戦姫絶唱シンフォギアASH   作:がめちょん

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少女の歌を利用して、老獪なる防人は己が野望を達成せしめんとする。
しかし、未だその野望は完遂へと至らず、更なる苦難を少女へと課していく。
一方、新たな知らせに希望を抱いたS.O.N.G.の装者たちは、その可能性を掴み取るべく敵地へと出陣する。
そこに待つのは、希望か――絶望か。


第三話  暗澹たる未来

轟雷

 

 

 足元の草が火を噴き、地面は蒸気とも白煙とも言えぬものをゆらゆらと立ち昇らせる。

響の周囲に発散された異常な熱量は視界を歪め、その姿さえ曖昧にさせるほどだった。

 

「なんて熱量なの……このままじゃ取り押さえるどころか近づくことすら……」

 

 肌をちりちりと焼く熱気に、マリアは思わず一歩二歩と後退る。

そのただ中に、熱の中心にいる響は果たして無事なのかと心配になるものの、どうにも打つ手が見つからず、マリアは歯噛みした。

 

「基地施設であれば消火設備があるはずだ。しかしこの惨状では……」

 

 周囲のアルカ・ノイズこそ動かずじっとしているものの、遠くの建屋では先ほどから幾つもの爆発が起こっている。

この状況では、例え消火設備があったとしても、その機能がまともに働く可能性は低い。

 

「くそッ! どうすりゃいいんだよ……」

 

 何もできない己の無力にクリスもまた憤る。

あの時、例え何度手を払われてでも、響を、その手を引いてやるべきだったと己を責める。

何故、ただ一度振り払われただけで戸惑ってしまったのか、と。

 

「司令! 現場に新たなアウフヴァッヘン波形が!」

「未確認の波形……データに無いパターンです!」

 

 友里と藤尭はそろって声を上げた。

響の歌に呼応するかのように、新たな高出力のエネルギー反応が検知されたのである。

それは、S.O.N.G.すら知り得ない未知のパターンであった。

 

「何……だと? 翼! 響くんの周囲に聖遺物らしきものは見えるか!?」

 

 通信機越しに、耳に痛いほどに弦十郎の声が聞こえる。

翼はその言葉を聞き、響の周囲に視線を走らせるが、それらしきものは見つからない。

 

「いえ、それらしきものは――」

 

 見つからない。と答えようとした翼の目に、響の姿が映る。

その拳に、鈍く輝く金色の『なにか』を握り、空へと掲げていく。

 

「まさか……立花?」

 

 言外に、その問いに答えるかのように、響の拳に握られた『それ』は輝きを増す。

響を中心に、先ほどまでの熱に加え、帯電した空気が巻き起こり、翼たちの通信に、本部に移される映像にノイズが混じる。

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 響は耳を劈かんばかりの咆哮を上げ、その拳を真っ直ぐ空へと突き上げる。

――刹那、その拳から凄まじい轟音と共に極大の雷撃が迸り、空へと立ち上がった。

雷撃は、まるで巨木のようにその枝を散らしながら空の雲ぐもへと到達すると、厚く積層した雲を散らし、空へと大きな穴を穿つ。

 散らされた雲ぐもは依然帯電し、互いにばちばちと小さな稲妻を飛ばし合う。

 

「何なんだよ……ありゃぁ……」

 

 クリスは愕然として呟いた。

その雷撃は、ディバインウェポンのそれを彷彿とさせる圧倒的な力を見せつけ、装者たちは言葉も無く、ただその様を目にして立ち尽くすのであった。

 

 

発露する悪意

 

 

 周囲を焦がすほどの響の放熱は、雷撃と入れ替わるように治まっていた。

それでもその消耗は激しく、憔悴しきった面持ちで、荒く、肩で息をする。

 

「響さん、さっきのは一体……」

 

 調の問いに響は答えない。

視線は地面の方へやや落とし、ただただ肩で息をする。

 

「一体どうしちゃったんデスか? 響さんらしく無いデスよ!」

 

 切歌は、今にも泣きだしそうな顔で、声で、響に問う。

しかし響は、その言葉に弾かれるように顔を上げ、切歌を睨め付ける。

 

「わたしらしくない……って、何」

 

 それは静かな、それでいてひどく荒っぽい声だった。

響は苦々しい表情を浮かべて、拳を、その肩を震わせる。

 

「何も知らないくせに、知ったようなことを言わないで」

 

 ありったけの怨嗟を込めるようにそう言うと、響はテレポートジェムを取り出し、地面へと叩きつける。

幾何学模様の輝きに響が姿を掻き消していく姿を、装者たちはただただ見送ることしかできない。

響の吐き捨てたその思いがけない言葉に、誰ひとり、何も言えずに立ち尽くすのだった。

 

 

「立花 響の裏切り……そのうえ二度も逃走を許すとは、とんだ失態だな」

「言われなくとも分かっている」

 

 風鳴 八紘の叱責に、弦十郎は辟易しながらも返答する。

本部のモニタに大きく映し出された八紘は、相変わらず表情に乏しいものの、その声色には落胆とも取れる陰が感じられた。

 

「既に国連が、米国を中心に調査に動き出している。今のところ『立花 響』の存在は秘匿されているが、それもいつまで保つかは分からん」

 

 幸か不幸か、今回の事件に於いて、基地関係者に生存者は殆どおらず、僅かな生存者たちもまた、ノイズから生き延びる事に必死だったため、響の存在が認識されることは無かったらしい。

 しかし、立て続けに起こったこの二件の襲撃は共に米軍施設に対して行われたものであり、そこにはいずれもアルカ・ノイズが関わっている以上、遅かれ早かれ、特異災害に対抗している我々S.O.N.G.への追求が行われるのも時間の問題だろう。

 今はまだ監視映像に関してもノイズの襲撃によって失われたとしているが、そのような嘘がいつまでも通じるはずもない。

 

「反応兵器の危機、再び……か」

 

 苦虫を噛み潰したような面持ちで弦十郎は呟いた。

前の時は、その命を燃やし尽くすように錬金術師たちがその脅威を抑え込んでくれた。が、彼女たちももう居ない。

今度それが発射されれば、もはや打つ手は無いのだ。

 

「いや、それは当面無いだろう」

「何……?」

 

 八紘の答えは意外なものだった。

米軍施設が立て続けに狙われ、ましてやそのどちらも壊滅的な被害に見舞われていると言うのだ。反応兵器を持ち出された方が自然と言うものだろう。

 

「今朝ほど米国の大統領は暗殺された。先の、国連決議に反した行動には他国も批判的になっている事もあり、しばらくの猶予は稼げそうだ。」

「なっ……暗殺、だと」

 

 八紘は事も無げに言い放ったが、一国の大統領が暗殺されるなど、とてもじゃないが穏やかでは無い。

異常が起こっているのはこの国だけでは無いらしい。

あるいは、それもまた、響を連れ去った黒幕たちに繋がっているとでも言うのだろうか。

 弦十郎は八紘の、モニタ越しに映るその顔をじっと見据える。

冷徹・怜悧なその男は、普段から表情を顔に出すことは多くない。事実この今とて、これほど重大な事柄について、顔色一つ変えはしない。

 弦十郎は、そこにかえって違和感を覚える。

 

「兄貴、親父は何と言っている」

 

 弦十郎は父である風鳴 訃堂の事を思い浮かべて、八紘に問う。

立て続けに起こる事件とこの失態。あの老人の性格を考えれば、己から直接通信を入れてきてもおかしくないはずである。

 それが、一度目ならず二度目までも姿を表さない。

 

「先程わたしが言った通りのことだ。今日の私はあくまで代弁者に過ぎん」

「本当にか?」

 

 この状況、あの男が代理など立てるものだろうか? と弦十郎は訝しむ。

いや、あの男のことである。むしろ何時ぞやのように私設の部隊を動かし、直接の対応に当たろうとしても何ら不思議ではない。

仮にそれが米軍施設の危機であっても、この国の体制が疑われるような状況。見逃すはずもない。

 だと言うのに、今回の件に関して、あの男は何も、何一つ、直接に関わって来ようとしないのだ。

 

「兄貴、もしかして今回の件、裏で糸を引いてるのは……」

 

 あの爺いでは無いのか? という結論な行き当たる。

だとすれば、もしもそうだと考えるのなら、響たちの身柄を怪しまれることなく確保し、周辺の監視映像全てに手を加えられていた事にも納得がいく。

真実はどこにある? と、弦十郎は八紘を睨め付ける。

 

「弦!」

 

 八紘は声を荒げた。

表情にこそ変わりは無いが、その強い口調が言外に「追求をするな」と語る。

弦十郎は思わず口ごもり、それ以上何も聞き出そうとすることが出来なくなってしまう。

 

「とにかく、今は防衛と、立花響への対応を尽くせ。調査は我々の方で対応している」

 

 そうとだけ告げると、八紘は一方的に通信を切ってしまった。

それは、一切の追求に対する拒絶だった。

拳を震わせ歯噛みする弦十郎の元へ緒川が歩み寄る。

 

「風鳴の関連施設を洗え、徹底的にだ」

「はい」

 

 八紘のその態度に、弦十郎は半ば確信を抱いたように緒川へと指示を飛ばす。

もしも訃堂がこの事件に関わっているというのなら、猶予はない。

あの男は国防のために、どんな非人道的な行為も辞さない。捉えられている響や未来。そしてその家族とて、何をされているか分かったものではない。

事は一刻を争うだろう。

――響くん、未来くん。無事で居てくれ。と、然しもの弦十郎とて、ただただ祈る事しか出来ないで居た。

 

 

 

「気取られたか」

「はい、恐らくは」

 

 八紘の報告に訃堂は特段慌てた様子も見せなかった。

むしろ訃堂にとっては、これほどの状況に於いてなお、その可能性に行き当たらない方が、弦十郎の能力に対し不安になるというものだった。

 

「構わん、捨ておけ」

 

 そう吐き捨てて訃堂は廊下をひた進む。

先程から何処かへ向かっているらしいが、その行く先は杳として知れない。

昔ながらの古い木造の床は、しかしその見た目の古さに反して軋むことなく、しっかりとしているらしかった。

 八紘は既に、我が家の事ながら、今自分がどの辺りにいるのかを計りかねていた。

 

「どこへ向かっているのです」

 

 あまりに長いその道行に、いよいよ持って不安を抱き、八紘は先を行く父に目的を問う。

しかし訃堂は歩みを止める事なく、その背中越しに答えを返す。

 

「風鳴の、始まりの地よ」

「風鳴の、始まり……?」

 

 訃堂はそれ以降何一つ口を開く事は無かった。

いくつもの角を曲がり、いくつもの廊下を進み、宛らそれ自体が聖域へ至るための、ある種の儀式のように、薄暗い廊下を進む。

そうして二人は、古びた木造建築に、あまりに似つかわしくない近代的なゲートへと辿り着いた。

 訃堂がセキュリティユニットのドアを開き、その中へと入り込むと、しばらくの後、空気の流れゆく音とともに重々しくもゲートが開かれる。

そのゲートが開く間際、内部へと強烈な吹き込みがあったのは、内部が真空に保たれていたことを伺わせた。

 セキュリティユニットから出た訃堂は、内部へと侵入する。

それに伴い室内に自動で明かりが灯ると、二人の目の前に、またも異質な物体が姿を現した。

 

「これは……」

 

 然しもの八紘も動揺を隠せず、その顔に、その声に驚愕の色が浮かぶ。

二人の目の前に鎮座していたのは、大きさは凡そ六メートルほどはあろうかという大きな――鉄釜にも似た形状の物体であった。

 訃堂はその、とある外殻へ近付くと、先の戦いにて立花 響が起動させたという聖遺物をかざす。

――刹那、その鉄釜は大きな音とともにその全体を震わせて、各所に光を湛え始める。

 

「二百年余り前、この地に此奴が流れ着いたことが、風鳴の家の始まりよ」

 

 そう語る訃堂の顔には、年齢に似つかわしくない、まるで少年のような無邪気な笑みが浮かぶ。

余りの出来事に唖然とする八紘を尻目に、訃堂はその中へと入り込むと、その内側をあちこちに触れている。

 

「これは……これは一体何なのですか」

 

 八紘は、ただただ愕然として訃堂へと問う。

訃堂は、やや面倒臭そうに八紘へと語って聞かせる。

 

「曰く、神を乗せて空を駆ける船の伝承は世界各地に偏在しておるという……これもまた、その内の一つだ」

「神の……」

 

 その言葉を聞き、八紘は先日訃堂から聞いた『神の力』の話を思い出す。

あの時は、立花 響がその身に宿した力そのものを意味しているのだと思ったのだが、どうやらそうではないのかもしれない。

その、八紘の驚き満ちた表情を見て訃堂はにやりと口元を歪める。

 

「『靭舟――うつぼぶね――』……その真なる姿は、彼の国の聖典に記されている神の舟、『ヴィマーナ』と呼ばれるその一機よ」

 

 その鉄釜――『ヴィマーナ』の名を告げると、訃堂はその機内を縦に貫くシャフトのようなものを確かめるように触れる。

どうやら内部の構造を調べているようだが、それはどうにもに近未来的な造りをしているように見えた。

 

「『靭舟』……『ヴィマーナ』とは一体……」

 

 八紘の問いに訃堂は答えない。

ただただシャフトを一通り撫でた後、その身を起こすと眉を顰めて舌打ちをした。

 

「これもまた、鍵。というわけか」

 

 一人、そう忌々しく吐き捨てると、天井を仰ぎ見ながら八紘に指示を出す。

 

「八紘、『犬』を使え。彼奴等をここへ呼び込むのだ」

 

 その表情も声色も、先程までとは打って変わって重く、渋い。

恐らくは思ったような結果が得られなかったのであろう。

 

「『犬』を、ですか?」

「即時だ、二度は言わぬ」

 

 聞き直す八紘に訃堂は焦れる。

鍵は開かれたものの、その力を発揮することの出来ぬ『ヴィマーナ』を前に、苦々しげな表情で八紘に即時対応を強いた。

――もう一度歌わせねばならんか。と、訃堂は歯噛みする。

 

「どこまでも忌々しいものだな……『歌』というものは」

 

 その言葉は果たして誰へと向けられたものなのか。

その答えを知るは、訃堂のみであった。

 

 

示された希望

 

 

「未来くんたちの居場所がわかっただと!?」

 

 緒川からの報告に、弦十郎は思わず声を荒げてしまう。

それは、緒川率いる調査部がもたらした情報だった。

 モニタ上にいくつもの映像が展開すると、確かにそこには響の父親と、母親や祖母らしき人物が映っていた。

また、他の視点からの映像には資料に載っていた未来の両親も映っている。

 

「場所はどこだッ」

「茨城県神栖市……旧風鳴邸です」

 

 その言葉を聞いて、弦十郎は髪を逆立てんばかりに怒りを露わにする。

 

「あの爺い……やはり噛んでいたかッ!」

 

 その表情はさながら明王像を彷彿とさせるほどであった。

これまでの出来事を思い返し、弦十郎はその肩を、拳を、わなわなと震わせて憤る。

 

「しかし、外からの映像では未来さんの姿は……恐らく地下に幽閉されていると考えられます」

 

 緒川の予測に、弦十郎は心当たりがあった。

現在の本家とは違い、旧風鳴邸には弦十郎自身も数える程しか訪れた事がない。

しかしその、海に面した膨大な敷地には、幾つかの家屋が縦並び、やや高台の母屋には、確かに広大な地下室があったことを覚えている。

 

「急ぎ装者たちに知らせろ。未来くんたちを取り返すんだ!」

「はい!」

 

 オペレーターたちへ指示を飛ばし、モニタに表示された映像を食い入るように見つめる。

そこに姿の見えない少女を思い浮かべて、弦十郎は無事を祈った。

 

「未来くん、無事でいてくれッ」

 

 

 

 海岸沿いの道を、一台の車とバイクが疾走する。

バイクには翼とマリアが。

緒川の運転する車の荷台部分には、クリス・調・切歌がそれぞれ乗り込んでいた。

 天気こそ快晴なものの、やはり海風は冷たく、装者たちは肩を寄せ合うようにその行く先を見据える。

 

「こちら翼。旧風鳴邸を目視にて確認しました」

 

 遠目にその建物を捉え、翼は弦十郎へと報告を入れる。

話に聞いてはいたが、実際に訪れるのは翼自身も初めてであった。

 その建物が実際に利用されていたのは、翼の生まれるずっと前の事である。

 

「調査部の情報によれば、先程伝えた地点に未来くんがいる可能性は高い……頼むぞ翼!」

 

 弦十郎は、その希望を通信機越しに翼へと託す。

翼は迷いなき眼でその建物を見据え、「小日向は必ず連れ戻します」と答える。

翼の心にも弦十郎と同じく、訃堂への憤怒の炎が燃え盛っていた。

 

「翼さん、あれを」

 

 緒川の声に視線をすぐ手前の道路へ戻すと、そこにはアルカ・ノイズが立ちはだかっていた。

道路を埋め尽くすほどのその物量に、緒川は止むを得ず車を停めて、クリスたちを降車させる。

翼たちもまた、そのそばにバイクを停めた。

 

「これじゃ通れない」

「くそッ、迂回しようにも他に道は無いみたいだな」

 

 調とクリスは思わず歯噛みをする。

辺りを見回しても整備された道は他にない。

――で、あるならば。取るべき行動は一つしかないだろう。

 

「目の前に障害があるのなら」

「アタシたちの手で切り開くデス!」

 

 切歌は先陣を切って先頭に立つと、ペンダントを手に聖詠を口にする。

 

「Zeios igalima raizen tron……」

 

 ギアを展開し、身にまとう。

その輝きを切り裂くように放たれるイガリマによる一閃。

迷い無きその刃は、目の前に群がるアルカ・ノイズを一薙ぎの内に切り払うのだった。

 

「どんなもんデス!」

 

 しかし、その後ろからは、第二波・第三波と新たな群れが集まってきていた。

 

「切ちゃん!」

「あんまり一人で突っ走んじゃねーぞ」

 

 そこへ加勢するは調のシュルシャガナとクリスのイチイバルである。

無数の弾丸と飛び交う丸鋸の雨に、アルカ・ノイズたちは塵へとかえっていく。が、それでもやはり数が多く、切り開くにはどうにも時間がかかってしまいそうだ。

 

「雪音ッ! わたしも今――」

「行ってくれ先輩! あいつを……小日向を助けてやってくれッ!」

 

 自らも加勢に乗り出そうとした翼をクリスが制する。

ここで翼とマリアまでもが足止めを食っていては、本来の目的など達成できない。

だからこそクリスたちは、ここで戦うことを引き受けたのだ。

 

「しかしこの数、おまえたちだけでは……」

「翼ッ!」

 

 それでも躊躇する翼を、後ろに乗ったマリアは叱咤する。

後輩を慮る気持ちはマリアとて同じ。ましてや切歌と調はこれまで姉妹のように一緒だったのだ。加勢したいというのは痛いほどに理解できた。

 しかし、翼とマリアの目的は小日向 未来の奪還である。

ここで迷い、その機を逃せば、全ては水泡に帰してしまうのだ。

 

「彼女たちを信じて、あなたの為すべきことを為しなさい」

「マリア……」

 

 真剣な眼差しで「己の目的をはき違えるな」と「後輩たちの力を信じろ」とマリアは翼に訴える。

クリスも、調も、切歌もまた「自分を信じてくれ」と言わんばかりに翼を見据える。

――そうだ、わたしが迷っていてどうする! と、己を奮い立たせ、翼はバイクのハンドルを握りしめた。

 

「わかった。皆、ここは任せたぞ」

「ああ、任せといてくれ」

 

 互いに頷き合い、アルカ・ノイズへと向き直す。

 

「道を空けやがれッ!」

 

 クリスは狙いを絞り、翼たちの向かう先へとミサイルを、弾丸をありったけに撃ち込んだ。

 

「やあッ!」

「とぉッ!」

 

 それに続くようにして、調と切歌は刃を合わせて周囲を一掃する。

翼は、三人がこじ開けたその、手薄になった一帯へ向けて騎刃ノ一閃にて駆け抜ける。

 

「駆けるぞマリアッ! 振り落とされるなよッ!」

「もちろん!」

 

 二人は互いに声をかけ、地下へと続く通路のある母屋へと向かう。

目指すは地下――小日向未来が捕らわれているであろうその場所であった。

 

 

 

 翼たちがアルカ・ノイズと戦闘を始める少し前。

邸内を一人歩く響の姿があった。

 その表情は暗く、足取りもまた、どこかおぼつかない。

一昨日。訃堂に渡された聖遺物の起動に成功し、やっとのことで帰還した響は『それ』を訃堂に手渡すと、未来に会わせてもらえるよう約束を取り付けた――はずであった。

しかし、当初それを了承していた訃堂は、昨日になって急遽その約束を反故にしたのである。

 その理由は響へ明かされることも無く、響はただただ軋む身体を引きずるようにして、自らの家族の元。そして、未来の家族の元を訪れようとしていた。

 

「未来……」

 

 いつも隣にいたはずの親友は、今はどこにも居ない。

ここへ連れて来られてからというもの、引き離された最初の日を除けば、一度もその顔を見ていない。声を聞いていない。

 今、未来がどんな目に遭っているのか。何を思っているのか。

それすらも、何一つ、響にはわからない。

 

「ねぇ未来。わたし、どうしたらいいのかな……」

 

 答えは無い。

あるはずがない。

分かっては居ても、問わずにはいられなかった。

答えを教えて欲しかった。

導いてほしかった。

 

「未来が居なきゃ、わたしは自分が正しいかどうかだってわかんないんだよ……」

 

 俯きながら、よろめきながら。

響が歩いたその後には、幾つもの涙の跡が残されていた。

 

 

 

 家族の捕らわれた部屋へやってくると、父も母も、祖母も変わり無いようで、響は少しだけ安心をした。

しかし、父と違って、詳しいことを知らされていなかった母と祖母は、響の身をとても心配していたらしく、一昨日の戦いの傷についても、悲しそうな顔を見せる。

 響はそんな二人にこれ以上心配をかけまいと、いつもの口癖通りに「へいき、へっちゃらだよ」と強がって見せるのだが、内心に「また迷惑かけちゃったな」と自分を責めるのだった。

父――洸だけはそんな響の気持ちを察してか、優しく笑って頭を撫でる。

 

「俺たちは大丈夫だ。だから響も無理をするな。何かあったら遠慮せずに言ってくれ」

 

――と真剣な顔で言われ、響は少しだけ救われた心持となった。

 

「うん、ありがとうお父さん」

 

 そう言って響は笑顔で部屋を後にする。

しかし、その後に寄った小日向 未来の両親の部屋では、散々に罵られ、詰られて、少しだけ上向いた心は、再び失意の底へと突き落とされてしまうのだった。

 

「だからこんな子と付き合うのは反対だったのよ」

「あの子に何かあったらただじゃおかないからな」

 

 そう声を荒げる未来の両親は、中学時代に響へと心無い言葉を浴びせかけた彼らと同じ顔をしているように見える。

響は、ただただ機械のように「ごめんなさい」「わたしが必ず何とかします」と、何度も何度も繰り返し二人に伝えるのだった

 二組の面会を終え、半ば放心したような状態で「わたしの守りたいものって、何だっけ……」と思い浮かべながら、与えられた自室へ響は戻ろうとする。

しかし、そこへ追い打ちをかける様にして、侵入者の報せが入ってきた。

 

「敵は三人。あの娘を守りたいのであれば、戦え。立花 響」

 

 どこまでも冷たく、重い声で訃堂は指示を飛ばす。

響は静かに「わかりました」とだけ答えると通信を終え、軋む身体を、壊れそうな心を押して外へと向かうのだった。

 

 

 

 響が表へと出てくる頃には、クリスたち三人は、既に邸宅前までたどり着いていた。

アルカ・ノイズの数は多く、既に満身創痍の様相である。

とはいえ、響自身も先の無茶が効いている。

コンディションのみで言えば五分五分と言ったところだろうか。

 

「よう、ちょっとやつれたか?」

「……何しに来たの」

 

 クリスの軽口に、響は冷たく返す。

 

「そう邪険にすんじゃねーよ。おまえ、小日向の事で脅されてんだろ」

「だったら何?」

 

 図星を指されたかのように、響は苛立った様子で答える。

 

「響さん……」

「クリス先輩……」

 

 調と切歌は、そんな二人のやりとりを心配そうに見守っていた。

 

「助けに来たに決まってんだろ、このバカ」

 

 気恥ずかしかったのか、少しだけ顔をそむけるようにクリスは言う。

しかし、それに対して響の面持ちは暗い。いや、そこには苛立ちすら見て取れる。

 

「何も知らないくせに、偉そうなこと言わないで」

 

 響は苛立ち混じりに反論すると、拳を構え、腰を落とす。

どうやら交渉の余地はないらしかった。

 

「だったらちゃんと説明しろってんだ……おい、やるぞ」

「はい」

「仕方ないのデス……」

 

 三人もまた、それぞれのアームドギアを構えて対峙する。

そこに込められた覚悟とは何か。

そして、響の戦う理由とは何か。

身も心も、己自身も傷つけて、少女は何のために、誰がために拳を握るのか。

 答えは未だ明かされること無く、目の前にはただ、暗澹たる戦いの宿命だけが、四人を待ち受けているのであった。

 

 

陽だまりの少女

 

 

 薄暗い地下通路を翼とマリアは駆ける。

迷路のように複雑なそれは、ともすれば容易に迷ってしまっても不思議では無いはずだった。

しかし、二人は見えざる意思に導かれるかのように、迷うことなく真っ直ぐと目的地へと進んでいく。

それは、灯された明かりのせいか、はたまたところどころに見える電子キーのランプの明滅によるものか、二人にはわからなかった。

 幸いにして二人は、一度も迷うことなく小日向 未来の元へたどり着いたのである。

 

「小日向ッ! 無事かッ!」

 

 勢いよく扉を開くと、やや薄暗い部屋の中に一人の少女の姿が見える。

その少女――小日向 未来は虚ろな眼差しを翼たちに向けるが、その口から発せられるのは、まるで呻くような、言葉にならない言葉だけだった。

 

「おい、小日向?」

 

 答えは無い。

だぶついた、ツナギのようなものを着せられて、口元まである襟の中で、埋もれるように動かされた口からは、ただただ、だらしなく涎が垂れている。

翼は脈拍を測るべく袖口をすこしだけ捲ったのだが、そこにある夥しい注射針の跡に思わずその顔を顰めてしまうのだった。

 

「この臭い、まるで……」

 

 マリアは口元を押さえながらぽつりとこぼす。

部屋に充満しているのは、まるで腐臭のようにも感じられる。が、今は未来の身体を隅々まで確認している余裕などは無い。

 その身の安否は気になるものの、まずは何よりも、ここから脱出することを優先しなければならない。

マリアに未来を預けると「小日向を頼む」と言って、翼は本部へと報告する。

 

「小日向の身柄を確保……ですが、激しい衰弱が見られます。メディカルルームの手配を頼みます」

 

 そう告げると、マリアに「脱出するぞ」と合図を送る。

剣を握るその手が、怒りに震えているのをマリアは決して見逃さなかった。

その肩が、背中が、あの男への怒りに燃えている。

 

「風鳴 訃堂……貴様はどこまで人の道を外れれば気が済むッ!」

 

 胸の中の、煮えたぎる憤怒を吐き出すかのように翼は咆哮する。

陽だまりのように笑う少女は、もうどこにも居ない。

そこに居るのは――そこにあるのは最早、小日向 未来という少女の形骸でしかなかった。




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