そんな彼が選ぶこととは……
「……自分の生まれをどう思ってるかって?」
そう遠くない過去の記憶が過る。
朝倉リク―――ウルトラマンジード。崩れかけていた自分を救ってくれた、ウルトラの先輩の一人。
「まあ、そりゃあ、最初はだいぶ戸惑ったし、普通の人間に生まれたかったなって思うこともあったよ」
あの時彼が話してくれた胸の内。
こんな状況だからか、何気ない会話の中で交わした言葉の一つ一つが滲む。
「けどウルトラマンにならなかったら見えなかったものがあるし、出会えなかった人達もいる。僕にとってはそれがかけがえのない大切なものだから。だからもう、父さんの息子として生まれたことに、この道を選んだことに後悔はないよ。……まあ、まだたまに困ったりすることはあるけど」
この人は強い。その時も何も知らないながらにそう思ったものだが、今となっては改めてそれを実感する。
自分はこの人のように強くあれるのか。
この運命を受け止めることが出来るのか……事実を告げられた時、深く問答した。
『…この星で言う十八年前か。俺はあのストルム星人に銘じて様々な星の生命体に俺の遺伝子を植え付けさせた。肉体を失った俺の依り代とするためにな』
語られる言葉が流れてゆく。
人間じゃない。証明されてしまったその事実だけが頭の中を反芻する。
『その内の一人がお前だ仙道陸。お前は自分を普通の地球人と思って生きてきたようだが、実際は俺に利用されるためだけに生まれた命……本来なら誕生するはずもなかった存在だ』
仙道陸と言う存在には、ただそれだけの意味しかなかった。
何かを成すような無限の可能性も、輝かしいものへ歩みだす未来も、最初から自分は持ち合わせてなどいなかった。
『……これを聞いてまだ俺を拒むか? 抗ったところでその先の生に意味などない。お前と言う存在に意義を与えられるのは俺だけだ』
本当にベリアルにしか自分の存在する意味はないのか。
奴に利用される以外の選択肢は残されていないのか。
『さあ、俺の下へ来い。お前に与えられた唯一の価値を示せ』
そんな問答の肯定か、救いの手を差し伸べるようにベリアルが語り掛けてくる。
だったら、自分の返す答えは———、
「———知ってたよッ!」
『ッ……!?』
闇を纏った拳が降り上げられ、油断しきっていたキメラべロスの首元を捉える。
従順ではなく抗うために奴の力を開放し、漆黒の巨人と成りてその前に立つ。
「んなモン、テメェに教えられるまでもなくわかってたんだよ……とうに受け入れてんだよそんな運命ッ!」
—————君は人間じゃないかもしれない。
あの夜、ヒカリにそう告げられた。
あくまでも可能性の話だ。彼はそう言っていたが、陸自身、どこかで真実がどうであるか理解していたのだろう。
『抗うだと……お前如きのちっぽけな力で運命など変えられるものか』
「運命は与えられるモンじゃねぇ、自分で掴み取るモンだ。リクさんに……テメェの息子にそう教わった」
『ジード…!』
勿論それだけで片づけられる事でないのも分かっている。
それでもあの人達に気付かせてもらったことがあったからこそ、受け入れられた。
〈お前……、使うなってあんだけ……!〉
「もうスッカスカのくせに何言ってんだ。……多少の無茶は許してくれ」
無茶では済まないことを理解しつつ相棒にそう言う。
彼だけじゃない。きっと皆この選択を許してはくれないだろう……でも後悔はない。
『息子も、あのカドー星人も、貴様も! 俺の血を受け継ぎながら敵対する愚か者共が! 自ら無二の存在価値を捨てるか!』
「んなモンこっちから願い下げだっつーんだよ!」
確かに空っぽなのかもしれない。奴が言うこと以上の価値など存在しないのかもしれない。
けどここまで戦ってこれたのは彼女達がいたから。彼女達が自分と言う存在に意味を与えてくれたから。
今抗う理由があるとするならばきっと、その大切な人達を守りたいから。それ以上の理由などいらない。
「う…おぉぉぉぉ……!」
迫る巨体を渾身の力で押し返す。
解放出来る限りの闇を開放し、文字通りの全身全霊で。
『無駄だ。所詮貴様が全ての力を出したところでその程度……俺には勝てん』
「あぁ……だろうな」
奴の力を全開にしたことが引き金となったか、再び煌めいたキメラべロスのカラータイマーに吸い寄せられるような感覚に襲われる。
しかもこちらの出した力が大きい分それを吸収する力も強くなるのか、まるで踏ん張りが利かない。
『フハハハハハ……! これがその証明だ。模造品がいくら足搔いたところで俺は超えられない!』
〈クッソ…! 踏ん張れよ陸ッ!〉
枯れる寸前のゼロの力によって辛うじて持ちこたえているが、それも時間の問題か。
最ももう——————堪える必要などないのだが。
「ゼロ…………ごめん!」
〈んなぁッ……!?〉
今までキメラべロスの方へと向けていた力を逆流させ、ゼロとのリンクを弾く。
それを断ち切ればベリアルによる接収を遮るものはない。当然流れる先は奴の身体だ。
〈お前なんで———〉
「……」
答えはしなかった。
ただ最後にゼロと視線を交え、完全に彼の中から消える。
〈陸ッ!!〉
『ッ……!?』
途端に身体を維持できなくなったゼロが消えるが、勝利を掴んだかに見えるキメラべロスが驕りを見せることはなかった。
むしろ逆に、自らの失策を呪うように激高する。
『貴様……まさかわざと俺の身体に——————ッ!?』
「…よぉ」
時間にしてほんの数日、されど数日。
途方もないほどに長く感じられた時間の後だからこそか、彼女の顔は酷く懐かしく、また安堵を覚えさせる。
「……ごめんな、色々気負わせちまって」
返答はない。意識がないのか、呼びかけても目を瞑ったままでいる。
千歌は半透明の白い翼のような物体の中にいる。恐らくだがこれがベリアルによる浸食を防いでいたのだろう。
「ち———」
触れた途端、指先から走った電撃のような痛みに弾かれる。
ゼロと一体化していたからこその感覚だが、ウルトラマンと似たような力を感じた。これはネクサスの力によるものだ。
「…ちぃと過保護じゃねーのノアさんよぉ」
どうしてそのネクサスの力が陸を拒むのか。
ベリアルと同じ遺伝子を持っている陸を拒絶してるという可能性もあるが、何か別な理由を感じる。
「つ……うっ…………!」
この痛みは何かを示している。そんな気がしてならない。
何を伝えんとしているのか。その意味を求めるように再度触れた翼が痛みと共に齎したのは———、
―――――曜ちゃんのこと、好きなの?
確かに、千歌の声が聞こえた。
それに続くように流れてくるのは彼女の記憶。閉校祭の日に曜が口にした陸への想いや、逆に曜への感情で思い悩む自分の姿。
この翼———ストーンフリューゲルは千歌の心と同調している。
「…お前、これを気にしてたのか……?」
見られていたのか、という驚きや気恥ずかしさはこの際なかった。
寂しかった、怖かった。ストーンフリューゲルを通して千歌の抱いていた感情が伝わってくる。
陸の想いが自分ではない別の誰かに向いている。平時ならまだしも、世界から忘れ去られ、陸しか頼る者がいなくなっていたその状況下で知ってしまったその事実は千歌の心に大きな負担となっていた……そんな怯えを知る。
「…そっか、ちゃんとお前のこと見えてなかったんだな」
こんな時ばかりは自分の鈍感さが憎いが、今はそうしている場合ではない。
起きてしまったことも、抱いてしまった想いも今更どうしようもない。
だったらちゃんと伝えるべきなのだろう。
「…正直否定は出来ん。確かにアイツが好きなのかって言われればそうなのかもしれないし」
人間じゃない。ベリアルにそう告げられた時、何故か真っ先に曜の顔が浮かんだ。
関係性がどうなるにしろ、この先も彼女とは一緒にいるだろうし、陸自身、それを望んでいた。あの時曜の顔が浮かんだのは、その未来が失われるのが怖かったからなのだろう。
だからこれはもう好きと呼んでもいいのかもしれない。
「けど、それでもお前が俺にとって大事な存在なのは変わんねぇよ」
でもそれは決して曜とだけの未来ではなかった。
果南や千歌、皆と過ごしてきた日々がこの先も続くことを願ったから。だから誰も欠けちゃいけないんだ。
「お前の気持ちには答えられないかもなのに都合いいよな。ワガママだよな。……でも、それでもさ」
思えばずっとその想いで、自分は戦ってきたはずだから。
「……今、俺が守りたいのはお前なんだよ」
瞬間、溶けるようにしてストーンフリューゲルが消えてゆく。
三度伸ばした腕の中には今度こそ千歌の身体が収まり、その温かさを確かなものとして噛み締めた。
「陸…ちゃん……」
「…柄でもねぇこと言わせやがって……おら、ぱっぱと起きろ」
その足で立ち上がらせた千歌と視線が合った。まだ不安気な彼女の頭をポンポンと叩く。
「一人にはならねぇよ、何があったって。……皆ちゃんと繋がってる」
どんなに離れたって、何者かに隔てられたって、培った絆は途切れはしない。
Aqoursや月、先輩ウルトラマン達……自分を自分でいさせてくれた皆に教えられたことだ。
「……確かめて来いよ。自分の眼で」
「えっ……?」
今度は自分が返す番だ。
ポツンと開いた光の穴へ千歌を押すと、陸を残し、吸い寄せられるように流れてゆく。
「なんで……陸ちゃ———」
千歌に手を掴まれるも、既に赤黒い蔦のようなものに拘束されつつある陸の身体が動くことはなかった。
ベリアルが欲しているのは陸と千歌両方だ。ここに飛び込んできた時から既に奴の浸食は始まっていた。こうして拘束される前に千歌を助けられたのは幸運だったろう。
「……俺は残るよ。ベリアルは俺が何とかする」
こうなることは分かっていたんだ。
陸一人の力では二人揃って脱出なんて出来やしない。自分か千歌か、そんなもの秤にかけるまでもなかった。
「ほら、早く行けッ!」
再び千歌までもが捕らえられてしまう前に腕を振りほどき、光の方へ突き飛ばす。
「ごめん……ありがとうな」
この先の未来を皆と歩めなくなるのは怖いし、嫌だ。
でもそれ以上に、彼女達から……自分を自分でいさせてくれた皆から未来の可能性が奪われるのが嫌なんだ。
「うあっ…!」
放り出されるように地面に叩きつけられる。痛みに顔を顰める反面、五感で世界に触れる感覚がどこか懐かしく思える。
〈千歌なのか……?〉
「ゼロちゃん…?」
ゼロの声が自分の中から聞こえることに首を傾げた。
本来このウルトラマンは自分ではなく、あの少年の中にいるはずでは———、
「っ…! 陸ちゃんは……!?」
『ウ……グオォォッ……!?』
そうだと直前に起こった出来事が脳内を駆け巡った瞬間、野太い呻き声が耳朶に触れる。
眼前ではキメラべロス……先程まで自分を捕えていた存在の身体が消滅した瞬間だった。
そして同時に落下してきた一人の少年が、その身体から闇の瘴気を昇らせながら何かへ抵抗するように苦悶の声を漏らしている。
「ぅあッ…! アあぁァァ……!」
〈陸……?〉
藻掻くその姿は人と言うよりも、獣を感じさせた。
そしてそれは現実となるのか。煌々と光る双眸に始まり、身体の至る部位は人ではない何かへと変貌しようとしている。
『何の…つもりだァァ……!?』
「へへッ………テメェの…思うようには、いかねえよッ……!」
自身の身体から漏れ出る闇が発する声に脂汗を垂らしながら笑いで答える陸。
その瞳に映る覚悟はどこまでも揺ぎ無く、危険を孕んだものだった。
『俺に……従えェェェェッ!!』
「あぁぐッ……!? ガ……アアァァァッ……!」
「陸ちゃ……!?」
半身が黒く変わってゆく。
瞳は紅く大きく釣り上がり、腕は筋肉質に膨れ、巨大な爪が伸びると共に血のような紅が走る。
「は…はは……、わざわざ後押しありがとうよ……!」
ベリアルへと変貌しつつある肉体を動かしながら、不敵に陸が笑った。
紅に浸食される瞳の中に微かに残った彼の眼光が胸の陽光な輝きを捉えた瞬間、全員がその意図を悟った。
「……ここまでテメェの身体になりゃぁ……流石に、ただじゃ済まねぇよなぁ……!」
〈待て陸ッ! やめろッ!!〉
ゼロの叫びももう、彼を止めるには至らないのか。
最後に詫びるような眼をこちらに向けた次の瞬間、完全にベリアルのそれと化した腕をカラータイマーが浮かぶ自身の胸を貫かんと振り下ろし———、
「———させないよ、そんなこと」
「ぁ———」
疾風のような速度で叩き込まれた回し蹴りがその動きを止めた。
その足を媒体としてベリアルと同質の闇が注ぎ込まれ、互いに打ち消し合ったのか力尽きるように陸が崩れる。
「……決死の覚悟を無駄にしてごめんよ。けど、君はこの先の未来を生きなきゃダメだ」
〈オウガ……?〉
倒れ込んだ陸の身体を受け止めたのは、千歌にも見覚えのある青年だった。
全てに詫びるような眼でこちらを向くと、青年———カドー星人オウガはその印象からはかけ離れた神妙な面持ちで言った。
「もう、隠しても置けないよね……全部話すよ、彼のこと」
まだ全てが明かされた訳ではありませんが、陸の正体はジードのような陛下や伏井出ケイによって生み出された人造の命……と言うこととなります。
厳密にはジードとはまた少し違うのですが、それを語るのは次回の答え合わせ回。陸の出生に秘められた陰謀が明らかとなる予定です
それではまた