手を取り合った仲間へ向けて、信じ合った友へ向けて。
理由もわからないまま運命に翻弄される少女達は、ただ戦う。
その先に希望があると信じて。
その悲しみを映し出すかのように、その歌はどこまでも悲しく、悼ましく紡がれる。
交わる拳
「あくまでだんまり決め込もうってのか」
涙を振り払うようにクリスは吐き捨てた。
相も変わらず何も、何一つ、事情も状況も分からないものの、響に答える気が無い事だけはよく分かる。
クリスに向かい拳を構えるその瞳には、僅かな迷いも見られなかった。
燃え盛る炎に包まれた基地施設。その滑走路にて、装者たちは対峙していた。
無言を貫く響に対し、痺れを切らしたのはクリスの方だった。
「だったら――」
クリスは体勢を低く落とし、銃口を再び響へと向けると、引き鉄に指を沿える。
響もまた、それに応えるかのようにやや腰を落とす。
「首根っこ引きずってでも、連れ帰ってやらァ!」
クリスの腰部ユニットが展開し、いくつもの小型ミサイルが発射される。さながら土砂降りの雨のように弾丸をばらまきながらクリスは吼えた。
銃口から撃ちだされた弾丸は、ジグザグに駆け寄る響をなかなかに捉えられずに虚空へと無数の軌跡を描く。
急所を避けて手足の先を狙うものの、的の小ささとその俊敏な動きに、クリスは翻弄されてしまう。
眼前数メートル――クリスの銃口は響の顔面を捉えるが、クリスは引き鉄に掛けた指を思わず離してしまう。
響はその、クリスのわずかな隙を見逃すこと無く、その胸元に拳を打ち込んでいた。
両手の小銃を交差させてガードしたクリスは、そのガードごと弾き飛ばされ数メートルを吹っ飛ばされる。
「クリス先輩ッ!」
調と切歌は同時に声を上げた。
咄嗟に後ろへと飛び退っていたというのに、それでも響の拳は重く、何とか着地したものの、そのままクリスは片膝を着く。
「くそっ、やり辛れぇ……!」
片方の銃を支えに、かろうじて立ち上がると、クリスは思わず弱音を吐く。
その肩を調と切歌が支えていると、呼吸を少し落ち着けた翼が駆けつけた。
「大丈夫か、雪音」
「ああ……けど――」
拳を主体に近接での体術を得意とする響に対して、銃や弓は余りに分が悪かった。
何よりも、人を殺傷せしめる武器を、共に戦っていたはずの仲間に向けるのは躊躇われる。
対する響はその拳を力任せに叩きつけたところで、よほど打ち所が悪かったとしても、そうそう命には関わるまい。
それ故に、有利不利な状況は、本部にいる弦十郎たちにも見て取れた。
「手心を加える余裕などは無い――かと言って我々の武器では、直撃すればたとえギアを纏っていたとしても……」
クリスの言わんとしたことを言外に察して、翼は言葉を継ぐ。
例えギアを纏っていても、近距離でその弾丸を受ければただでは済まない事を、クリスと翼は身を以て知っている。
フロンティア浮上に際して、ソロモンの杖を奪還せんとしたクリスは、切歌やウェルたちに己の立場を信じさせるべく、至近距離から翼へと銃弾を浴びせたのだった。
その時の翼の苦痛に満ちた顔も、思わず漏らした呻くような声も、クリスは未だにはっきりと思い出せた。
――立花はそうと分かっていて懐に飛び込んでいるのだろうか。と翼は響の表情を伺う。
しかし、普段からは想像もつかないその冷たい表情からは何も読み取れそうにない。
「斬撃武器では……」
「直撃したらただでは済まないデスよ」
調と切歌も、躊躇いを見せる。
この二人もまた、フロンティアの上で互いの想いをぶつけ合い、その果てに、切歌は調へと己のアームドギアで致命傷を負わせたのだった。
「あんな想いはもう二度とごめんデス……」
「切ちゃん……」
過去の記憶に苛まれ、イガリマを握る手に力が篭る切歌。
だからといって、響の方は黙ってそのまま帰ってくれそうにはない。
「まさか、誰かに操られているんじゃ……」
「いや……あれは間違いなく立花の意思でしょう」
通信機越しに聞こえる友里の言葉に重ねるように、翼は断言した。
最初の一撃を食らう直前。響は確かに「ごめんなさい」と言った。
それ故に翼は、思わず警戒を解き、味方である立花 響へと無防備を晒したのだった。
――だとしたらやはり。と、翼は意を決する。
響が己の意思でそれを為しているのならば、やはり何としても響を降し、理由をその口で語らせる以外には無いだろう。
「クリス、あなたは切歌と調を連れてノイズの対応をしてちょうだい。彼女はわたしと翼でなんとかするわ」
マリアは翼の前に割って入ると、三人に指示を飛ばす。
クリスたちであれば、対個人よりもノイズ相手の方が向いている。そう判断しての事である。
何よりも、未だ敷地内には取り残された人々が果敢と言うべきか無謀と言うべきか、通常兵器でアルカ・ノイズに応戦している。本来の彼女たちの目的もまた、彼らの救出だったはずだ。
「わかった、奴らはあたしらが何とかする。だからあのバカを――」
「ええ、任せてちょうだい」
マリアの力強い頷きを信じ、クリスは二人を伴って建屋へと向かう。
三人へと向けられた響の視線を遮るように、マリアは響の前へと立ちはだかった。
「マリア」
「わたしだってこれで一応はインファイターなのよ」
心配する翼を尻目に、格闘戦の構えを取る。
確かに、かつてマリアはその拳を振るい、キャロルの従えるオートスコアラー『ガリィ』や、パヴァリアの錬金術師の一人『カリオストロ』ともやり合っていた。
しかし、格闘の技術と経験は言ってしまえば響とマリアとで、天と地ほどの差があるだろう。
「ならば、わたしは後方より、対人戦技で支援しよう」
二人は互いに目配せをして頷き合う。
前衛でマリアが直接やり合うというのなら、翼は後衛より、兼ねてから研鑽を重ねてきた対人戦技にてそれをバックアップする。
それでも埋まらぬ響との力の差をカバーするにためには――
「歌うわよ! 翼!」
「応とも!」
――二人は歌を重ねる。
技術や経験が劣るとしても装者同士の戦い。ならばその出力でもって圧倒的な不利を覆す。
そのフォニックゲインの高まりは、S.O.N.G本部でも確認できた。
「ユニゾンによって二人の出力が相乗的上昇しています。これなら!」
「翼ッ、マリアくん……頼むぞ」
モニタを食い入るように見つめる弦十郎は、歯痒そうに拳を握り締める。
今はただ二人に任せるしかない。響を何としても連れ戻ってもらうしかない。
――信じるんだ、彼女たちを。と、己に言い聞かせる。
「はっ!」
響に向かって跳躍するように、マリアは一気に間合いを詰める。
長引けば長引くほど技術と経験の差で不利になるのは必至。だからこそ、短期の決着を付けるべく、奇襲のように詰めたのだった。
放たれた拳は響の顔面を捉えた――かのように思われたが、そっと、触れるような響の手捌きにいなされて、軌道をそらされたマリアの拳は紙一重のところで空を切っていた。
「がッ……!」
隙だらけになったマリアの脇腹へと、響は容赦なく掌底を打ち込む。
辛うじて、身をよじるように直撃を免れたマリアは、それでもその打撃の重さによろめくように二、三歩ほど後退る。
そんなマリアの隙に、すかさず響は追撃するべく、とどめと言わんばかりに踏み込んだ。
その刹那、マリアの背後から翼が跳躍する。
「翼ッ!」
偶然か意図的か、誘い込まれるように踏み込んだ響の隙を、翼は見逃さない。
「立花ァ!」
マリアの頭上より放たれた数本の短刀は、響目掛けて――いや、その後方にある影目掛けて飛んで行く。
かつて暴走する響すら足止めした、緒川直伝の対人戦技『影縫い』である。
月光に、ぎらりと鋭い白銀の軌跡を描いて、響の足元へと放たれた短刀は――しかしその影を貫くことは叶わなかった。
咄嗟に放たれた、薙ぎ払うような回し蹴りの一蹴により、それらの短刀は方々へと弾かれてしまう。
「馬鹿なッ!?」
愕然とする翼。その下で、マリアは響に向かい踏み込む。
『影縫い』を撃ち落としこそしたものの、その回し蹴りによる無理は響の体勢を明らかに崩していた。
――その隙、見逃すものか! とマリアは全力の拳を振るう。
しかし、その拳が届くよりも早く、響は次の一撃を放ち、その直撃を顔面へと受けたマリアは、意識を寸断されて膝から崩れ落ちてしまう。
「マリアッ! おい、マリア!」
着地した翼は倒れたマリアへと駆け寄る。
敵を目の前にして背を向ける――それは誰の目に見ても大きな、あまりに大きな油断であったが、響は翼へと追い討ちをかけるようなことはしなかった。
響はその場から動かずに、ただただギアの耳当てのあたりに手を添えて何か呟いていた。
翼は気を失ったままのマリアを抱き起こしながら、苦々しげな表情で、半ば見上げるようにして響の顔を睨め付ける。
「何故だ立花。何故私たちと拳を交える」
不可解な響の行動に、信じ難い目の前の現実に、納得のいく答えなどあるだろうか?
それでも、真っ当な答えがないにせよ、響の、響自身の口からその答えを聞くまでは、何一つ進まない。
響は真っ直ぐな翼の視線をしばらくじっと見つめ返した後――
「守りたいものが、あるんです」
とだけこぼした。
「守りたいもの……だと?それは一体」
怪訝そうに問い直す翼。しかし、響はそれ以上何も語ろうとはしなかった。
かつて、まだ翼と響が打ち解けていなかったころ、響は同じように言っていた。
あの時は――と、その言葉の意味を思い出そうとする翼だったが、響が取り出した小瓶に目を奪われる。
響は取り出したその小瓶を地面に叩きつけると、幾何学模様の輝きの中へ姿を掻き消して行く。
「待てッ! 立花ッ!」
その姿を捕まえようと翼は咄嗟に手を伸ばすが、その手は虚しくも空を掻きむしるだけだった。
「立花……」
響が姿を消した後をただ見つめ、未だ冷めやらぬ戦場の熱に打たれながらも、翼はただただ放心する事しか出来なかった。
頭の中では「守りたいものがある」と言った響の言葉と、その表情がいつまでも消えない残像のように繰り返されていた。
「響ちゃんの反応をロスト……」
か細い声で友里は報告を上げた。
もちろん皆、モニタの映像から確認はしている。
「あの紋様は錬金術師たちが使っていた――」
「はい、間違いなくテレポートジェムだと思われます」
藤尭の言葉にエルフナインが答える。
かつて、キャロルとオートスコアラーたちが。そしてパヴァリアの錬金術師たちが、幾度となく用いてきたそれを、見間違うはずもない。
キャロルから受け継いだ記憶にも、たしかにそれらは刻まれている。
だとすれば、追跡は不可能であろう。
断絶された空間の軌跡を捉える方法など、ありはしなかった。
「……藤尭、逃亡したヘリの方はどうなった」
消沈した声で弦十郎は状況を問う。その声にはもはや、普段の彼の放つ覇気など微塵も感じられない。
「日本海を西北西へ針路を取り、以前逃亡を続けています。このままでは日本の領空外へと……」
答える藤尭の表情もまた苦い。
その針路の先は、情勢不安な北の独裁国家がある。
お世辞にも日本との国交が良好とは言えないそこへ逃げ込まれてしまえば、いかなS.O.N.Gと言えども容易に手出しはできないだろう。
「なんとしてもその前に押えるんだ。このまま逃すわけには――」
「なッ……司令! 先ほどのヘリが……」
弦十郎の指示が飛ぶよりも早く、藤尭は声を上げた。
モニタには爆散する機体が映っている。
「撃墜……されました」
半ば放心したような声で告げられた報告。
どこからか発射されたミサイルにより、ヘリは爆散した。
残骸は細かな火球となり、海へと落ちては大きな水柱をあげている。
弦十郎は思わず握り込んだ拳を己のデスクへと叩きつけると、驚きに顔を上げて振り返るオペレーターたちへ向けて――
「残骸を――レコーダーだけでも何とか回収するんだ」
――と振り絞るような声で指示を飛ばす。
しかし、それもまた不可能だった。
「司令、残骸の落ちた座標は既に……」
モニターに地図と座標とが表示される。
そこは既に某国の領空内であった。
その撃墜、偶然であろうはずもない。
「全ては……周到に用意されていたというのか」
結果として、何一つ手ががりを得ることは叶わなかった。
ただ、立花 響の裏切りという現実だけが本部の面々に暗い翳を落とす。
誰も予想していなかった出来事の連続。
果たしてそれは現実だろうか。あるいは悪夢でも見ているのではないか。と、誰もが内心に問う。
しかし、それに答えられるものなど、ありはしなかった。
暗い部屋――畳の敷き詰められた和室の中で、響はある人物と対峙していた。
時代に反するように置かれた火鉢からは、パチパチと炭の弾ける音がする。
その男はあからさまな落胆を顔に浮かべながら、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「起動は……敵わぬか」
そうぽつりとこぼす。
響は拳を震わせ、苦々しい面持ちでただ俯いていた。
そして今更ながらに己のしたことを内心に自責する。
手を取り合った仲間たちに拳を振るい、傷付けた。
如何なる理由があったとしても、それは明確な裏切りだ。ましてや彼女たちは、響の行動を慮ってくれたというのに。
だというのに、わたしは――と、血が滲むほどに強く拳を握りこむ。
傷も何もないはずなのに、打った拳が疼くように痛んで感じられた。
そんな響の苦しみも意に介さず、男は更に脅しをかけるように言う。
「やはりあの娘を使うしかない、か」
その言葉を聞き響は顔を上げた。
かっと目を見開き男を見据える。その表情には、動揺や焦りといったものがはっきりと浮かんでいた。
「わたしが歌います……」
振り絞るように響は声を出した。
男はあえて聞こえぬふりをして「なに?」と聞き直す。
「今度こそ、わたしがちゃんと歌います! だから……だから未来には手を出さないでッ!」
はっきりとした言葉で、はっきりとした意思を響は示す。
睨め付けるように男を見据えたその目は、まだわずかばかりの迷いが宿っているかのように震えていた。
「その言葉、努努忘れるでないぞ」
その言葉に撤回は許さん。と意思を込めて言外に突き付けると、男は立ち上がって奥の間へと去って行く。
その男は、背を向けたまま不敵な笑みを浮かべながら「良い報せを待つ」とだけ告げると、音もなく襖を閉めた。
一人残された響はしばらくそうして放心した後、よろよろと立ち上がり、その部屋を後にする。
去り際、誰もいない部屋へ向けて、響はぽつりと呟いた。
「未来……わたしが必ず助けるから」
秘策
「司令、未来さんの実家ですが……」
報告する緒川の声は心なしかやや重い。
「もぬけの殻。か」
「はい」
緒川が全てを言い終えるよりも早く、弦十郎は予想を口にした。
実際のところ、結果は予想の通りだった。
「争った形跡は無く、家財も全てそのままですが、ご両親も未来さんも見つかりませんでした」
「響くんのみならず、未来くんまでも……か」
一同の間に沈黙が流れる。
重い、重い沈黙が。
緒川の報告によると、未来の家も響の家も、施錠された痕跡は無かったらしい。
そのうえ、テーブルの上には飲みかけのコーヒーがカップに入ったまま放置され、浴室の蛇口は掃除中に慌てて放っておかれたかのように水を溢れさせていたという。
また、学校での聞き込みでも「身内に不幸があったと連絡があった」「迎えが来ていた」としか聞き出せておらず、二人に繋がる具体的な情報は得られずじまいだった。
各所の監視映像も確認したが、それらすべてが妨害や加工によって痕跡を消し去られていた。
「巧妙に連れ去ったと見て間違いないようだな」
強盗や、暴力的な連中のやり口であれば、争った形跡が必ず残るはずだ。
そうでないとすれば、響たちとその家族を信頼させられるだけの何らかの術を有していたに違いない。
ましてや監視映像まで手を加えることのできる相手である。一筋縄では尻尾を掴ませてくれそうにない。
「ええ。だとすると響さんが敵対行動を取った理由というのも……」
「ああ。未来くんと、家族を盾に取ったんだろう」
弦十郎は忌々し気に吐き捨てた。
『敵』の正体は依然不明だが、それでもその卑劣さだけはよくわかる。
あの真っ直ぐな少女を、その真っ直ぐな心根を利用しているのだ。
弦十郎は思わず拳を握りしめ、わなわなと震わせる。
「司令、以前より行われていた本部へのハッキングというのもこれが狙いでしょうか」
藤尭は思い出したように弦十郎に問いかける。
以前から――遡れば、キャロルとの戦いが終わった頃からS.O.N.G本部には時折ハッキングが仕掛けられていた。
出所は不明だったものの、今回の事件がその頃から計画されていたものと考えると、こうまでスムーズに、周到に立ち回れたというのも頷ける。
確信は無い。かといって関連が無いとも判断がつかず、弦十郎は答えに詰まる。
「とにかく、今俺たちに出来る事は全力で響くんたちを探すことだけだ」
不確定要素に気を取られている場合ではない。
当然そのハッキングの出所も調査はするが、やるべきことはまだ他にもある。
「いいか、些細な情報でも構わん。二人に繋がる情報を徹底的に洗い出せ!」
弦十郎の檄により、オペレーター各員は情報の海へと視線を走らせるのだった。
緒川もまた、調査へと戻っていく。
そんな発令所に、緊急の通信が入る。
それは、また別の基地施設がアルカ・ノイズによって襲撃を受けているとの報せだった。
ファミリーレストランの一角を陣取るように、装者たちは向かい合って座っている。
テーブルの上には各々に頼んだ甘味が届けられて随分経つが、殆ど手を付けられていない状態だった。
クリスの目の前には一杯のコーヒーだけが置かれている。普段は健啖なクリスらしからぬ内容だが、誰もそれに触れようとはしなかった――いや、誰もがそんな些細なことを気にしては居られなかったのだった。
「響さん、何があったんデスかね……」
最初に口を開いたのは切歌だった。
それは普段のお気楽から出た軽い言葉ではなく、誰もが重い口を開けないのを慮ったうえで、先陣を切るように言葉にしたのだった。
「やっぱり、未来さんと何かあったんじゃ……」
調がそれに続いて未来の事を話す。
響だけでなく未来までもが、両名の家族共々行方不明になったという報告は既に聞いている。それを結び付けて考えずにいられようものだろうか。
「だからと言って、味方にその拳を向けるなんて」
俄かには信じられない。とマリアは苦々しに言う。
普段の響であれば、とてもこんな行動をとるようには思えない。
「余程の理由があったのだろう……あの時立花は「守りたいものがある」と言っていた。だとすれば……」
最悪な予想を浮かべて、翼は思わず顔を顰める。
あの健気な少女が、響への交渉材料として残酷な目に遭わされるなど、想像したくもなかった。
「クリス先輩はどう思うデスか?」
「うるっせぇんだよ! ごちゃごちゃとッ!」
意見を求める切歌に対し、クリスは思わず苛立ち紛れに声を荒げた。
切歌はビクッと身体を震わせて「ごめんなさい」とだけ言って押し黙ってしまう。
それを見たクリスは、感情的になってしまったことを内心に自責した。
「ちょっとクリス、その言い方はないでしょ」
「悪ぃ……ちょっと頭冷やしてくる」
マリアの強い指摘に一言詫びると、クリスは一度席を外そうと立ち上がる。
そんなクリスの態度に、言い足りないことをまだまだ言ってやろうと思ったものの、その目に涙が浮かんでいるのを見て、マリアもそれ以上は何も言えなくなってしまう。
もしかしたら一番動揺しているのは、他ならぬクリスなのかもしれない。
昨夜も、対峙した響に対して一番感情的だったのはクリスだった。
誰もが口を閉ざし、その席からクリスが離れようとした時。
まるで計ったかのようなタイミングで通信機に連絡が入る。
昨夜に引き続き起った襲撃は、またしても米軍施設を標的としていた。
装者たちはヘリに乗り、現地へと向かう。
機内には重い沈黙が満ち、その誰もが一様に暗い面持ちをしていた。
「頼むぞ、クリスくん」
「あぁ、わかってる」
誰も口にしないものの、昨日の今日で同じやり口である。まず間違いなく、響が現れるだろう。
弦十郎から立案された、対響ようの作戦の要として選ばれたのはクリスだった。
それ自体を実行するのは難しくは無いはずだ――が、気持ちが揺れてしまう。
――本当にあたしはあいつと戦えるのか? と、内心に自問自答するが、答えは出てこない。
固く目を閉じて己を奮い立たせようとするクリス。
そんな、迷えるクリスの手を切歌はそっと包み込んだ。
「大丈夫デスよ、クリス先輩」
「おまえ……」
さっきあんなにも苛烈な言葉を浴びせたというのに、切歌はクリスを責めることも無く健気に力づけるように言う。
嬉しさや申し訳なさが綯交ぜになり、クリスは思わず目を潤ませた。
「クリス先輩なら、できます」
空いたもう片方の手を同じようにして調はそっと包む。
「あぁ……ったりめーだ、あたしに任せとけ!」
泣き出しそうな気持を誤魔化すように、クリスは精一杯に強がって見せる。
二人に包まれた両の手の温かさは、かつて響と翼にもらった温かさを思い出させる。
――あたしってば何遍一人ぼっちを気取ったら気が済むんだ。と内心に自嘲しながらも、クリスはもう一度響と向かい合う決心を付ける。
「そういうことは家でやりなさい」
そんな三人を揶揄するように、マリアはクリスの真似をする。
顔を真っ赤にして食って掛かろうとするクリスの様子に、翼は何も言わずただただ苦笑するのだった。
「そろそろ現場上空だ。おまえたち、準備はいいか」
通信機から弦十郎の声が聞こえ、ヘリから外を見下ろすと、既にそこは炎と黒煙に満ちていた。
その遥か下方、滑走路の上に、一人の少女の姿が見える。
ヘリを見据え、仁王立ちをしているその少女は、まぎれもなく立花 響だった。
「行くぞ皆」
翼が先陣を切ってヘリから降下する。
その手にギアのペンダントを握りしめ、響の待つ地上へと向かう。
「Imyuteus amenohabakiri toron……」
輝きと共にギアを纏い、千ノ落涙と共に地表面へと着地する。
昨日とは違い、装者たちを待つ響によって、地上にはある程度のスペースが用意されていた。
あるいは、そのスペースはまるで格闘におけるリングのように、アルカ・ノイズを観衆として用意されたステージのようにも見える。
程なくしてマリアが到着し、その後にクリス・調・切歌が続いた。
響はアルカ・ノイズをけしかけること無く五人が揃うのを黙って待っていた。
向かい合う五人。
最初に口を開いたのはマリアであった。
「立花 響ッ! これがあなたの正義だと言うの!?」
マリアの言葉に、一瞬響の表情が曇る。
しかし、答えは無い。
マリアは残念そうにひとつため息を吐くと、クリスたちを振り返る。
「まずはわたしと翼で彼女を抑える。あとはクリス、任せるわよ」
「あぁ、わかってる」
その声に、その表情に、迷いは無い。
――あのバカを連れ戻す。という強い意思が浮かんでいる。
そんなクリスの表情に安心したように、マリアは響へと向きなおす。
「翼ッ」
「ああ。家出娘を皆で連れ戻すぞッ!」
翼とマリアを前衛に、その後ろでクリスをかばうように切歌と調が立ちはだかる。
しばしの沈黙、しばしの対峙。
アルカ・ノイズもまた響の指揮によるものか、動こうとする気配はなかった。
ふと、少し離れた建物で爆発が起こる。
それを合図に、響は、マリアは、翼は一斉に間合いを詰めて戦闘へと移るのだった。
「こと、対人格闘に於いて、響くんとまともにやり合うのは困難だろう」
――と、作戦立案に際して弦十郎は断言した。
確かに、マリアや翼でさえも、響の格闘技術が相手では満足に立ち会うことは困難だった。
そのうえ、武器での攻撃が躊躇われるこちらに対して、響の方は遠慮なく打ち込めるのだ。
その差は誰の目にも明らかに不利だった。
ましてや今の響は、仲間を傷つけることも厭わないだけの覚悟を持っているのがわかる。
相性の面でも、覚悟の面でも、響を降すことは不可能と言っても過言ではないかもしれない。
「そこで、こいつをクリスくんに使ってもらう」
弦十郎はクリスにアタッシュケースのようなものを手渡した。
軽々しく片手で差し出されたそれを受け取ると、クリスはその重さに危うく倒れそうになる。
「おいおっさん、こいつは……」
その中身を目にしたクリスは怪訝そうな顔で弦十郎を見る。
その中身には見覚えがあった。そして使い道も。
「こいつを正確に、響くんだけにぶち込めるとしたら……クリスくんだけだろう」
真剣な眼差しを向ける弦十郎にクリスは思わずたじろいでしまう。
『それ』を使うということは、つまりはそういう事だろう。と弦十郎の考えをクリスは言外に察する。
「響くんを頼む」
まるで父親のような顔で、父親のようなセリフを吐く。
そんな弦十郎を目にしてしまうと、クリスにはもうそれ以上何も言うことが出来なかった。
だが今は、切歌と調に支えられた今ならば。
「へっ、頼まれてやらァ」
弦十郎の言葉を思い出し、クリスは一人呟いた。
既に手渡された『それ』は、イチイバルの弾倉に詰め込まれている。
後は引き鉄を引くだけだった。
響とマリアは近接で打ち合い、翼はその隙をついて影縫いを放つ。
互いに直撃を躱し、隙を見てはまた打ち込む。
そんな衝突を幾度か繰り返し、ふと三人の姿が交錯する。
響を残し、翼とマリアは大きく間合いを取ってクリスを振り返った
「クリスッ!」
「託したッ!」
互いに同時に発声すると、眼前には響へと続く空間が開いていた。
遮るものの何一つないそこで、響とクリスの視線が交わる。
――刹那、半ば反射のようにクリスは引き鉄を引く。
銃口が狙うは響――その足元。
撃ちだされた弾丸の不可解な軌道に響の反応が少し遅れる。
遠く外れたわけではなく、かといって被弾することは有り得ない位置への射撃。
それは本能と思考のエラーを引き起こし、「避ける」と「避けない」の判断の衝突を起こしたかのように、響の足を留まらせる。
その弾頭は地面に着弾した瞬間にはじけ飛び、その内容物を霧のように辺りに散らした。
「くっ……」
ようやくに反応した身体で飛び退るものの、その大半を受けてしまい響は片膝を着いた。
ギアが重く、体中が軋む。
全身が苦痛に汗ばみ、呼吸が苦しくなる。
「まさか……」
呻くように、響は心当たりを思い浮かべて呟いた。
「S.O.N.G.印の」
「Anti_LiNKERデス!」
調と切歌は声を合わせて言い放つ。
弦十郎から手渡されたそれは、高濃度で粘液質に改良された本作戦用のAnti_LiNKERだった。
クリスはそれを響の足元へ撃ち込むことで、その大半を響だけに浴びせかけ、ガスよりも高効率かつ、他の装者への影響を最小限に抑え、響を無力化したのだった。
「勝敗は決した。ギアを解除しなさい」
マリアは肩で息をしながらも、響に投降を勧告する。
響はすでにバックファイアに身を焼かれ、立ち上がることもままならない様子だった。
このままでは最悪、命に関わりかねないだろう。
「さあ、帰るぞ立花。事情は後できちんと聞かせてもらう」
翼もまた、剣に身を預けるように呼吸が荒い。
それでも響はギアを解除しようとはしなかった。
「ったく、何やってんだこのバカ……ほら、早く――」
差し伸べた手を払われて、クリスは言葉を途切れさせた。
憔悴しきった響は、それでもなお拒絶を示す。
「なッ……おまえ!」
明らかな動揺を見せてクリスは後退る。
振り払われた手が、ビリビリと痛む。
振り払われたそのことで、胸が、痛む。
そんなクリスの痛みなど気に掛ける余裕すら無く、響はその手で『それ』を取り出すと、自らの首元に突き立てる。
「まさかあれは!」
『それ』を目の当たりにして調は驚愕した。
「なんで響さんが持ってるデスか!?」
切歌もまた、驚きの声を上げる。
「ぐうッ!」
引き鉄を引き、響は身悶えした。
内部の薬剤が注入され、Anti_LiNKERの薬効を中和するかのように、体内を焼くかのように暴れる。
全身の血管が、神経が、脈動するかのように激痛を伴い、その身を痙攣させた。
「ぐあああぁぁぁぁぁッ!」
苦痛のあまり、響は天に向かうように吼える。
「まさか……響さんがLiNKERを……でもどうやって?」
エルフナインは戦慄した様子でその映像を目にしていた。
響が己に射ち込んだ『それ』は、まごうこと無きLiNKERだった。
LiNKERの製法はかつてフィーネこと櫻井了子が作り出し、その研究はF.I.S.とウェル博士に引き継がれたものの、現在ではエルフナインを除けば他に開発できるものなど居ないはずである。
ましてや、通常必要とされない響のためのLiNKERなどは、エルフナイン自身も作り出したことがない代物だ。
「おまえたち! 響くんを急ぎ捕縛するんだッ!」
――余計なことを考えるのは後だ。と弦十郎は指示を飛ばす。
しかし、それらは既に手遅れとなっていた。
LiNKERにより限界以上に引き上げられた適合係数は、ガングニールの出力を劇的に引き上げる。
その出力はさながらイグナイトをも上回るほどに高まっていた。
「立花ッ!」
「駄目よ翼! あれはもうわたしたちの手に負えるものではないわ!」
思わず駆け寄ろうとする翼の手を引き、マリアが制止する。
響の周囲の地面が、白煙を、蒸気を上げている。
「これじゃまるで……」
「あの時みたいデス!」
その熱量に調と切歌は融合症例第一号だったころの響を思い出す。
その時も同様に、響は異常な熱量を発していた。
「わたし、歌うよ……未来」
発せられる熱量にたじろぎ、愕然とする装者を前に、響は口を開く。
旋律が、歌が、紡がれる。
「止せッ! そんな状態で歌ったら――」
クリスの制止する声も、届かない。
それは何処までも悲しく、悼ましい。
『悲愴』という言葉が相応しい歌だった。
目論見
響が歌い始めて間もなく、一つの高出力反応が起こっていた。
S.O.N.G.すら知り得ないその波形パターンを眺め、その男はほくそ笑む。
「彼奴め……妄言かと思ったが、どうやらそうではなかったようだな」
――と、誰もいない部屋の中で一人、呟く。
「早く戻れ、立花 響」
男は、待ちきれない様子でモニタへ向かって語り掛ける。
無論、通信機を切っている今、何を言っても響には聞こえないことは分かっている。
それでも、それと知りながらも、その男は待ちきれないのだ。
その手に、起動状態になった『それ』が届けられる事が。
「『神の力』……漸く吾のこの手に還るか」
長い時を待った、随分と長い時を。
待ち焦がれ、いつしか老いさらばえた己の姿を確かめるように、傍らの鏡を覗き込む。
そこに映るは風鳴 訃堂。
風鳴の、老獪なる防人であった。
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