学年末試験から、三日経った。
すでに試験の結果は返されており、葵も龍宮もそれぞれが思う「まぁまぁ」の成績を取る事ができた。
葵は後から知ったのだが、その間に古菲と長瀬楓が行方不明になっていたという事があったりもしたのだが……。
とにかく、龍宮が計画した通りに篠崎葵を強化するための特訓メンバーがここに完全に揃った。
『Phase.11 修行開始』
今葵達4人がいるのは龍宮神社の敷地内。祭りの時などは人で賑わう場所も、平時では人は少ない。
その中で葵は今、中国拳法の使い手である古菲から拳法の基礎トレーニングのやり方を教わっていた。
「フムフム。本当にアオイ先輩は覚えるのが早いアル。真名との特訓で、更に動きが良くなってるヨ」
「実感はあまりないんだけどね。でも、ありがとう、古さん」
葵が古に教わっているのは武道の型の一つである。
正確には、古菲が教える型を葵が真似て何度か動かして見せ、それを観察している龍宮や長瀬が思いついた事、感じた事を古菲と話し合い、本来の型をアレンジしていた。
古菲自身様々な中国拳法に手を出しているためか、型にこだわるという物は見せなかった。
むしろ、葵の体の動かし方を見て、下手に中国拳法の形にピッタリ当てはめるよりも拳法の動きも含めた上でそこに様々な経験を積み重ねて、本人がよりよいと感じた動きや技術を取捨選択する方がいいと考えていた。
それは龍宮が考えていた事に近く、今行っている特訓は古菲が教える中国拳法による歩法や踏み込み。
長瀬が主に教えるのは、近距離での武器――鉄扇の扱い方。
龍宮は主に訓練の分析を主としているが、自分が訓練に加わる時は長瀬と共に武器の扱いや投擲術の訓練、気配を消したり、逆に察したりする隠遁術。
そして、凡人が『戦闘者』へと至るために必要不可欠な『気』を使いこなす訓練を行っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやはや、真名から話には聞いていたが……。葵殿は面白い成長の仕方をするでござるなぁ」
長瀬は、目の前で古菲と共に体を動かしている葵を見て面白そうに呟く。
それに龍宮は軽く頷いて見せるが、そこにあるのはいつもの笑みではなく、葵の一挙一動を見逃さないようにと観察する者の顔だった。
文字通り、全てを見逃さないために『魔眼』も既に使用している。
「しかし、葵先輩は面白いというか……トリッキーな成長の仕方をするね。中国拳法を使った事があったから相性がいいかと思って、技をいくつかやらせてみたが、ほとんどがお粗末だ」
「ふむ、確かに。しかし歩法に関しては大した物でござるよ。何度か古と模擬戦をやった時に、一本入れる事こそ敵わなんだが、間合いにおける駆け引きに関しては驚くほど優れていたでござるよ」
関心したような声でそう言う長瀬の言葉に、龍宮は三度に渡る彼との追いかけっこの時の事を、そしてエヴァが話していた彼が彼女を前にして取った行動を思い出していた。
そのどちらでも確かに彼は純粋な脚力、そして瞬発力において優れている所を見せたが――
「確かに、あの人は脚に関してはかなりのものだからね。部活動でもそれは見せていた。でも……」
「? 何か引っかかる事でもあるでござるか?」
奥歯に物が挟まったかの様な龍宮に、長瀬は視線を葵と古菲から外さずに、龍宮に問いかける。
「なんというか……らしくないとでもいうのかな。今までに見てきたあの人の動きと、何か重ならないんだよ」
「それこそ、葵殿と行った訓練の成果が出ているということでは?」
怪訝そうな声になる長瀬に、龍宮は思った事をそのまま口に出す。
「楓、今の葵先輩の動きは確かに綺麗になってきている。訓練の成果が出ているから動きが変わったというのも間違いじゃないだろう。だけど、通してみるとやはり違和感がある。先ほどお前が褒めた古との模擬戦も……。そう、先輩らしくないと感じたんだ」
龍宮は、今の葵の動きに違和感を覚えるのと同時に、かつて何度か彼と行動を共にした時や逃走劇の時の葵から感じた、背筋が冷やすような感覚を感じなくなっていることに気が付いた。
ところどころの動きは確かに怖い。例の最適化もそうだが、覚えたばかりの動きを平然と使ってくる辺りに、あの山の中での追走劇で『活歩』を使われた時の感覚が蘇る。
だがそれは所詮一度きりの事だ。一度受けてしまえば、後はどうとでも対応できる。
山の時も、彼の得体のしれない所に恐怖心こそ抱いたものの、いつもの彼のようではなかった。
今の彼と、それまでの彼のどこに差があるのか。龍宮は彼の動きを注視しながら、それをずっと考えている。
「なるほど。それは確かに以前から葵殿を知っている真名でなければ分からない事でござるな。しかし、お主がそこまで言うとなればその違和感、真剣に考えねばならんでござるよ」
「すまない、楓。とりあえず今の型の流しが終わったら、休憩も兼ねて4人で話し合おう」
このままでは、どうにも行き詰った感がある。
そう考えた龍宮は、一度頭と目を休めて、考え直す時間が必要だと判断した。
その龍宮を、長瀬は面白いものを見たという顔で覗きこむ。
「……なんだ。私は同性に興味はないぞ」
「いやいや、真名がそのような真剣な顔をしているのが珍しくてつい……。許してほしいでござるよ」
そう言いながらも、長瀬は随分と楽しそうに龍宮を見ている。
それがどうにも、龍宮を少しイラつかせる。
「日頃、私はそんなに不真面目な女に見えるか?」
「真名はいつも真面目でござるよ。だが、常に皆との間に一線を引いているでござろう?」
「…………」
龍宮は否定しなかった。出来なかった。なぜならば、それはまぎれもなく事実だからだ。級友にルームメイト、芹沢や佐々木といった部活の面々にも、どこかで線を引く所があった。
それは龍宮の傭兵としての生き方であり、そしてなにより――
(私の中に流れる『血』がそうさせる……のか……?)
自分の出生についての事が頭をよぎり、思わず龍宮は首を振る。
それと同時に、篠崎葵という存在について考えてしまう。
確かに、彼に対してある種の親近感に近い友情を感じてはいるが、ひょっとしたら自分は彼にも一線を引いているのではないかと思考が交錯する。
その間に、長瀬は更に言葉を続ける。
「その真名が、あの御仁には長年連れ添った友人のように、真剣に接しておる。それがどうにも、拙者の目には新鮮に映るでござるよ。まるで真名に相棒が出来たようでな……」
長瀬がポロリと口にした『相棒』という言葉に、龍宮はつい先日葵に言った言葉を思い出していた。
あの時の事を思い出すと、三日経った今でも一つの感情が胸の中をはいずりまわるのだ。
それはとても大きな感情で、これまで彼女が感じた事のないものである。すなわち――
―― いっその事、誰か、あの時の私を殺してくれ……
人、それを羞恥心と言う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「何してんだアイツら?」
一通り型の調整を終えた葵と古は、敷いてあったシートに座って身体を休めていた。
本来ならばこの後、4人揃って軽く話し合いをするハズだったのだが……。
訓練を見ているハズの龍宮は、なぜか今までに見た事がない勢いで落ち込んでおり、それを長瀬は笑いながら見ている。
「よく分からないけど大丈夫アル……多分」
「二人を、信頼してるんだか信頼してないんだかよく分からん言葉だな」
葵はため息をつきながら残り少ないペットボトルの中身を飲み干して、先ほどまでの自分の動きを頭の中で確かめる。
「やっぱり、拳法のように自分の拳で相手に攻撃するっていうのがどうも苦手だな」
訓練を始めたばかりの時は普通の中国拳法の型を行ってみたのだが、一部を除いてそのほとんどがどうにも葵には合わなかった。
唯一しっくりきた……というより、古や長瀬、龍宮に褒められたのはいわゆる歩法等といった、足の使い方だった。
そのため今では八極拳の踏み込み、太極拳の歩法等を主体として、足腰を鍛える事を最優先としている。
「センパイは武器を使った方が似合ってるアルヨ。鉄扇の使い方もたった二日でかなり上達してるアル」
「問題は、その鉄扇の間合いがまた微妙に狭いってことなんだけどね……」
「それこそ、センパイの足の出番アル! センパイの踏み込みは大したモノアルヨ!!」
古菲は、葵という男の鍛える事に対して見せる姿勢を大いに気に入っていた。
試験が終わってから葵と会った時、すでに彼の体は全身痣だらけで青くなっていた。
試験期間の途中から、古菲は訳合って図書館島の地下に籠りっきりになっていたのだが、それでもたった数日である。
その数日で、これほどボロボロになるまで自分を苛め抜くなど普通の人間には出来ない事だ。
それを、龍宮が訓練の監視についていたとはいえ何食わぬ顔でこなしている男だ。
ミーハーな部分があるとはいえ武術を極め、強者足らんとしている古菲にとっては、篠崎葵と言う存在は実に面白く、そして好感を覚える人間だった。
「その鉄扇、どうしても使わなきゃいけないアルカ? センパイなら、他にも向いている物があると思うアル。真名や楓が教えた投げる技とか……」
だからこそ、更に強くなれる可能性があるのに、頑なに自らの武器に鉄扇を選び続けている事が気になっていた。
「あぁ、いや……。色々考えたんだけどね。多分、これが一番自分に似合っているんだろうなぁって思ってさ」
古菲は葵から、どうして、誰と戦う事になっているのか聞いたことはなかった。
聞いてもはぐらかされるからだ。
ただ、その話をした時はいつも、肌身離さず持っている鉄扇を手で弄んでいる事に彼女は気が付いていた。
今も、遠くを見つめる目で葵は鉄扇を弄んでいる。
「それに、一応これが戦いの約束だからかな? この鉄扇を受け取る事で足掻く事を誓ったんだから、その場でコイツを振るわないのは失礼かなぁ……なんて思ったんだけど」
少し照れくさそうに笑いながら純白の鉄扇を開いて見せる葵だが、その顔に少し恐怖が浮かんでいるのを古は見逃さなかった。
見逃さなかったが、古はそれに気が付かないふりをした。
例えどれだけ恐怖していようが、怯えていようが――それでも戦うと決めている人間にそれを指摘するのは、無礼だと感じたからだ。
「なら、ソレを使って、出来る事をするしかないアルナ?」
古菲が笑顔でそう言うと、葵も釣られて軽く笑う。
ちょうど向こうの二人も何やらよくは分からないが一区切りついたらしく、こちらに歩いてくるのが古菲の目に入っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なるほど……今のやり方は俺らしくない、か」
その後、なぜか葵の方から目を逸らす龍宮の態度に難儀しながらもなんとか4人での話し合いまで持っていく事が出来た。
そこで龍宮の口から出たのは、根本的な戦い方を見直した方がいいのではないかと言うことだった。
「でも、センパイの動き自体は、このままでイイと思うアルヨ?」
「いや、動きのことではなく戦い方の方針であって――」
「? どう違うかよく分からないアル」
「えぇと、つまりだな」
龍宮は、自分の言いたい事を一生懸命古菲に説明している。
一方で葵は、自分のスタンスに何か違いはあったのだろうかとここ最近の訓練を思い返してみる。
しかし、思い浮かぶものがあまりない。
「なぁ、龍宮。俺のやり方に違和感があるって思ったのはいつ頃だ?」
とにかく、情報が足りない。
しかも、葵が自分で自覚出来ていない自身のこととなれば、彼を傍から見ている龍宮達に頼るしかなかった。
「そうだね……。山の時の……それこそ、先輩が私と対峙した時かな?」
「あぁ、そりゃ確かに俺らしくなかったけど……」
葵からしても、確かにあの時の自分は自分らしくなかったと思う。
しかし、そこから自分は何か変わっただろうか? あるいは、その時に既に変わってしまって、そのまま気付かずにここまで来てしまったのだろうか?
「ふむ……。少しいいでござるか?」
葵が思考を進めていると、そこで長瀬が、軽く手を上げながら言葉を発した。
「楓、何か思いついたのかい?」
龍宮が尋ねると、長瀬は少し首をひねりながら、
「いや、というよりも一つ気にかかった事があったでござるが……。葵殿は、何度か真名と追いかけっこをしていたと聞いているでござる」
「うん。といってもたった3回だけどね?」
「いやいや、少なくとも3回真名とある意味において戦っているという事が大事でござるよ。それで、真名」
「うん?」
「葵殿と行ったのは追いかけっこでござるな? 普段、葵殿はどのようにして逃げているでござるか?」
長瀬の質問に、龍宮はしばし、手を顎に当てて考える。
「そうだね……。大体はこちらが先輩を見失いやすいような細い地形……路地裏みたいな所か、あるいは極端に人の多い所でこちらをかく乱するか……そうでなかったら、この間の時みたいに罠を使って有利な地形を自分で準備する事が多いね」
龍宮の説明に、葵も頷いて肯定する。
エヴァとの遭遇戦の時もそうだが、そういった時に地形を気にする事が非常に多かった。
「なるほど、なんとなくだが分かったかもしれぬでござるよ」
一人納得したように、しきりに頷いて見せると、楓は葵の方を向いて
「葵殿は、恐らく身体を動かすことに引っ張られているのでござるよ」
「? ……と、いうと?」
言葉の意味がいまいち分からなかった葵が、キョトンとした顔で長瀬に尋ねる。
「恐らく葵殿は、どちらかというと、策を用いて相手を倒すのではなく、策を用いてあくまで勝利条件を達成させる事を常に考える、いわば策士型の御仁なのでござるよ」
「しかし、ここ最近……真名が言うにはその山での追いかけっこの時でござるか? その時から葵殿は、頭のどこかで、己の身体で敵を倒しうるという事を選択肢に置いてしまった。それが、今の葵殿から今まで策を用いる時に常に考えていた『逃げなきゃいけない』という、ある種の危機感を失くしてしまっているのでござるよ」
「恐らく以前までの葵殿だったら、策が破られた時点で即座に次の策に考えを移していたのでは? それを、恐らくはある程度自分の力で戦う術を手に入れた事で、思考を止めてしまっている……。それが真名がいった葵殿らしくない、ということと思うでござるよ?」
葵は、長瀬の推理にここ最近の自分が取った行動や思考に当てはめてみる。
すると確かに、訓練を始めてから今までよりも思考に頭を割いていない気がした。
訓練のために数回行った模擬選の時にも、常に体を動かすことに気を取られていて思考を止めていた……気がする。
「どうやら、図星のようでござるな?」
「なるほど、そういうことだったか……」
長瀬と龍宮は納得いったという顔で葵を見る。古菲は首をかしげている。
楓は、葵の痣だらけの身体を見ながら、彼に言葉をかける。
「確かに、葵殿の成長には目を見張るものがあるでござるよ。それでも、例え葵殿がどれだけ強くなろうとも、それを超える強さを持つ相手など、それこそ無尽蔵に出てくるでござる。相手に勝つと決めた時に大事な事は、相手を見る事。相手を無理に超えようとせず、相手に勝てる所を一つでも見つければいい。後はためらわず、そこに飛び込むだけでござるよ」
葵は、長瀬が言う言葉を何度か頭の中で反復させてみせる。
「今は、葵殿が相手に勝ちうる『何か』を高めるために、様々な事を行っているでござる。けれども、拳法や武器の扱いなど、所詮は手札の一枚一枚にすぎない。それさえ忘れなければ、葵殿はきっと、誰が相手でも負けないでござるよ」
そう長瀬は締めくくった。葵は感心したような顔でしきりに頷いている。
「違和感の正体は分かったが……」
説明を聞き終わった龍宮は、恐らくはそれを葵にどうやって克服させるのかを必死に考えている。
いまいち理解できなかったのか長瀬に質問している古菲は、彼女から「今まで通りで構わない」と言われて納得している。
「なるほどな……しかし、それはまた難しいな。こういっちゃなんだが、身体を動かしながら同時に思考とか出来る気がしないな。事前にある程度考えてから戦うって場合でも、不測の事態が起きた際に、即座にそれを修正できる自信がない」
一方、納得はしたものの、葵は自分がまず到達しなければならないハードルが更に上がった事に軽く眩暈を覚えていた。
「ふむ……。拙者の場合は、戦闘中に思考が出来るまでひたすら訓練を繰り返して慣れるしかなかったでござるから……。真名、何か妙案は?」
鋭い洞察をみせた長瀬だったが、訓練方法まではさすがに手が回らず、龍宮に問いかけた。
「一応あるにはあるが……訓練の効率が大幅に下がるかもしれないぞ?」
「具体的にどういうのさ?」
さすがに聞いてみないと判断が付かないと、葵が聞いてみると、
「口で言うのは簡単なんだけどね……。訓練中に、自分の動きを真上からみてどうなっているのかを常に考えるんだ。そうだな……動きながら、幽体離脱して自分を見ているもう一人の自分をイメージする感じかな?」
「…………」
葵は、自分が目の前にいる三人の内の一人と、龍宮が言ったように真上から見ている自分を想像しながら戦っている様子を想像してみた。
「……死にかかっている自分しか想像できん」
「でござるな」
「そうアルナ」
「そうだな……」
異口同音に、葵の呟きに頷く三人だった。だが――
「え……? ちょ、おいお前らちょっと待て。いや待ってください。確かにその訓練は有効ではあるだろうし、時間がないのも分かっているんだがなんでお前ら3人揃ってこっちに向かって構えているのかそこら辺を説明してくださると少しは救われる気がするとわたくし篠崎葵は思う訳でしてそもそもまずは一人ずつから始めるのが最も効果的な訓練だと存じ上げ――」
「安心してくれたまえ、葵先輩。例え今からもう一人の自分を想像する事が出来なくても、これを乗り切れば、どんな死地にいてもきっと心に余裕が持てると私は思うんだ」
「今まさにここが死地だよっ!!!!」
「ほう、真名も同じ考えに至ったでござるか」
「皆考える事は同じアル」
「おい待て脳筋ども!!!???」
葵の脳内の警戒レーダーが、これまでにない――下手をしたらエヴァンジェリンと対峙した時以上の警報を鳴らしており、息もつかせず一息に訓練の一時停止、及び再考を訴える葵だったが、今この場にいる3人は、良くも悪くも骨の髄まで武道派だった。
「ねぇ、待って三人とも……せめて、せめてハンデくらい付けてくれたって罰は当たらなアッ―――――――――――!!!!!!!!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふん、あの男が龍宮に協力を求める事までは予想していたが、まさかそれにバカレンジャーの二人まで加わるとはな……」
篠崎葵達の訓練の様子を観察し、録画を取っていた茶々丸から報告を受けると同時に、受け取った葵の訓練風景をテレビに映したのを見ながら『真祖の吸血鬼』――エヴァンジェリンは、相も変わらない底意地の悪い笑みを浮かべていた。
「マスター、すでに『反学園長派』の教師が、篠崎様に監視を付けているようですが……」
「ふん、あの男だけじゃなく、傭兵である龍宮や、コソコソと付けまわしている桜咲刹那も監視対象に入っているだろうさ。やつらは元々、現2-A クラスの人間を警戒しているからな。そこに奴らにとっての汚点と言っていい葵が介入しつつあるんだ。それはそれは気になって仕方がないだろうからな」
エヴァは、テレビに映し出されている葵の訓練風景を酒の肴にしながら、茶々丸の言葉に答える。
「私が事前にじじぃに奴らの締め付けを強くするように言っておいたんだよ。おかげで私の家の廻りも有象無象が飛び回るようになったが……。クックック、それも後少し、後少しの辛抱だ」
楽しそうに嗤うエヴァに、茶々丸はふと疑問に思った事を尋ねる。
「マスター、その有象無象が、篠崎様に手を出すことはないのでしょうか?」
「フッハッハ! それはないさ。『桜通りの吸血鬼』にすら気が付いていない奴らが、突然そんな事をしでかせば、それこそじじぃが奴らの派閥を取り押さえる口実になる。そもそも、奴らは何か行動を起こそうにも、虎穴に入る勇気を持ち合わせておらん」
映像の中では、葵が泥まみれになりながら必死に山の中を駆け回っていた。その後ろからは、龍宮が銃を構えて後を追っている。
「それにしても……。龍宮真名、本当に葵に入れ込んでいる様じゃないか。似た者同士というのもあるが、よくもまぁここまで……」
「この半年のお二人の記録も調べましたが、二人で行動する事は非常に多いようです。朝倉さんも、彼らには大変興味を持っているようです」
「ふん、傷のなめ合いの様なものだ。だからこそ、あの女は無意識のうちに、アイツの前でだけ『龍宮真名』の仮面を外しているのだろうが……」
映像が映り代わり、今度は龍宮だけでなく古菲や長瀬楓が訓練に参加し、それぞれ個別に葵と軽く戦ってみている様子が流れる。
「……私も、うかうかしていられんな。群がる有象無象共の処理に一区切りつけたら――2-Aのメンバーに狙いを定めるぞ。そろそろ、あの坊やへの遅ればせながらの歓迎用意も整えなくてはな」
エヴァは、葵がボロボロの身体をなんとないような顔をしながらも更に苛め抜く様子を見て、彼が確実に自分と戦う事に、本当の意味で覚悟を決めた事を確信する。
そして同時に歓喜の感情が身体を駆け巡る。そうだ、そうでなくては、私が直々にこちら側の世界に招き入れた甲斐がないと――
「さぁ、篠崎葵。一瞬とはいえ、この私を魅せ付けた『役者』よ。共にこの麻帆良という舞台で踊ろうじゃないか!」