rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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タツミーをヒロインにしてみるテスト⑲

「ふん。誰かと思えば……。こんな時間に来るとは珍しいじゃないか」

 

 時刻は夜の8時。先ほどまでエヴァンジェリンの家では、葵と龍宮の二人を招いての食事会が行われていた。

 先日の戦闘においてエヴァは自分の負けを改めて認め、その後二人に共に食事を取ろうと誘いかけた。

 食事の間の会話はとても弾み、戦いにおいて使用された結界の模倣品についてや鉄扇の扱い方についての議論、この一カ月の葵の特訓の様子など多々に渡り、気が付いたらもう7時を過ぎており解散となった。

 従者が片付けていく様を見届けながら、エヴァはこれからの事――興味深い謎を多々持つ篠崎葵という存在にどうアプローチをしようか考えている所に『彼女』は訪ねてきた。

 

「大事な『お嬢様』を狙っている方の連中の片棒を担ぎかけて、逆に危険にさらす所だった事に対する悔恨に潰されそうになったか? もしそうなら教会にいけ。場違いにも程があるぞ」

 

 嘲るようにそういうエヴァに、対してその少女――桜咲刹那は、首を横に振ってそれを否定する。

 

「確かに、その気持ちはあります。付け加えるなら……お嬢様に危害を成そうとしている者たちの排除への一助となったあの人への嫉妬も……」

 

 

 

「ですから……教えてください。貴女程の人が目をかけた人間――『篠崎葵』について」

 

 

 

 

『Phase.17 麻帆良女子中等部3-A』

 

 

 

 

 麻帆良大橋での戦いが終わってから数日が経ち、日曜日を迎えた。

 この数日の間、葵は龍宮監修の元トレーニングに励み、時には古や長瀬といった人物と真正面から闘って自分のスキルを伸ばそうとしていた。

 当然のように毎日ボロボロになり、加えて部活も欠かしていない――欠かせないのだ。主に龍宮との追いかけっこという名の無駄に無意味な真剣勝負を回避するためにも。

 そんな数日を経ての初めての完全なフリーの日だった。

 今日は久々に食べ歩いてどこか新しいお店を発掘するかと、葵は小さなワンショルダーの鞄を背にしょって、連れとして誘っていた龍宮を迎えに龍宮神社へと向かっていた。

 

 一か月近く自分の訓練に付き合ってくれた礼として、ついでにどこかで奢ろうかと思っていたのだ。

 餡蜜が好きな龍宮だ。葵が行ったことのある店で、餡蜜を出していた店を数店浮かびあげ、今日の行き先に入れておく。一か月ほど龍宮神社に食事をお世話になっているので、今月分の出費はほとんどないに等しかった。

 龍宮神社の人達と、長瀬と古の分も何か買っていけばちょうどいいだろう。

 そんな事を考えながら、どこか軽い足取りで龍宮との待ち合わせ場所へと向かっていた。

 

 

――ハズだった。

 

 

「なんでお前がここにいるの朝倉」

「いやはや奇遇だね篠崎先輩! 偶然とはいえタイミングいいしこのままインタビューの時間に直行しようそうしよう!!」

「帰れぃパパラッチ」

 

 待ち合わせ場所にいたのは、そこにいておかしくない龍宮真名と、なぜか龍宮に腕をからませている麻帆良のパパラッチ――朝倉和美だった。

 キラキラと擬音が見えるんじゃないかと思う位綺麗な笑顔を浮かべて、空いてる手を葵に向けて振っている。

 

「すまない先輩。まさか見つかるとは思わなかったよ。肩を叩かれるまで気がつかなかった……」

「お前がそこまで接近を許すってどんな技能持ってんだこのパパラッチ……」

「あっはっはっは! ジャーナリストに不可能はないんだよ先輩!!」

 

 いや、ジャーナリストとかそういう問題じゃないから。

 笑いながらフランクに肩をバシバシ叩いてくる朝倉にそう突っ込みを入れたくて入れたくて仕方がない葵だったが、どうにかその言葉を飲み込む。

 

「というわけで先輩! 今日こそインタビューを!」

「断る! そもそも俺について何を聞くんだよ!!」

「いやはや、貴方について知りたいって人多いんだよ? ほら、直接手紙が来てるのもあるし」

 

 はい、と朝倉が一枚の紙をまるで黄門様の印籠のように突き出してくる。

 

 

 

『――匿名希望』

 

『初めまして。いつも麻帆良新聞を楽しく読ませていただいている者です。

 今回は、麻帆良の事なら調べられない事はないと言われている朝倉さんに

 調べて欲しい事があるんです。

 随分前の記事ですが、貴女が書かれた麻帆良大学バイアスロン部のついて記事を読

ませていただきました。

 特に部活内のエース『龍宮真名』様についての記事は何度も何度も読み返したくな

るほど素晴らしい記事でした正直たまりません。なによりあのお姉さまの凛々しさを

見事に表わした写真の数々などあれだけでご飯3杯――

 

(以下数行に渡り、お姉さま(龍宮)が如何に素晴らしいかの描写が続いている)

 

 失礼いたしました。話が少し脱線してしまいましたね。

 調べて欲しい事はただ一つ、同じ記事でお姉さまの相棒として書かれていた男の事

についてなんです。

 聞くところによると、春休みに入る前からあの男はお姉さまと一緒に長期部活休暇

を取っただの、お姉さまの実家の方から気に入られて一つ屋根の下で寝泊まりしてい

るだの信じ難い情報が耳に入ってきています妬ましい妬ましい(数行に渡り妬ましいが繰り返されている)。

 お願いです! どうかその男の弱点や一人になる時間帯を教えてください!! 出来れ

ば夜の行動パターンの方が――』

 

 

 

「調査依頼という名の闇討ち宣言書じゃねぇか!!」

 

 葵は朝倉からその手紙を奪い取るとクシャクシャと丸めて地面に叩きつけた。

 

「ちくしょうアイツか!? 龍宮から逃げ回ってた時に罵声かけてきたアイツか!? クソがっ、もう顔思い出せねェ!」

「ちなみに今のは三日前の奴ね。今日届いてたのは……ほらこれ」

 

 そういって朝倉が懐から取り出した紙切れを、今度は見もせずに丸めてもう一度地面に叩きつける葵。

 ほんの僅かに見えた箇所から『コロスコロスコロスコロス殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺』という文章にもなっていない怨念の塊が目に入ったからだ。

 

「情報を送り主に渡されたくなかったらインタビューに答えてもらおうか」

「脅迫してんじゃねぇよぶっ飛ばすぞ!!?」

 

 思わず頭を抱えて涙目になる葵。

 麻帆良の連中はこんなんばっかか!!? と叫ぶものの、龍宮にポンと肩を叩かれ「もう貴方も完全に染まってるんだよ?」と言われ、今度こそ本気で涙をこぼす葵だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけである程度の質問には答えてやるから、そっちのクラスついても色々教えてもらおうか」

 

「……なに先輩。タツミー以外の後輩にも手を出す気? うわー本人の目の前で大胆だねー」

 

「死ねパパラッチ。ケーキセット奢ってやるって言ってんのに何この扱い……? あと龍宮は俺の首に手を添えるの止めてくれ。なに? なんのアピールなのそれ……」

 

 あの後、龍宮と朝倉に割と本気で慰められた葵は気を取り直し、一応世話にあった事もある朝倉にも何か奢ってやるかと二人を伴って適当なカフェに入っていた。

 

「まぁまぁ、私も朝倉からみた自分のクラスの情報に興味があるし……どうだろう朝倉。引き受けてもらえないだろうか?」

「んー。そうだねぇ、タツミーにはたまに調査する時のボディガードも頼んでるし。先輩には飲食店関係の記事で助けてもらってるし……ん、おっけおっけ。んじゃあ先に先輩からの質問を引き受けようか」

 

 何を聞きたいの? と尋ねてくる朝倉に、葵は頭の中で聞きたい事に優先順位をつけ、

 

「3-Aは変わった人間の多いクラスだろう? その中で特に変わり種の人間について教えて欲しいな。あぁ、一応そうでない人達も軽く流す程度に情報を頼む」

 

 葵が3-Aの人間について尋ねたのは、これから先ネギと関わっていく際に必要な情報だと考えたからである。

 ネギとは従者契約をしてしまっているのだ。それに学園長からも彼の事を頼まれている以上今回の共闘が終わったからハイさよならという訳にはいかなくなったのだ。

 加えて、3-Aには長瀬や古、神楽坂といったとんでもない人間がいたのだ。ひょっとしたら他にもそういった人間がいるかもしれない。

 知ってどうしようと言う訳ではないが知っておいて損はない。そういう考えだ。

 

「……今何考えているかは分からないけど、大体葵先輩の考えは大抵上手くいかないんだよね。橋の一件といい私との追いかけっこの時といい……」

「だまらっしゃい」

 

 こっそり耳打ちしてくる龍宮に軽くデコピンを喰らわせてから、もう一度朝倉と向き合う。

 

「はいはい、相変わらず仲良いね。まぁ、それじゃ始めようか」

 

 朝倉はいつも自分の気になった事などをメモしている手帳を取り出してパラパラとページをめくり、薄緑の付箋が付けられたページで手を止める。

 

「麻帆良女子中等部3-A全員の情報ね……。あぁ、一人が長期欠席してて分かんないんだよね。欠席の理由も分かんないしさ。どう調べても出てこないんだよねー。皆写真以外では一回も顔見てないんじゃないかな?」

 

 よぽどその事が気に入らないのか、ペン先でこめかみを突きながら口を尖らせる。

 

「まぁいいや。クラスの中での変わり種だったね? そうだねー……。とりあえず有名どころだと――」

 

 朝倉も変わり種と言うことで厳選したのだろうが、名前を上げてみればやはり多くの人間の名前が出てきた。

 すでに知っている人間でも古菲、長瀬楓、龍宮真名に葵が一度学園長室で出会った桜咲刹那。麻帆良内では有名な武道派四人組『麻帆良四天王』の面々。

 とんでもない財力を持つ雪広財閥の次女、雪広あやか。

 成績優秀なマッドサイエンティスト、葉加瀬聡美。

 優秀な料理人として注目されている四葉五月。

 この学園の学園長にして理事長である近衛近右衛門の娘、近衛木乃香。

 詳細は不明だが、武道派の人間から一目置かれているエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 運動部で優秀な成績を残している数々の生徒等――。

 

「一癖二癖処通り越して奇妙奇天烈な人間ばっかじゃねーか……。一か所に集めすぎだろいくらなんでも……」

 

「あ、あははは。改めてまとめてみるとそうかもね……てかそうだわ。なんで当たり前と思ってたんだろう……」

 

「言っておくが朝倉。君も十分ずば抜けているからな?」

 

 葵にはかろうじて分かったが、龍宮の声には苦々しさが少し交じっていた。

 恐らく、先ほど朝倉の接近に気が付けなかったのが彼女のプライドか何かを刺激したのだろうと葵は推測を立てる。

 

「と、とにかくこんな感じだね。個人的に特別聞きたい人物とかいるのかな?」

 

 朝倉がそう尋ねると、葵は可能な限り詳しく聞いてみた。挙げられた人物それぞれの趣味嗜好。行動パターン。交友関係や所属クラブ。ネギ先生との関係は良好か等。

 役に立ちそうなものから、ひょっとしたら使えるかもしれないと思った事を片っぱしから聞いていく。

 

「――ふぅ、まぁこんな所かなぁ。例の欠席してる一人を覗いてはこんな所だね」

「ん? もう一人いる筈だろ?」

「へ? 一応30人全員簡単に説明したけど?」

「……31人じゃなかったっけ? 3-Aは」

「? 何言ってんのさ先輩」

 

 首をしきりにかしげながら尋ねる葵に、朝倉も同じように首をかしげている。

 

「葵先輩、私たちのクラスは30人の構成だよ。31人というと隣のBクラスと勘違いしているんじゃないかな?」

 

 横で餡蜜を口にしながら話を聞いていた龍宮が、補足するように口を出す。

 

「ええ? いや、だって――」

 

 それに納得がいかないのか、葵はしきりに自分が朝倉から教えてもらった情報をメモした手帳のページをめくり、何度も人数を数えている。

 

「? 要領を得ないな……。どうして葵先輩はウチのクラスが31人だと思ったんだい?」

 

 龍宮がその手帳を横から眺めながら尋ねる。

 当然、葵は龍宮とクラスメートに関して何度も話を聞いているし、人数が30人だと言うことも話していたので、龍宮は彼がクラスの人数が31人だという理由が少し気になっているようだった。

 

「いや……どうしてって――」

 

 

 

 

「――あれ?」

 

 

 だが、その質問に篠崎葵は答える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 色々と納得のいかない部分が出来たものの、3人でその後一時間ほど喫茶店で話し込んでから朝倉とは別れ、当初の予定通り二人で行動する形になった。

 次はどこの店に行こうかと二人で雑誌を広げて話し合う二人だが、時々龍宮が探るような視線で自分を見ている事に葵は気が付いていた。

 

「あー、なんか俺やらかしたか?」

 

 葵がそう尋ねると、龍宮は一瞬怪訝な顔をした後に、自分の視線の事かと理解したのか得心が行ったような顔になり。

 

「いや、先輩が何かをしたという訳じゃないんだが……。先輩、正直に答えてくれ」

 

 龍宮は真面目な顔で葵の肩を両手で掴むと、重々しい口調でこう言った。

 

「頭は色々と大丈夫かい?」

 

 …………。

 

「――あぁ、理解した。今俺は喧嘩売られているんだな? 売られているんだな? よぅしわかった、かかってこい!」

 

 あんまりな言い草に、思わず戦闘態勢になる葵。しっかりと腰に差してある鉄扇に手を添えてある。

 それに気が付いたのか、龍宮は慌てて手を横に振って否定する。

 

「あぁ、すまない。そういう事を言いたいんじゃなくて……」

「他にどういう捉え方出来るんだよ今の言葉で!!?」

 

 少し焦りを見せた龍宮だが、すぐにいつもの笑顔に戻り、

 

「エヴァンジェリンとの戦いが終わってから、先輩なんだか様子がおかしいだろう? さっきみたいに知識の食い違いがあったり、それを妙に正しい筈だと強く感じていたり……」

「あー。なるほどそれが気になってんのか……」

 

 鉄扇から手を放して後ろ頭を掻き毟りながら、どこかめんどくさそうな口調で言う葵。

 実際、自分でもよく分かっていない事を説明しろと言われているのだからめんどくさいといえばめんどくさい事だった。

 

「ほら、デジャブってあるじゃないか。初めてみたはずのものを前にも見たことがあるような気がするっていう奴。あれのもっとこう……強いというかリアルというか……そんな感じの感覚なんだよなぁ。いや、上手く言えないんだけどさ」

 

「ふむ……」

 

 葵の説明に何か思う所があったのか、顎に手を添えて考え出す龍宮。

 龍宮の凛とした横顔にほんの少し見惚れながらも、葵は葵で『デジャブ』という言葉で思い出した事があった。

 

「なぁ、龍宮、俺もお前に聞いておきたいことがあるんだけど」

「なんだい?」

「山での追いかけっこの時に、ものすっごい俺を警戒しだした時があったよな。あれ、なんでだ?」

 

 と葵が尋ねると、龍宮は困った様な顔をして、額に軽く手を当てる。

 

「あぁ、そのことか。いや、正直今となっては少し自分の目に自信が持てないんだけど……先輩はどうしていきなりその事を? もう山の一件からは随分と経ってるけど」

「いや、さっきのデジャブって言葉で色々考えてたら……。この間の戦いの時の事思い出してさ」

「戦いの時に?」

「あぁ。エヴァにあん時のお前と同じようになんかえらい警戒されてさ……」

 

 龍宮は、どう言おうか迷う様に何度か頭を揺らしている――様に見せかけていた。

 実際は、葵からは分からないようにこっそりと魔眼を発動させて彼の様子をうかがっているのだ。

 エヴァが警戒した何かに心当たりがあったから。

 魔眼を持っていないエヴァが気付いたと言う事は、『彼女』がその存在を強めて出現したという事だと気が付いたから。

 そしてそれを、葵に伝えれば何か影響が出るのではないか少し恐れていた。

 

「私の時は……ほら、先輩の動きがいきなり変わったからだね……」

 

 結局、龍宮は真実を言う事をためらい、違う言葉で御茶を濁した。

 なんとなくだが、言えば葵に何かが起こる。そんな直感が働いたのだ。

 

「動きがねぇ……。そういやエヴァもそれっぽい事言ってたなぁ。アイツにも一度聞いてみるか。変に身体に異常が出てたら悪いし……あれ、龍宮? なんで手を握ってくんの?」

「先輩、悪い所があったらちゃんと言うんだよ? 病院まで連れて行ってあげるから」

「おまえは俺のオカンか!?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まったく……この前は桜咲刹那。そして今度はお前かジジィ、さっさと帰れ。私は今忙しいんだ」

「なんじゃい随分と邪険にしおって」

「来るたびに人の秘蔵ワインを飲むからだろうが!! おい貴様何を勝手に椅子に座っているんだ殺すぞ!!?」

 

『お疲れ様です学園長。どうぞお召し上がりください』

 

「おぉう、すまんのう茶々丸ちゃん」

「茶々丸ぅーっ!? 何勝手にコイツをもてなして――しかもそれは私が残しておいたとっておきのワインじゃないか!!?」

『人をもてなす時は、それがいかなる相手でもいかなる時でも『闇の福音』に仕える者として恥ずかしくない最高のもてなしを行うのが従者としての心得だとマスターから教わったのですが……』

「それとこれとは別の話だアホーーっ!! ジジィ貴様も飲むならせめてもっと飲み方を勉強しろ! ワインは貴様が日頃飲んでる酒とはちが――あぁーーーーーっ!!!!」

 

 学園長がエヴァの家を訪ねたのは、もう日付が変わろうかという時間だった。

 普段ならエヴァはもう寝ている時間帯だったのだが、ちょうど葵について気になった事があったエヴァはある調べ物をしていた所だったのでまだ起きていた。

調べ物のため、リビングは少し散らかっている。

 学園長――近衛近右衛門は、茶々丸から受け取ったワイングラスをクイッと煽りながらその様子を一瞥する。

 

「しかし、珍しく散らかっておるのぅ。なんじゃこれ? ウチの女子生徒達の写真じゃないか……。いくら欲求不満とはいえ生徒には手を出すんじゃないぞ?」

「本当にブチ殺すぞ貴様は!!」

 

 今にも飛びかかりそうになる身体を必死の自制心で押さえたエヴァは、とび蹴りを食らわす代わりにそれまで読んでいたファイルを投げつけた。

 

「こちらにも色々調べることがあるんだよ!!」

「いや、ここ最近お主が何かを調べている事は知っておったがのぅ……なんで女生徒?」

「うるさい、こっちにも事情があるんだ。それよりさっさと用件を言え。繰り返すが貴様に構っている暇はないんだぞ」

 

心底不機嫌な声で唸るように声を上げるエヴァを、胡散臭い笑いで学園長はあしらう。

 その仕草が尚更感に触ったのか、学園長から目を逸らし、無造作に取り上げた書類のページを流し読んでいく。

 

「なに、お主に力を貸して欲しくてのう」

「断る。言っただろうが、暇ではないと――」

「篠崎君に関する事……じゃぞ?」

「……ちっ」

 

 ピタリとページをめくる手を止めて、苦々しげに学園長の方を見るエヴァ。

 それを見る学園長は「してやったり」とでも言いたげな笑みを浮かべている。

 

「話せ。大方、アイツとお前達の間の『取引』に関する事だろうが」

「ほう……。まるで、篠崎君がどういう話を持ちかけてきたか推測が付いておるようじゃのう」

「分かるさ」

 

 エヴァは、茶々丸がグラスに注いだワインに口を付けるのではなく、香りを楽しんでから言葉を続ける。

 

「アイツは記憶に拘っているように見えるが、実の所そうではない。本当に気にかけているのは『自分という存在の確立』だ。案外、魔法関係だけの記憶を失くすというのも、どこかで大丈夫だと思っていたのかもしれんぞ、アイツは」

 

 貴様もそう考えていたのだろう? と学園長に目線で問いかけると、彼は首を一度縦に振って肯定した。

 

「今奴が考えているのは、裏に関わる事になった自分の身の振り方だろう。裏に関わる人間で、奴が信じているのは龍宮真名だけだろう。立場があるうえに胡散臭いお前は言うに及ばず、今回知り合った坊やは少々頼りない……私も信用はされていても信頼はされていないだろう」

 

 まぁ、それでも吸血鬼を相手に一定の信用を置くというのは大した態度だが。

 内心で笑みを浮かべながら、エヴァは言葉を続ける。

 

「奴は恐らくこう考えている。今自分に必要なのは、身一つでどうにか立ち回れるように、『最低限の知識』と『多様なつながり』の二つを得ることが最優先だと。そうなると、奴がどこに目を付けるか推測するのは簡単だ。そうだろう?」

 

 エヴァは散らかっている書類のうちの一つを指し示す。

 調べる対象の都合上女性だけだが、この麻帆良学園に所属する魔法使い、及び従者のリストだ。

 

「奴は、この麻帆良学園にいる魔法生徒総勢700余名。ここに独自のパイプを作る事が目的だ。そこに貴様と取引をしたとなれば、大方そのパイプ間の主軸に坊やを引き込むことで麻帆良に坊やを縛りつける……そんな所か?」

 

 エヴァが自分の推測を話すと、学園長は懐から少々の厚みがあるファイリングされた書類をエヴァに寄こした。

 ファイルの表紙をめくると、そこには簡潔にその書類の内容と、その提出者の名前が書かれていた。

 

「まぁ、具体的にどうこうしろと言う訳ではないが、彼はきっとお主に色々と頼ることもあるじゃろうて……。力になってやってくれんかのう?」

「そうやって言質を取るつもりかクソジジィ……っ」

「ふぉっふぉっふぉ。あ、茶々丸ちゃんワインお代り良いかのぅ?」

 

『はい、少々お待ち下さい』

 

「何を勝手に承諾しているんだ! こんな奴には水道水で十分だ!!」

 

 一礼して再びワインを注ごうとする茶々丸を止めようと、ファイルを机に置いて立ちあがるエヴァ。学園長はそれを笑いながら眺めている。

 机の上には、開かれたままになっている書類が窓から入り込む風で静かに揺れていた。

 

 

 

―― 麻帆良学園『魔法生徒会』発足提案書   

 

 

 

―― 提案者  篠崎葵

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それで私に話が……」

「そういうことなんだ。どうだろう、頼まれてくれないかな? 彼もリストの中から君が適任だろうと言っていたし、学園長も君ならばと太鼓判を押していた」

 

 表向きは進路相談室となっている部屋で、一組の男女が向き合って椅子に座っていた。

 女生徒――高音・D・グッドマンは、自分の特徴でもある長く伸ばした金髪を軽く掻き揚げながら、ファイリングされている書類。ちょうど同じ頃に、エヴァが読んでいる物と同じ物に目を通していた。

 

「えぇ、大体のお話は分かりました。確かに、最近本国から送られてきている魔法教師がおかしいと言う事は承知しています。そして学園長が彼らを排斥しようとしている事も……。それに伴い、従来の教師-生徒間の師弟システムは崩れ、数が少なくなった魔法教師は、学園内外をまとめ上げるのに時間を割かれるでしょう」

 

 女生徒は、ここ最近の学園の流れに危惧を抱いていた一人であった。

 

「差し置かれる生徒達をまとめ上げるために、このような組織を運営するというのは私としても異存はありません――ですが」

 

 コホンッと一度咳払いをして、高音は言葉を続ける。

 

「学園長からの手紙によると、私は一度もお会いしたことない――それも魔法に関わったばかりの人を可能ならば補佐として引き入れて欲しいとありますが……信頼できるお方なのでしょうか?」

 

 不安そうに――いや、どちらかと言うと不信感に近い感情を僅かに滲ませながら高音は高畑に尋ねる。

 その問いに高畑は苦笑しながら、

 

「あー。彼は非常に評価に困る人間だからね……」

「あら、彼の事をご存じなのですか? こちらに関わったばかりと言うから、てっきり高畑先生も彼とは接触がないものと……」

「いや、この半年ほどで彼とは何度か会っててね。とても面白い子だよ」

 

 ちょっと、いや、かなり平然と無茶な事をしでかすけどね。と、苦笑しながらそういう高畑からは不信や不安というものは見えず、困った弟の話でもするかのような優しい雰囲気が感じられる。

 それに毒気を抜かれたのか、高音は一度ため息を吐き、髪に手櫛を入れながら

 

「分かりました。と言っても、一度本当に補佐として受け入れるかは本人――篠崎さんと会ってからになりますけど……」

 

 

 

 

「この高音・D・グッドマン。麻帆良魔法生徒会発足の活動、及び初代会長の任。しかとお受けしますわ」

 

 

 

 




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