rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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タツミーをヒロインにしてみるテスト⑱

「ん……ぉう……?」

 

 身体が揺れている感覚と少し窮屈な感触に、篠崎葵は意識を取り戻した。

 ちょうど膝の裏と肩の辺りを細くて暖かい何かで支えられており、片方の腕の辺りには何やら柔らかい感触がある。

 

(誰かに運ばれている?)

 

 ゆっくりと葵が目を開くと、目の前にあったのは――

 

「おや先輩。お目覚めかい?」

 

 良く見知った後輩の顔だった。

 

「……おはようと言えばいいのかありがとうと言えばいいのか……とりあえず降ろせ龍宮」

「ほう。可愛い後輩に抱かれているのが気に食わないと……」

「そもそもなんでこの態勢なんだよ。せめて丸太みたいに担がれてた方がまだ救いがあったわっ……ぁいたたたぁ……」

 

 今の葵の態勢を一言で説明するなら『お姫様抱っこ』である。

 大の男が、自分よりも少し背が高く力もあるとはいえ、年下の女の子にそのような運び方をされているとなれば葵でなくとも顔を赤面させて恥ずかしがるだろう。

 

「ん、やはり身体が痛むのか。それはますます降ろす訳にはいかないな」

「おいそのニヤニヤやめろすっごい腹立つ。ってかマジで降ろしてくれ、胸に当ってんぞ」

「私は気にしないが?」

「当ってる事には気付いてたんですねコンチクショウ!!」

 

 うがー! と喚きながら身体に痛みが来ない範囲でジタバタ暴れる葵を見て、龍宮は軽くため息つきながらゆっくりと彼を降ろす。

 

 

「冗談はさておき身体は大丈夫かい? 私が橋にたどり着いた時にはかなりボロボロだったけど……一応手持ちの回復札を使ったんだが効きが悪くてね」

「ん、一応歩ける位には回復してるみたいだし問題ない」

 

 少し身体の調子を確かめるように数歩足をわざと高く上げて行進の様に歩いてみて、少なくとも重大な異常はない事を確認した葵は龍宮の隣を歩きながら、彼女に状況の説明を求めた。

 

 

 葵が闘っている間龍宮がどこにいたのかというと、葵が用意した結界の核となった魔法陣の維持を受け持っていたのだ。

 万が一の伏兵や、結界そのものの排除を狙われた時の防衛役も兼ねた結界管理を任されていたのだが、ネギの魔力を内包した魔法薬もほとんど尽きて、これ以上防衛・管理の意味はないとした彼女は橋へと向かい、彼のエヴァの戦いの最後を目の当たりにしたのだ。

 橋へとたどり着いたのは、ちょうど葵がネギからの契約執行を受けて、最後の勝負に出た所。

契約執行が切れた葵は、倒れてそのまま気を失い。その後すぐにネギ達とエヴァの戦いとなった。

 

 

 

その結果は――相撃ち。

 

 

 

 結界を維持していた魔力が切れるギリギリの所で明日菜が特攻してエヴァの動きを封じ、そこにネギが『雷の暴風』を撃ち込んだ。

 葵との戦闘でかなり疲弊している所に強力な魔法を撃ち込まれてエヴァも気を失ったのだが、同時にネギも魔力を完全に使い果たして気絶。

 さすがにエヴァは少し間を置いただけで意識を取り戻したが、彼女はその場にいた明日菜とすでに葵の傍へと駆け寄っていた龍宮の前で素直に敗北を認め、茶々丸と共に帰路についたらしい。

 気を失ったネギは神楽坂明日菜に背負われて帰ったのだが、帰るまでに神楽坂は龍宮を質問攻めにして、それを誤魔化すのが彼女にとってある意味でもっとも疲れる出来事となった。

 

 

「エヴァンジェリンからの言伝だよ。『後日、もう一度家に来い』それと……『感謝する』と」

 

「エヴァが……ねぇ……」

 

 それが一体何に対する感謝なのか葵には理解できなかったが、少なくとも自分が行った事は好意的に見られたらしいという事を理解し、安堵の息を吐く葵。

 とはいえ、結果は葵の負け。負けを認めたらしいがそれが、それが葵達なのかネギになのかで話は変わってくる。

エヴァが好意的に評価しているらしいからどう事態が動くか分からないが、まだ安心しきるには早いと葵は思った。

 

「それにしても驚いたよ先輩。最後の方しか見ることができなかったけども、よくもまぁエヴァンジェリンをあそこまで追いつめられたものだ」

「追いつめた? かなり余裕があったように見えたけど……」

「我慢していたのさ。最後の攻防――特に顎への一撃はかなり効いていたよ。それ以外の打撃も契約執行までしたのだから当然威力が…………ん? 契約?」

 

 そこまで口にして、ふと龍宮は気がついた。

 篠崎葵は一体いつネギ=スプリングフィールドと仮契約をしたのだ?

 少なくとも、昨日か今日かの二択だ。自分は彼に仮契約の事を言っていなかったので、教えたとなるとネギかその使い魔だろう。

 そうなると、ネギとエヴァンジェリンの件で接触したのが昨日だから、当然それ以降の話になる。

 その間に、仮契約に必要な物品の準備が出来るものだろうか?

 いや手っ取り早い方法も確かにある。むしろそれが一番ポピュラーではあるのだが……。

 普通、男同士で仮契約を行う時はその手段は用いない。

少し準備や物が必要になるが、よっぽどの事がない限りその手段を用いようとする人はあまりいないだろう。

 なぜなら、その一番手っ取り早い手段とは――

 

 

 

 

 

――口づけなのだから。

 

 

 

 

 

「葵先輩、少し聞きたい事があるんだが――あれ? 先輩?」

 

ネギとの契約について尋ねようとして、自分の右隣を歩いている葵に声をかけようと隣に目をやるが、その姿が見えない。

 おかしいと思いそのまま龍宮は後ろを振り返り――全てを察した。

 

「……あ~。その……葵先輩?」

「……どうした龍宮」

「言いたい事は多々あるがとりあえず……。電信柱に100回頭を打ちつけた所で願いは叶わないし過去も変えられないよ? 先輩」

 

 振り向いた龍宮の目に入ったのは、血涙を流しながら電信柱に頭を打ちつけ続ける変人の姿だった。

 その変人は乾いた声で虚ろに笑いながら、

 

「笑えよ。笑って蔑めよ龍宮。……俺、なんとしても勝たなきゃと思ってハイになっててさ? 具体的に何言ったかは覚えていないんだけど、あのカモ助と二人がかりでどうにかこうにか言いくるめて……」

「先輩……」

 

 エヴァンジェリンとの決戦を前に、少しでも力を付けようと――付けなければならないと思ったのか。何はともあれ……やってしまったんだろう。

 龍宮は、なぜか熱くなってきた目頭を押さえて夜空を仰いだ。

 

「おまけに勝つためにやったのに、カードには不備が出て契約執行は5秒までしかできないとかおかしくないか!? もう泣きそうだったんだけど!!?」

 

 何の言いわけをしているんだとツッコミたくなる龍宮だが、ここでそれを口にすれば目の前で血涙を流しながら電信柱に縋りついている男の心は根元からへし折れるだろう。

 ひょっとしたら、どれだけボロボロになっても最後まで粘っていたのは、ここまでやってあっさり負けるわけにはいくかという気持ちがあったからかもしれない。

 

 先ほどまであったある種の尊敬の念が全て洗い流されていくのを感じる。

 

「ん、不備? 契約執行が5秒だけ? カードを見せてくれないか先輩。――いや、『うん』じゃなくて……今先輩がカードを見せつけているのは私じゃなくてただの野良猫なんだが……」

 

 深い精神的ダメージを負って崩れ落ちながら、ボーッと葵の方を見ている黒猫に仮契約カードを突きつけている葵の肩に、慰めるように手を軽く乗せながら彼の手から仮契約カードを抜き取る龍宮。

 てっきり契約の失敗時に出るスカカードかと思っていたが、そのカードを見た龍宮は眉に皺を寄せる。

 

「っ!? これは……一体……?」

 

 そこにあるのは、間違いなく成功した契約カードだった。

 子供の落書きのようにヘロヘロとした線で表わされているスカカードではない。

ならば一体何が不備なのか?

 

 塗りつぶされているのだ。

 

 本来契約カードには様々な情報が書かれている。従者の名前はもちろん、従者を表す称号、色調、徳性などがだ。

 

 無論、葵のカードにもそれらしき事は書かれているのだが、そのほとんどがマジックで塗りつぶされたかのようになっていた。

 

 

 名前以外の全ての情報と――彼の胸から上の姿が。

 

 思わずカードと、うなだれている彼を何度も見比べてしまう龍宮。

 もしこの時、龍宮がもっとカードを観察すれば彼女は気がついたのかもしれない。

 唯一カードにハッキリと描かれている彼の胸から下の姿。その足の後ろに――

 

 

 

 

 

――彼と重なるように誰かの足が描かれている事に

 

 

 

 

 

『Chapter 1 epilogue and next prologue』

 

 

 

 

 

 エヴァンジェリンとの戦いが終わった次の日の放課後。葵は事の報告を行うために、龍宮と共に学園長室へと足を運んでいた。

 

「昨晩はお疲れ様と言っておこうかの。龍宮君とカモミール君の手助けがあったとはいえ、よくもまぁあの結界を再現出来たもんじゃ」

「あくまで高位種族の力を奪う所だけでしたからね。もっとも外見を似せただけなので魔力効率はデタラメなものになって、ネギ先生にはかなり無茶をさせてしまいましたが……」

「だが、彼は君を信頼のおける人間と判断したようじゃ。のう?」

「はは……」

 

 授業が終わり、女子中等部の校門の所で待ち合わせていた龍宮の元に向かうとそこにはネギがいたのだ。

 ネギは葵を見つけると、その前まで走って来て、葵の苦手なあのキラキラと尊敬の溢れた目で「昨晩はありがとうございました! これからもよろしくお願いします!!」と大きな声でお礼を言ってきたのだ。

 よろしくお願いしますとは……多分従者となった事に関してだろうか? 葵にはよく分からなった。

 

 なにはともあれ、それがきっかけでいつものように朝倉の質問攻めにあったり3-Aのクラス委員長に何者なのか問い詰められたりと大変だったのだ。

龍宮の助けがなかったら、葵は今も学園長室にたどり着けていなかっただろう。

 

「うむ、ネギ君との関係はいい傾向じゃの。加えて君がエヴァと共に奴らの目を引いてくれたおかげでこちらも動きやすかったわ」

「恐縮です」

「うむ。……さて、篠崎君。今回わざわざ君に来てもらったのには報告以外にも理由がある。本来ならば儂が君の元に赴くべきだったのじゃが……」

 

 それまで笑顔だった学園長派、顔を引き締めると改めて葵に向き合う。

 学園長が直々に出向く必要があるというのならば、それはかなりの大事だろうと気を引き締める葵。

 

「君がこうして魔法世界に足を踏み入れた以上、君は知る必要がある」

「? 何を……ですか?」

「……君が記憶を失い、両親を失った原因についてじゃよ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、3年前から始まった魔法世界での政変だった。

 麻帆良学園都市は一応自治組織として存在しているが、所属としては魔法世界の一国家『メセンブリーナ連合』の所属となっている。

 連合はそれまでこちらの世界――『旧世界』との交流を絶とうとする孤立主義が台頭していたのだが、3年前から徐々に方針の変化が起きていた。

 旧世界に存在するいくつかの魔法結社への過剰な干渉、場合によっては武力による衝突など、旧世界への影響力を事更に強めようとしていた。

 

「今では麻帆良も完全に支配下に置こうとしているようじゃ。向こう側から用意された魔法教師は儂を追い落とそうとしておるからのう」

 

「なるほど。敵対しているとはそういうことでしたか……。しかし、それがどうして俺の事故に?」

 

「……今、上が裏で妙に干渉したがっておる組織があるんじゃよ。この日本に。君が家族と旅行に出かけた京都に」

 

――関西呪術協会。かつて一度関東魔術協会を含めた西洋魔術師勢と衝突した事がある組織であり、その事が原因で未だに関東側を敵視している強硬派が根強い組織である。

 

「証拠は結局見つからんかったが……。恐らく、上は――上の中に紛れている何者かは、先に関西から手を出させて事を大きくしたうえで干渉しようとしたのじゃろうて」

 

「この麻帆良に送り込まれた教師の一人――事が終わった直後に行方不明になったがの。そ奴がやらかしてくれたんじゃよ。関西と関東の諍いを深めようとしての――」

 

 全てはほんの偶然だった。

 関西との諍いを深めるためのきっかけが欲しかったと思われる魔法使い。

 近年の連合の動きを知っているために、警戒を深めていた関西強硬派。

 ちょうどその時に、京都へ旅行に出かけた麻帆良に住む家族。

 

 教師は麻帆良から関西へと向かう一般人の中で何度か魔法に関わりかけた事があった『篠崎家』を選び、彼らが一般人ではなく麻帆良の工作員だというそれらしい証拠を偽造し、偽情報を関西にリークした。

 関西の長は、それが罠だと薄々感づいており、あくまで調査だけに留めようとしたのだが、彼も組織を完全に束ねていた訳ではなかった。

 

「結果、先走った関西の強硬派により君達の乗っていた車が襲撃され……君は家族と記憶を失った。婿殿の働きもあるが、抗争にまで発展しなかった事は奇跡じゃった……」

 

 事態に気がついた学園長は、事を起こしたと思われる教師を拘束しようとしたが、彼は神隠しにでもあったかのように消えてしまった。

 彼の近辺から彼が動いた証拠をつかもうとしたのだが、それも一切見つからなかった。

 

 その後、関西の人間が一般人を傷つけた事を理由に関西への武力制裁を声高に唱える一派を学園長はどうにか抑え込み、関西側も先走った連中を拘束、処罰した上で正式に麻帆良に謝罪した。

 

 だがそれで話がまとまる筈もなかった。

 

 関東は容疑者をわざと逃がして問題をうやむやにしようとしているという話が関西に広まり、元々あった西洋魔術組織への不信感も手伝い、強硬派が勢いを盛り返してきていた。

 関東でもまた、関西が容疑者を関東に引き渡さないのは実際に関西が襲撃を指示していた事を隠すためではないかという話が広まり、穏健派である学園長の排斥活動が静かに広がっている。

 

 行方不明となった教師の本意がどこにあったかは今となっては分からないが、その目的の一つであっただろう関東と関西の対立は、決定的なものになりつつあった。

 

 一方、保護された篠崎葵が記憶を失っていた事も問題となった。

 関西・関東の両陣営が、せめてその記憶を取り戻そうと様々な術式を試してみたが、そのどれもが成功せず、彼の記憶はまるで掻き消えたかのように無くなっていた。

 これは本来あり得ないことだった。少なくとも魔法によるプロテクトが無い限りは、記憶の恢復など治癒を専門とする魔道士からすれば簡単な事であるはずだった。

 にも関わらず、篠崎葵の記憶は何をやっても回復しなかった。

 念のためにプロテクトが掛けられていないかの調査も行われたが、結果は白。

 不可解な謎を残したまま、篠崎葵は一般人として偽りの情報を与えたまま麻帆良に帰還することとなった。

 

 その話を聞いた関東側の教師の間に、関西が彼の意識を『洗濯』しこちら側への工作員としたのではないかという噂が立つようになる。

 疑わしきは捕らえよと主張する教師勢を抑えるために、葵の制服や持ち物に細工し行動を監視せざるを得なくなった。葵が何かをするのではなくて、先走るものが出ないように。

 

 そして現在、篠崎家の犠牲は双方に責任があったものとして、両陣営に均衡状態を保っている。

 

 そこまで語り終えた学園長は、立ち上がると同時に深く頭を下げた。

 

「すまなかった、篠崎君。君が家族と記憶を失った原因は、組織をまとめ上げられなかった儂にある。加えて君たち家族の犠牲を政治に利用した事。本来ならばすぐにでも君に謝罪をせねばならなかった事。どれだけ謝罪しても事足りん」

 

 

 葵は、頭を下げ続ける学園長を見つめながら、どう言葉を出せばいいのか迷っていた。

 確かに記憶を失くした事については思うことは多々ある。涙を流した事だってあった。

 だが、それ以外についてはどうかと聞かれると首をかしげてしまう。自分が、事故にあった『篠崎葵』とは別人だと感じているからなのか、家族について謝られてもピンとこない。また謝罪の件も、魔法が秘匿されるものなのだから仕方ないと考えてしまう。

 そもそも、事故によって家族を失った自分の生活を見てくれているのは学園なのだ。

 

「顔を上げてください学園長。自分にそんな事をされる価値はありません」

 

 咄嗟に葵は言葉を切り出した。頭の中でまだ何を言うか決めていなかったのだが、言わずにはいられなかった。

 

「きっと、その謝罪を受け入れるかどうかの判断が出来るのは自分じゃない『篠崎葵』なんです。自分に言えることなんて何もないし、謝罪を受け取る権利もありません」

 

 葵は自分の正直な気持ちを吐露する。

 

「あくまで今の『篠崎葵』から言える事があるとすれば……。最善を尽くしてください。自分には魔法世界のことなんて分からないし、正直今の情報を鵜呑みにもしていません」

 

 学園長側が虚言を弄している可能性だってある。学園長の人柄を信じる信じないではなく、そういう可能性もあると自分が考えている事をあえて強調する葵。

 

「ですが、少なくとも学園長が最善を尽くそうとしていた事はなんとなく理解できます。なら、それを継続して下さい。自分のように巻き込まれる生徒を出さないように……それしか自分には言えません」

 

 まるで他人事のようなんですけどね。と、苦笑しながらそう締めくくる葵。

 葵の言葉に、学園長は頭を上げて「約束しよう」と深く頷く。そして、もう奴らの好きにはさせん。とも――

 

 恐らくは、これから学園長は反学園長派――連合から送られてきた教師の締め付けに入るのだろう。

 葵にはどういった手段か思いつかないが、この老獪な教師ならばそれを可能とするだろう。

 

「とりあえずエヴァが自分の戦いをどう評価してくれたかですが……もし、魔法の事を覚えたまま明日を迎えられたのなら……またよろしくお願いします。学園長」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 学園長――近衛近右衛門は、篠崎葵と龍宮真名の二人が立ち去って行くのを見届けると深いため息をついた。

 

「エヴァがどう判断するか……か。もう彼女は答えを出しておるんじゃがのう……」

 

 早朝に、ダメージを回復しきったエヴァからすでに連絡が来ていた。

 普段エヴァ自身から連絡をしてくることがないために、少々驚きながらも電話を取ると彼女は上機嫌を隠しきれない声で、

 

『じじぃか。いいか、葵には放課後私の家に来るように伝えてあるんだ。くれぐれもくだらん事で時間を潰させるんじゃないぞ』

 

 とだけ告げるとすぐさま電話を切ってしまった。

 

 結局本題であった彼の魔法関係の記憶を残すかどうかについては何も言わなかった。

本来ならば、彼女が篠崎葵はこの世界に入るには適さないと判断すればこの場で記憶を消す予定――学園長としては、一応本人の意思を通すつもり――だったのだが、何も言及しなかったという事は……そういうことなのだろう。

 

(闇の福音と英雄の息子の双方と繋がりを持ち、関西・関東それぞれの強硬派の被害者となった少年。こちらの味方になってくれるのならば色々と使えるんじゃが……)

 

 謝罪したばかりだというのに、すでに頭の中で様々な彼の使い方を模索している自分に嫌気がさしながら、湯呑みの中の茶を一啜りして一息つく。

 

 これからの政治問題の事もあるし、近々行われる関西との会合の件。そして篠崎葵がネギ=スプリングフィールドを自分の手元に残すための計画として発案した案件。

 

 考えなければならない事は山ほどあるが、何よりも懸念すべき事があった。

 今後の事も考えて篠崎葵に伝えるべきか非常に悩んだが、学園長は今はまだ彼には伏せておく事を選択した。

 

 学園長は机の中から、一枚のところどころ焦げている書類――連合から送られてきたある教師が隠し持っていた書類―― その内容を吟味し、再びため息をついた。

 

 

『最重要事項

 

 先日報告された『闇の福音』との接触をもった一般人『篠崎葵』について、可能な限りの情報を集め、提出せよ。また、優先事項として――』

 

 

 一部が燃やされていて読めなくなっていたが、書類には向こう側の言語でそう書かれていた。

 なぜ連合がここまで篠崎葵に食い付くのかはわからない。

 だが、彼が注目されていることは間違いなかった。

 

「厄介事になってきたのぅ……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 学園長との話し合いも終わり、今度はエヴァンジェリンの家へと足を向ける葵と龍宮。

 

「しかし、この日本の中で地味に冷戦状態か……。龍宮、お前は俺の事故の事とか聞いてたのか?」

「まさか! 知ってたら裏に関わった時点で貴方に伝えている」

 

 龍宮はやや大げさに肩を竦めて、言葉を続ける。

 

「麻帆良が今非常に危うい立場だと言うことは聞いていたが、それに先輩が巻き込まれていたなんて知らなかったよ。……まぁ正直、京都で事故にあったと聞いた時から何かあったのだろうとは思っていたが……」

「なるほど……」

 

 先ほど学園長は、関西と協力体制を築く用意はあると言っていたが簡単に事は運ばないだろうと葵は考えていた。

 なにしろきっかけとなった事故から、まだ一年も経過していないのだ。恐らくは協力態勢を組むために互いの組織をまとめ上げ中。……あるいは落とし所の模索中といったところだろうと葵は推測する。

 それと並行して今考えているのは、今後の自分の身の振り方だった。これから魔法世界に足を突っ込むとして、自分はどの立ち位置にいるべきなのか。

 学園長の下に入るのか、一個人として麻帆良内で立ち廻るか……。あるいは他の道を模索するのか。

 一応、いざという時に学園内での立場を確保できるように準備はしてあるが……

 

「そもそも妙なんだよねぇ。こっちの世界に介入っていうのはともかく、なんで戦争一歩手前まで踏み込んでくるんだろ? この世界でそんな事になったら魔法がバレかねないのに」

「あぁ、先輩の言う通り妙な話だよ。魔法使いの間でも最近の連合の動きは注目されている。最悪また戦争になるんじゃないかってね。それがこっち側か向こう側かはまだ分からないけど……」

 

「で、その最悪の事態が関東と関西の間で起こりそうになってんのね。そしてそれを起こそうとしてる奴らが身近にいる……と……」

 

 肩をすくめながらそういう龍宮に言葉を返しながら頭の中で状況を整理していると、葵の言葉に続くように――

 

 

―― そう、イレギュラー……前回と違う……違う…………3―A……カ……?

 

 

「ん? 前回ってなんだよ?」

「前回? 貴方こそ何を言ってるんだい先輩?」

「いや、何ってお前が……うん?」

 

 会話に違和感を覚えて、葵は思わず龍宮の方を振り向く。

 龍宮は、よくわからないといった風に首をかしげて葵の顔を見つめている。

 

「あれ、今お前喋らなかった? イレギュラーがどうとか前回がどうとか」

「先輩が何を言っているのか分からないけど、貴方の頭が手遅れだということは理解したよ。エヴァとの要件が終わったらゆっくり休んだらどうだい?」

「はっはっはっはっは。……アトデオボエテロヨ……」

 

 相変わらずの笑顔のままで自然と毒を吐く龍宮をジト目で睨みつけながら、なんとなく頭を片手で押さえる葵。

 正直、休んだ方がいいかもしれないとは思っていた。

 龍宮が回復札をかなり使ってくれたとはいえ、昨晩はあれだけ派手に暴れ回ったのだから当然疲れもかなり残っていた。

 おまけに今、幻聴らしきものまで聞こえてきたのだ。

 エヴァとの会談が終わったら、今日こそゆっくり眠るんだとしょーもない決意を胸にする葵。

 

「んじゃエヴァん家行くか。とりあえず穏やかな話し合いになりますように……」

「念のために、にんにくとか十字架を持っていったらどうだい?」

「……効くのか?」

「嫌がらせにはなるな」

「なんで喧嘩売る方向に持っていってんだテメェ……」

 

 少し前のように、くだらない言い合いをしながら龍宮と隣り合って歩く葵。

 今までの日常でもあったこの緩やかな時間が、これからは希少な物になっていくのだろうと、葵は予感していた。

 

 先ほどまで頭に響いていた頭痛はなくなり、代わりに頭の中のどこかで小さな鈴の音が鳴っているような感じがした。

 

 小さく鳴り響くそれは、遠いどこかで鳴り響く警鐘のように、葵には思えた。

 

 

 

 

 

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