葵から届いた『明日会いたいというメール』に、『明日の昼食時に、食事を取りながら話す』という内容で送り返しながら、龍宮は、葵からの相談内容について考えていた。
(大方、『闇の福音』と戦う力を身につけるための訓練についてだろうが……)
ふと、いつもなら同室にいるはずのルームメイトの事を思って、龍宮は軽くため息をつく。
「確かに、『その』可能性がないとは言い切れないが……」
エヴァとの話し合いが終わった後、龍宮は学園長室へと向かい、遠まわしに篠崎葵についての情報を聞いてみた所、あっさりするほど簡単に答えてくれた。過剰警戒している教師たちはともかくとして、学園長たちまでが、一応監視を付けていた理由。
それは、疑問に思う所はあれど、『彼が巻き込まれた場所』を考えれば、確かにないとも言えなかった。
「あの人が、関西に操られているかもしれない……か……」
ある意味で麻帆良――関東魔法協会と険悪な関係となっている組織、関西呪術協会。ルームメイトである桜咲刹那という少女は、その関西呪術協会の長の一人娘―近衛木乃香の護衛として、この麻帆良に来ていた。もっとも龍宮から見て、おそらく護衛というのが建前で、それを命じた人間―― 恐らくは長だろうが。実際は近衛木乃香の友人として傍にいてほしかっただけだろうと推測していた。
だが、刹那本人は、その任務をそのまま真剣に受け止めて、近衛木乃香の安全のために、龍宮と一緒に、麻帆良の警護を行うこともしばしばあった。
「学園長や高畑先生達、学園長派の人間も近衛木乃香には注意を払っている上に、葵先輩への検査も念入りにやって太鼓判は押してあるのだから、そこまで神経質になる必要はないだろうに」
大方、学園長と対立している一派にそそのかされたのであろうルームメイトを、どうやって説得しようか考えながら、龍宮は、もう一つの難題―― 葵の強化特訓計画について、考えを深めていく。
「まったく、エヴァンジェリンも厄介事を押しつけてくれる。まぁ、依頼というなら引き受けるがね」
部活や追いかけっこの時の葵の動き、癖を思い出しながら、頭の中で龍宮は、どういった形を目指すのが、葵に最もぴったり当てはまるのかを考え、
「ふむ……。彼女達に協力を頼んでみるか」
そう呟くと、龍宮は、自分の机の上に置いてある写真立てに手を伸ばす。そこに収められているのは、芹沢、佐々木のコンビに加えて、自分と葵の4人で秋だというのに海に行ったときに、タイマーを使って、皆で撮った写真だった。机の前のコルクボードには、その他にも、合宿の時や、普段の部活で皆と撮った写真がピンで止められている。
どの写真にも、大体は芹沢部長が笑っていて、佐々木副部長が葵を弄っていて、葵がそれ対して反論、あるいは反撃を試みている。そして、その中に、龍宮は違和感なく交じっていて、楽しそうに笑っている。
「これからどう動くかは分からないが……」
写真立ての中で、佐々木に引っ張られて真ん中に―― 自分と芹沢の横に寄せられている葵を見て、龍宮は少し苦笑を浮かべる。
「出来る事ならば……いつか、また皆と一緒に……」
『Phase.9 出席番号12番及び20番』
「で、龍宮。俺に会わせたい人間がいるって話だけど?」
龍宮との追いかけっこや、エヴァとの会談が終わった翌日の日曜日。龍宮と約束した正午前に、葵は食堂棟前に来ていた。すでに龍宮は到着しており、とりあえずどこかの店に入ろうかと葵が提案すると、どうやら他にも呼んでいる人間がいるらしいので、ここで待つことに。
―― 話の内容によっては、ある程度『魔法』関係の言葉を必要とするかも知れないため、あんまり他人を介したくはないのだが。
そう言った葵の懸念が、顔に出ていたのだろう。龍宮は、彼の顔を覗くと、合点がいったという顔で、
「? ……あぁ、安心してくれ。正直な話、大体の所、葵先輩の要件は察しているよ。要は力を付けたい。そういうことだと思うんだけど?」
なんという事のないといった様子で、あっさりと告げる龍宮に対して、葵は少し驚いて龍宮をみる。龍宮はいつも通りの笑みを浮かべて、
「やれやれ、確かに私は葵先輩とそれほど長い付き合いではないけど、決して浅い付き合いではないと思っているんだけどね?」
「……いや、すまん。察してくれてありがたい」
葵としては、例えば龍宮が一緒に戦おうとか言ってくるのではないかということを心配していた。
だが、今のやりとりで、龍宮は『力を付ける事』だけに焦点を当ててきた。もちろん、後々関与してくる可能性もあると、葵は考えたのだが、どうにも今の龍宮からはそういった気配を感じさせない。
いつもの、からかいながら葵と接している龍宮真名、そのものだった。
「ん? なら、そいつらもお前達側の人間なのか?」
「いや、そういう訳ではないんだが……。こう、どう説明したらいいのか……」
しばらく、どう説明しようか迷ってような素振りを見せる龍宮だが、これだと思う言葉が出たらしく、満面の笑顔を浮かべる。
「ただの一般人だよ。麻帆良で上位に入る程度だが――」
「すみません、帰ってもいいですか?」
咄嗟に踵を返して、龍宮の答えを聞かずに帰ろうとする葵の肩を、龍宮は、それはいい笑顔で『ガシッ』と、掴む。
「ハッハハ。先輩どうしたんだい、いつぞやの時のようにいきなり帰ろうとしたりして? あぁ、ちなみに二人とも可愛い女の子だよ。私が保障しよう」
「俺が保障してほしいのは、俺の体の安全だっ! 確かに訓練するつもりではあるが、凡人の中の凡人には、いきなりハードルが高すぎると思います!!!」
万力のような力で締め付ける龍宮に対して葵がそう言い返すと、龍宮は、追いかけっこの際に見せたあの憐れむような顔で、葵を覗きこむようにして見る。
「先輩。やはり、貴方は一度麻帆良を出て外を見た方がいい」
「また言われた!? そんなに俺おかしいの!? 一般人じゃん!!? トンデモ人間と一緒にするんじゃねぇ!!」
「うん。先輩、鏡はあっちにあるよ?」
先日、エヴァに言われた『麻帆良でもトップクラスの未知の存在』という言葉が葵の脳裏をよぎり、やはり、今すぐにでも帰りたい気分で一杯になった。
「まぁ、安心してくれ葵先輩。先ほどいった可愛いという言葉に加えて、間違いなく貴方にとって最高の訓練教官になる事は保障しよう。ちなみに、私も協力させてもらうつもりだ」
笑顔でそう言い切る龍宮に、さすがに葵は何も言えず、了承の意を込めて、軽く頷く。
「フフ。そうか、信じてくれるか。なら大丈夫かな? ちょうどゲストも到着したようだ」
そういうのと同時に、龍宮はちょうど葵の後ろ側に向けて手を振る。それに釣られて、葵も同じ方向を向く。
そこには龍宮と同じくらいの身長の、細い目を持つ女性と、それに比べるとかなり身長の低い、チャイナドレスを着た少女が龍宮に向けて手を振っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なるほど、龍宮のクラスメートだったのか。あぁ、道理で……」
「道理で……なんだい、先輩?」
「すみません、私の失言でしたので、どうかその銃を下ろしてくれないでしょうか?」
「ハッハッハ! なるほどなるほど、真名や和美殿の話に時々出てくる『先輩』とは貴方の事でござるか。ふむ、確かに面白そうなお方ではあるな」
「真名が急にワタシの力を貸してくれなんて言うから何事かと思ったケド、様はアナタを鍛えればいいアルネ!?」
龍宮が呼び寄せたという二人のクラスメート。身長が高く、糸目の変な口調の『長瀬楓』と、対象的に身長が低い、いかにも中華娘という雰囲気を出している『古菲(クーフェイ)』と合流した後、4人で食事でも取りながら話そうということになり、食堂棟の中華レストランに足を運んでいた。
「しかし、葵殿は見た所、普通の御仁でござる。確かにそこそこは鍛えているようではあるが、一か月という短い期間で、はたして戦える程に鍛えられるのか、少々不安でござるな」
つい先ほど来た肉まんを頬張っている古菲の代わりに、長瀬が話を進めている。長瀬は、葵の腕や、胸の辺りを見ながら、不安を口にした。それに対して、龍宮は、何食わぬ顔で、
「少なくとも、才能に関しては安心してくれ。なにせ、三回彼と追いかけっこをして、一回は捕まえる事が出来たが、一回は逃げ切られ、一回は文字通り負けてしまった。どうだい、面白いだろう?」
「おいちょっと待て、確かに間違ってはいないが、最後のなんて特に偶然と運と訳のわからん事態のせいで――」
龍宮の言葉に、思わず『それは過大評価だ』と口を挟む葵だが、その言葉を聞いた長瀬は、少し乗り気になったようだった。
「ほう、真名程の者から……。なるほど、それは確かに――」
「――面白そうアル!! いざ尋常に勝負アル!!」
「すみませんがそこのバトルジャンキー共、俺の言葉にも耳を傾けてくれませんか?」
ついでに古菲も乗り気になったようである。いつの間にか、肉まんを平らげていた古菲が、テーブルをバンッと叩き、葵の方へと身を乗り出している。
訓練する前に勝負を挑まれ、内心どうしてこうなる? と頭を抱えている葵だが、さすがにこのままただ駄弁っている訳にはいかないと考え、葵は会話を切り出す。
「えっと、古菲さんと長瀬さんだっけ? 最初に言っておくけど、自分には、まだ戦うだけの力はないし、正直、龍宮が買ってくれている才能も、自分ではよく分からない」
出来るだけ本音で、現状を伝える葵。勘ではあるが、目の前の少女達には、下手な説得よりも、こっちの方が伝わると葵は感じた。
「ただ、一ヶ月後の勝負にだけは負けるわけにはいかないんだ。どうにか力を貸してもらえないかな?」
葵の言葉に、古菲はどうやらやる気が出たようだが、長瀬はそれを片手で制し、葵に、
「ふむ、事情はわかったでござるよ。しかし、葵殿は高校生で、拙者達は中学生。年の下のものに教わるというのは、思っている以上に心にくるものがあるでござるよ? 何より、葵殿が拙者達を信頼できるか――」
「信頼できる」
長瀬の言葉を遮るようにして、葵は断言する。それに長瀬は、その細い目に鋭さを混じらせる。
「ほう、随分とあっさり言う……。根拠を聞かせてもらってもいいでござるか?」
虚言を弄せば承知はしないと、言外に匂わせながら、長瀬は葵を見る。僅かに殺気だったそれを感じながら、葵は。長瀬の問いに答える。
「ここに来る前に、これから会う二人が自分にとって最高の教官になるだろうって、龍宮が保障した」
さすがに三日連続で殺気を当てられているせいか、それほど動揺はせずに答える葵に、長瀬は少し殺気を緩める。ちなみに古菲と龍宮は、先ほどからずっと静観を続けている。……訂正、古菲は、どこか観察する様な目で葵を一挙一動に目を通し、龍宮は――
「そりゃ、初対面の人間を信じるなんて無理だけどさ。少なくとも、一番信頼してる人間から、最高の言葉と共に紹介されたんだ。なら、俺はそれを信じるさ……って冷たぁぁぁぁぁっ!!!? ちょ、お前何してんの!? 俺今変な事言ったっけ??!!」
葵の服の襟を引っ張って、自分が飲み干したお冷の氷を、彼の背中に流し込んでいた。それに対して抗議の声を上げる葵だったが、龍宮は何食わぬ顔で平然と、
「いや、すまない。自分でもよく分からないんだが、こうしなければいけないと私の本能が」
「そんな本能投げ捨ててしまえっ??!!」
少なくとも、今は真面目に会話をするべき空気だと思っていた葵にとって、龍宮の行動はかなり意外な伏兵であった。それはもう、そんな事をしてくれた馬鹿に、全力で仕返しをしたくなるほどに――
「いいか、龍宮。世の中には因果応報あるいは、目には目を、歯には歯を、氷には氷っていう絶対のルールがあんだよ。分かったか? 分かったな? よぅし、分かったら俺の手を掴んでいるのを離して大人しく制裁を受けやがれ!!?」
「先輩が、先にその手につかんでいる氷を離してくれたら、私も離そうかと思うんだが、どうだろう?」
「てっめぇ……っ! どうだろう? じゃねーよ、一人だけ攻撃してきて反撃は許さないとかどんだけ我儘さんだ!!?」
必死に形相で、左手で龍宮の肩を、右手に氷を掴んだまま迫ろうとする葵を、龍宮は涼しい顔で、両方の手首を掴んで葵の動きを阻止している。互いに全力を出しているのか、互いの手がプルプルと震えている。
「ハハハ。まぁまぁ、先輩落ちついて。ほら、二人も呆れてるじゃないか」
「呆れさせたのはお前だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
葵がちらっと二人の方を見ると、古菲は面白そうにこちらを見ており、長瀬にいたっては必死に笑いを堪えていた。
「いやはや、この様な真名を見るのは初めてでござるな」
確かに面白そうでござる。とつぶやく長瀬は、葵に軽く頭を下げる。
「拙者、まだ葵殿の事をよくは知らないでござる。が、先ほど放った殺気に、身じろぎひとつせずに受け流した事から、それなりに修羅場をくぐっているという事は拙者にも分かるでござるよ。先の非礼、どうか許してほしいでござる」
「いや、その、過大評価されている気がするんですけど……。自分、厄介事に出くわしたのってそれこそ一回二回程度で……」
「いやいや、回数など問題ではなく、修羅場を切り抜けその中で物にした事があるということが重要でござるよ」
龍宮との掴み合いを継続しながら、長瀬の言葉に、葵は軽く否定いしょうとするが、長瀬は首を横に振って、それを聞き入れてくれなかった。どうやら、葵の思っている以上に、長瀬は、なぜかは分からないが、葵を評価したようだった。
「加えて、真名も葵殿を大変信頼している様子。葵殿も真名に対して心を許しているように感じるでござる……。級友と、その級友が信頼する御仁の頼みとあれば断るのは無礼でござるな。あい、わかった。この件、拙者引きうけるでござるよ」
「ワタシも引き受けるアル! アオイ先輩、身のこなしも悪くないから鍛え甲斐がありそうアル!」
古菲もまた、葵を教えるに足ると判断したのか、葵の特訓教官になることを快諾してくれた。
その後は、普通の雑談も交えながら、これからの特訓計画について、細部を詰めて行った。時間が取れない3学期中は、全力で基礎体力、及び基本的な体の動かし方を伸ばすことに集中し、春休みに入った時に、山に籠って、集中的に実践的な訓練を行う。という形に落ち着いた。
「とりあえず、来週の期末試験が終わるまでは、出来るだけ自力でやるしかないか」
「そうでござるな。拙者達も、担任のネギ坊主に補習などで世話になっているでござるからなぁ」
「このままだと、またワタシ達のせいで、最下位アルヨ」
こいつら、そんなに成績やばいのか? と、話を聞きながら内心疑問に思う葵。ソッと龍宮を覗き見るが、いつものようにニコニコしている。が、ほんの少し、引きつっているような気がしなくもない。
(あぁ、こりゃどうやらマジみたいだな……。まぁ、勉強する気はあるみたいだし、子供先生も補習をキッチリやってくれるみたいだし大丈夫かな? 最初の基礎訓練は、龍宮が見てくれるって言っているし……)
正直、自分の記憶が賭かっているとはいえ、後々の事を考えると、葵も試験に手を抜くわけにはいかなかった。
期末試験が終わってから春休み終了まででおよそ半月、その後、いつエヴァが動きだすかは分からないが、そこまで遅くはならないだろう。つまり、普通に時間がない。
龍宮から自分がどういう動きが得意か、どのようにして逃げられたか、あるいは負けたのかを聞き出している二人。
時たま補足のための口出しをしながら葵は、賽が投げられた事を実感し覚悟を決める。
(とりあえず……)
右手にこっそり氷を握って、葵は『彼女』の隙を窺う。
(受けた借りは返させてもらおうか。龍宮ぁ……!!)
葵が、隙を見て龍宮の背中を氷を流し込もうとするまで、あと3分。
葵が、龍宮にグーで顎をぶん殴られるまでの時間も、あと3分。