魔女が求めるは魔王が欲した世界   作:シャットエアコン

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誤字脱字ありましたら連絡いただければ幸いです。


第1話

「こんな、ところで…」

 

ワタシの目の前で1人の男が小さく囁く。烏色の綺麗な黒髪で、紫の瞳の綺麗な青年だ。

しかし、今の様相は綺麗なものではなく、薄暗い倉庫の埃にまみれた地面に両膝と片肘を震えながらもつき体を支え、もう片方の腕で左胸を必死に押さえている。

白く綺麗なシミひとつない顔肌は土埃と自身の血によって汚れてしまっており、眉間の皺を深め、歯を食いしばりながら苦悶の表情を浮かべる。

しかし、人を惹きつける怜悧な紫の瞳からまだ光は失われていない。

 

「俺は、こんな、とこで…」

 

白い肌は更に青白くなっていく、その色はまるで死人であるかのように。

 

その様子を他人事のようにぼうと見ていると、地面に体を人形のように転ばせている自分の右手の先に液体の感触を覚えた。

目線をチラリと手の先に向けるとその先にあったのは赤。液体はサラサラしておりその独特な色の赤ですぐに血だと理解する。

 

「世界を、壊し…」

 

地面の冷たい無機質の感触を心地よいと感じながら、手の先の血は目の前の青年のモノと理解する。

肘のついていない青年のもう片方の手が必死に左胸を握っている。強く握る手は真っ赤に染まっており、隙間から赤いシミがあふれ、赤い水滴がポタポタと地面に落ちていく。青年の目と鼻の先で倒れているワタシの手の先まで広がっているであろう液体をそう冷静に判断した。

その間に青年の力が尽きたのか肘と膝が崩れ、地面に体を投げ出す。

 

ほんのすぐ目の前にきたその顔を覗く。

その瞳はまだ力を持ち、光を放っていた。

地面に顔を付け、口から血を流しながらもまだ諦めてはいないようだ。しかし、そう思ったのもここまで。

 

「優しい、世界を…」

 

青年は先程よりも顔を白くし、咳とともに小さく血を口から吐き出す。

 

瞳から光が失われていく。

先程までの瞳の光は最後の悪あがきだったのだろう。

瞳に宿しし意思は何かに向けられた悪意と殺意、そして僅かな愛情と恋情。しかし流れ出す血とともに失われていく。

 

そして顔を横に向け、正気の宿った瞳を眩しそうに細く開けているワタシと青年の瞳が合った。

少し体を動かせばキスをする程の距離、青年は驚かないはずがなかった。

 

ヒョッっと、小さく息を吸う青年、何かを考えていたのだろうか、数秒の後に無関心を装いながらも何かを責めているような目をこちらに向けた。

次の瞬間、ゴフッと大きく血を吐き出すと胸を握りしめていた腕すらも投げ出し、ワタシから顔を背け、仰向けになって虚空を見つめだした。

青年の吐き出した血でワタシの顔は汚れたがワタシは青年から目を逸らさない。

 

青年のその瞳に光はもう見えない。

感覚が薄くなったのだろうか、苦悶の表情を浮かべ皺を寄せていた顔は穏やかなものとなっている。眠いから寝るといったように瞼が静かに閉じられていく。

死をすぐそこに感じたのだろう、それを受け入れたのか、受け入れられなかったのか判断はワタシにはつかなかったが、青年は最後にすぐそばにいるワタシすらも聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で小さく、しかしはっきりと呟いた。

 

「ナ、ナリ……あい、してい、る……」

 

青年は静かに瞼を下ろしきり、その紫の瞳を隠していった。

 

力が入らなくなり、こくっと眠るように顔が傾く。前髪がさらりと青年の顔を覆い隠した。

 

先程逸らされた青年の顔が再び目の前にある。

 

人形のように息もしなくなった青年の顔は埃と土埃で汚れた、そして血で濡れながらも芸術品のようだった。

白い肌に黒いサラリとした髪、瞳を開けていればさぞ異性にモテるであろう端正な顔は赤く濡れた口周りすらも気にならない。

 

ワタシは魂の無くなった青年の顔を見つめ続ける。目をそらしたくない、できることなら永遠と見つめ続けたい、そんな感情が湧き出るほど。

神が与えた時間とも思えるワタシにとっては不思議な時間は無粋な男の声で現実に戻される。

野太い男の声が青年とワタシの近くの上から聞こえてくる。

 

「ふん、愚かな学生め、テロリストだか主義者だかわからんが大人しく逃げていれば生きられたものを。まあいい、邪魔者は無くなった。対象を回収した後、殿下に連絡し直ぐに帰還する! 時間はないぞ、急げ」

 

「イエス! マイロード」

 

男に命令されたであろう有象無象が行動を開始する。靴音がワタシの耳元で聞こえたと思った瞬間ワタシは乱暴に体を抱き起こされた。

目線が青年から切れる、ワタシは諦めきれず青年を見つめたいと体を動かそうとするも力が入らない。体から脳への神経、道はあるが、その逆、脳から体に命令する道はないといったような感じだ。

目線を動かすのに精一杯で、青年の上半身を見つめるのに精一杯だった。

ワタシを抱き上げた有象無象の1人が口を開いた。

 

「先程のメディックに送った例の名誉ブリタニア人と、このブリタニアの学生はいかがなさいますか?」

「ふむぅ、あのイレブンか。面倒だが、シュナイゼル殿下の直属の特派が前々から気にかけていたようだ。始末するにも後が面倒そうだ。回復次第口止めをすれば問題ないだろう」

「イエス、マイロード」

「そしてそうだな、この不幸な学生は」

 

次の男の言葉には狂気と愉悦が含まれていた。

 

「イレブンのテロリストに殺されたことにすれば良い。死体を嬲って捨てておけばわからぬよ、念のため顔がわからなくなるほど潰しておけ」

 

その言葉にワタシの何かが吹っ切れた。

 

ワタシは体のバラバラになっていた神経全てが繋がるような感覚を覚えた。体とはどのようにすれば動き。どのように加減すれば力を出せるのかを思い出す。

今のワタシはなにもわからない、空中で手をジタバタさせる赤ん坊から、一流アスリートのように身体を自由に動かせる大人の体に急成長したような感覚だ。

体はワタシの意に従い動き出す。

 

「なん、グワァッ!」

「なんだ!?」

 

ワタシを米俵のように抱えていた男を脚を使って背中から吹き飛ばす。

吹き飛ばす直前に男の拘束から離れたワタシはその場で静かに着地する。

 

「貴様!? 意識が戻っていたのか!」

 

先程から命令をしていた指揮官面をしていた男が体を跳ねるように動かして銃と思われる武器をこちらに向けてくる。

それを見ても冷静にワタシは思考する。すると、額が燃えたように熱くなる。身体中の血という血が額に集まる。血と一緒にどこからか感じるエネルギーが同じく額に通いだし、そのエネルギーで長い若草色の髪は逆立ちだす。そのエネルギーをどうすればいいかは考えなくてもわかった。

額に集まったエネルギーを目の前の男と、周りを囲んでいる有象無象にぶつける。目には見えない大きな衝撃波としてそれは男たちにぶつけられた。

 

その瞬間、辺りは阿鼻叫喚と化した。

 

男達は頭を急に抱えたと思うとその場で膝をつき大声を発して発狂しだしたのだ。

一人一人が大人とも思えない狂気に呑まれた顔をして騒ぎだす。

 

それをワタシは当たり前のように見つめる。こんなことは初めてであり、非科学的な光景を目にしてもなにも動じない。

それどころか、次にワタシがやることを理解する。理解できないが理解した。

 

静かに歩みだし、指揮官のもとまで歩いていく。指揮官の男は先程までの余裕ぶった表情から今は見るにも耐えない愚かな表情をしていた。

他の有象無象とは違い声こそ出していないながらも眼をこれでもかと剥き出しにして左目は左下を向き右目は上を向いていた。

口は阿呆のように半開きにしており、口の淵から涎がダラダラと落ちていた。

グロテスクともいえる男の表情を馬鹿にしたようにワタシは笑う。これは報いだ。なぜかそう思う。

 

「まあ、苦しまないで死なせてやるよ、それはワタシの慈悲だ」

 

口から初めて言葉が発せられた。

静かに発せられた言葉は冷淡に、死を宣告する。

その意味はワタシが発声しようとしていたものでは決してない。

そう思いながらもワタシは男の足元に落ちている銃を拾う。

そしてそれの銃口をまだ呆けている男の眉間に静かに押し当てる

 

「感謝はしなくていいぞ」

 

ワタシは銃の引き金を躊躇いもなく引いた。

 

 

倉庫にいた狂乱した有象無象全てを間引いた後ワタシは移動を始めた。外では未だに銃声が聞こえる。他の仲間がこちらにこないとも限らないからだ。

 

既に事切れた青年を担いでワタシは倉庫から離れた新宿ゲットーの端の下水道に身を潜める。

下水道の側壁にできた人が数人ほど入れそうな隙間を見つけ、ようやく一息ついた。ここならば目の前を、通らない限り見つかることはないだろう。体に力があるとはいえ、成人男子1人を抱えて数刻も移動するのは酷だった。

 

青年を静かに地面に下ろして先程の続きとばかりに顔を見つめる。

ワタシは体育座りをして横たわる青年の顔を眺め続けた。

何分眺め続けただろう。ふと思い出したようにワタシは青年の口元を自分の服ーー拘束服ーーの袖で拭いた。

先程と変わり血が乾き、黒くパサついていたそれは少し不恰好で、青年には似合わないと思ったからだ。今の状況でなんてことを思うのだと自ら自制する。しかし表情はきっと穏やかに笑っているだろう。眠る赤ん坊の涎を拭き取る母親のごとく。

青年の髪を優しく撫でながらワタシは今の不思議な状況を振り返る。

 

「ワタシはいったいなんなんだろうな。この知識とは違う記憶がある。これはワタシではない」

 

そう、今のワタシには2つの記憶が混雑していた。2つきれいに独立して分かれているのではなく、それぞれの記憶をバラバラにしたあと、適当に2つを組み立てたようになっていた。

ある時は中世のヨーロッパ風の田舎で奴隷のような真似をしている自分がいて、また、ビルが建ち並ぶ間の小さな公園で小さな子供達と遊んでいた。

ある時は田舎の教会で信頼していたシスターに自らを殺され、また、制服を着た友人らしき人物と歓談し、他愛もないことで笑いあっていた。

ある時は磔にされ火で炙られ、また、薄暗い部屋のテレビの前でアニメを見ている自分がいた。

 

なにもかもバラバラ、そしてツギハギ。

組み立てる時に大分の部品は、捨ててしまったのだろうか、重要な記憶もあればどうでもいい記憶もある。

どうでもいい記憶で忘れているのはいい。忘れたい記憶が残っているのもまだいい。だが、忘れたくない記憶が残っていないのはなんとも切ない気持ちになるものだ。

 

2つの記憶とも自分の名前も、家族の顔も、親しい友人も覚えていない。覚えているのはどちらかのワタシが使っていたワタシを表す記号、今のワタシには唯一のワタシがワタシである証明である名前を覚えていた。

 

ワタシの名前は〝C.C.〟。

 

片方のワタシが知るアニメ、コードギアスのヒロインの名前であり、片方のワタシが忘れていない唯一の記号であり名前である。

 

どうやら、ワタシは物語の登場人物の1人に転生、憑依してしまったようだ。

 

そしてワタシの側で眠っているのは状況的に見てアニメ、コードギアス反逆のルルーシュの主人公である、ルルーシュランペルージなのだろう。そう確信した。

冷静に思い出すと先の倉庫での様子はワタシが知るアニメの序盤のシーンに似ていた。

違うところはルルーシュが死に、私が兵士を殺した所だろうか。

やつらは日本、この世界ではエリア11と呼ばれている国の総督であるクロヴィスの親衛隊だったはずだ。

クロヴィスはワタシの特異性に気が付き、本国のブリタニア皇帝や宰相に内緒でワタシの人体実験「コードR」を行っていた。その被験体のワタシがテロリストに奪われ、その回収と後始末の任務に駆り出されていたと覚えている。

 

何故こんなにも片方の記憶の極一部分だけ詳しく覚えているのか、親の顔すら覚えてないくせにと自嘲する。

しかし、今のこの世界にいるという状況からしたらありがたいものであり、値千金どころか何よりも貴重なものかもしれない。

 

しかし。その知識が今のワタシには重くのしかかっていた。

 

知識ではルルーシュは倉庫で王の力に目覚めていた。

途中で意識を取り戻したC.C.によって王の力を与えられたルルーシュは、自らに宿った王の力ーー絶対遵守の力を使い親衛隊を殺し、危機を脱していたのだ。

そしてそれこそがこの物語の始まりであり、ルルーシュの運命の分岐点。そしてワタシ自身、C.C.の運命の分岐点でもあったはずだ。

 

そしてそれをワタシは潰した。

 

おそらくはワタシがC.C.に憑依した影響で脳がパンクしていたのだろう。なぜワタシが憑依したのかは考えても仕方がないため捨て置く。重要なことはそこではないからだ。

憑依したことで本来ならルルーシュの足を掴み契約を交わすという行動をとることができなくなった。

それによってルルーシュは親衛隊に撃たれて亡くなったのだ。

 

ワタシのせいだ。

 

C.C.のせいではなく、ワタシがルルーシュを殺してしまったのだ。故意ではない。故意ではないがワタシが殺した、ルルーシュを。この物語の何よりも大切な主人公を。

 

コードギアスの世界の主人公は紛れもなくルルーシュだ。妹の為、妹の望む世界にするため、なにより自らの復讐のためにある事件をキッカケにブリタニアに反旗を翻したルルーシュは紆余曲折を経て最後には世界を本当に変えてしまった。

 

その過程で世界の危機、ブリタニア皇帝シャルルによるラグナロクの接続という神殺しを阻止したり、シュナイゼルによる世界を恐怖政治で支配しようとした目論見を潰したのだ。

 

この先の物語でルルーシュがいなければシャルルによる神殺しが成立し、世界は歩みを止めてしまう。世界が、人類が歩みを止めることは世界の破滅を意味していた。それがなってしまえば未来はない。世界は壊れないかもしれない、だが世界は変わらない。それはルルーシュが望んだ優しい世界ではない。

 

ワタシは目の前に眠るルルーシュの手を両手で握り、胸に抱き寄せる。体温が失われて冷たくなってきた手に心臓がドクンと鼓動した。

 

「ルルーシュ、ワタシはどうしたらいい?お前がいないこの世界に、どう意味を持たせればいい? なあ、教えてくれ私の魔王?」

 

悲しいほどの声が口から漏れる。その言葉に籠る意味にはいったいどれだけの感情が隠れているのか。発言したワタシにもわからない。

 

ルルーシュの手を頰にもっていき、自分の頰と手でルルーシュの手を温める。その行為に意味がないのはわかっている。だがそうしたいのだ。

 

しばらくはそうしていただろう。ルルーシュの手を名残惜しそうに体の上に静かに置く。

 

「ふ、こうシンミリしてはお前に『らしくないな魔女、いつもの余裕な態度はどうした?』とでも憎まれ口を聞かされそうだな」

 

ワタシはルルーシュの眠った顔を見て決意する。

 

「お前が何よりも望んだのはブリタニアの復讐ではなく、ナナリーの為の優しい世界。そうだったな?」

 

下水道の側壁の間では雰囲気が台無しだがそんなことはどうでもいい、ワタシはワタシがやりたいからやるだけ。ルルーシュに向かい静かに祈る。

祈るのは鎮魂ではない、祈るのは決意の証。ルルーシュにたいしての自らの罪を償うことを、責任を果たすこと誓う。その為の祈り。

 

「ルルーシュ、ワタシはお前の望む世界を作って見せるよ。いや、お前の愛した、お前が大切にした妹を、友も救ってみせる。だから……」

 

それは聖母に祈る敬虔な信徒のように真っ直ぐな祈りであり、聖母が神をその手で抱くような如く、優しさに満ちた願いだった。

 

「安心しておやすみなさい。ルルーシュ」

 





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