ライブも終わり、陸も加えて、Aqoursは再び東京観光をしていた。
「・・・・・・この街、1300万人も人が住んでるのよ・・・・・・」
「そうなんだ・・・」
街を一望できる場所へと登り、梨子と曜は目の前に広がる東京の街へと目を向けている。
もっとも、その目には何か映しているようには見えないが。
「・・・・・・って、言われても、全然想像できないけどね・・・」
「・・・・・・やっぱり、違うのかな。そう言う所で暮らしてると」
結論から言うと、Aqoursは入賞できなかった。
やはりああいう場所に来る人々は、スクールアイドルに疎い内浦の人々と違って目が肥えている。
よって最も的確で、手厳しい答えが返ってくるのだ。ネットの様に簡単に賞賛の声がもらえる訳ではない。
所詮、内浦と言う小さな地域で満足していたAqoursは、まだまだ井の中の蛙でしかなかったという事。
それが分かってしまったからこそ、今のAqoursには活気がない。
「どこまで行ってもビルずら」
「あれが富士山かな?」
「ずら」
望遠鏡越しに遠くの景色を望む花丸とルビィ。出発前の元気など微塵も感じさせなかった。
「ふふふ・・・、最終呪詛プロジェクト・・・、ルシファーを召喚! 魔力一千万のリトルデーモンを召喚! ・・・・・・カッコイイ!」
その中でやたらと元気、に見える様に振る舞う善子。
いつもの様に、純粋に堕天使を楽しんでいるようには思えない。
それを少し離れた所で見守る陸。
(なあゼロ・・・)
〈・・・ん?〉
(俺は・・・、何て声を掛けてやったらいいんだ・・・?)
嫌なところで、予感が的中してしまった。
東京の評価が今までとは比べ物にならないくらい厳しい事は分かっていた。
それでも送り出したのは陸だ。だからこそ、陸は彼女達に何か声を掛けなければいけない義務があるのに。
何も、掛ける言葉が見つからないのだ。
〈・・・さぁな。こういう事は俺にはサッパリだ。励ますべきなのかもしれないし、そっとしておくべきなのかもしれない〉
何でもできるウルトラマンでも、こういう時にどうすべきかは分からないらしい。
(・・・・・・情けねぇよな。マネージャーが聞いて呆れる)
自虐を漏らす陸の視界に、ミカン髪の少女が映り込んだ。
その少女、千歌は人数分のアイスを持ったまま、他のAqoursメンバーへと身体を向けていた。
陸には背を向けている為、どんな表情でいるかは確認できないが、想像には難くない。
「お待たせ―! うわっ! 何コレすっごいキラキラしてるー!」
「千歌ちゃん・・・・・・」
「それにこれもすっごく美味しいよ! 食べる?」
何か言おうとする曜に、笑顔でアイスを勧める千歌。
そう、笑顔で。
〈・・・・・・辛そうだな。千歌〉
(・・・やっぱり、お前でも分かるか・・・)
その笑顔が取り繕ったものであるのは、幼馴染の陸と曜でなくとも分かった。
千歌は嘘が下手だ。
それはいつでも思っている事を、正直に言葉や態度に出せるのが千歌だからこそだ。
だから、分かるんだ。
瞳、表情、声音、全てに落胆の色が滲んでいる事が。
いつもの様に、笑顔が眩しくない事が。
・・・無理に、明るく振舞っている事が。
「はい! ルビィちゃんも」
「あ、ありがと・・・」
全員が心配そうに見つめられながら、千歌はアイスを配っていく。
悲しみに揺れる内心を、皆に曝け出さない様に。
自分が弱っている時に正直になれないのが千歌の悪い所だ。
「・・・全力で頑張ったんだよ。私ね、今日のライブ、今まで歌ってきた中で、出来は一番よかったって思った。声も出てたし、ミスも一番少なかったし・・・」
やがて全員にアイスを配り終わると、誰も聞いていないのに一人でに語り始めた。
「でも・・・」
「・・・それに、周りは皆ラブライブ本戦に出場しているような人たちでしょ。・・・・・・入賞できなくて当たり前だよ・・・・・・」
自分自身を納得させている様に語る千歌。
もう言うまでもなく、彼女は今日の事を引きずっている。
「だけど、ラブライブの決勝に出ようと思ったら、今日出ていた人達ぐらい、うまくないといけないって事でしょ?」
「それはそうだけど・・・・・・」
「私ね、Saint Snow見た時に思ったの。これがトップレベルのスクールアイドルなんだって、このぐらいできなきゃダメなんだって、なのに・・・入賞すらしてなかった。あの人たちのレベルでも無理なんだって」
トップバッターでパフォーマンスをし、会場を熱狂の渦に包み込んだSaint Snowの二人。
ハッキリ言ってレベルは千歌達より遥かに上だった。それこそ、追いつけるかどうかも怪しい程に。
・・・・・・それでも彼女達は、入賞できなかったのだ。
「それはルビィもちょっと思った・・・」
「まるも・・・・・・」
「なっ・・・、何言ってるのよ? あれはたまたまでしょ? 天界が放った魔力によって・・・」
全く慰めになっていない慰めをする善子を、花丸とルビィが双眼鏡越しに覗く。
「何がたまたまなの?」
「何が魔力ずら・・・?」
「え!? いや・・・それは・・・」
二人の容赦のないマジレスに、善子が狼狽える。
「慰めるの下手過ぎずら・・・」
「な、何よ! 人が気を利かせてあげたのに!」
「そうだよ。今はこんな事考えてても仕方ないよ。それよりさ、せっかくの東京だし、皆で楽しもうよ」
辛辣な現実を突き付けてくる梨子と曜、その意見に頷く花丸とルビィ、気を遣ってくれる善子。
真摯にそれぞれの反応を咀嚼していた千歌がそう言った瞬間、唐突に彼女の携帯が鳴った。
「・・・・・・?」
突然の事に驚きながらも、千歌はその電話に出た。
「・・・高海です。え? ・・・はい、まだ近くにいますけど・・・・・・」
会場に戻った千歌達に渡されたのは、今回のイベントの投票集計結果が書かれた紙が中に入れられた封筒だった。
「・・・・・・見る?」
「うん」
千歌がゆっくりと封筒の中から紙を取り出し、皆がその紙に視線を移した。
ただ一人、陸を除いて。
(・・・・・・『ちょっと迷った』・・・?)
封筒を渡してきたのは、司会を務めていたあのテンションの高い女性だった。
口調や振る舞いこそイベント中と変わらなかったが、千歌に封筒を手渡す時に、一瞬だが表情が陰った気がした。
そして彼女が言った、「ちょっと迷った」と言うセリフ。
陸がその違和感の正体に辿り着く前に、千歌達は紙に目を通し始めていた。
「あっ・・・、上位入賞したグループだけじゃなくて、出場グループ全部の得票数が書いてある」
「Aqoursはどこずら・・・?」
「えー・・・と、あ、Saint Snowだ」
「九位か、もう少しで入賞だったのにね・・・・・・」
結局一枚目にAqoursの名前は見つからず、半分以下の順位のグループが乗った二枚目の紙へと目を移す。
「あっ・・・・・・」
遂にAqoursの名前を見つけた千歌が、声にならない音を漏らした。
「三十位・・・」
「三十人中・・・、三十位・・・?」
「ビリって事・・・・・・?」
「わざわざ言わなくていいずら!」
「得票数は・・・? どれくらい?」
「えっと・・・」
梨子が問いかけ、すぐさま得票数の記された横の欄へと目をやる千歌。
そして、動きを止めた。
今まで必死に取り繕っていた笑みも消え、ただ茫然と目の前の紙を眺めている。
事を察し、駆け寄ってその紙を見た陸の目に飛び込んできたのは、
・・・・・・無情にも、0と言う文字だった。
「・・・0・・・?」
「そんな・・・」
「私達に入れた人、誰もいないって事・・・?」
千歌を除く五人が、同時に陸を見た。
当然だが、公平を期すために陸は投票していない。
そのグループに思い入れのあるマネージャーが投票に参加するのは、参加していたグループの皆様に失礼だし、そんな事で投票数を得たら彼女達も喜ばないだろうと思ったからだ。
「お疲れさまでした」
落胆するAqoursに、声を掛ける少女が一人。
「Saint Snowさん・・・・・・」
「っ・・・」
振り返れば、Saint Snowの二人がそこにはいた。
その内の一人、サイドテールの少女が前に出てくる。
「素敵な歌で、とっても良かったと思います」
てっきり何か手厳しい事を言われるのかと思えば、最下位のグループに掛けるとは思えない様な称賛の言葉。
「ただ、もしμ‘sの様にラブライブを目指しているのだとしたら・・・・・・」
だが次に彼女が続けた言葉は、称賛とは程遠いものだった。
「諦めた方がいいかもしれません」
「・・・・・・っ…・・・」
重く冷たいその言葉が、ほとんど折れかけていた千歌達の心に残酷に突き刺さった。
実力のある彼女に言われたからこそ、その言葉が紛れもなく真実だという事が分かる。
続いてツインテールの少女が、目尻に涙を溜めて、睨みつけてきた。
「馬鹿にしないで・・・。ラブライブは・・・・・・、遊びじゃない!」
『んだとっ・・・・・・』
(ゼロッ‼)
『っ・・・・・・!』
あまりにも身勝手な物言いに憤慨したゼロだが、陸に制された後は何も言わなかった。
陸達はまだいい。全力を尽くしてこの結果で、挙句の果てにあんなことを言われたAqoursの心は、これ以上何か言われようものなら本当に折れてしまいそうだったから。
「では・・・・・・」
Saint Snowだって悪気があってあんな事を言った訳じゃない。
彼女達も本気だったのだ。
だからこそ、悔しかった。そりゃ何かに当たりたくなるだろう。
昨日苛立ちを八つ当たりの様にダークロプスゼロにぶつけた陸とゼロは、ここでは何も言う資格はない。
ただ、去ってゆく二人の背中を眺める事しか出来ないのだ。
沈む夕日で赤く染まる海を、ただただ無心で眺める帰りの電車。
陸達しかいない車内を支配していたのは、息苦しくなる程の重々しい空気だった。
「あんなこと言われちゃったけど、・・・私は良かったと思うな」
そんな中、千歌が口を開く。
この雰囲気の中、辛うじて晴れやかな表情を保ちながら、皆に笑いかける。
「精一杯やったんだもん。努力して頑張って、東京に呼ばれたんだよ? それだけで凄い事だと思う! ・・・‥でしょ・・・?」
「それは・・・」
「だから、胸張っていいと思う。今の私達の精一杯が出来たんだから」
リーダーとして、皆を励まそうとしているのか、それとも自分自身を鼓舞しているのか。
どちらにしろ、千歌が本心でそれを言っているとは到底思えない。
そんな千歌の心情を知ってか知らずか、笑って見せる千歌とは対照的に、仄暗い表情をした曜が口を開いた。
「千歌ちゃん・・・」
「ん?」
「千歌ちゃんはさ、悔しくないの?」
その言葉に、俯いていた他のメンバーもはっと顔を上げる。
皆思ってはいたが、口には出せなかった事。とても言い出せるような雰囲気ではなかったから。
それを打ち破り、最も気が知れた幼馴染である曜が、皆の気持ちを代弁して言い放ったのだ。
流石に、千歌も笑顔を崩して表情を引きつらせる。
「そ、そりゃあちょっとは・・・、でも満足だよ! 皆とあそこに立てて! ・・・私は、嬉しかった」
「そっか・・・」
そう思っている事は間違いないのに、千歌は頑なに「悔しい」と口にしようとしない。
何が千歌をそうさせるのか、どうして無理に感情を抑えこむのか。
陸のみならず、他のAqoursメンバーも理解が出来なかった。
差し込む夕日は車内を照らすが、それが心にまで届く事はない。
その後は余計に重くなった空気の中、会話もなく七人は電車に揺られ続けていた。
「ふぇ~・・・、やっと戻ってきた~・・・」
「やっとずらって言えるずら~」
「ずっと言ってたじゃない!」
「ずら~~・・・」
やっとの思いで辿り着いた沼津駅。
故郷に戻り多少心に余裕が生まれたのか、一年生三人はさっそくコントをかましている。
千歌達二年生も、少しは表情が緩んでいた。
そこへ、
「「「おーい」」」
千歌達を呼ぶ声が、集団でこちらに駆け寄ってきているのが分かった。
見ればそれは浦の星女学院生徒数十名。
どうやら、お見送りのみならず、お迎えにも参上してくれたらしい。
それを見て陸は千歌達から離れた。
「皆・・・」
「どうだった? 東京は!」
興奮気味にAqoursに詰め寄る浦の星女学院一同。
彼女達にとって、千歌達は名もない場所から青焦がれの場所であった東京へと向かった。言ってみれば英雄の様な物なのだろう。
だから純粋に応援し、今もこうして質問を浴びせているのだ。
「あー、うん! 凄かったよ! なんか、ステージもキラキラしてて・・・」
その気持ちが、今の千歌達には辛い。
「今までで一番のパフォーマンスだったよねって・・・」
「なーんだー・・・、心配して損した~」
「じゃあじゃあ、本気でラブライブ決勝狙えちゃうって事?」
「えっ・・・」
後頭部に手を回し、たははと笑っていた千歌の動きが止まった。
千歌だけではない。Aqours全員が、その言葉に動きを止める。
きっと皆の頭を駆け巡っているのは、全参加チームの内最下位だった事実と、得票数0の文字。
そして、
―――――諦めた方がいいかもしれません。
―――――ラブライブは・・・・・・、遊びじゃない!
Saint Snowに告げられた、目を背けたくなるような言葉だろう。
千歌達の沈黙を肯定ととったのか、浦の星女学院一同はその盛り上がりを増していく。
「そうだよね! だって東京に呼ばれるくらいだもんね!」
「「うんうん」」
「あ~・・・。そうだね・・・、そうだと・・・、いいけど・・・・・・」
事実を知らない彼女達の純粋な期待が、千歌達に重くのしかかる。
だが陸には助け舟は出せない。仮に何かを言ったところで、それが助けになる保証などどこにもない。
もはやAqoursに期待する浦の星女学院一同の話し声さえも、耳障りな雑音へと変わっていく。
その時だった、
「お帰りなさい」
不意に耳朶に触れた透き通った柔らかな声音に、自然と身体が反応するのは。
「お姉ちゃん・・・・・・」
姉を見て、弱々しく目尻に涙を溜めていくルビィ。
「よく、頑張りましたね・・・・・・・・・」
優しく微笑みかけるダイヤに、もうルビイは破裂しかけていた感情の爆弾を抑えこむことは出来なかった。
「・・・うっ・・・っ・・・・・・うぅ・・・、っ・・・・・・・・・あぁぁぁぁ・・・・・・っ‼」
ダイヤの胸に飛び込み、ルビィは盛大にそのか弱い鳴き声を周囲に響かせ、他のAqoursメンバーも見ていられない様に下を向く。
そんな彼女達を見て、この場にいる全員。向こうで何があったのかを悟ってしまった。
暗いなー。暗いけど、次回もっと暗いんだよなー。
善子「ふふ・・・、ならばこの堕天使の力で!」
俺「お前次回セリフほとんどないからな」
善子「え」
次回はほとんど陸の一人語りみたいなもんです。