rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

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鬼平-②

「よう、辰さん。風邪は大丈夫か?」

「お、おう……すまぬな、弥ぁさん」

 

 相も変わらず剣と放蕩に暮れる日々。

 珍しく辰さんが道場を休んだので、道場主である坪井先生に尋ねたところ、『鬼の霍乱(かくらん)』に会ったと言うのだ。いや本当に珍しい。

 せっかくなので少々遠出をして薬を買ってきて、今また目白台のお屋敷――辰蔵さんの家へとお邪魔をしている。

 

「念のために薬を買って来たぞ」

「……苦い奴じゃあないだろうな?」

「俺が辰さんの舌を知らない訳だろう。小兵衛さん所の黒龍丸を買って来た。これなら別に気構えなくても飲めるだろう?」

 

 黒龍丸というのは、本郷一丁目の薬種屋『万屋小兵衛』という店で売ってある咳、痰、息切れの妙薬で、飴を混ぜて煎じてあるため甘くて口にしやすい薬だ。 実際に評判は悪くない薬である。

 

 噂でしか知らなかったが、買う前にお試しにと一つ多く買って口にしてみたが確かに甘く、これなら辰さんも気に入るだろうと買って来たのだ。

 

「あぁ、そういえばそういう薬もあると聞いていたが……安くは無かっただろう?」

「なに、気にする事は無い。遊び相手が寝込んだままの方が応えると言う物だ」

 

 屋敷の自室で、横になっていた辰蔵さんは咳き込みながら体を起こす。

 だが、その咳――つまりは辰さんの口から僅かに漏れる匂いは……非常に覚えのある匂いだ。

 

「辰さん……やったね?」

 

 片手でくいっと、盃を傾ける仕草をする。すると辰蔵さん――いや辰さんは苦笑いして、

 

「匂うか?」

「おうともさ。まったく、まさか俺に隠れて先にやるとは……」

 

 辰さんには見えないように隠し持っていた瓶を軽く掲げて振ってみせると、辰さんはにやりと悪い笑みを浮かべて、

 

「お前なら持ってきてくれると思ってたぞ、弥ぁさん」

 

 などとのたまう。

 この人は本当に左党の甘党だなぁ。

 

「辰さんにとっては百薬の長だろう?」

「ふっはっは! 違いない」

 

 辰さんは、立てかけていた無地の屏風の裏から酒瓶を取り出して振って見せる。

 響く音は、底の方に残った僅かな水音だけだ。この人、結構飲んでるな?

 

「こういう時は甘酒を飲んでおくといい。少なくともそいつよりかは効くだろうとも――まぁ、今思い出した事だが」

 

 風邪に効くかどうかは知らんが、まぁ、悪くはならないだろう。多分。

 確か現代では、甘酒は飲む点滴とか言われていたのを今になって思い出す。

 あぁ、そうだなぁ。甘酒かぁ。……なんか思い出したら急に飲みたくなってきた。

 

「明日の土産には是非とも頼む」

「むしろ明日までに治して品川にでも行かんか」

「む……」

 

 正直、明日にでも買ってきてやろうとは思っているのだが、なんとなく便利屋扱いされている気がして癪だったので違う提案をしてみた。

 俺に負けず劣らずの女好きだ。即答して今日はもう休むと言うかと思ったが、辰さんはしばし迷い。

 

「……うむ、様子を見てな」

 

 あらま、意外。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あぁ、良かった。まだやってたか」

「いらっしゃいませ、弥太郎様」

「弥太郎じゃない。弥ぁさんだよ、粂さん」

「これは……失礼いたしやした」

 

 辰さんの見舞いから帰る途中、小腹が減ったので空いてる店を探していたら、最近始めた屋台がまだやってくれていた。

 粂八さんという人がやっている屋台は中々に美味い酒を出す店で、味と安さと店主の粂さんの話しやすさが気に入って、見かけたらいつも使うようにしている。

 

 屋台一つでもちゃんと使ってやらないとすぐに消えてしまうからなぁ。

 特に、こんな奇特な場所でやってる店は。

 

「って、あれ? 品を変えたのかい?」

「へい。最近めっきり暑くなってきたので、煮しめもおでんも売れ行きが悪うございやして……蕎麦を始めてみやした」

「ふむ……」

 

 使っている醤油がいいのか、いい感じに味が染みたおでんか煮しめをつまみに冷酒(ひやざけ)でもやろうと思っていたが……まぁ、いいか。

 

「それじゃあ蕎麦……腹が減ってるからな、二枚もらおう。それと冷を頼む」

「へい!」

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、先日ご一緒に来ていらしたお侍様の御見舞いに?」

「あぁ、季節の変わり目だからか風邪を引いてしまってしばらく道場に来てなくてな、ちょいと聞いてみたら鬼の撹乱にあっていたというわけだ」

 

 いやそれにしても……すげーな粂さん、蕎麦職人でもないのに普通に美味いや。蕎麦つゆがちょうどいい辛さだ。どっかからもらってんのか手作りなのか。

 ただでさえ量の多い蕎麦を二人前は多かったかと思ったが、もう残り少ない。

 

 これ今度持って帰ろうかな。確か、日本酒振りかければある程度は風味戻るんだよね。

 

「粂さん、この屋台を始めてからどれくらいになるっけ?」

「そうですねぇ……一月半って所でしょうか」

「まだそんなにと言うべきか、もうそんなにと言うべきか」

 

 唐突に屋台を引き始める人は少なくない。

 地方でなんらかの厄介事を抱え、過去を捨てて江戸に逃げてくる者もいれば、災害などで居場所を失くし、一か八かでここに流れる者もいる。

 

 中には盗人(ぬすっと)が足を洗って飯屋を……なんて話もあるくらいだ。

 

 粂さん――粂八という店主も、元々何をやっていたのか一度尋ねてみた事があったが言葉を濁されたからそれ以降は聞いていない。

 まぁ、正直悪い人には見えないし別にいいだろう。

 

「時が流れるのは早いもので……」

「あぁ、油断しているとあっという間に夏が過ぎて秋が過ぎて師走だったなんて事になりそうだ」

 

 蕎麦を最後の一本まですすり終えて冷酒を飲んでいると、目の前にコトリと小皿が置かれる。

 

「ん? 粂さん、これ」

「湯豆腐でございます。申し訳ございません、あり合わせでは碌な肴も作れず……。どうぞ、こちらのお代は結構ですので」

 

 いや、まさか肴を出してくれるとは思わなかったよ。

 いいのか?

 

「これは……悪いな、粂さん」

「いえ、近々蕎麦に変えると伝え忘れていたのは私のしくじりですので」

 

 そういう事なら遠慮なく。

 ただ、もらいっ放しって言うのも悪いな……。

 今度ウチで出来た野菜持ちこむか。瓜とか。

 釣った魚を持ちこむのもありか。

 

「しかしこんな遅くまで店をやるなんて……この時間に来る常連さんはいるのかい?」

「いいえ。強いて言うなら……弥太郎様、いえ、弥ぁさんかと」

「……最近夜遊びした覚えはないんだけどなぁ」

「この辺りでは、という言葉が後に続くのではございませんか?」

「…………バレたか」

 

 ニヤリと問いかけてきた粂さんに、敵わないと両手を上げる。

 自然と俺も粂さんも声を上げて笑っていた。

 あぁ、やっぱりこの人好きだわ。

 話してて凄く楽だ。というか、身分の差がある江戸時代だからこそか、こういう話し方を合わせるのが上手い。自分の様な、この時代では少々変わった感性を持っていても、程良い距離を察してくれる。

 こういう人がどれだけ貴重なことか……。

 

(本当に、ここには出来るだけ金を使おう。内職ちょっと増やすか)

 

「……うん?」

 

 そんな事を考えていると、粂さんが眉をひそめていた。

 俺――ではない。その後ろの方を見ているようだ。

 

「知り合いでも通りかかったかい?」

 

 なるだけ後ろを気にせず、なんという事がないように小さい声で声をかける。

 

「いえ……裏通りの方を、網傘を被った怪しいお人が通りかかったように見えたので」

 

 網傘……。

 

「腰に二本刺してた?」

「それが……足が速かったのか見えたのは一瞬、そこの店と店の隙間からだけでしたのでなんとも……」

「足が速い、か」

 

 これは自分が見てきた中だけだが、剣の上手い奴は足も速い。

 足腰を鍛えられているのもあるし、間合いの取り合いでもある剣の道では歩法は重要である――まぁ、俺が勝手にそう感じているだけだが。

 

「ちょいと見てくるか。粂さん、釣りは取っといてくれ」

 

 過分ではあるが一朱金をその場において、席を立つ。

 もし凶行に及ぶような浪人だと、さすがに旗本として、二本差しとして見逃すのは不味い。

 

「へい、かしこまりました。……どうか、お気を付けて」

「気を配りすぎだ、ただ家に帰るどこかの『お殿様』かもしれんのだ」

 

 むしろ内心『そうであってくれ』と願いながら、俺は腰の物は指し直してそっと向こう側へと歩き出したのだ。




※ 現在ここまで

割と真面目に鬼平二期を期待している。
そして今度こそ五郎蔵さんの登場をですね――
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