rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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タツミーをヒロインにしてみるテスト③

 

 

 休憩室での雑談の後、芹沢と龍宮は女子中等部の寮から少し離れた所で、少し雑談を交わしていた。

 今回、葵を捕まえた報酬として、以前に言われていた食事の約束をして、どこに食べに行くか。等と言う話をしていた。

 

 

――ハズだったのだが。

 

 

「『まさか2-Aきってのクールビューティ、龍宮真名に彼氏が!!?』 オッケー、見出しはこれで行こう!!」

 

「朝倉、彼はバイアスロン部の部長だと……」

 

「あ、あはは……。龍宮君の友人は随分と個性的だね……?」

 

 運悪く、二人とも麻帆良学園が誇るパパラッチ―― 朝倉和美に捕まってしまっていた。

龍宮も油断していたわけではないのだが、たまにこの朝倉という少女は龍宮ですら察知できない隠行術を披露することがある。

 級友の持っている無駄なスキルの高さにか、あるいはその行動力の高さにか、龍宮は自分でもよくわからない何かに呆れて静かにため息をついた。

 

「あれ? そういえば龍宮いつもの相方はどうしたの? いつもは一緒に帰ってきてるじゃん。今日こそとっ捕まえてインタビューしようと思ってたのに……あの人逃げ足すごいからなぁ」

 

「ん? ……あぁ、葵先輩の事か。さっきまでは一緒に部活にいたんだけどね。って朝倉、葵先輩にまで何か聞こうとしてたのかい?」

 

「んっふっふー♪」

 

 

 ふと、龍宮は嫌な予感がしたので聞いてみるが、朝倉は笑うだけで答えてくれない。

 

 

―― よくは分からないが、葵先輩もご愁傷さまだな。

 

 

 心の中で葵に対して十字を切る龍宮。

 

 

(そういえば……)

 

 ふと、龍宮は自分の未だに後ろで束ねたままの髪に手を伸ばす。

 

(リボン、もう一本がどこかにいってしまったが……どこに行ったんだろうか?)

 

 

 

 

 

 

 

『Phase.2「ようこそ」』

 

 

 

 

 

(地雷を踏んだ。って気がついた時の人間って、きっと今の俺の心境に近いものがあるんだろうな)

 

 またどえらいタイミングでどえらいものに出くわしてしまった。と、葵はその場で頭を抱えてしまいたい気持ちになった。

 

(状況がまったくもってサッパリ理解できないが……狩り場って言ったな? あの女子生徒が倒れているのは、あの子がやったのか?)

 

 少女の足元に倒れている生徒。

 たしかあれは……聖ウルスラ女子高の制服だったはずだ。と、葵は自分の記憶から倒れている女生徒を自分と大体同じ年だと判断する。

 

どう見ても10歳程にしか見えない少女に、高校生が倒される。

 

普通ならば一笑に付す話だが、葵は目の前の少女から本気になった龍宮と同じ、いや比べることすらできないであろう龍宮以上の圧倒的な『ナニカ』の雰囲気を感じ取っていた。

 

 すなわちこの少女、見た目など関係なく『最大級の危険』に値する。

 そう葵は直感的に確信していた。

 

 そして本能が、今すぐ踵を返して逃げろと叫んでいる。

 だが、葵の目には真っ青な顔で倒れている少女が映っている。映ってしまっている。

 

 その時点で、篠崎葵はこのまま逃げるという選択肢を除外せざるを得なくなった。

 

 

 

 内心冷や汗をダラダラ流しながら、それが表に出ないように必死に抑え込んで、

 

 

 

 

 

 

―― 篠崎 葵は、毅然として少女に立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「狩り場とはまた物騒だね。なるほど、その女の子が蝶で自分が迷い込んだ蛾だと言うなら……さしずめ貴女は、網を張って獲物が引っかかるのを待っていた蜘蛛と言ったところかな?」

 

 無理やり平常心であろうとしているせいか、どこか芝居臭い口調になっているのを自覚つつも、葵は会話をしながら少女の観察を始める。

 それと同時に頭の中で逃走経路、対処法をシミュレートしていく。

 既に、持っていた荷物は邪魔になると判断して、全て地面に下ろしている。

 

「貴女には、この状況を含めて色々と聞きたいことはあるんだけど……。まずは足元に倒れている女の子を病院まで連れて行きたいんだ。そこを通してもらえるかな、可愛い蜘蛛さん?」

 

 相対している少女は、最初は退屈そうな顔だったが、葵が軽く挑発すると、『ほぅ……』と呟き、今までとは違う、どこか凄味のある笑顔を彼に向けてくる。

 それと同時に襲ってくる、まるで周りの気温が数度一気に下がったような感覚に、葵は押しつぶされそうになりながらそれでも思考を止めなかった。

 

 

―― とにかくこのままじゃマズい。倒れている女の子は確保したいけど、場合によっては悪いけど後回しにさせてもらおう。

 

 

―― 仮にあの娘が倒れている女の子を襲ったとした場合、少なくとも女の子とはいえ、身長差が結構ある相手を倒してるんだ。喧嘩慣れしていると考えてよし。

 

 

―― なら、真正面から突っ込んで確保するのは……ほぼ間違いなく愚策。背中を見せれば恐らくその時点でアウト。あの妙なコートっぽい服、中に何か仕込んでいるっぽいし……。

 

 

―― 誰かに助けを求める? この時間に広域指導員や警備員がこの周辺にいるか? 多分、いない。この時間ならほとんどは町の方を見まわってるはずだ。それに、大声で人を呼んでも、指導員一人二人が来た所で意味がない。多分この娘は、そんなんで済む相手じゃない。

 

 

―― 一般生徒が来てしまったら状況は無駄に悪化するだけ。高畑先生みたいなトンデモ人間を呼ぶことが一番ベストだけど、そんな手段があるならとっくに使ってる。

 

 

 

――つまり、うかつな行動はそのまま詰みに直結する……。

 

 

 

 思った以上に状況が詰んでいる。

 そう判断した葵は逃げ道を探すのではなくて、逃げるには何が足りないかに思考を移していく。

 

 

「それなりに殺気を出してはいるつもりなのだが……。現に、この女は今よりも弱い殺気を当てただけで、血を吸ってもいないのに倒れたぞ? だというのに、貴様はこれに耐えるか。クックック、面白いじゃないか、坊や」

 

 

―― 正直、足の震えを隠すので精一杯なんだよ……!!。

 

 

「あはは! この年で坊や呼ばわりされるというのは思った以上に傷つくな。それよりも聞き捨てならない言葉があった気がするのは気のせいかな? 血を吸うって聞こえたんだけど?」

 

 内心で泣き叫びながらそれをおくびにも出さず、葵がそう返すと、

 

 

「あぁ、そうさ。なんせ私は『吸血鬼』だからな」

 

 

 と、少女はなんでもない事のようにそう言った。

 

 

「……なるほど、自分が飛び込んだのは蜘蛛の巣じゃなくて、蝙蝠が待ち構える洞窟だった訳か」

 

 

 どこかおどけたような口調で、笑みさえ浮かべて相手に合わせて会話を続けている葵だったが、すでに頭の中は既にパニックに陥っていた。

 

 

―― 吸血鬼だと?! なにふざけた事ぬかしてるんだこの幼女は!! いくら麻帆良がトンデモ学園都市だからって、トンデモだったらなんでもかんでも許されると思うなよ!! ……あぁ、でも麻帆良だったら『トンデモ生物作っちゃいました』なんてことが……うわぁ、在り得る。

 

 

 口には出さずに一通り愚痴って、葵は感情を出来るだけ抑えようとする。

 

 

「それなら、尚更その子を病院に連れていく必要が出てきたね。大きい蚊に刺されていないか、調べてもらう必要が出てきたよ。よかったら貴女も一緒にどうだい? 輸血パックくらいならそこにもあるんじゃないかな? あぁ……失礼。貴女くらいの背の女の子ならトマトジュースの方がお似合いかな。どう思う?」

 

 内心ある意味でキレそうになっていた葵は、自然と口調にも皮肉めいたものが交じっていく。

 

最も、葵もただ感情的になっていただけではなく、これで目の前の自称吸血鬼になんらかのアクションを起こさせて様子を見ようという考えも入っていたのだが……。

 

 そんな葵を嘲笑うように、少女が『クックック』と小さく笑うと、

 

「貴様は面白いな。中々気に入ったよ。だから、一つ貴様に忠告をくれてやる。敵の目の前で策を考えている時はな、表情よりも目線に注意するべきだ」

 

 

「先ほどから必死に逃走経路か……あるいは私の隙を探っているようだが、目線がそんなに動いていたら多少鋭い者ならば何をしようとしているのか大体分かるぞ? 考えていることすら……だ。ほら、目が泳いだな。クク、どうした? もう心が折れそうか?」

 

 

 

 

――こいつ、……やりづらい。

 

 少女が指摘した通り、葵の心はすでに折れる一歩手前だった。今この場から逃走するのに必要不可欠なものは強いて言うなら場所だった。

 本当に、偶然この場に来てしまった形なので仕方ないと言えば仕方ないが、葵は何も準備をしていない。

 さらに部活でかなりバテ気味だったということもあり、いつもの龍宮からの逃走のように脚力には期待できない。

 追いかけてくる相手を妨害する道具もない。更に相手は、よくわからないが、とてつもなく恐ろしいということだけは理解できている。

 正直、彼女に会った瞬間逃げ出さなかった自分を自分で褒めてやりたいくらいだと思っていた。

 状況は中々に絶望的。

 そんな葵が状況をひっくり返すには、障害物や目くらましになるようなものが一切ないこの桜通りは余りに不利すぎた。だから、葵が考えた作戦は単純に――

 

「こちらを挑発して引きつけた上で、近くの建物に侵入。そして追って来た私をかく乱した隙にタイミングを見計らって、この女を確保して人通りの多い所に逃げ込む。確保が難しいと判断した場合はそのまま一人で逃走し、広域指導員を集めてもらい急行する――と言った所か? あぁ、なるほど。私を観察していたのは、その際に私の特徴を的確に伝えるためか」

 

「…………」

 

 

 逃走に必要な場所がないのならば、その場所にどうにか移動させてしまおう。それが葵の考えた作戦だった。

 不確定要素が多い博打に近い作戦だったため、葵も成功する確率は極めて低いとは思っていたが、それでもこうして言い当てられると内心動揺が走る。

 

 

(だめだ)

 

 

 動揺で崩れそうになる笑みを必死に保ちながら、葵は臆病風に吹かれる自分の思考を叱咤する。

 

 

(動揺を顔に出すな。根拠のない勘だけど、恐らく顔に出た瞬間、この自称吸血鬼は向こうから仕掛けてくる。絶対に顔に出すな。第一の案が使えなくなったら、次を用意すればいい。まだ負けてない。もう少し時間を稼げ。思考を働かせろ!)

 

 

 笑顔と共に殺気をより強く発してくる少女に対し、葵もまた顔に笑みを深める。

 

 

「いやいや、まいったね。それで? 今こうして言い当てられたせいでこっちには打つ手が無くなった訳だけど……。これは自分も血を吸われるって事でいいのかな? 普通、吸血鬼っていうのは女性の……それも処女の血しか吸わないものだと思ってたんだけどね」

 

「打つ手がないだと? フン、白々しい。先ほどと違って目線に注意をしているようだが、諦めていないのはバレバレだぞ」

 

「そこは黙って合わせてくれてもいいんじゃないのかな? 正直、バレてるってのは百も承知で言ってるんだからさ」

 

 

 

―― 付け入る隙があるとしたら『これ』か。

 

 

 

 初対面の葵にも分かるくらい、目の前の自称吸血鬼は、なぜか機嫌がいい。

 一方的な考えかもしれないが、葵にはこの少女が自分を待っているように感じていた。

 例えるならば、テレビゲームのスイッチを入れてコントローラーを握り締めたまま、何もボタンを押さずに始まったオープニングやムービーをワクワクしながら見ている子供のような感じだ。

 楽しくなるであろうゲームを前に、少しずつ情報を取り入れ、すぐに来るであろう『本番』に期待を膨らませている……。

 目の前の少女からはそんな印象を受けた。つまり――

 

(俺が下手な行動を起こした瞬間、あの凄まじい笑顔が今度は虫けらを見るような顔に変わって叩きのめされるということか)

 

 女生徒を見捨てるという行為は恐らく下手な行動に入ると推測する。

 少女が、こちらの出方を待っているが、それでも女生徒の傍から離れる様子がないという事は、そういう事なのだろう。

 

 

 それってもう詰む手前じゃないか。と葵は結構本気で泣きそうになっていた。

 

 

「なるほど、思わず天を仰ぎたくなるっていうのはこういう事なのか。まぁ、それでも足掻かせてはもらうんだけどさ」

 

 葵は、ゆっくりと全身から力を抜いていく。

 

 

「ほう、ようやく策は決まったようだな?」

 

 

 少女は、葵が動きを見せると見てその手に懐から取り出した試験管を握る。

 葵はそれがとりあえずヤバイものだと判断するが、あえてそれを無視して身体から力を抜き―

 

 

「まぁ、策と言っても、真っ先に自分で否定した愚策なんだけど……ねぇっ!!!」

 

 

 言葉を言い切るのと同時に両足に渾身の力を込めて地面を蹴り、倒れている女生徒に向かって走りだす。

 

「ハッ! なるほど確かに愚策だなっ!!」

 

 一方少女も、愚策とは口では言っているが恐らくは葵の動きを察していたのだろう、葵が地面を蹴るのとほぼ同時に、手に持ってた試験管を彼に向って投げつける。

 

―― そう、予測されているということが大事なんだっ!!

 

「魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風の一矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 

 少女がそう叫ぶと同時に試験管が割れ、中から常識では突然発生などしえない突風が葵に向かって吹く。

 その瞬間、一瞬地面に這いつくばるように葵は態勢を低くして、即座に再び地面を蹴り、微妙に進行方向を調整しながらそれまでの速度よりさらに早く倒れている女生徒へと駆け付ける。

 

 

「っ……緩急を付けた? わざと狙いを付けさせたのか!」

 

 

 不可視の突風がかすったのか、葵の来ていた上着の一部が吹き飛ぶが、それでも足は止めず、そのまま少女の横をすり抜けるように女生徒を抱えて通り過ぎる。

 少女の事は無視。下手に手を出して、掴まれでもしたらその時点で終わりだ。

 

 

(くっそ! なんだこりゃあ!!?)

 

 

 あの少女が自分のアクションを待っているという前提が合っているのならなら、恐らく真正面からだったら即座にこちらの動きに反応してくれるはず。

 そう考えて、葵は愚策をあえて選んだのだったが、まさかこんなものが来るとは思っていなかった。

 

 

(龍宮の500円玉と銃弾の嵐で慣れてなかったら、足を止めてしまっていたな……)

 

 

 今日の買い物からの帰り道に鼻先をかすった500円玉を思い出しながら、明日龍宮との追いかけっこがどうなろうとも、練習が終わったら餡蜜でも奢ってやろうと葵は決意する。

 

 

ともあれ女生徒は確保した。あとはこのまま真っ直ぐに――

 

 

 

 

―― ……し……く……ロッ!!

 

 

 

 

「―――!!?」

 

 

 通り過ぎようとするのと同時に、葵の中の何かが警鐘を鳴らす。

 葵は反射的に女生徒を抱きかかえるようにして地面を転がる。

 それと同時に、

 

 

 

―― ヒゥンッ!!!

 

 

 

自分の頭が――正確にはおそらく首があったであろう位置を、何かが風を斬って通り過ぎるのが感じられた。

 葵は、ゴロゴロと地面を転がりながら身体のバネを使ってすぐに態勢を立て直し、即座に駆けようとする。

 が、立ちあがった瞬間に少女と眼が合い、一瞬身体が竦んでしまった。

 

 

 

(――っ! しまった、今のは致命的すぎる!!)

 

 

 

 いまから駆けだしても、すぐに追いつかれるのは確実だ。いや、そもそも……

 

「はぁ……はぁ……。どうやら、最近の蝙蝠はとんでもない風を起こせるらしいな。何か飛び道具を仕掛けてくる可能性はあると思ってたけど、その発想はなかった。いやマジで驚いた」

 

 

 もはや緊張どころでは無くなったのか徐々に口調が戻り始める葵に対し、少女は楽しそうに

 

 

――本当に、心の底から楽しそうに嗤う。

 

 

「ハハハハハハハッ!! 驚いた? 驚いただと!? 驚いたのはこっちだ! 不慣れな風とはいえ、魔法の矢(サギタマギカ)を紙一重で避け、挙句には追撃に使った糸を見事に避けて見せるとはなぁ!!」

 

「悪いけど蝙蝠の言葉は分かんないんだよ、日本語喋ってくれ。糸はともかくとしてサギタマギカってなんだよ。……ってそうか、さっきのアレは糸だったのか」

 

 先ほど聞こえた音を思い出し、葵はわずかに体を震えさせる。

 その葵の様子を見て、少女は軽く首をかしげる。

 

 

「やはり正真正銘の一般生徒か。まさかとは思っていたが……いや、しかし魔力はほとんどない様だし……」

 

 

 葵には後半の言葉はよく聞こえなかったが、少なくとも今この少女にこちらをいきなり襲う気配がないのを感じ、更に時間を稼ぐために口を開く。

 

「はっ! 見て分からなかったのか? どっからどう見ても普通の一般人だろうが。そういうそっちは恐ろしく常人離れしてるじゃないか。麻帆良っつートンデモ空間の中でもとびっきりだろうが蝙蝠娘」

 

「ほう、それが貴様の素か。ふむ、先ほどまでの役者じみた喋りの方が私の好みなのだがな……」

 

 

 本当に残念そうにそう呟き――それでも楽しそうに笑い続ける少女を視界にいれたまま、葵は次の一手を考える。考えるが――

 

 

(情報が足りなさすぎる……)

 

 

―― 糸はどうやって操った? あの風は? 風は不得意と言っていた。なら他には何がある? その威力は? 射程距離は? 身体能力は? 自分はこの女生徒を抱えたまま走りきれるのか?

 

 

 

 

 

―― この女は一体なんなんだ?

 

 

 

「……いくつか、聞きたいことがある」

 

 まずは、知らなければならない。と葵は考えた。

 まず、あの訳のわからない攻撃も含めて目の前の存在について把握しなければ、この状況はどう足掻いてもひっくり返せないだろうと。

 

「あぁ、いいだろう。今の私は機嫌がいいからな。特別に無料で答えてやろう」

 

 普段は代金いるのかよ! と内心突っ込む葵。

 

「さっきの風はなんだ? あれがいわゆる科学の産物だとしたら、俺は明日からもう少し真面目な学生になるぞ」

 

 どうやら、この質問は少女からしても聞いてほしかった事のようだ。少女は、ニィっと口の端を吊り上げると、

 

「ハッハッハ! 確かに、攻撃の正体を知らなければ策は練れないからな。この追いつめられた状況でも平然とした顔で嘯き、足掻き続けるその存在の在り方。なるほど、貴様は弱者の中でもとびきりしぶとい弱者のようだっ!!」

 

 少女は、舞台の上にいるかのように芝居じみた動作で軽く後ろへとステップし、ちょうどそこにあった台のようなものにゆっくりと腰をかけて足を組む。

 身体こそ小さいが、そうする様は下手な子役や女優よりも似合ってて、威厳・威圧感……そういったものが体中から滲み出ていた。

 

 

 少女は、まるで珍しいからくり細工でも愛でるような目でしばらく葵を見つめ、そしてようやく口を開いた。

 

 

「そうだな。礼儀には反するが質問に答える前に二つ聞いておきたいことがある。そう……まずは名前を聞かせてもらおうか。役者君?」

 

「………名前、か」

 

 

 名前を告げる。それは葵にとって、色々な意味があるものだ。

 

 

名前を告げることで関係者がこの少女に襲われないか。あるいは目を付けられないか。

 

 

正直、その可能性はあまりないだろうとは考えている。わざわざ周りの人間に目を付けるくらいなら、ここで葵を捕まえた方が早いからだ。

 

 

 葵がためらった最大の理由は、もっと個人的なことだった。即ち―

 

 

――自分が篠崎 葵を名乗ってよいのだろうか? 

 

 

 この一点に尽きる。

 

 

 これまで、龍宮や副部長、芹沢部長といった、今つながりがある人間にも、かつてつながりを持っていた人間にも、葵は自分から名乗ったことは一度もなかった。

 

 皆の中で、すでに自分は『篠崎 葵』だったからだ。今までクラスでも目立たず、部活の中でもパッとしない、そんな人間『だった』として知られていたからだ。

 

 果たして、かつての『篠崎 葵』ではなくなった自分に、その名前を名乗る資格はあるのだろうか?

 

 

 

「どうした、まさか名前がない訳ではあるまい?」

 

 少女は、葵がためらった事に眉を寄せるが、機嫌を害した訳ではなかった。むしろ、ためらった理由に少し興味を持っているようだった。

 

「たまに、俺がこの名前を名乗っていいのか不安になる時があってね」

 

「ほう。それは……興味深いな」

 

 

 

 少女は、葵の言葉に本当に興味深そうに呟く。

 

 

 

しばらくの沈黙の後、葵は静かに口を開く。

 

 

 

「考えてみたら、自分の口から、誰かに名乗るっていうのが初めてでな」

 

 

 どこか寂しそうに

 

 

 それを自分から口にするのを恐れているかのように

 

 

 

 

 それでも、葵はそれを口にする。

 

 

 

 

 

「俺の名前は、篠崎。篠崎 葵だ」

 

 

 

 

 

 

 彼は、自らの意思で初めて名を名乗り、自分が何者であるかを少女に示した。

 

 

 

 

 

「そうか……。ならば篠崎葵。一瞬とはいえ、この私にその存在を魅せつけた『役者』よ」

 

 

 少女は、ゆっくりと葵へ右手をかざす。

 

 

「お前に二つの選択肢を与えてやろう。よく考えて答えるがいい」

 

 

 ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 

「このまま私にその女と一緒に血を差し出し、ここで起こった事の記憶を消去し、命だけを得て平穏に生きるか」

 

 

 

「血も記憶も渡さず、真実を知り……それでもこの私に抵抗してみせるか」

 

 

 

「さぁ、どうする? 前者は平穏、後者はその平穏への逃げ道を自ら断つことになるぞ?」

 

 

 葵は、少女の言葉を頭の中で吟味し、反芻させ……一つの答えに行きつく。

 

 

 

 

 そしてその答えを心の中で大きく叫ぶ。

 

 

 

 

 

―― こいつ、選ばせる気がねぇ!!

 

 

 

 

 少々違うが、想像していた事とそれほどずれていない事を聞かれ葵は思考を続ける。

 ここで、この少女にまだ遊び心があったならまだよかった。

 

 だが、葵は少女の眼を見てすでに彼女に遊ぶつもりなど一切ない事を確信する。

 自分の答えによっては、即座に襲いかかってくる。

 

 

(記憶喪失者に、記憶を差し出せって言うのもまた随分と滑稽に聞こえるよな。まぁ、正直、女の子抱えてる時点で答えは決まってるんだけどさ)

 

 

 この状態で意識を失ったままの女の子ごと自分を差し出して、命だけは助けてくれ、と言う事は、葵には出来なかった。

 ましてや相手は正体不明、目的不明。

 

 なにより、葵にとって記憶を失うという事は到底看過出来るものではなかった。

 

 

「最初から、答えが分かってるくせに勿体ぶるのは止めろよ、蝙蝠娘」

 

「ほう。なら……?」

 

「答えは後者だ。悪いが最後まで足掻かせてもらう。さっきお前が言った通り、弱いけどしぶといんだよ」

 

 そう答えると、少女は満足に笑う。

 

 

 

「いいだろう、篠崎葵。お前に真実を教えてやる」

 

 

 そして少女は、かざした右手をひねり、まるで葵に手を差し出すようにする。その姿は、まるで葵を導こうかとしているようにも見える。

 

 

「まずは、名乗らせてもらおう。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。600年の時を生きる、600万ドルの賞金首。『闇の福音』とも呼ばれた『真祖の吸血鬼』だ」

 

 

 

 

 

 

「篠崎葵。先ほどのお前の質問。その答えも兼ねて、言わせてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 歓迎しよう。ようこそ、魔法の世界へ

 

 

 

 

 

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