rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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【魔法先生ネギま!】タツミーをヒロインにしてみるテスト外伝
タツミーをヒロインにしてみるテスト外伝1-①


 篠崎葵にとって、病院関係を除いて麻帆良の外に出るのはこれが初めてだった。

 いや、麻帆良の外に出かける事だけではない。

 自分が意識を回復させてから初めての長期休暇で、初めての旅行になる。

 もっとも、正確には旅行ではなく所属している部活動の合宿なのだが……。

 

「おや、どうしたんだい『篠崎』先輩? 悟りでも開いたような顔で外を眺めて」

 

「どんな顔してたんだよ俺は……」

 

 物思いにふけっていた所に突然横から訳の分からない事を言われ、葵はなんとなく髪を手で押さえながら呆れたように溜息を吐いた。

 

「いや、考えてみれば全てが初めて尽くしの事だなってね」

 

 目的地へと進む快速電車の中で、席に座って外の眺めを楽しんでいた葵に訳のわからない事を言いながら隣に腰を下ろしたのは、もはや篠崎葵の相方として認識されつつある女生徒――龍宮真名だった。

 

「あぁ、そうか。先輩にとっては確かにそうだね」

 

 龍宮も、言われて初めて気が付いたという風に少し驚いて相槌を打つ。

 

「ふむ、それならしっかりと楽しむといいさ。今から行く所は去年も合宿で使わせてもらったんだが、あそこの鍋は絶品だよ。味にうるさい篠崎先輩もきっと気に入るさ」

 

「ほほう。言ったな龍宮? 期待に添えなかったらどうする?」

 

「ふむ、その時は……以前先輩が朝倉に書かされた記事の中で絶賛していたレストランでディナーを奢らせてもらおう。どうだい?」

 

「……乗った」

 

 葵がそう言うのと同時に、二人を互いの拳を軽くぶつけて静かに笑いあうと、肩を並べて流れていく外の景色を楽しむ事に専念しだした。

 時期は冬休み――葵にとては、今の自分になってから初めての長期休暇である。

 二人は、外部部員として所属している麻帆良大学バイアスロン部の強化合宿に参加していた。

 

 

 

 

 

 

 

『外伝1 彼と彼女の最初の事件-1』

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いた駅からバスに乗り換えて揺られる事30分と少々といった所だろうか。

 ようやくたどり着いた宿は、中々に立派な宿だった。正直、宿というよりも小さい旅館といった方が正しいかもしれない。

 

「佐々木副部長の親戚が経営してるらしいよ。おかげで貸し切り料金が少し割り引かれているんだって」

 

「それでか。温泉付きの宿で三食付いてあの料金は安いと思ったよ」

 

 それぞれのスキー用具と練習用のエアライフルが入ったバックを肩に担ぎ、着替えなどが入った荷物を反対の手に持ちながら二人は旅館の前に降り立った。

 少し離れた所では、部長の芹沢が自分の班――麻帆良大学部活生の点呼を取ろうと集合をかけている。

 大学の部活動と言うことで人数がそこそこに多いこの部活では、大学に所属している人間と外部の人間で別けられる事が多々ある。今回は麻帆良大学の部活生は部長である芹沢が率いる事に、そして龍宮や葵達外部の部員を担当するのは――

 

「おーし、お前ら集まれぇ! 点呼取んぞぉ!! お前達外部組の責任は全部俺が受け持っているんだからなぁ!! ちゃんと俺の事を頼れよぉ!!」

 

 パイアスロン部の鬼軍曹――もとい、鬼コーチとして名高い副部長。佐々木直人副部長だった。

 佐々木は、常日頃から鬼コーチのあだ名通りに熱血系の暑苦しさを持っていたが、今日はどういう訳かいつもにも増して気合いが入っていた。

 具体的に言うと、下手をしたら背中に炎が具現化するのではないかというくらいの入りようで……。

 

「うわぁ、気合い入ってんなぁ鬼軍曹。一体どうしたのさ?」

 

「あぁ、多分理由は……彼女じゃないかな?」

 

 妙に気合いが入っている副部長を尻目に、龍宮が目線で副部長の後ろの方を指し示す。

 そこには、数人の着物を着た女性たちが静かに立って軽く頭を下げて合宿生を出迎えていた。

 

「あの一番端っこの女性――そう、髪を結い上げているあの人。佐々木先輩が絶賛片思い中の女性みたいだよ」

 

「まじでか……」

 

「あぁ、先ほどのバスの中で何人か女子生徒がこっそり話しているのを聞いてね。旅館の従業員に惚れているって結構な噂だったらしい。それに佐々木先輩もやけに彼女からの視線を気にしているよ。ほぼ間違いないだろう」

 

 そう断言した龍宮の言葉を聞いた葵は、真剣な顔で龍宮の肩に手を乗せ、真っ直ぐに龍宮を見据えて口を開く。

 

「……龍宮」

 

「任せてくれ。副部長と彼女の関係に関しての情報はすでに集め出している。合宿が終わるまでには詳細な情報を提供しよう。報酬は満天堂の餡蜜セットでどうだい?」

 

「……くっくっく。さすがだな龍宮。その取引、乗ったぞ」

 

「ふふ。先輩に褒められるとは光栄だね。よし、契約成立だ」

 

 『つー』といえば『かー』と言わんばかりの意思伝達を軽々と行う二人。

 いい弱みを握ったとばかりに邪悪な笑みを浮かべる葵と、それに同調するかのように笑みを浮かべる龍宮。

 いろんな意味でいつも通りに絶好調な二人だった。

 

 龍宮から得た情報次第では、日頃のシゴキの復讐として佐々木が恥ずかしさで悶え死ぬまでからかい尽くしてやろうかと、頭の中で計画を練りながら点呼のために二人は整列しだす。

 ふとその時、偶然葵は旅館の隣に生い茂る深い森の方に目をやった。

 

「……ん?」

 

「どうしたんだい先輩?」

 

 ふと、今度は葵が龍宮に声をかけて目線で森の方を示す。

 

 そこには、中々に珍しい――まるで降り積もった雪の色が溶け込んだのではないかと思うほど綺麗な白い髪を持つ同じ相貌の二人の少年――双子だろうか――がじっと、片方はもう一人の子の背中に隠れるようにしながら葵達合宿参加者達を覗き見ていた。

 

「珍しいね……。アルビノかな?」

 

「さぁな。この旅館の子かな? かなり目立つから気になっただけだけど……」

 

「ふむ……」

 

 二人がそうこう会話をしている間に、背中にもう一人を隠していた子が森の中へと姿を消し、隠れていた方もそれに続いてチラチラとこちらを見ながら姿を消していった。

 

「おろ、行っちまったか。何度か目が合ったから怖がらせたかな?」

 

「まぁ、旅館の子だったらまた会うことになるだろうさ。なんだったらその時に謝ればいい」

 

 ちょうど龍宮がそう言った時に、点呼を終えたのだろう。副部長が荷物の置き場について説明を始めたので大人しく葵と龍宮は話を聞くことにした。

 この後は荷物を置き、ライフルの管理の説明等があった後に自分達の部屋に移動、しばし自由行動といった所だろう。そう二人は考えていた。

 

 つまり―― 無駄に気合いが入りすぎた副部長が、まさか荷物置き場の説明と部屋の説明だけで15分近くも使う事になるなどと言う事は、さすがに考えてもみなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 満たされる緑の液体。

 

 まるで立体迷路のような複雑な形の水槽。

 

 仄かに見える電球の明かり。

 

 照らされる壁のシミ。

 

 

 こうしてここに存在し続けて、どれほどの月日が経つのでしょう……。

 今日も私は、代り映えのしない光景をただじっと眺めている。

 もはや考えることも段々と面倒だと感じるようになりつつある。

 なぜ、今の自分には『彼』に言葉を伝える事が出来ないのだろう。

 一言。たった一言『彼』に伝える事が出来れば、全てが終わるのに……。

 

 

 

 その一言がこんなにも遠い。

 

 

 

 

 

 

――もう、いいんです

 

 

 

 

 

 

――もう……いいんです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――名前は古波(こなみ) 涼奈(すずな)。年は20歳。この旅館に勤め出したのは今年の夏からみたいだね。佐々木先輩とは、お盆でここに帰った時に初めて会ったらしい。仲居さんの話だと、その時にガチガチに緊張しながら彼女と話していたと……」

 

「ほほう、周囲にバレバレの一目惚れかぁ? 家族にもバレてるっぽいなぁ」

 

「恐らくね。詳しい情報はもう少し待っていてくれ。具体的には佐々木先輩とどういう会話をしたとか、彼の反応はどうかとかだね。ちなみに早速二人で話しているようだよ」

 

 

 合宿の初日は旅館の説明と、自分達の道具のチェック、雪の状況の確認を兼ねた簡単な基礎トレ等で終わり、今は自由時間となっている。

 夕食――今日は期待していた鍋ではなく、普通の和食だった――を終わらせてから葵はすぐに風呂に入り、その後部屋で同室の男子生徒とだべっていた所、龍宮からメールで呼び出されたのだ。

 

 今は旅館のロビーで、龍宮と共にセルフサービスの日本茶を啜りながらゆっくりと寛いでいる。

 ロビーには、龍宮達が座っているソファーのそばにある売店の店員とロビーカウンターのスタッフ以外は人が見えず、静かに流されている三味線などの弦楽器の音楽と備え付けのテレビの音だけが鳴り響いていた。

 葵達は、ソファーの横のガラス張りの向こうに広がる綺麗な庭を眺めながら会話をしていた。

 龍宮もすでに入浴を済ませていたらしく、今は二人とも備え付けの浴衣と、その上に羽織を着ている。

 

「しかし、さすがは龍宮。もうそこまで調べたか」

 

「朝倉に比べるとこういった事は大分劣るんだけどね。彼女は情報系となるととんでもない能力を発揮するから……」

 

「朝倉だからなぁ……」

 

 葵は、妙に人懐っこく自分と龍宮に絡んできて色々――主に龍宮とはどういった関係かといった事をカメラ片手に根掘り葉掘り聞こうとしてきたゴシップ好きの女子生徒の顔を思い出して、苦笑を浮かべる。

 最近では自分が趣味で始めた麻帆良の食べ歩き記録のブログに興味を示して、無理矢理自分を報道部まで引っ張っていって度々飲食店関係の記事を書くように頼みこんでくるのだ。

 

「まぁ、それはさておきだ。どうだい先輩? 合宿はしっかりと楽しめているかな?」

 

「合宿初日にその質問には向かないと思うんだがな。まぁ、結構楽しめているよ。麻帆良の人工雪とは違って本当の雪の上で走れるんだからね。まぁ――」

 

 まぁ、出来る事なら走るんじゃなくて滑りたかったけど。と内心で付け加える葵。

 パイアスロンでは、一応スキー板をつけるが、滑り降りるというよりは滑り走るといった方が近いかもしれない。なにせ、雪が積もっているとはいえトラックの上を走るのだからだ。

 それを龍宮は察したのか、押し殺したように小さく笑い声をあげる。

 

「パイアスロン部の合宿だから仕方ないさ。……あぁ、一応最終日の時には、雪の調子と相談しながらだけど普通のスキーを楽しめるみたいだよ。さっき芹沢部長と佐々木副部長が話しているのをちらっと聞いたんだ」

 

「おぉ、まじでか! グッドニュースじゃないか」

 

 純粋にスキーを楽しめることに喜びを隠し切れていない葵の様子に、龍宮はほんの少し頬を緩めて、しばしその顔を観察する。

 ほうじ茶を啜り一息ついた葵は、そこでようやく龍宮の視線に気が付く。

 

「おい、なんだその生温かい目は」

 

「いやいや、先輩を無理にでも合宿に引っ張って来たのは正解だったなぁと思っていた所さ」

 

 龍宮が言った通り、元々葵はこの合宿に参加するつもりはなかったのだ。

 この冬休みの間に、自分の記憶のヒントを探すために一人で京都へと向かうつもりだったのだが、龍宮からの熱心な誘いのために予定を変更して、この合宿へと参加している。

 やけに熱心に誘ってくることから、葵は日頃何度か龍宮に記憶を失くしてからの人間関係などで愚痴を言っていた事などを思い出し、それで心配してくれているのかと思い、素直に合宿に参加する事にしたのだ。

 なにより、友人が誘ってくれるということ自体が、葵には何よりもありがたく、嬉しいものであった。

 

 

 実際の所、龍宮が葵をこの合宿に誘った理由は、それも確かにあったがそれほど強い理由とは言えなかった。龍宮が重要だと考えていたのは二つ。

 一つは、『とある理由』から彼を京都へ行かせるのはまずいと思った事。

 もう一つは、彼女も一度親しい友人――親しい仕事仲間ではなく。だ――と共に旅行をしてみると言う事に惹かれたのだ。

 

 龍宮にとって篠崎葵という男は、初めて会ったときに自分が重大な厄介事を隠していると察しながらも踏み込みすぎず、加えて気楽に付き合ってくれるという中々に貴重な友人だった。

 

 さらにもう一つ付け加えるのならば身長だ。

 

 自分よりも低いとはいえ、それほど篠崎葵と龍宮真名は身長に差があるようには見えなかった。

 クラスの友人相手に話す時は、いつも下を向いて話すものだから、普通に肩を並べて話す事が出来る友人というのは、些細なことではあるものの中々に嬉しい事だった。

 

 要するに、龍宮真名は篠崎葵をかなり気に入っているのだ。

 

「まぁ、いい経験になってるよ。気分転換にもなっているし、そういう意味ではお前に感謝だな」

 

「ふふ、そうか。それはよかった。なら感謝の印としてお代りをもらおうか」

 

 そういってスッと空の湯のみを差し出してくる龍宮。それを葵は「先輩を顎で使うとはいい度胸だ」と不敵に笑いながら受け取る。

 ほんの数ヶ月の付き合いだというのに、先輩後輩の間柄とは思えない気安さを見せる二人。これこそが、彼らがコンビとして見られている最大の理由だった。

 

 龍宮の湯呑みを受け取って立ちあがり、ポッドの置いてあるテーブル台まで歩いていく。

 二人分の湯呑みにお茶を注ぎ終わると、運ぶための小さなお盆にそれらを乗せ席へと戻ろうとする葵。

 ふと龍宮の方に目を向け、そのままその後ろの小さな庭園――ちょうど龍宮が今眺めている所へと目を向ける。

 

(……あれ?)

 

 その時、ちょうど葵は気が付いた。

 庭園の更に向こう側。客室へとつながる廊下、そこの2階へと上がる階段の所から、今日見かけた白い髪の子供がこちらを――自分を覗き見ている事に気が付いた。

 

(おかしいな。今日は貸し切りのはずなんだけど……。スタッフのお子さんだったのかな?)

 

 そのまま元のテーブルに戻ろうと一歩踏み出すのと同時に、その白い髪の男の子は廊下の奥へと姿を消してしまった。

 後ずさりで、じっと葵を見つめながらだ。

 

 

 

「……なんだぁ?」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 麻帆良大学パイアスロン部の副部長――佐々木直人は、今幸せの絶頂の中にいた。

 

「――それで龍宮って奴が篠崎の奴を追いかけだしてな。篠崎の奴は猫みたいに塀の上を走ったり狭い所をバッタみたいにピョンピョン飛び跳ねながら逃げてなぁ」

 

「あはは。相変わらず直人さんの回りには面白い人がいますねぇ」

 

 なにせ、意中の女性と二人きりで話しているのだから。

 今佐々木がいるのは旅館の従業員用の休憩室。名前の通り、ロビーカウンターの奥に設置されているスタッフ用の休憩室である。

 そして、佐々木の目の前にいる女性は、彼が一目惚れした相手だった。これほど嬉しい状況はないだろう。

 

 佐々木が彼女と出会ったのは今年の夏。忙しくなる盆の間の手伝いのために帰って来た彼を最初に出迎えてくれたのが古波だった。

 そもそも容姿からして佐々木の好みにストライクだった。背中まである黒い艶のある髪に、かなり薄めの――それでも映える化粧。和服を着た時など、それらが全て相乗効果で綺麗に見えたのだ。

 

 家にいる間は多忙な両親に代わって甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれ、仕事もテキパキとそつ無く真面目にこなし、自分の話をキチンと聞いて一喜一憂してくれる――そんな古波に佐々木はどうしようもない位に惚れてしまった。

 それはもう周囲から見て一目瞭然な位である。

 

「それにしても、その篠崎さんと龍宮さんって本当に仲が良いんですね。直人さんも、お二人の話をする時は本当に楽しそうに話しますよね?」

 

「あ、あぁ、うん。まぁ……そうだな」

 

 少し小首をかしげながら、古波は微笑んで佐々木に確認を取るかのようにそう尋ねる。

 葵と龍宮の事を楽しそうに話しているのは間違いないけどなぁ。と、佐々木は内心で頬を引きつらせながらそれを肯定する。

 なぜ佐々木が二人の会話をするかといえば、単純に古波の食い付きが良いからである。

 元々、ほんの数ヶ月の間に多くの話題を麻帆良に提供してくれた葵と龍宮のコンビだ。当然のことながら話題は尽きない上に、惚れている女がその話題を一番楽しそうに聞いてくれるとなれば、話さずにはいられないのが恋する(初心な)男の子というモノだった。

 

「まぁ、実際に仲がいいしなぁ。ほら」

 

 先ほどから視界に入っていたソレ。ロビーで何かあった時にすぐ分かるようにと、マジックミラーとなっている小窓。佐々木は目線で古波にそこを覗くように促す。

 そこからは、ソファーに座って仲睦まじく話し込んでいる葵と龍宮の姿が見る事が出来た。

 ちょうど今、葵がお盆に湯呑みを二つ乗せて席に着いた所だ。

 会話の内容は聞こえないが、かなり楽しそうにしている。

 二人とも、口数が多い時はとても多いが、話さない時は本当に話さない人間だ。

 普通ならば人が複数いて静かだと、何かあったのかと邪推してしまうもの――それが中・高校生といった思春期まっさかりの中だと尚更だ――だが、あの二人は妙にそれが似合っている。

 たまに佐々木も街で二人を見かける事があったが、その大体がどこかの喫茶店で静かにお茶を啜っていたりして過ごしている所だ。

 

「本当に仲が良さそうですね。見ていて羨ましくなるほどに」

 

 古波は手で口元を隠しながら上品に笑いを隠すと、再び佐々木にその魅力的な笑みを向けて一つの提案をした。

 

「機会があったらあの人達ともお話してみたいです。4人で……だめですか?」

 

「…………」

 

 

 恋する男の子は、惚れた女の願い事に頷く以外の選択肢を持ち合わせていない様だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 バイアスロンとは、専用のスキー板を履いた状態で一周1.5kmもしくは2.5kmのトラック規定周回数滑り走る――つまりはクロスカントリースキーだ――という行動に、(基本的には)距離50mの射撃要素を付け加えたスポーツである。

 元々は軍隊の雪中行軍訓練として行われていたものが、スポーツとして行われるようになったのが始まりである。

 トラックを規定数周回した時のタイムに加えて、射撃で外した弾の回数だけペナルティとしてトラック数か、あるいはタイムが加算されるという競技。

 当然のごとく射撃力が要求されるスポーツだが、たとえ射撃が苦手であっても足で稼ぐタイプの選手も多くいる。

 その中で、副部長である佐々木は射撃力よりも走力、脚力を重視するタイプであった。

 当然、その訓練もまた脚力やスキー技術に偏りを見せており――

 

「と、いうわけでまずはこの丸太を担いで走ってもらおうか篠崎」

 

「どういう訳なのか説明した後にそのまま死んでくれ佐々木コノヤロー」

 

「お前なら出来る! 大丈夫だ俺を信じろ! 熱くなれ!! なるんだ篠崎!!」

 

(佐々木副部長、惚れた女に練習見られているからってここまで暴走できるものなのか……)

 

 合宿は無事に二日目を迎え、練習は本格的なものへと変わっていった。

 基礎である体力トレーニングに、スキー板をつけずに普通の走りこみ、その後にライフルを担いだ上でスキー板をつけてまた走り込み、そのまま立射と伏射の練習に入る。

 ここまでが基本的な訓練で、その後は能力に応じて自分が足りないと感じている所の補強に時間を当てられる。

 何人かいる教官役の生徒(要は麻帆良大学の上級生)が、射撃・走り込み・総合とそれぞれ役割分担しており、自分の好きな練習を各個行うといったものだった。

 

 ちなみに龍宮は、葵と共に走り込み担当の佐々木に引きずられ、ほぼ強制的に走り込みに参加させられている。

 他の合宿生は、気合いが入りすぎている佐々木にドン引いて違う教官役の所へと言っているため、たった三人での訓練となっている。

 理由は言わずもがな――

 

「三人とも頑張ってくださーい! あと少しで昼食の時間になりまーす!!」

 

 佐々木が、惚れた女に興味を持たれている二人を自分が引っ張っているという所を見せつけたいからである。

 ちなみに、古式はさすがに外に着物では寒いのか、服装はパンツルックの私服に旅館の名前がプリントされている分厚いジャケットを羽織っている。

 

「よぅし聞いたか龍宮・篠崎ぃっ!! 飯に入るまでに一度倒れる覚悟で走り込むぞぉ!! トラック20周追加ぁっ!!」

 

「ちょっと待てっつってんだろーがボケェェェェェェッ!!!!」

 

 余りの理不尽さに、思わず佐々木にスキー板を外した右足で上段蹴りを決める葵。それを龍宮は「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめながら見ているだけだった。

 蹴り倒された佐々木は、トラックのすぐ横の新雪が積もっていた場所に自分の人型を残しながら起き上がり、スキーウェアの襟に溜まった雪を指で掻き出しながら葵を罵倒する。

 

「てめ、篠崎! 蹴り飛ばしやがったなぁ!?」

 

「あぁ蹴るね! もう一回蹴るね! 何度でも蹴るね!」

 

「暴力は犯罪なんだぞ! いけないんだぞ!!?」

 

「その言い方やめろ気持ち悪いんだよ! そもそも拷問まがいの訓練押し付けてるお前の方が犯罪だろうが!!」

 

「犯罪なわけがあるかぁ! これが犯罪か!? これのどこが犯罪だ言ってみろどーこが犯罪だ!!」

 

「なに開き直ってんだこの色ボケェ!!」

 

 その言葉がきっかけとなった。

 少し離れているとはいえ古波が見ている事を両者共に忘れて、上等だコノヤローやんのかコノヤローと互いに罵り、掴み合いの喧嘩(いつもの事だが)になる。

 そして、そこで500円玉が風を斬る音がするほどの威力で両者の顎を撃ち抜いて大人しくさせるのが龍宮の仕事だった。(やはりいつもの事である)

 

「まったく……貴方達はいつもいつも飽きもせずに……」

 

 こめかみの辺りを押さえながらぼやく様にそう言う龍宮は、倒れている二人をしばらく放置することに決めた。

 ちょうど古波も様子が気になったのか、こちらへと近づいていた。

 

「あの、お二人とも大丈夫なのでしょうか?」

 

 心配そうな声で――実際心配しているのだろうが――尋ねてくる古波に、龍宮は首をコキッと鳴らしながら返す。

 

「あぁ、いつもの事だから大丈夫だろう。いや、本当に……喧嘩するほど仲がいいを体現したような二人だからね」

 

「……そうですね。直人さんがいつも楽しそうに話していますもの、貴方と篠崎さんの事」

 

「おやおや。副部長は私達の事をなんと?」

 

 龍宮の問いかけに、古波はクスリと小さく笑ってそれに返す。

 

「麻帆良一の『どたばたコンビ』ですって」

 

「どたばた……」

 

 雪面に倒れている副部長の後ろ頭を踏み抜いてみたいという欲求を抑えながら、龍宮を会話を続ける。

 

「ぐ、具体的にはどういう事を?」

 

「そうですね。篠崎さんが龍宮さんと出歩くと、3回に1回の割合でなにか起こるとか」

 

(……間違ってはいない)

 

「街を歩く時は二人でいる事が多いから恋人同士と思われているとか」

 

(……まぁ、確かにそれも間違っていないが)

 

 正しい知識をキチンと伝えて修正しようと身構えていた龍宮だったが、そのどれもが一応事実ではあるために修正のしようがなかった。

 

「もう篠崎さんは完全に龍宮さんの尻に敷かれているとか――あの、龍宮さん? なんで直人さんの頭を勢い付けて踏みつけたんですか? 雪の中にすごいめり込んでいますけど……」

 

 もっとも、事実だからと言ってそれを広めることが許容できるかどうかというのは別問題である。

 

「あぁ、大丈夫だよ。これは強力な気付けの一種でね。もしそんな機会があったら是非彼にやってみるといい。きっと副部長も喜ぶさ。ちなみにオススメは床の上だ」

 

 邪気を欠片も見せずにこやかにそう言い切る龍宮に、古波は信じたのかあるいはただ流しただけか、笑顔で頷くだけだった。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「ぬぉぉぉ……脳が……世界が揺れているぅぅぅぅぅ」

 

 葵が目を覚ました時、龍宮と古波はどういう訳か仲を深めたらしく楽しげに会話をしていた。

 恐らくはまた龍宮にやられたのだろう、脳を揺らされた時におこる独特の不快感が頭に残っている。頭を押さえてその場でのたうち回る葵。

 副部長は、どういうわけか自分の隣で頭から雪の中に頭を突っ込んで倒れていた。

 

(とりあえず引き戻しておくか)

 

 そう思うや否や、葵は佐々木の首根っこを引っ掴んで雪の中から引き抜いた。

 

「お、おぉ……篠崎か」

 

 引き抜いた時に覚醒したようだった。佐々木はしきりに首元をさすりながら辺りを見回している。

 

「危なかった。あと少し気が付くのが遅かったら、俺はきっとあの川を渡っていたぞ。なんか船頭さんは居眠りしてたんだが……」

 

「どーいう夢見てたんだよ」

 

 思わずジト目になりながら一応ツッコミを入れる葵。先ほどまでの喧嘩はもはやどうでもよくなっていた。

 とりあえず二人揃って態勢を直してスキー板を外し、並んで雪面の上に体育座りをしている。

 

「なぁ篠崎……寒いな」

 

(そりゃ首から上が雪ん中に埋まってたしなぁ)

 

 内心で呟きながら、適当にそーですねーと答える葵。

 

「まぁ、それは置いといてだ。仮にもウチの従業員の古波と初めて会ったはずの龍宮がなんであんなに自然に話せているんだ? 納得いかん。俺が話せるようになるのにどれだけ苦労したと……」

 

 半ば本気で憤りを感じているっぽい佐々木に、とうとう女相手に嫉妬するまでになったかと、こっそり距離を空ける葵。なんというか、この合宿中はこの男に関わるのは危険だというのは感じていたが、今それを実感と共に理解できた気がする。

 なにやらその後もすごい恨み言やら惚気やら弱気を延々と語る佐々木(たまになぜか龍宮や葵にまで言及していた)の独り言に近いそれを適当に葵は流していた。

 

(なにはともあれ。惚れているってのは確定か。鬼軍曹に恋愛……ねぇ)

 

 似合わないと思う。激しく思う。この男についていける女性というのが一人も思いつかない。まぁ、麻帆良の女性の中には突飛な行動力を持った人間は何人かいるが……。

 

(それを言うなら自分もか。誰かと付き合っている姿って言うのが全く想像できん)

 

 記憶を失くす前には、自分にも彼女がいたらしい。というよりいた。なにせ、麻帆良に戻って一週間後に互いに泣きながら喧嘩して別れたのだ。

 葵からすれば訳も分からず貴方の彼女と言われて、あげくに別人扱い――実際否定はできないのだが――されたのだ。

 今にして思えばもっと穏便に済ませることもできたし、そうするべきだったと思う。

 だが、あの時は一番情緒不安定だった事も手伝ってその場で振ってしまったのだ。

 いや、振るどころか、手を上げてしまったのだ。

 

 その結果として、今の葵はクラスで微妙な立場にあるのだが……。

 

(人を好きになるのも好かれるのも……大変なんだろうなぁ、きっと……)

 

 どうやら感極まって来たらしく、微妙に目じりを雪ではない何かで濡らし始めた佐々木にやはり適当に相槌を打ちながら、葵はこちらに気が付いた龍宮に軽く手を振って立ちあがった。

 

 少し離れた空を見上げると、それまでの快晴とは打って変わって薄暗い雲が立ち込めていた。

 午後からは降るかもしれない。

 ふとそんな事を思いながら、葵は腰についた雪を手で払って軽く身体を伸ばす。

 足元では、未だ佐々木が何かぼやいている。

 

 

(なんというか……忙しくなりそうなんだよな。いろんな意味でさ)

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 貴方はこんな私を愛してくれました。

 貴方は今も私を愛してくれています。

 

 

 それは理解しています。

 それは嬉しく感じています。

 

 

 信じられないほどに。

 例えようがないほどに。

 

 

 だからこそ泣き出したい。

 だからこそ問い詰めたい。

 

 

 

 

 どうしてまだ私を愛しているのですか?

 

 

 

 

 

 どうしてあの子を愛してくれないのですか?

 

 

 

 

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