「――なるほど。倒れていた所をここまで……。なんか、すみませんでした」
「いや、構わない。しかし、何があったんだ? 随分とボロボロだったし……気を失いながら手に届く草やらキノコやらを貪るほどに飢えていたようだし……」
全部俺の右腕と完全に同化しちゃった同居人の仕業です。
寝ているからわからないけど、多分俺の全身を操作できないほどに消耗してしまって、少しでも俺を回復させるために食えそうな物を手当たり次第に食わせたのだろう。
アイツに野戦の知識があったのかどうか問いただそう。まずはそこからだ。返答次第では久々に血まみれの殴り合いになるかもしれん。
「それで、ここは?」
「あぁ、江戸へと向かう道の途中だ――すまない、申し遅れた。僕の名は、柳生九兵衛。故あって、己の剣を高めるため旅をしている者だ」
「…………」
この廃刀令のご時世に、堂々と剣を持っている事を口に出来る人間は数少ない。
警察機構か、役人、あるいは――武家の人間か。
「あの、助けてもらった身でこういう事を言うのもなんですが……」
「うん?」
「実は自分、その、お尋ね者でして……表からも裏からも」
一瞬、このまま自分の事隠して偽名使って適当に別れようかとも思ったが、それはそれで面倒だし、なにより自分を助けた事で、恩人となる人に迷惑をかける事だけは避けたい。
「自分と共にいる所を見られると、少々面倒な事になるかもしれません」
最悪『じゃあ首持って帰る』って流れになるかもしれんが、その場合は紅桜叩き起こして斬り抜ける。
寝ていたせいで空腹感はあるが、ある程度ならばやれるだろう。最悪、紅桜本体だけならば抜く事が出来る。
剣の修業をしている人間ならば、俺だけじゃあまず勝てないのは目に見えている。
ただ、紅桜が右腕になってから身体の頑丈さも回復速度もおかしい事になっている。
斬られたり刺されたりしても、当たり所によっては大丈夫だろう。
「……ふふっ」
が、この小さい侍さんは顔を強張らせるどころか小さく笑うだけだ。
「話に聞いた通りか」
「……話、ですか?」
それまで正座してた九兵衛さんは、足を崩す。
「僕は少し前まで京にいたのだが、そこで君の話を耳にする機会があったんだ――名家の御息女を救った、紅い刀を振るう男の話を」
「……御息女?」
「やはり知らずに助けたのか」
京では基本、鬼兵隊の連中との斬り合いが主だった。
宿に泊まれば変な喋り方の侍が指揮する連中に包囲され、街から離れた森の中で寝てたらグラサンかけた三味線野郎に襲撃され、斬り落とされかけた右腕治すために隠れてたらアバズレピンクが襲ってきて、その間他には……あ、
「……ひょっとして、
「そうだ。君が救いだした女の子の家は、天人の入国に関する制限を強くするために色々と動いている家でな」
「それで嫌がらせをしようと?
どう見ても訳ありの俺を助けてくれた天人もいたし、手を貸さなくとも見逃してくれた奴もいる。
が、やはり厄介な天人というのはどこにでもいる。
そういう奴は大抵、身体自体が強い面倒な奴だ。
その女の子が絡んだ件で俺が関わったやつもそうだった。
見た目は人と変わらず、髭面の癖に肌が妙に綺麗で、そして夜なのに傘差してる奴だった。ぶっちゃけ女の子逃がすので精一杯だった。
おまけに通りかかった他の女の子に助けられる始末。どっかの花屋だか花畑の配達とか言ってたけど帯刀してて、しかもすんげぇ強かった。
(今思うと、あの騒動のせいで鬼兵隊に見つかった気がする)
「今では見廻り組分隊が警護についたので大丈夫だろう。もっとも、君の罪を減らすための嘆願は叶わなかった様だが……」
そんなことまでしてくれていたのか、あの女の人の家。
俺、ただ単に寝床探してたら現場目撃して殴り込みかけただけなんだけど。フルボッコにされただけなんだけど。
「攘夷浪士、比内葵」
片方を眼帯で隠した侍は、右目だけで真っ直ぐこっちを見る。
「実は、君の減罪をその家族から頼まれた」
「……へ?」
減罪って……できんの?
いや、そもそも俺にほとんど罪はないけど。どこかの大使だかなんだかをぶっ飛ばしたのはおそらく紅桜だけど、それ以外は基本あのアバズレピンク達に追いまわされてるだけだけど。
「さすがに確約はできないが、我が柳生家ならばあるいは、と。それで、いい機会だと僕も江戸に戻る事にしたのさ」
そう言って、侍――九兵衛さんは小さく笑った。
「つまり、僕が君の護送役と言う訳だ」
そして、その背に隠していた御膳をこちらに差し出す。
「食べておけ。江戸までの道は長い」
「いやちょっと待っ――」
これ、逃げる選択肢塞いで首斬られるか助かるかの二択になっただけだよね? しかも『あるいは――』とか言ってる時点で可能性かなり低いよね?
「逃げてくれるなよ?」
そう言おうと思った時点で、首元にひんやりとするモノを感じた。
――刃だ。
「あっはい。とりあえず……ご飯、いただきます」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『――で、幕府とつながりのある人間と共に江戸に向かう事になったと』
久しく食べていなかった上等かつバランスの良い飯を食べたおかげか機嫌の良かった紅桜の機嫌がみるみる悪くなっていく。
「……うん」
『…………』
みるみる悪くなっていく。
「……ごめんね♪」
『――――っ!!!!!』
重い空気に耐えられず、思わず口から出た言葉に、俺の右腕が俺の顔を殴り飛ばしに来た。
『お前は! どうして! こう! 全体的に! 駄目な子! なんだ!!』
「ちょ、へぶっ! 待っ、ぁぶっ! 腕を伸ばしてデンプシーロールは反則うべらぅ!!」
傍から見たら奇妙すぎる喧嘩(一方的)が繰り広げられる。
というか、自分の体が制御されている時点で勝ち目ほぼゼロだ。
「待って、待ってって!」
怒り狂う右腕を左手で掴みあげ、耐えられる一瞬の間に言葉をまくし立てる。
「そもそもしょうがないじゃん! 起きた時には既に確保されてたんだから!」
『いくらでも誤魔化しようがあっただろうが!』
「無理無理! 絶対無理! あれ最初っから気付かれてたって! テイクアウトした時点でもうバレてたって!」
『くそっ、まだだ……まだ手段があるはずだ。元のお前の情報と今のお前の情報、そこに決定的に違いがあれば――』
殴る手も首を絞めようとする手も止まる。そして、恐らくは考え事をしているのだろう。右腕がもはや腕の形を保てずなにやらうにょうにょとしている。
『よし、分かった。時が来たんだ』
そして、見なれた形――刀の刃になる。
『斬り落とせ』
「何をっ!!?」
『ナニだ』
「ふざっけんな!」
抜き身の刃を掴みあげる。当然手のひらは血まみれだが、ぶっちゃけいつもの事だ。もう慣れた。
『もういいだろう。そもそも女の私の半身が男というのがおかしかったんだ』
「おかしくねぇよ! なんにもおかしくねぇよ! 俺とお前の仲じゃん!?」
『毎回毎回、お前の体を支配する時に感じる股間の違和感に涙が出そうになる私の気持ちが分かるか? ん?』
「知らねーよ! それ言うなら死にかかってたお前の拠り所になったんだからもうちょい感謝しやがれ!」
『お前もいい機会じゃないか。いつも女と間違われていただろう? ここでスパッと』
「いかねーよ!? まだ一回も使ってないモン斬り落とすわけにゃいかねーだろ! 新兵のままなんだよ!?」
『女になれば立場が逆転するぞ』
「やかましいわっ!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「攘夷浪士、比内葵」
若き柳生家次期当主――柳生九兵衛は、拾った男とは別に取った部屋で食事を取った後、一枚の写真を眺めていた。
拾ったお尋ね者の写真だ。
「……女みたいな男、か」
写真だけだと、どう見ても女である。
というか、実際に目で見ても男装した女にしか見えなかった。声も女性のそれと変わらなかった。
乱雑に開かれたその胸元を見て、初めて男だと理解できた。
どこか親近感を覚え、そしてどこか嫉妬を覚えた。
同時に、強い興味も。
「あの男――」
そして九兵衛は、自分の右手を掲げ、その平を見つめる。
「触れたな……僕でも」