「龍宮君から話を聞いた時には、もしやと思ったが……まさか君が自ら来るとはのぅ」
近衛近右衛門はその日、自分の生徒でもある傭兵――龍宮から自分と話し合いの場を設けたいと言っている人間がいる事は聞いていた。だが、それが何者かについては聞かされていなかった。
「お忙しい中、こちらとの会談に応じてくださってありがとうございます近衛理事長。既に知っているでしょうが、自己紹介を……麻帆良国際大学付属高等学校に所属しています、二年生の篠崎葵と申します」
今、葵達がいるのは学園長室。この場にいるのは葵と、その後ろに控えている龍宮。そして机についている学園長、その両隣りには学園の警備の事で呼んでいた高畑先生と、近衛木乃香との事で呼び出していた桜咲刹那の姿があった。
桜咲の姿を見た瞬間、なぜ自分を尾行していた彼女がここにいるのか疑問に思い眉をひそめた葵だが、既に賽が振られたのだと考え直し、第一手として自分の名前を名乗る。
学園長と高畑は、始めこそ驚いていたものの今では落ち着きを取り戻していた。一方桜咲は、何かあれば即座に斬るという無言の圧力を彼に向けて放っていた。
今回、いざという時の護衛に加えて、こちら側の存在感を増すために同行してもらった龍宮は、いつでも銃を抜けるよう警戒しながら、視線で殺気だっている刹那を制している。
「うむ。ならばこちらも……。知っておるだろうが、麻帆良学園理事長の近衛近右衛門じゃ。そして高畑君に、そちらの龍宮君のクラスメートでもある桜咲刹那君」
「『あの時』以来だね。久しぶり、篠崎君」
「……初めまして」
葵からしてみたら目の前の少女は初めましてではない訳だが、それをほじくり返すとまた時間が掛かるので捨て置く事にした。
「お二人とも、ご紹介ありがとうございます。さて、このまま友好を深めたい所ですが、本題に入らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「あぁ構わんとも。こうして自分の生徒から面と向かって何かを頼まれるというのは久しぶりでな。言ってごらんなさい」
「では……。自分は一週間後の夜、『真祖の吸血鬼』エヴァンジェリン――エヴァと決闘の約束があります。恐らく、もう既に御存じだとは思いますが?」
ここで、桜咲が軽く反応を見せた事に葵は気がついた。
(? 知らされてなかった……? 学園長派の中でも軽い立場なのか?)
軽く葵も戸惑ってしまう。もう一度よく彼女を見てみるが、やはりあの時自分を尾行していた少女だ。反学園長派らしき人間に、自分や龍宮といっしょくたに監視されているらしいので、学園長派である事は間違いないと葵は思っていた。
唯一、彼の推理が外れていたのは、彼女が学園長の命令によって尾行していたのではなく、反学園長派の人間に唆されて行っていたと言う事なのだが。
「ほう、どうして儂らがその事を知っておると思ったんじゃ?」
学園長の切り出しがなければ、そのまま思考の海に入っていただろう葵は、内心慌てながらも、何食わぬ顔で学園長に言葉を返した。
「ここにきて、ごまかしは止めましょう。時間の無駄ですよ、学園長。彼女を……エヴァをネギ先生のクラスに置いている事から、ある程度のつながりがある事は一目瞭然です。それに、貴方もそれを隠すつもりはないでしょう? わざわざ出席簿に相談役である事を書き込んでいた位だ。」
「……そうか、そういえば今日君はネギ君と話しこんでおったの」
「やはり監視していましたか。見張り役は彼女ですか?」
葵が視線で桜咲を示すと、彼女は無表情のまま――だが、どこか戸惑いを見せて学園長の方を向く。
学園長は、軽く桜咲の方に向かって手を軽く振り、
「女子校のエリアの近くに、なぜか男子生徒がいたんじゃ。気になって報告をするものじゃろう?」
「……なるほど、確かにそうですね。自分も不用心でした」
この話はここで終わり。学園長が言外に込めた意味を受けて、葵もこの話題はここで打ち切ることにした。
「話を戻しましょう。自分は大停電の夜、エヴァンジェリンと戦う。これは決定事項です。賭け金は自分の記憶。私は決して負けられません」
「ほう、儂らにエヴァを止めろと言うのかね?」
「いえ、それは愚策の中の愚策。彼女から受けているある種の信頼を穢し、問答無用で記憶を奪われるでしょう。一度戦うと宣言した以上、それは出来ません。投げたダイスを振り直すのは無粋でしょう?」
もっとも、策は練りますがね。と薄く笑う葵に、学園長は少し興味を引かれたのか軽く身を乗り出す。
「あのエヴァを嵌めるというのかね? ほほう、ではお願い事というのはその手助けかね?」
「はい。少々大変なお願いですが……。エヴァンジェリンに関する学園側が持つ情報の提供、及び仕掛けの手助け。それが自分の望む事です」
それを聞くと、学園長はふむふむと頷き、口を開こうとする。だが、
「お待ちください」
それを遮ったのは、桜咲刹那だった。彼女は、その鋭い目で葵を睨みつけ、
「篠崎先輩。若輩の身で失礼ですが、いくらなんでも調子が過ぎると思います。一方的な学園への要求など失礼では? せめて何か対価を提示すべきだと私は思います」
と、その目と同じような鋭い口調で言い切った。
葵からしてみれば、自分が対価を最初から用意していましたと言うよりも、向こうが先に請求してきたから用意した。そういう流れの方が、後々更に対価を求められる可能性が少なくなる上に、こちらが提示する札が一枚減るので、むしろ望む所だったのだが……。
「「はぁ……」」
どうやら、学園長達は薄々葵の狙いは分かっていたらしく、それをいきなり桜咲が突いてしまった事に、二人揃ってため息をついている。
「え……え? あの、私なにか粗相を? よよ、良く分かりませんけど……申し訳ございません!!」
桜咲は分かっていない様子で、少し肩の力が抜けてしまった学園長と高畑の二人に、自分が何か失敗したのかと思って慌てて謝罪を始めている。
「いやいや、刹那君は悪くないよ。無駄に腹の探り合いを始めた僕たちが悪かった」
高畑は、苦笑いをしながら刹那のフォローに入る。
「高畑先生。それだと自分も悪いという事になるのですが?」
「ふぉっふぉっふぉ。初めから対価を用意しておるじゃろうに、こちらが更に上を要求してくるかもしれんと無駄に裏を読みすぎて出し渋った君が悪くないと?」
学園長は、さも愉快そうに笑っている。その態度と言葉に、葵は自分の対価の内容まではともかく、おおよその所は見当が付けられている事を悟った。
葵がこっそり後ろを振り返ると、味方のはずの龍宮も苦笑している。
(ちくしょう。独り相撲だった訳か……。くそっ、警戒しすぎた!)
「……例えどのような状況でも備えは必要だと思うのですが? 学園長」
悪あがき――はたから見たら拗ねてるようにも見える台詞を吐きながら、葵は状況を仕切り直す。
「ふぉっふぉっふぉ。さて、刹那君のおかげで場もほぐれた。聞かせてもらおう篠崎君。君は我々に何を与えてくれるのかね? さすがに全てに頷ける訳ではないが、キチンとした交渉の場に乗ろうではないか」
学園長は、変わらぬ笑顔のまま、今この場において葵と自分が対等の立場としてここに立っていると言う事を告げてくる。
葵は、色々遠回りにはなったものの、対等な交渉の場に着くという第一段階をクリアした事に、内心安堵のため息を漏らす。
「わかりました。こちらの手札は二つ。一つは、学園長。貴方に敵対・反発している者たちの排除への協力。今現在、非協力的、あるいは敵対しつつある派閥を潰すのに人……あるいは場を整えるのに時間が足りなかったのでは? でなければ、停電による結界の弱体化及びそれに伴う警備の強化が必要になるまで彼らを放置している理由はないでしょう。どうして手が出せなかったかは分かりませんが……」
葵は一度言葉を区切り、その間に頭の中を整理しておく。
「恐らくエヴァと共謀して既に策を練っている事でしょう? それに対する全面的な協力。それが自分の一枚目の札です」
「ふむ……確かに、君の言うとおり我々には協力者が必要だ。しかし、現状でも対応するための準備は進めてきておる。そこにほんの一か月そこら訓練をした程度の君が加わっても、儂らに旨みはそれほどないと思うんじゃが?」
「……言うほど、貴方達は楽な立ち位置ではないはずです。なにせ『闇の福音と英雄の息子を同時に餌として使おうとしている』程です。加えて実際に行動を起こした際に、どんなイレギュラーが起こったとしても不思議ではありません」
「そこに、エヴァ以外にある程度の事情を知っていている人間を、保険として送り込む事に旨みがないと? 更に言えば、自分は既にネギ先生と接触しています。そして自分にはネギ先生との共通の敵(エヴァンジェリン)がいる。これから同じ目的を持っているものとして彼に再度接触し、貴方達の望むように彼を誘導する事も可能です」
「一度話してみた所、彼はよほどの事情がない限り、一人で背負いたがる傾向があるように見られます。外部から誘導するのにも一苦労するでしょう。その『よほどの事情』がある自分が、彼の傍にいるのが旨みではないと?」
葵の言葉に、学園長は何かを考え込むように長くのびた自分の髭を撫でている。
高畑は静かに笑みを浮かべているだけだが、内心葵を見定めていた。
「なるほど、確かにネギ君は一人で背負い込みやすい性格じゃ。だが言ったはずじゃ、『現状でも対応できる準備は出来ておる』とな。旨みがある事は理解した。だがその旨みが、十全に足るかどうかはまた別の話じゃ。……という建前を置いて本音を言わせてもらうとな」
学園長は一息吐くと、重々しい口調で葵を非難するような口調で――
「さっさと札を全部切らんかい、刹那ちゃんが目を白黒させてるばかりで話に付いて来れてないじゃろが」
一方、桜咲は話に付いていけてなかった。
「……これは、その……失礼しました」
「4人共揃ってこっちを見ないでください……っ!!」
学園長が真面目な口調のままそう言うと、桜咲はそこはかとなく顔を紅く染めながら俯く。
あえてツッコミを入れるならば、高畑は桜咲の方を見ておらず、気まずそうに窓の外を向いて苦笑しているので、桜咲にある意味暖かい目線を向けているのは学園長に龍宮、葵の3人だけである。
交渉のための緊張感がまるで紙やすりで削られていくかの如く薄れていくのを感じながら、葵は一度咳払いをして気持ちを取り戻す。
「話を戻しましょう。とりあえず、一応旨みがある事は理解していただけたと思います。ですから、ここで自分が提示するのは、この騒動が終わった後についてです」
「ほう? ……狩り残しの雑草についてかね?」
「それもありますが……一番大事なのは、これからここで育っていく苗木達の方でしょう? そして、その中心になる……あるいは助けになるであろう人物として彼を欲している。これが自分の2枚目の札」
「『英雄の息子』ネギ=スプリングフィールドを、確実に貴方の手元に置いておける計画……とりあえずは耳に入れてもらえないでしょうか?」
『Phase14. 開幕』
時刻は21時を少し廻ったくらいだろうか。既に街中から明かりは消えて闇に包まれている。それはつまり、既に戦いが始まっている事を示していた。
自分が操る4人の僕を相手に善戦しているネギを眺めながら、エヴァンジェリンは退屈そうな顔を浮かべていた。
確かに、強い。先日彼を襲った時にも同じ感想を抱いた。だがネギは、あの時よりも恐るべき速度で学習・成長していっている。それはいい、だが――
「どこに隠れた……篠崎葵」
もう一人のメインゲスト――篠崎葵の姿が見えない。茶々丸に学園側の結界を『はっきんぐ』とやらで解き放ち、魔力を取り戻してすぐに彼の気配を、魔力の痕跡を探したがどこにも見当たらない。
「隠遁術か? 学園からは出ていないと思うが……よくもまぁ、短期間で色々と覚えたものだ」
恐らくは時間稼ぎ……あるいは策を仕掛けている途中なのか……。
未だに姿を見せない男の事を考えながら、とりあえずは辺りを警戒しながら目の前の少年に集中し直す。
――早く来い、篠崎葵。私を退屈させてくれるなよ……?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ネギ=スプリングフィールドにとって、その男子生徒は大変な変わり者だった。
初めて会った時、女子校の近くで立ちすくんでいるものだから何事だろうと思って話しかけてみた。すると、彼は自分が受け持っている生徒の友人だったということが判明した。
ネギからしてみたら少しとっつきづらい生徒――龍宮真名が、少なくとも彼に対しては軽く冗談を言い合って会話をしていた。……少し怖かったが。
それから彼とはしばらく面識はなく、報道部に属している生徒の噂話でチラチラと話を聞く程度だった。
彼が変わり者だと認識出来たのは、つい先日の事だった。あのどこか飄々とした感じのある年上の男子生徒は、なんともない顔で自分に力を貸してほしいと頼んできた。その時は、エヴァンジェリンを相手に戦う事で頭が一杯だったので後々話を聞こうと返そうとした所、彼は予想外の言葉を口にしたのだ。
『お願いしますネギ先生。真祖の吸血鬼と戦うために力を貸して欲しいんです』
まさか、自分以外に彼女と戦おうとしている人がいるとネギは思っていなかった。
その想定外の人物が、自分に『共に戦おう』と言ってくれている。
ネギに協力してくれると言ってくれる人間はいたが、その娘は自分の生徒であり、さらにいえば巻き込んでしまった人間だ。そこに現れた、エヴァンジェリンと戦わなければいけないという人間。ネギはしばらく彼と話し、パートナーであるオコジョのカモとも相談したうえで彼と共闘する事を決めた。
それは、無関係ではない人間なら巻き込んでも……という逃避に近い考えだったと、ネギは自分で気が付いていた。それでもネギは、対等な協力者が現れた事実が嬉しかった。
共に困難に立ち向かってくれる人がいるなら、自分が……自分「も」最善を尽くさなければ申し訳ない。
(だから、あの人の仕掛けが終わるまで時間を……っ! )
「あっはははは! 一緒に遊ぼうよネギくぅぅん!!」
「しっかりして下さい、まき絵さん! て、うわ危な――!?」
今、ネギが相手をしているのは自分のクラスの生徒である4人の少女達。いずれもエヴァンジェリンによって眷属と化している。そのため身体能力が馬鹿みたいに上がっており、普通では考えられない動きで建物の壁を走り、屋上から屋上へと飛び移りながらボールを投げてきたり蹴り飛ばそうとしたりと、様々な手段でネギに襲いかかってきている。
ちょうど今は、新体操部に所属している女生徒が人間では不可能な跳躍をした後に、杖に跨って空を飛んでいたネギをキックで蹴り落とそうとした所だ。
今まで純粋な魔法使いとしての訓練しか受けていないネギにとって、操られている生徒達は実に厄介な相手となっている。
「こ……っのぉ……!」
この後に控えているエヴァンジェリンとの戦いのためにも、用意した魔法薬等の装備は可能な限り温存しておかねばならない。本来なら自分自身で魔法を唱えればいいかもしれないが、今のネギは『既にかなりの魔力を消耗している』のだ。
(今僕が持っている装備で、広範囲の敵をまとめて相手に出来るものは……これだっ!)
即座に決断したネギは、懐から魔法薬の入ったフラスコを放り投げると同時に簡易詠唱を始める。
「
ネギが詠唱を終えるのと同時に数百個もの風船が同時に破裂したような音が響き渡り、溢れ出た風が少女達の持つ武器――バスケットボールやリボンなどを吹き飛ばし、同時に動きを封じる。
その隙にネギは、完全に彼女たちを無傷で封じるための呪文の詠唱に移る。
「続けて……|大気よ 水よ 白霧となれ《アーエール・エト・アクタ・ファクタ・ネブラ》
触れた物を深い眠りへと落とす霧を発生させて、自分に向かってきていた少女達をまとめてその中に包み込む。
ちょうどその時、葵から渡されたトランシーバーが二回一定間隔で懐のポケットの中からノイズを発した。共闘する事が決定し、互いに話し合って作戦を決めた時に出来た相図だ。一回ならば作戦延期、逃走に専念する事。三回ならば作戦に重大な欠陥が発生。即座に合流して態勢を立て直す事。二回鳴った時は
――作戦準備完了。
(遅いですよ、篠崎さん!)
用意したマジックアイテムを温存しなければならないと思いつつ、それを使わずにひたすら逃げ切り続けた自分を褒めると同時に、ピタリ時間通りなのだがもっと早く準備を終わらせて欲しかったと、内心葵に文句をぶつけるネギ。
早速、用意された場所に向かおうとするのだが、そのネギに背後から空を駈けて迫る姿があった。
「アッハハハ! 思ったよりもやってくれるじゃないか、坊や!! なら、こいつはかわせるかな!?」
「エヴァンジェリンさん!? こんなタイミングで……っ!」
「魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾・氷の17矢(セリエス・グラキアーリス)!!」
以前のような魔法薬ではなく、純粋な彼女の魔力によって放たれた魔法はかつてネギが受けたそれとは比べ物にならない威力だった。
とっさに手にした魔法銃で迎撃、全弾撃ち落としはしたものの弾切れになってしまった。
(急がなきゃ……急いであの場所まで……っ!)
後ろからは、エヴァンジェリンが高笑いしながら真っ直ぐネギの後を追ってきている。
大前提であるエヴァンジェリンのおびき出しが成功している事に、思わずネギは顔を緩めそうになりながらも、なんとか必死な表情に戻して杖を操作して一気に空を駆ける。
―― 停電復旧まで、あと72分21秒。