見ては矢も楯もたまらず部屋、そして家の外へと飛び出す。
『あ、おい・・・!?』
「ちょっと効きそうなもの無いか探してくる!!」
守られるのが当たり前になっていたのは何時からだろうか。
陸は強くて、優しくて、皆の、そして自分のヒーロー。
そんな風に思い、彼ならなんとかしてくれるって甘えて、任せきっていた。
そんな情けない自分だったから、こんなことになってしまったのだろうか。
「・・・・・・」
あんなに弱々しい陸は初めて見た。
押せば倒れてしまいそうなくらいボロボロで、これ以上何かを失うことに怯えて、誰かの支えに縋るような姿。
彼は強い。それが間違っていないのは自分が知っている。
けどその強さに中に確かな弱さも存在していることも自分は知っていた。知っていたはずなのに、理不尽を悲観する中で彼に甘え、目を逸らしていたんだ。
―――どんなに強いヒーローでも、一人じゃ戦えない。支えてくれる仲間が必要なんだ
いつの日か言われた言葉がある。
―――・・・苦しくなったらいつでも頼って、一人で戦うなんて言わないで。・・・私達は、皆でウルトラマンなんだよ・・・
いつの日か言った言葉がある。
何が支えるだ。
何が皆でウルトラマンだ。
結局また独りよがりで突き進ませて、傷つけてしまった。
あれだけ弱っても、傷付いても、全てが終わるまではきっと戦う事を止めないだろう。
けど必ず限界は来る。そうならないように自分が助けなきゃなんだ。陸が誰を好いているかは関係ない。
今の陸には、自分しかいないから。
(・・・・・・私が守らなきゃ・・・)
「・・・・・・美しい・・・」
「・・・・・・?」
独り言のように呟かれた感嘆に近しい声が耳を撫でる。
それが自分に向けられている確信などないのに何故だかその声は意識を手繰り寄せ、千歌は足を止めた。
「・・・実に美しい空だ・・・・・・そう思わないかい? お嬢さん」
「え・・・、あ、はい・・・?」
こちらの存在に気が付いたのか、声の主である男は軽く身を捻って上半身のみを千歌に向ける。
青のメッシュが掛かった黒髪に、左右で白黒に二分された服装。
決して敵意などを発している訳じゃない。けれどその底が知れないほどに深く黒い瞳は、自然と警戒心を湧き立たせるような何かを秘めていた。
「陽の輝きとは残酷だ。地を燦々と照らし光をもたらす半面、その届かない場所には深い影を落とす・・・・・・まるで世の真理を表しているかのよう・・・・・・フフ・・・」
お世辞にも今日の天気はいいとは言えない。空の青の多くは暗い雲に遮られ、たまに顔を出す太陽もすぐにまた隠れてしまう。
けれどこの男はそれこそが至高であるかのように悦を帯びた表情を浮かべていた。
「・・・君が今なろうとしているのは……誰かの光、なのかな?」
「っ・・・」
まるで心を直接覗いてくるような瞳に恐怖すらも覚えるが、離れようにも身体は蛇に睨まれた蛙のように動いてくれない。
そしてそんな心情すらも見透かしたような男はそのまま千歌の方へと歩み寄り、鼻先が触れ合いそうなほどに近づけた顔を視界いっぱいに映してくる。
「・・・・・・いい目だ」
連ねられる言葉が何を意味しているのかなんて分かりやしない。
けど、この男もきっと陸の苦しみの要因になる者……それだけは分かる。
そう思うと何か、ボッと黒いものが湧き上がってくるのを感じた。
「いいねぇ実にいい。君なら彼の心に変化を与えることが出来そうだ」
「・・・陸ちゃんに何する気…?」
睨むように眉を吊り上げた千歌を面白がるように男の笑みが深まる。
恐怖心が消えたわけじゃない。けれど今の陸を傷つけようとするなら…そう考えるだけで恐れなんてものは些末なものに変わった。
「おっと、勘違いしないで欲しいな。私は彼に手は出していないし出すつもりはない」
顔を離し、両手を上げて自身が潔白であるように振る舞った男はやがて千歌に背を向け歩き出す。
「私はただの傍観者。君や彼の行く末を楽しみにしているだけさ」
最後にそう言い残した男の背中が、薄気味悪い笑い声と共に遠くなってゆく。
その不穏な影が見えなくなるまでずっと、千歌は微動だにしないままそれに警戒の視線を注ぎ続けた。
『ダメか・・・・・・』
光の国へ向けたウルトラサインが送信した直後に消滅するのを確認し、溜息交じりにゼロが零す。
地球全体に及ぶ催眠や、ベリアルの復活。そして陸の事。
情けない話だがここまでくるともうゼロ一人の手では負えない。こうなった以上宇宙警備隊の応援を要請したいところだが、何故だか一切の光の国との交信手段が遮断されている。
『・・・どうする・・・』
一度帰還して直接救援を仰ぐ・・・というのは地球の現状や陸の事がある以上あまり現実的でない。
だがこのままゼロ一人では最悪の結果を迎えてしまうのが時間の問題なのもまた事実だ。
手っ取り早く奴等を倒せればそれがベストなのだが、心身ともに限界寸前の陸の状態を鑑みれば不可能なのは言うまでもない。
一体化を解除して単体で戦う手もあるが、レゾリューム光線のダメージが回復しきっていない状態で戦うのは無謀。何より今この身体を離れるのは陸自身が危険だ。
『クッソ・・・・・・グレンとミラーナイトがいれば・・・・・・』
叶わぬ愚痴を綴る。
宇宙警備隊からの指令でこの地球に滞在していたグレンファイヤーとミラーナイトも氷結のグロッケンと炎上のデスローグにより深手を負い、今はマイティベースで―――、
『・・・・・・おいおい、計算されてやがったとかいうんじゃないだろうな・・・』
初めからこうなることが想定された上で事が進んでいた……そんなぶっ飛んだ想像を一度は降り払うが、奴等の参謀はメフィラス星人のスライだ。おかしい話じゃない。
だが仮に全てがスライの計算の上だったとすれば、こうまでした狙いは一体何なのか。
奴等がベリアル復活のために求めているのは千歌に宿るネクサス―――ウルトラマンノアの光なはず。その千歌が対象ならばまだわからなくもないが、どうして彼女以上に陸を追い詰めるのか。
邪魔なゼロを陸ごと弱らせてから仕留める……という線はヴィラニアスが自分達に止めを刺さずに撤収した時点で消えている。本当に始末したがっているならあの時点で息の根を止めにきたはずだ。
ならどうしてだ。陸を追い詰めることで何か奴等にメリットが生じるとは―――、
『・・・いや、まてよ・・・』
そういえばと、以前から引っかかっていた記憶と照らし合わせてみる。
ゼットン星人によってまだ六人だったころのAqoursが連れ去られた時の事だ。彼女等の救出のためにダークネスファイブの宇宙船に乗り込んだ際、そこでスライが見せてきたもの。
―――あの時の虚弱な少年が、随分とものを言うようになったと思うと・・・・・・、面白くて
この星でいう六年前、内浦を襲撃したスカルゴモラに怯える陸の映像を何故か奴等は所持していた。
伏井出ケイが記録していたものなのかは知らないが、偶然にしては出来すぎていないだろうか。
―――そーだな・・・。一つだけ教えてやるよ。オウガがそいつに陛下の力を植え付けたのにはもっと別の訳があるんだぜェ・・・
―――そいつが陛下の力を酷使すればするほど、俺達にとっちゃ好都合ってこった
加えグロッケンが遺したこの発言から建てられる仮説がある。
クライシスインパクトに、神に近しい力を持つウルトラマンによるそれの復元。カレラン分子の散布およびリトルスターの回収。
これはジードのいるサイドアースで起きた一連の流れと一致する。
そして、サイドアースでのジードのポジションをこちらの地球に当てはめてみれば―――、
『まさか・・・初めから陸が狙いだったのか・・・・・・?』
もし。
もしこの仮説が正しかったのならば、以前花丸が見せてきた太平風土記に記されていた闇の巨人―――恐らくはベリアルであろうそいつと一体化していた人間というのは―――、
「―――陸ちゃん!」
どたばたと駆け込んでくる少女の気配を察知し、核心の手前まで迫っていた思索を一旦止めるゼロ。
止めてもらえてよかった。
どこかでそう考えている自分がいる。その事実とはまだ、あまり向き合いたくないものだった。
『・・・不穏な輩の匂いがしますねぇ』
『確かに少し異質な気配を感じるな・・・』
自分達に近しいようで、最も遠い位置にある。そんな矛盾めいた気配。
その正体はさておき、計画の妨げとなるようならば取り除かなければいけないものだが・・・、
『まあ一先ずは泳がせておくという事でいいでしょう。・・・それよりヴィラニアス』
『分かっている』
闇の中で翻されたマントが鈍くその金色を主張する。
瞬く紅の双眸が、次なる残虐を予感させた。
あれこれ千歌さんちょっと変な方向に進んでませんかね…?そして余計なことする変な奴が…
ゼロも徐々に陸に隠された謎に迫りつつありますね……そろそろ伏線回収のお時間です
余裕がある方は読み直してくださると面白いかもしれませんね
それでは次回で!