しかし、未来は既に心神喪失の状態となっていた。
訃堂に対する怒りを胸に、まずは未来の救出を優先する翼とマリア。
その頃――地上では、クリス・調・切歌の三人が、響の足止めをするべく対峙していた。
果たして装者たちは、未来を掴み取る事が出来るのか。
戦う理由
「限界が近ぇ……こっからは出し惜しみ無しだ」
クリスは完全に息が上がっていながらも、二人に檄を飛ばす。
ここまで、旧風鳴邸前で戦端を開いて以来、休む間もなく戦い続けてきたのである。
すでに、気を抜けば膝が笑ってしまいそうなほどに消耗しきっている。
「わかっています」
「何としても響さんを押し留めるデスよ」
そう答える二人の表情も随分と苦い。
これまで二度戦い、二度とも敗れた相手に対し、こうまで満身創痍で挑まなければならないというのは、傍目から見ても不利であった。
だからこそ歌うのだ。三人で。
「ユニゾンッ……だからと言って!」
――負けるわけには行かない! と、強い意志をその拳に、瞳に宿し、響は踏み込む姿勢を見せる。
その姿からは疲労も、ダメージも、微塵も感じることはできない。
――けど、あいつだってあの無茶。平気なはずが無ぇ。と、クリスは響の様子を伺う。
事実、先程クリスが指摘したようにその顔は随分とやつれ、目の下には悼ましいまでの濃いくまを刻んでいる。
建物から出てくる時の、おぼつかない足取りも、全て一昨日の無茶によるものだろう。
――そうまでして、手を振り払うのかよッ! と、クリスは内心に吐き捨てる。
しかしそれは、響に対して憎しみを抱いたからでは無く、ただただ悔しくて、悲しくて、堪らないからに他ならない。
仲間として苦しみを分かち合ってもらえない事が。こうしてたった一人、命の危険すら顧みずに無茶を重ねる事が、クリスには何より辛いのだった。
「ちゃんと全部説明しやがれってんだ、このバカ!」
怒声と共に乱れ撃つ。
その弾丸一つ一つがクリスの心の叫びでもあった。
響は咄嗟に横へとそれを躱し、強く大地を踏み込んだ。
「クリスちゃんには関係無いッ!」
「ちッ!」
飛び込むように一気に間合いを詰める響に対応しきれず、クリスは後方へ飛び退さりながら、響へ向けて銃弾を浴びせかける。
その弾丸は完全に響きを捉えたかに思われたが、響はすんでのところで脚部ユニットによるインパクトハイクにより、僅かに斜線から逃れ、再びクリスへと迫る。
「そうはさせないのデスッ!」
そんな響とクリスの間へ割って入るように、イガリマの一撃が閃いた。
「邪魔をするなァッ!」
大鎌の一撃にその勢いを殺され、響は一旦後退さると、今度は切歌に向かってその拳を打ち出す。が、その拳は空を切る。
切歌は手にした鎌の柄を軸として、咄嗟にその身を回転させるように響の一撃を躱したのだった。
「あ、危なかったのデス」
「このッ!」
我ながらよく避けたものだと胸を撫で下ろす切歌に、再び響は飛びかかろうとする。
「させないッ!」
「調!」
その足元に無数の丸鋸を撃ち込まれ、またも響は足を止めた。
ままならない状況に、響は歯噛みしながら三人を睨め付ける。
確かに、ユニゾンにより三人のギアの出力は明らかに高まっている。
しかし、こうして響が翻弄されているのは、響自身のコンディションによるものだけではなかった。
「いいぞおまえたちッ」
通信機越しから弦十郎の声が届く。
それは、事前に皆で打ち合わせた通りの立ち回りだった。
響の身体能力と戦闘センスは、こと近距離の格闘戦に持ち込まれてしまえば、太刀打ちできない程に高い。
それ故に、本来不利なはずのクリス・調・切歌が足止めを対応するにあたり、互いに互いを援護しつつ、距離を稼ぐ算段で挑むのであった。
「けど……」
「長くは持ちそうに無いのデス……」
調と切歌は弱音を吐く。
それもそのはずで、響の野性じみたその反応速度は、打ち合う度にその精度を増し、一つ間違えば拳の餌食になりかねないほどの順応を見せている。
「くそッ……頼むぜ先輩。早く小日向を連れ出してきてくれッ!」
切歌を狙い拳を振るう響に対し銃弾で牽制しながら、クリスはただただ翼が戻ってくるのを待つしかなかった。
ちょうどその頃、地下室では翼とマリアが未来を発見、その身を確保していた。
振動音と爆発音が地下までも響いてきている。
それは、地上で三人と響の交戦が始まったことを示しているのだろう。
「始まったようね」
地上の様子を気にかけてマリアは呟く。
しかし、翼は答えない。
「翼、あなたの怒りはわかる……けど今は――」
「ああ、分かっているとも」
訃堂を討つよりも小日向 未来の回収が先だ。とマリアは促そうとするが、どうやら要らぬ心配だったらしい。
その身を焦がす憤怒の炎を、翼はなんとか胸の内に抑えると、未来をその身に背負う。
「マリア、頼む」
「ええ、任せてちょうだい」
目の前を塞ぐように現れたアルカ・ノイズに対し、マリアは「待ってました」と言わんばかりにギアのペンダントを取り出すと、聖詠を口にした。
「Seilien coffin airget-larm tron……」
眩い白銀の輝きがその身を包む。
アガートラームを見に纏ったマリアは、眼前の敵へと無数の短剣を躍らせた。
見る間にアルカ・ノイズたちを一掃し、二人はその地下室を後にする。
しかし、通路へと躍り出た二人の視界は、通路のはるか先までも、すでにアルカ・ノイスたちによって埋め尽くされていた。
「どうやら、温存して正解だったようね」
「ああ、思う存分に暴れるが良い、マリア!」
マリアは新たな短剣をその手に、今度はその身をアルカ・ノイズの群れへと躍らせると、華麗な身のこなしで行く先を塞ぐアルカ・ノイズたちを次々と討ち果たしていく。
その後ろ、未来を背負った翼は、僅かばかり残った残党を撫で斬りにしながらその後を追う。
敵の妨害が予測されるとして、翼は予めマリアにギアを温存するよう言っておいたのだった。
たとえ小日向 未来を発見できたとして、二人とも消耗していては脱出も難しいだろう。という見立てからのことだった。
結果的にそれが功を奏し、今や万全の状態でマリアは道を切り開く。
翼の天羽々斬では、この狭い地下通路での戦いは不利である。
その点アガートラームの短剣ならば造作もない。
その二人を、別の部屋から監視する人物があった。
「果敢なき者が……その身が何を背負っておるかも知らずに」
侮蔑を込めて訃堂は吐き捨てる。
もはやその眼差しは、己が子に対するそれでは無かった。
「上の様子はどうなっている? 彼奴等の歌は?」
訃堂は、翼に対して興味すら無くしたかのように四人の様子を問う。
いや、あるいは事実として、既にその目論見さえ達成されてしまえば、翼の存在は必要ないのかもしれなかった。
「エネルギー自体は上昇しています……ですが――」
「まだ、まだ足らんと言うのか」
憎悪に満ちた眼差しで、訃堂はその映像を睨め付ける。
響は、まだ歌ってはいないらしい。
それは先日から続くダメージによるものか、あるいはその精神的な面によるものか。
「何をしておる、歌え……歌わんかッ」
焦れた様子で通信機越しに届けられた訃堂の指示は、皮肉にも響に大きな隙を生じさせる。
それに気を取られた瞬間、響の足元に撃ち込まれたミサイルは無残にも炸裂し、その直撃を受けた響の体を数メートルの向こうへと吹き飛ばしたのであった。
朦朧とする意識の中、響は訃堂と会った時の事を思い出していた。
下校のチャイムが鳴る学園。
響と未来は、互いに今夜の夕食や、週末どこへ出掛けたいか。などと、他愛もない言葉を交わしていた。
そんな二人のいる教室へ、見慣れぬ教員が駆け込んできた。
――おばあさんが車にはねられた。
そう、告げられた響は、一瞬その言葉の意味を理解出来なかった。
「え? おばあちゃんが……何って……」
震えた声で響は聞き返す。
聞き間違えであってほしいと切に願う。
「今、市外の病院で治療を受けているの。一刻を争う状況よ」
全身の血が引くような感覚を覚え、足元がぐらつく。
思わず倒れこみそうになるその体を、慌てて未来が支えた。
「響……」
なんと声をかけて良いかもわからず、未来もまた戸惑っている様子だった。
「校門のところに車を手配してるわ、急いで」
女性教員の言葉に弾かれるように、響は立ち上がって走りだす――荷物すらも持たずに。
すれ違う生徒が、教員が、口々に響を叱責していたように思う。けれど、その言葉は、その意味は、全く響には届かなかった。
ただただ、あの優しい祖母の安否を思い、駆ける。
校門に着くと、確かに車が一台停まっていた。
響が慌てて乗り込むと、間も無く未来も追いついて、一緒に車へと乗り込む。
病院へ向かう車の中、響はずっと、握り込んだ拳を震わせていた。
そんな響の拳を包むようにして、未来は黙って寄り添っていたのだった。
「立花響さんですね」
「はい! あの、おばあちゃんは……おばあちゃんは無事なんですか!?」
市外の見慣れぬ病院の受付で、響は思わず声を荒げる。
――良いから早く案内して下さい! と、院内のスタッフを急かしていた。
「あなたはここでお待ちください」
と言われ、待合室のソファへと腰掛ける未来を残し、響は案内されるがままに着いて行く。
「あの、おばあちゃんは無事なんですか?」
案内するスタッフの背中に声をかける。が、答えはない。
不安ばかりが胸の内に膨らみ、今にも張り裂けそうで苦しくなる。
しばらく歩いた後、響はとある一室へと通された。
しかし、たどり着いたそこは、病室では無かった。
薄暗い院長室のようなその中に、黒服の男たちが並ぶ。
その中心――響と向かい合う位置に座していたのは、他ならぬ風鳴 訃堂であった。
「あの、なんなんですか? おばあちゃんは何処にいるんですか!?」
余りに異質な状況に、響は動揺して声を上げる。
そんな響の目の前に、一つの大きな端末が置かれた。
そこには見知らぬ一室に、まるで閉じ込められたかのような家族の姿があった。
祖母の姿もまた、その中に映っている。
「立花 響」
訃堂は、重々しくその口を開く。
響は名を呼ばれ、その身を緊張させる。
「貴様は何のために、誰がためにその拳を振るう?」
訃堂は響へと、問う。
戦う理由を。拳を握る理由を。
肚の内を探るような、その薄暗い目に射抜かれて、響は思わず立ち竦む。
「守りたいものが、あるからです」
内心の脅えを、戸惑いを隠すかのように、響は己を奮い立たせるようにして訃堂を見据える。
「守りたいもの……か」
嘲るように訃堂は笑って、その言葉を繰り返した。
そして再びあの、薄暗い眼差しへと戻ると――
「ならば吾に力を貸せ。立花 響」
――と、響に持ちかける。
響はいま自分が置かれている状況の何一つが分からずに、戸惑う。
「あの、言ってる意味……全然わかりません。これは、何なんですか? 何でわたしをこんな……」
戸惑い、ただただ動揺する響に向けて、落胆を込めたため息を吐くと、訃堂はその理由を告げる。
「『神の力』が必要なのだ」
その言葉に、響は全身が総毛立つ思いがした。
目の前のこの男は、あろうことかあの忌々しい力を欲してると言うのだ。
「あなたたちは一体何なんですか……なんで『神の力』なんて……」
数歩後退る。が、黒服たちは入り口のドアを既に塞いでいる。
このままでは逃げ場はないだろう。
響は胸のペンダントを取り出すと、口を開く。
この力、人に向けたくなどはない。けれど、『神の力』を欲するような人たちである。何としてもこの場を脱して弦十郎たちに助けを求めなければならない。
覚悟の元、響は聖詠を歌おうとする。が――
「小日向 未来」
「ッ……!」
訃堂が口にしたその名を聞き、響はその身を硬直させた。
何故気づかなかったのだろうか?
響がここへ誘い出されたとすれば、共にここまでやってきた未来も当然――
「貴様が出来ぬと言うのなら、あの哀れな娘に代役をさせるまでだ」
響の見せた反応に満足し、訃堂は追い討ちをかけるように言う。
「待ってください! 未来は関係ない……未来には手を出さないで下さい!」
絶望的な表情で、響は必死に訴える。
親友を、わたしの陽だまりを巻き込むわけにはいかない。と、なんとか未来を守りたい一心で。
その答えを聞くと、訃堂は口元を歪めながら、響に座るよう促す。
「これからの大切な話をしようではないか。それは貴様の目的とも、いずれ合致しよう」
全ては最初から仕組まれていたことだったのだ。
あの女性教員も、今にして思えば、見たことのない人物だった。
この医療施設も、他に一般の人々が一人も居なかったではないか。
――わたしが、わたしのせいで未来が。そう自分の愚かさを思い知らされ、響は力なくその場へ、ぺたんと座り込む。
そんな姿を見て、訃堂はその表情を、その口角を、さらに歪めるのだった。
繋いだ手
やがて土煙が治まると、そこには地面に突っ伏した響の姿があった。
クリスはその身を案じたが、響が何とか起き上がろうとするのを見てほっと胸を撫で下ろす。
「終いだ。勝負はついた」
クリスは響に呼びかける。
その声色は、優しく、少しだけ悲しそうに聞こえる。
「もうこんなのやめましょう。事情を話してください」
調もまた、悲しそうに、響の答えを求める。
「アタシたちは響さんと戦いたくなんてないデスよ」
泣き出しそうな声で、泣き出しそうな顔で切歌もそう訴える。
しかし、それでも響は、黙って立ち上がると、その首元にLiNKERを突き立てる。
「私が、未来を守らなきゃ……」
引き鉄に掛けた指へと力を込める。
己の過ちを思い出し、覚悟を、決意を胸に抱く。
「もう止めろよッ! おまえ一体どうしちまったんだよ!」
堪え切れずにクリスが叫ぶ。
その目から、いくつもの涙が粒となって溢れるのを見て、響は指を止めた。
その胸の内を、後悔が、葛藤が、良心の呵責がぐるぐると渦巻いて、言葉に詰まる。
「あたしのこの手を最初に繋いだのはおまえの方じゃねーか……今更一方的に放してんじゃねぇよ」
クリスは銃を落として、差し伸べるように手を向ける。
もう一度掴んでくれと、響に向けて真っ直ぐと突き出す。
「クリス……ちゃん」
響もまた、手にしたLiNKERを地面に落とすと、戸惑いながらも歩み出そうとする。
そこへちょうど翼からクリスへと通信が入った。
「わたしだ。小日向の身柄は確保した。二人の両親も既に緒川さんが救出済みだ」
その朗報に、クリスの、調と切歌の顔がパッと明るくなる。
これで響を踏みとどまらせる理由など、何一つ無くなったはずだ。
「本当か、先輩」
確かめるようにクリスは問う。
あの先輩が嘘をつくものか。と、分かってはいるが、その無事を確かめたかった。
「ああ、これから緒川さんとの合流ポイントへ向かう。立花にも、教えてやれ」
その言葉尻が少しだけ消沈しているように聞こえたのが気に掛かったが、それでも未来や家族が救出された事は事実のようだった。
「おい、聞け!先輩たちが小日向の事を――」
「――小日向未来が、連れ出された」
響もまた、今まさにその報せを訃堂から受けていた。
翼が、マリアが。未来を連れ出したと言うのだ、この地下から。
そして、こともあろうにこの旧風鳴邸の敷地を、今まさに脱しようとしているという。
クリスと訃堂。二人の知らせを受けた響は、その顔に一目でわかる動揺を浮かべていた。
響は何故今まで気付かなかったのだろう? と、自問する。
ここには最初からクリスと調、そして切歌の三人しか居なかった。
ならば、残る翼とマリアは別行動を取っているのは当然のこと。
その考えに至らなかったのは、先日から続く無理に、身も心も余裕を持てなかったからだろうか。
あるいは直前に受けた、未来の両親の言葉によるものか。
いや、今はそんなことを考えている余裕など無かった。
未来が、ここから、連れ出されようとしているのだ。
「だめ……だ」
ぽつりと呟くように言う。
クリスたちはその言葉が聞き取れず「何だ?」と聞き返した。
「連れて行っちゃ駄目だッ!」
そう叫ぶや否や、必死な形相で足元のLiNKERを拾うと、響は一息にそれを射ち込んだ。
「響さん!?」
「LiNKERを!?」
調と切歌は揃って声を上げる。
まさかここでLiNKERを使うとは、予想だにしなかった。
未来も、その家族も救出された今、響を縛るものなど無いはずだ。
だというのに。
「何やってんだこのバカッ!」
クリスは再度戦いの構えをとる。
あんな状態でのLiNKERなど、それこそ自殺行為に他ならない。
一刻も早く連れ戻して体内洗浄をさせなければ。と、取り押さえにかかる。
「どけぇッ!」
「ぐあッ!」
しかし、一瞬出遅れたためか、あるいはLiNKERによって響の力が高まったためか、その突進を受けてクリスは吹っ飛ばされてしまう。
「マリア! 響さんがそっちに行ったデス!」
「なんですって!?」
切歌はクリスを抱き起こしながらマリアに連絡をする。
響はもうすでに遥か先まで駆けて行ってしまった。
「立花が!? 一体何があったというのだ!」
「わからない。でも未来さんが救出されたと聞いた途端に……」
翼の問いに調が答える。
――救出されたと聞いてから? と、翼は訝しむ。
救出前ならばともかく、救出されたのを知って激昂するなど、何か理由があるに違いない。
果たしてこのまま小日向を連れ出して良いものか。と、翼は逡巡して立ち止まる。
何かが胸に引っかかっている。
「何を呆ける暇があるッ!」
「ま、待てッ! マリアッ!」
そんな翼に焦れた様子で、マリアは半ば引っ手繰るようにして未来を背負うと、合流ポイントへと駆けていく。
翼はマリアを制止するが、すぐ後ろに響が迫っている状況。マリアは悩むのは後だと聞き入れない。
「待って! お願いだから未来を連れて行かないでッ!」
響の声はすぐそこにまで迫っている。
翼は走りながらも、必死にその引っ掛かりの――違和感の正体を探る。
裏切り敵対する仲間。
戻らない理由。
話せない事情。
ふと、クリスの放った言葉が頭をよぎる。
「首根っこ引きずってでも、連れ帰ってやらァ!」
響と対峙した際に、クリスはそう言った。
その言葉は、かつてソロモンの杖を奪還するために、F.I.S.に取り入ったクリスに対して翼が放ったものと同じだった。
あの時、クリスの首にはウェル博士による爆弾が取り付けられていたはずだ。
しかし、響の首元にそんなものは無かったはず。
ならば――
「まさかッ……」
最悪の考えが浮かび、翼は慌ててマリアへ、その背に抱える未来へと視線を走らせる。
その服の襟は高く、首元まで隠してしまっていた。が、僅かに明滅する赤い光を目にして、確信する。
響ではない。首輪をつけられていたのは――
「止まれッ! マリアーッ!」
「駄目だァーッ!」
翼と響が同時に声を上げる。
マリアはその切実な声に、思わず未来の手を取り立ち止まろうとした。
しかし時既に遅く、電子音が聞こえたその刹那。マリアの背の辺りで閃光が瞬いた。
抗いがたい衝撃を受けて、未来の手を取ったままマリアは遥か前方へと吹き飛ばされる。
程無くして、轟音は周囲の山々との間で木霊し、木々の間から鳥たちが飛び出していった。
「先輩、何があったんだ! 先輩!?」
「マリア! 聞こえる? マリア!」
「返事をするデスよ! 二人とも!」
三人の声が通信機越しから聞こえてくる。
しかし、翼はただただそこへ立ち尽くし、答えることが出来ずにいた。
マリアは衝撃に意識を朦朧とさせ、呻いている。
響は立ち止まり、言葉もなく膝から崩れ落ちた。
マリアはその身をゆっくりと起こすと、自分の身に何が起こったのかすらはっきりしない頭で、未来の安否を気遣った。
しかし、その姿が見つからない。
「小日向……未来?」
マリアはふと、その手に握られた感触を思い出す。
衝撃の直前に、わたしは確かに彼女の手を取ったはずだ。と、視線を向ける。
やがて、土煙が治り始めた頃。
マリアはその目を見開き、声にならない叫びを上げる。
その手には、確かに未来の手が握られていた。
しかしそれは、辛うじて爆発より守られただけの、手首より先を喪失した小日向 未来の残骸であった。
「風鳴……訃堂ォーッ!」
ありったけの怨嗟を込めて、翼はその名を叫ぶ。
戦場に響き渡る慟哭。
運命は、どこまでも残酷に、少女たちの未来を閉ざしていく。
繋いだ手、放された手。
それはもう、繋ぎ直すことはできないのだろうか。
読了ありがとうございました。
ちょっとした事でも、感想やコメントを頂けると、とても嬉しいです。
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