「得票数・・・、0ですか・・・・・・」
「・・・はい」
場所は移って、沼津駅近くの河川敷。
千歌達は、ダイヤに東京であった事を全て話した。
「やはりそう言う事になってしまうのですね。今のスクールアイドルの中では・・・」
ダイヤは泣き疲れて眠ったルビィに膝枕をし、微笑みながらその頭を撫でている。
「先に言っておきますと、貴方達は決して駄目だった訳ではないのです」
事の詳細を聞いても、ダイヤが冷静さを欠くことはなかった。
むしろ初めからそうなると分かっていたかの様に、淡々と言葉を紡いでいく。
「スクールアイドルとして十分経験を積み、見てくれる人を楽しませるに足りるパフォーマンスもしている。でも・・・、それだけではだめなのです。もう・・・それだけでは・・・」
「どういうことです?」
問いかけた曜に、
「7236。何の数字だか分かりますか?」
「・・・・・・・・・ラブライブにエントリーしたスクールアイドルの数ですか?」
「ええ・・・。去年、最終的に登録された人たちの数ですわ。その数は、第一大会の十倍以上・・・」
「そんなに・・・」
そのあまりの多さに、千歌が小さく呟く。
第一大会でおよそ七百ものスクールアイドルがエントリーしている時点で、既にスクールアイドルの人気は高かったことが伺える。
そしてある時、その人気は爆発的に高まった。
その火付け役が、μ‘s。そしてA-RISE。
かつて絶大な人気を博したこの二グループの台頭により、ただでさえ高かったスクールアイドルの人気は天井知らずになり、今日のドーム大会が開催されるまでに至ったのだ。
数が増えれば、その分実力のあるグループも増える。
実力のあるグループが増えれば、スクールアイドル全体のレベルの高さも向上する。
レベルが向上すれば、当然そのレベルに満たないグループは淘汰される。
つまりは、
Aqoursが、今のスクールアイドルのレベルについていけていないのだ。
「・・・貴方達が誰にも支持されなかったのも、わたくし達が歌えなかったのも、仕方のない事なのです・・・」
「歌えなかった・・・・・・?」
「どういう事・・・?」
立ち上がった善子に、ダイヤは儚く笑いかけると、
「二年前、既に浦の星には統合になるかもと言う噂がありましてね・・・・・・」
その後にダイヤは、驚くべき事実を語った。
何とダイヤは二年前、スクールアイドルをやっていたというのだ。
そのメンバーはダイヤの他に鞠莉、そして果南。
三人は学校存続の為に立ちあがり、練習を重ね、人気も得た。
そしてとある日、今の千歌達同様、東京のイベントに呼ばれたとの事。
「・・・・・・でも、歌えなかったのですわ」
ここからが千歌達とは違った点。
ダイヤ達三人は、他のグループのパフォーマンス、そして味わったことのない大きな会場で歌う事のプレッシャー。
その結果、歌う事すらままならなかったという。
その後は鞠莉の留学によりグループは解散。スクールアイドル、ひいてはラブライブへの道を閉ざすことになった。
衝撃の告白に、Aqoursは全員戸惑いを隠せていないが、陸だけは一人腑に落ちたような表情でダイヤの話に耳を傾けていた。
――――――逃げてても何も変わらないよ・・・?
――――――逃げている訳ではありませんわ。わたくしも、果南さんも。
――――――前は、ルビィよりも大好きでした。
そして果南のスクールアイドルに対しての反応。
何本もの伏線が、今ここで一つに収束した。
「貴方達は歌えただけ立派ですわ」
「じゃあ・・・‥、反対してたのは・・・」
「いつかこうなると、思っていたから」
認めていなかった訳ではないのだ。
逆だった。認めてくれていたのだ。千歌達の努力も、想いも、実力も。
それだからこそ、自分達と同じような道を辿ってほしくないと、あえて辛辣に接し、的確に改善点を指摘してくれた。
――――――これは今までのスクールアイドルの努力と! 地域の皆様の善意があっての成功ですわ! 勘違いしない様に!
今になって、あの日にダイヤが千歌達に伝えようとした本当の意味が、痛いほど理解できた。
Aqoursは、ずっと地域の人々。そして歴代のスクールアイドルが積み上げてきた人気に支えられ、今までの成功があったのだ。
ましてや今のAqoursには妹のルビィがいる。
妹が、かつての自分と程度は違えど同じ挫折を味わってしまった。
ずっとルビィを見守り続けていたダイヤの心境たるや、想像するに余りある。
「・・・・・・」
未熟だった。何もかもが。
周りの気持ちなど理解もせず、ただ目の前の事だけに一直線になった結果がこれだ。
それを気付かせる事が、陸には出来たはずなのに。
(・・・・・・ホントに、何で俺ここにいるんだろうな・・・)
〈・・・陸・・・〉
自転車を漕ぎ、風を感じながら夜の街を進んでも、気分が晴れる事はなかった。
陸も、ゼロも。
先程から、陸の背中に埋めた顔を上げる気配のない曜も。
「・・・・・・何で、あんな事言っちゃったかな・・・」
弱々しく吐き出した曜の息遣いを背中で感じる。
―――――――千歌ちゃん。辞める?
黙りこくる千歌に対し、
―――――――辞める? スクールアイドル?
曜がかけた言葉がこれだ。
曜にとっては、いつも通りの流れで、沈んだ千歌の気持ちを焚きつけようとしていたのだろうが。
正直、今回ばかりは掛ける言葉を間違えたとしか陸も言いようがない。
挫折を知った。
気付かなかった、ダイヤや鞠莉の思いを知った。
自分の未熟さを嫌になるほどに痛感した。
そんな千歌に、辞めるか辞めないかの問いは、あまりに二者択一過ぎたのだ。
幼馴染の陸と曜だからこそ知っている。
千歌は小さい頃からずっと、何かに一心不乱に打ち込んだことがない。
だからこそ千歌は、今回の様に敗北をする事、それから立ち直る事。ましてや勝つ事にも慣れていないのだ。
曜があの場で今後の決断を迫ったのは、ある意味千歌の心からただでさえなかった余裕を奪い去る事だったのかもしれない。
「・・・・・・酷いなぁ・・・、私・・・」
率直に言ってしまえば、曜は千歌から答えをもらう事に焦り過ぎた。
だが・・・、
「・・・・・・悪くねぇよ。お前は・・・」
普段の千歌なら、少なくとも返答をしない、なんて事はありえない。
空元気で無理にポジティブに振舞うのも、いつもの千歌らしからぬ行動だ。
けど、付き合い始めてせいぜいが数か月程度の他のAqoursメンバーが、そこまで千歌の心の機微に敏感な訳がない。
それに気付くことが出来、なおかつあの状態の千歌の心に踏み込むことが出来るのは、陸と曜だけだった。
本来ならばAqoursメンバーである曜ではなく、一応はマネージャーと言う立場にいる陸が、言い方は悪いがその憎まれ役を買って出るべきだったのに。
この期に及んでまだ、陸はこの関係が崩れる事を恐れている。
だから曜にこんな重荷を背負わせてしまったのは、陸の責任だ。
「・・・・・・俺なんか、何にもできなかったんだからよ・・・・・・」
「・・・・・・陸・・・?」
曜が不安そうに埋めていた顔を上げ、陸の顔を覗き込もうとしてくる。
今の自分の心情を悟られない様にと、陸はペダルを漕ぐ足に更に力を籠めた。
すでに夜は更けているが、曇っているので空模様は暗い。
帰った後も眠ることが出来す、ふらふらと海沿いの道を歩く陸。
無意識のうちに、千歌の家の前で足を止めていた。
「・・・・・・」
鮮明に、昨日の千歌の顔が頭に浮かび上がる。
あんなに辛そうな千歌の顔を、未だかつて見たことがあっただろうか。
励ますべきだった。何か声を掛けるべきだった。
最悪嫌われてでも前を向かせるべきだった。
だってもう、関わらないつもりだったから、Aqoursとは。
自分と一緒にいない事が、彼女達にとっての幸せだったはずだから。
なのに、何故。
陸は今ここで、未練がましく足を止めているのだ。
〈・・・・・・陸・・・〉
ゼロの声が、海の波の音と共に耳朶に触れる。
〈・・・少し休め。気負い過ぎだ。もう二日も寝てねーんだぞお前〉
ゼロに言われ、思えばこの二日間、不眠不休で何かしらに思考を巡らせていた事に気付いた陸。
「・・・・・・大丈夫だよ。お前のおかげで寝ないどころか、飲まず食わずでも生きていけるんだから」
〈そう言う話をしてるんじゃねぇっ‼〉
初めて陸に対し声を荒げたゼロに、驚く陸。
〈どうして全てを一人で抱え込もうとする? どうして全ての責任が自分にある様に考える? ・・・・・・何故・・・、俺を責めない・・・〉
「・・・・・・ゼロ・・・?」
〈・・・・・・関係のないお前を戦いに巻き込んだのは俺だ。お前は自分といるからAqoursの連中が危険な目に遭っていると思っているようだが、元はと言えば俺が原因だ。俺がお前と一体化していなければ、こんな事にはなっていなかったはずだ〉
「・・・・・・」
〈それだけじゃねぇ。俺がアナザークライシスを防げていれば。俺が六年前の怪獣災害に気付けていれば。俺がダークネスファイブの消息を掴めていれば。今こうしてリトルスター騒動が巻き起こる事も、千歌達に危険が及ぶ事をなかったはずなんだ・・・・・・〉
怒涛の勢いで言い募るゼロ。
確かに、それらのどれか一つでも叶っていたのならば、今こうして戦う事もなかったのかもしれない。
けど、
「・・・・・・今更たらればを言っても仕方ないだろ」
過ぎた事をいくら悔やんでも、今この瞬間がどうにかなる訳ではない。
「お前こそ一人で抱え込もうとするなよ。アナザークライシスも怪獣災害もダークネスファイブも、全部が全部お前の責任って訳じゃないだろ」
〈それは・・・・・・、そうだが・・・〉
「変わるべきは俺だ」
だからこそ、今この瞬間に変えられることをやるべきなんだ。
「まずは、俺がAqoursから離れ――――――」
〈でもな陸〉
それを実行に移す覚悟を固めようとしたところで、それを制するようにゼロが言葉を発する。
〈だからといって、Aqoursから離れていい訳じゃねぇ。まだ守れるんだ。お前は〉
「何言って・・・・・・?」
ゼロの言葉の意味を理解できないでいると、ふと海岸の方に、二人の少女の姿が見えた。
それは千歌と梨子だった。
千歌は海に浸かり、梨子は砂浜に立ち、何やら千歌と会話をしている。
「それで? 何か見えたの?」
「ううん・・・、何も」
「何も?」
「うん・・・・・・。何も見えなかった」
「そっか・・・・・・」
ゼロとの一体化で強化された陸の聴覚に、二人の声が滑り込む。
「でもね、だから思った。続けなきゃって。私、まだ何も見えてないんだって。先にあるものが何なのか、このまま続けても・・・0になるのか、それとも1になるのか、10になるのか・・・・・・」
千歌のすくった海水が、その手から零れ落ちていく。
「ここで辞めたら、全部分からないままだって」
千歌は、笑っていた。いつもの様に。
「千歌ちゃん・・・」
「だから私は続けるよ、スクールアイドル。だってまだ0だもん!」
だが徐々に、表情が暗いものに変わっていく。
「0だもん。・・・・・・0なんだよ。あれだけ皆で練習して、歌を作って、衣装も作ってPVも作って、頑張って頑張って・・・・・・! 皆にいい歌聞いて欲しいって・・・・・・! スクールアイドルとして輝きたいって・・・・・・」
千歌が、抑えきれなくなった感情と共に海底を踏みつけた。目を伏せ、頭に腕を寄せ、何度も何度も海底を蹴る。
「っ・・・・・・! ・・・なのに0だったんだよ!? 悔しいじゃん‼」
悔しい。
千歌は曜にそれを聞かれた際、悔しいとは口にしなかったが、そう思っていた事は分かっていた。
「差がすごいあるとか! 昔とは違うとかそんなのどうでもいい‼ ・・・・・・悔しい・・・やっぱり悔しいんだよ・・・・・・」
けど、何故それを今になって吐露しだしたかは、陸には分からない。
ずっと思った事は正直に表現する奴、そう思ってたから。
だからこそ、今は千歌の事が分からない。
「よかった・・・。やっと・・・、素直になったね・・・」
「だって私が泣いたら、皆落ち込むでしょ・・・? せっかく皆スクールアイドルやってくれたのに・・・・・・」
海に入った梨子に背後から抱きしめられ、隠すことなく本音を曝け出す千歌。
きっと過去に挫折を味わっている梨子にだからこそ、千歌は今こうして素直になっているのだろう。
あの場で千歌が悔しいと口にしなかったのは、自分がそれを言う事で、リーダーが弱々しい事を言う事で、これ以上の険悪ムードになるのを防ごうとしたから。
・・・そんな事にも気が付かなかった。
「馬鹿ね。皆千歌ちゃんの為にスクールアイドルやってるんじゃないの。自分でそうするって決めたんだから」
「えっ・・・?」
「私も、曜ちゃんもルビィちゃんも花丸ちゃんも、勿論、善子ちゃんも」
梨子が視線を向ける先、そこには、
「おーい!」
いつの間にか集合していた、Aqoursのメンバーが。
「でもっ・・・」
「だからいいの。千歌ちゃんは、感じた事を素直にぶつけて、声に出して?」
皆が千歌の元に駆け寄り、梨子の言葉に同調するように笑いかける。
「千歌ちゃん!」
昨晩はあれほど沈んでいた、曜すらも笑顔だった。
「皆で一緒に歩こう。一緒に・・・・・・」
「うっ・・・・・・! あぁあ・・・・・・! あぁぁぁぁぁぁぁんっ‼」
遂に千歌は、大声を上げて泣き始めた。
「今から、0を100にするのは無理だと思う。でも、もしかしたら1にする事は出来るかも。私も知りたいの、それが出来るか」
「・・・・・・! うんっ!」
雲の切れ間から顔を覗かせた太陽が、新たなスタートを切ったAqoursを祝福するように照らす。
「・・・・・・」
Aqoursは、自分達で立ち直った。進むべき道を見つけた。
仲間に気を遣い、一人ひそかに悩んでいた千歌を支え、ため込んでいた感情を吐き出させる程、温かく寄り添った。
千歌だって、初めて味わった大きな挫折を、Aqoursのリーダーとして乗り切った。
・・・・・・じゃあ、陸は何をした?
「・・・・・・なんだ」
戦いに巻き込み、危険な目に遭わせただけ。
ただ、それだけだ。
未だかつて、何か直接Aqoursの役に立ったことは、一度もない。
「・・・・・・いらねぇじゃん・・・‥、俺・・・」
あまりの眩しさに見ていられなくなり、陸は六人に背を向ける。
だから、気付かなかった。
太陽に照らされた千歌の胸が、微かに光を帯びた事に。
陸のテンションを下げるだけ下げたところで、ラスボスの果南の攻略に移るとしますか。
ちなみにしばらくは内容が内容なのでここの会話コーナーは割愛させて頂きます。
それでは次回で!