戦姫絶唱シンフォギアASH   作:がめちょん

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七色の輝きと、七つの歌。
全ては終局へと向けて収束していく。
その言葉、その想い、その歌は、交わるのだろうか。
それとも、或いは――


第十話  discord

 S.O.N.G.本部。

その中でも広々とした休憩スペースに一同は集まっていた。

翼・マリア・クリス・調・切歌の五人は、その誰もが少しだけ気怠そうにソファへと腰掛けている。

長きに渡る眠りから覚めて間もないのだから、それは無理からぬ事だろう。

 翼は、甘い夢の檻より解き放たれた己の身体の――現実の重みを感じるようにして、何度もその手を開いては閉じ、そしてまた開く。

感覚に薄膜を重ねたような僅かな違和感は既に無く、間違えようの無い己の肉体の感覚がそこにはあった。

そうして、自分自身の実在を確かめるように身体を動かしながら、翼はふと、呻くようにして、言葉をこぼす。

 

「我々が眠っている間にそんな事があったとは……」

 

 響によって打ち倒されてから、既に随分と日数が経過している。

その間ずっと眠っていたのだと知らされた翼は、思わず己の不甲斐なさを悔いるように、苦々しく顔を顰めたのだった。

――いや、それは翼だけでは無い。

そこに居る誰もが同様にして、ただただ甘い夢へと浸っていた事を恥じるように、俯いている。

 

「全く……己の不甲斐なさに恥ずかしくなるわね」

 

――偉そうにクリスに発破をかけておきながら、役にも立たずこの様か。と、マリアもまた、翼と同様に顔を顰めると、悔しさに――己の不甲斐なさに下唇を噛みしめる。

 

「だけど、正直あの夢の中でずっと過ごしたい気持ちは有ったデスよ……」

「うん……すごく平和で、幸せで……あれが響さんの理想の世界――なのかな」

 

 少しだけ残念そうに、惜しむように、その甘やかな夢の面影を思い起こしながら、ため息を吐く切歌。そして調もまた、それに同意するようにそっと息をついた。

つい先ほどまで見ていたはずの夢なのに、もう随分と遠い記憶のように感じられて、失われてしまった幸福感に、胸が詰まりそうになる。

争いも、特異災害も無い、何処までも平和な世界。

幸福を焼きつけたような、そんな夢を、誰にも見せることなく一人抱き、響は戦ってきたのだろう。

 

「あいつもずっと、そいつを一人で抱えてきたんだな……」

 

 何一つ、自分の内にある苦しみを打ち明けようとしなかった響に、半ば苛立ちすら憶えるようにクリスは歯噛みする。

人の事ばかり気にして、救おうとして、そうして自分の苦しみは隠したまま笑っていたのだと思うと、そんなにも自分たちは頼りなかったのか。という悔しさに胸が痛むようだった。

 

「そうね……でも、それは偽りの幸福だわ」

 

 そんな三人の言葉を打ち消すように否定したのはマリアであった。

F.I.S.に居た頃は決して体験することのできなかった、ごく普通のありふれた学園生活。

それは、他ならぬマリア自身がずっと焦がれていた、年頃の少女として送るはずの日常風景でもあったはずである。

 それでも、だからこそ、そんな甘い夢に溺れてなどは居られないのだ。

幸福すぎる夢など、覚めてしまえば決して叶うはずのない幻に変わってしまうのだから。

 

「ともかく、皆さんが無事でよかったです」

 

 思いつめたような一同の空気を払おうと気を遣ったのだろう。エルフナインはその顔に未だ色濃い疲労を浮かべながらも、装者たちの帰還に安堵した様子で一同を見回した。

 手元の大判な端末に視線を落としながら、各装者たちのデータを確認し、小さく頷いて見せる。

万全には程遠いものの、それでも致命的なダメージの痕跡は、装者たちのデータからは見られない。

 むしろ、体調の面で言ってしまえば、ずっと睡眠不足のままモニタリングしていたエルフナインの方が、随分と具合が悪そうに見えるほどである。

何せ、よくよく見ればその幼い顔立ちに、深いくまさえ刻んでいるのだから。

 

「バイタルの数値は安定。若干の衰弱は見られるものの、筋力の衰えなどの心配は無いようです」

 

 自身の身体に異常が無いと聞き、一同は各々に安堵し、息をつく。

事の顛末は、既にエルフナインから聞かされていたものの、それらは耳を疑うような話ばかりであった。

あの弦十郎ですら響と戦い、敗れ、そして未だ意識が戻らないほどの重傷を負った事。

緒川による未来の救出と、驚くべきウェルの生存、そしてS.O.N.G.への協力。

何より、未来が神獣鏡のギアを、再びその身に纏ったという事実にも、一同は驚きを隠せずにいた。

 

「あなたにも、迷惑をかけてしまったわね……ありがとう」

「そんな、迷惑だなんて!」

 

 頭を下げて深々と礼を述べるマリアを前に、未来は思わず赤らめた顔を横に首を振る。

かつて、東京スカイタワー崩落の間際に未来を救い出してくれたのは、他ならぬマリアである。

助けられた――救われた恩があると言うのなら、未来にとってマリアの方こそ命の恩人だと言えるはずである。

もしもあの時、マリアによって連れ出されていなければ、あの日あの場所で未来は命を落としていたのだから。

 

「私の方こそ、以前危ないところをマリアさんに助けてもらいましたから」

 

 そう言って未来は照れたように笑うと、小さくぺこりとお辞儀を返す。

それを見たマリアもまた、つられるようにして微笑みを浮かべると「じゃあ、これでお互い様ね」と未来へとウィンクを返すのだった。

 そんな二人とは対照的に、未だに暗い顔を面持ちで未来を眺めていたのは、切歌と調である。

未来をじっと見据える二人の目には、羨望――というよりも、恨めしさのようなものが宿って見いるようだった。

 

「それにしても驚いたのデス」

「未来さんがまさかLiNKER無しで適合するだなんて……」

 

 切歌と調は、肩を落とし、あからさまな落胆を見せる。

長年訓練を積んできたはずの二人ですら――いや、中でも適合係数の高いマリアですら、未だにLiNKERを必要としているというのに、未来は何食わぬ顔でLiNKERも無しに、それどころか、訓練も無く、ぶっつけ本番で神獣鏡を纏ったと言うのである。

二人が落ち込むのは無理からぬ事と言えるだろう。

 マリア自身も、表には出さないまでも大きなショックを受けているのは確かである。

ただそれは、未来本人へ――ではなく、マリアたちにとっては「この場に不釣り合い」と言える人物へと向けられる事となった。

 

「それもこれも『愛』の力。とでも言うのかしらね」

 

 マリアはうんざりした眼差しで部屋の隅に立っていたウェルを睨め付ける。

ウェルが生きていたと、そしてS.O.N.G.に力を貸す事になったと説明された時は、思わず耳を疑ったものだ。

しかし、事実としてその姿を目にして、マリアたちはより一層、それこそ心底うんざりした気持ちとなった。

チフォージュ・シャトーで切れたと思っていた悪縁が、こうして再び結ばれようとは、神ですら予想だにしなかったのではないだろうか? と、この運命を呪うようにして、深いため息を吐く。

 そんなマリアの心情など知らぬウェルは、「ふん」と鼻を鳴らすように立ち上がり、両手を大きく広げるようなオーバーアクションで語り始めるのであった。

 

「そうとも、まさに『愛』――ですよ。裏も表もなく、全てを受け止めようという真っ直ぐな愛に、諦めずに手を伸ばし続けた強い想いにこそ、神獣鏡は応えたのです。君にも何度だってそう教えてきたはずだ」

 

 この狂気に満ちた『愛』の信奉者は、なんでもかんでもそうして『愛』で片付けるのだろう。

そして、それはまるで「お前らには愛が足らない」と蔑まれているかのように思えて、マリア・切歌・調の三人は、尚のこと神経を逆撫でされたような気分になってしまう。

 目に見えて敵意と不快感をむき出しにしてウェルを睨め付ける三人を後目に、翼は依然として浮かない顔でエルフナインへと不安を口にした。

 

「しかし、我々の目が覚めたと言うことは、必然立花もまた……」

「はい……恐らく目を覚ましているのではないかと思います」

 

 その言葉に、再び一同の表情に暗い翳が落ちる。

だとすれば――響が目覚めたのであれば、そのまま黙って大人しくしてくれるだろうか。

目覚めてすぐにでも、こちらへ向けて再度襲撃に訪れるのではないだろうか。

もしそうなれば、あの響の力に対抗することが出来るのだろうか。

 

「そうなると、再度の襲撃が――」

「いや、それはないだろう」

 

 思わず口をついて出た翼の抱く不安は、しかし凛としたその声に唐突に遮られてしまう。

一同が揃って通路の――声が聞こえた方へと視線を向けると、いつの間に現れたのか。そこには友里によって車椅子を押されてやってくる風鳴 八紘の姿があった。

 

「お父様! ご無事だったのですね……」

「すまない翼……心配をかけたな」

 

 翼は、一目散に駆け寄り、跪いて八紘の手を取ると、安否を気遣うようにその全身を、顔色を、あちこち見回しては、目に大粒の涙を浮かべる。

緒川たちとの通信を最後に音信不通となっていたことは、既にエルフナインから聞かされていた。

皆のいる手前、私情は挟むまい。と、表には出さなかったものの、内心にはその安否を気にかけていたのだ。

 無事を知り、然しもの翼とて人の子である以上、平静ではいられなかった。

八紘の言葉もまた、翼がその瞳に湛える涙を想ってか、いつになく柔らかい声色で、翼へと声を掛ける。

 

「今朝連絡があって、迎えに行っていたの」

「全く、びっくりしましたよ……いきなり連絡があったかと思えば、入院してるっていうんですから……」

 

 皆を安心させるように語る友里とは対照的に不満気な言葉をこぼす藤尭であったが、それでも声には安堵した様子が窺えるのは、弦十郎が倒れて以降、しばらく失われていた指揮系統が回復する事への期待からだろうか。

 

「簡単な外科手術だけだったが、出血量が多かったようでな。お前たちにも迷惑をかけたな……すまなかった」

 

 藤尭の言葉に、八紘自身も、やや自嘲気味に、やれやれといった様子で息をつく。

実際、重要な内臓に損傷は見られなかったまでも、その出血量の多さにより、一時は失血死する手前にまで至るほどの状況。

今回とて、「まだまだ退院は許可できない」と止める医師に無理を言って、転院という形で病院を出て来たのだった。

療養するだけであればS.O.N.G.本部にも医療施設はあるのだから、そこで充分という判断もあったのだが。

 

「それでお父様、立花響の襲撃は有り得ない――という判断の根拠は?」

 

 傷の状態や、どういった経緯で傷を負うような事をして、そして医者へと転がり込んだのか。

父親を心配する娘として、聞き出したいことは山ほどある。

しかし今は、私情を挟むよりも重要な事がある。

 

「それを説明するには、まず奴の目的から話さねばならんだろう」

 

 八紘は翳の差した面持ちで、翼の方をちらと視線を走らせると、一同へと向き直る。

そして、静かに、深く息をついた後、ゆっくりと語り始めるのであった。

 

「全ては、神すら禁じたその力を得るためだ――」

 

 

目論見

 

 

 ヴィマーナの安置された間にて、響は息を切らし、肩で息をしていた。

目の前には鈍く金色に輝く『ヴァジュラ』が置かれている――が、それを除けば何一つ音の無い、ただただ静寂だけがその場を支配している。

決意を新たに歌ってはみたものの、それらは依然として起動する兆候の一切を見せる事は無かった。

それは、響と聖遺物との相性によるものか、あるいは――

 

「まだ、起動へと至らぬか」

 

 呼吸を整え、もう一度歌おうとした響へ、部屋の入口辺りから声を掛けたのは訃堂であった。

相変わらずの険しい表情ながらも、目覚めてからのその声色は以前に比べてやはり、穏やかさすら感じられるほどに和らいでいる。

眠っている間にどういった心境の変化があったのか。

あるいは、万策尽きて消沈しているのだろうか。

探るようにその面持ちを窺ってみるものの、真意などやはり響には知りようも無い。

 

「わたし一人のフォニックゲインじゃ足りないんでしょうか」

 

 響自身もまた、その声に落胆と疲弊の色を浮かべて訃堂へと訊ねるが、答えは無い。

思案するようなその表情は、答えないのではなく、答えられないのかもしれない。

訃堂自身、その真因を掴めていなければ答えようが無いのだろう。

『ヴィマーナ』の起動。

それは今や、響自身の意思でもあった――いや、元々本来はそのつもりで訃堂に協力していたのだ。

以前と変わった部分が有るとすれば、未来を失った今、自分に残されている『できる事』が、それ以外にない。という事だけだろう。

迷う理由がもう、無いのだ――そう、何一つ。

 しかし、そうは言っても、もうどれくらい歌い続けているか分からない。

休んでは歌い、また休んでは、また歌う。

延々と繰り返されるそれらは、ただただ無為に響の体力を消耗させるばかりで、一向に結果へと結び付きそうには無い。

 

「ならばやはり、いま一度向こうの装者たちがやって来るのを待つより他に無い……か」

 

 訃堂は「ふぅ」と深くため息を吐く。

今でもまだ、装者たちが響を仲間と思うのであれば、必ずここへ連れ戻しに来るだろう。

そこで互いに歌い、フォニックゲインを高め合えば、あるいは起動に必要なだけのエネルギーを得られる可能性はある。

 しかし、そうだとして、あとどれ程の猶予があるものか。と、訃堂は逡巡する。

既に想定よりも多くの時間を無駄にしている。

配下の者たちより寄せられる報告は、日々その頻度と深刻度を増している。

S.O.N.G.側の出方が遅くなれば遅くなるほど、それこそ致命的な遅延となりかねないだろう。

 

「来る――でしょうか。わたしなんかのために」

「実に歯痒いものだな……ただ待つことしか出来ぬというのは」

 

 それでも今打てる手があるとすれば、やはりS.O.N.G.側からやってくるのを待つ他には無いだろう。

せめて八紘が未だにこちらにいれば、装者達を誘い出すことも出来たかもしれない――が、考えたところでそれは最早、後の祭りでしかない。

今出来る最善は何か? と内心に自問自答し、響へと指示を飛ばす。

 

「失敗の許されぬ状況だ。起動のために歌うのは切り上げ、彼奴等が来るまで大事を取って休むがいい」

「わかりました……」

 

 訃堂は、そうとだけ言うと響を伴ってヴィマーナの間を後にする。

響は、己の力不足を悔いながらも、今は訃堂の言葉通り休まざるを得ない。と、それらを受け入れて自室へ向かう。

次に皆を迎え撃つには、万全の態勢で臨まねばならないだろう。と己に言い聞かせるようにして。

 

 

 

 発令所へと場所を移した一同は、モニタ上に表示された二つの聖遺物を順に眺めていた。

広い室内に安置された『ヴィマーナ』と、匣から取り出された状態の『ヴァジュラ』である。

その後者に関していえば、一同には心当たりが一つあった。

二度目の響による襲撃の際に起動されていた、轟雷を放った小さな聖遺物であろう。

そしてそれすらも、八紘の話に寄ればただの鍵に過ぎないと言う。

 

「ではその『靭舟』――『ヴィマーナ』を起動することが、訃堂の狙いだと……?」

 

 翼は怪訝そうな面持ちで八紘へと問う。

神の舟と呼ばれるそれは、訃堂によれば、先にF.I.S.が浮上させたフロンティアと同種の――ただし、星間航行船とされたフロンティアに対し、こちらはむしろ小型の、戦闘に特化したものだという。

八紘は小さく頷くと、少しだけ迷いながらも、説明を続ける。

 

「そうだ。そのためには旧風鳴邸にお前たちが向かう事こそが、あの男の狙い。先の立花 響の暴走は奴にとっても不測の事態だったに違いあるまい」

「やはり……あの時の響さんは、激情に駆られて冷静さを欠いていましたから」

 

 以前エルフナインが立てた仮説は、しかしどうやら正解だったらしい。

あの時の響の襲撃は、訃堂の意図したものでは無く、だとすればこの先も響が単独でこちらへやってくる可能性は低いだろう。

 

「あの男がそれを何のために使うのかは分からん。しかし、少なくとも立花 響は自らの意思で、あの男の目的に同調していたようだ」

「馬鹿な……立花が自分の意思で行っているというのですかッ!」

 

 響が訃堂に与するなど、翼たちにとっては信じがたい事であった。

未来の事を盾に脅されているというのなら分かるが、響自身が、自らの意思で訃堂の求める『力』のために助力するなどと、信じられようはずも無い。

 

「そもそも彼女――小日向 未来の複製体と言ったかしら? それらを盾に言動を制限していたとばかり思っていたけれど、あの子が元々自分の意思で従ってただなんて……俄かには信じられないわね」

 

 マリアもまた、その言葉を疑わずにはいられなかった。

いや、その場にいる誰もが皆、そんなことがあるものか。と信じられない面持ちであった。

 

「あのバカを従わせようってんだ。よっぽどの理由があるはずだよな……」

 

 クリスは、何度も響と言葉を交わした時のことを思い出す。

あの時、頑なに事情を話そうとしなかったのは――いや、話せなかったのは、未来の複製体を以て脅されていたに違い無いだろう。

 

「けど、響さんが『神の力』なんて求めるのかな……」

「むしろ殴って壊しそうなものなんデスけどね」

 

 調も切歌も二人して首をかしげている。

アダムによってもたらされた『神の力』は、そうして響の手によって破壊されたのも記憶に新しい。

ましてやそれを、響が求めるなどとは、有り得るのだろうか。

未来を守ることを除いて、響が力を得るために戦う理由など、何があるというのだろうか。

 

「結局、響さん本人に聞く以外、方法は無いようですね」

 

 押し黙り、考え込む一同に対しエルフナインは、ため息交じりにそうこぼした。

本人のいないところであれこれ考えたところで、正しい答えなど出るはずもない。

エルフナインの言うことも最もである。

 

「確かに……今ならば、小日向が居れば立花も話し合いに応じてくれるだろう。しかし……」

 

 翼は言葉に詰まるようにして、ちらと未来の方へと視線を向ける。

その胸の内に、二人がいつしか衝突し、互いにギアを以って戦った様が去来する。

かつて、響に戦わせたくない一心でその力を手にした未来は、響と戦い、傷つけ合い、そしてそれを悔やみ。そして、長らく気に病んで居たであろう事を、翼は今でも時折思い出す。

 

「小日向は……それで良いのか? 再び立花と拳を交えることになるとしても」

 

 鋭く、突き刺すような翼の視線に、未来は思わず身体を強張らせる――が、小さく一つ息を吐くと、その視線を真っ直ぐに見返して、胸の想いを口にする。

 

「わたしは……わたしも響を救いたいんです。だから、そのための力があるのならわたしは、響のところへ行きたいです」

 

 その身を――気持ちを案じて気遣う翼へと、未来は応える。

その強い眼差しに、迷いなどは無い。

ただ響の帰りを待ち、ただその無事を祈るだけだった少女は、しかし今、確かな力と意思を以てそこに居た。

 強い覚悟を示す未来に対し、翼は「そうか」とだけ答えるが、その表情がどことなく満足気に見えるのは気のせいだろうか。

 

「ともかく皆さん、今しばらく休んでから、万全の体制で響さんの救出に向かいましょう!」

「けれどその前に、勘を取り戻さなくっちゃね……」

 

 一同に呼びかけるエルフナインに対し、マリアは忌々し気にこぼした。

震える拳をもう片方の手で押さえるようにして、小さくため息を吐く。

長時間眠っていた上に、数々の投薬による影響。

響から受けたダメージや、絶望的な悪夢による疲弊、それに甘い夢に囚われていた事によるものだろうか――全身に纏わりつく倦怠感と脱力感が未だ拭えずにいた。

 

「そうだな……どうにも寝過ぎちまったみたいで、身体が鈍っちまって仕方ねぇ」

 

 そんなマリアの意思に、クリスも伸びをしながら立ち上がると、そばにいた切歌と調へと、促すように視線を向ける。

 

「そうですね、わたしたちもただ休んでなんていられない」

「トレーニングルームへ行くデスよ!」

 

 どことなくぎこちなく、よたよたとした足取りで調と切歌が、その後をクリスとマリアが競うようにしてトレーニングルームへと駆けていく。

 

「あっ、皆さん! 待ってください!」

 

 エルフナインの制止も聞かず、四人の後を追うように慌てた未来が発令所を後にすると、エルフナイン自身もまた、一同を追いかけて慌てて駆けていく。

斯くして、出遅れた翼だけが八紘の隣に残っていた。

 

「わたしも、皆と行って参ります」

「待て、翼」

 

 同じく、一同を追いかけようとする翼だったが、ふと、その背中を八紘が呼び止める。

振り返ると八紘は「お前に伝えなければならないことがある」と、真剣な眼差しで言うのであった。

 

 

 

「さて、そんじゃあ実力のほどを見せてもらおうじゃねぇか」

「ちょっとクリス! 彼女は本来非戦闘員なのよ? 手加減を忘れちゃダメよ」

 

 それぞれにギアを纏い、街並みを再現したフィールドの中で、クリスとマリアは構えていた。

いや、二人だけでは無い。

 

「けど、生半可な覚悟と力で戦場に立つのは、自殺行為」

「だからこそ、それを見極めなければならないデスよ」

 

 調と切歌もまた、そこにいた。

四人が立ち向かう先に居るのは、他ならぬ神獣鏡のギアを身に纏う、小日向未来である。

 

「何をやってるんですか、皆さん! 未来さんのアームドギアの特性は『聖遺物殺し』……下手をすれば皆さんのギアが――」

 

 ようやく隣接するモニタールームへと辿り着いたエルフナインは、既に――今まさに戦闘を開始せんばかりに向かい合った装者たちへと、真っ青な顔で制止を促す。

神獣鏡のギアが手に入り、装者たちが眠りから覚めたというのに、肝心のギアが分解されては元も子も無いのだ。

 しかし、そんな心配をウェルは鼻で笑っていた。

 

「ああ、平気ですよ。あれはバトルプログラムによって強制的に引き出された力です。本来であれば装者の意思によって振るわれたところで、せいぜい聖遺物由来の力を減衰させる程度でしょう」

 

 その言葉は、トレーニングルームに遅れてやってきた藤尭と友里だけでなく、中に居る装者たちにも伝わったようである。

 

「そういうことなら安心だな。おい、そっちも手加減抜きで来いよな」

 

 クリスは、遠慮なくその両手の銃口をを未来へと向けて、狙いを定める。

かつて同じように銃口を向けた時、未来はウェルに操られて戦っていた。

それが今は、自分の意思でその力を手にし、自分たちと対峙しているのだ。

その覚悟、力。

――先輩として、きちんと見極めてやらなきゃな。と、クリスは内心に意思を固める様に、深く息を吐く。

 

「たしかに、わたしたちのリハビリにもちょうど良いかもしれないわね」

 

 マリアもまた、剣を構える。

不慣れな未来に対し、万全とは言い難いコンディションの一同である。

それらを考慮しても未来には不利な状況だが、それでも、それを乗り越えられなければ戦場に立たせるわけには行かないだろう。

 

「司令もきっと生きてれば『こんな時は特訓だッ!』って言うデスよ」

「切ちゃん……司令はまだ生きてるよ」

 

 気合たっぷりに空回る切歌に呆れながらも、背中を合わせる様にして、二人もまたそのアームドギアを構えていく。

四人の向かう先。

未来もまたアームドギアを構え、その飛行機能を以て僅かに浮遊する。

圧倒的な戦闘経験の差と、ギアそのものの能力の差を考えれば、アドバンテージを取ることが出来るとすれば、その飛行機能くらいであろう。

 

「はい……お願いします!」

 

 その言葉を合図に、マリアが、切歌が、そして調が一気呵成に間合いを詰めていく。

上昇しようとするその先へと放たれた銃弾は、クリスの狙い通りに、未来の飛行を牽制し、その回避を阻んだ。

 

「くッ……」

 

 咄嗟に上昇から水平移動へと転じたものの、その隙を逃さないかのように調が鋸の加速にて迫っていた。

その後ろには、既にマリアと切歌も詰めてきている。

 

「未来さん!」

 

 エルフナインは思わず顔を手で覆い、悲痛な叫びを上げてしまう。

しかし、間一髪のところで調の追撃を躱した未来は、その飛行機能を以て建物の陰へと巧みに身を躍らせ、その切れ間から姿を現しては、閃光を放っていく。

 短い期間で有りながらも、己のギアの特性を生かした戦い方を身に付けて行けるのは、響を救うため。という強い意思によるものだろうか。

あるいはフィールドの助けもあっての事だろうか。

今や、不慣れなギアを纏い戦う少女は、他の四人にも引けを取らないほどに、その力を発揮するのであった。

 

 

 

「つまり、あの男の母親は、百年以上を生き永らえていたと?」

「そう言うことになるな」

 

 一人残った翼は、八紘から先程よりも詳しく己の出自について打ち明けられていた。

旧風鳴邸に隠されたヴィマーナと呼ばれる聖遺物――そしてそこにあった匣。

それを手に入れた事こそが風鳴の家の興りであり、何より訃堂に流れる血の半分は、その異邦人の女のものだと八紘は語る。

そして訃堂の父とその女は、匣に収められていた霊薬の力を以て人ならざる時を生き、様々な功績をこの家にもたらしたのだという。

 

「奴が言うには、その女は古の巫女だったそうだ」

「巫女――ですか?」

 

 八紘は、訃堂から聞かされた言葉を、記憶をなぞる様に言葉にしていく。

俄かには信じがたい話の連続だが、それらは嘘ではないだろう。という、半ば確信めいたものを八紘は抱いていた。

 

「奴がまだ幼かった頃、基底状態に陥った聖遺物を、その女が『歌』により励起状態へと引き戻すところを何度か見たのだと、奴は言っていた」

「『歌』で……それはまるで――」

 

 はっとした翼の目を見据え、八紘は静かに頷いた。

その話を聞かされた時、八紘自身も当然同じ考えに至ったものである。

 

「かつての適合者だったと考えて間違いないだろう――いや、そもそも『適合者』そのものが、謂わば古の時代における『巫女』だと言うべきかもしれん」

「『巫女』……確か以前に、フィーネも言っていました。自らは超先史文明期の『巫女』であったと……つまり『巫女』――『適合者』とは、フィーネの――」

 

――末裔なのではないか? という問いを、思わず翼は飲み込んだ。

同様に、八紘もまた、険しい表情のまま押し黙っていた。

恐らくは、同じ答えに行き着いているのだろう。

 もしもそうだとすれば、適合を見込まれて集められたというリディアンの生徒たちの多くもまた、その素質を備えているということになる。

そして、それは奇しくもF.I.S.が行っていたのと同じ、レセプターチルドレンを集めていたのと同義なのではないだろうか?

 偶像として、知らぬ内にそれらの大きな――そして危険を伴う陰謀に加担していたのだと思い知らされ、思わず目の前が暗くなり、よろめく様に翼は後退った。

 

「だとすれば、お父様……わたしは――」

 

 訃堂が、この身に流れる血に固執していたことも、母の胎から自分を産ませたことも、全てはそのためだったのだ。

『巫女』としての血を色濃く残さんとするために、自らの胤を孕ませたのだ。

 失意と、己が身に流れる血への自己嫌悪に揺れ、離れ行く翼の手を、八紘はそっと繋ぎとめる。

その胸の内で、あの時、訃堂へと言い放った言葉を思い出していた。

――そうとも、流れる血など関係あるものか。と、己に言い聞かせるように、翼の目を見据え、八紘は同じ言葉を、けれども優しい声で翼へと投げ掛ける。

 

「おまえにどんな血が流れていようと関係あるものか。お前は私の娘だ」

「おとう……さま……」

 

 その優しい言葉に――声に、縋るようにして、八紘の胸に顔を埋めると、翼は静かに嗚咽を漏らした。

そうまではっきりと「私の娘だ」と言われた事が、今までにあっただろうか。

こうして、親子として、その優しさと温もりに触れる事が、これまでにあっただろうか。

――その言葉だけで、わたしは充分だ。と、翼は思わず喜びの涙に咽ぶ。

そんな翼の肩を、ふと抱き起すと、八紘は真剣な眼差しを翼へと向けていた。

 

「ところで翼、一つお前に頼みたいことがあるのだが……」

「何ですか、お父様。私にできることならば、是非――」

 

 目を輝かせて応じようとする翼に対し、しかし八紘の方は、後ろめたいことでもあるのだろうか、ふっと目を逸らす。

それは、弦十郎が響との対決へと打って出る直前。

緒川と交わした密約であった。

 

 

極彩色の不協和音

 

 

 トレーニングルームに、幾つもの音と叫び声が鳴り渡る。

あちこちに閃光が瞬き、銃弾が飛び交い、刃の軌跡が刻まれている。

既に切歌とクリスは体力を使い果たしたかのようにぐったりとして、肩で息をしては、アームドギアを支えにするように立っている。

マリアもまた、呼吸は荒く、その足取りは覚束ない。

ただ一人、調だけがローラーによる移動に助けられ、何とか未来を追い縋っているが、それでも随分と疲労の色が隠せずにいた。

 

「空を、飛び回られるのが、こんなに……やり辛いなんてッ」

 

 必死に未来を追い、建物を回り込みながらも、途切れ途切れにマリアは声を上げる。

ただでさえ、どちらかといえば近接に特化したマリアでは、空を飛翔して攻撃を避ける未来を捉えるのは、かなりに困難である。

いくら普段から少しは走り込んでいるからと言って、こうまで振り回されてはさすがに息も絶え絶えとなるのも無理はない。

 

「建物も多くて……やり辛いッ」

 

 調も同様に、幾つもの鋸を飛ばしてみるものの、建物の陰へと巧みに躱す未来相手では、遮蔽物に阻まれて攻撃が当たる事は無い。

 

 

「調ッ!」

「あッ……」

 

――刹那、建物の僅かな隙間を狙い、未来の閃光が放たれる。

攻撃ばかりに気を取られ、防御に気が回っていなかった調へと、それは無慈悲に迫っていた。

マリアは咄嗟に調の前へと躍り出て、バリアを張るが、未来はなおも建物の隙間を狙い、小型の鏡を幾つも浮かべては、器用に光線を狙い撃ってくる。

この環境においては、攻守ともに神獣鏡の方が圧倒的なまでに有利だと言えよう。

 

「くそッ……こっちは何年も戦い慣れてんだ。なのにこうも翻弄されるのかよッ」

 

 少し休んで回復したらしいクリスが銃弾を放つ――が、それらもまた、建物に阻まれて未来には届かない。

かと言って大型のミサイルでは、速さも機動性も足らずに迎撃されるだけである。

 

「おい! その鎌で建物全部刈り取って来い!」

「そんな……無茶デスよッ!」

 

 いい加減に焦れたクリスのめちゃくちゃな注文に、切歌は思わず泣き言を言う。

背中を蹴り出されないだけマシなのかもしれないが、それにしたって如何な斬撃武器を以てしても、ビルを切り倒すなど不可能だろう。

 

「まさかこれ程とは……環境に恵まれているとはいえ、やはり空を飛ぶ相手にはエクスドライブが無い場合、相当に分が悪いようですね」

 

 貴重なデータを得た喜びからか、エルフナインはその目を爛々と輝かせている。

まるで新しいおもちゃを手に入れたばかりの子供のように、嬉々とした様子で観戦するエルフナインに対し、友里と藤尭は、若干引きつった笑いを浮かべていた。

そんな一同の目に、ふと、ある人物の姿が映る。

 

「あれ、いつの間に……」

 

 音も――気配も無く現れたその人物の手に、鈍い光が閃く――と同時に、突如、立ち並ぶビルの一つが横一文字に切り裂かれ、倒壊する。

唖然とする一同の前で、砂埃に巻かれながらも立っていたのは、他ならぬ風鳴翼であった。

 

「えぇッ!? ビルを斬るだなんて……とんでもなくでたらめデスよッ!」

 

 思わず切歌は驚きの声を上げた。

例え天羽々斬の刀身が幾らかの長さを誇ろうと、蒼ノ一閃によるエネルギー刃を放とうと、一撃のもとにビルを両断するなどとは、誰が予測できようか。

 

「先輩、流石に相性がわるいっすよ」

 

 とはいえ相手は空を飛ぶ神獣鏡である。

完全に接近戦に特化した翼の天羽々斬ではあまりに分が悪いというもの。

クリスは一応に声を掛ける――が、返事がない。

 

「どうかしたんですか?」

 

 調の言葉にも、反応はない。

ただ無言で、切り倒したビルの瓦礫の上を、真っ直ぐに未来へと向かい進む。

 

「パパさんと何か――」

「あのような男が父親なものかッ!」

 

――あったの? と、マリアが言い切るよりも早く、翼は吼えていた。

どうやら逆さ鱗に触れてしまったらしく、振り向きもしないその後姿が、震える肩が、翼の内に憤怒の炎が燃え上がっていることを、容易に想像させる。

 

「あ、あの、翼さん。お手柔らかにお願いします……」

 

 ビルの上に立ち、未来は請うように声を掛ける。

他の皆からは見えないが、未来だけは翼の表情が見えているのだろうか。

引きつったような笑顔が未来の顔に浮かんでいる。

 しかし、その言葉は翼の耳へ届くこともなく。

鬼神の如き圧倒的な力で未来を追い詰めていくと、一同が必死になって止めるまで、翼は追撃の手を緩めることは無かった。

 

 

 

「すまなかった、小日向」

 

 訓練が終わった後、トレーニングルームが元の、無機質な景色へと戻った中で、翼は未来の目の前で地面へ手をつき、深々と頭を下げた。

先ほどの怒りは何処へやら、すっかりしおらしい様子である。

 

「一体さっきはどうしたんすか先輩」

「そうよ、明らかに様子がおかしかったわ。それに、あのパパさんのことを『父親であるものか』」だなんて、何があったのよ」

 

 痛いところを突かれたらしく、翼は渋い顔を見せた。

しかし、この状況――何も説明しないわけには行くまいと、翼は渋々「実はだな――」と事情を打ち明ける。

 

「ホストクラブへ行けと言われた?」

 

 驚嘆の声を上げるマリアに、翼はただ、頷いて答える。

その横顔には、未だに濃い憤りが浮かんでいた。

 

「一体なんでまた……」

 

 あの真面目そうな父親が、訳もなくそんな事を言うとは、どうにも信じがたい事である。

しかし、どうやら翼自身は、それだけ聞くと憤慨して飛び出してきてしまったらしく、マリアが訊ねても「わからない」の一点張りである。

途方に暮れた一同の元へ現れたのは、緒川であった。

 

「それは、僕から説明しましょう」

 

 以前より若干やつれたように見えるものの、その足取りは随分とはっきりしている。

浮かべている笑顔も、どうやら作り笑いや無理をしているわけではないようだ。

 

「緒川さん……」

「大丈夫なんデスか?」

 

 ひどい傷を負った。と、エルフナインから聞かされていた二人が、思わず安否を気遣うと、緒川は少しだけ苦笑いの表情を見せる。

そんな表情を見せるのは、普段の緒川にしてみれば珍しいことでは無いだろうか。

 

「激しい運動は禁止されていますが、日常生活くらいなら……」

「それで、パパさんがそんな事を翼に頼んだ理由というのは?」

 

 本人が平静を装っているというのに、それに触れるのは野暮な事だろう。

マリアは余計な気遣いをさせぬように、単刀直入にその件について訊ねる。

実際のところ、あの八紘が翼に対してそんなことを頼むなどと、容易には考えられないものである。

 

「実は……旧風鳴邸を抜け出る際に、翼さんのお父上には追っ手を差し向けられていたんです。一応、未来さんの複製体の方々が足止めをしてくれていたそうですが――」

 

 そこまで言ってふと、緒川は未来の方へと視線を向ける。

自分と同じ姿かたちをした者たちがどんな目に遭ったか――など、当の少女に語って聞かせるには、あまりに残酷ではないだろうか。

少し思案した後、緒川はやはり、その部分については深く触れないことにしたようで――

 

「結局追っ手に追いつかれてしまったんです。とはいえ、勿論事前に想定済みでしたから、予め救援をを頼まれていたんです」

 

――と、その部分に関しては、省略して説明するのであった。

 

「緒川さんに――ですか?」

 

 翼は、思わず目を丸くして緒川へと訊ねる。

未来の救出に、ウェルの保護。

そのうえ八紘を連れ出すというのは、然しもの緒川一人では困難ではないだろうか。

 

「いえ、ぼくは未来さんたちの救助がありましたから。それにあの時、既に翼さんのお父上は、別経路から脱出を試みていたんです。だから止むを得ず、緒川家の――中でも、風鳴の家から息のかかっていない者に頼む必要があったんです」

 

 確かに、謀略の只中にあって、敵方から息が掛かっているような者を頼れるはずもない。

そんなものは自殺行為だ。と、切歌や調にも分かる事である。

だとすれば、一体その相手とは何者なのか。

 

「それが緒川 捨犬。僕の弟、緒川家の末弟でした」

「待ってください緒川さん、確かその方は――」

 

 その名前は翼にも聞き覚えがあった。

以前、何かの折に緒川自身から聞かされた話である。

たしか、一切の奥義を継承しない代わりに緒川家とは関わりを断って自由に生きているはずではなかったろうか?

だとすれば、一般人にも等しい人物を救援へと差し向けたというのだろうか。

 

「えぇ、表向きは緒川家の奥義、その一切を継承していないことになっています。けどね、翼さん。彼は幼い頃から僕らの鍛練をこっそりと眺めて育っていました。その結果、実は見様見真似でその技前の多くを、自己流ではありますが体得しているんです。だからこそ、技前は有っても顔話知られていない彼が、今回の救援には打ってつけだったというわけです」

 

 そういうことであれば、確かに正式には継承していないのだろう。

しかしそんな屁理屈が通るものなのかと、思わず翼は唖然とする。

それゆえに助けられたのだ。と、そう言われてしまえば返す言葉も無いのだが。

 

「それで、その弟さんの話が、ホストクラブへ行くこととどうつながるわけ?」

 

 二人にしか分からぬ人物の話に、半ば焦れたように、呆れたように、マリアは割って入るように緒川へと問う。

内輪だけに通じる話で盛り上がられることほど、他の人間にとってつまらないこともないだろう。

そんなマリアの気分を察してか、緒川は早々に結論を告げる。

 

「彼は歌舞伎町のホストクラブに勤めていまして、今回の交換条件として提示されたのが、翼さんに店で指名してもらうことだったんです……状況が状況だったので翼さんに確認が取れなかったんですが……」

「わたしはそんな話聞いていませんし、了承もしていません」

 

 爽やかに言う緒川に対し、翼は思わずむくれながらとげとげしく答えた。

その身に危険が迫っていたとして、事が急を要していたとして、だからと言って、大事な娘に断りもなく、ホストクラブへと差し向ける約束を勝手に取り付けるなど、どういう了見なのだ。と、翼はただただ憤慨しているようだ。

 

「でも、何故ホストクラブに?」

「何でも……売り上げに伸び悩んでいるらしく、トップアーティストが指名してくれれば箔が付くんじゃないかということだそうです」

 

 マリアの問いに対して、答えは呆れるほどに下らない理由であった。

緒川自身、その部分に関しては、弟のことながら呆れているらしく、思わず苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁ、ホストクラブへ行くだけでパパさんが助かったんだから安いものじゃない」

 

――と、マリアは翼を宥めるが、翼は顔を真っ赤にして「そういう問題では無いッ!」と声を荒げるのであった。

 

 

 

「彼奴等がこちらへ向かっておる。迎え撃つ準備をせよ」

 

 訃堂が訪れる頃、薄暗い部屋の中で、響は既に目を覚ましていた。

しばらく歌い続けていた疲れによるものだろうか、それでも既に、時刻は疾うに正午を回っていたらしい。

小さく「はい」とだけ答えて頷くと、訃堂はそれ以上何も言わずに、部屋を後にする。

 響は、握りしめた己の拳を見据え、静かに息を吐いた。

その拳に震えはない――迷いも。

守りたいもののために、振るうと決めたのだ。

胸元のペンダントをぎゅっと握ると、衣服を着替え、響は部屋を後にする。

 

「いってくるね……未来」

 

 そうとだけ、ぽつりとこぼして。

 

 

 

 

 街道沿いの道を、いつかのように、再び車とバイクが疾走する。

しかし、その行く手を、ノイズが阻むことは無かった。

 

「警戒が薄い……いや、招かれているのか?」

 

 翼は怪訝そうな面持ちで、その状況の分析に努める。

向かう先は旧風鳴邸。

訃堂の、悪意に満ち満ちた伏魔殿である。

ノイズの出迎えが無いことも、何か理由があってのことだろう。

罠だとも考えられる。

しかし――

 

「だとしても、行かなくてはね」

 

 苦虫を噛み潰したようしたような顔で、マリアは呟く。

辿り着けば、必ず響とまた、対峙しなければならないだろう。

響が未来に気付けば、戦いを避けられるだろうか。

あるいは、八紘の言葉が正しければ、それでも響は自らの意思で、戦う事を選択するかもしれない。

そうなった時、今度こそ自分は、響と拳を交えることが出来るだろうか。

向き合って戦う事が出来るだろうか。

答えの無い自問自答に思案を巡らせるのは、マリア一人では無い。

誰もが言葉も無く、向かう先を見据えている。

皆、きっと同じなのだろう。

 

やがて、一同を乗せた車は、何事も無く旧風鳴邸の敷地内へと到着した。

その、大きく開け放たれた前庭に、二人分の人影が見える。

それはまごうことなき、訃堂――そして、響の二人であった。

 

「行くぞ、皆」

 

翼の言葉を合図に、緒川を残した全員が車から降り、二人へと対峙した。

安全圏へと退避する緒川の車を見送って、一同は睨み合う。

そこには束の間の静寂が広がっていた。

遠く、海鳥が鳴いている。

風が時折、木々を揺らしさざめきを立てる。

永遠に続くかと思われた、言葉無き対峙は、しかし響の声によって破られることとなった。

 

「……未来?」

 

響は、驚きに満ちた表情で、声を振り絞るように、その名を呼んだ。

向き合った装者たちの中に見つけたその姿を、見間違えるはずなど無い。

決して見間違えたりなどするものか。

未来は微笑み、頷くと、応えるようにしてその名を呼ぶ。

 

「響」

 

二人は今再び、向かい合う。

夢の中では無い、たしかなこの、現実の中で。

 

「言ったでしょ、必ず会いに行くって」

 

そう未来は、微笑みかける。

ようやく――ようやく本当の響と、こうしてまた向かい合って話せることが嬉しかった。

冷たく張り詰めた響の表情が、ふと、崩れる。

大粒の涙が瞳からこぼれ、頬を伝っては、その足元を濡らして行く。

 

「良かった……未来、良かった」

 

嗚咽交じりに、振り絞るように声を上げる。

何故無事だったのかなど分からない。

どうして生きているのか――生きていてくれたのかなど、分かりはしない。

けれど、今こうして、生きて、そこに存在してくれる事が、何よりも嬉しくて、嬉しくて。

そんな響に背を向けて、訃堂は何も言わずに建物へと向かっていく。

 

「訃堂ッ! 何処へ行く!」

 

その背中へと、忿怒を露わに翼は吼えていた。

最早同じ血を引く身内などとは、微塵も思いはしない。

討ち果たすべき外道そのものとして、翼は訃堂を見据えていた。

しかし、訃堂はその言葉に足を止めるが、何も答えない。

ただ響に「務めを果たせ」とだけ告げると、そのまま建物へと姿を消す。

 

「待てッ!」

 

翼は咄嗟にその背中を追う――が、それを遮るかのように、立ちはだかるようにして、響は、泣きながらに拳を構えていた。

 

「おまえ……何やってんだこのバカッ! もうあたしらがやり合う理由なんざ無ぇだろッ!」

「そうデスよ! 何で戦わなくちゃ行けないんデスかッ!」

 

響は何も答えずに、ただその涙を片手で拭う。

それでも、拭っても拭っても、堰を切ったように溢れ出した涙は、一向に止まってくれそうにない。

 

「あなたを縛るものなど、もう何も無いはず……なのに何故?」

「理由を話せッ! 立花!」

 

マリアと翼の問いに、少し迷いながらも真っ直ぐな眼差しを向けると、響はただ一言――

 

「守りたいものが、あるんです」

 

――とだけ、静かに答えた。

これまでも聞いてきたその言葉は、一体何を指していると言うのか。

 

「守りたい……もの?」

 

調の問いに、こくりと頷く。

 

「響の守りたいものって、何? ちゃんと話してくれれば、わたしたちも一緒に――」

「駄目だよ、未来」

 

一緒に手を取り合う事を――未来の言葉を響は拒絶する。

その顔に浮かぶ笑顔が、少しだけ悲しそうに翳っている。

 

「わたしは、みんなを傷付けた……師匠だってこの手で……だから、わたしはもう、みんなと手を取り合う資格なんて無いんだ」

 

そう言うと、響は真っ直ぐな瞳を、拳を、未来たちへと向け、聖詠を紡いでいく。

 

「Balwisyall Nescell gungnir toron……」

 

鮮烈な、太陽にも似た輝きを経て、響はその身にガングニールのギアを纏う。

依然として黒に染まったギアは、しかし以前のような禍々しさは感じられない。

あの悍ましい『牙』もまた、破壊衝動や憎悪と共に、今は失われているようだ。

 

「そんな事ない……資格だなんて、誰もそんな風に思ってなんか無いよ、響」

 

本心でそう伝える未来に、それでも響は拳を下げてくれそうには無い。

ただただ、首を横に振って応えるだけであった。

 

「どうやら今は――」

「口で言っても無駄みたいだな!」

 

翼とクリスが、天羽々斬とイチイバルのペンダントを取り出し、聖詠を紡ぐ。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron……」

「Killiter Ichaival tron……」

 

マリアは振り返り、調と切歌へ視線を走らせると、三人は互いに小さく頷いて、胸元からペンダントを取り出した。

 

「行くわよ、調! 切歌!」

「うん……マリア! 切ちゃん!」

「分からず屋にはお仕置きデース!」

 

マリアも、調と切歌も翼たちに続いて聖詠を紡ぐ。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron……」

「Various shul shagana tron……」

「Zeios igalima raizen tron……」

 

そして、未来もまた、神獣鏡のペンダントを掲げ、聖詠を紡いでいく。

 

「Rei shen shou jing rei zizzl……」

 

極彩色の輝きと共に、清廉な――太陽よりも眩い輝きに包まれ、未来はその身に神獣鏡のギアを纏う。

それはまさに、あの夢で見た光景の再現であった。

 

「未来……」

「響……」

 

今再び、少女たちは対峙する。

夢の中では無く、この現実の世界の中で。

七色の輝きと七つの歌。

それらは互いに交わり、やがて一つに紡がれていく。

その先に産み落とされるのは、希望か――絶望か。

 




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