rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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タツミーをヒロインにしてみるテスト⑪

 古菲や長瀬といった麻帆良でも有数の武道派の人間に、葵が協力を得てから一週間。

 その間訓練については部活動が試験休みのために、龍宮がバイトしている『龍宮神社』にて泊まり込みながら、龍宮の指導・監視の下彼は基礎トレに励んでいる。

 

 授業が終わり放課後になる度に、高校の玄関先まで龍宮が迎えに来ているので葵と龍宮の仲が噂になり、朝倉が細目に情報収集に来たりしたのだがそれはさておき……。

 試験中だったこともあり、彼が龍宮と神社に向かって最初にすることは訓練ではなく試験勉強だった。

 自身の試験勉強もしながら、時折龍宮の分からない所を教えたり一緒に考えたりしながら、夕方まで過ごし、そこから軽くランニングして汗を流す。

 

 その後龍宮神社の人達と一緒に食事を取り、そこからが本格的な修行の時間となる。

 その内容は、着替えた龍宮と共に真っ暗な森の中を走り廻る。ただそれだけである。

 それだけのことなのだが、実際やってみると内容はかなりきついものだった。

 視界は最悪で足元も見えないため、油断するとすぐにこけそうになる。

 どれだけ泥だらけになっても足を止めることを許されず、気を抜いたと龍宮が判断した瞬間容赦ない銃弾が飛んでくる。こけてから起き上がるのに手間取っても一発。

 

 龍宮は、戦闘中に可能な限り態勢を崩さないようにするのと、同時に自分がどのような態勢だとバランスを崩しやすいかという不利な点を理解し身体に覚え込ませるのが目的だと彼に説明していた。

 とにかく、常に態勢を変えながら激しい動きを行うことになる戦闘ではこれが出来ていないと、すぐに追いつめられるし、スタミナも持たない。

 その改善のため、葵はひたすらに走り続けていた。

 

 

 

 

 

『Phase.10 相棒』

 

 

 

 

 

 

「よし、今日はここまでにしよう。明日は試験もある事だし」

 

 いつもよりも少し早い時間帯で、龍宮が切り上げを宣言する。

 龍宮は足元にしか泥が付いていないが、葵は全身泥だらけである。葵は息こそ切らしているものの、やはりいつもより早く切りあがったためか、今までに比べて息はハッキリしている。

 ちなみに時刻は11時少し過ぎた頃。今までは、それこそ深夜を超えてでも走り回っていた。

 

「ふぅ……。そうか、明日は試験か。これで居眠りなんかして赤点取ったら死んでも死にきれん」

「大げさだな先輩は。そもそも先輩は勉強できるじゃないか」

 

 手ごろな大きさの岩に寄りかかる葵の横で、彼にタオルを渡しながら、龍宮は軽く笑って見せる。

 

「いやいや、社会とか古文とかが大の苦手でして……。考えるのは好きなんだけど覚えるのが苦手なんだよ」

 

 龍宮からタオルを受け取り、体中の汗を拭いながらうんざりしたような口調で葵は言う。

 彼からしてみたら、勉強が出来ることと勉強が好きであることはイコールで結ばれるものではなかった。

 駄々をこねる子供のように僅かに口を尖らせて見せる葵に、龍宮は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 だが、ふと真顔に戻って

 

「先輩、貴方は自分の体についてどう思う?」

 

 と尋ねる。葵はそれに怪訝な顔で返す。

 

「……と、いうと?」

「今私達がやってることは基礎の中の基礎だ。一見簡単なことだけれど、そう簡単に身に付くものではない。正直、私としては『闇の福音』と戦うまでに全力で戦闘して4、5分持てば上々という程に鍛える。そういう考えをしていた」

 

 言外に、勝つ見込みなどほとんどないと告げる龍宮。だが、

 

「だけど……先週の追いかけっこの時も思ったが、先輩は時折妙な成長を見せる」

「……活歩……だっけか」

 

 インターネットで調べた情報を思い出し、その名前をふと呟く彼に、龍宮は頷いて見せる。

 

「調べたんだね?」

「お前が、あの時に俺が中国拳法を再現して見せたって言ってたからな。それからもちっと詳しく調べてみたけど……」

「特に何か思い出すことはなかった……と」

 

 龍宮は、やはり彼には何かがあると考えていた。確かに彼は少々『特殊』な事情があるが、それは彼自身の異能を示すものではない。

 寧ろ、彼はどれだけ調べても普通の人間だった。どれだけ探った所で、拳法の事もそうであるし、追いかけっこの時に見せたトラップに関する才能も、以前の彼では間違いなくあり得ないことだ。

 

「なるほど、確かにこれだけ抜き出すと危険人物だ……」

 

「? いきなりお前は何を言ってるんだ?」

「いや、なんでもないさ」

 

 ふと脳裏に、この一週間冷静さをかなぐり捨てて彼をつけまわしているルームメイトの事を思い浮かべて苦笑する龍宮。

 

「すまない。話を戻すよ。私が気にしているのは先輩のその異常な体質だ」

 

 一度浮かべた苦笑を引っ込めて、再び会話を切り出す。

 

「こう……私もどう言えば分からないだが……。先輩のそれは成長なんて呼べるものではないんだ。今だって、ダメージなどの要素を抜きにすれば、恐らく全力の戦闘に10分は耐えられるだろう。こんな急激な変化に、成長なんて言葉は不適切だ。強いて言うなら――」

 

 

 彼女は、一度言葉を切り、頭の中で最適な単語を見つけ出す。

 

 

「葵先輩。貴方の体は、まるでその状況に『最適化』しているようだ」

「……まるでコンピューターだな」

 

 龍宮の言葉から、自分の体がとんでもなく異常なのだということを察したのだろうか、葵は真面目な顔になる。

 それを見て、龍宮は自分の考えを吐きだす。

 

「元々、先輩の成長は早かった。以前にも言ったと思うけど、部活での先輩の成長は芹沢部長に佐々木副部長も多いに認めていた。私も、大した成長速度だとは思っていたけど……それはまだ常識の範囲内だった」

 

 内心で「常識ギリギリだけどね」と付け足す龍宮。

 

「先輩、貴方はトラップに関する知識はあるかい? 所謂サバイバルゲーム等への参加。あるいは所属などは……」

「ないな」

「では中国拳法も?」

「あぁ。自分でも一通り調べて、古さん経由でそれに近い部活や愛好会を外部も合わせて廻ってみたけど、俺に見覚えのある人間はいなかった」

 

 ため息をついて葵は岩に体を完全に預け、夜空を仰ぎみる。龍宮は、その目に未知への恐怖を読み取った。

 

「そうだな、いや。エヴァに言われた時から気が付いていたんだけどね」

「? 彼女は貴方になんて?」

 

 龍宮の疑問に、彼は一度目を閉じて、

 

「自分が『未知の存在』であることを自覚しろ。そう言われた」

 

 その言葉に、彼女は何も言えなかった。なぜなら、それは紛れもない事実だからだ。

 こうして実際に彼と会い、話し、自身の持つ魔眼で彼の事を確かめたからある程度の信用を置いて、同時にその人柄を信頼している龍宮だが、逆に言えば魔眼でも正体の掴めない何かを彼が有している事は変わりないのだ。

 郊外の山での追いかけっこの際に見た女の影を思い出し、龍宮は葵の顔を魔眼で覗いてみる。

 やはり、何も見えない。疲れた彼の顔があるだけだ。

 覗きこんだ彼女に、葵は軽く笑いながら、話しかける。

 

「怖いな、龍宮。俺は自分の事が何にも分からない」

「…………」

 

 ポツリポツリと、葵は言葉を零す

 

「病院で目が覚めた時、俺は名前を呼ばれているのが自分だと分からなかった。医者に教えられても実感がなかった。納得するのに丸一日掛かった」

 

 龍宮は、静かに彼の言葉に耳を傾ける。思い返せば、彼が、病院で目が覚めてからの事を話すのはこれが初めてだった。これまで、彼は記憶喪失という事実を話のネタにすることはあっても、こうして真面目に吐露するのは、今までに一度もなかった。

 

「どうにか納得して、次の日には両親が死んでる事が伝えられた。やっぱり何も思い出せなくて、写真を見せてもらったけど……。俺にはただの男と女にしか見えなかった。そこからはあんまり覚えていない。気が付いたら検査を受けていて、ベッドに寝て飯食って……んでそれを繰り返してたら、いつの間にか麻帆良に来ていた」

「……後は私の知る通りかい?」

 

 ただ聞いているだけに耐えられず、口を挟んでしまった龍宮に、葵は苦笑いで応える。

 

「そう、お前の知っての通り。色々、前の自分と俺のギャップに嫌気が指して夜の散歩に出かけてたら、火サスもびっくりな事態に巻き込まれて」

「その二日後には、その容疑者候補の女と部活で出会った訳か」

 

 クックック。と笑う彼女に釣られてか、葵の顔にも少し笑顔が戻る。

 

「龍宮。俺はどんな形でも、記憶を奪われるのがやっぱり怖いよ」

「……彼女に勝てると思っているのかい?」

「……例えどれだけ戦力に差が合っても勝率は0にならない。……ごめん、訂正する。100%敗北するわけじゃない。そこに賭ける」

「それでも100に近いと思うけど?」

「エヴァに……『闇の福音』に名前を名乗った時に、足掻き続けるって言ってしまったしねぇ」

 

 苦笑しながら頭を掻き毟る葵の顔には、先ほどまであった悲壮感は、すでに見られなくなった。

 

「エヴァは、いわゆる理解不能の悪人ではないと思っている。正直、記憶を消されたとしても悪い方向には動かないだろうって。や、消されるのは全力でごめんなんだけどさ?」

「……随分と彼女を信じているんだね?」

「というよりも……。勘なんだけどね、今回の一件――俺に関する事で、恐らく彼女にもデカイ利があるんだと思う。なんとなくだけど、彼女と話していてそう感じた」

 

 本当に確証が持てないのだろう。少し自信無さげにそう答える葵に、龍宮は問いかける。

 

「例え負けても、自分に悪いようにはならないと思っていたのかい? 彼女が、自分を襲おうとしたエヴァンジェリンが信じられると?」

「うん……甘いね。甘い考えだよね?」

 

 葵は、岩から体を離して、軽く伸びをする。

 

「ごめん。本当は信じてなんかいないかもしれない。きっとそうだと、悪いことにはならないと――どうにかなるって考えていないと、俺はきっと戦えない。正直、どうして初めて会った時も、会談の時も、あんなにペラペラと立ちまわれたのか、未だによく分からない」

 

 情けない、と自嘲しながらも、彼の顔に卑屈なものは感じられない。

 

「なぁ、龍宮。これからよろしく頼む。多分、今のままだと、それこそ確実に負ける。自分自身に逃げ道を用意している今のままなら、勝てるチャンスが合ったとしても、怖気づいて恐らく手が出せない。手が伸ばせない。だから――」

 

 だから……後に、どういった言葉を続けようとしたのか、龍宮は彼が求めている物がなんなのか、おぼろげに推察する。

 勇気が欲しいのだ。ほんの僅かだが、前に一歩踏み出す勇気を、ある種の自信といっていい物を、自分には足りていないと彼は思っている。そして、その勇気を、彼一人では捻りだせないものだと、彼は考えているのだろうと。

 

(欠片も勇気がないような人間が、エヴァンジェリンを相手に真正面から戦おうなどと言えるはずないのに……)

 

 確かに、まやかしとも取れる逃げ道を用意して、彼は事態に臨んでいる。だが、今まで一般人だった彼からすれば、それは困難に立ち向かうために、どうしても必要なものだったのかもしれない。そう龍宮は思った。

だが今、彼は、自分にそのまやかしを、逃げ道を――甘えを殺してくれと頼んでいる。それは、彼が一般人であることを捨てる覚悟をしたと取れる。それを頼まれた龍宮には、葵が全力で自分を信じ、背中を預けてくれたように感じられた。

 

(相変わらず、妙な所でこだわる人だ)

 

 内心で呟く龍宮だが、その顔には、いつもより柔らかい笑みが浮かんでいた。

 

「先輩、少し痛いよ?」

 

 龍宮の言葉に、歯を食いしばって頷く葵。それを見て、自分の推測が間違っていなかった事を確信した龍宮は、強めに力を込めて、葵の頬を殴り飛ばす。龍宮の拳に、鈍い痛みがじわりと広がる。

 

「……っ……と……!」

 

 それなりに力を入れたせいか、軽くふらつく葵。

 

「フフ。目は覚めたかい、先輩? この程度の痛み、これから先は可愛いものだよ?」

 龍宮が、茶化したように言うと、葵もまた、殴られた頬をさすりながら、

 

「いったたた……。まさか、撃たれるより殴られた方が痛いとはね」

 

 と、笑って返す。

 

「おや、弾もお望みかい?」

「勘弁してくれ、龍宮。これに加えて、弾まで喜んで受け止められるほどマゾじゃない」

 

 笑いながら、龍宮は、もう一度葵の顔を覗きこむ。殴った頬が、少し腫れているのが見える。

 

「先輩、先に言っておこう。一人で、自分の逃げ道を断ち続けるのは、絶対に不可能な事だ」

「…………」

「負けたら記憶を失う。負けたら死ぬ。そんな状況でも、場合によっては、記憶を失うことに、死ぬ事に道を見出すことだってある。人は、いつだって弱い」

「だけど、弱いままでは勝てない」

 

 葵も、自分の現状に思う所があるのか、真面目に答える。それに龍宮は首を横に振り、

 

「一人では強くなれない。なら、誰かが後ろから支えればいい」

 

 彼女は、自分が常に首から下げている、勾玉の形をしたロケットを、手の中で握り締めながら、自分の答えを告げる。

 

「先輩、半年にもならない付き合いとはいえ、貴方は私にとって、既にかけがえのない友人だ。そして今、普通である事を捨てたのならば、私と貴方は戦友になった。なら、私は行動によって貴方の戦友である事を示そう」

 

 葵がエヴァに足掻き続ける事を宣誓したように、龍宮は戦友を支える事を宣誓する。

 

「忘れないでくれ、先輩。今から貴方が立ち向かう事は、一人ではなく、私達で立ち向かう事だ。貴方がふらついたなら、横から支えよう。前に進めなくなったのなら、手を引いて共に歩こう。泣きたいときには、後ろから抱きしめよう。貴方を守るなんて、大それた事は言えないが、背中くらいは守って見せる。そうだろう、先ぱ――いや、戦友?」

 

 龍宮は、彼を戦友と呼んで締めくくった。自分でもらしくないと思ったのか、少し照れくさそうである。

 

「……うん。その、なんだ……」

 

 葵も、龍宮がそこまで言ってくれるとは思っていなかったのか、手持ちぶたさとなった手で頭を軽く掻いて

 

「よろしく頼むよ。相棒」

 

 そっと右手を差し出す。龍宮は、それを握って、もう一度微笑む。

 

(あるいは、彼ならば『負けない』かもしれない……)

 

 明日から始まるであろう訓練に、龍宮はほんの少しだけ心を浮き立たせる。中国拳法を再現して見せた彼が、それの使い手と忍者に訓練を付けてもらえば一体どのように化けるのか。楽しみで仕方がなかった。

 

 

 

 

(問題は……)

 

 龍宮は、そっと視線を彼の後ろの方にやる。そこには、隠れているつもりなのだろうが結構バレバレなルームメイトの姿があった。それはいい。彼女が見張りにつく事は正直、彼女の想定の範囲内だった。問題はそのルームメイト――桜咲刹那から更に離れた所にいる、自分達三人を観察している人間である。龍宮が見た限りでは、それに桜咲が気が付いている様子はない。

 

(学園側……反理事長派の魔法使いか……。『闇の福音』の予測通り、見張りに来たか)

 

 彼女は、こっそり魔眼を使用して相手側の顔を確認する。その顔は、確か傭兵である自分にいい顔をせず、自分を戦力として使うことに反対していた教師だ。

 

(傭兵の自分。神鳴流剣士の刹那。そして不確定要素の葵先輩……まとめて監視に来たか)

 

 どうにも厄介な事になって来たと、龍宮は、目の前で帰り支度を始めている葵に気付かれないように溜息をつく。

 

(刹那も、近衛木乃香が絡むと冷静になれない所があるからな……。いや、今回はそれだけじゃなくてそうせざるを得ない様な情報を掴まされたんだろうけど)

 

 龍宮からみて今の桜咲刹那は、人や場合によっては一般人でも気が付くのではないかという位、微妙に隠れきれていなかった。見えているとかいう問題ではなく、気勢・雰囲気といったものに焦りが感じられるのだ。

 桜咲から感じる視線を意図的に無視して龍宮は葵に帰りを促し、自分も荷物をまとめながら更に思考を続ける。

 

(学園長から、葵先輩と私の外泊許可をもらえてよかった。寮に残っていたら、尚更厄介な事になっていたかもしれん)

 

 最も、そのために近頃彼女は、朝倉や部活の人間から色々と根掘り葉掘り聞かれるのだが、

 

「さて……先輩、そろそろ戻ろうか」

「あいよ」

 

 とりあえず、今は考えても仕方ないか。と、龍宮は思考を明日の試験と――それからの事に移す。

 

「先輩、明日からは今日の5倍はきついよ。頑張ってくれるかい?」

「何を今さら。お前が必要な事だと考えてるなら、信じるさ」

「そうかい?」

「そうだよ」

 

 結局、いつものやり取りに戻り、二人は帰路に入る。帰ったら、龍宮神社で風呂に入って、最後に軽く明日の勉強をして、その後眠る。

 

 

 

 

―― 4月まで、あと3週間。

 

 

 

 

 

 

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