今回はほぼウルトラ方面の話はしませんね
イタリアで越す何度目かの夜。
先日まであまり景観を楽しむ余裕はなかったが、こう改めて見る夜景は中々に趣深い。
「楽しかったねー」
「…結局楽しんでただけじゃなかったかお前等」
「私達が楽しまないと楽しいライブも出来ないよ♪」
イタリアの観光名所は殆ど周ったんじゃないかというくらい周りに周った。
あまり余裕もない日数の中丸一日費やしたのだ。何か少しでも得るものがあったならいいのだが。
「…なんか、ごめんね?」
こちらに滞在している間の宿とである別荘で一息ついていると、曜に千歌、果南と鞠莉の声が耳朶に触れる。
明かるげではないその話題に顔を出せば、果南は陸にも伝えるように続けた。
「ほんとは巻き込むつもりはなかったんだけどね……鞠莉があんなこと言うからだよ」
「つい…Sell wordにBuy wordで」
「売り言葉に買い言葉?」
どうやら急遽行うこととなったライブのことを言っているらしい。
そう言えば自分達のことはいいから新しいAqoursを始めろと言っていたか。今回のことで千歌達が新しいスタートを切るための時間を割いてしまっていることを申し訳なく思っているのか。
「もし抵抗があるようだったら、私達だけで何とかするから……」
「ううん、いいの」
そんな果南の言葉を遮る千歌。
勿論鞠莉達のためという理由もある……でもそれ以上にこれも、新しいAqoursを始めるために必要なことだから。
「むしろ、私達も嬉しいというか」
「…言ったろ、ただ鞠莉さんのお袋さんに言われたから来た訳じゃないって」
「皆、ちょっと悩んでたんだよね……新しいAqoursってなんだろうって」
講堂でのライブ、そして聖良からの評価。今のAqoursに足りないものを指し示すものはごまんとある。
「新しいAqoursかぁ……」
「自分達で見つけないといけないのはわかってるんだけど……中々」
三年生のいないAqoursに不安を感じ、だからこそ三年生に会いに来た。
何か掴めるかもしれない。そう信じて。
「果南ちゃんは、どう思う?」
少し、考える仕草を見せた後、
「千歌の言う通りだと思う。千歌達で見つけるしかない」
「そうだね…私達の意見が入ったら意味ないもん」
キッパリ、二人とも口を揃えてそう答えた。
薄々こう返されることは見えていた。恐らくダイヤに言っても同じように答えられるだろう。
「だよね……」
三年生がいなくなったことで、今までやってきたことが全てゼロに戻ったような気がした。
だからこそこうして三年生と話せば何か掴めるのかもと期待していた……そんな様子で千歌が肩を落とす。
「……でも、気持ちはずっとここにあるよ」
そんな千歌の胸に、果南の人差し指が触れる。
「鞠莉の気持ち、ダイヤの気持ち……私の気持ちも、変わらずずっと」
「ずっと……」
「そう、ずっと」
そう言う果南の瞳は、いつだかの彼女と重なった。
三年生に亀裂を生むきっかけとなり、彼女がずっと目を背けていたあの過去を肯定させてくれた幼馴染に、˝ありがとう˝と言ったあの時のように。
「……それを気付かせてくれたのは、千歌だよ」
決して喜べる記憶ではないけれど、無駄ではなかった、未来に繋がっていると気付かせてくれた。
そんな果南だからこそ、確信を持ってそう言えるのか。
「…さあ、明日も早いから、もう寝るよ」
「うん……じゃあおやすみ」
今、言葉で伝えられることはこれだけ。
だからあとは自分達で見つけて。そう言った二人の背中が奥へと消えてゆく。
「……さっき聞いたことなんだけどよ、この町、なんて呼ばれてるか知ってるか?」
「え…?」
カツミの言葉を反芻する。
あの人があの場でああ言ったのもきっとこういうことだろうから。
「……˝永遠の都˝、ずっと昔から変わってないんだとよこの町」
確かにこのことはスクールアイドルとは直接的に関係はない。
でも今千歌達が直面している問題に関して言えば、根底にあるものは同じなのではないだろうか。
「時代が変わってそこにいる人達が変わっても、次の世代にその想いを託し続けてきたんだって。だから中身が変わってもこの町までは変わっていかなかったんだって」
終わらずに続くということは、何も変化を拒み続けることじゃない。永遠の都だなんて呼ばれているこの町も耐えず変化を続けている。
それが出来たのは、大切なものを残したまま、変わりゆく時代についていったから。
「何かが欠けたり形が変わろうとそれは終わることじゃねーんだよ。それを受け継いでくれる奴がいる限り託された想いも残っていく……俺はこの話を聞いてそう思った」
受け継がれてゆく想い……陸もこれまでウルトラの先輩と触れてくる中で感じたものだ。
「……姉ちゃんが言ってたのも、そういうことじゃねーの?」
少し陸の意見が入り過ぎただろうか。
でもこれからは陸も一員だと言ってくれたのは彼女達だ。免罪符……という訳ではないが、こんな形でしか陸は力になれないから。
「…いいこと言うね」
「……聞いてたのかよ」
何か掴んだ様子で談笑を始めた幼馴染二人に背を向けその場を去ると、真横から声を掛けてくるもう一人の二年生。
間が悪そうに反目を向けた陸に対し、桜内梨子は微笑みかけた。
「恥ずかしがることないと思うよ。私も、昔の経験があったから今の私があるのは本当だもの」
「他人の受け売りだからあんま胸張れるようなことでもねーんだよ……てかいいのか? アイツ等行っちまうぞ」
「ああいやそうじゃなくて……ちょっと陸君に用が……」
あまり自分相手に時間を食う訳にもいかなかろうと道を開けるも、梨子はそれを否定しは陸を引き留める。
その際に陸の手を取った彼女は、頬に朱を差しつつ何か決意した様子で言った。
「明日の夜……付き合ってもらえないかな」
「演奏会ねぇ…」
「うん。元々興味はあったんだけど場所が場所だったから、いい機会かなって」
梨子の手にある二枚のチケットを眺めつつ夜の街を並んで進む。
彼女の誘いはこちらでは有名なオーケストラの演奏会を聞きに行かないかというもの。スクールアイドルに触れるまで殆ど音楽に興味を示さなかった陸には新鮮に感じる。
「一人で行くのもなんか不安だったから……付き合ってもらってごめんね」
「それはいいんだけどよ……俺でよかったのかよ。胸張っていうことでもないけど俺の音楽の成績は壊滅的だぞ」
「いやまあ、だからこそと言うか二人になる理由が欲しかったと言うか……」
まあ梨子が陸のことをご所望なら断る理由もないのだが。
それよりもさっきからゼロが一言も発さないのは何故なのだろうか。
「それにこれからのAqoursのこと考えたら、少しは勉強して力つけないと」
「コンクールで優勝した奴がよく言うぜ。今から見に行くのがどれくらいのモンかは知らねーけど、お前も負けてないと思うぞ」
「まだまだだよ、私なんて」
仄かに嬉しそうに答える反面、その表情は講堂での失敗を引き摺っているようにも思えた。
少しでいい、自分にできることをやりたい。そんな想いが垣間見える。
「皆も自分なりの形で頑張ってるしね。私も負けてられないよ」
「あー…、そういや曜の奴が善子と一緒に新しいステップ作るとか言って息巻いてたな」
「うん……ルビィちゃんと花丸ちゃんも、衣装の参考にって生地屋さん覗いてたし」
ちらほら千歌がライブで歌う曲の歌詞に頭を悩ませているのも散見した。
頼っているだけではいけない……だから皆自分なりに出来ることをやっている。小さくとも一歩一歩確実に、新しいAqoursへと進んでいる気がした。
「改めて思うけどすげぇよなお前等……ほんとすげぇよ」
「それはライブが終わった後、私だけじゃなくて皆に言ってあげて」
そんなこんな会話を交わしているうちに目的地へと到着する。
一般的にコンサートと聞けば先日の静真のような講堂やホールを連想するが、国が変わればそれらも変わるのか。
これから音楽家達の演奏が響くであろうその会場は建物そのものが一種の作品であるような荘厳さを纏って見えた。
「……これ俺が入って大丈夫なやつか? 近所のコンビニ行くみてーな格好なんだけど俺」
「別にドレスコードの指定なんてないから大丈夫よ……ほら、行こう?」
ここへきて怖気づいていると手を引く彼女にエスコートされる。完全に男女の立場が逆転している気がした。
どことなく、今日の梨子は積極的だ。
「…なんか、楽しそうだな」
「そうかな? ……そうかも」
風に振り向いた彼女の髪が靡き、その瞳の情景と共に揺れた。
「私も前に進まないといけないから……だから、今だけはこの気持ちに素直になってもいいのかなって」
高鳴りを映す表情の中にほんの少し、諦めが滲む。
けれどそんな感情すら既に受け入れたように彼女は、儚く笑った。
「……今だけは、ね」
「……信じられない…普通寝る……?」
「いや……すまん。ホントにすまん……」
そんな表情も講演後には一変。
席に着きオーケストラの演奏が始まったまでは良かったのだ。ただここ最近の疲労が祟ったか、奏でられた緩やかな音程に誘われ見事爆睡。梨子の機嫌を損ねてしまうのも仕方のないことだった。
「もう、音楽ってそんなにつまらない?」
「歌とかならともかくな……ああいうのはどうにも」
直前までの梨子の顔が目に浮かぶ。余程このコンサートの日を楽しみにしていたのだと思うと申し訳なさで押し潰れそうだった。
「私の時はちゃんと聞いてるのになんでそうなるかなぁ……」
「お前のは特別なんだよ。ちゃんと歌ってるところが想像できるというか、ちゃんとそこの想いが見えるっつーか……とにかく、だから負けてねぇつったんだよ」
いつも近くで彼女達を見ているからかはわからないが、梨子作る曲はそこに皆の気持ちが乗っているのが見えるし、それが歌となるのも想像できる。
まあ、今このタイミングで言っても言い訳にしか聞こえないだろうが。
「……おだてても寝た事実は変わらないわよ?」
「はい。ごめんなさい……」
「…まあ、いいよ。許してあげる」
こちらに顔を向けずに短く答えた。まだご立腹かもしれない。
表情こそ伺えないが耳まで仄かに赤い。きっとまだご立腹なされている。
「……俺の気が済まんから埋め合わせは近い内にするよ」
「…なら、もうちょっと付き合ってもらっていいかな?」
「え? けどもう結構時間……」
「お願い。今日じゃないといけないの」
ようやく振り返ってくれた梨子に気圧される形で承諾。
先程も感じたが今日の彼女は何か一つ、自分の中で決意したことがあるように思えた。
「……中世にタイムスリップしたみたいだね」
梨子のお願いとは、ただ一緒にこの町を歩いて欲しいというものだった。
今日だけ、今日じゃないとダメ。時折見せる意味深な顔が引っかかる陸に対し、ただ楽しそうに梨子は笑う。
そして最後に町並みを一望する高台に立ち、ふと零した。
「改めてごめんね? こんな時間まで付き合ってもらっちゃって」
「……謝んの俺じゃね?」
「ううん、誘ったのは私だから」
澄んだ夜空に星が瞬く。
肌に触れる空気は少し冷たくとも、梨子との間に漂う空気はどこか熱を持って思えた。
「……初めて会った時も、こんな風にちょっと肌寒かったよね」
「…忘れた」
「えぇ酷い! 私にとっては大切な日なのに!」
出会いの日がどんな気候だったなどは覚えちゃいないが、今目の前で膨れて見せている彼女があの時と比べて随分変わったのはわかる。
勿論悪い意味じゃない。それは梨子が前に進めているという揺ぎ無い表れだ。
「考えてみたらちゃんとお礼、言えてなかったなって。あの時はありがとう」
「…あれやったの、俺じゃなくてゼロなんだがな」
「それでもいいよ。あの後も、私は陸君に何度も背中を押してもらった…………なにより、あれが始まりだったなって」
梨子との出会いは彼女がチンピラに絡まれているところを陸の身体を借りたゼロがぶちのめしたのがきっかけだったか。今となれば随分と懐かしい。
思えばあの時からか。今あるだけを抱えるので精いっぱいだった守りたいものが増えていったのは。
「私は、陸君にいっぱい勇気をもらったよ。だから今の私があるんだと思う」
「…んな大層なことした覚えはねーぞ」
「陸君に自覚はなくても、皆そう思ってるよ。……多分、これからも勇気をもらうことはいっぱいあると思う」
一つ、また一つと言葉が紡がれる度に梨子の中の感情が昂っていくのが声を通じて伝わってくる。
「…だからこそケジメをつけたいんだ、この気持ちに」
また、梨子の瞳にあの色が映る。
痛みや諦観を孕みつつも、それ以上の決意を声に乗せ―――彼女の言葉で、奏でられた。
「私は……陸君が好きです」
旋律のような響きでその言葉が、彼女の想いを運ぶ。
それを受け止めた陸の眼前で揺れた梨子の瞳は潤みつつも、澄んでいた。
「……勇気をくれただけじゃない。陸君が皆と私を繋げてくれた……だから変われたの」
答えはいらない。そう言うように梨子は思いの丈を紡ぎ続ける。
それをただ、静かに、聞いていた。
「これからもきっと、変わり続けていくと思うから……一番近くにはもういられないけど、それでも最後まで見ていて欲しい」
陸と、皆が作ってくれた今の桜内梨子が向かう先を。
最後にそう言うと、くるりと踵を返した彼女は何事もなかったかのように笑った。
「……戻ろっか。皆心配しちゃう」
また、並んで歩く。
横から見るその顔に後悔などはなく、むしろ吹っ切れているようにも思えた。
「……」
どういう気持ちがあって、梨子があの想いを伝えてきたのかはわからないけれど。
大きな転換点になるであろうライブを控えた今日この日にそれを口にしたのはきっと、梨子が定めた新たなスタートなのだろうから。
だったら、今陸がすべきことは―――、
「…別に、お前等がどう思ってようが構わないけどよ」
少しだけ速度を上げ、彼女の前を進む。
「……初めから俺は、最後までお前等に付き合うつもりでいるよ」
「…そっか……だよね」
くすりと、わかりきっていたような笑いが背後で生まれる。
三度並んだ彼女の背中は、少しだけ大きく見えた。
果南が千歌に「気持ちはここにある」と伝えるシーン、2期6話で自分達の過去を肯定できたからこそ言える言葉ですごく好きですね
それはそれとしてぼくはもう実らないとわかっていてもその気持ちにケジメをつけるためにする告白が一番好きです(隙自語)
思えば梨子はあまり原作沿いの話以外でピックアップしてなかったなーと思い書きましたね
それでは次回で