「理亞ちゃんが、Aqoursに入る……?」
三年生からの招集がかかり松月に赴いた千歌達に告げられたその事実。
唐突過ぎるその内容に驚愕する一同は当然その訳を問うような視線を向けた。
「…この前聖良さんと会った時、鹿角の現状聞いたろ?」
「うん……あんまり上手くいってないって」
「それでいっそこっちに来て千歌達とスクールアイドルをした方がいいんじゃないかって、聖良が」
「今から手続きすれば新学期から通えることになるから、馴染みやすいだろうって」
この連絡を受けたのは陸に三年生組の四人。
昨日鞠莉に呼び出されてこのことを知らされた後、陸も聖良から直接この話を受けた。
千歌達に話すかも含めて三年生と話し合ったのだが、彼女達も関わる以上話さない訳にはいかないだろうと今日この場を設けたに至る。
「理亞ちゃんがそうしたいって言ってるの?」
「いいえ、まだ話してないみたい」
「ただ、聖良はそれが一番いいんじゃないかって」
聖良自身、理亞にその相談は試みているようなのだが、どうにも最近まともに話してくれないらしい。
それほど思い詰めているのか……と考えれば聖良が今回の判断に至ったのもわからなくはなかった。
「千歌さん達はどうすべきだと思いますか?」
「どうって、そりゃあAqoursは何人って決まってる訳じゃないし、理亞ちゃんとスクールアイドルするのもきっと楽しいけど……」
大事なのは自分達じゃなく理亞の気持ち。言葉として続くことはなかったがその意思は伝わった。
きっと理亞にだってこれまでSaint Snowとして培ってきた誇りがあるから。
「ダメだよ」
それを最も理解しているのは、彼女と共に成長し、共にライブを作り上げたルビィだった。
「理亞ちゃん、そんなこと絶対望んでないと思う。Aqoursに入っても、今の悩みは解決しないよ」
一週間ほど前、聖良と共に沼津を訪れていた時の理亞の様子を思い起こす。
遅れてあの場に着いた陸に何を話していたのかはわからないが、同じ妹として同じ悩みを抱いていたルビィには彼女の気持ちが感じ取れたらしい。
「だって理亞ちゃんはSaint Snowを終わりにして新しいグループを始めるんだよ。お姉ちゃんと続けたSaint Snowを大切にしたいから、新しいグループを始めるんだよ……それって、Aqoursに入ることじゃないと思う」
クリスマスにライブを行ったあの日、理亞は聖良にそう誓った。
だがそれが故に今彼女は行き詰まっている。ルビィの目はそう語っていた。
「ルビィ、向こうでお姉ちゃんと一緒に歌って、わかったんだ。お姉ちゃん達はいなくなったんじゃないって、同じステージに立っていなくても一緒にいるんだって」
大丈夫。
不安気だった親友にそう言ったルビィの顔が浮かぶ。
イタリアでのライブを通し、ルビィは掴んだんだ。まだ理亞が見つけられていない答えを。
「理亞ちゃんは、そのことに気付いてないだけなんだと思う。いなくなってしまった聖良さんの分を何とかしなきゃって。Saint Snowと同じものを作らないと、お姉ちゃんと一緒に果たせなかったラブライブ優勝を実現しなきゃ、聖良さんに申し訳ないって……!」
ルビィ達とのライブを通しスクールアイドルを続けると決めた。姉との輝きに負けない新しい雪の結晶を作ると誓った。
けれど彼女は今、叶えられなかったSaint Snowとしての夢をまだ追いかけていると、ルビィはそう語る。
理亞にとっては、姉との雪の結晶であるSaint Snowこそが最高の輝きだったから。
それをあんな形で終わらせたくなかったから。だから今もその輝きを追い求めてしまっているんだ。
「理亞さんの気持ちは、ルビィが一番わかっていると思いますわ」
震える手で理亞の気持ちを訴えた妹に手を重ねるダイヤ。
「……姉が卒業した、妹の立場として」
満たされたように呟いた彼女は、きっと妹の成長をこの上なく喜ばしく思っていることだろう。
きっと理亞だって、聖良にそんな安心と喜びを感じてほしいはずだ。
「……千歌」
「そうだね……教えてあげるのが一番だと思う!」
Aqoursだって理亞と同じだった。
失ったものに悩んで、これまでに積み上げてきたものが、掴んだ輝きも全て手の中から離れていった気がして。
でも、違ったんだ。
「そう……一緒にいるって、ずっと傍にいるよって」
「理亞ちゃんの一番大きなDreamを一つ叶えて」
地区予選決勝でのライブ。
クリスマスのライブ。
イタリアでのライブ。
スクールアイドルである彼女達にとって、大切なものに気付いたのはいつだってライブを通してだった。
「理亞ちゃんが叶えたくて、どうしても叶えられなかった夢を!」
「そうですね。叶えてあげましょう……皆で!」
だからまたライブをするんだ。
理亞の叶えられなかった夢を叶えて、失っていたと思い込んでいたものを、取り戻すためのライブ。
彼女達だけの――――ラブライブの決勝戦を。
それが大体、二日ほど前の話。
夜明け前の空の下、全ての準備を整えた千歌達を背に―――その時を待つ。
「そっか……素敵な仲間だね」
聖良にも連絡を取り、この舞台の準備を進めていた陸にトレギアの脅威がまだ去っていないことを伝えたのが彼、朝倉リク。
かつての恩人であり、同じ宿命を背負ったその人と並び立つ背後で、千歌は言った。
「……私ね、スタートってゼロなんだろうって、ずっと思ってた。ゼロから何かを始めるから、始まりなんだって……でも違ったんだ」
決勝のステージで歌った際のものに似た青い衣装に身を包んだ九人。
あの瞬間からも紆余曲折あったが、この九人で歌うのはいよいよこれで最後だ。
「だってゼロって、今までやってきたことが無くなっちゃうってことでしょ……そんなことないもん」
今この時を噛み締めるように、抱く想いを千歌は言葉に変える。
「今までやってきたことは、全部残ってる……何一つ、消えたりしない」
三年生が卒業したって、これまで三年生と過ごしてきた時間は、思い出はずっと残っていく。それが今の彼女達を作っているから。
その想いは離ればなれになったって決して消えはしない……ゼロになんてならないから。
「…そう思ったら、なんか行ける気がしたんだ」
もう迷いはない。そんな千歌達の表情に、三年生も笑う。
彼女達の伝えたかった想いは、残していったものは、イタリアでのライブを通して後輩達へと受け継がれた……あとはその始まりを見届けるだけだと言うように。
「……今なら言えるよ。君達の絆は、決してトレギアになんて負けないって」
陸もその始まりを見届けなくてはいけないから。これからも彼女達と共に歩み続けたいから。
だから今も、やるべきことをやるんだ。
「ああ、それとさ……」
真っ直ぐに自分を捉えてくるリクの双眸。
少しだけその瞳を揺らせた彼は、殊の外穏やかな声で言った。
「ありがとう……父さんのこと」
それ以上は何も続かなかった。
ベリアルの遺伝子を受け継いだ者として、共にあの人を終わらせてあげることを選んだ。
この人にそう言ってもらえると、少しだけ自分のした選択が肯定できるような気がした。
『しみったれた話は後だ後……今はあのスカした仮面野郎に見せてやろうぜ、アイツ等の輝き』
ゼロの発破に身が引き締まる。
恐らく˝向こう˝も動き出している頃だ。フィナーレといこうじゃないか。
「理亞ちゃんのためだけじゃない。私達がまた、これから歩み出すために……全力で歌おう!」
いつものように、いつも以上に重なった声が上がる。
刹那に瞬いた変わらない輝きを胸に秘め、最後の―――変身を遂げた。
今でも夢に見る。
ラブライブ……その地区予選で敗退した日。
自分の失敗で大好きな姉の、大切な夢が失われた瞬間のこと。
「ッ…、ッ…」
一向に目の前に現れない輝きを追い求めるように、夜明け前の町を一人駆ける。
どんなに走っても光が見えない。どれほど走っても背後に迫った影から逃れられない。
心で叫んだ静かな悲鳴が、誰に届くこともなく闇の中を駆け抜けてゆく。
(姉さま……)
夢破れた舞台の直後、ただ静かに自分を抱きしめてくれた姉の温かさが蘇る。
その姉の頬を伝った一筋の雫を思い出す度に、胸が締め付けられるんだ。
(姉さま……!)
走る速度が上がる。
泣いていたんだ。あの姉が、あの強い鹿角聖良が。
それくらい本気だったんだ……大切な夢だったんだ。
なのにどうして、あの場に限って自分は……。
(私が……)
過ぎ去った時間は戻ることはない。どんなに悔やんだってあの瞬間をやり直すことは出来ない。二人でラブライブの決勝の舞台に立つことは出来ない。
姉の夢は、自分達の夢はもう……叶わないんだ。
「っ……」
零れた涙が舞った。
だからスクールアイドルを続けると決めたのに。
姉との雪の決勝に負けない輝きを見つけなきゃいけないのに、Saint Snowと同じ輝きで、ラブライブで優勝しなくちゃいけないのに。
それなのにまだ立ち止まり続けている自分が、狂いそうなほどに嫌だった。
「ぅ……あぁっ……!」
私が泣かせたんだ。
私が奪ったんだ。
私が――――壊してしまったんだ。
「うあああああああああ……ん……!!!!」
心の駆り立てるままに走った、叫んだ、泣いた。
それすらも虚しさと苦しみしか生まない。虚無を悟り力尽きるように立ち止まった理亞の手前で、不穏な気配が蟠っていた。
「改めて問おう……君の願いはなんだ」
白と黒に分かれた衣服を纏ったその男は薄ら寒い笑みを張り付けたまま、これは救いだとでも言うように手を差し伸べてくる。
この男が何者であるかは考えるまでもなかった。こびり付いて離れない声がより強く頭の中で反芻する。
「私、は……」
脳裏で大好きな姉の顔が瞬く。
笑った顔。喜ぶ顔……思い出の中での表情は数知れない。
けど最も強く焼き付いてしまったのは――――あの日の涙なんだ。
「君は気付いていたはずだ。気の持ちようで悩みが解決した気になるなど一瞬の空夢、結局自分の周囲は何も変わっていないことを……何も残ってなどいないことを」
寄り添うような男の声が心の奥底にまでその手を伸ばしてくる。
もう拒絶する言葉は出てこなかった。拒絶した先に何が見えるのかわからないんだ。ずっと夜が明けないんだ。
「……その無言は、肯定ととっていいんだね」
黒い仮面がその顔を覆った途端、溢れ出した闇が男の姿を異形の者へと変える。
その胸、何かを封じ込めているような拘束具の奥で蠢く唸りに顔を上げれば――――文字通りの絶望が、口を開けて迫ってきていた。
『変わる必要などないさ。今君の抱いている虚無こそが答えなのだから…………だから、これが私からの˝救い˝だ』
「え……」
バクン。
羅列した巨大な牙を認識した瞬間、咢を閉じたそれに一瞬で暗闇の中に誘われる。
そしてその常闇の空間に浮かぶ無数の目が理亞を捉え――――、
『理亞ァァァァァァッッッッ!!!!』
刹那に瞬いた光がそれを打ち砕いた。
『なっ……!?』
ガラスの破片のように舞う割れた闇に見え隠れするのは仮面の悪魔と―――光の巨人。
『…すまない理亞。トレギアを完全に退け、君への脅威を完全に取り除くためだったとはいえ、結果的に君を長く苦しませることとなってしまった…………君が許さないと言うのなら甘んじて受け入れよう』
残存する光の軌跡が、纏わりついてくる闇を払うように差し込んでくる。
『だがこれだけは忘れないでくれ。君は決して一人ではない』
『お前は……!』
『あの夜、私は言ったな。思い出は例え形として存在し得なくなろうとも、その中で培った想いはいつまでも心に残ると』
巨人の出現に応ずる形で仮面の男までもがその体躯を巨大化させたことなど些末なことだった。
˝彼˝が再び目の前にいる……その事実に、心が照らされる。
『私の心も、ルビィ達との歩みも、聖良との思い出も全て、全てが今の君を作っている。君の心と、ユナイトし続けている……それは絶対に消えないもののはずだ』
聖夜のライブ。あの舞台に至るまでに自分を支えてくれたのは彼女達だけではなかった。
『改めて言おう………君は、独りではない』
闇夜に煌めく、胸の蒼い輝き。
その光を見上げ、変わらず暖かな目を向けてくれる遥かな友人の名を口にした。
「エックス……」
『……やれやれ、その娘を救おうとした私を意に反する敵と決めつけ、それを排除するためにその苦しみを捨て置くとはね……それが君達の言う光、正義なのかい?』
『救いだと…? ただ己の為に理亞を利用しようとした貴様に彼女のことを口にする資格はない!』
恩人であり友――――ウルトラマンエックスの肉体が浮かび上がり、トレギアと呼ばれた巨人を遥か上空へと運ぶ。
『それに彼女達を、人の力を侮るなトレギア。貴様の想っている以上に彼女達は強い』
『何を……』
そんな光に導かれるようにまた一人、理亞の隣へ顔を見せる。
卒業したはずの高校の制服に身を包む姉は、普段と何ら変わらない笑顔で言った。
「……今から私達だけの、ラブライブの決勝を行います」
聖良の抱える二着の衣装は、あの舞台で披露するはずだったもの。
袖を通すことすら叶わなかったそれを差し出し、もう一度共に歌おうと、姉は笑う。
「もし、Aqoursと競うことになったら。決勝のステージに、立つことが出来たら、あなたに伝えようと思っていた―――」
「姉さま…ッ!」
言い終わる前に姉の胸へと飛び込んだ。
何の感情に突き動かされたのかはわからない。嬉しくもあり、同時にまた辛くもある。
ただ一つ確かなのは、自分が心から―――もう一度姉と歌いたいと、叫んでいること。
「泣いてる場合じゃないですよ……」
そう言って優しく抱き留めてくれる姉の目にも、涙が滲んで見えた。
けど、今度は苦しさを生むそれじゃない。
『一緒に進もう、理亞ちゃん!』
姉の持つスマートフォンから聞こえてくる親友の声。
『甘えてちゃだめだよ。理亞ちゃんに花丸ちゃん、善子ちゃんと出会えたから、ルビィも頑張ってこれたんだよ』
支柱となっていたものを失い、共にこれからの形を模索し悩んでいた。
けれどもう、その声に迷いは感じられなかった。まだ自分の掴んでいない答えを、彼女は掴んだんだ。
『ラブライブは、遊びじゃない!』
いつか彼女達に言い放った自分の言葉が返ってくる。
もうあの時に見た弱々しい彼女達はどこにもいないんだ。それこそが答えを見つけた彼女の姿。
「歌いましょう」
「……うん」
共に歌った先に、その答えがあるのなら、今は歌おう。
二人でこのステージで、Aqoursと全力で。
『全く…これだからお前達は……』
輝きが瞬かんとするその上空で、集結した光の巨人達がトレギアを囲う。
その状況下で逃亡の無理を悟ったか、奴は度々見せてきた魔方陣を発生させることなく呆れたように首を捻った。
『自分達のやること成すこと全てが正しいと考え、意にそぐわない者がいればよく考えもせず牙を剥く……それを疑いもせずにだ』
苛立つように額を擦るトレギアの胸部、奴のカラータイマーを覆うプロテクターの奥から˝黒˝が漏れ出ていく。
闇と呼ぶのすらも憚られるほどにどす黒いそれは凄まじい速度で膨れ上がってゆき、やがて一体の怪物の形を成して現出する。
『考えたこともないのか? お前達のような未熟者が偏った正義を語り、その強大な力を振るう危うさを……!』
黒の中で見開く巨大な一つ目。
虚無を映すその目は瘴気を吸収してゆき、やがて禍々しいその体躯を形成してゆく。
『だから私はお前達を否定する……光も闇も、正義も悪も関係ない。私自身の意志を以って』
無数の棘、悪魔のような深紅の羽を揺らしながら、腹部に開く第二の口が声とも呼び難い咆哮を上げる。
『さあ来い――――グリムド』
AqoursとSaint Snowの延長決勝戦の傍らで計画を阻害されたトレギアが解き放ったグリムド
予め申しておきますがニュージェネクライマックスにおけるグリムドとはかなり違った描き方をするとだけ伝えておきましょう
ともかくこれがゼロライブ内における最後の戦いです
それでは次回で