rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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タツミーをヒロインにしてみるテスト外伝1-②

「頼む篠崎、龍宮! お前達の力が必要なんだ!!」

 

 二日目の合宿も無事に終わり、夕食までの間自由時間となった。

 本格的な練習が始まったために、中々に疲労が溜まっていた葵は浴場近くのリラックスルームで龍宮にマッサージをしてもらっている所だったのだが、そこに突然現れたのが佐々木である。

 佐々木はリラックスルームに入るやいなや、そのまま土下座までしそうな勢いで葵達に頭を下げている。

 

「いや、ちょっと待て佐々木副部長。力を貸せと言われてもサッパリ分からん。というか人目をむっちゃ引いているんだが……」

 

 練習後ということで、リラックスルームに設置されているマッサージチェアを使おうとしていた合宿生は非常に多く、部屋の中で順番待ちをしていた。

 葵もそれを待っていようかと思ったのだが、龍宮の提案で隅っこの普通に椅子に座って彼女に首や肩、腕を揉んでもらっている。

 順番待ちの合宿生の目が集まる中、龍宮は静かに、

 

「力を貸すというのがどういう事か分からないが、とりあえず場所を移した方がいいかな?」

 

 と提案した。

 なにせ、この合宿が始まってからこの佐々木と言う男は主に悪い意味で目立ちまくっているのだ。

 今もリラックスルームの中にいる人間の目を引きに引きまくっている。

 葵はそれから来る羞恥心を感じながら、やけに目をギラつかせている佐々木を見やって、ひとつため息を零した。

 

(なんだかよくは分からんが……忙しくなりそうな予感がするんだよなぁ。昨日も思った事だけどさ)

 

 この時の葵の予感は正しかった。

 

 だが、もう一つ付け加えるべき言葉があった。

 

 今までの比じゃない程に――という言葉を

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「――ようするに、惚れた女を引っかける手伝いをしろっていうのか」

 

「なんというか、佐々木先輩のイメージがこの合宿でだいぶ崩れたね」

 

「いやはやまったく……」

 

 場所を、人がいなかった二階の多目的ホールへと移してから話し合いを始めた葵達三人。

 そこで佐々木が力を貸して欲しいと言ってきたのは、要するにそういう事だった。

 

「なんで俺と龍宮交えて話したいとか言ってくるんだろうねぇ。その古波さんとやらは」

 

「あれだよ先輩。どうやら副部長、会話のネタに私たちを良く使っていたらしいから……」

 

「それで巻き込まれた訳か。ちくしょうあの色ボケ大佐……」

 

 葵と龍宮が夕食の後に4人で話す事に了承した後、佐々木は何度もこちらに頭を下げながら立ち去っている。今ここにいるのは葵と龍宮の二人だけである。

 

「しかし、上手くいくかい? 適当に佐々木先輩を持ち上げて二人をくっつけようだなんて」

 

「別にくっつけるとまではいってねーが……。このままだと俺の身体が持たん」

 

「…………練習、気合い入ってたからね…………」

 

「入りすぎだろうありゃあ」

 

 まだ二日目だというのに、まるでラストスパートに突入してそのまま三途の川にダイブしかねない訓練を始める佐々木。

 それに対して葵は、どういう形になるにせよ事態が落ち着いてくれれば――そう考えていた。

 なんにせよ、問題は今日の会話だ。頭の中で佐々木のイメージを落とさず、気楽に話せる話題をリストアップしていく葵。

 ちょうどその時、龍宮が羽織っているジャケットから軽快な電子音が流れ出した。

 すぐに龍宮は内ポケットから自分の携帯を取り出し、ディスプレイを一瞥する。

 

「やれやれ、こんな時にまで……」

 

 どこか呆れたような口調でそうつぶやく龍宮。なにかトラブルかと葵は尋ねるが、それに龍宮は「大したことないさ」と軽く笑うだけだ。

 

「だけど……。すまない先輩、私はここで席を外させてもらうよ。また後で」

 

「あぁ、それまでには会話のネタの草案作っておくよ」

 

「ふふっ。なんだかんだで貴方は人がいいな。それじゃあ、また」

 

 そういうと龍宮は軽く片手を上げて別れの挨拶をしながらホールから遠ざかる龍宮の背中を、その姿が見えなくなるまで見送った葵は、そのまま二階から見える外の光景を楽しむことにした。

 無論、頭の中では先ほど龍宮に言った通り会話の運びや流れを一通り纏めて草案を作っている。

 

(といっても会話を完全にコントロールするなんてのは不可能だし。とりあえず話題のタネになりそうな俺と龍宮のことから入って……その後、色ボケ少佐の話題に徐々にシフト……あぁ、がっついたりしないように夕食の時にある程度惚気させてガス抜きさせとくか……ん?)

 

 ふと、どこかで鈴の音が聞こえたような気がした。

 それと同時に、視界に端に白い何かが入った。

 気になった葵は首を動かして、そちらに方に視界を広げる。

 

「あ、あの……こん……ばんわ……」

 

 そこにいたのは、昨日森の中からこちらをうかがっていた、あの白い髪の双子の一人だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「魔力反応? この近くで?」

 

『あぁ、ちょうど君達バイアスロン部がそっちにたどり着く少し前になる。近くにいた魔法使いからそう報告があってね。もっとも漠然とした情報でハッキリとは分からないけど……』

 

 龍宮真名の携帯に掛けてきたのは、麻帆良学園都市では『デスメガネ』の異名を持つ広域指導員にして、魔法世界では上位の強者として知られる男――高畑・T・タカミチだった。

 

「察するに調査依頼ですか。まったく、人が友人との旅行を楽しんでいる時に無粋な――」

 

『おや。君が仕事の話の時に愚痴るなんて珍しいね』

 

「私とて一応人の子ですから、そんな日もあります。まぁとにかく、これは学園――いや、協会からの正式な依頼と言う事でいいのですか?」

 

 結局のところ、これは依頼の電話。この友人や知り合いが雪山で楽しんでいる中、龍宮に銃を振るえという話だ。

 

『そういうことになる。明日までには、より詳細なデータを送っておくよ。なにせ、今も情報を分析しているんだけど、魔力の発生源の特定に時間がかかっているんだ。学園長の知恵を借りようにも、今は魔法世界の方に行ってるからね』

 

 少し疲れたようにそう言う高畑の声に、龍宮は学園長不在の学園の運営――というよりまとめ上げに苦心しているのだろうと察する。

 ただでさえ最近、本国から送られてきた教師達が奇妙な動きを見せているのだ。

 学園長を支える人間で、今は学園をまとめ上げなければならない彼の苦労を思い、龍宮はそっと心の中で十字を切る。

 

『依頼金については以前の護衛の仕事の時の参考にして、でどうかな?』

 

「いいでしょう。ただ、厄介事になった時には――」

 

『分かってる。必要経費にプラスして色をつけさせてもらう』

 

 基本的な料金は既に協会側がこちらの提示する相場を把握し、それに答えてくれているので、龍宮としても関東魔術協会は『今はまだ』信頼できる取引先である。

 そのため、このように料金関係の話で揉めることは少なかった。傭兵には付き物の金銭トラブルを回避できる事は龍宮にとってもかなり喜ばしい事である。

 一応料金の話が終わってからは少しばかり雑談が続く。

 

『あぁ、ところで龍宮君。君の相方の調子はどうだい?』

 

「ふふ、相も変わらず元気ですよ。今日も佐々木副部長と仲良くケンカをしていました」

 

 あえて『仲良く』の所を強調する龍宮。その言葉で、もうその光景に想像がついたのか、電話の向こうから高畑の苦笑が聞こえてくる。

 

『はは、またかい。以前に工学部の起こしたトラブルに巻き込まれた時も、篠崎君と佐々木君はケンカしてたからなぁ』

 

「篠崎先輩が言っていましたよ。『おい龍宮、俺はどうやらリアルな夢を見ていたようだ。メガネ掛けた優男がでかいロボット達を素手でぶっ飛ばしたんだ』って。少しは自重して下さい。……いや、これは工学部のマッド達に言うべき事ですか」

 

 ふぅっと、龍宮は一度携帯のスピーカーの位置をずらして軽くため息を吐く。

 

『……篠崎君の様子はどうだい? やはり、まだ記憶が?』

 

「ええ。彼と話して半年近くになりますが、やはり記憶は戻る気配はないようです。ただ……」

 

『ただ?』

 

 声にしてしまってから、龍宮はしまったと思った。誰かに言うつもりは――もちろん葵本人にも言うつもりが無かった事が、つい口に出てしまった。

 ここで適当に誤魔化そうかとも思ったが、それはそれで印象を悪くするだろう。

 

 龍宮は、何か適切で穏便な言葉がないかと頭の中を探るが――結局は正直な言葉しか出てこなかった。

 

「ただ、不謹慎ではあるんですが……私は今の篠崎先輩のままでいてくれればと、そう思ってしまうんです」

 

 苦笑とも自嘲ともつかない表情を浮かべながらそう言い切る龍宮に、やはり高畑は苦笑を浮かべているのだろう。

 

『その気持ちは分からなくもないよ。なんといったって、彼は――君の相方なんだからね』

 

 そう言う高畑の声は、どこか面白がっている様に龍宮には聞こえた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「へぇ、この近くにもう一つ旅館があったのか」

 

 白い髪を持つ少年――名前はユウキというらしい――と、どういう訳か話をすることになった葵。見た目以上に落ちついた話し方をする少年に、葵は年下ではなく普通の友人と話すように接している。

 

「うん。その……もう潰れているんですけど……」

 

「おぉう」

 

 葵としては軽い話題として、どこに住んでいるのかを聞いただけだったのだが、思った以上にヘビーな話だったようだ。

 しまったと思うのと同時に、何かいい話題は無いかと無難な所で探し出す。

 

「なら、その旅館にそのまま家族と一緒にいるんだよね? 昨日見かけた時には君と同じ……えぇと」

 

「…………はい、弟です」

 

「あぁ、そうなのか。その弟くんと家族で住んでいるのかい?」

 

「うん。弟と、お父さんと、……寝たきりの母さんが」

 

「…………いやもうほんとにごめんなさい」

 

 だめだ。どうにもこの子苦手だ。

 そう感じた葵は、何を話そうかと迷うが話題が出てこない。

 年下と話す機会は何度かあるが、ここまで小さな子供と話すのは初めてだった。加えてこの子の落ちついた話し方は、小さい子と話すような――悪く言えば、舐めた話し方を許さなかった。

 少しの間、互いの顔を見合っている二人。傍からみたら、良い年をした男が小さな男の子にメンチを切っている様にも見えるが、幸い今ここには葵とユウキ以外に人はいなかった。

 

「あの……」

 

「ん、どうした?」

 

「いつも一緒にいるお姉さんは……」

 

「あぁ、龍宮か? あの、少し色黒のやつの事だと思うけど……アイツがどうかしたのか?」

 

 そう尋ねる葵だが、なぜかユウキはそのまま葵の顔をじっと見つめている。

 龍宮に一目惚れでもしたのかこのマセガキと葵は一瞬思ったが、表情から察するにそういうわけでもなさそうだ。

 

(どちらかというと……聞きたい事が自分でもよくわかっていない。まとまっていないといった所か?)

 

 再び会話が途絶え、静寂がホールを満たす。

 どうしたものかと頭をひねる葵だが、今度もやはりユウキがその沈黙を破った。

 

「お兄さんって、家族はいますか?」

 

「……いないよ。両親は死んだし、俺はもともと一人っ子だったらしいしね」

 

「……ご両親は優しかったですか?」

 

「わかんないんだよね。何せ――」

 

 その頃の記憶がない。――そう言おうとするがそれを飲み込み、もう少し砕けた表現を探す葵。

 

「あんまり俺は物覚えが良い方じゃなくてね。すぐに忘れちゃうんだ」

 

 葵が冗談めかしてそういうと、なぜかユウキは更に深刻な顔になる。

 

「僕も……おんなじです。最近、何かを思いだす事すらもう疲れて……」

 

 随分と年よりじみた事を言い出すが、その顔に浮かぶ疲労の色は本物だ。

 

「父さんが……父さんが優しかったころの事がだんだんと思いだせなくなっていくんです。母さんの事も……」

 

 冗談を言っている訳でなさそうだし、事実だとしたらかなり危ない状況なのではないか。

 葵がそう思って二の句を躊躇う。

 

「その……あれだったら病院に連れて行くよ? 君も、お母さんも」

 

 どうにか思いついた言葉を口にすると、ユウキは頭を振って

 

「僕はその……どこにも行けませんから」

 

「どこにも?」

 

「はい、どこにも……どこにも……」

 

 そう言うと、ユウキは何かに気が付いたようにビクッと身体を震わせ、すっと音を上げずに立ちあがる。

 

「あの、話し相手になってくれてありがとうございました。そろそろ家に戻ります」

 

「ん、そうかい? ……その、悪いな。大した話も出来ずに」

 

「いえ、久々に誰かと話したから面白かったです。あの……お姉さんの方にもよろしく伝えておいてください」

 

「んん? あぁ、まぁ別に構わないが――」

 

 なんでアイツに? と問いかける前に、ユウキは小走りでホールから出て見えなくなってしまった。

 なんとなく、ユウキが消えた辺りをボーっと見送りながら葵はなんだかなぁとぼやく。

 ふと、もう一度窓の外を見ると、暗くなりだしたためにライトアップされた夕暮れ空に雪が舞いだしていた。

 

「そういえば……ユウキ君、普通にこの旅館に入ってきてたけど知り合いでもいんのかね?」

 

 ふと、その事に気が付きもう一度振り返るが、やはりすでにユウキの姿は見えなくなっていた。

 

 再び、どこかで鈴が静かに鳴り響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 最後に君に手を上げたのはいつだったか

 

 最後に君を抱いたのはいつだったか

 

 最後に君が笑ったのはいつだったか

 

 最後に君を泣かせたのはいつだったか

 

 最後に君と話したのはいつだったか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に私が泣いたのはいつだったか――

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いいか龍宮。とりあえず最初は普通でいい。古波さんとやらに合わせて普通に話して、麻帆良の話しになったら少しずつ部活関係から入ってあの色ボケ大尉の話題にシフトしていこう」

 

「なんで副部長の階級が下がっているのかが少し気になるが了解だ」

 

 夕食まであと少しといったところだろうか。スキージャケットから私服にと着替えた葵達は、昨日と同じくロビーのソファーに、少し低いテーブルを挟んで座っており、今後の予定を話し合っている。

 昨日と違うのは、夕食前ということで既に多くの人間がロビーにいて、立ち話をしていたり土産物屋を覗いていたりする事だろうか。

 

「あぁ、そうだ篠崎先輩。伝えておくべき事が二つあるんだが」

 

「ん?」

 

「まずは、余計なお世話だったかもしれないけど……佐々木副部長と少々交渉してね。今回の一件、キチンと篠崎先輩と私への依頼という形にしておいた。今日の会話が上手くいけば、JOJO苑の割引券5枚を終了時に私と先輩に支払うという形にしておいた。少し少ないが……まぁ、恋の手助けの報酬としては妥当な所だろう」

 

「……お前のそういう抜け目のない所、かなり好きだよ龍宮」

 

「ありがとう先輩。何か交渉がある時はこれからも是非任せてもらいたいものだね」

 

 くっくっく。と、揃って不敵な笑みを浮かべるバイアスロン部の凸凹コンビ。

 その様子を見た廻りのバイアスロン部の人間は『あぁ、またアイツら妙なことをやってんだなぁ……』と、呆れながら遠目に眺めている。

 

「で、もう一つなんだが……すまない先輩。明日から夜の間は先輩と別行動になる」

 

「おろ。マジでか」

 

 それは地味に痛いと葵は思った。

 麻帆良に戻ったばかりの頃に比べて随分と社交的になった葵だが、友達付き合いをしていると言える人間はかなり少なかった。

 バイアスロン部では、龍宮と佐々木の二人だけ。それと、二人程ではないがまぁ話す人間として部長の芹沢の三人くらいしかいなかった。

 仮にバイアスロン部という壁を取っ払っても友人はかなり少なく、後輩でもある報道部の朝倉と……朝倉と…………朝倉と………………。

 

「先輩、いきなり机の下に潜り込んでどうしたんだい?」

 

「いや、ちょっと自分の人生を見つめ直そうかと」

 

「見つめ直すのはいいが、そこだと私のスカートの中を見つめようとしている変態にしか見えないわけだが……思いっきり顔を踏みつけられたいのかい?」

 

「顔じゃなくて既に頭を踏みつけている人間の言葉じゃないと思うんですけどおおおぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!! わかった、わかったから足どけてください本当に頭が潰れるぅぅぅぅぅっ!!!」

 

 龍宮が足をどけると同時にのそのそと机の下から這い出てくる葵に苦笑しながら龍宮は続ける。

 葵が机に突っ伏して、少し涙目になっているのは無視してだ。

 

「まぁ、とにかくだ。そういう訳で明日から少しの間先輩と一緒に居る事が出来ないんだ」

 

「いや、まぁいいんだけど。……大丈夫なのか?」

 

 葵は机に突っ伏したまま、少し顔をずらして龍宮の顔を覗き見る。

 何度も龍宮と行動を共にしているので、彼女の言葉の裏をなんとなく読み取れたのだ。

 葵は龍宮が『彼女と初めて出会った時』の様に、よくは分からないが危ない『ナニカ』に首を突っ込む事になったのではないかと心配になった。

 

「ふふ、危なくなったらキチンと逃げるさ。私が追いかけるのも逃げるのも早いというのは先輩が一番知っているだろう?」

 

 龍宮も、自分が心配されているというのが分かっているため、危ない事に首を突っ込むということを葵に隠す事はしなかった。

 詳しい所までは知らなくても自分がそういう存在だという事は感じているのだろうという推測。

 なにより、葵ならば口外したり不必要に干渉したりしないだろうという信頼があるからだ。

 葵は、龍宮からキチンと逃げるという言質を取った事でとりあえず安堵の息を吐く。

 

「……なんだかなぁ。せっかくの合宿だってのに」

 

「それに関しては私も同意だね。まぁ、最終日までに片は付けるさ。私もスキーは楽しみにしていてね。せっかくの機会を逃すわけにはいかないさ」

 

 恐らく本当に楽しみにしているのだろう。少し上機嫌になり、机を指でリズムよく叩く龍宮を、葵は頬を緩めて見ていた。

 それと同時に、ある決意をする。

 

(俺、麻帆良に帰ったら友達作るんだ)

 

 後日、実際に麻帆良に戻って友人を増やそうと行動し、数々の変人奇人と交友を持ってしまった葵は、頭を抱えながら一言こう述べた。

 

 

 

――…………はやまった…………。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 大広間で夕食を終えた葵と龍宮は、佐々木と合流して従業員用の休憩室へと来ていた。

 すでに目標の古波涼奈は、四人分のお茶を入れて待っていた。

 

「どうも初めまして、お昼の時にお会いしていますが改めて……。この宿の従業員を努めています、古波涼奈です。どうかよろしくお願いいたします」

 

「いえ、そんなご丁寧に……。あ、自分は篠崎葵です」

 

「はい、直人さんからよくお話を聞いていますので……そちらの方が龍宮様でしょうか?」

 

「様は付けなくていいですよ。今の自分達は客ではないし、古波さんのほうが年上なのだから」

 

「そうですか? では、篠崎さん、龍宮さんと呼ぶ事にしましょう。今日は本当にありがとうございます。お二人から麻帆良の話を聞けるの、楽しみにしていたんですよ?」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う古波に、葵は妙な既視感を覚える。

 

(あれ、なんかどっかで見覚えがあるような……?)

 

「どうかしましたか?」

 

 なんとなくその顔を見つめてしまった葵に、疑問の声を投げかける古波。

 それに首を横に振り否定する葵。慌てたように首をぶんぶんと横に振る仕草は滑稽に見えたかもしれないが――

 

 ――後ろから殺気混じりの視線を感じた事もあって、葵からしたら大真面目だった。

 

「い、いいえ! なんでもないです! えぇそれはもう!!」

 

「ふむ、篠崎先輩。帰る時には背中に注意した方がいい。副部長に刺されかねないよ?」

 

「頼むから不吉な事を囁かないでくれ。本当にそうなりそうだ……」

 

 不吉な事を、いつの間に近寄ったのか耳元に口を近づけて囁く龍宮に、思わずため息を吐く葵。

 

「しかしまぁ、なんですが……副部長はどういう風に自分達の事を話してたんですか? まぁ、そこらへんもキリキリ副部長本人に聞いてみましょ――――なんで副部長の首絞め落とそうとしてんの龍宮?」

 

「おぉ、これは私としたがつい……。ほら佐々木副部長、出番ですよ?」

 

 とりあえず先ほどから緊張していてほとんど話さなかった佐々木に話題を振るために適当なネタを用意したのだが、その瞬間恐ろしい速さで飛びのいた龍宮が佐々木を絞め落とそうとしていた。

 古波は、その理由に心当たりがあるのかあるいは能天気なだけか、口元を手で隠しながら軽く微笑んでいるだけだ。

 

 とりあえずこのままじゃ話が始まらないと。葵は落ちかかっている佐々木の頭を軽くはたいて目を覚まさせる。すると、すぐに佐々木は覚醒した。なにやら『ちくしょうあの猫め、ちょろちょろ逃げ回って……二つあるんだから尻尾の一つくらい触らせてくれてもいいじゃないか』等と寝言をほざいていたために、葵はもう一度佐々木の頭をはたき倒す。

 

 中々に混沌とした始まりだが、4人の歓談はこうして始まった。

 

 

 

 そして、いつも巻き込まれるお祭り騒ぎなどではない『彼と彼女の最初の事件』もまた、ここから始まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「儀式魔法?」

 

「そうだ、恐らく間違いないだろう」

 

 葵達が合宿を楽しんでいる宿から遠く離れた麻帆良学園都市。その中に存在する魔法教師の中でもトップクラスの実力を持つ男、高畑・T・タカミチは、送られてきた資料を持って頼りになる元同級生『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』の家を訪れていた。

 後日、魔法の反応が確認された場所の調査を始めるだろう龍宮真名に少しでも詳細な情報を送るために、今こうして魔法に詳しい人間に様々な意見を聞いている所だ。

 

「その確認したという魔法使いの言葉を信じるならばだが……。広範囲にほんの僅かな魔力が一気に広がり、周囲に均等に拡散したことになる。これはまず、通常の魔力行使ではあり得ない事だ。そもそも通常の魔法行使ならば、とっくにあの女が気付いているだろう」

 

 長い金髪の髪に軽く手櫛を入れながら、エヴァンジェリンは話を続ける。

 

「もし通常の魔力行使でこのような反応を起こすならば、かなり精密な魔力制御及び魔力隠ぺいが必要なのだが、それにはかなりの腕前――それこそサウザンドマスタークラスの魔力に私並みの制御技術が必要だ。可能性が0とは言えないが、限りなく0に近いと言っていいだろう」

 

「……そこで儀式魔法だと?」

 

「そうだ。だが、儀式魔法だというのならば中々に大きな……そうだな、中規模クラスの儀式魔法といったところか。ならば、周囲に何か異変が起きていても良い筈なのだが……」

 

 エヴァはティーカップに入った紅茶にブランデーをティースプーンで数滴垂らし、かき混ぜる。

 

「何かそこら辺は聞いていないのか? 例えば雪崩とか、山火事とか……あるいは大量の野生動物の異常行動とかだ」

 

「幸か不幸か、そういう情報は何も……。現地の魔法使いとも連絡が上手くいってなくて……すまない、学園長が不在になった瞬間にこれだ」

 

「……私が言うのもなんだが、今そこには普通の生徒が大勢行っているのだろう? 帰還させなくていいのか?」

 

 エヴァの問いに、高畑は少し苦々しさを表情に出す。

 

「本国から送られた教師達に押し切られてしまってね。不確定な情報で、いつ関西と揉めるか分からないここを手薄にする気か。それにトップクラスの実力者が付いているのならば彼女に任せればいい……ってね」

 

「……龍宮真名」

 

 エヴァの呟くような声に、高畑はため息を吐いて肯定する。

 

「お前達教師という生き物は、こんな状況でも権力争いをするのか?」

 

「ただの権力争いなら僕だって放り投げているさ。だけど――彼らは危険だ。それはエヴァも感じているだろう?」

 

「真祖の吸血鬼の前で軽々しく危険などという言葉を使うな。私が舐められているように聞こえるぞ」

 

 軽く苦笑して、ティーカップに口を付けて喉を潤すエヴァ。

 従者が入れた紅茶の香りと味に満足すると、彼女はティーカップをソーサーに戻して少し身を乗り出す。

 

「奴らの事は置いといても――いいか? 中規模クラス。それも中の上と考えていい。それほどの儀式魔法が発生していても未だ異変が起きていない。つまりは、これから何かが起きる可能性が高いという事だ。それが分からんお前じゃあるまい」

 

「…………」

 

 エヴァの咎めるような言葉に、高畑は何も言えなかった。

 本当は本人にも分かっている。今すぐに自分が――あるいは他の魔法教師を送り込むべきなのだと。

 だが、今の麻帆良は――いや、魔法世界に関係する全てが過去に類をみないほど混沌としている。

 より多くの生徒がいるここを、学園長が不在の今なんとしても高畑は守らなければならなかった。なによりここには、学園長の宝物と自分が何を犠牲にしようとも守らければならない娘がいる。

 

「せめて、誰か一人位……この際魔法生徒でも構わんから送っておいてやれ。誰か一人がいるだけで、事態というものは転がるものだ」

 

 エヴァがそう提案するが、今ほとんどの魔法生徒は魔法教師たちに実習の名目で身柄を押さえられている。頼りにできる魔法生徒はもちろんいるものの、彼女たちには他の魔法教師・生徒の動向に目を光らせてもらっている。

 誰か、龍宮真名という実力者の足を引っ張らずに補佐出来る存在。

 ふと高畑の脳裏に浮かんだのは、一人の男子生徒。だが、余りに自分の考えがばかげている事に思わず自嘲し、自分自身を鼻で笑ってしまう。

 

 なぜなら、彼は気も魔法も使えないただの一般生徒なのだから――

 

「? なんだ、心当たりがあったか?」

 

「いや、少し疲れているのかなって。普通なら絶対に思いつかない子が思い浮かんでね」

 

「なに?」

 

 不機嫌そうな顔で首をひねるエヴァに、高畑は軽く肩をすくめて見せる。

 

「それはともかく……。うん、急な話になるけど愛衣君に頼もう。高音君の仕事が増えるけどね」

 

 頭の中で適任を思い浮かべ、勝手に納得した高畑は、一度も口を付けていなかった紅茶をすすり、一息吐く。

 エヴァも、気にかかる事はあったもののそこまで深く考えず、従者に簡単な軽食を二人分用意するように命じた。

 

 

 エヴァはこの時、思いもよらなかった。

 高畑が頭に思い描いた、魔法はおろか気もろくに扱えないただの小賢しい男が――篠崎葵が、数ヵ月後に自分の前に立ちふさがる敵となる事など。

 

 そして、後になって思い返す。

 

 

 

 

 あの男は、この時からすでにあの女の『相棒』だった――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

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