最悪の状況の中、遺された希望とは……
(……あれ…?)
ただ白い世界が延々と続いていた。
肉体の実感もなく、ただ彷徨うように、その空間で浮遊している。
(……俺、何してたんだっけ……)
感覚も記憶も覚束無い。
ここがどこであるのか、何故ここにいるのか、何もわからない。
ただ一つ確かなのは、ここにいてはいけないということだけ。
その理由もわからないけれど、心の底から、そう訴えかけてくる。
(……)
また意識が白くなってゆく。
逃れることも抵抗も叶わない。ただただ、その感覚に飲み込まれていった。
「あ…」
ゼロが謎の巨人と戦い始めたという知らせを受けてから十数分が経った。
ピタリと止んだ爆音や衝突音が戦いの終わりを、そして程無くして会場から上がる絶望と混乱の声がその結果を告げた。
「……うそ…、だよね……」
次第に大きく膨れ上がるその声に、曜は最悪の結末を想像してしまう。
出発の前夜に陸が口にしていたこと。彼に起こっていた異変と、それに屈しない覚悟。
もし彼をそうさせていた戦いがこれだったのなら、その結果がこの声の示す通りだとするのなら、今頃陸は……、
「ッ…!」
「千歌ちゃん!?」
目眩すら覚えたその時、控室の戸を突き破らん勢いで千歌が飛び出してゆく。
残されたメンバーやSaint Snowの二人が遅れてその後を追うと、止められているのか、大声で警備員と思わしき男達と揉めている彼女の姿があった。
「通してください! 行かないと…!」
「ダメだ! 外がどんな状況かわかってないのか!?」
陸がウルトラマンゼロであるという事実は、この場ではAqoursとSaint Snowしか知り得ていない。
口にする訳にもいかないその事実を胸に何とか警備を突破しようとする千歌だったが、大柄な男達を前にそれは叶わずにいた。
「私達からもお願いします」
「聖良さん…」
止めるべきかで悩むAqoursメンバーよりも一歩前に先んじ、静かに聖良が嘆願する。
陸との関りが最も薄い彼女ですらそう訴えるのを見ていると、そんなことを考えていたことが馬鹿らしく思えてくる。
「友達がいるかもしれないんです!」
「あーもう話がわからないわね! 行かなきゃいけないって言ってるでしょ!」
「皆…!」
無茶を言っているのは承知だ。警備の人達が言っていることが正しいのもわかっている。
けど理屈じゃないんだ。感情が、心が、そこに行かなきゃと叫んでるから。
「皆、千歌ちゃんと気持ちは同じだよ」
「うん…!」
その時。
皆の声に呼応するように瞬いた白い輝きが千歌の制服から飛び出し、その光で辺りを白く染め上げた。
「これって…!」
覚えがあるような千歌の声に続き、またも視界が一変する。
収まった純白の世界が次に見せたのは荒廃した街。それが数時間前まで自分達がいた東京の街だと理解するのにそう時間は掛からなかった。
「これは一体……?」
突然荒廃した街中に放り出された十一人の中、ただ一人千歌だけが必死の形相で駆けてゆく。
何が起こったのかはわからないけれど、今は彼女についていくしかない。そう思い全員でその後を追う。
「陸ッ———!」
「せんぱーい! いるなら返事するずらーッ!」
半壊した景色の中にただ一つベリアルの影だけがあるのは、人々の声が物語っていたようにゼロが、陸が負けたという事実に他ならない。
一縷の望みすらも見いだせない状況の中、それでも必死に彼の姿を探した。
「陸ちゃんッ!」
上がった千歌の声音が呼び声とは異色なことを感じ彼女の方を見やれば、その視線の先で彼の姿を発見する。
血潮と思われる赤にピクリとも動かずに倒れ伏すその様子は更なる不安感を呼び、自然とそこへ向かう足を逸らせた。
「り———」
起き上げようとその身体に触れた瞬間、指先に走った感覚に途方もないような絶望を覚える。
人の身体とはこんなに冷たいものだったか。乱れる心とは対照的に冷静な脳が、残酷にもすぐにその理由を弾き出してしまう。
「息…、してない……」
青ざめた顔で理亞がそう言った瞬間、伝染するように皆の顔から血の気が引いてゆくのがわかった。
信じない。そう訴えるように強く握った手からも生の温もりは感じられず、ただただ、目の前のことが現実なのだと如実に語る。
「ねえ陸…? 陸ってばッ!」
何度声を掛けても、何度その身体を揺さぶっても、返事が返ってくることも無ければ微塵も動く気配はない。
「いなくならないって言ってたじゃん…、答え、出してくれるって約束したじゃん…………起きてよ……」
「曜…」
皆の前なのにも関わらず、止めどなく涙は溢れた。
受け入れたくない。受け入れられるはずがない。
けど何度頭の中で否定したって、心はその事実を理解し始めてしまうんだ。
「…ラブライブ、優勝したよ。皆との約束、守れたんだよ……? だから陸も約束守ってよ……勝手に破るなよ馬鹿ぁッ!!」
悲痛に上げた叫びが壊れゆく街に木霊する。
けれどもそれに返す声はない……ただ一つ、絶望の象徴を除いては。
『……愚かなものだ』
曜の涙を、陸の骸を嘲るように、ベリアルが自分達を見下ろしていた。
怒りも、また恐怖もなかった。ただ目の前にあるのは、払いきれない暗雲に飲み込まれるような絶望だけ。
『おとなしく己に与えられた使命を受け入れていればよかったものを……欠陥品が大切なものだのなんだの抜かしたところで結果はこれだ。フハハ……!』
「笑うなッッッ!!!」
皆が一様に下を向く中、ただ一人、その絶望に抗うかのように声を張り上げたのは千歌だった。
自らも大粒の涙を流しながらも、その瞳に宿した炎だけは決して消さないと言わんばかりに灯っている。
「陸ちゃんはずっと誰かのために戦ってて、最後の最後までそれを貫き通そうとしたんだ……それを笑うなぁッッ!!」
「千歌ちゃん……」
喉が張り裂けんばかりのその叫びも何も生まない。ベリアルを退けることも無ければ、陸を動かすこともない。ただただ悲痛に、千歌の、皆の心を締め付ける。
『馬鹿め、それが一体何になる。そいつが命を掛けたところで何も結果は変わらなかった。全て無駄だったことがまだ理解できないか?』
「…無駄なんかじゃない」
負け犬の遠吠え。そう言いたいとばかりに言葉を連ねるベリアルに対し、千歌はその胸に手を当て返す。
「陸ちゃんがいたから今の私達があるんだ! その想いも、全部ここにある! 陸ちゃんの想いは絶対無駄じゃない………無駄になんかしない!」
そんな千歌の叫びに応えるように。
この場所へ自分達を導いた光は更にその煌めきを増し、心に立ち込めた暗雲を切り裂くかのように白く輝く。
『ノアか……死にぞこないの光が今更何を』
「……ありがとう」
千歌が胸に抱く光の鞘。
彼女の想いを肯定するように、陸の覚悟を継ぐように瞬くそれは千歌のみならず、皆の心にも光を差してゆく。
『…抗うというのか。そのちっぽけな力で、ただ一人』
「一人じゃない」
その光に導かれるように。
また一人、千歌に並んでベリアルの前へと立つ。
「果南ちゃん…」
「…ありがとう千歌。また見失うとこだった」
儚く表情を作った果南の瞳は前へ向いていた。
彼女も同じだから。陸のやってきたことを無駄にしたくないから、そこに立っているんだ。
「…そうだよね」
「あの人がいたから今のわたくし達がいる……確かにその通りですわね。千歌さん」
千歌や果南だけじゃない。
伝播する想いに一人、また一人と俯いていた視線を上げ、目の前の絶望へ抗おうとする。
「…どんなに辛くたって、人には前を向く力があるずら」
「…先輩に教えてもらったことだもんね。」
「リトルデーモンの想い……受け継がなかったらヨハネの名が廃るわ」
皆悲しみは胸にあるんだ。押し潰されそうなくらい、苦しいんだ。
でも、それでもこんなところで折れてしまう訳にはいかない。
「…曜ちゃん」
「……うん…!」
悲しむことはいつだってできる。
けど、ここで前に進めなかったら、挫けてしまったら、何も残らないから。
陸と、皆と歩んでこれたから今の自分達がいる。
ここで目を背けてしまったら、それを否定することになるんだ。
「ッ…!」
そんな想いが届いたのか。
千歌の腕の中にあった純白の鞘———エボルトラスターが光を伸ばし、それぞれの心に呼応するかの如く灯す色を変えてゆく。
「…いこう!」
いつものように円陣を組んでは手を翳す。
その円の中心で、徐々にエボルトラスターから溢れる光はその強さを増してゆく。
「イチ!」
「ニ!」
「サン!」
「ヨン!」
「ゴ!」
「ロク!」
「ナナ!」
「ハチ!」
「キュウ!」
続く声はない。
その輝きは九人のものだから、自分は十人目じゃない。少し前にそう言ったのは陸自身だった。
けど、陸がそう思っていても、彼だって今のAqoursを作った一人だから。
誰もそれを無駄にしたくないから、またこうして、皆で叫ぶんだ。
「Aqoursァ!!」
ちらりと、彼の方を見る。
そしてまた一つ約束を交わすように、声を上げた。
————『『『サンシャイン!!!!』』』
「「ッ……!」」
Aqoursの九人から沸き起こった爆発的な光と突風。
それに吹き飛ばされぬようにと陸を抑える聖良と理亞の眼前で、九色の光が立ち昇る。
『なに……?』
ベリアルですらも眩しそうに視界を覆うそれは、やがて銀色の巨人と成って君臨する。
全身から放たれる虹のような光は微かながらも暗雲に閉ざされた世界を、人々の心を照らす。
輝き。
それそのものが人の形を成したかのような巨人———ウルトラマンネクサスは、重なり合った掛け声と共にベリアルへと駆けた。
「……はは、眩しいなぁ…」
「あなたは…」
ただそれを見上げることしか出来ない二人へ掛かった声。
思わず身構えて振り向いた先では、男が一人、這ってくるかのように瓦礫の中から姿を見せた、
「どうもSaint Snowのお二人さん、出来ればサインを……ってお願いしたいところだけど、生憎そんな余裕はないみたい……」
口調に似合わず、その身体は直視するのも躊躇してしまうほどに痛ましかった。
素人目でもわかるような命に関り兼ねない傷が全身の至る箇所で口を開き、もはや動かすことすら出来ないのか、その片足は血潮の跡を描きながら引き摺られている。
「ちょっとアンタ…、大丈夫なの……?」
「…心配してくれるなんて嬉しいねぇ。おかげでもうちょっと頑張れそうかな…」
以前自分達の前で陸に隠された真実を語った、オウガとかいう宇宙人。
あの時はお調子者のような印象を抱いたが、今はもうそんな姿は影も形もなかった。
「……丁度良かったや、もうどの程度彼と話せるかわからないからさ……陸君が起きたら、伝えておいてくれない」
「起こすって……陸さんはもう———」
「ボクは———、」
聖良の言葉を遮って、オウガは今にも果てそうな声で一方的に語らう。
もう自分が助からないとわかっているのか、遺言かのように、その思いの丈を綴った。
「何する気…?」
「……見てればわかるよ」
その言葉の通り。
彼の行動により答えが示されたのは、この直後だった。
「————りーく君」
軽薄な、どことなくイラつくような声が聞こえた。
声の主が誰であるかを思い起こすと、そのイメージが具現化されたかのように何もなかった世界に一人の影が現れる。
「…よ、いつまで寝てんだよ」
「オウ、ガ……?」
初めて声が出た。
オウガという存在を機に自分自身が呼び戻されるように、声や身体、そして記憶までもが、この空間の中で再構築されてゆく。
「そうだベリアルは……、アイツ等はどうなった!?」
「あーもういっぺんに聞くなよ。あんまもう時間ないんだからさ」
こんな緊急時にも関わらず、オウガの態度は普段と何ら変わりはない。
けれどもその裏には何か、計り知れないほどの何かが秘められているように思えた。
「…とりあえず結果から言っておくとベリアルには負けて、君は今生と死の狭間を彷徨ってる状態って訳。まあほっとけば数分もしないで完全に死ぬだろうね」
「ッ……!」
これでもかとくらいあっけらかんとオウガは告げた。
その言葉に、直前までの記憶が完全に蘇る。
完膚なきまでに叩き伏せられたその記憶は、改めて自分が死んだという事実を認識させてくる。
「まあそんな顔すんなって。だから助けに来たんだろ」
「…けど、お前だって……」
「……そうだね、このままじゃ確実に二人とも死ぬ。けど、どちらか片方だけなら助かる……って言ったらどうする?」
「は……?」
オウガの双眸に、いつの日か垣間見たような狂気が宿った。
けどそれは自分本位な過去のそれではない……けれど、どこか自己犠牲的な危うさを抱かせるようなものだった。
「————ボクと君の命を一つにするんだ」
陸の想いを無駄にしないため、Aqours全員で変身したネクサス
そしてその陸を救うべく命の融合を持ち掛けるオウガ
Aqoursが照らし、陸が選ぶ未来
その全ての答えは次回です
それではまた