戦姫絶唱シンフォギアASH   作:がめちょん

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アダムとの戦いから数か月。
新年を迎えた装者たちは、束の間の平和を謳歌していた。
そんなある日、S.O.N.G本部へと米軍基地より救援の要請が入る。
ヘリに搭乗し現場へ急行した装者たちは、アルカ・ノイズを一掃する。が、そこへ識別不明機より降り立った装者が現れる。
その装者とは――


第一話  半天の月、咲き立つ花

序章

 

 夜の闇を切り裂くように、一機のヘリが空を駆けて行く。

眼下に広がる街は、燃える様に煌々と輝きを放っている。

――いや、事実としてそれは、燃え盛る炎の色だった。

 方々から上がった火の手は、意思を持った様に線となって軌跡を描き、一点の開けた土地に収束しているかの様に見える。

そのヘリはその上空を、収束地点へ向けて飛行していた。

 

「警告。貴機は当基地の領空を侵犯している。速やかに退去せよ」

 

 無線から聞こえる警告は何度目だろうか。

次第にその言葉は強い意味を持ち、その声音もまた緊張感を増しつつある。

 

「これ以上進むのは危険です。威嚇では済みません」

 

 パイロットは必死に危険を訴えている。その言葉は決して大袈裟なものではなく、現実として充分考えられる事であった。

米軍保有の施設の上を飛行しようと言うのだ。迎撃されても何もおかしな事はない。

 

「頃合いか」

 

 無線越しの声はポツリと呟いた。

パイロットの顔に、僅かばかりの安堵が浮かぶ。

 

「彼奴等は既に戦端を開いておる……分かって居ろうな」

 

 無線越しのその声は、パイロットに向けられたものではなかった。

後方の座席。そこに、フードを目深に被った人物がいた。

全身を覆う外套によって、その姿形まではわからないが、とても小柄なその体躯は少女のそれのように見える。

 言葉は発さず、フードを被ったその人物が立ち上がると、それを合図にドアが大きく開け放たれた。

風が激しく吹き荒れ、言葉も聞き取れないほどに轟々と鳴る。

パイロットが何か叫んでいるようだが、口をパクパク動かしているばかりでその声は聞き取れない。

フードを被った人物は、耳の辺りに手を当てると、なにかを呟いているようだった。恐らく無線機か何かでやりとりをしているのだろう。

 開け放たれたドアのところまでやってくると、その人物は胸元から小さなペンダントを取り出した。

赤く輝く鉱石のような『それ』を手にすると、戦場へと向けて駆け出すように、開け放たれた空へと向けてその身を躍らせる。

 それと同時に、ヘリはその機首を翻し、その空域を離れていく。

やがて、間もなくして空に一つの輝きが眩く閃いた。

 それは、装者がシンフォギアを纏う際に発せられる輝きに他ならなかった。

その光は、月明かりと混じり合うようにして、今なお戦火の消え行かぬ戦場へと、ゆっくりと、吸い込まれていくように降下していった。

 

 

 

束の間の日常

 

 

 

 アダムとの戦いから数か月が経とうとしていた。

年末年始と賑わいを見せていた街並みも、一月の半ばに差し掛かる頃には、随分落ち着きを取り戻しているようだ。

 

「ッ……寒ぃな」

 

 白い息を吐きながら、何重にも巻いたマフラーに埋もれるようにしてクリスは吐き捨てた。

これから二月へ向けてもっともっと寒くなるなど、信じたくも無いといった面持ちで肩を狭めて歩いている。

そんなクリスの背中を追うように、切歌と調が後ろをついて歩く。

 

「本当、手も耳も冷たくてしもやけになりそう」

「だったら暖め合うデスよ!」

 

 クリスに同調する調の手を掴んで、無理やりにクリスの元へ駆け寄ると、切歌は調の反対側からクリスを挟み込むように回り込み、空いている方の手をクリス越しに調へ差し出した。

「ほら」と言わんばかりに差し出されたその手へ、調がおずおずと自らの手を差し出すと、切歌はその手をギュっと捕らえて力任せに引っ張る。

 

「ちょっと切ちゃん!」

「何やってんだこのバカ!」

 

 急に引っ張るものだから、思わず調はバランスを崩してクリスに持たれかかってしまう。

クリスはすんでのところで踏ん張りを利かせると、何とか体制を立て直し、どこまでもお気楽な後輩を罵倒した。

 

「危ねーだろ! すっ転んで怪我でもしたらどうんだ!」

「ごめんなさい……暖まるかと思ったのデス」

 

 真剣に叱るクリスの怒声に、然しもの切歌もお気楽ではいられず、シュンと委縮してしまう。

身を寄せ合えば暖かくなるだろうと思い付きで行動したのだろうが、その考えなしの行動は、どこかの誰かを想起させるものだった。

 

「ったく……あいつのバカが感染ったか?」

「デ、デース!?」

 

 クリスは思わず落としてしまった鞄を手に取ると、土を手で払いながら呆れた声を上げた。

その『バカ』とは当然立花響の事を指していることぐらいは切歌にも調にもわかる。しかし、そんな響と同類扱いされたことが余程ショックなのか、切歌は思わず驚きの声を上げた。

調もまた、口に出さないものの、ぼんやりと「確かに似ている」と内心にそう思うのだった。

 幸か不幸かそうこうしている内に一同は本部へと到着した。

内部は空調が効いており、三人は漸く人心地着くと、訓練所へ向かう。

 

「そういや今日あのバカはどうしたんだ?」

 

 通路を進みながら、クリスは響の所在を訊ねた。

普段なら帰りに「クリスちゃーん」と間の抜けた表情で飛びついてくるはずが、今日は姿が見えない。

 

「わたしも見てないです」

 

 思い返してみるものの、調にも心当たりは無い。

確かに一緒に帰らないのは珍しい気がする。

 

「あっ、アタシさっき見かけたデスよ!」

 

 そんな二人とは対照的に、切歌は大きな声を上げた。

帰る前に響と未来の姿を見掛けたことを思いだす。

ただ、その姿は何だか――

 

「実はさっきデスね――」

 

 と、話し出そうとした切歌の言葉を遮るように、警報音が鳴り渡った。

 

「警報?」

「何が起きやがった!」

「アタシは何もしてないデスよ!?」

 

 急な警報音に、各々慌てた様子で声を上げる。

どうやら警報音は艦内全体に流れているらしく、クリスは咄嗟に端末を取り出すと、その画面に目を走らせた。と、ちょうど弦十郎からの着信が入ってくる。

 

「おっさん! こいつは何の警報だ!」

「とにかく発令所に集まってくれ、翼たちも既に来ている」

 

 手短に用件だけを伝えて弦十郎は通話を終了してしまった。

端末越しの声は、少し張り詰めたように聞こえた。どうもただ事ではないらしい。

クリスは振り返ると後輩二人に目配せをする。

 

「行くぞ!」

「はい!」

「はいデス!」

 

 三人は警報の鳴り響く通路を発令所へと急いだ。

一難去ってまた一難。

新たな脅威が現れたのだろうか? と頭を悩ませるが答えなどは出るはずもない。

 

「何だってんだ、畜生」

 

クリスはただ小さく、忌々しそうに吐き捨てるのだった。

 

 

 

「来たか、雪音」

「先輩。一体全体何が起こったってんだ?」

 

 発令所には既に翼とマリアが詰めており、やってきたクリス達を真剣な面持ちで出迎えた。

正面に表示されたモニタには、今まさに爆発を起こして炎上する建物の映像が表示されている。その風景は、どこかの基地施設のようだ。

 

「米軍施設が突如としてアルカ・ノイズの襲撃を受けた。早速で済まないが急ぎ向かってもらいたい」

 

――米軍! と三人は身を固くした。

先のアダムとの戦いに際して、神の力より響の救出が成功したというのに反応兵器を撃ち出し、この国を焦土に変えようとした米国が、今さら何と都合の良い話だろうか。

「そんな奴ら見捨てちまえば良いだろ!」と反吐を吐きたくなるのをクリスは必死に堪える。そこに居るのはただ一介の軍人達に過ぎず、あの判断を下したのは彼らではないのだ。

 

「米軍を助けるのは癪だけど」

「ノイズ相手なら仕方がないのデス」

 

 調と切歌もまた不満気ではあるものの、不承不承それを受け入れる。

心では割り切れていなくとも、頭では分かっているのだ。

 

「ところで、彼女は一緒ではなかったの?」

「確かに、立花の姿が見えないようだが」

 

 マリアの問いに翼も同調する。

どうやら響は、この発令所にも本部自体にも来ていないらしい。

人助けが趣味の響の事である。いの一番に駆けつけていてもおかしくは無い。が、クリス達が連絡を受けたのも今しがたであることを考えれば、それも無理からぬ話かもしれない。

 

「通信機にも応答が無いのよ。未来ちゃんにも掛けてみたんだけど……」

 

 友里が心配そうに、補足するように告げる。

確かに、二人して連絡が着かないというのはどうにも不自然に思える。

 

「あっ、アタシさっき響さんたちを見たデスよ?」

 

 言いかけたまま途切れてしまった話を、切歌は再び思い出す。

先ほどはちょうど警報と呼び出しに遮られてしまったのだが、今度はきちんと話せそうだった。

 

「授業が終わった後に中央棟の廊下を二人して走ってたデス。何だか慌ててる様子だったデスよ」

 

 今にして思えば、随分と様子がおかしいようだった。

切歌は思い出しながらも「うーん」と首をかしげるようにして二人の姿を瞼に描く。

響が先を行き、それを追うようにして駆ける未来。二人はどちらも真剣な面持ちだったように思えた。

 

「中央棟といえば――」

「先生たちの職員室があるはず」

 

 一同の間に沈黙が流れる。

こちらの本部が把握していない事情だとすれば、家族に何かがあったのかもしれない。

響の祖母もそれなりに高齢なはずである。

だとすればこちらで口を出せる問題では無いだろう。

 

「藤尭、友里」

「学校及び響ちゃんの自宅に連絡してみます」

「こっちは通信機の位置情報をトレースしてみます」

 

 弦十郎の一言で二人は即座に対応に回る。

この二人であれば確認もさほど時間はかからないだろう。

「うむ」と頷くと、相変わらずの覇気を漲らせて一同の方へ向き直る。

 

「響くんの事はこちらで確認する。お前たちはヘリで現地へ向かってくれ」

「へっ。あいつが来るまでに全部片づけてやらぁ」

「そうデスよ! アタシたちだけでも充分なのデス!」

 

 弦十郎の指示に減らず口を叩く二人。

それは一抹の不安を振り払うための強がりでもあり、響の身内に何かあった場合に、こちらの負担を背負わせまいとする優しさの表れでもあった。

 

「そうね、あの子が来るまでに片付けちゃいましょう」

「ああ」

 

 一同は頷き合い、出動のために準備しているヘリに向かう。

装者達が去ったしばらく後、藤尭は弦十郎に声を掛けた。

 

「響くんたちが見つかったのか?」

「いえ、実は通信機の位置情報がですね……」

 

 その歯切れの悪い答えは、普段の藤尭らしからぬ様子だった。

その様子に弦十郎も思わず眉を顰める。何か異常があったのだろう。

 

画面に映し出されたその位置情報。

その情報が示す場所は――

 

 

 

「あれ? この鞄ビッキーたちのじゃない?」

 

 響たちのクラスメイトの一人。安藤 創世は、机の上に放り出された二人分の鞄を指して言う。

それは確かに響と未来の鞄に間違いなかった。

 

 

 

降り立った装者

 

 

 

「通信機も置き忘れているみたいです」

 

 同じくクラスメイトの寺島 詩織は、そこに残された二人の端末を手に取る。と、ちょうどその時、通信機へと着信が入った。

詩織は驚きのあまり、思わず通信機を手から滑らせる。

 

「えっ、ちょっとなんてタイミング良く着信が入るのよ、アニメじゃないんだから!」

 

 三人組の最後の一人、板場 弓美は咄嗟に通信機をキャッチする。

 

「繋がった……響ちゃん、聞こえる?」

 

 どうやらキャッチした瞬間に、うっかり通信に出てしまったらしい。

二課の端末を勝手に触り、剰えその通信を受けてしまったとなれば、叱られるどころでは済まないのではないか? と弓美はもう気が気ではなかった。

 

「あの、すみません。ビッキー……じゃなくて、立花さん居ないみたいで、鞄と通信機だけが置き去りで」

 

 その慌てぶりに、創世は仕方なく通信機を取ると、代わりに返答する。

弓美は声を出さずに、両手を合わせて「ごめん」と大げさに謝ってみせた。

 

「あなたは響ちゃんのお友達?」

 

通信機越しの女性――友里は、通話の相手を確かめるように問う。

その声はどことなく聞き覚えがあるような気もするのだが、どうにも思い出せない。

 

「はい、クラスメイトの安藤 創世と言います」

 

 冷静に受け答えするその少女の名前を聞いて、友里は思い当たる節があった。

かつてフィーネによりカ・ディンギルの地下シェルター部分に取り残された二課の面々。そしてそこには同じく取り残されたリディアンの生徒たちが居た。

その中に、響のクラスメイトとして未来の他に居た三人組、確かそのうちの一人が同じ名前だったはずである。

 特徴的な名前に、友里は一人納得した。

 

「あの、立花さんに何かあったんですか?」

「私たちも今探しているんだけど……」

 

創世の問いに正しい答えを持たない友里は思わず口ごもる。

鞄と通信機。その両方を置き去りのまま、二人で姿を消すなど、いよいよもってただ事ではない。

 

「こちらでも探してみるから、あなたたちも何か分かったら連絡をお願いね」

「わかりました」

 

 創世との通信を終えて、友里は振り返る。

通話の内容は発令所内にも聞こえているため、弦十郎も当然把握していた。

 

「響くん、未来くん……」

 

 連絡のつかない二人を慮る弦十郎の声は、いつになく重々しい。

その声色、その言葉、その状況に、発令所の一同もまた、顔に暗い翳を落とすのだった。

 

 

 

 その頃。

クリスたちは間も無く基地上空へと差しか掛かろうとしていた。

既に建物のあちこちから黒煙と火の手が上がり、時折格納庫らしき建物から大きな爆発が起こっている。

 

「翼です。間も無く基地上空へ到達。ノイズの殲滅を行います」

 

 翼は弦十郎へと通達しながら、遥か下の地面に降りられるような場所を探す――が、アルカ・ノイズは辺り一面を覆い尽くすほどの物量で、どうにもヘリを降ろせそうにない。

それどころか、対空攻撃を有するものが居ればこちらの方が危険である。

 

「翼」

「飛び降り様にギアを纏うしかあるまい……」

 

 マリアの不安そうな声に、翼は苦々しげに答える。

飛び降り様にギアを纏う――そのものは難しいことなど特に無い。

問題は、眼下に広がるこの景色を、夥しい数のアルカ・ノイズが埋め尽くしている事に他ならない。

この中へ降下するということは即ち、着地点からして既に囲まれた状況になる。ということである。

 

――何を迷う、風鳴翼ッ!と、内心に己へ言い聞かせるように立ち上がろうとする。

そんな翼の前に、クリスが立ちはだかった。

 

「あたしが行く」

「雪音!」

「無茶よ、あなたのギアでは囲まれた場合に対処出来ない!」

 

 あまりにも唐突なクリスの提案に翼とマリアは反対する。

それも当然の話である。

 

「イチイバルのギアは遠距離特化」

「近接で多数を相手にするならアタシと調の方が向いてるデスよ」

 

 二人に続き、切歌と調もまた、反対する。

後輩二人の言葉は全く正しく、確かに囲まれてしまえば切り抜けるのは難しいだろう。

当然それを分からないクリスでは無い。

 

「おいおい、あたしをどこぞのバカみたく、考え無しみたいに言ってくれるなよ」

「何か策があるのか?」

 

 自信を漲らせるクリスに翼が強く問い詰める。

大切な後輩をむざむざ危険に晒すものかと、その声音が、その表情が語っている。

――大事に想われてんだな、あたしも。と、翼の様子を内心嬉しく思いながら、クリスは眼下の景色を見下ろした。

 その敷地内で、アルカ・ノイズに追われながら、通常兵器で抵抗する人々の姿が見える。

一人、また一人とアルカ・ノイズの攻撃を受けて命を散らしているのが見える。今、この瞬間にも。

一刻の猶予もない。クリスは翼へと向き直ると、真っ直ぐな目で翼を見据える。

 

「確かに、あたしのギアは遠距離特化。囲まれたらライフルで殴るぐらいしか能が無ぇ」

「そうと分かっていて何故」

 

 詰め寄ろうとするマリアを翼が手で制した。

どうして止める? とその横顔を伺うと、翼の表情には、クリスの提案を最後まで聞こう。という意思が見て取れた。

その真剣な面差しに、マリアは仕方なく言葉を噤む。

 

「けど逆に言やぁ、あたし以外はあの大群のど真ん中に飛び込まなきゃならない」

 

 確かに、とマリアは歯噛みした。

切歌にせよ調にせよ、全く遠距離の相手に太刀打ちする術がない。という訳ではない。

しかし如何せんあの物量である。足元を切り開くには、さすがに手数が足らない。

クリス以外に対応できるとすれば――

 

 

「ならばわたしが千ノ落涙にて足場となる場所を一掃する。皆が出るのはそれからでも遅くはあるまい」

 

 どうやら翼もまた同じ答えに辿り着いていたらしい。

しかし、そんな翼の提案に、クリスは黙って頭を振った。

 

「あの物量だ。いくら先輩でも対応しきれないだろ」

「しかし……」

 

 図星を指摘されて翼は口ごもる。

どのような手を以ってしても、足場を固めるためには手数が足りない。

翼と言えど、最初の一度こそなんとか凌げるものの、あの数相手に立ち回るには、天羽々斬もまた、響のガングニールのように近接に特化し過ぎている。

 結局のところ、数が多過ぎるのだ。

確かに、この窮地を切り開くためには、イチイバルによる上空からの攻撃で、着地までの間に周囲を一掃する以外に困難のように思える。

 

「雪音……」

「信じてるっすよ、先輩」

 

 苦々しげに名を呼ぶ翼に、柔らかな笑顔でクリスはそう答える。

そのような顔をされては、翼もこれ以上反対することが出来なくなってしまう。

己の不甲斐なさを恥じるように歯噛みしながら、翼はクリスの提案を受け入れた。

 

「クリスくん、無茶はするなよ」

「わーってる! どんだけ出ようが今更アルカ・ノイズ――なんて油断はもうしねぇ」

 

 クリスは振り返らずに、後ろに立つ翼を想った。

――大丈夫だ、あたしはやれる。先輩だってすぐに来てくれる。だから! と、そう自分に言い聞かせるように、開け放たれたドアへと駆け出す。

 

「雪音ッ!」

 

 飛び降り様に、翼の声を聞いた気がした。

胸の奥から聖詠が浮かぶ。

心配すんなよな、先輩。と笑いながら、クリスはその聖詠を口にする。

 

「Killter Ichaival tron……」

 

 降下するクリスの身体が輝きに包まれる。

聖詠によって励起されたギアが呼応し、放たれたフォニックゲインが衣の形でクリスの身体を包み込む。

赤く、紅く、朱く。

燃える意志を体現したかのような真っ赤なギアを身に纏い、クリスは歌と共に無数の弾丸を足元に向かって放つ。

降り注ぐ弾丸を受けたアルカ・ノイズは、塵となって霧散していく。

 

「うおぉぉぉ! 持ってけ全部だッ!」

 

 地面に到達するまでの僅かな時間。クリスは全てを出し切る覚悟で、攻撃を浴びせかける。

既にクリスの直下には、アルカ・ノイズの居ないスペースが出来上がりつつあった。

 

「私たちも続くぞッ!」

 

 翼もまた、ギアのペンダントを手に空へと身を躍らせる。

雪音一人に背負わせてたまるものかと、ギアを纏って追い縋る。

 二人の後を追ってマリア・切歌と調の順に、装者全員がヘリから飛び降りると、本部からの指示によりヘリは速やかに脱出していった。

 

「無事かッ! 雪音ッ!」

 

 迫り来るアルカ・ノイズを撫で斬りにしながら、翼はクリスの元へと駆け寄る。

 

「あぁ……けど、ちっと、休ませてくれ」

 

 呼吸が随分と荒い。

怪我はないようだが、戦闘を継続するのは難しそうだった。

 剣と鍛えた翼の胸の内を、ぢりぢりと憤怒の炎が灼き焦がす。

それは、後輩の無理に頼らざるを得なかった己への不甲斐なさか、そんな窮地を作り出したアルカ・ノイズへ対してか。或いはその両方か。

 

「殲滅するぞ」

 

 遅れて到着したマリア・調・切歌へと、振り返らずに声を掛ける。

その声は随分と低く重く、怒気を孕んでいることが容易に窺い知れた。

 

「当然よ」

「先輩のかたき」

「晴らさでおくべきかデス!」

 

 三人は各々に答え、アルカ・ノイズに対峙する。

そんな三人に対してクリスは息も絶え絶えに「勝手に、殺すんじゃ、ねぇ」とこぼすのだった。

 

 

 

「司令、現場上空に識別不明、未確認のヘリが近づきつつあります」

「なんだとッ!」

 

 五人の奮戦を固唾を飲んで見守る発令所。その最中に捉えた反応を藤尭は報告した。

モニターに情報を展開すると、確かに識別不明機が現場上空に向かって来ている。

 

「基地側からの警告にも反応が無いようです」

「味方か、或いは……」

 

 自問自答するように、苦々しげな声を出す。

識別不明。警告にも反応しない。そんなものが味方であるはずはない。そんなことは弦十郎自身、百も承知だった。

 だが、その正体がはっきりしない今、危害を加えるわけにもいかない。

 

「目を離すな、何かあれば即座に報告しろ」

「わかりました」

 

 弦十郎は固く握った拳をわなわなと震わせながら、食い入るように双方の画面を見据える。

 

「新たな敵。でしょうか」

 

 不安そうにエルフナインは問う。が、弦十郎からの答えは無い。

彼自身、それは未だ測りかねているのだ。

そこへ、響の自宅へと向かわせていた緒川から通信が入る。

 

「司令、響さんの実家ですが……」

「どうした緒川」

 

 苛立ちを隠しきれない弦十郎を察し、緒川は手短に用件を伝える。

 

「もぬけの殻です。響さんや未来さんだけでなくご家族の誰一人いませんでした」

「なん……だと」

 

 弦十郎に、もはや動揺を隠す余裕など無かった。

一連の事態。別々の問題のように思えたそれらが、まるで繋がっているかのように思え、不安を握り潰そうとするかのように拳に力がこもる。

 

「引き続き調査を進めてくれ。未来くんの実家の方もだ」

「心得ています」

 

 通信を終える頃、アルカ・ノイズの方は粗方片付きつつあるらしかった。

画面上には体力の回復したらしいクリスの姿も見える。

 こちらはひとまず安心だな。と、険しい表情はなおも崩せないものの、内心にほっと息を吐く。

そうしてもう一つの画面。識別不明機の方へ視線を移そうとしたその時であった。

 

「司令! 先ほどのヘリから人が!」

「何ッ!?」

 

 拡大された画面を食い入るように見つめる。

ヘリからは確かに人が飛び降りていたが、外套とフードで人物の様相は窺い知れない。

一同の視線が集まる中、画面の中の人物。その周囲が眩いばかりに輝き、モニターは光量に対応しきれず白く染まった。

 

「何が起きた! 藤尭ァ!」

「今確認していますッ!」

 

 予想外の事態に発令所は混乱に包まれる。

――あの輝き、まさか。と、一つの可能性が頭をよぎる。

 モニターの復旧まであとどれくらいかかるのか、焦りと苛立ちばかりが募っていく。

その状況に追い討ちをかけるかのように、藤尭と友里が驚愕の声を上げる。

 

「司令! 現場近くに高出力のエネルギー反応……まさかこれって」

「アウフヴァッヘン波形……!? パターン照合します!」

 

 その報告に、言葉もなく弦十郎は立ち上がる。

モニターには既にその人物の姿は見えないが、それはやはり、間違いなくシンフォギアの、それを纏う際の輝きに違いなかった。

 

「新たな……装者だというのか」

 

 半ば放心したように、弦十郎は言葉をこぼした。

いや、振り絞ったと言うべきかもしれない。

その声は、普段の彼からは想像もつかないほど弱く、消え入りそうなほどだった。

 

 

 

その輝きは、当然地上の装者たちにも確認出来た。

空から降りてきた装者は、着地時の衝撃で大きな砂煙を辺り一面に噴き上げさせ、その姿を隠していた。いや、それは意図したものでは無かったのかもしれないが。

 視界が奪われた中、一同は新たな、その装者の出方を伺う。

敵か、味方か。

何も知らされていない以上、味方である可能性は低い。

警戒しないわけなには行かなかった。

 

「皆、油断するな――」

 

 そう呼びかけようとした翼の背後に、突如気配が現れる。

 

「しまッ……!」

 

 言うが早いか、相手の奇襲に対応しきれず、重い衝撃を背面に受けて、翼は数十メートルを弾き飛ばされた。

 

「先輩ッ!?」

「翼ッ!」

 

 クリスとマリアは咄嗟に駆け寄り翼を抱き起す。

どうやら外傷はないらしいが、先ほどの直撃により、呼吸がままならないらしい。

 それでも、苦痛に顔を歪めながらも「油断するな」とその装者に向けて翼は指をさす。

遅れて駆け寄った調と切歌に翼を任せると、クリスは立ち上がった。

 

「よくも先輩を……どこのどいつだッ! 顔を見せやがれッ!」

 

 怒りを露わにその装者へ向けて声を張り上げる。

その指は既に引き金へとかけられ、何が起ころうと即座に撃つ覚悟がそこにはあった。

 収まり切らぬ砂煙の向こうに、月明かりを受けたその人物の姿が浮かび上がる。

 

「無言かよ……」

 

 クリスは忌々し気に吐き捨てる。

やがて、それらが鎮まり始めると、その人物は姿を現した。

 

「そんな……」

「嘘デスよ……」

 

 調と切歌が驚きの声を上げる。

 

「なぜあなたが……」

 

 マリアもまた、驚きを隠せない。

 

「やはり……さっきの、は……」

 

 翼だけは悟っていたかのように呻く。

決して油断していた訳ではなかった。

『敵』が現れたなら即座に対応出来るよう、あの時確かに神経を研ぎ澄ませていた。

しかし、インパクトの直前、翼が耳にしたその声は――

 

「おい、おっさん……あのバカは今どこにいる」

 

 通信機越しに、クリスは弦十郎に問いかける。

しかし、答えは無い。

ただただ向こう側の音声だけが、聞こえている。

 

「照合完了! モニターに出ますッ!」

 

その声は友里だろうか?

 

「まさか、そんな……」

 

その消え入りそうなか細い声はエルフナインのものだろう。

 

「嘘だろ……」

 

 藤尭の声もまた、消え入りそうなほどに弱々しい。

ああそうだ、こいつは嘘なんかじゃねぇ。クリスは内心に吐き捨てる。

信じられないものが、信じたく無い事が、その目の前で起こっている。

頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されたように思考がまとまらない。

 

「なぁ、おい……」

 

 それでも、なんとか言葉を見つけ、一つ一つ絞り出すように口にする。

 

「視界が悪かったせいで……戦う相手でも、間違っちまったのか?」

 

 その装者へ問いかける。

答えは無い。

 

「それとも、本当に、おまえの意思でやったのか?」

 

 答えは、無い。

その装者はただ、どこまでも冷たい表情をクリスへと向けるのみだった。

 

「なぁ、答えろよ……なあ?」

 

 今にも泣き出しそうな声でクリスは問う。

その目に涙を浮かべながら。

それでもなお、その装者は答えない。

答えないのか、答えられないのかはわからない。

思考がまとまらず、この事態すらもはや飲み込めない。

 これがただの悪夢であってくれと、ただただクリスは願う。

けれども、その身体の、胸の、心の痛みが、どうしようもなく「これが現実である」と突き付けるようで、クリスは声を荒げる。

 

「答えろよッ!」

 

 涙ながらにその銃口を向け、問うた。

強い風が吹き荒び、辺りの砂煙は完全に晴れていく。

 そこに立っていたのは、誰もが見慣れた人物だった。

 

「立花 響ーッ!」

 

 力一杯に引き金を引く。

直前に、空へと向けなおした銃口からは、まるでクリスの想いを代弁するかのように弾丸が迸る。

 翼を弾き飛ばす直前に、その耳に聞こえたのは、聞きなれたその声と「ごめんなさい」という言葉だった。

 時を同じくして、画面上に表示された『それ』に、弦十郎もまた、己の目を疑っていた。

 

「ガングニール……だと」

 

――そうとも。

今、彼女たちの目の前で、言葉を発することなく対峙している人物。

月明かりに照らし出され、拳を握って立ち尽くしているその人物。

それは、紛れもなく。

ガングニールの装者。

立花 響――その少女だった。




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