京を出て三日。
本来ならば江戸まで鉄道車両を使えばすぐに辿りつくのだが、一応自分はお尋ね者。いや、その前にそもそも金がない。
色んな方法で稼いではいるのだが、そのほとんどが飯に消えてしまうのだ。
コイツと同化してから、おそらく二人分――あるいはそれ以上のエネルギーが必要になったのだろう。元々少食だった俺は、大食漢になってしまった。
ほとんど金がない状況、加えていつ飯が食えなくなるか分からないのでほとんどの資金は食糧の買い溜めに使い、残った金でどうにかほぼ壊れたバイクを調達、半分絡繰でもある紅桜のおかげでどうにか修理でき、こうして今江戸への道を走っている。
「懐が寂しくて泣きそう……」
『道中でいつも通り稼ぐしかないだろう』
「へいへい」
なお、お尋ね者になってしまった俺の現在の主な稼ぎは、金を無駄に溜めこんでいる過激派攘夷組織のアジト潰してその懐の三分の一程頂戴していくことだ。
さすがに全部は……なんか持っていけない。
手を汚しているって自覚はあるんだが、全部持っていくのはついつい躊躇ってしまう。
そのたび、俺の脳内には聞き慣れたため息の音というか声が流れるわけだ。
『しっかりしろよ? 念入りに馬鹿どもの情報を集めろよ? 特に鬼兵隊の情報をだぞ? 拠点さえ見つければ、私はお前の血を吸い尽くす勢いで全力を出す覚悟だからな?』
「なにさらっと俺の命吸いつくします宣言してんの。なに? 実はそれ遠まわしな探さないでください宣言だったりすんの?」
つーかコイツどんだけ鬼兵隊嫌いなの。
俺もカチコミ喰らい続けて正直キレそうだし、アイツらいつか滅ぼしてやると思ってるけどさ。
『ヤツらさえ潰せば、もう少しは静かな生活も出来るだろう?』
「ま、確かにな」
『ここ最近は食事も生活習慣も偏っていて血の質が悪い。肉とかパンだけじゃダメだといつも言っているだろう? 野菜もちゃんと食べて、そして決まった時間にぐっすり寝るんだ』
「オカンかテメーは。つーか何の話だ」
『ヤツらを血祭りに上げる話だ』
俺の健康っていうか未来が赤一色な件に付いて。
なんか視界が涙で歪んできた。
周囲に車はないしと、そっと目を横へと向ける。
隣はちょっとした高台。その上に通された鉄道の上を電車が走っている。
そしてその窓を見ると、こちらを見下ろす男達の姿と並べられた銃口……が……
「紅桜ぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」
叫ぶまでもなく、俺の右腕は反応していた。
恐らく危機だと判断したのだろう。勝手に腕や足が動き、バイクのハンドルを切りながら、右手から飛び出た紅い刀が銃弾の雨を斬り飛ばしていく。
「攘夷浪士ぃっ?
『アオイ! 一度弾幕を抜ける!』
「その後は!?」
『とりあえずは運転に専念しろ! 弾は私が斬り落とす!』
コイツに身体を軽く乗っ取られる時は、いつも妙な感じだ。違和感があるのに違和感がない、そんな奇妙な感覚。
ただ、今は少し違う。運転した経験が少ないためか、どこか引っ張られる様な感覚がある。
『こ……の……っ!』
心なしか、頭の中に響く声もいつものどこか淡々とした感じではない。
(くそが……っ!)
剣の訓練は欠かしていない。起きている時も、寝ている時も。
だが、まだまだ駆け出しに等しい自分だ。
脅威を打ち払うには、コイツに頼る所が余りに多すぎる。
『アオイ!』
頭に響く声で我に帰る。
唐突に違和感が消える感触に、慌ててハンドルを手に力を込める。
同時に、思考を完全に開いて見せる。
この弾幕を斬り伏せるために。
この弾幕を避けるために。
「く――っそだらぁぁぁぁっ!!」
ただでさえ腕が必要な状況だと言うのに、俺かコイツのどちらかが右腕を使う必要がある。
速度を落とし、敵の照準を大きく避ける。
『おい! これはお前の考えでも派手にやっても構わん状況だな?!』
「構わん! ただし奴らの乗ってるド真ん中の車両だけ!」
となれば、さっさと自由に戦える状況にする必要がある。
要するに、俺が奴らの電車に飛び込むか――奴らを叩き落とすかだ。
ポンプのような音が腕の中からする。紅桜を握りしめている手から、針を何本も刺される痛みが一瞬する。同時に、一気に体中の血がどこかへと吸い込まれるのが分かる。
そして――俺の右腕が弾け飛ぶ。
いや、
「ぶちかませぇぇぇっ!!」
俺の血を思い切り吸い込んだ紅桜が巨大な刃となって列車の側面に突き刺さり、轟音と共にむさい奴らが乗っている列車車両が横に吹き飛ばされる。
『……真ん中だけでよかったのか?』
「あぁ。他の車両に一般人が移されている可能性があったし、これで他の車両も一時停止して――」
巨大化した刃を戻そうとしたその時、ふと何か感じる。
残骸が上に乗っかってる。
最初はそう思ったがそれにしては軽く、そして走ってくる。俺めがけて。
そう、文字通り走って来た。
「ようやく追いつめたっす、比内葵!!」
刃の上を――紅い弾丸が。
「てんっっっめぇぇぇぇ! また性懲りもなく来やがったかアバズレピンク!」
「誰がアバズレっすか!!」
こいつまた来やがった! 故郷からこっち何度襲ってきやがった事か!!
「てめぇだてめぇ! んなクッソ短い着物でぴょんぴょん飛び回りやがって露出狂が!」
紅桜もとい、ベニザクラ・ブレードを思いっきり振ってアバズレを振り落とす。
悔しいがこのアバズレ、腕前は俺よりもはるかに上の一級品だ。
空中で綺麗にクルッと回転すると、いつの間にか後ろから来ていたトラックの集団、そのうちの一台の荷台に着地する。
『アオイ、マズい。コイツら全員をなぎ払うには血が足りんぞ!』
「知ってるよくそったれ!」
何度もコイツと一緒に暴れたおかげで、こういう時に自分のコンディションはもう感覚で分かる。
もう一発、このトラックの群れをなぎ払える程のブレード化をすれば、血液不足で昏倒してしまうだろう。
「その様子、やっぱりその剣を完全に制御してるっすね!」
並走するトラックの上から、アバズレが偉そうな態度で拳銃を俺に突きつける。
「だけど、あの巨大刃はもう使えない様子。さっさとその刀渡して投降しな。命までは取らないッス」
これだ。こいつら揃って紅桜に執着している。
元々変わった刀だという話だったし、どこかでコイツの事を知ったのだろう。
「誰がするか露出狂! だいたいオメーラの所に投降しても実験動物扱いされんのが目に見えてんだよバーカバーカ!」
「誰が露出狂っすかこの野郎! そのドタマにまた一発ぶち込んでやろうか!」
ひょっとしたら、コイツが捕らわれていたって言う船沈めたのもこいつらか?
紅桜の話だと、良く分からないが船は完全に沈んだらしいし。
「だからおめぇだよ! さっきパンツ見えたときにシミまで見えたぞ!」
「付いてるわけないっすよ! あの小娘と同じ手はもう喰らわないっす!」
「一回喰らったんかい!」
アバズレピンクは、周辺を走るトラックの荷台をぴょんぴょん飛び跳ねながら、こちらの苦手な左側を主に狙って弾を撃ち込んでくる。
その前にトラックの方を斬り飛ばそうとしても、それに対しての牽制が即座に飛んでくる。
(くそっ、さすがにヤバい!)
「だいたいアンタ気に食わないんすよ! なんなんすかその髪! その肌! その声! その顔! ホントに男なんすか!」
「どこに噛みついてんだテメェ!」
「その顔ボコボコに凹ましてやるからこっちに来るっすよ!」
「上等だテメェそこ動くな! その無駄に綺麗な顔ボコボコにしてやんよ!」
『おい、落ちつけ! 敵にのってどうする!?』
口ではふざけたことを言い合っているが確実に追いつめられている。チマチマ弾がかすって血が滲みだしている。
(――紅桜、仮に一撃だけぶちかましたとして俺のダメージは大体どれくらいになりそうだ?!)
頭の中で問いかける。
『威力などを落としてギリギリで調整したとして、死にはしなくても丸一日は動けなくなるだろう。さらに強烈な飢餓も感じるハズだが……』
(――仕方ない! ここでとっ捕まるよりかはましだ)
ハンドルを切り、バイクを加速させる。
狙いはこの先――トンネルの中だ。
「そう簡単に逃げられると思ってるんすか!」
銃弾が飛んでくる。
幸いなのは、飛び跳ねるアバズレピンクを気にして周囲のトラックに乗ってる奴らがそれほど撃ってこないことだ。
「ソイツがあれば、まだ間に合うっす。今度は仁蔵はいない。桂一派も計画を潰したと思っている今がチャンスなんすよ!」
てめぇらがコイツ攫ってコイツの元の剣作った側かよ!!
『やはりそうだったか。あのイラっとくる声の女、どこかで覚えがあったがまさか……』
「てめぇぇぇ! 自分の敵の顔くらい覚えてやがれぇぇぇぇっ!!」
周りでガラスが割れまくっているような音がするおかげで、周囲の状況がもはや掴みづらい。
俺に出来るのは、邪魔しようとするトラックを避けながらバイクを走らせる事だけだ。
「その刀――紅桜。そこまで浸食されているのに、なぜか安定しているソイツさえ解析できれば計画続行! 江戸制圧も夢じゃないっす!」
「どう考えても夢だよ! このクソ我儘な剣が何本あろうと江戸取れる訳ねーだろ!」
あそこ新撰組と見廻り組がいんだぞ! 実際見たわけじゃねーけど、将軍の膝元守る二大警察がそんな軟な訳ねーだろうが!
『おい、知っているか。クソ我儘な人間というのは人の言う事を聞かずに好き勝手やる存在らしい。例えばこの状況下で動くのを止めて銃弾の雨の中で盆踊りを無理矢理踊らせるような奴の事だが』
こっちもこっちでお怒りである。
「すいません! 生意気言ってすいまっせん紅桜様! お願いだから言う事聞いて!」
『江戸についてからは、一食の内に最低でもサラダ二皿分は野菜を食え。それで許してやる』
そして、トンネルの中へと突入する。鬼兵隊の連中のトラックも、アバズレピンクも、そして――準備を終えた
「おい、アバズレピンク」
「そのあだ名はいい加減にやめろぉ! アタシの名は――」
「頭上注意だ、このヤロー」
右腕が再び膨れ上がる感覚に、思わず笑いが出てくる。文字通りの出血大サービスだ。
敵のどれに向けてでもない。
上に、真上に――大量の土砂を支えるトンネルの天上めがけて一直線に力が解放される。
「――しまっ」
俺の耳に聞こえたアイツの声は、そこまでだ。
他の浪士の悲鳴、罵声、それらは全て上から鳴り響く轟音にかき消され――そして、俺の意識も紅に染まっていった。
『――後は任せろ』
聞き慣れた女の、聞き慣れない言葉が頭の中に響く。
なお、目を覚ましたらどこぞの部屋でぐっすり寝ていました。
なぜか眼帯つけた小っこい男の子が世話をしてくれたようです。
おい、紅桜。説明しろ。…………てっめぇ予告なしのドッキリ持ちこんで説明もせんとグッスリ寝てんじゃねぇ!!!!